八十二話
/(´゜ω。`)\コウシンシタヨ……コウシンシタヨ……
翌朝。
熟睡は出来ませんでしたが、仕事の疲れを癒すことが出来た私は、酒場の営業開始までだいぶ時間があるからと、久々にギルドへと向かいました。
早速何か動きはなかったかと掲示板へと向かうと、珍しく子供たちの護衛という依頼があるではないですか。
見れば、依頼主はギルドそのもの。初日にこの街のギルドの様子を見た限りでは、少し嫌味な言い方になってしまいますが、子供たちにまで気を回すような余裕のない、少々追い詰められた印象を受けたのですが。
「今日は護衛依頼三つも出てんじゃん! 私はまたゼオ・フラウの方にしよっと。あそこ綺麗なんだよねー」
「ずるいわね、これ定員一人じゃない。……仕方ないわね、私は近場の奴にするか」
見ている傍から、魔族の女性が二人、それぞれ別の依頼書を手に取り受付へと向かいました。
残されている物に私も目を向けると――
『街の傍の泉までの採取に出かける子供たちの護衛 定員一名 報酬三五○○ルクス』
街の傍の泉と言うと、私たちが魔車で降り立った場所でしょうか?
それほど遠い場所ではありませんし、私も受けてみようかと思ったのですが、すぐに他の方の手が依頼書へと伸びてきました。
「あ、すまねぇ姉さん。これ受けるつもりだったのか?」
手の主は、がっしりとした体格の、壮年のヒューマンの男性。
その姿に、私は少しだけ疑問を抱きました。
詳しくは知らないのですが、この街では魔族が受けたがる依頼を、ヒューマンの方が受けるのは珍しい事だと聞いています。
ですが、彼は何の気負いもなく、ごくごく自然にその依頼を受けようとしている。
先ほど二つの依頼を受けていたのも魔族の方でしたし、恐らくこれは魔族の方向けの依頼だと思うのですが……。
「いえ、珍しいと思い見ていただけですよ。貴方はよくこの依頼を受けているのでしょうか?」
「ああ、これは最近始まったもんなんだ。ヒューマン保護区の子供たちが採ってくる薬草をギルドが買い取るりするようになってな、その護衛依頼が回ってくるようになったんだよ」
「ヒューマンの子供だったのですね……」
「ん、姉さんヒューマンは苦手なクチか? ……悪い事は言わねぇ、表立ってそれは口に出さねぇ方がいい」
と、ここで男性が僅かに眉をひそめ小声でそう囁きかけてきます。
まるで、誰かに聞かれたらマズイと、こちらを気遣うような口ぶりです。
私がこの街の多くの魔族同様、ヒューマンを見下していると思われたのかもしれません。
昔はここまでひどくはなかったのですが、今ではこのような有様。
そんな一人に見られてしまうのが少しだけ心外で、説明をします。
「いえ、そうではありません。先ほど似た依頼を魔族の方たちが受けていたので、それが心配で……」
「ん? ああ、それなら大丈夫だ。最近徐々にだが子供の面倒を見る魔族が増えて来てんだよ。これも全部カイヴォンの旦那のお陰だな」
突然のその名前に、私の心臓がドキリと強く脈打ちました。
……そうでしたか、すでにカイさんはこの街を徐々に、アーカムの手から奪いつつあるのですね?
かつて私をウィング・レストの街から奪い取ったように、今度は街の住人の心を、奪うのですね?
そう思うと、私の中に再び勇気の炎が燃え上がります。こうしてはいられません、私もただ待つのは止めです。
「きっと、そのカイヴォンさんという方は、とても素敵な方なのでしょうね。私もこれから頑張りたいと思います」
「ああ、お互いがんばろうぜ」
その後受付へと向かい、最近アーカムの屋敷の家政婦の募集を取り下げたという話を聞きその理由を尋ねると、一人の女性の冒険者が、ギルド所属の証であるカードを返上して奉公に出たという話を聞きました。
その方の詳細を聞こうとすると、規則なので答えられないと、いくら尋ねても上に止められているという理由しか話してもらえず、それが逆に私を確信へと至らせます。
おそらく、ギルドの上役と同待遇のリュエでしょう。
そんな彼女がギルドを抜けたとなれば一大事、決して口外しないように釘を刺されるのも当然です。
そして、すでに彼女が入り込んでいると分かった私は、すべての準備は整ったと見なし、行動を起こすのでした。
「レイスさん、あっちのボックス席にこれ持っていって下さい」
「わかりました」
夜、今夜もお客様が後を絶えないお店の中、出来上がったお料理を運び、また注文を受けつつ、ちょっとした雑談もサービスしながら過ごしていました。
「レイスちゃん本当に美人だなぁ……今度俺とどっか出かけない?」
「申し訳ありません、じつは近々街を出て行くんです私。ごめんなさい」
「ええ!? なんだよー、俺レイスちゃんに会うためにこっちまで来てんだぜー」
魔族の方も、ヒューマン保護区に近いこの場所まで来てくださいます。
まだ多少偏見といいますか、認識に齟齬があるような方も多いのですが、このお店は他の場所よりも幾分、種族間の摩擦が少ないように思えます。
そこで今日も魔族の男性に声をかけられますが、最近ではヒューマンの方も声をかけてくださることが増えました。
「お、朝の姉さんじゃねぇか! 夜はこっちで働いてんのか」
「あ、朝の護衛依頼の冒険者さんですね? お仕事お疲れ様です」
「いやぁ、子供の面倒見るってのも中々骨が折れるな。姉さんならもうちっとうまく出来たかもしれねぇのに」
たしかに子供のパワーは、時として大の大人をヘトヘトにしてしまう程の爆発力があるのは私も知っています。
私も昔、子持ちの娘を引き取った事もありますので、その事は身にしみて覚えています。
だからこそ、少しあの依頼を受けてみたいと思ったのですけどね?
