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四話

 唐突な戦闘回

 彼女との日々は、とても楽しかった。

 一言で言ってしまうとこれだけだが、本当に彼女は博識で、様々な事を俺に教えてくれた。

 彼女は『今でも通用するかはわからない』と言うが、それでもこの世界の常識や制度、そして近隣にいる魔物の知識。

 『魔法』の知識をも惜しげもなく伝えてくれた。

 それはまるで『教えられる事がなくなるのを恐れているかのように』






 そして、今日でここに来てから丁度一年。

 春夏秋冬が訪れるこの場所は、キチンと今年もここに寒さを運んできた。

 一年を通してこの辺りは気温が低いのだが、この時期は一入。

 そろそろ寝るときも薄手の物ではなく、厚手のローブのような寝巻きを着ているリュエが、不安そうに起きてきた。

 だから俺は切り出す。


「なぁリュエ――」

「カイ君、今日は……そうだな、この周辺の……そうだ、植物、食べられる物を」

「いや、それは秋に教えてくれただろ? おかげでお腹を壊したの、忘れたとは言わせないぞ」

「うっ……じゃ、じゃあ氷属性以外の魔法を……」

「自分で言ってたじゃないか、氷以外の魔法はほとんど使えないって。というか魔法だけなら俺の方がもうバリエーションが多いぞ」


 魔法は、この一年で一番頑張って覚えた。

 リュエは『私は余り強い魔法は使えないが』と言っていたが、それでも彼女の氷の魔法は美しく、そして繊細だった。

 その域にはまだまだ到達出来ないが、総合的な戦力は俺の方が上だろう。


 ……そう、俺は最初から、単独でこの森を出ることが出来たのだ。

 『奪剣』を使いこなすのは難しかったが、日々の鍛錬は俺を裏切らない。

 元々動体視力が高く、そしてこの身体のおかげか、すぐに剣を使う事が出来るようになったのだ。

 その性能はゲーム時代と変わらず、とんでもなく強い。そして俺のレベルも、キチンと引き継がれていた。

 それでも、ここで学ぶ事が多く、何よりも彼女と過ごす日々が楽しく、俺はズルズルとここで過ごしてきた。

 だが、そろそろ旅立つべきだろう。

 ここがどういう場所なのか、俺がどうしてここにいるのか、それを知るためにも。


「……俺はもう、一人で外に出られる。リュエだって判っている筈だ」

「そ、そんな事はない。この付近には、君より強い魔物がうじゃうじゃいるんだ。だからもう少しここで――」

「リュエ……俺と一緒に外へ行こう」

「……見送りという意味かい?」

「違う、俺と一緒に、外の世界へ行かないか」


 彼女は、ここから長い間離れる事が出来ないと言う。

 何が彼女を縛り付けているのか、どうしてかたくなに外に出るのを拒むのか、俺には分からない。

 けれど、今こうして切り出せば、もしかしたら彼女の口から真実を、抱えている問題の一部でも、俺に分けてくれないだろうかと口にする。


「それは出来ない」

「……何故?」


 途端、瞳の光が消えたように見えた。

 表情が抜け落ち、まるで人が変わったように即答する。

 それほどまでの理由が、彼女にあると言うのだろうか?


