九十一話
(´・ω・`)真面目な豚ちゃん
改めて彼女の姿を確認すると、その手にやや小さめな弁当箱のようなものを持っている事に気がついた。
黒塗りでアンテナ的なものが飛び出しているそれは、ややレトロな携帯電話に見えなくもない。
もしかしてコードレスで持ち運び出来る通信魔導具なんてあるのか。
「ワイヤレスなんてあるんならそっちの連絡先教えておいてくれよ」
「いえ、これはあくまでギルド内のような指定された範囲内でしかまだ使えないんですよ。いわばプライベート子機ですね」
「……意味があるんだかないんだか」
「ありますよ? 機密性の高いやりとりをする時に重宝します」
なるほど。それにもしかしたら固定機を配置するのが結構面倒だったりするのかもしれないな、回線工事みたいに。
しかしすでに特定範囲内で使えるなら、将来的にはもっと広い範囲で自由に使えるようになるかもしれない。
「それで、今の状況をざっと説明したいんだが大丈夫か?」
「魔族の冒険者が優先的に依頼を受けていた事、また子供に代行をさせていた事は聞きました。そしてぼんぼんが今、実質このギルドを指揮下に置いてその状況を改善した事も」
「そうか。じゃあとりあえず今後の話がしたい、どこか場所はないか?」
職員達が見守る中、俺とオインクが言葉をかわす。
すると、窓口からこちらの様子が見えたのか、冒険者達が受付の側へと詰めかけざわめきだす。
皆、固唾を呑みこちらの一挙一動も見逃すまいと熱い視線を送る中、オインクが少しだけ困ったような表情を浮かべながら口を開く。
「確かにここでは人目につきますね。支部長の部屋を使わせてもらいましょうか」
「そうさせてもらうか」
受付から出ようと動きだした瞬間、まるで羊飼いの操る羊のように一斉に受付から離れた冒険者達の姿に、何故こんな反応をするのか疑問に思いながらも階段へと向かう。
すると、周囲の人間の若干震えたような、なんとも表現しがたい小さな声が聞こえてきた。
そしてその内容は、俺の想定外のものばかりだった。
「オインク総長が目の前に……すごい、夢みたい……」
「やっぱキレイだな……魔王様とも仲がいいのか……?」
「オインク様がこの街に……何か大きな動きが……?」
え、なにオインクってそんなに信奉者多いの? 俺オインクがトップにいるのは知っているけど、こんな風に思われてるのって知らなかったんだけど。
やべぇ、さっき職員の目の前で蹴っ飛ばしちゃったよ俺。
だがしかし、さすがにあんな通話をしながら背後に迫られたら体が動いちゃうと思うんですよ。
「人気者だな、オインク」
「一応、前の世界で言うところのジャンヌダルクのような扱いですからね、この大陸では」
「よしお前ジル・ド・レ男爵に生皮剥がれろ。そして世界中のジャンヌファンに土下座した後に焼かれろ」
「ほ、本当ですよ? 暴君と化した王家を打倒して、今の状態にしたんですから! この大陸では故イグゾウ氏に告ぐ英雄なんですからね?」
「あーあ、自分で言っちゃう。いいなぁ英雄なんて呼ばれて。俺なんて魔王だぞ魔王」
「……その呼び名の重みを知らないからそんな事が言えるんですよぼんぼんは。いいです、そこのところも含めて私が教えてあげますから」
支部長の部屋へ向かいノックをして声をかけると、若干焦ったような、やや低姿勢な返答を聞き扉を開く。
だが、こちらのメンツに顔を青くした支部長が唐突に土下座を始めてしまい、そのまま床を向いたまま謝罪の言葉を並べ始める。
支部長さんや、俺の時よりもさらに過剰な反応してませんか? そんなに豚ちゃんは恐怖政治を行っているんですかね? ちょっとお兄さんが焼豚にしてあげようか。
「総長様! 申し訳ありませんでした、此度の失態、ギルドの名を背負い、このような大任を任せて頂いたというのにこのていたらく! ひとえに私の実力不足のせい、職員や構成員には何の落ち度もありま――」
その怒涛の謝罪の羅列を、オインクがまるで聖女のような笑みを浮かべながら遮る。
……何そのカウンセラーばりの癒やしボイス。そんな声で囁かれたら俺でも背筋がゾクゾクしちゃうと思うんですが。
