六十二話
(´・ω・`)どうしちゃったのみんな……
昔聞いた童話がある。
確か、冬に備えて一生懸命虫達が準備をするお話だったかな。
虫のように小さな存在でも、しっかり準備をすれば、厳しい冬を越すことが出来る。
そして、準備を怠ったものは相応の報いを受ける。
そんなお話だ。
「……やっぱり、君達じゃあ蟻さんにはなれなかったみたいだね」
「あ……ががあががが……たすけ……」
川の水が、一瞬で霧に変わった。
草木の水分が、一瞬で霧に変わった。
人の汗が、涙が、吐息までもが一瞬で、霧に変わった。
私が、変えた。
霧は自在に動き、やがて氷霧となり、果てに細氷となる。
キラキラと陽光を反射し、見るものに最後の幻想を抱かせる。
名は『ニブルヘイム』私が一番得意で、そして一番嫌いな魔導。
見る見るうちに凍りついて行く4人と、意図的に氷の襲撃を抑え、話せる状態に保ったリーダー格の男。
私は何も出来ず、現れた場所でそのまま氷像となりつつある彼へと近づいた。
「たぶん、君だけなら私が助ける事も出来る。最低一人、君達の主へとメッセージを送る人が必要だからね」
「……いや、殺せ。相手が誰だか分かっているのなら、首を送り届けたらそれで事足りる」
「そっか。君がそれを選ぶなら、私はもうどうしようもないかな。じゃあ、他の4人も同じだろうし、一思いに――」
きっと、彼らは折れない。
ならひと思いに私が終わらせてあげよう。
カイくんには、なるべくこんな役目を押し付けたくない。
そう思いながら腰から剣を引き抜いた。
その瞬間だった。
一瞬にして、真冬が終わりを告げた。
「それは俺の仕事だからな」
急激な寒気に、彼女が動いたと確信し、アビリティを付け替えて聴力を強化する。
聞こえてきたのは、俺の為に手を汚そうと決意した彼女の声。
俺がすると決めたのだから、例えリュエでもその邪魔をさせるわけにはいかない。
だが、その気持は素直に嬉しかった。
だからこそ、俺は再びアビリティを変え、一息で彼女の元へ駆けつける。
彼女を中心に、まるで大量の液体窒素でもぶちまけたかのような氷の世界が広がっていた。
川が遥か彼方まで凍り付き、草木は氷のオブジェと化していた。
寒気が渦巻き、辺りとの寒暖の差で、急激な嵐のように大気が渦巻いている。
その暴風を、剣を振るってかき消そうとする。
剣術でもなんでもない、ただ全力で剣を振るう。
何か見えない壁に剣を叩きつけたかのような、強烈な破裂音と共に嵐がはじけ飛び、舞い散る氷の結晶が消滅した。
気がつけば、俺の姿もまた、本気の証であるあの姿にかわっている。
剣も『晶化』を外した為、赤黒い禍々しいオーラを放つ魔剣の姿に。
一歩踏み出し、リュエと対面していた男へと声をかける。
「お前にもう一度問う。誰が雇い主に報告するのか決めろ。さもなくば死以上の苦しみが待つと思え」
俺の姿を見て、唯一話せる男が絶句する。
見れば彼もまた、こめかみから耳の後ろへかけて角を生やす魔族。
目を見開き、俺の姿を隅々まで観察しようと瞳をせわしなく動かしていた。
「さぁ、決めろ。俺が持てるすべての力で、お前達の親類縁者を探し出す事を決意する前に」
「……俺の真後ろ。その男を伝令に使ってくれ」
男は何かを決意したかのように、そう言い残し口を閉ざした。
俺は氷像の一つに闇魔導を使い、侵食していく。
リュエの本気の魔導は、さすがにそう安々と侵食させてくれない。
視線を向けると、彼女は観念したかのように目を瞑り、氷像の一つがあっさりと黒に染まった。
黒い結晶と化したそのオブジェを操作し、中にいた青年を解放する。
咳き込み、膝から崩れ落ちながらも顔を上げた。
彼もまた、額に小さな角を生やした魔族だった。
「話すことは出来るか?」
「あ……そんな、みんな……お頭……」
「お前はアーカム様へと報告しろ。そしてこうも伝えろ『手を出して良い相手ではなかった』と」
選ばれた理由は、恐らくこの中で一番年若いからだろうか。
その青年が俺へと殺意を込めた視線を向けるも、次の瞬間、息をするのも忘れてしまったかのように固まってしまった。
おかしいな、もう凍ってないのになぜ固まるし。
「ま……まさか……ではアーカム様は……」
「全て伝えろ、今思ったことも全て。そして、すぐにあの街から出ろ、いいな!」
瞬間、駆け出した彼をそのまま見逃し、男に視線を戻す。
この人物は、恐らく忠誠心ではなく、己のプライドの為に仕事を完遂しようとする本物の仕事人だ。
こんな人間を手駒に出来るアーカムが、少しだけ羨ましい。
そして、こんな人間を使ってまで、レイスを奪おうとする事に強い怒りを覚えた。
「言い残す事は?」
「後ろの3人はあのまま楽にしてやってくれ。そして、アイツとその縁者にはどうか手を出さないと約束してくれ」
最後まで、自分の事は口にしない。
その強い心の在り方に敬意を表し剣を構える。