「それを教える事は出来ない。……そうだったね、すっかり君に感化されてしまっていたようだ。確かに君の実力なら大丈夫だろう、一年間楽しかったよ」

「なんだ、急に」

「いや、いいんだ。そうだな、数年に一度で良い、たまには顔を見せに来てくれればそれで構わないさ」

「……そうかい」


 荷物を片手に、家の外へと向かう。

 どうやら見送りにはきてくれるようだ。

 ただそれでも、彼女の表情が能面のようで、何かが抜け落ちたような、必死に隠しているような、そんな気がする。


「ここを出たら、山の反対方向を目指して進むんだ。野宿の際は魔物避けの結界を張る事、それと間違っても山の方へは行かないこと」

「そういえば、向こうには行った事が無かったな」

「人が住んでいない上に、無駄に寒いだけの場所だからね。魔物も相応の強さがある。行く理由がないよ」


 そんな最後のやりとりの最中も、俺は考える。

 一年間の彼女の行動と、今のこの状況を。

 そして、彼女の本音を。








「……趣味、悪いかもな」


 歩き始め、彼女の家が見えなくなった地点で、俺は久しぶりに剣のアビリティを入れ替える


 『五感強化』

 『気配察知』

 『心眼』

 『以心伝心』

 『共鳴』

 『被ダメージ-30%』

 『アビリティ効果2倍』

 『簒奪者の証(闘)』


 曖昧な効果ばかりだが、この組み合わせによって多少はマシになる。

 ゲーム時代は対人戦で、相手の予備動作にオーラが見えるようになり攻撃をある程度予測出来たり、ランダムで対戦相手のチャットが覗けたりした物。

 他にもある程度離れていても『周囲チャット』が聞き取れるようになる、などなど。

 本当にネタというか、使いどころが限られるアビリティ達だ。

 だが、現実の世界となんらかわらない今、このスキルの効果はてきめんだった。


「……馬鹿……なんでなんだよ」


 家のある方へと意識を集中させ、聞こえてきた言葉。

 それは、一年間過ごしてきて、一度も見る事の無かった彼女の弱い部分。


『私を……置いていかないでくれ……行かないでよ……カイ君』


 嗚咽の混じるその言葉に、引き返し、駆けつけ、抱きしめてあげたい衝動にかられる。

 だが、それは根本的な解決にもならない上、俺がこんな事まで出来てしまうと自白するような物。

 俺は、この恐ろしく多彩で、反則な力を持つ武器の事を、彼女に言えないでいた。

 だがもし、この剣の力で彼女を解き放つことが出来るのなら――


「……北の山、か」








「お前が! お前がいるから!」


 氷山。

 山だと思っていた物は、巨大な氷山に雪が降り積もった姿だった。

 思えば、彼女が教える事に、この山の事はふくまれていなかった。

 そして、今日になって最後の最後に話題に出た。

 まるで、ここに近づいて欲しくないかのように。


「死ねよ、お前。お前が死ねば、きっとリュエは自由になれるんだろ!」


 つい、我を忘れて当たり散らすように暴言を吐く。

 聞こえていないだろうが、なんの意味もないだろうが、それでも感情のままに吐き出し続ける。

 そうか、そうだよな。

 俺だって、リュエと別れるのは嫌だ。

 冷静を取り繕いながらも、どこか抜けていて、少し子供っぽい所のあるリュエ。

 少しズボラで、なんとかしてあげたくなるリュエ。

 寒がりで、人の手を触っては火を強請るリュエ。

 甘いモノが好きで、しきりに新しいデザートを作ってくれと付きまとうリュエ。

 これが親愛なのか、恋愛感情なのか、はたまた娘を思う父の気持ちなのか。

 自分と彼女の関係性の為、その境界が未だ曖昧だが、それでも共通して俺は、彼女が好きだ。

 だからこそ、俺は剣を握る。




 それは、山と同じ大きさだった。

 余りのスケールの大きさに、心が折れそうになった。

 その内包する力に、思わず恐怖した。

 だが、それでも俺は意識を戦闘に切りかえる。


 それは竜だった。

 ゲーム時代、最終日に挑んだ『ネクロダスタードラゴン』なんて目じゃない、現実に目の前に聳えるその姿に、全身が竦む。

 “青く透き通った氷山”に閉じ込められているにもかかわらず、その絶大なプレッシャーに冷や汗が止まらない。

 剣のアビリティを付け替えて行く。


 『滅龍剣』

 『簒奪者の証(闘)』

 『簒奪者の証(龍)』

 『簒奪者の証(剣)』

 『与ダメージ+30%』

 『氷帝の加護』

 『挑戦者』

 『アビリティ効果2倍』


 氷山から感じる魔力は、よく知るリュエの物だった。

 この龍を封印しているが為に、彼女はここを離れられないのだろう。

 こいつを殺すためのアビリティを構成する。

 『滅龍剣』は勿論、有効の筈。

 『簒奪者の証(剣)』で武器の攻撃力を上げ、『簒奪者の証(龍)』でダメージを大幅にカット。

 さらに『与ダメージ+30%』そして『挑戦者』

 『挑戦者』とは、格上の相手に挑む時のみ、全ステータスが1.5倍になるという効果がある。

 最終能力値に対して計算が行われる為、その効果は馬鹿に出来ない。

 この3つで攻撃力をブーストし、ダメ押しで『アビリティ効果2倍』

 これにより、数字が表示されているアビリティの効果が一律2倍に膨れ上がる。


「後は、最初の一撃でどこまで持っていけるか」


 氷を砕く時、少しでも大きなダメージを与えるため、氷山を登っていく。

