五十一話
(´・ω・`)壁にミミガー
目を閉じ、五感を研ぎ澄ます。
ナオ君の手のひらの温度と息使い、ギャラリーの固唾を呑む音、自身の心音。
今感じているあらゆる物の詳細が、手に取るように伝わってくる。
そして聞こえる衣擦れの音に、いよいよその時が来たかと耳に全神経を集中させる。
硬質な物が擦れる僅かな音。
さぁ、ここから既に始まっている。
そして、床から響く硬貨の落ちた音と"それ以外"の音。
……この騎士、始めから俺を合格させるつもりないな?
よしよし、その喧嘩買わせてもらう。
「金貨2枚、銀貨3枚、銅貨1枚」
「……それだけですか?」
そう、確かに俺の耳が捉えた音と、その波長から読み取れた大きさと材質からいって落とした硬貨の数はこんな物だろう。
確かに100%とは言い難い。だが――
「そのカードは大事にしないと駄目だ。他の大陸から来たから余り馴染みがないかもしれないが、そこから冒険者は一歩一歩進んで上を目指すんだ」
「っ!? 何を言っているんですか?」
「まだ鉄のカードかもしれないが、冒険者はそこから成長して行く。今の行為は冒険者全てを蔑ろにする行為に取られても仕方ないんだよスティリアさん」
明らかに一つ、二回り以上大きな鉄の板が落ちる音が混じっていた。
そんな手頃で今すぐ用意出来る物、俺にはギルドカードしか思いあたらない。
とまぁそれっぽい説教なんて垂れておりますが、これは唯の八つ当たりといいますか意趣返しで御座います。
さぁ、周りの視線が厳しくなるぞ!
尚、俺はそんなカードの中でも飛び切り貴重なSSランクカードをペーパーナイフとして使ったりしています。
薄くて硬くて便利なんですよアレ。
「ほっほう、スティリアよ、お主の負けじゃよ。この御仁の力は本物じゃ」
「……そのようですね」
その言葉を聞き急いで離された手のひらを感じ、ようやく俺も振り返り目を開ける。
そこには、今宣言した通りの硬貨と、一枚のギルドカードが落ちていた。
それをすかさず拾い上げ、彼女に手渡す。
「貴方にとっては、ナオ君を修行の為に登録しただけの物かもしれない。だけど、これはナオ君と貴方達が一緒に成長して行くことを示す大事な物です」
「……はい、申し訳ありませんでした。数々の非礼、お詫び致します」
その鋭い面差しが、少しだけ薄れた。
しっかし硬貨の落ちる音なんてそんな意識して聞いたことなんてないのによく当たったな。
案外『幸運』が働いてくれたのかね?
とまぁ何はともあれ、こうして俺は一行の仲間入りを果たしたのだった。
「と言うわけで俺は今から一ヶ月程、彼らの仲間として行動する事になったから」
「はぁ~カイくんが解放者の仲間だなんてね~なんだか不思議な気分だよ」
「あの……一ヶ月だけですよね? 私達の所に――」
「戻るに決まってるだろう? ほら、返杯するからもそっとちこうよれい」
所変わって温泉宿。
現在、念願の混浴中である。
湯船に浮かぶ盆には、徳利とお猪口もセットしてあります。
いや、これは本当この世の楽園ですね。
露天風呂に美女が二人、そしてそのお酌で美味い酒を飲む。
「そっちはどんな予定を組んだんだ?」
「ええと、私とリュエと二人で、最近ダンジョン化した火山洞窟の中で鉱石や魔物の部位を調達する長期契約を交わしました」
「レイスは凄いぞカイくん。報酬が元々の金額より3割も増えたんだ」
「リュ、リュエ!」
ほほう、レイスを組ませたのは別の意味で正解だったか。
さすが、長年生き馬の目を抜くような世界で生きてきただけはある。
頼もしさが違うな。
「なんでも、この街では魔石粘土っていうのを作っているらしくて、その材料に使う魔石が火山で採れるらしいんだ」
「ですが、ダンジョン化によって魔物の強さが上がり、安定した供給が出来なくなってしまったそうです」
「んじゃあ俺達がダンジョンを踏破して元の洞窟に戻すまでは、そっちも美味しい思いが出来るって訳か……」
ダンジョン化。
ゲーム時代は最初からダンジョンとして存在していた数々のフィールドだが、設定上では大地に溜まった魔力が暴走し、異界と化してしまった場所という事になっている。
ダンジョン最深部にはそのたまった魔力の影響で変貌した強大な魔物が存在しており、それを討伐する事によりダンジョンを元の自然に戻すという流れだったらしい。
実際にはそんな演出なんてなかったし、ボスだって倒して数時間もしないうちに再出現したんですけどね。
リスポーンの設定だけはしっかりしていた癖に、ダンジョンがパーティーごとに別々に用意されてたんだよなぁ……。
「だけど、七星の解放でこの大陸は平和だって聞いてたんだけどな」
「そうなんですよね。私もダンジョンの話なんて聞いたことがありません」
「私には馴染み深いんだけどね? ほら、私のいた森ってダンジョンだったし」
「なにそれ初耳」
……七星の封印で逆にダンジョン化?
