二話
ちょっぴりファンタジー
余りの衝撃に思考が止まってしまう。
何故? そもそも俺のキャラが俺の意思以外で動いているのが驚きだが、こうして実際にモニタの向こうではなく、目の前に人として存在している以上、一つの命として動いているのは理解出来る。
それに恐らく、ここはゲームの世界ではない……筈だ。
彼女にしても、苗字なんて設定した覚えは無い。
しかし目の前の彼女は『"リュエ"・セミエール』と名乗っている。
偶然とは思えない。
「自分の名前は……」
なんと名乗るべきか。
本名である『仁志田 吉城』こちらで言う『ヨシキ・ニシダ』と名乗るべきか、それとも『カイヴォン』と名乗るべきなのか。
ステータス画面を確認した時は、自分の情報に名前は載っていなかった。いわば未設定の状態だ。
だから、ここでの名乗りはもしかしたら、ステータスに反映される大事な物かもしれない。
だが、この姿の自分を、本名で名乗ってもいつか自分を保てなくなり、何かがおかしくなってしまいそうな恐怖がある。
「あ、自分は『カイヴォン』です。カイと呼んで下さい」
「カイヴォン……か」
何故か、少しだけ彼女の表情が曇る。
「ではカイ君でいいかな、君はこれからどうするつもりだ?」
「出来ればですが、ここがどういう世界で、この場所が何処なのか、これからどう身の振り方をすればいいか考えたいのですが」
「ふむ、では少しの間ここに滞在すると良い。と言うかここで少し力を付けないとこの場所から外には出られないぞ」
「へ?」
曰く、ここはある程度の強者しか立ち入る事の出来ない強力な結界に保護された区画だそうだ。
広さは正確には判らないが、徒歩だと境界線まで1週間はかかると言う。
ちなみに、ここはその区画の中心だとか。
「ちなみに、私は理由があってこの付近から余り遠くには行けない。従って君を守りながら外まで連れて行くのは不可能だ」
「ですよね……でも良いんですか? 一応俺も男ですし、女性一人と同じ屋根の下というのは問題があるのでは」
「ふふ、いつ私が一人だと言った?」
……既婚者とか? それとも男と同棲してるとかですかね? 自分の愛しいキャラそっくりな人がそんな事になってるのはちょっと面白くないんですが。
お父さん許しませんよ。
「あ、誰か他に住人が」
「いや一人だが」
「え?」
「ちょっと牽制してみただけだ。まぁ私をどうこうしたいのであれば、相当な努力が必要だと思うぞ」
ですよねー。
そんな危険区域の中心で一人で暮らしてるんだもんねー、何かしよう物なら塵も残さず滅せられちゃいますよね。
そんなこんなで彼女の元で暮らし始めて早いもので2週間。
え? 半年とかじゃないのかって? そんな長い期間を一言で済ませられるほどここでの生活は淡々とした物じゃあ御座いません。
正直毎日が驚きの連続です。いろんな意味で。
「んー……なんだカイ君、起こしてくれても良いじゃないか」
「さっき声かけたら泣きそうな声で『もう二時間』って言ってただろ」
「覚えてない……今日は何を作っているんだ」
この二週間でだいぶ打ち解けたと思う。
こっちが一方的に親しみを感じていたというのもあるし、彼女も人と話す機会が少なかったためか、嬉しそうに会話に乗ってくれる。
その御蔭で、お互いの口調もだいぶ砕けた感じになっている。
彼女が寝ぼけ眼のまま、ワクワクとした様子でこちらへと近寄り、顔を寄せてくる。
なお彼女は寝るときは全裸、もしくは薄いイブニングドレスのみという非常に目のやり場に困る生態系であらせられる。
ね、こんなの毎日続いてたら一日一日が宝物のように大事なわけですよ。
俺の脳内フォルダがそろそろテラバイトの大台に突入しそうだ。
良かったね、俺がもっと若くなくて。俺じゃなかったら色々と発散する為にナニかしていたかもしれませんよ?
