七十三話
(´・ω・`)最近ぶぅぶぅ飲酒量が増えたの……
到着した街は事前情報で『工芸品、服飾品、手芸品の作成が盛ん』と言われていた事もあり、牧歌的な町並み……を想像していた。
だが、今目の前にそびえるのは、石造りの砦を思わせるアーチ門と、まるで住人を内に閉じ込めているかのような鉄格子の様な門。
「止まれ! 見慣れない魔物だが、危険はないか!? 魔物の調教証明書と代表者に降りてきてもらいたい!」
「私が代表だ。今そちらに向かおう」
ローブに身を包み、フードを目深にかぶっていた俺が御者席を降りる。
アキダルで受け取った証明書を提示し、自分のギルドカードも一緒に見せる。
すると、あからさまに態度が変わり、まるで恐れるかのように手続きを続行する。
「も、申し訳ありません、念のためフードを外して貰えませんでしょうか……規則ですので、どうか」
「これでいいか?」
はいどうも、開幕魔王ルックのぼんぼんです。
いやぁ、最初はひっそり潜入でもしようと思ったんですけどね、やっぱり面倒なので一気にこちらの存在を知らしめてやろうかと。
主に領民に。
「ま、魔族様でございましたか……申し訳ありません、そうとは知らずにこのような些事で引き止めてしまい……」
「……本来の業務に忠実に従ったまでの事。咎めはしない、これからも励め」
そして、門番のヒューマンの男性は、こちらが完全に去るまで頭を垂れ続けていたのであった。
……本当、歪だな。
レイスが言うには、昔からこの地方は差別ではないが、ヒューマンは皆、魔族に対して卑屈になる一面があると言う。
そしてそれは、領主の影響も大きいと彼女は語る。
表に出る政策ではないが、小さな、日常のほんの些細な場面場面で見え隠れする魔族優先の在り方が、静かに人々の心に根付き、この歪な状況を作っていると彼女は言っていた。
だが、それもここに住んでいた昔の話。今では先程のように、あからさまな態度を取る者までいる始末だ。
虐げているわけでもない、そんな制度があるわけでもない、そしてそれを強いているわけでもない為、咎めようがない。
住人たちがそれを当たり前だと認識し、それが普通だと魔族までもがそう思っている事が問題だ。
それを狙って行っていたのだとしたら、アーカムは相当なやり手だ。自分の手を汚さず、何の法にも触れずに己の理想の世界を作り上げたのだから。
「というわけで、リュエはエルフだからそこまで気にしなくていいから、その付け角を外そうか」
「む、結構良く出来ていないかい?」
「耳でバレる上に、さすがにそんな角が生えた魔族はいないと思うぞ」
何で出来ているのか、彼女の頭上には黒く艶やかな光沢を放つ一本角が。
その造形は、まるでアルファベットのYを縦に伸ばしたような、二股の根本を延長したような形。
もっとわかりやすく言うと、夏休みに小学生が夢中になって追いかける昆虫の王様の角。
……頭からカブトムシの角はやしたエルフさんですか。
「リュエ、魔族を偽るのは大罪になるので、控えたほうがいいですよ」
「なら仕方ないね。じゃあ私はそうだね……ちょっとみんなと別れて行動しようか? 一応ノーマークみたいなものだし」
「あの時逃した刺客が報告したかもしれないし、余り俺はおすすめしないが……」
「大丈夫、エルフなんてよくいるじゃないか。二人と一緒にいて印象に残るより良いんじゃないかな? 私は本拠地で自由に動ける方がいいだろう?」
「……こう言っちゃなんだけど、リュエ、君は自分がとんでもなく美人だって忘れてないか? それにそんな綺麗な髪、見たことないぞ。よくいるエルフとはちょいと違う」
「実際、エルフでもここまで綺麗な方は見かけませんし、髪の色もあります。ただ、リュエの言う事も一理ありますね……どうしましょう?」
そういえば、レイスは以前髪と瞳の色をかえていたな。
力のある魔族は人間に姿を変えることも出来るが、色を変える事も出来るのだろうか?
