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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
第七章

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八十八話

(´・ω・`)改名 (アイ) (アツシ)です

(´・ω・`)音読みにして、どうぞ

「まったく、ここにはあまり来ちゃいけないといつも言って――」

「すまない、私が頼み込んだのだ。この子供たちに罪はない、どうか叱らないでやってほしい」


 扉から姿を現したのは、俺が一人酒を飲んでいる姿をじっと見つめていた女性だった。

 改めてその姿をはっきりと見ると、ぱっと見で五○代程度に見えるが、おばあちゃんと呼ぶにはまだ早いような気がしないでもない。

 それは俺の母が亡くなったのが五○そこそこだったため、無意識にそう思ってしまうのかもしれない。

 ううむ……その所為かこのくらいの年代の女性を見ると、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。

 マザコンじゃないぞ、ただの母思いってだけだから。

 あ、でも魔族もエルフ同様寿命が長いんだったか。エルフとは違い、個人差がかなり大きいらしいが。


「……アンタ達、ご飯ありがとうね。ちょっと私はこのお兄さんとお話があるから、ペンダント作りはまた今度にしてくれるかね」

「うん! じゃあカイヴォンさま、おばあちゃん、またね!」


 どこか厳しさを感じさせる表情ながらも、優しく諭すように子供を帰すその女性。

 その厳しさと優しさの混在した在り方は、やはり子供たちが言うように、おばあちゃんと呼ぶのがしっくりくるように思えた。

 そして、そのやや厳しめの視線をこちらへと向け、きつく結ばれた口を開いた。


「カイヴォン様だったかい? あたしらは言わば日陰者、今まさに表に飛び出そうっていう貴方様にゃあ無縁の人間だと思うんだがね」

「……そうか。だが、今再びこうして、子供たちに手芸を教え、この流れに少なからず貢献しているように思ったのだが」

「ふん、ただのお節介さね。ようやくまごついていた隣人が自分の足で立ち上がったんだ、餞別くらい渡すのが人情ってもんじゃないのかね?」


 少しばかり不機嫌そうな、しかしどこか後ろめたそうに告げる女性。

 なにが彼女を卑屈にさせているのか、俺にはわからない。

 だが、彼女たちは恐らく、この街が歪んでいく様を間近で見てきたのだろう。

 それ故に、ただ見ている事しか出来なかったが故に、なのかもしれない。


「あら、まだ誰かいるのかしら? イェン、中に入ってもらったら?」

「ルーイは黙ってな! ふん、まだ何か用があるってんなら、とっととお入りよカイヴォン様」


 建物の中から新たな声が聞こえ、イェンと呼ばれた女性が、どこか含みを持たせたように俺の名を呼び、渋々といった様子で招いてくれた。

 建物に近づきながら、改めてその外観に目を凝らす。

