四十四話
(´;ω;`)蹄怪我した
「おお! ようこそいらっしゃいましたマザー! それにカイヴォン殿にリュエ殿まで!」
「ご無沙汰しています。今日はお伝えしたい事があり、寄らせて頂きました」
翌日、領主であるウェルド邸でウェルドさんと面会を行う。
執務室で仕事中との事だったのだが、レイスも来ていると知るや否や、文字通り本当にすっ飛んできた。
「マ、マザーが態々この街まで……カイヴォン殿、リュエ殿、道中の護衛、誠に感謝致しますぞ!」
「あー、はい」
「ああ、ブッくん、それは違――」
「はい少し口閉じていようね」
また余計な事を言いそうになったリュエの口を手で抑え、後ろに下がる。
ここはレイスに任せよう、な!
「ウェルド様……いえ、ブック。貴方には本当に良くして頂きました。街を造り、そしてこの土地の人達全てを護り、果ては私達の屋敷への配慮まで」
「マザー……いえ、レイス殿……」
いつもと様子の違うレイスに、ウェルドさんもまた、何かを察したように態度を改める。
そうか、二人は長い付き合いだと言っていたな。
それこそ『ブック』と呼び捨てにするくらい、まだ彼が若かった頃から。
「思えば、私の元へと訪れるお客様は皆、貴方の紹介で来て下さる方ばかりでした。これまで、本当に有難うございました」
「それは最初だけの話です。彼らが常連になったのも、そして新たにお客さまが増えていったのもレイス殿のお人柄の力です。街だって、元々必要だったからこそです。そのように感謝されるほどの事など、私は――」
「例えそうだとしても、私は救われました。そのおかげで、私は一箇所に留まり続ける事が出来たのですから。そして――」
レイスが言葉を切り、背中の小さな羽根をはばたかせる。
「……そう、でしたか。そのお姿を見た時から、薄々感づいておりましたとも……ついに、また大空へと羽ばたく時が来たのですね?」
「ええ。長い間、羽を休ませていただいた事、心の底から感謝致します」
二人の様子は、まさに長年連れ添った夫婦のようで、少し嫉妬してしまいそうになる。
だがその感情も、本来なら俺ではない、彼が抱くべき物の筈だ。
それでもウェルドさんは、笑顔を絶やさずレイスの旅立ちを認めてくれた。
凄いな、ウェルドさん。
「して、そのお相手はどこにおられるのですかな? よろしければお送り致しますが」
「いえ、それには及びません、何せ――」
「我らがマザーを任せるのです、まずはこの私がガツンと一発おみまいせねばなりますまい! マザーには申し訳ありませんがこれは譲れません! さあ、すぐに魔車を手配させましょう! なに、私も男、インドア派ではありますが、若いころに図書館で鍛えたこの上腕二頭筋で一発!」
今凄いなって感心したのにご覧の有り様だよ!
しかも察しが悪い、完全に俺達の存在を忘れている。
だがその心意気や良し!
ならば此方も全力でお相手しようじゃないか。
『龍神の加護』
『生命力極限強化』
『被ダメージ-30%』
『防御力+30%』
『物理耐性+30%』
『被ダメージ-15%』
『防御力+15%』
『物理耐性+15%』
『全能力値+5%』
『アビリティ効果2倍』
よしばっちこい!
え? 大人げないって?
痛いの嫌じゃん。
さて、ではさらに魔王一式に変更しましょう。
「カ、カイヴォン殿!? どうしたのですか突然そのようなお姿に」
「ああいや、礼儀かなーと」
「れ、礼儀ですか……?」
「いやあ、殴られるならこっちも本気でお相手しないと失礼じゃないかと思ったんですけど」
何気にこの姿を見せるのは初めてなのだが、既に俺の事を知っていたのか、余り驚いていない。
そうか、港町でラントさんに言われていたか。
「殴られ……ま、まさか!」
「すみません、レイスは俺達と一緒に旅をする事になったんです。なので、どうぞ一発殴って下さい」
笑顔を意識して、ゆっくりと腕を広げ歩み寄る。
一歩、また一歩と。
ついでに黒炎をまとってみる。
もし今のこの状態をマンガの一コマにしたら、大きな見開きページで背景に『ゴゴゴゴゴ』と擬音が書かれている事だろう。
さぁ、殴れ! 殴れるもんなら殴ってみろ!
