六十一話
(´・ω・`)夏はいろんな飲み物の新製品が出るので楽しみです
ザンギの山を持って部屋へと戻ると、珍しくリュエが一人でお酒を飲んでいた。
最近では、俺が遅くなる時はレイスと二人でお酒を嗜んでいたりもしたのだが、大抵先に潰れるのはリュエだった。
しかし、今日はレイスが先に床についたと言う。
「やっぱり、疲れが溜まっていたんじゃないかな。彼女は魔族だから、レベルそのものは他種族より上がりやすいけれど、それでも私に比べるとやっぱりね。私のミスだよ、レイスの事を考えたペースで依頼を受けたらよかった」
「そうか……俺も明日は休みだし、のんびり宿で休憩でもしようか?」
「そこはレイス次第だね。案外、のんびり散歩した方が疲れがとれる事もあるし。……それよりも」
少し酒が入っている為か、それともレイスが疲れきってしまった事の責任を感じているのか、いつもよりも神妙な顔つきで彼女は語る。
「ここ数日で町にきた外部の冒険者がだいぶ減ったからね、かなり探しやすくなったよ」
「……やっぱり来ていたか」
「人が多いうちは行動を起こすことも出来なかったみたいだし、ね。そろそろ本気で私も取り掛かることにするよ」
元領主の配下であろう人間の気配を、ここ数日強く感じるようになったと言う。
丁度良い、明日は休みなのだし、この休日で手を出してくるのなら、完全に一掃してしまえばいい。
まぁ、まだそうと決まったわけじゃないのだが。
何せ、二人は絶世と形容しても差し支えのない美女だ。
たとえ配下の人間でなくとも、邪な気持ちを持つ男なら、狙ってもおかしくはない。
この町での依頼では、戦闘を他人見せる機会が無いため、二人の実力も知らず、そのような暴挙に出る人間が出ても不思議ではない。
事実、ここ数日で迫ってくる不埒者を何人か、ギルドの牢屋にぶち込んだという報告もされているのだし。
「私の大切な妹だ。手を出すのなら、それ相応の報いを受けてもらわないとね」
「すっかり姉の自覚が出てきたようで何よりだ。だったらもう少し、レイスの前でも姉らしくふるまってやりな」
「それはその……レイスには甘えたくなってしまうんだ。仕方ないじゃないか」
さすがグランドマザー、その母性には逆らえないと。
俺もあのたわわに実った母性の象徴には逆らえそうにありません。
あれは、いい物だ。何せ彼女が腕組みをすると、自分の顎に触れてしまいそうになるくらいなのだから。
「何にせよ、一人は捕まえて俺の所に連れてきて欲しい。なるべくレイスに見つからないように」
「残りはどうすればいいかな? 処分しておくかい?」
リュエもなんだかんだ言いつつ、激動の創世記を生き抜いた戦士。
こういう場面での彼女は誰よりも頼もしく、顔色一つ変えずに決断を下すことが出来るようだ。
俺は結局、首都ラークで一人、殺人犯を殺害しただけだ。
案外、殺すとなると躊躇してしまうかもしれないな。
「氷漬けにしておいてくれればいい。捕まえた一人の前で見せしめに殺すから」
躊躇……するよな、きっと。
「おはようございます……昨晩はさきにねむってしまいもうしわけ……」
「まだ眠いなら寝てていいよ、ほら」
翌朝、部屋の窓際でアビリティのチェックをしていると、珍しく寝ぼけ眼のレイスがふらふらと寝室から現れたので、冗談混じりで自分の膝を手で叩いてみた。
すると、まるで血を求める蚊のようにフラフラと近寄ってきたレイスが、そのまま横になり見事膝の上に頭が乗っかってしまった。
例えが悪い? 最近この人ちょっと肉食気味なんです、本気で。
別な物を吸い取ると言わんばかりに布団に潜り込んでくるんですよ。本人曰く無意識だそうですが。
「……眠いとここまで無防備なのか君は」
「……すぅ」
朝の陽射しを浴びて、キラキラと煌めく紫紺の髪を撫でながら、昨晩の事を思い出す。
もし本当に、まだ彼女を諦めず、直接手を出そうと言うのなら。
この小さな羽根を、再び籠の中に閉じ込めようと言うのなら。
自分の罪を受け入れ、二度と手放さないと誓ったこの娘を脅かすと言うのなら――
「やっぱり、躊躇なんてしそうにないな」
「やっぱり川はいいね、流れる水はどうしてこう人を惹きつけるんだろう」
「だからって海まで追いかけていなくなるなよ?」
「わ、わかっているさ。この間のはその……ちょっと理由があっただけだよ」