「ふふ、そうかもしれませんね。私も最後の思い出に一度受けてみたいと思います」
「最後? 姉さんどっか行っちまうのか?」
「ええ、近々この街を出る事にしたんです。ですので、今日は沢山注文して下さいね?」
「ははは、仕方ねえな。じゃあ旅立ちの祝いだ、ちょっくら贅沢にいかせてもらうぜ」
威勢よく笑う姿に釣られ、近くの席のお客様方も次々に追加の注文をして下さいました。
私も皆様に頭を下げ挨拶をします。
「皆様、短い間ですがここで働かせてもらい、そして皆様と楽しく触れ合うことが出来た事に心より感謝申し上げます。どうか私なき後も、変わらずにご懇意にして頂けると幸いです」
店主にも、この事は既に話してあります。
とても残念そうにしていらっしゃいましたが、それでも納得していただき、同僚である方達にも引き止められましたが、私も動くと決めた以上後には引けません。
「お騒がせしました。では、どうぞこの後も存分にお楽しみ下さい」
最後に心の底からの笑みを浮かべ、通常業務に戻ります。
次々に上がる皆さんの手、そして追加のオーダーと求められる握手。
少なくない罪悪感と、久々に感じた接客の喜びを噛み締めながらそれに応えていく。
そんな中、数名のお客様がそそくさと店を後にしました。
……さぁ、種はばら撒きましたよ?
動くなら今ですよ、アーカム。
帰り道、私の泊まる宿の前に一台の馬車が留まっていました。
ついにこの時が来たと、私は気合を入れ、自分から馬車へと向かいます。
あれだけ盛大に、近々この街を去ると言えば、必ず今日動き出すと思いましたよ。
大方、先日の下見に私が気が付き、怯え、逃げ出そうとしていると思ったのでしょう?
すぐ目の前まで迫る馬車は、暗がりでもなお月光を淡く反射する、美しい装飾のなされた物でした。
……なかなかいい仕事ですね。ですがカイさんの魔車とは比べるまでもありません。
あの艶やかな木目、サスペンション周りの収まり具合、それに磨きぬかれたドアノブに深く暗い紅の革張りの御者席。
あれほどまでの――おっといけません、すっかり妄想の世界に入っていたようです。
「こんばんは、お久しぶりですね、アーカム」
私は、馬車の窓、カーテンの向こうにいるであろうその人物に声をかけます。
……大丈夫です、私は強くなりました。そして、私には最強の、最愛の、最高の家族がついています。
「……ようやく私の元に下る決心がついたか、レイス。半世紀近くも待たせおって」
「待つのも男の甲斐性ですけどね。がっついて女に迫るなんて、思春期過ぎたばかりの子供くらいなものです」
「ふむ、その子供と言うのが例のお前の護衛と言う訳か。なるほど、お前の色香に惑わされ迫ったわけか」
まだ。
「あら? あの方は夜も含めて随分と紳士的だったのですが……なるほど、そういえば昔から自分の身の丈を何一つ分からない、思春期にも満たないお子様がいましたね。ごめんなさいね? さっきの言葉は忘れていいのよ?」
ありったけの皮肉をアナタに。
ありったけの侮蔑をアナタに。
大丈夫、大丈夫だから。
……あとちょっぴり嘘というか、見栄をはったのはご愛嬌です。
「ククク……いやいや、中々に饒舌、この様な言い合いなどいつぶりか」
大丈夫、私はまだ大丈夫。
この震えは、恐怖から来るものでは決してないから。
大丈夫、私はまだ我慢できるから。
たとえ、目の前の肉人形が私の大切な人を貶そうとも、この怒りを抑えられるから。
ねぇ、貴方はいつまで――
「明日、準備を整えそちらに向かいましょう。いい加減私も疲れました」
「ふふ、ははは、フハハハハハ! ようやく、ようやくこの時が来た! ああ待とう、待つとも、待ってやろうとも! ああ楽しみだ、なんて楽しみな夜だ、今夜は眠れそうにない! 夜よ明けよ、疾くと明けよ! ハハハハハ!」
自分に酔うかのような狂乱の叫びを上げ、カーテンの向こうからようやくその面差しを現す。
勝ち誇り、情欲に顔を歪ませ、獣染みた眼差しをこちらに向ける。
……貴方はいつまで、自分が勝者でいられると思っているのでしょうね?
(´・ω・`)彼が無事でいられるのは後何話くらいだろう……