いや俺もまだ若いんですけどね。
「今日は倉庫にあった魚の切り身をオイル漬けにしてみた。一応すぐ焼いても美味しいけど、これは保存食みたいな物だな」
「ほほう、なら私でも作れそうだな」
「ああ、俺がいなくなった後でも、少しはまともな食事をしてもらいたいし」
「……そうだな」
このお方、決して不器用でも料理が出来ないでもないが、なんとも男らしい料理しか作らないのだ。
基本的に『塩で焼く』『スープで煮る』しかしないのだ。
『倉庫』には膨大な食材やら調味料、はたまた雑貨やら物騒な武具まであるにも関わらず、だ。
というかこれ、鮮度とかそういうのが無視されて状態が維持されてるんですよね。
そもそも広さがおかしい。
俺が始めて入った時、まるで巨大ショッピングモールにでも来てしまったのかと驚いた物だ。
なんでも、自動的にここに補充されるらしい。とは言え、何が補充されるのかは完全にランダムだそうだが。
曰く『貢物みたいな物だから』だそうな。
「それじゃ今日はこの魚……たぶん鮭だと思うけど、これをソテーして、じゃがいものポタージュとガーリックトーストでいいかな」
「む、私はライスの方が良いんだが」
「この料理にはパンのほうが合うぞ? それにたぶん、リュエが思っているようなパンじゃないし」
「そういうものなのか? 私はあの顎の疲れる物を食材だと認めたくない」
バケットですね、わかります。
たしかにあれは、薄切りにしてスープと食べないと顎が疲れてしまう。
以前彼女は、男らしく丸かじりをしながら俺にもそれをよこして来たのだ。
いやいや、切るくらいしましょうよ。
「カリカリしてて美味しいな。あの倉庫にこんな便利な代物が入っていたとは」
「自分で倉庫の中を把握していないのか?」
彼女の倉庫内に、火のいらないホットサンドメーカーのような物があったのでそれを利用してみた。
他にも色々見慣れない物やら、俺の世界で見たことのある調理器具まであった為、ちょっと使うのが楽しみだ。
俺は料理はもちろん好きだが、目新しい道具、知らない道具を使うのが大好きだったりする。
「ああ、私はただ物を送られて、それを保管しているだけだからな。しかし魔導具も進歩した物だ」
「なぁ、リュエってどれくらいココにいるんだ?」
「さぁな……私ももう正確には覚えていないよ。ただ一つ言えるのは、一つの種が絶滅するくらいの期間、とだけ」
「凄いな、それ」
どうやら彼女はとんでもないお婆ちゃんのようです。
ぱっとみ10代でも通じそうなのに。
朝食を摂り終え、名残惜しいがリュエも普段着に着替え、その上からまたいつものローブを着こむ。
家の中は暖炉で温かいと言うのに、それでも彼女はこれを着たがる。
そんなに肌触りが良いのだろうか。
なでなで。
「ひゃっ! なんだい突然、こそばゆい」
「いや、それいつも着てるから、そんなに心地良いのかな、と」
「ああ、これは魔法がかけられていてね、魔力の回復を早めてくれるんだ」
「ん? そんなに毎日魔力を使っているのか?」
「それは乙女の秘密とだけ言っておこうか」
あれですか、若さを維持するとかですかね。
まぁいいや、そろそろ俺も魔法とやらに触れたくなってまいりました。
ゲーム時代に覚えていない物は、どうやらこちらでも出来なかった。
一応、この二週間でゲーム時代に出来た事を確認、反復練習をしていたのだが、ゲーム時代のように神業的な細かい技を再現する事は出来ない物の、ゲームと同様の技を放ち、それに準じて身体能力も上がっているのが判明した。
そして悲しいお知らせ、俺のデフォルトの姿はあの魔王ルックなようです。
一括で戦闘用装備一式に切り替える機能があるのだが、それがあの姿で固定されてしまっていた。
っと話が逸れた、魔法だ魔法。
「リュエ先生や」
「なんだい? 突然」
「俺も魔法が使ってみたいのですが、可能でしょうか」
「えっ」
何その反応、まさか『魔法も使えないのコイツ、ダッサ』とか思ったんですか。
いや、そもそもこの世界の魔法ってどういうポジションなんだろうか?
