三話
少し時間を進めてみよう
さて、今日のお昼ごはんはどうしようか。
あれから魔法の訓練を止め、いつのまにか出かけてしまったリュエを待ちながらも台所へ。
倉庫は自由に使って良いそうだが、本当なんでもありすぎて何をつくろうか迷ってしまう。
「冷蔵庫でもないのに冷たい物が冷たいままって凄いな……でも昼から肉ってのもな」
そろそろがっつり系は辛いんです。
目の前の巨大な肉に、ちょっとだけ胸焼けしそうになる。
これは何の肉だろうか、魚と違い、すでに肉の塊になっているそれに、若干の警戒心を抱く。
まぁこの二週間で鶏肉っぽいのとか食べてるんですけどね。
「というわけで、昼はパンにしよう」
個人的に、昼はパンか麺類という勝手なイメージを待っている。
そして、先ほどの魔法をちょっと応用出来ないか、必要な他の材料を集めていく。
「カイ君ただいま。少し外に出ていたよ」
「おかえり、昼はサンドイッチだけどいいかい」
「あ、それ柔らかい方のパンだね? あの棍棒みたいなのは苦手だけど、それは好きだ」
とりあえず、白パンがあったので、事前に作っておいた鶏肉的な何かを使った鶏ハムさんと、レタスと何かトマト、そして自作した万能調味料マヨネーズさんをサンドした物である。
このマヨネーズ、ちょっと気合入ってるんですよ、しっかり乳化させている上、油っぽくならないように丁寧に作り、さらに使うお酢も様々な種類のビネガーから選んだ逸品で(以下略
とにかく色々使った美味しい自慢のマヨネーズさんです。
「相変わらず美味しいなぁカイくんの白いドロドロ」
「だからマヨネーズだってば。これ、既成品なら倉庫の中にもあったぞ」
「知らなかった。いや本当私はあの倉庫の中無頓着だから」
冷静に返しておりますが、私の息子がちょっと落ち着きが無くなっております。
そんな笑顔でなんてことおっしゃいますお嬢さん。
「ところで、ちょっとデザートを作ってみたんだ。食べてみてくれないか」
「む? 甘味かい? この季節は倉庫内の果物くらいしか食べていないから楽しみだ」
さて、リュエの苦手なバケット、これを薄くスライスしたものを大量に作ってある。
これに、先ほど卵黄となにかの乳(おそらく牛乳)、砂糖を混ぜた液を湯煎にし、軽く火を通してある。
これをバケットに染み込ませ、先ほどの魔法を使い凍らせて行く。
すると、バケットの気泡のお陰で、空気を含んだアイスのようになってくれる。
味見をしてみたが、キチンとデザートだ。
ここに、それこそさっきリュエが言っていた、倉庫内の果物を潰して軽く砂糖で煮たソースをかける。
なんという事でしょう、手抜きで簡単に作ったにもかかわらず、立派な冷たいデザートが。
「はいどうぞ。寒い日だけど、家の中だし良いだろ」
「む、これはなんだい?」
「まず食べてみな」
恐る恐るバケット(本人は気がついていないが)にソースをつけ、口へと運ぶ。
今回使った果物は、洋ナシのような物だ。
元々果肉が柔らかく短時間で作るにはこれが良いと思ったのだが。
さて、どんな反応を見せてくれるか。
「冷たいけど、美味しい。ポクっと折れて、口の中で溶けて、そして甘い」
「結構簡単に作れるぞ、これ」
「凄く、好き。気に入ったから夜にも作ってくれるかい?」
思いの外淡々と感想を述べるも、手の動きは淀みなく口へと次の一口を運んで行く。
よしよし、成功だ。
翌日、若干気温があがり、本日は外で魔法の訓練をしてくれる事になった。
しかし内容は昨日とほぼ同じ、それを今度は紙じゃなくて地面を対象にやってみるという事だ。
「昨日のデザート、あれがパンだったのは驚いたけど、あの厚さで、しかも水以外を凍らせることが出来るようだからね、ちょっと予定を繰り上げてみたんだ」
「なるほど。ちなみに今日はあのソースを薄めて、あれを染み込ませて凍らせたのを用意してあったりする」
「よし、やっぱり今日は訓練をやめよう」
「おい」
一応、冷凍庫のような道具もあるのだが、あのパンの食感が気に入ったようなので、同じ手法で作ってある。
今日は昨日と違い果物ベースなので、バケットではなくクセの少ない白パンで作ってみた。
「しょうがない……じゃあ足元から魔力流して一歩前が凍るように頑張って、以上!」
「説明はや! どこに行くつもりだ」
「ちょっと早いお昼ごはんを食べに」
どこの世界も女性は甘い物が大好きなようです。
「よし、どうだ」
一歩先の地面が、うっすらと表面を凍らせている。
それを確認し、地表を軽く掘り起こしてみると、見事な霜柱が形成されていた。
恐らく、これを発展させた物があの時、俺がヘビに襲われた時の巨大な氷のトゲになるのだろう。
先はまだまだ長そうだ……。
そうして、俺は彼女との生活を一月、また一月と過ごして行く。