「ひっひい! ……し、しかしここで下がる訳には! 引かぬ、引かぬぞおおおお!!!」
雄叫びを上げながら、決死の覚悟でこちらへと走ってくる。
そして大きく振りかぶり――
その顔を見て、剣をしまいアビリティの効果を消す。
次の瞬間、頬へと突き刺さる男の拳。
振りぬかれた腕と、僅かに動いた首。
肩で息をする壮年の男性と、それを見下ろす俺。
――そうだよなぁ……やっぱりアビリティがなくなっても、ダメージは通らない。
恐らく、アザすら出来ていないし、口の中だって切れていない。
殴った本人の方が、きっと拳を痛めている筈だ。
痛くない、まったく痛くない。
だが、それが何故か悔しい。
こういう時だけは、この身体が恨めしい。
「こ、これで長い間マザーを待たせた罪は帳消しですぞ! さ、さぁ次はカイヴォン殿の番です!」
「いえ、俺はもう、大きな借りがありますから」
今ここで、俺も言わなければ。
「今まで、レイスを守ってくれてありがとう御座いました。大事にしてくれてありがとう御座いました」
「ぐ、ぐぅぅぅぅ……」
頭を深く下げ、俺達は執務室を後にする。
今は、一人にさせてあげるべきだ。
扉越しに聞こえてくる、押し殺したその声を聞きながら、足早にその場を去る事にした。
廊下の先で、家令である老紳士が静かに佇んでいた。
「旦那様がご無礼を致しました。どうか、平にご容赦を」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」
「ご配慮、感謝致します。では、どうか旦那様が落ち着かれるまでこちらへ」
家令のお爺さんの後に続き、まだ少しだけ声の聞こえる薄暗い廊下を静かに進んでいった。
「カイくん、平気かい?」
「ん? 別になんともないぞ?」
「そうなのかい? 凄く痛そうな顔をしていたからてっきり」
「そうか、そんな顔してたか」
なんだ、しっかり効いてたんじゃないか。
基本だな、基本。
……精神攻撃は基本だ。
通された応接室には、先客がいた。
年齢はまだ若そうだが、落ち着いた雰囲気の女性が、こちらに気が付き立ち上がる。
「ようこそいらっしゃいました。当主ブックの長女"アイド"と申します、どうぞお見知り置きを」
……ウェルドさん、貴方妻子持ちだったんですか。
ちょっと殴り返していいですか。
なんという金髪美女。これは奥さん、相当な美人さんと見た。
「初めまして。自分は冒険者のカイヴォンと申します。縁あって、お父上にはよくしてもらっています」
「ブッくんの娘さんだね? 私はリュエ。彼には馬車に乗せてもらったり、いろいろよくしてもらっているよ」
リュエさんや、それじゃあまるで便利な足みたいじゃないか。
領主だぞ領主。
「貴女がアイドさん……私はレイス・レストと申します」
「やはり、貴女が……当家には、どういったご用件で?」
順番に自己紹介をするも、特に目立った反応をする様子もなく、本当に礼儀としてだけの名乗りのようだった。
だが、レイスの名を聞いて少しだけ、彼女の目尻が上がる。
険悪ではないが、少しだけ空気が張り詰める。
「報告したい事がありましたので、立ち寄らせて頂きました」
「そうですか。……初めに言っておきますが、私は貴女が嫌いです」
唐突な宣言に驚くも、言われた本人はさほど驚くでもなく、ただ静かにその思いを肯定する。
「……そうでしょうね……結局私は、最後まであの人を選びませんでしたから……」
だが、そんなあっさりと自分の悪意を受け止められた彼女は、ついに怒りを露わにする。
「父がどんな思いで貴女に尽くしてきたか、そして母様がそんな父をどんな思いで見ていたか、娼婦ごときにはわからないでしょうね」
はいアウト。
それはブーメランだ。レイスがどんな思いでどう生きていたかそっちもわからないだろう?
「ウェルドさんの娘でも、さすがに言い過ぎ。ちょっと黙ってくれないかな」
「父のお客様ですからこんな事は言いたくありませんが……少し下がっていなさい」
そんな俺の静止の言葉も、彼女はなんでもないふうに切り捨てる。
随分命令慣れしているようだが、貴族でもなんでもない領主、さらにその娘がそれほど偉いのだろうか?