駄目だ、さっぱりわからない。
なら開放されたこの大陸でダンジョンなんて出来ない筈だろうに。
しかし、解放者最後の地の側でダンジョン化か……。
「さて、そろそろ身体を洗いましょうか。カイさん、お背中お流しします」
「……お願いします」
まぁ、俺には今まさに訪れる危機の方がよっぽど問題なんです。
背中に感じる硬質な布の感触と、そして同時に訪れる柔らかな物を覆うような布の感触。
わざとですか、それとも天然なんですか。
「服の上からだとわかりませんけど、凄く良い体ですね」
「その言葉はブーメランだと認識しておくれ」
「ブーメラン?」
良い体なのはお互い様です。
ハッピーバルーンファイト(意味深)
「じゃあ私はレイスの背中をこすってあげようか」
「きゃっ」
おっとー、柔らかい布の感触がなくなったぞー。
リュエさんグッジョブ!
さすがに離れておこうか。
翌日。
しっかりと3つ並んだ布団の一つから目覚めた俺は、朝一番の山の空気を感じる為に裏山へとやってきた。
尚、他の2名はまだ夢の中でございます。
抱き枕と化したリュエの無事を祈りつつ、朝露煌めく木々に囲まれた小さな広場で深呼吸。
「ラジオ体操とかしたりして」
大きく体を捻って腕をまわして足を伸ばして首で跳ねる体操!
色々と混ざってしまいとんでもない運動に。
やれるもんならやってみろ!
「小学生が全身骨折する事案発生」
一人でボケる爽やかな朝の価値、プレイスレス。
さて、そんな事をしていると、誰かが近づいてくる気配が。
慌てて奇行を止めて振り向くと、今日から一緒に冒険をする事になった解放者ことナオ君の姿が。
「あ、カイヴォンさん! カイヴォンさんも朝の訓練ですか?」
「浴衣一丁の人間に何を求めるのかね君は」
「あ、それもそうですね……僕は朝の訓練です。もしよかったら見てくれませんか?」
「オーケーオーケー、見ててあげるよ」
ナオ君は、しっかりとした作りの皮鎧に身を包んでいた。
皮鎧と言われると弱そうに聞こえるかもしれないが、しっかりと加工され身体にフィットし、尚且つ層になるように張り合わせた物は下手な金属鎧より頑丈だ。
まぁもっと言うなら金属と皮を組み合わせた方が良いのだが、もしかしてソレなのか?
「じゃあ、まずは素振りから」
「どれどれ」
彼は腰に、二本の剣を帯びていた。
刃渡り60センチ程の、大きなナイフのような、ナタのような片手剣。
ダガーという奴だろうか?
だが、もう一振りは少しかわった形をしていた。
刀身からナックルガードまで綺麗な流線型で繋がっている、切るよりも刺すような形の分厚い刀身の片手剣。
それを左手に逆手に持ち構えている。
「フッ! フッ! フッ!」
掛け声と共に繰り出される、右手から放たれる横薙ぎの一撃。
左手の剣はそのまま微動だにしない。
「フッ! フッ! セイッ!」
今度は2回横薙ぎをした後、自然体のままの左手が急激に真上に振るわれる。
横横縦と繰り返される一連の動きを、ひたすら繰り返すナオ君。
その度に、彼の長いポニーテールが踊り、まだ未熟ながらも中々に美しく見えた。
「フッフッセイ! フッフッセイ!」
お、ペースアップした。
よし、じゃあお兄さんが理想のテンポというものを教えてあげよう。
いいか、掛け声はシェイとハだ。
「ふぅ……何か気になる点がありましたか?」
「みーてーるーだーけー」
「そ、そんな……何かありませんか? アドバイスとか」
「んーじゃあ一つ、掛け声のタイミングかな」
よし、少しだけ真面目に指導しようじゃないか。
初心者救済とかちょっと憧れていたんですよ。
身内の新キャラ育成はともかく、本物の初心者とか何故か俺の姿見ただけで逃げてったんだよゲーム時代。
「掛け声で息を吐くタイミングと腕に力を入れるタイミングがズレてる。これはどの運動でも基本中の基本だぞ?」
「あ、すみません、緊張して……」
「緊張しない為の練習で緊張しちゃイカンよ。まだ不慣れみたいだし、まずはそこを意識して始めよう」
これは想像以上に、時間がかかってしまいそうだ。
まぁ、やり甲斐があるとも言えるな! よーし目指せレン君越えだ。
(´・ω・`)これにて5章は終わりです
(´・ω・`)次章! 本格的()な冒険()が始まります!




