九十二話
凸(´・ω・`)凸
奇跡のカーニバル開催だ
その日、街には外部から多くの商人が金の匂いを嗅ぎつけ訪れていた。
だが商人達は皆、街に着くなり訝しむ。『なぜ、領主の婚約発表というめでたい日にも関わらず、こうも張り詰めた空気なのか』と。
それもそのはず、武器こそ携帯していないものの、明らかに一般人ではない冒険者と思しき人間が、一様に何か決意を秘めたかのような表情をして至る所に居るのだから。
商人は聞く『何故、皆さん険しい顔をしておられるのですか?』と。
そして、魔族、ヒューマン、エルフが混在している冒険者一団は声を揃えてこう答えた。
『まもなく、この街の歴史が塗り替わるからだ』と。
早朝。宿で目を覚ました俺は、すぐさま窓を開け放ち、空を見上げて複雑な思いを胸に抱く。
天気は憎らしいほどの晴天。
レイスと他の男が婚約を発表をするというなんとも面白くない、憎たらしい日がこんなにいい天気だと思うと、今すぐにでもこの空を闇で覆ってしまいたくなる。
だが逆に、今日ヤツの人生が最高から一挙に転落する日が、皮肉にもこんな天気なのだと思うと、それはそれで面白くもある。
なので、嬉しいやら憎たらしいやらで、なんとも言えない気持ちになってしまった。
オインクは昨夜のうちに街の外、ウェルドさんの領地とは反対の方向、即ち大陸の中央へ向かう街道へと出て行った。
恐らく本日こちらに向かってくるであろう、奴の信奉者達を止めるために。
そして、イクスさんとその配下のメンバーは、本日最後の打ち合わせの後、街のギルドに所属している、俺の信奉者と合流する手筈になっている。
その数は優にアーカムの私兵の人数を超え、その中にはジニアとリネア、両名も加わる予定だ。
彼らには先日『お前達の父親を殺す事になる』と宣言してある。リネアは多少驚いていたが、姉であるジニアの落ち着きようを見て『ああ、でもいつかはこんな日がくるかもしれないと思っていた』と、悲しそうにポツリと零していた。
そして姉と共に、せめて最後をこの目に焼き付けたいと願い出たため、武器の携帯をしない事、監視をつける事を条件に外出の許可を出している。
監視にはオインク直属の白銀持ちに匹敵する冒険者がつけられているため、万が一でも彼らがこちらを妨害する事は出来ない。
また、イェンさんとルーイさんは、この街に縁のある、古い友人達を既に呼んでくれていたらしく、今日の発表を共に見る事になるそうだ。
その人達というのも、かつてレイスの店を訪れた事のある、今はひっそりと暮らしているご老人の方々だ。
今回、どういう訳か全ての領民に出席の許可が出ている本日の式典。
ヒューマン保護区に住む人間にも、万が一があるかもしれないからと、式典には全員来るように言ってある。
俺やギルドの人間がいない間に、保護区をまるごと盾にされてはかなわないからね。
だがそれでも、冷静に今のアーカムの戦力を考えると、そこまで手は回らないと思うのだが。
何せ残った私兵の中からも、ジニア、リネアが離反したという噂が流れたおかげで、こちらへと寝返った人間がいるのだから。
まぁ、もちろん手放しで信用する訳にもいかず、姉弟と共に監視下に置いている状況だ。
「……じゃあ、行くか」
「レイス、そろそろ時間だよ。着替えなくてもいいのかい?」
私のために用意された一室へと、専属の侍女であるリュエが訪れ、声をかけてくれます。
彼女に言われ、クローゼットの方へと僅かに目を向けますが、すぐに逸らしてこう答える。
「リュエ……必要ありません、あの男の用意したドレスなんて私には必要ありませんから。私には、このドレスがあればそれだけで良いんです」
アーカムは今日の発表の後、そのまま領民に見守られる中、式へと移行するつもりのようでした。
用意されたドレスは純白。
女ならば夢を見る事も多いであろうその一着ですが、私にはそれが、ただの拘束衣にしか見えませんでした。
きっと、職人さんが丹精込めて作り上げた、大切な一着。その方を思えば、袖を通さない事に僅かばかりの罪悪感が芽生えますが、それでも私はそれを着る事は出来ません。
私は少なくとも、アーカムの頼みでこのドレス、真紅に染まったこのドレスを脱ぐ気は一切ありません。
事実、この屋敷に来てからも、私の着替えは全て自前の物を使っていましたし、洗濯も全て私自らが行っていましたから。
「そうだよね。カイくんが力を分けてくれた、最高のドレスだ。私はギリギリまでアイツの側で目を光らせる必要があるから、まだこの格好だけど」
そしてリュエも、常に私を守るために、ありとあらゆる方法でアーカムを撃退してくれました。
何をしたのかは分かりませんが、ある晩私の部屋へと訪れたアーカムが、私のベッドへと近づこうとした瞬間、獣のような雄叫びを上げながら、全身を痙攣させて倒れてしまいました。
その瞬間、私は何かを察し、咄嗟にアーカムへと『随分と早いのですね。坊やは大人しく自分のベッドで眠っていなさい』と慰めの言葉を投げかけてしまいました。
それ以来、すっかり屋敷内で私に近づくことがなくなったのですが、それでも毎朝、まるで鶏のように同じ時間に雄叫びを上げるので、その点だけは目覚ましとして評価します。
ただ、どういう訳か私も同じ時間になると、少しだけ身体がポカポカとしてきて自然と目が覚めるんですよね。
これもリュエが何かをしたからなのでしょうか?