昼下がりの空の下、町の外の川沿いを、のんびりと歩きながら休日を堪能する。
緑の草原の中、1本の小さな川がどこまでも続いていく。
小さな黄色い花が咲き誇り、時折小鳥が草原へと向かい、そこに巣を作っていた。
緑、青、黄、そして鳥のさえずりと川のせせらぎ。
理想的な休日を過ごしていると、自信を持って言える。
だからこそ、今日のうちに全て終わらせるとしよう。
「レイス、あっちの林にも行ってみようか。もしかしたら山菜もとれるかもしれない」
「ふふ、わかりました。リュエ、行きますよ」
「ま、まってくれ。もう少し、もう少しで川幅が変わるんだ。私の流した花びらが無事に乗り越えるか見届けるから、先に行ってておくれ」
「仕方ありませんね……あまり行きすぎないで下さいね」
「了解了解!」
いつもと変わらない、屈託のない笑みを浮かべる彼女を川に残し、俺はレイスを連れて林へと向かっていった。
悪いが、ここは任せたぞ、リュエ。
「カイさん」
「ん? どうしたんだレイス」
「リュエは、大丈夫なんですよね」
林の中、リュエの姿が完全に見えなくなった所で、背後で立ち止まったレイスがそう切り出した。
……そうだよな、レイスは何人も何十人も何百人も人を見てきた夜の女。
この程度で騙し通すなんて、無理な話だ。
「……やっぱりバレるか。せめて、見ないでやってくれ。俺だって、二人には見られたくないから」
だがそれでも、こうしてここまで付いて来てくれたのは、ひとえにリュエの為だろう。
今だってきっと、本当なら彼女の側へと向かいたい筈だ。
自分の為に大切な家族が危険な目にあうかもしれないと分かっていながら、それでもこうして付いて来た。
本当、どこまでも優しい、良い女だよ、君は。
「リュエは強いよ。ましてや水場が近くにあるんだ、俺だって敵対したくない」
見晴らしの良い街道。
少し低くなっている小川の側で立ち止まり、私はただ待っていた。
町を出る前から私達の様子を伺っていたに何者かが、こちらにコンタクトを取りにやって来るその時を。
街道の両脇には林が広がっていて、カイくんとレイスが向かった先とは反対側の木々の合間から、ずっとこちらの様子を伺う気配を私は感じていた。
カイくんもきっと気がついていたと思う。だからこそ、レイスを連れて行ってくれたんだと思う。
やっぱり、見られたくないよ。殺意を持って人と戦う姿を。
私はたぶん、人より甘いんだと思う。
きっと、出来るだけ穏便に済ませたいと思ってしまう。
だけど――
私はきっと、今でも出来る。
冷えきった殺意を、平然と人へと向ける事が出来る。
明らかな格下を、まるで赤ん坊の手を捻るように痛めつける事が出来る。
無慈悲に全てを凍らせ、未来をも凍らせる事が出来る。
「……ターゲットは魔族の女か魔族の男だって話だったが、お前はそのどちらでもないようだな」
「やぁ、ようやく姿を見せてくれたね。何か急用なら早く言ってくれればいいのに」
「コチラにも、事情がある。すまんが、お前を人質にさせてもらう」
街道を見上げると、5人の男が姿を現した。
何れも冒険者のような装備に身を包んでいるけれど、明らかに他の人とは一線を画する強さを持っている事が私にもわかった。
それにどうやら、5人とも魔族のようだ。
装備は弓矢に杖、それに剣まで用意している。
けれど、そんな物は私に関係ないんだ。
「人質、ね。悪いけどそれは無理じゃないかな」
「お前の腕が立つのは重々承知している。それでも、我らが何の対策もなしに姿を現すと、本気で思っていたのか?」
「そうだよね。私達が依頼を沢山受けているのを知っているのだし、ギルドからある程度話は聞いているだろうし、対策はいくらでも立てられるだろうね」
「そういう事だ。ターゲット以外を手にかけるのは我らの主義に反する。どうか大人しくついてきて――」
この子達はきっと、仕事に生きる職人みたいな人なんだと思う。
不器用で、それしか術を知らないそんな子。
だから、少しだけ穏便に済ませるように私からもお願いしようかな。
じゃあ、少し恐いかもしれないけど、我慢しておくれよ?
「さぁ、君の命を凍らせよう。どんな対策を見せてくれるのか、楽しみだよ」
私の背後で、川のせせらぎが消えた。
季節が、逆流する。
(´・ω・`)だけど僕はオリーブオイル!!!!!