「カイくん、本当に――」
「出来るなら見ないでくれ。レイスの所へ先に行ってくれないか」
レイスも恐らくこちらへと向かってきている。
だから、二人揃ってどこかへ行っててくれ。
『簒奪者の証(剣)』
『与ダメージ+30%』
『与ダメージ+15%』
『クリティカル率+35%』
『クリティカル率+25%』
『攻撃力+15%』
『攻撃力+30%』
『全能力値+5%』
『チャージ』
『アビリティ効果2倍』
現在最も強い威力を出す事が出来る構成に変える。
使う技は、せめて楽に逝く事が出来るよう、単発で一瞬で全てを消し飛ばす事が出来る物を選ぶ。
同時に、俺の思いを反映してくれる事を願い、剣を闇魔導で覆い尽くす。
どこまでも黒い、どんな光を落としても、すぐに飲み込んでしまうような漆黒の大剣。
俺はそれを腰だめに構え、強く念じる。
迷わずに逝けと。
何故お前のような人間が襲撃者だったんだろうな。
どうしようもないクズだったら、ただ欲望のまま動くゲスだったら、主に心酔した狂信者なら、何の躊躇もしなかっただろうに。
技の名前は『黒龍閃』
破壊力に優れた大剣術の中で、最も範囲の広い一撃。
痛みも何も感じず、全てを消し去る最大級の攻撃。
あの日、龍神を伐った日と同じ程の何かを失う感覚を感じながら、大きく剣を振りぬいた。
空気が唸り、闇が広がり大地を染める。
剣を振りぬき辺りを見渡すと、周囲が黒く変色していた。
それを見て、脳裏を『死滅』という言葉がよぎる。
闇魔導と剣術の融合。
初めての試みだが、想像を遥かに上回る結果を残してくれた。
なるべく苦しまず、一瞬で葬ると強く願った一撃は、文字通り全てを消滅させる一撃と化したのだった。
まるで巨大な龍が這いまわったかのように荒れた大地。
氷が砕け大地が裂ける。
リュエの残した極寒の名残と、黒い瘴気が渦巻くその場所は、生きとし生けるものを無秩序に喰らい尽くす化け物の巣のようだった。
俺の目の前にはただその破壊の惨状だけが広がっている。
名も知らぬ襲撃者の姿はもう、どこにも残されてはいなかった。
程なくして、リュエがレイスを伴って戻ってきた。
レイスもまた、この惨状に言葉をなくしてしまっている。
だが同時に、申し訳無さそうな顔を此方に向け、口を開きかける。
だが、それを遮るように明るい声でリュエが告げた。
「随分派手にやったね? これはみんな困ってしまうだろうし、ここは私が一肌脱ごうじゃないか」
「確かに。川の流れも止まってるし、ちょっとマズいな」
「大丈夫、すぐに戻すから」
彼女は剣を引き抜き、マインズバレーの廃鉱山でも行った浄化の術『ディスペルアース』を発動した。
剣から垂れ落ちた光の雫が、氷を溶かし、草木を癒やし、大地を浄化しながら起伏を均してゆく。
川が再び流れを取り戻し、寒々しい大気を春の陽気に塗り替えて行く。
まるで、冬から春へと移り行く様を早回しで見ているかのような光景に、俺だけではなくレイスまでもが驚愕に口を開いてしまう。
「……本当に、ここまで凄かったんですね、リュエもカイさんも」
「こんな危険人物と一緒の旅なんて恐いだろ?」
「怒りますよ? 驚きはしましたが、恐いとは思いません」
「ま、待ってくれレイス。私はカイくん程じゃないからね? 一緒にしないでおくれよ?」
「単独で季節を変えてしまうような人も十分トンデモ人間です」
俺もそう思います。
俺は壊すだけですし? だったら壊すことも戻すことも自由自在なリュエのほうがよっぽど凄いと思います。
「とりあえず今は俺達に出来る事は何も無い。これで向こうが手を引くならよし、引かないならその時はまぁ、適当になんやかんやします」
「相変わらず、本当に適当だね。カイくんは変わらないね」
どこかホッとしたような顔で、そんな事を言う。
リュエの優しさがこそばゆいが、素直に受け取っておく。
大丈夫、俺はいつもの俺だ。
どこまでいっても人は『敵か味方の二択』を信条とする、どうしようもない奴だ。
「カイさん。私はもう、怯えながら過ごす日々は終わりにしたいと思います。最後にもう一度だけ、カイさんの力を“利用”させて貰えますか?」
「駄目。俺がやりたいからやる。別にレイスに頼まれたからやるわけじゃないんだからね」
大丈夫。
俺は俺自身の意思で動く事が出来るから。
逃げ道を用意してくれるのは嬉しいが、それじゃあきっと駄目だ。
リュエもレイスも、やっぱり大人だよ。
俺なんかよりもずっとずっと、大人だよ。
少し過保護な気もする。だけどもう、大丈夫だ。
きっともう、俺はどこまでも戦えるから。
『職業解放』
『奪剣士』→『奪命騎士』
『固有アビリティ習得』
『サクリファイス』
『自身の最大HPの半減させ対象に"加護"を与える』
『効果 対象が受けるダメージを全て受け持つ』
だからってこれ以上強くならなくていいです!
(´・ω・`)そろそろバカに戻ろう(懇願)