「でも、メイド姿が随分板についてきましたよ? 私もカイさんにその格好でご奉仕してみたいくらいです」
「あ、そういうと思ってレイスに合いそうなメイド服、貰ってきちゃった」
カイさん。
ほんの僅か、私がこれまで待ってきた時間に比べたら、一瞬にも満たない時間彼から離れただけで、私の心は弱く、まるで昔に戻ったように心細くなってしまいました。
きっとリュエがいなければ、気丈に振る舞う事も出来なかった事でしょう。
彼は、また私を迎えに来てくれるのか、少しだけ不安になってしまいます。
カイさんと過ごした日々が、ただの夢なのではと、悪夢を見る夜も少なくありませんでした。
それでも、その度に何故かリュエの温もりを感じ、それに耐える事が出来ました。
私はもう、カイさんだけでなく、リュエもいなければダメになってしまうくらい、彼女にも依存してしまったのかもしれません。
「リュエ、カイさんは迎えにきてくれますよね」
「当たり前だろう? きっと今頃、私たちが想像しないような凄い計画を立ててアーカムをダメにしちゃう所なんじゃないかな」
「そうですよね。……リュエ、時間までどうか、手を握っていてくれませんか?」
それでもつい、私は甘えてしまう。
普段はどこか抜けていて、天真爛漫なこの姉に。
私より本当は大人で、誰よりも人の愛に飢えているこの姉に。
そして悔しいですが、誰よりもカイさんを思っているこの姉に。
「レイスは甘えん坊だね。よし、じゃあお姉ちゃんが一緒にいてあげよう」
「ふふ、お願いします姉さん」
太陽が一番高く昇る正午、誰よりも強く背後に陽の光を浴びながら、俺は眼下の光景を強く睨むように見つめていた。
背中に三対の翼を広げ、俺はアーカムの屋敷の遥か上空に滞空しながら、久々に武器のアビリティ構成を見なおしていく。
【ウェポンスキル】
[生命力極限強化]
[龍神の加護]
[弱者選定]
[再起]
[移動速度2倍]
[素早さ+15%]
[硬直軽減]
[震撃]
[輪廻転生]
[アビリティ効果2倍]
今回初めて使うものも含まれているこの構成。
ゲーム時代、習得したは良いが、使い道のないアビリティも存在していた。
たとえばこの[震撃]は、拳による攻撃を、相手の全部位に分散させるという効果を持っている。
俺はサブ職業に拳闘士を入れていたが、奪剣を装備している以上、蹴り技や当て身などを使う事は出来たが、今のように素手を使う技を出すことが出来なかった。
素手は拳というカテゴリ扱いだったからね、戦闘中に切り替える事は出来ないんですよ。
なので、剣にアビリティをセットしたところで途中で素手を使う技を繰り出せなかったあの時代、陽の目を見る事がなかったという訳だ。
まぁ今では背中に剣を背負いながら、素手で攻撃なんて真似も出来るので、しっかりその効果も反映されるわけですが。
ほら、ナオ君と火山洞窟に行った時、転がってきた岩を素手でかち割ったり。
そして、そのナオ君との冒険の末に手に入れた二つのアビリティを俺は今回セットしている。
[輪廻転生]
自身が死亡し蘇生した際に、一時的に全能力値(HP MP含む)を2倍にする。
効果は復活してから24時間のみ。
これ、アッシュフェニックスではなく、蘇ったフェニックスを倒した際に手に入れたものなんですよ。
いやあの時は悪かったね、振り返りもせずに一撃で倒しちゃって。
改めて見ると、このアビリティは[再起]をセットしている事が前提のような効果だ。
ゲーム時代ならともかく、この世界で死んだらそれまで、蘇るなんて事はありえない。
もちろん俺だって復活出来るとはいえ、死ぬなんてまっぴらごめんだ。
しかし、今回はレイスに[サクリファイス]を発動している以上、万が一もある。
なので、保険のための[再起]と、倍返しにしてやるための[輪廻転生]だ。
ちなみに今回、移動速度に重点を置いた構成にしてあるのにもきちんと理由があります。
ほら、今回は俺の鬱憤を晴らす意味合いもある一戦だし。
……楽に死ねると思うんじゃねぇぞ。
つまりそういう事。
ロマンあふれるよね、一人ドラ○ンボー○って。