さっきみたいに『しょうがないにゃあ……いいよ』で流すんじゃダメなんですか。
「支部長さん、私は貴方を罰しに来たわけではありませんよ。少し、大事なお話があるのでお部屋を貸してもらいたのです。お許し頂けますか?」
やだ……そんなキャラなの? 鳥肌たったんだけど。
だがしかし、支部長はまるで女神にでも見初められたかのような舞い上がった表情で、全力で頷いて退室していった。
いや確かに、中身と昔を知らなければ、正直レイスやリュエに匹敵するレベルの美人さんではあるんですけどね。
何気に黒髪だし、元日本人としては惹かれるものもありますよ。
だけどなぁ……この顔みちゃうとなぁ。
「なにその、ようやく自分の魅力を発揮する場面を俺に見せることが出来てドヤ顔を隠そうとしても隠せなくてついつい漏れ出てしまった、ような邪悪なネットリとした笑みは」
「エスパー過ぎて恐い」
それくらい手にとるようにわかります。
どんだけお前と一緒に冒険したと思ってんの。文字だけのやり取りだったからこそ、相手の考えや気持ちを考えて動いてたんですよこっちは。
そしてそれは同時に、彼女も俺の考えを読むことが出来るという事。
だから、つい俺もいつもより警戒してしまう。
「とりあえず、話して頂けますか? この街に来てから今に至るまで、何があったのか」
そして俺は語る。
この領地、街が今どういう状況なのかという事。
かつてレイスとその家族の身に起きた事件の事。
さらに反逆の意思を持つ存在がいる事。
屋敷内にレイスとリュエが入り込んでいる事。
そして、まもなく俺が動く事を。
それらすべてを語り終えたところで、オインクは珍しく鎮痛な面持ちでこちらを見つめてくる。
そこには一切の遊びや裏の意図が見えず、ただ申し訳なさそうに、その綺麗な顔を歪ませていた。
「……私は、出来るだけ広く周囲に目を向けていたつもりでした。ですがまさか、そこまでこの街の住人が……アーカムがここまでしていたとは……」
「立場上、この大陸にずっと居るわけにもいかないだろうし、相手もまたお前と対等な立場にいる実力者だ。いくらでも、情報操作が出来たんだろう。言い方が悪いが、仕方なかった面もあるんじゃないのか」
おそらく、政治的な思想で敵対していた、ただの頭でっかちの老害程度の認識しかなかったかもしれない。
かつての支配階級の人間を束ね、国を分断しようとする革命家のようなものだと思っていたのかもしれない。
まさか、こんな身近な、自分の領民の思想を歪め、多くの被害者を長年にわたって生み出すようなただの犯罪者だとは思っていなかったのかもしれない。
そうだ、あれはただの犯罪者だ。魔王だとか、政敵だとか、革命家だとか、そんな大層なものじゃない。
お前が本来相手取るような敵じゃないんだ。
「しかし、あの時代私はこの大陸を解放したと、未来を自らの手で切り開いていく平穏な大陸にしたと思っていたのに!」
「自分で言っただろ、お前は英雄だ。自分の過去の偉業を後悔するなよ。後の世で苦しむ人間まで救うなんて無理に決まってるだろ」
「ですが! 私は少しでも多くの人に『平穏』というものを、私達の知るあの世界のように感じて貰いたくて動いてきました!」
「……オインク、お前はこの世界に、あの世界を再現したかったのか……?」
「っ! そうじゃ、ありません……ですがそれでも、私は……」
正直、ここまで崇高な思いで動いていたとは露にも思っていなかった。
どこか国取りゲームのような、マネーゲームや領地を広げる事を楽しんでいたのかと思っていた。
ああもう、何が相手の気持ちを計るだ、結局ゲームと現実、ネットと実際の付き合いは違うという事だろうに。
「悪かったな、こんな話をして。あれだ、まだ終わってなかったって事だろ」
「それは、どういう」
「豚ちゃんの英雄譚はまだ終わってないって話だ。これから前の続きをするんだ。もう準備は俺の方で整えている、後は豚ちゃんがまだ出来ていない事を、これを機会に成し遂げたら良いんだよ」