 標高900メートルは確実にあるそれを上り、改めてこれから挑む敵が、途方もない化け物だと再確認する。

 そして、ようやく眼下に龍の頭が見えた所で、俺は『剣術』を発動させる。


 ゲームとは違い、武術の技を放つような気持ちで構えると、自然と力がわいてくる。

 自分の持ち得る技の中で、尤も威力の高い技を発動させる。

 『奪剣』は固有カテゴリではあるが、大きさは『長剣』とほぼ同じ。

 故に武器種事に用意されている技は長剣と同じ物が多い。

 中には片手半剣や大剣の技も含まれており、柔軟性が高い。

 だが今回に限っては、その柔軟性ではなくひたすら破壊力を求める。

 選んだ技は『天断(極)』

 長剣の技の中では最上位にあたる奥義。

 習得するのには膨大な時間を要するがその効果は絶大。

 ゲーム時代、この一撃をソロで当てるのは難しかったが、当てさえすれば一気に戦局を変える事が出来る、まさに必殺技だった。


「この一発で死んでくれれば儲けもんなんだけどな」


 上段に剣を構え、気力、を流し込む。

 MPを消費する感覚と言えばいいのか、何か精神的な負担がかかるような感覚に苛まれながら、意識を集中させて行く。

 そして――


「沈めえええええええええええ!!!!」


 氷山をなんなく切り裂き、肥大化した光の剣が中の龍の頭へと吸い込まれて行く。

 そして次の瞬間――


「やべ、やっぱり無理だったか!?」


 大きなゆれと共に、辺り一面に亀裂が入って行く。

 すぐさま離脱を試みるも、地表まで900メートル。間に合うかギリギリだ。


「アビリティ変更!」


『移動速度2倍』

『素早さ+15%』

『逃走成功率+50%』

『硬直軽減』

『全能力+5%』

『アビリティ効果2倍』

『簒奪者の証(龍)』

『簒奪者の証(闘)』


 すぐさま構成を移動用に組み替える。

 ゲーム時代は個別に効果が設定されていたが、今となってはどれも同じ効果となっている。

 つまり、全て自分の動きを早くする物。

 アビリティ2倍の効果もあわさり、自分でも真っ直ぐ走ることしか出来ない程の速度で氷山を駆け下りる。

 足元には既に無数の亀裂が走り、今も走った影響で氷が砕け散って行く。

 それでも、ギリギリ地表へと到達する事が出来た。


「さて、やっておいて何だけど、コイツはやべぇな」


 そのまま距離をとり、振り向いた先にいたのは、西洋風のドラゴンと人間を足して2で割ったような姿をした、巨大な龍。

 むしろ龍人と言った方が良いような、そんな様相。

 自分の身に何が起きたのか未だ理解しきれていないのか、動くのも億劫のような空気が醸し出されている。

 ならば――


 再びアビリティを組み替えて、攻撃モーションを取る。

 そして、タイミングを見計らう。


「駆け下りるまで1分ってとこだよな……じゃあそろそろかね」


 先程放った『天断(極)』

 振り下ろし攻撃なのに、何故『天を断つ』という逆方向の名前がついているのか。

 その答えは――


「この世界でもこのコンボが通用すると良いんだけどな!」


 今度は剣を横に振りかぶり、体をひねってさらに力を溜めてから大きく剣を凪ぐ。

 『追月』と言うこの技は、本来個人で使う技ではない。

 技の特性として『他の攻撃と同時に当てる事によりお互いの威力を倍にする』と言う、チーム戦前提の技。

 だが、これを個人で使う事が出来る方法が一つだけ存在する。

 『天断(極)』は長剣の究極奥義と言っても良い技だ。

 そして『追月』は長剣ではなく、片手半剣の技。

 『グランディアシード』のシステムで、プレイヤーは一度セットアップした武器は、戦闘フィールドで交換する事が出来ない。

 しかし『奪剣』だけは先程言った通り『長剣』と『大剣』そして『片手半剣』の技の一部が使える。

 故に、可能だった必殺のコンボ。


 俺の放った追月――三日月型の巨大な波動が、巨大龍人へと迫る。

 そして同時に、奴の足元から『天に向かって』真っ直ぐ斬撃が生み出される。

 そのタイミングはまさに同時。

 互いの威力が倍化し、剣のアビリティの効果も合わさり、決して無視できないダメージを相手に与える。


「やっぱり身体が覚えてるんだな、このタイミング」


 『天断(極)』は、初撃が地面にぶつかってから2分後に空に向かい斬撃が反射される『時間差攻撃』だ。

 そして、地面に到達するまでの時間は当然、自分の位置によって変化する。

 俺はそれを、経験と目算、そして普段は全く冴えない勘を頼りに決めてのける。

 さすが俺。マジ本番に強い。


 そう自己評価を下した時、突然体になにかが流れ込む。

 頭が重くなり、我慢出来るレベルを越えた頭痛が襲う。

 膝から崩れ落ちてしまう。

 なんだ、これは。

 奴の攻撃か? 精神攻撃とかそのなりで使うんじゃねぇよ!

 くそ、なんだこれ本当!

 余りの痛みに歳がいもなく涙を流し、意識が薄れて行く。

 ただ、そんな最中、微かに俺は『声』を聞いたのだった――










『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』

『LvUP!』









 レベルアップの反動かよ!!!!!!!


 突然の死!

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