 古い、木造の酒場のような出で立ちの建物は、あちこちが板で継ぎ接ぎされ、何度も増築、改装を繰り返してきた事が手に取るように伝わってくる。

 木の柵はイスか何かの足を再利用したもの。板が抜けてしまった階段には鉄板がしかれている。そして、頭上には薄汚れた看板も。

 みすぼらしいと言ってしまえばそれまでだが、俺にはそれが、とても暖かなものに感じられ、自然と笑みを浮かべてしまう。

 そして同時に確信する。


「まぁ、あらあらあら! 上位魔族様がいらっしゃるなんて……汚い場所ですが、ゆっくりしていって下さいませね?」

「ルーイ、アンタは黙って座ってな! ふん、カイヴォン様も適当に座んな」


 出迎えてくれたのは、少しだけ腰が曲がった魔族の女性。

 頭上に小さなコウモリの羽を生やした、白髪混じりのお祖母ちゃん。

 皺の刻まれた顔を嬉しそうにクシャリと歪め出迎えてくれるも、またしてもイェンさんがやや不機嫌そうに席につかせる。

 これは、いたわっているって事でいいのだろうか。


「それで、私らになんの用だってんだい」

「単刀直入に聞かせてもらいたい。この街にアーカムに歯向かおうとしている人間はどれくらいいる?」


 もし、ヒューマン以外でアーカムに敵対しようと言うのなら一体どんな層なのか。

 例えば、街の外から来た人間の場合はどうなるか。

 恐らく、不審に思うだろうし、不満も持つだろう。だが、ここに残ってまで敵対しようと思う人間は少ないだろう。

 そうなると必然的に街に長く住む、ヒューマン以外の住人に絞られる。

 そしてそれは恐らく、古き良き時代、まだアーカムがここまでヒューマンを虐げ、歪な上下関係が染み付いてしまう前を知っている人間のはずだ。

 だからこそ、今再び表舞台に現れたこの人たちに俺は会いに来た。


「領主様に不満だって? そんな事表立って言うやつなんて、よっぽどの馬鹿か、領主が送り込んだ間者くらいなもんさね」

「やはりこちらを探っていたな、イェン殿。私はあんな紛い物の部下などでは断じて無い」

「どうだかね。アンタの姿を見たら誰だって領主に相応しい、この流れを変えてくれるって思うだろうさ。ただね、私は騙されないよ! アンタ、魔族なんかじゃないだろう!」

「……どういう意味だ」


 ……ここにきて、この魔王ルックの隙を突かれてしまう。

 そうだ、今までリュエにしか見破られていなかったから、すっかり油断していた。

 これは明らかに不信感を持たれてしまっている。だが、俺には一つ、この頑なな女性に対しての切り札を持っていた。


「アンタからは上位魔族特有の魔力波動を感じないのさ。私はね、昔っからそういうのには敏感なんだよ! 見た目で威圧したいならご愁傷様だったね、とっととその姿を止めな!」

「参ったな、貴女で二人目ですよ、見破られたのは」


 口調を変えながら、角と羽、魔眼と仮面を解除する。


「あらあら? ヒューマンの方だったのね。それで、結局この方はどういった人なのイェン」

「ふん、やっぱり力が強いだけのヒューマンか。あんたが嘘をついて保護区の連中を焚き付けている風には見えなかったが、私は得体の知れない人間を信用する程お人好しじゃないんでね。アンタが何者で、どうしてこんな事をしているのか説明してもらうよ!」


