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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
第七章

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八十三話

(´・ω・`)パンはパンでもカレーにつけて食べるパンってナーンだ

「私が、ですか?」

「ええ。ローズ様は体調が優れないそうで、本日より休養のため一時的にユエさんにはアーカム様の身の回りのお世話をお願いしたく」


 屋敷で働き始めて六日。

 初めてアーカムの姿を見たあの日からまだ三日しか経っていないというのに、もう?

 ローズさんも昨日までは元気にそうに周りのメイドさんに指示を飛ばし、私に付きっきりで何か喋っていたのに。

 ……なんだっけ? たぶん暇だったのかな? 聞き流していたからあまり覚えていないけど。


「身の回りのお世話と言いますと?」

「朝の起床時間に合わせてお迎えにあがり、お着替えの手伝いをし、お食事の際には後ろに控えている事、くらいでしょうか? ですが……お身体を求められる事も多いと聞きますので……」

「拒否権がないのでしたら受けましょう」


 私にそれを告げるメイドさんも、罪悪感に塗り尽くされた表情でうつむいてしまう。

 進んで引き受けたがる人っていないのかな? ローズさんはいつも嬉しそうだったけど。

 ただ、これなら私がアーカムを仕留める事も可能かもしれないし、その気になればいくらでも逃げる事も可能だし、ちょっと行動を探るのにいいかもしれないね。


「アーカム様は今朝は既に起きていらっしゃいますので、朝食の時にはお願いしますね」

「わかりました」


 じゃあ私も早めに食堂に行かないと。

 ああ……人がご飯を食べているのを後ろで見ているだけだなんて。


 食堂に入ると、既に他のメイドさんがそれぞれ所定の位置に着いていた。

 恐らくアーカムが座る上座の後ろに私は控え、他の二人のメイドさんの位置を見る。

 そこにも席が用意されており、恐らく誰か家族が座るのだろうと思った所で、疑問が浮かぶ。

 ……家族っているのかな? 少なくとも結婚はしていないのだろうし、親兄弟がいるとも聞いていない。

 そう考えていると、扉が開かれて二人の魔族の男女が現れた。


「おはようございます『ジニア様』『リネア様』」

「おはようございます」


 咄嗟に私も、他の二人に続いて挨拶をする。

 二人は特に返事をするわけでもなく、メイドさんが引いた席につく。

 すると、一瞬だけチラリと二人が私の方を見た。

 いつもと違う人だから気になったのかな?


 それからアーカムが来るのを待っていると、魔族の女の子が口を開いた。

 物静かな、あまり感情の起伏を感じられない虚ろな声で、自分の背後にいるメイドに問う。


「母上の姿が見えないようですが、今日はどうしたのです?」

「お身体の調子がよろしく無いと聞きましたが……」

「そうですか。後で行ってみます」


 ふむ……ローズさんといいあの子のお母さんといい、館の中で風邪でも流行っているのかな?

 このままアーカムも風邪をこじらせて再起不能になればいいのに。

 そうだ、こっそり館の温度を下げて……だめだ、私も寒くなってしまう。

 そんな事を考えていると、扉が開かれて、風邪をひいた風でもないアーカムが現れた。

 私も少しだけ表情を抑え、抑揚のない声で挨拶をしながら椅子を引く。

 ……座る瞬間にもう一度椅子を引いたらどうなるかな? 転んじゃうかな? やってみようかな?

 そんな葛藤をしているうちに、椅子に座られてしまう。惜しい、私にもっと決断力があれば!

 そうすればアーカムのケツ弾力を見ることが出来たかもしれないのに!

 ……今私うまい事言った、一○○点! 今度カイくんに試してみよう!


「何をしている、早く下がらぬか。……ん、お前は新入りだったか」


 つい後ろに下がるのを忘れ、振り向かれてしまう。

 どうしよう、せっかく印象に残らないようにしてたのに。


「はい。ユエと申します」

「ふむ、では今日はお前が私の専属となるのか。……ふむ、良いだろう」

「本日はよろしくお願い致します」


 変な事してみろ、私の必殺の目覚ましヒール改をおみまいしてやる。

 朝起きれないと悩んでいた同室の子にこっそり試したら、翌朝大変な事になっちゃったんだぞ!