やがて魔法を使い、近辺に住む魔物、とは言え小型犬くらいの相手だが、それを打ち倒す事に成功する。
もちろん、剣を使えば簡単に倒せる相手ではあるのだが。
やがて彼女は、この辺りの魔物の知識や、新たな魔法、他属性の練習の仕方を俺に伝授してくれる。
気がつけば辺りには白い雪が積もり始め、季節は冬へと移行していた。
「狙いよし、魔力の流れも問題なし」
「じゃあ、頭を狙って放つんだ」
突き出すように腕を伸ばし、炎が標的へと飛んで行く。
今日の相手は、因縁の相手でもあるあの大蛇。
冬眠に入ろうとしていたのか、だいぶ動きが鈍くなっていた所への不意打ちである。
その頭部を丸々埋め尽くす炎に、気がついた物の避ける事が出来ず焼かれて行く。
「命中。ていうか頭消し飛んでないか?」
「……本当だ。たぶんカイ君は炎に適正があるんだろうね。という訳で寒いから温めておくれ」
人の魔法を暖房代わりである。
「しかしカイ君は凄いね。元々剣技を使えるみたいだから魔法もすぐ覚えられると思っていたけども」
「そんなに凄いのか?」
「一応私みたいに詠唱も魔法名も唱えないで放つのって難しいんだよ。そうだね、弓を引かずに矢を飛ばすくらい難しい」
「それって不可能なんじゃないですかね」
「ほら、引っ掛ければ少しは前に落ちるかも?」
「落ちるんじゃないか」
例えがイマイチだが、言わんとしている事はだいたい分かった。つまり俺スゲー。
「何より凄いのが密度っていうのかな? あの炎だって、焼きつくす前に消し飛ばしていただろう? それだけ炎の密度が高く、温度も高温だったんだよ」
「あー、そういえば少し炎の色が黄色がかってたな」
「色で温度がわかる物なのかい? 私は氷と真逆の炎には疎いんだ」
「よくわからんけど、青いと物凄い高温らしいぞ」
「青だと? ちょっと炎の練習してくる」
あ、この人氷好きなのって青いからとかそういう理由なんですか。
そういえば……最近すっかり忘れていたけど、Ryueの装備や服、白と青がメインだったな。
それの影響か?
現段階の俺の考えでは、この世界は『グランディアシード』の一部を引き継いだ異世界で、リュエはその時のRyueの影響を受けて生きてきたのでは、と考えている。
なので、ゲーム要素を含んでいるが、ここは異世界でリュエもここで生きる一人の人間だと思っている。
何か難しい事を考えず、ありのままを受け入れて生きるのが楽だとは思うんだけどね。
「カイ君! 炎が出たけど青くない!」
外から聞こえてくる声に苦笑いをしながら、彼女の後を追うのであった。
それからまた少し時間が経ち、雪も溶け、気がつけば俺の魔法も氷と炎を満足に扱えるまでになっていた。
あれだ、2つの属性をかけあわせて何か出来ないか。
まぁ恐らく水になるだけだろうが。
で、俺は3つ目の属性に挑戦中である。
「カイ君、諦めたらどうだい? 確かに君の外見だと、似合いそうではあるけれど」
「いやぁ、どうせこんな魔王ルックだし、諦めたくないんだよ」
「“闇属性”なんてさすがに私も練習方法を知らないよ。本によると、流動する固体って説明だったけど」
なんかかっこいいじゃん?
男はいくつになっても中二病を潜伏させているものなんです。
俺はソレがちょっと魔王という形で発病しただけなんです。
「闇ってでも実際には触れないし、物質というか現象なんだよな」
電気を消したら某歌手に囲まれた的な。
つまり、魔力が闇に染まる、光が失われる。
しかしそれがどうして固体になるのか。
いっそ水に墨でも溶かしてそれを操作して――
「試してみるか」
氷魔法に闇のイメージ。
魔法の途中に流れ込む、光を失った魔力。
すると、いつもより繊細に魔力を操作出来る事に気がついた。
「な!? カイ君、成功してる!」
「え?」
集中していた為、目を閉じてしまっていたが、目を開けるとそこには、黒い塊が蠢いていた。
というかこれ、黒い水が凍ろうとしてうごめいているだけの状態なんだが。
「まさかこれが……じゃあ闇魔法っていうのは」
「まさか本当に闇魔法を使うなんて」
あれか、闇は他の物に混ぜて初めて発現させる魔法と言う事なのか?
じゃあもしかしてあれ、できちゃうわけ?
ちょっと期待を込めつつ、炎魔法に切り替える。
「うおおおお! 黒い炎だ!」
「おお!? ……暖かくない」
「え、本当に?」
……温度のない炎に価値はあるのか。
けど、水よりも広く広げられるし、活用次第じゃ広範囲を見えなくすることも出来るんじゃ?
それに、熱くないなら、本当の夜の闇に乗じて……酸素も奪えたり?
「リュエ、これ案外極悪な魔法かも」
「奇遇だねカイ君、私も今そう思った所だよ。これ、お蔵入りにしておこう」
こんな魔法、使う場面に遭遇したくないです。
そして進まない物語