 説明も良いだろう。

 ただ、俺にはもっと手っ取り早い方法がある。

 俺はこの建物に入ってから、中の様子をずっと観察していた。

 古い木のテーブルとイス。あちこち継ぎ接ぎされたカウンター席に、様々な保存食や酒瓶が収められた戸棚。

 壁には穴を塞いだ跡がいくつも残され、ここがどれだけ大切に守られてきたか、手にとるようにわかってしまう。

 そして、俺は壁に飾られているそれを見つけた。


「……あの壁の写真は、随分と綺麗な状態で残っているみたいですね」

「なんだい、突然」


 長い年月に晒されて、セピア色に変わりつつあるその写真の中。

 そこには、恐らくイェンさんとルーイさんの若し頃の姿だろうか、気の強そうな魔族の少女と、どかかおっとりとした、目元が垂れた魔族の娘の姿がある。

 他にもエルフの姉妹と思われる二人組や、ヒューマンの子供、娘さんが写っている。


「お二人は、好きな食べ物ってありますか?」

「さっきからなんなんだい一体。はぐらかすんなら出て行ってもらうよ」

「私はそうねぇ……昔から大好きな料理があるわ」


 沢山の子供たちの後ろには、慈愛に満ち溢れた、見る者を優しく包み込んでくれるような笑顔を浮かべた一人の女性が写っている。

 そう、俺はこの建物に入る前から気がついていた。

 継ぎ接ぎされて、見えにくくなっていたが、しっかりと今もその看板が来る者を歓迎している。

 そこには少し字体の崩れた、まるで子供が書いたような『ぷろみすめいでん』の文字。


「そうそう、ラタトゥイユ!」

「ラタトゥイユ」


 ルーイさんの宣言にかぶせるように、俺も同じ料理の名を告げた。

 そう、子供たちの後ろで微笑んでいたのは、まぎれもない。

 今のような美しいドレスではなく、どこかやぼったいようなセーターを着たレイスだった。


「あら、貴方もラタトゥイユが好きなの? 私も昔母がよく作ってくれてね、今も大好きなの」

「……アンタ、何を知っているんだい?」


 嬉しそうに驚くルーイさんと、警戒をより一層強めたイェンさんへ、リュエの倉庫から移しておいた料理を一つ取り出した。

 それはここ最近、妙に人恋しくて夜に食べている、かつてある人物がお供えしたという料理。


「アンタ、今なにもない所から出したね」

「お母様と一緒ね! 素敵、またこの不思議な魔法が見られるなんて」

「どうぞ、これを食べてみてください」


 味覚は、子供の内に形成される。

 よく言う『おふくろの味』というのも、それが影響して生まれた言葉だ。

 たとえどんなに美味しい料理を食べても、贅の粋を極めた料理に慣れ親しんでいたとしても、その味だけは別カウント。

 優劣を付けることが出来ず、たとえそこまでおいしくなくても、特別だと感じてしまうそんな味。

 それが、おふくろの味。

 そしてそれが今ここでも、証明された。


「あ……これ」

「っ!? アンタ、これは一体誰が!」


 匙を取りこぼし、目を見開くルーイさんと、何かに驚いたようにこちらを強く睨みつけるイェンさん。

 やっぱり、覚えているんだろうな。

 それは紛れも無い、レイスが作ったもの。俺も密かに気に入っているラタトゥイユだ。


「これは、今アーカムの元にいる一人の女性が作ったものです。俺は、彼女の願いを叶えるため、今動いています」

「まさかそんな……母さまが? でもなんで……」

「長い間、彼女はアーカムの影に怯えて暮らしていました。そんな彼女を俺は外の世界へ連れ出した。だったら、守りぬくために敵を排除するのは当然だとは思いませんか?」


 さぁ、教えてくれ二人共。

 今この街で、力を蓄えている人間はどれ程いるのか。




「……わかった。アンタ、カイヴォンさんがアーカムを失脚させるのは、母さまのためだって事はね。ただ――」

「私たちは本当に、力もない、ただ諦めた人間に過ぎないの。現状に不満を持つ方々は確かにいるわ。でも、私たち同様、急激なこの変化に様子見を決め込んでいると思うの」

「そういう事さね。だけどそうだね、顔つなぎくらいは出来ると思う。けど、アーカムは強いよ。魔族でもないカイヴォンさんに本当に倒せるのかい?」

「倒せる。俺は今、レイスに絶対の加護を与えてアーカムの所に行ってもらっている。けど、その加護は未だ破られず、レイスは無事だ。それが何よりの証明になりませんか?」


 今ここで自分がどれくらいの力を持っているか、すぐには証明出来ない。

 たとえギルドカードを出しても、長い間実際にその身で感じていたアーカムの力、恐怖を打ち消すことは出来ないだろう。

 しかし、幸いにして俺のカードにはそれ以外の効果もあった事を思い出し、改めて差し出す。

 なるほど、時に権力は、圧倒的な暴力以上の力を持つのか。

 相手がその権力と暴力を振りかざすのなら、俺も同等の、少なくとも権力だけならば、比肩出来ると証明する。


「俺は、この大陸においては領主と同じ権力を持っています。さすがにこの国の議員もかねているアーカム程ではありませんが、それでも俺はエンドレシアでは大公待遇でもあります。力でも、立場でも、俺は奴を倒す剣を持っている」

「これが本物なら確かに……分かった、案内させてもらうよ。ルーイ、留守を任せたよ」

「分かったわ。カイヴォンさん、どうか、お母様の事、よろしくお願いします」


 俺の知らないレイスの歴史が刻まれた場所。

 恐らく、彼女たちはこの場所を、長きにわたって守ってきたのだろう。

 そんな彼女たちを、是非ともレイスと再会させてあげたい。そう強く決意しながら、この場所を後にするのであった。

(´・ω・`)らんとんだー! らん豚だー!

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