「…………ありがとうございます。ただ、ちょっといいですか?」
「ん?」
「それって事後処理全部私に丸投げするって事じゃないんですか?」
「はい」
良い話風にまとめてもバレますかそうですか。
そして、改めて作戦の概要と、オインクに頼みたい仕事、そして彼女に作戦の穴埋めをお願いする。
現状一番の懸念が、俺がアーカムを殺した場合、どんな影響が起きるのか、だ。
ああ、殺さずに済ませるって道は万に一つもありません。たぶん初めてじゃないかね、最初から最後まで殺すことだけを考えた相手って。
「そうですね、まずは処断した場合、何が原因だったのか説明するための理由が必要になりますね」
「大切な家族に手を出したから。領民を苦しめたから。魔王がかぶってるから」
「論外です。というかふざけてませんか最後」
「はい。実際問題、あいつを処断する事が出来る方法ってのはどんなのがあるんだ?」
「そうですね……」
オインクが言うには、この大陸の行く末を決める議員にも、やはり暗黙の了解、上下関係が存在していると言う。
一般人、つまり貴族でない街や村の有力者や、大手の商会をまとめ上げる大商人に、白銀持ちの冒険者までがその席に座っているそうだ。
だが、かつて王家が支配していた時代、それを打倒するために立ちあがった(私利私欲のためが大半)領主の末裔や本人も金や力に物を言わせ組織票を募り同じ席にいると言う。
そしてその発言力は強く、中でも特に王家の血を強く引くアーカムの権限、影響は計り知れない。
だが、革命の先導者であるオインクの発言力もそれに匹敵するものであり、ギルドに関わりのある人間は皆、彼女を支持する。
そして最後にもう一人、この二人に匹敵する影響力のある議員がいる。
今は亡き英雄、イグゾウ氏の末裔にあたる人物だ。
既に他界されたそうだが、革命当時、混乱する住人を抑え国の荒廃を最小限に収めた人物だとか。その為、古くからこの大陸に住む住人達から圧倒的な支持を得ていたそうだ。
そんな多くの支持者を引き継いだ娘さんが現在、最年少でありながらその議席の頂点にオインク、アーカムと共に君臨しているという訳だ。
で、肝心の処断する条件だが、明確に罪を犯している、この場合は『大量殺人』『領民への圧制』『国に対して秘密裏に軍事力を所有する』などをした場合、議席を追われ、場合によっては直接手を下されることもあるそうだ。
そして強制的に手を下す事ができる条件だが、議員の過半数の賛同、あるいはこの大陸の保護者のような立場にある親国、つまりエンドレシア大陸の王から許可を得られた場合のみ。
……あれ? じゃあ俺いけるんじゃね?
「平時ではぼんぼんがエンドレシア王の名のもとに自由に罪人を処分する事は出来ません。あくまでギルドの幹部としてのみ許されている状態です。しかし、こうして国の上層に関わる場合は別です。エンドレシア王に罪人の処断を許されているぼんぼんは、実行だけならば問題なく行う事が出来ます。そして準備の良い出来る女である私は、今回の事はすでにエンドレシア王に相談してありますので事後処理で揉める事もありません」
「自分で言わなきゃ手放しで褒めてやるのに。じゃあすでに俺は免罪符を持ってるって考えでいいのか?」
「そうなりますね。正直、いつか私の手で追い落とそうと思ってはいたのですが、この際ぼんぼんにそのままやってもらおうかなーと」
「……本当に、その場で殺して良いんだな?」
「既に私と共に工作員も秘密裏にこの領地へと入っています。たとえ明確な罪の証拠が見つからずとも、この歪な現状を私が証言すれば問題ないでしょう。……本当、私の目は節穴ですね。今まで何度もこの領地に足を運んだ事があったと言うのに気がつけないなんて」
「ギルドから報告は上がっていなかったのか?」
「現地の人間ですからね、ほとんどが。異常を異常と思わなかったのでしょう。それは外の領地から来た冒険者も同じですよ。住人が平然と受け入れている以上、そういう場所なんだと納得してしまうのでしょうね……」
「……急激に成長した組織故の弊害かね。末端まで目が届いていないのは」