生活に密着しているのか、それとも限られた人間が使える特異能力とかそういう?
「そうだった、カイ君は人間だったな。一応、誰でも護身程度には使えるけれど、君は剣士だから必要ないと思っていたよ」
「むしろ“剣術”のほうが珍しかったりするのか?」
「そうだね、練習方法が実際に剣で戦うしかないから、一般人はおいそれと手出し出来ないんだよ。……まぁ少なくとも私が外で過ごしていた時代はそうだった」
セルフ浦島さん、そこは自信なさげなんですね。
「よし、じゃあ外に――は寒いから、ここで簡単な魔法の訓練をしてみようか」
リュエが部屋に持ってきたのは、水の入ったコップと、テッシュのような薄い紙。
……なんかこう、すごいちゃっちいと言うかなんというか。
専用の道具とか、練習用の杖とか、そういうのじゃないんですか。
「本当一般的な方法なんだけどね、今回は私が教えるって事で、私の得意魔法についてだ」
「というと、氷属性か。それなのに寒がりって」
まだ確信は持てないが、俺の知るRyueもまた、氷属性をメインに育成していた。
だが、今はそれを頭の中から追い出し、彼女の説明、そして作業に集中する。
「まず、この紙を水に入れて、水を染みこませる」
「それってどっちも普通の紙と水なのか?」
「そう。で、この紙に、適当に魔力を流してみて」
「魔力を流すっていうのがまず分からない」
「感覚だから、教えにくいんだよ。とりあえず、気合を込めてみてよ、何か流れろーって」
いきなりフィーリングでやれと言われましても。
俺は一から丁寧に教えてもらわないと仕事を覚えられない人間なんですよ。
ただし一度覚えてしまうと要領が良いとご近所で評判なんすよ。
あれは近所の子ども会の手伝いで――
「カイ君集中集中」
「おっと」
とりあえず、水を含んだ紙に、何かインクでも染みこんでいくような気持ちで気合をこめてみる。
すると、ヘタっていた紙が少しだけ持ち上がる。
「おお? これって魔力?」
「そう、それが魔力。そこからその魔力をどう作用させるかで、属性がかわって行くんだ」
今度はリュエの持つ紙が、ピンと立ち上がり、うっすらと霜を帯びていく。
すると彼女はその紙を持ち替え、手でパキンと折ってしまう。
「ほら、完全に凍ってパキパキだ。水その物じゃなくて、紙に染み込ませたからわりと簡単に出来るようになるよ」
「ああ、それで紙なのか」
なるほど、本当に初心者の為の練習方法だったようだ。
「お? リュエ、出来たぞ俺も」
「どれどれ……」
試行錯誤する事1時間、ようやく紙が凍る。
水の分子運動を意識してみたり、魔力そのものが冷えていくようなイメージをしてみてもうまくいかず、ようやく思いついたのが気化熱。
水の蒸発と一緒に魔力を四散させ、同時に熱を極限まで奪い、さらに魔力で後押しするようなイメージでようやく望み通りの結果を得られた。
目の前でリュエが俺の努力の結晶をパキパキと折っていき、合格だとこちらを見る。
「よしよし、とりあえず今私が教えられるのはこれくらいかな。ちょっと体質的に魔力の無駄使いが出来ないんだ、悪く思わないでおくれ」
「ああ、こっちこそごめん。後は色々試してみるよ」
さて、この魔法を何かに応用出来ないかな?
カイくんは かみをこおらせるように なったぞ!
だから どうした