九十話
(´・ω・`)再登場
俺は一人、ギルドの受付へと向かい、施設の警備を担当する人間に面会の申し込みをする。
アーカムの戦力を知るためにうってつけの人物が地下牢にいるからね。
あの姉弟は地下牢で一日過ごしたわけだが、はたしてどうなっている事やら。
地下牢へと案内された俺は、先日よりも若干明るい照明に照らされた二人の牢屋へと足を運ぶ。
「一日牢で過ごしてみた感想はどうだ? 考えを改めるようなら、観察保護つきで――」
しかしそこに広がっていた光景に俺は言葉を失ってしまう。
そして突然の来訪に姉弟も固まってしまった。
「ブホッ げほっげほっ」
「リネア、落ち着いて飲みなさい」
なんということでしょう、あの殺風景で寒々しい地下牢が、たった一日で素敵で優雅な談話室のようになっているではありませんか。
石が剥き出しになっていた床には、どこか暖かさを感じる赤とオレンジの暖色カーペットが。
その上には装飾が最低限に抑えられている、どこか温もりを感じさせる木製のティーテーブルが!
天板は木目を活かした自然の模様が浮かび、まるでここが素敵な森の中だと錯覚させるような――
ってそうじゃない。温かい毛布や食事を与えるようにとは言ったが、誰がここまでやれと言った!
「……随分と良い暮らしをしているようだな。これはどういう事だ」
「はい、しばらくお世話になりたいと思いますので、私のこれまでの貯蓄を切り崩して買い揃えました」
「……姉さん、やっぱりおかしいよ。ここは暮らす場所じゃない……ここから出たらどこか宿を取ろうよ」
「自費ならば仕方ないな。看守にも多少握らせたか」
「買い付けから設置までお願いしましたので、正当な対価としてお給金を支払いました。問題があったでしょうか?」
自分は一切おかしな事をしていないとでも言いたげな、そんな表情の彼女に何を言っていいのかわからなくなる。
いやぁ、別に自分の金なら文句は言わないが……ここはギルドの施設内だしねぇ? 家賃でも払ってもらうべきなのかね?
いやいや、そもそも他にも仮眠室なりなんなりあるんだしそっちに移ってもらうべきか。
って、まだ一応拘留中の身だったな。
「これからする私の質問に正確に二人が答えるのなら、ここから出して別な場所を用意させよう」
「いえ、私はここが気に入りました。静かで落ち着きます。いずれ、罪が許されたならば、正式にこちらを住居として借りたいと思っています」
「姉さん……くっ、カイヴォンだったな!? 姉さんに何をした」
やだ、なにこの熱い風評被害。俺はなにもしてないよ! 俺は悪くねぇ!
そもそもなんでそんなに気に入ったのこの娘さん、
「私はなにもしていない、姉に聞け。それはともかく、お前達に聞かねばならない事がある」
出鼻を挫かれてしまったが、目的を果たすため、かつてアーカムの私兵を束ねていた二人に質問を開始するのであった。
「なるほどな。つまりあの屋敷に常駐している兵士は、そこまで多くないということか」
「はい。普段は街の外の山岳部で、アーカム様と契約した魔物の飼育に従事しています」
「父様は屋敷に極力男を置かないようにしているからね。僕と数人の警備兵しかいなかったはずだよ。ただ、式典を開くなら、恐らく外部の協力者も呼ぶんじゃないかな」
「そうですね。アーカム様の傘下にいる、魔族の元領主やその血を引く人間が訪れるでしょう。彼らとその私兵がおおよその戦力かと」
二人の話を総合すると、アーカムは自分の力を分散、街の外に配置していると。
そうなると、街の外からの攻撃や、アーカム自身と協力者との挟み撃ちにもなりかねない。
普通、将を単独で配置するような作戦はしないが、それが出来てしまう程の力を持っている、か。
もしかしたら、アーカムのレベルはゲーム時代の高レベルプレイヤーにも匹敵するのかもしれない。
まぁレベルだけ高いプレイヤーなんてなんの脅威でもないんですけどね。
しかし、領主という立場が強いだけでなく、単独でも戦えるほどの力か……本当の意味でようやく対等な戦いが出来るかもしれないな。
何せ、今の地位まで登りつめたのは、まぎれもない自身の力なのだから。
恐らく戦闘慣れもしているだろうし、切り札の一つや二つも用意しているだろうさ。
相手のホームグラウンドなのだし、それこそ罠だっていくらでも張ることが出来るだろう。
味方も、今でこそこの街の魔族の大半をこちら側に引き込むことが出来たが、それでも外部の協力者を含めれば奴の方が多くの手勢を揃えているだろう。
不利、圧倒的不利。だが、それでいい。
すべて、お前の持ちうるすべてを、すべての策を、すべての力を一つ残らず粉砕してやる。
正直、平然と過ごしているようで内心穏やかじゃないんですよ。
脳内で、何度お前を痛めつけた事か。何度お前を殺したことか。それをすべて、お前の身に実際に行うと考えるだけで、軽い絶頂感を感じてしまうほどだ。
さぁ待っていろ。お前の人生最良の日になるはずのその一日を――人生最後の一日にしてやるよ。
さて、軽くトリップしかけたところで現実に戻ろう。
ジニアとリネアの話はまだ済んじゃいない。
それこそ、切り札についての情報もあるかもしれない。
あれですか、屋敷が突然人型に変形したりとか、実は双子だったとか、突然『我は四天王の中でも最弱』とか言い出したりするんですかね?