 彼女の名誉のために詳細は省くけど!


「そうだな、最近はアレにも飽きた所だ……ああ、忘れていた。おい、お前達」


 唐突にアーカムが同席していた二人に声をかける。

 それを見計らい私も後ろへと下がると、アーカムがとんでもない事を言い出した。


「今日限りでこの館から去ってもらう。母親は既に塔送りにした、お前達もそちらに移れ」

「んな!? 何故ですかアーカム様! 我々が何を――」

「リネア、黙りなさい。かしこまりましたアーカム様。すぐに準備に取り掛かります」


 激昂し立ち上がる男の子、リネア君と、淡々と命令を聞く女の子の姿に、何が何だかわからなくなる。

 あの二人は、家族じゃなかったのかな? 塔送りって、私が今住んでいる使用人寮の事なのかな?

 今まで普通に過ごしてきたであろう相手を、どうしてこうも簡単に切り捨てられるんだろう。

 そして、どうしてあの女の子は大人しくそれに従ったんだろう。

 二人は、食事の最中だと言うのにそそくさと部屋を出ていき、彼らのお付であろうメイドさんも出て行ったため、食堂にアーカムと二人取り残される。


「ふん、相変わらずつまらない娘だな。どんなに責めてやっても表情一つ動かさん。お前もそう思うだろう?」

「私は今日はじめてお会いしましたのでなんとも。中々、戦士向きな気質だとは思いますが」


 当り障りのない返事をしよう。実際、ああいう表情を一切表に出さない相手はやりにくいしね。

 私は相手の良い所を探すのが得意なんだ。あの子はきっと良い戦士になるに違いない。


「ふふふ、中々面白いな貴様は。ユエと言ったか? 正式に私専属のメイドになって貰おうか」

「勿体無いお言葉です」


 だけど、君の良い所はたとえ、君が死ぬ間際まで見ていても見つけられそうにないよ。


 朝食を終えたアーカムは、自身の執務室へと向かう。

 私も片付けが済み次第向かわなければならないが、一応準備だけはしておこうかな?