さて、眼下では大勢の人間がゾロゾロと、まるで砂糖に群がる蟻の大群のようにアーカムの屋敷へと集まっている。
こうして見下ろすと、アイツの屋敷の広さがよく分かる。街全体の二割を占めるその敷地に、次々と住人が飲み込まれていく。
そして、集まった人間全員が注目できるようにと作られた、まるで屋外に大きなバルコニーでも出来たのではと思わせる程立派な壇上に、ヤツが現れた。
「始まったか……」
俺は一時的に[五感強化]をセットし、その様子を観察する。
強化された五感が、その声を、その姿をはっきりと伝えてくる。
「ふむ、まさか領民がこれほど集まるとはな。ヒューマンの諸君もよく来てくれた」
尊大に、そいつは口を開いた。
住人たちはやはりまだ、ヤツに恐怖心を抱いているのか、その声を、その姿を目の当たりにし、肩を震わせていた。
ここからでは、ヤツの顔は見えない。だがそれでも、確かに目に映る奴の角の生えた頭。
「ふむ、主賓が遅れてきているようだが、まぁ良いだろう。どうせこれは前座、先に済ませておくとしよう」
そして、その主賓とは恐らく、オインクが足止めしているヤツの傘下の領主や元貴族の末裔。
「既に通達しているが、本日私は妻を娶る事をここに宣言する。これまで、我が寵愛を受けてきた女性諸君には悲しい思いをさせてしまうだろうがな」
見下すようにして、ヤツは集まった領民の一部や、会場に控えている侍女達に視線を動かす。
さぁ、気合を入れろ俺。
一番アイツが口に出したい言葉を吐き出そうとするその瞬間、それがアイツの地獄の始まりだ。
「では紹介しよう、我妻となるその存在を、しかと目に焼き付けよ!」
大きく声を張り上げた瞬間、壇上の脇から、赤いドレスを身にまとったレイスと、それに付き従うメイド服姿のリュエが現れる。
ゆっくりとした足取りで、レイスは壇上へと登る。
その表情を見ることは出来ないが、それでも分かる事がある。
彼女は俯きもせず、まっすぐとヤツを見据えている。
それはきっと、情愛や喜びの視線ではないだろう。
視線で相手を威圧するかのような眼光を向けているはずだ。
「さぁ、では紹介しよう我が妻となる――」
さぁ、行こうか。
お前は領民に、相手の紹介も出来ないまま消え去る事になる。
壇上で大仰に振る舞いながら、私を妻になる者だと紹介しだすその姿。
殺してやりたい。今すぐにでも。
その口で私の名前を呼ぶな、妻だと口にするな、怖気が走る。
我慢の限界が訪れた私は、自分の武器である弓を出現させようとしてしまう。
その瞬間でした。何かが、呼ばれるはずだった私の名前を吹き飛ばしました。
何か大きなものが、アーカムの目の前へと落ちてきたようです。
衝撃でステージが壊れ、土埃が舞い上がり、私も後ろへと衝撃で飛ばされそうになるのをなんとか堪えなければいけない程の破壊力。
目を向ければ、アーカムはその墜落地点に近かったためか、大きく後ろへと弾かれていました。
その光景を見て『ああ、間違いなくカイさんだ』と確信を持ちます。
ですがアーカムもまた警戒を露わにし、腰に帯びていた剣を抜き放つ。
その表情はカイさんの怒りを目の当たりにした事のある私ですら、恐怖を覚える程のもの。
大きく剣を振るい、その剣圧で立ち込める砂埃を吹き飛ばす。
そして現れるその姿に、私は驚き目を見開く。
「カイ……さん?」
いつも通り、相手を威圧するかのような金糸の装飾がなされた黒い外套。
太陽の光を反射し、その存在を誇示するかのような黄金の角。
そんな輝きすら飲み込んでしまいそうな、漆黒の両眼と、それを支配するかのような真紅の虹彩。
そして、彼の象徴と言っても過言ではない、二対の翼……を飲み込むような、さらにもう一対の翼。
計三対にも及ぶその大きな翼に、私ですら膝を折りたくなってしまいます。
漆黒の炎を纏う、最後の翼。
ですが、何よりも驚いたのは、これまで見たこともない、感情を一切感じさせない、冷たい彼の表情でした。
そしてようやく、彼が口を開く。
まるで、深い地の底から響いてくるような、恐ろしい声が私の鼓膜を震わせるのでした。
(´・ω・`)本日は二本立てとなっております