それとも、また別な魔術か何かなのか。
「……ふ、ふたりしてそんな事言わないで……照れる」
「あーもう可愛いなこのエルフさんは。じゃあとりあえず宿に行くかね」
わしゃわしゃと頭を撫でくりまわしてしまう。
「宿についたら対策を考えましょうか。大丈夫ですよリュエ、女は化けるもの、いくらでもやりようはあります」
さすがレイス、実に頼もしい。
だからとりあえずそのこちらに向けた頭を戻そうか。
今回は一泊してすぐ街を発つつもりなので、ギルドにも寄らず直接宿へと向かう。
魔車を預かってもらえる幾分グレードの高い場所を選び店主と交渉をすると、やはり我が家のドラゴンさんは規格外なので、納屋にいれられないと言われてしまう。
「ふむ……竜よ、明日の夕方まで街の外で自由に過ごして構わない。ただし私が呼べばすぐに戻ってくるように」
ダメ元で言ってみると、小さく鳴き声を上げて翼を広げだす。
ツヤツヤと光沢の有る絹のような皮膜をなびかせて、航空力学に喧嘩を売るような軌道で空へと飛び立っていった。
やっぱり君魔車がなければ普通に飛べるんですね。後で俺、竜騎士デビューでもしようかしら。
「……なんと……さすがでございますな。でしたら問題なくご宿泊可能です」
「騒がせたな。これは迷惑料だ」
店主にチップを握らせ、早速部屋へと向かうのだった。
なお、今回は三人一部屋です。
キャラ付け、これはキャラ付けだから。他意はないんです。
「他意はなかったんだけどなぁ……」
「大きいベッドだねー! そりゃ」
「リュエ、子供じゃないんですから…………これはつまり?」
「他意はないんです」
用意された部屋には、キングサイズのベッドが一つ。
枕が三つとよくわからないボトルやらグッズが備え付けられていました。
……明鏡止水の極み、俺は今日賢者になる。
「とりあえず、リュエの変装をどうするか考えないと」
「むむ、私は変装するのかい? じゃ、じゃあちょっとカイくんは外に出てくれないかな?」
「唐突な仲間はずれに全俺が泣いた。俺はとうとうリュエに嫌われた模様」
「カイさん、少し乙女心を理解して下さい。変身した姿を見せるのはよくても、その過程を見られるのはあまり面白いものじゃないんですから」
「……すみませんでした知ってました」
予想外のマジレスにショックを受けつつ、俺は大人しく外で待つ事にした。
いやね、実際どう変わるのか楽しみなんですよ。
ゲーム時代一度作ったキャラクターは、コスチュームやアクセサリーの装備でカスタマイズは出来ても、髪型や髪色のような、根本的な部分の変更は出来なかった。
なので、自分のよく知る姿であるリュエがどう変身を遂げるのか、とても気になります。
気になるので[五感強化]を使っても仕方ないんです。
「ふふふ、カイくんをびっくりさせてあげようレイス」
「そうですね。幸い、化粧品やウィッグは沢山持っていますので、かなり印象を変えられると思いますよ?」
「あ、私はあまり化粧が得意じゃないから、少し教えておくれ。いつも下地しか作ってないんだ」
「言われてみれば……すごくキレイなまつ毛ですし、唇も綺麗ですよね、リュエは」
「く、くすぐったい……んっ」
……よし、やめよう。
精神衛生上よろしくない。
俺は大人しく、宿の一階にあるサロンで時間を潰す事にした。
サロンにはソファーや小さなテーブルが置かれ、さらには小規模だがバーカウンターまでもが備え付けられていた。
客は俺以外にも数人、いずれも魔族の方々が思い思いに寛いでいた。
案の定、俺は酒の品揃えが気になりカウンターの空いてる席に腰掛け、少し気取った口調で注文する。
「マスター、軽めの物を一つ」
「……かしこまりました」
ここは『いつもの』とネタをかましてもよかったが、さすがにこういう場の雰囲気を壊す覚悟がありませんでした。
独特の空気というか、一種の聖域めいた空気があるんですよ。
ふと、視線を感じて周囲に目を向ける。
先ほどまで休憩していた方々が皆、チラチラとこちらを見てくる。
やっぱり魔族にこの姿は絶大な効果があるようです。
そういえば、ソルトバーグ以来、町中でほとんど魔族の姿を見なかったが、やっぱり普通は見かけないものなのだろうか?
ソルトバーグは立地的に、魔族の領地が近いという所為もあったと思う。
だがこの地方に魔族が集中しているのは、領主が意図的に集めたという事になるのかね。
「お待たせしました。ハーフムーンでございます」
「ありがとう」
差し出されたのは、やや大きめのガラスのタンブラーに、白い半透明の液体が注がれた物だった。
半月状のレモンスライスがグラスの内側に貼り付けられ、まるで本物の半月が半分雲に隠れているような様相だ。
ふぅむ、ハーフムーンと聞くとグラスの縁の半分に塩をつけるアレかと思ったが、そうじゃないのか。
少し香りを確認し、軽く一口。
「美味だな。マスター、良い腕だ」
「恐縮でございます、魔族様」
……ここでもそうか。
なんだか急に冷めてしまうが、酒に罪はない。
一口、また一口と喉を潤し、仄かなアルコールの香気で冷めた気分を再び温めるのであった。
(´。ω゜`)ウィーヒック