 食器を下げながら、私は自分の身体にありとあらゆる強化の魔術、魔法、魔導を行使する。

 強化に強化を重ねた今の私は、たぶんカイくんと戦っても三分は持つ自信がある。

 ……あれ? なんか自分で言ってておかしい気がする。

 なんにしても、あいつはきっとカイくんの大嫌いな奴に違いない。


「こんなにご飯を残す奴、悪い奴に違いないよ」


 カイくん、ご飯を残す人には厳しいからね。


 執務室に向かう途中、ある部屋から言い争いの声が聞こえてきた。

 たぶん、朝の二人だと思う。少しだけ気になった私は、聞き耳を立てる。


「何故何も言い返さなかったのです! きっとあのエルフのメイドに何か吹きこまれたのです!」

「アーカム様が誰かの進言で動く事はありません。命令ならばそれに従うしかないでしょう。私も、みすみす家族が死ぬのは見過ごせませんので」

「ぐっ……しかしアーカム様は長年我らを――」

「長年連れ添った相手を塔に送りました。それが全てです」


 ……なんだがいたたまれないけれど、私にはどうしようもないし、悪いけど関係ない。

 ごめんね、敵の身内も、今の私には敵にしか思えないんだ。

 そう、もし君たち二人がアーカムにとって掛け替えのない存在だったら、人質に取るくらいには今の私は容赦ないから。

 本当、自分の我慢強さを褒めてあげたいよ。


 少し遅れてしまったけれど、無事にたどり着いた執務室。

 ノックを四回、声をかける。


「遅れてしまい申し訳ありません。ユエです」

「っ!? ………………どうぞお入り下さい」


 返事は女性のものだったけれど、息を呑むような、驚いたような反応と何やら変な物音が聞こえてきた。

 少しだけ警戒しながら扉を開くと、そこには自分の椅子に座り書類に目を通すアーカムと、そのすぐ横に控えるイクスさんの姿が。

 そういえば、初日以来話す事もなく、顔すら合わせなかった気がする。


「ユエさん、ですか。もうアーカム様のお付になったのですか?」

「ふむ、イクスと顔見知りか。ああ、お前にメイドの面接を一任していたな。最近新しい人間が来ないと思っていたが、中々良い逸材を選んでくれたな」


 私は黙ってイクスさんに向けて頭を下げる。

 よく見ると、イクスさんの服装が少しだけ乱れていた。……もう我慢出来そうにない、食らえ目覚ましヒール。


「それで、この報告書に書いてある事は真実だと言うのか?」


 やっぱり気が付かないか。

 こんな魔導具や屋敷全体を覆う結界のせいで感覚が鈍っているのかな?

 それとも、元々魔術が苦手だからこんな仕掛けをしているのか。


「はい。最近では魔族がヒューマン保護区に出入りする姿も珍しく無いと」

「ふむ。連中に住処を与えて気を紛らわせていたが……これはいよいよ居場所がなくなりそうだな」

「いえ、魔族の方々はヒューマンの手助けをする為に向かっているそうです。欲を満たすためでなく」

「……なんだと? どうしてそんな事になっている」

「それが、ギルドへ探りを入れても何も分からず、内部の魔族も口を開こうとしません」


 二人の話を聞きながら、私は備え付けのティーセットで紅茶を入れる。

 嫌がらせにキンキンに冷やしてだそうかな?

 私は結構好きなんだけどね、アイスティー。

 ……ここに一服盛ってひと思いに……ああそんな薬持っていなかったよ。

 それに、考えてみれば私じゃなくてもアーカムに恨みを持つ人間はいくらでもいそうだし、それくらみんな試したことあるんじゃないかな。

 思えば、この街の異常さは昨日今日じゃない、レイスがここに住んでいた時代からその兆候はあったらしい。

 それでもなお、こうして領主として君臨し、今では議会の一員としての地位を確立したこの男の力は本物なのだろう。

 それは、レイス本人がアーカムから逃げる道を選んだことからも間違いないんじゃないかな。

 だけども、きっと私ならやれる。一息の間にこの館を凍らせて、全てを終わらせることがきっと出来る。

 けれども今私がそれをやらないのは、たぶんカイくんとレイスのため、なんだろうね。


「紅茶が入りました」

「ありがとうございます」


 きっと、カイくんはレイスにチャンスを与えたいんだと思う。

 自分を苦しめた相手を、自分の手で裁くチャンスを。

 そして、たぶんこっちが本命なんだろうけど、カイくんが満足したいっていうのもあるんじゃないかな。

 カイくんとは一年以上一緒にいるけれど、私はカイくんが完全な善人だとは思っていない。

 もちろん、そんな人なんて世界中探しても見つかるかわからないけれど。

 それでもカイくんは、絶対に人を許さない人なんだと思う。

 きっと、何か一線を超えてしまったら、全ての思い出も親愛も愛着も捨てて、残酷に切り捨てられる人なんだと思う。

 ……たぶん私とレイスは例外だと思うけどね。

 そんな苛烈さを秘めているからこそ、きっとカイくんは最後には自分の手で、アーカムの全てを台無しにし、全てを奪い、これでもかとダメージを与えてから終わらせるつもりなんじゃないかな。

 そう思うと、少しだけこのこの男に哀れみすら湧いてくるよ。


「ふん、紅茶の入れ方も及第点といった所か。おいユエ、今夜私の寝室に紅茶を淹れに来い」

「! アーカム様、その、私は先ほどの件の続きを……」

「途中で報告(・・)が終わったのが不満か? 今晩はゆっくりと新しい茶葉(・・・・・)を味わいたい気分だ、お前の用事はまた今度だ」

「かしこまり、ました……」


 そんな哀れな相手から、声がかかる。

 たぶん、そういう事なんだろうね。そしてイクスさんは、本気で私の心配をしているんだと思う。

 大丈夫、今晩はきっとそんな事にならないよ。

 私の魔術、魔法を甘く見ないでおくれ。

 だから、そんな申し訳無さそうな顔はやめておくれよイクスさん。

(´・ω・`)サーッ(迫真)

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