「これはおかしいですね。この大陸には貴族はいないと聞いていました。領主の娘にそんな権限も発言力もないと思っていましたが」
「……冷静に考えれば貴方がここで私の邪魔をするのは、自分の今後の活動の妨げになると分かるはずです」
さすがに領主の娘さんまで俺のことは伝わっていないか。
何やらこの家庭も複雑なようだが、それでもさすがに先ほどの発言は見逃せない。
……よし、一旦帰るか。
「リュエ、レイス、帰ろうか」
「あの、カイさん……私の事は」
「いや俺が帰りたいから帰る」
有無を言わさず、手を掴んで部屋を出る。
「ごめんねアイちゃん、また今度ね」
リュエが少しだけ申し訳無さそうに挨拶をする。
「待ちなさい! 誰か、彼らを!」
部屋の外には先ほどの家令も居らず、他に使用人の姿もない。
彼女の声を聞きつけ人がやってくる前に、足早に屋敷を後にするのだった。
「あの、カイさん。私やっぱり戻ります、あの子の話を最後まで聞く義務が私には――」
「ない。妻子がいても、納得した上での援助だったならこんな事にはならない筈。そしてこんな事になったのなら、それはウェルドさんの責任だよ」
「ですが――」
正直、他人の家の事情なんて知ったこっちゃありません。
そして何も知らないのはお互い様。
レイスの歩み、そして生き方を知らない人間にとやかく言われるのは気分が悪い。
そして、向こうの問題を知らない俺がそれに対してあれ以上文句を言う訳にもいかない。
だったら、帰るしかないだろう?
あれ以上あそこに居たら、こっちだってただでは済ませられない。
俺は基本的に人格が歪んでいるんですよ。
人間は『敵』か『味方』の二種類しかいないと思っている。
かろうじて『味方の娘』だったが、アレ以上あそこに居ては『敵とその父親』に変化してしまいそうだ。
「レイス、たぶんあの子のあれは八つ当たりなんじゃないかな。向こうの事情は分からないけど、なんだか私にはあの子が凄く幼く見えた。子供の癇癪を諌めるのは親の役目、今はレイスが何かをする時じゃないと思う」
「……そう、なんでしょうか」
「レイス、君はもう母親じゃない。レイスも少しずつ変わっていかないとな」
とは言え、後でウェルドさんに面会しにいかないとな、俺一人で。
帰るって言ったの俺だし。
その後、なんとかレイスは調子を取り戻し、ギルドへ行きたいと申し出た。
確かにレイスも一緒に旅をする以上、ギルドへの登録は必要だ。
そう思ったのだが――
「まさか元冒険者だったなんて」
「長い間生きてきましたから。ふふ、これでも少しは戦えるんですよ?」
「む、やるねレイス。Aランクまであがってるじゃないか」
なんと彼女、リュエとは違い低レベルでこの世界に来たというのに、自力でそこまでの上り詰めていた。
そういえば、一般的な冒険者のレベルと言う物を知らない。ちょっとあのメガネを装備して、その辺りの人達のレベルを調べてみる。
「……うっそだろ」
結果は想像を遥かに下回る物だった。
なんと低い人間は17、今いる中で一番高い人でも47レベルだった。
確かにこの大陸は安全だと言うが、それでもこれは低すぎやしないだろうか?
「さてと、とりあえず依頼を見てみたけど、討伐系も採取系もないな、どうしよう」
「護衛と街中のお手伝いばかりだね。どうしようか」
「でしたら、少し訓練に付き合って貰えませんでしょうか」
訓練、たしかにそうだ。
魔物の遭遇もないし、結局レイスの戦力を図ることができないでいたし、丁度良い。
そうだ、この機会にアクセサリー類からレイス向けの物を幾つか渡そうか。
が、そこでギルド全体がざわめきに包まれる。
何事かと振り向けば――
「すまんがこの中にカイヴォンって奴はいるか? ちょっと依頼を受けちまってな、大人しく出てきてくれると助かる」
筋骨隆々の美丈夫が入り口で仁王立ちしていた。
(´・ω・`)人差し指縛りはさすがにきついの