例えばそう、エンドレシアの街、俺とリュエが最初に訪れた『ソルトバーグ』での一件のように。
オインク一人では、まだ貴族制度が残るあの大陸で完全に規律に従う組織を作り出すのは難しいだろう。
そしてそれは、未だかつての支配階級の残り火が燻っているこの大陸でも同じ。
やっぱり、ちょっと焦りすぎだったんだな、オインク。
「今、一生懸命私の手足となる、信頼のおける部下の育成に力を入れている所です。そして、実はぼんぼんにいろいろ便宜を図っているのは、前の世界で言う世直し旅のような事をしてもらいたいという狙いもあったんですよ」
「知ってた。だからこっちも何かある度に連絡入れてたわけだしな」
「……ある意味、今回の事は私にとってターニングポイントになります。ここで一気にこの大陸を完全に民主主義に出来なければ、再び戦乱の世に逆戻りする事も十分に考えられます。アーカムは、本当にそこまでの力を持つまさしく『魔王』です」
「さっきも言ってたけど『魔王』の称号の重みってのはなんだ? 俺としてはこんな格好で主人公を待ち受けてる程度のイメージしかないんだけど」
魔王の伝承がこの世界にあって、そしてこの姿がその魔王象に当てはまる。
それに疑問を抱いたことは確かにこれまでもあった。
だが、別段取り立てて調べようとも思わなかった。
それが今、彼女の口から語られる。
「そうですね……この場にリュエがいてくれたら説明もしやすいのですが『創世期』という言葉がありますよね? これはこの世界共通の言葉ではなく、激動の時代、エンドレシアとセミフィナルでのみ使われている言葉なんですよ」
「へぇ、じゃあ『神隷期』は?」
「そちらは世界共通認識ですね。半分伝説と化してる、前の世界で言うところの『ムー大陸』や『超古代文明』のような、半ば御伽噺のような扱いだと思って下されば」
オインクさん、随分と説明が分かりやすいですね。
君もともと何やってる人だったの? 政治に組織運営、さらに教え上手に話し上手。
人身掌握術もそれなりに納めてるみたいだし。
ううむ、案外良いとこのお嬢様かお坊ちゃまだったりして。
「色々と端折って魔王に関わるところだけ言いますと、セミフィナル王家は元々、エンドレシアの北部に住む魔族が移り住んで生まれたものなんですよ。そして魔王とは、かつてヒューマンとエルフに魔族の存在を認めさせた、まさしく先導者と呼ぶべき、神にも等しい人物だそうです」
「つまりあれか、この大陸の古い人間はその魔王信仰者の血を引いてるから、魔王っぽいアーカムに従おうみたいな」
「平たく言うとそうなりますね。エンドレシア出身の魔族は皆、力も強く長命で、そんな親に育てられたこの大陸の魔族も皆魔王を信仰しているんですよ。ほら、おじいちゃんおばあちゃん程信心深いみたいな感じです」
「いつも分かりやすい説明ありがとう。じゃあこの辺りみたいに昔の魔族の血筋が多い場所ほど、俺の姿の影響がデカいと」
ふぅむ、たしかにこの地方において、魔王という称号は俺の想像以上に重たいようだ。
……ただね、魔王は二人もいらないんですよ。
たとえ重いものだろうと、それを誰かに分けてはやりませんよ。
「よく分かった。じゃあオインク、改めて作戦における役割を説明するけどいいか?」
「アーカムの元に集う議員と関係者、協力者を足止めするんですね、わかります」
「さすがよくわかっていらっしゃる」
「実際、私くらいしか止める事が出来る人間はいませんからね」
よーしよし、これでアーカムの戦力の一部がごっそり削られたわけだ。
そして、俺はさらにもう一つの戦力を削り取る案を思いつき、密かに実行する。
さて、これで最後の準備も全て整った。ようやく、ようやくだ。
じっくり、じっくりと内と外からじわじわと侵食した甲斐があった。
さぁ、気がついた頃には既にお前の四肢はもがれた状態。どんな抵抗を見せてくれるのか、今から楽しみでしょうがない。
まるでクリスマス前日の子供のように、はやる胸のうちを抑えながらその日を持つのだった。
(´・ω・`) お ま た せ