「最後に、腹心の部下であるイクスという女性がいます。彼女は一人で我々私兵団を相手取る程のてだれです」
「……いまさらだけど、カイヴォン、なんでそんな質問をするんだ?」
「リネア、呼び捨てとは命知らずですね。そんな事、カイヴォン様がこの街を手に入れるために決まっているでしょう」
「は!? 無理に決まってるだろ! 今の説明を聞いて挑むなんて馬鹿のする事だ! いくら両目魔眼の上位魔族でも、そんな事出来るわけが――」
よし、いいことを考えた。
実験だ実験、実際にどんな反応をするのか見るいい機会だ。
俺は再び仮面を外しつつ、空いたアクセサリー枠に別なものをセットする。
『ダスターウィング』
ダスタードラゴンの両翼を模した翼。
全てを塵に還す絶大な炎の揺らめきを宿す黒炎の翼。
これを装備してみよう。
ゲーム時代、魔王的なアクセサリーを集め始めた頃はこれを装備していたが『エルダーウィング』を見つけてからはそっちに乗り換えてしまった。
やっぱりね、翼の数は多い方がかっこいいと思うんですよ。
だけどゲーム時代は同じ箇所のアクセサリーを同時に装備なんて出来なかったんですよね。
今なら武器ですら同時に携帯出来るのだし、恐らく可能だ。
「……これでも、私には無理だと、ただの馬鹿だと言うのか?」
予想通り成功する。
背後から僅かに仄暗い光が差し、黒い炎を纏った龍の翼が生えている事を知らせてくる。
ついに夢の三対の翼の完成である。禍々しいってレベルじゃないぞ。
さて、二人の反応はいかに。
「……カイヴォン様、また弟が倒れてしまいました。少し休ませておきます」
「……そうか。今日は助かった、近いうちに子供への謝罪の機会を設ける。それで今回の拘留は終いとする」
「わかりました。弟はここを気に入らなかったようなので、出してあげてください。私はこのままここに住みたいと思います」
「……ギルドに伝えておく。この際だ、二人でギルドに登録すると良い」
「かしこまりました」
もう好きにしてください。
なんで牢屋で優雅にお茶なんてしてるんですかね貴女は。
地下牢を出た俺は、看守とにさん言葉を交わした後、緊急連絡用の通信魔導具を貸してもらった。
連絡先はもちろん、我らが豚ちゃんことオインクだ。
この魔導具、海を越えて連絡出来るなんて凄いなと思っていたが、どうやら指向性の高い魔力の波を放出し、途中の海にいくつも設置されている中継基地を通ってようやく届くものらしい。
衛星電話のようなタイムラグを感じないのは、さすが魔法と言わざるを得ない。
『こちらエンドレシア冒険者ギルドラーク総本部、そちらはセミフィナル冒険者ギルドアルヴィース支部で間違いありませんか?』
コールをして数秒、受話器の向こうから職員の声が聞こえ、こちらも自分の身分とギルドカードの登録番号を告げる。
一応、成りすまし防止のために、離れてやり取りをする時にはこの番号を告げるのが決まりとなっている。
ちなみにこの番号は自分で決める事が出来るのだとか。あれか、車のナンバーみたいなのを意識してるのかね。
なお俺のカード番号は『1878237564』です。
他意はないよ、本当だよ。
『これはカイヴォン様! いかがなさいましたか?』
「豚……じゃなくてオインクに用事があるんだが、代わってもらえないだろうか?」
「申し訳ございません、総長は現在、出張でセミフィナルの方へ向かってしまわれました。よろしければそちらにお繋ぎしましょうか?」
なんだって?
確かにこちらに向かっているかもしれないとは思ったが、すでに大陸を出ているだと?
『豚ちゃん、海を渡るの巻』なの? 脳内でかわいい豚ちゃんが大海を一生懸命犬かきならぬ豚かきで渡る姿が再生される。
「お願いしよう。最後に連絡があったのはどこの街なんだ?」
『あ、総長から調度連絡が来ました、お繋ぎしますね』
お、ナイスタイミング。さすが空気の読める豚だな。
さてはて、場所次第じゃ作戦の時に協力してもらえるかもしれないが、今はどこにいるのやら。
「オインクか? 今どこにいるんだ? ちょっと話したい事と協力してもらいたい事があるんだけど」
『もしもし、私らんらん。今あなたの後ろにいるの』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、どこかねっとりとした女の声。
その声と同時に気配を感じ、俺は瞬間的に背後へとソバットを叩き込む。
すると、受話器から『ピギャア』という悲鳴が聞こえ、今しがた足に感じた感触でいつもの相手だと確信する。
ゆっくりと振り返ると、そこには黒い長い髪を床に広げ、タイトなスカートにも関わらず足を大きく広げてひっくり返っている美女の姿が。
豚のくせに、なんて色っぽい下着はいてやがる。
豚だから紐なの? タコ糸で縛るのを意識してるの?
「久しぶりだなオインク」
「ひ、ひどいですね……あ、何見てるんですか? しょうがないにゃあ……いいよ」
「よしきた、もう一発お見舞いしてほしいんだな」
「あ、やめてください、ギルド内での抜剣はご法度です」
そんないつものやり取りを、ギルドの職員が顔を真っ青にして見守っている。
それに気がついたのが、オインクがのろのろと立ち上がり、佇まいを正して一言。
「お久しぶりですね、SSランク冒険者カイヴォン。私に用事があるそうですが?」
「今更カッコつけられても手遅れなんだよなぁ」
「そんなー」
だがそれでも、これでこちらも切り札を手に入れる事が出来た。
俺はこのなんとも頼りなささげで、そして絶大な力を持つ仲間を迎え、全ての準備が整ったと深い笑みを浮かべるのだった。
(´・ω・`)らんらんきたわよー!




