四十話
(´・ω・`)こどもはいつまでも
「カイくんもう戻ってきたのかい? 随分早かったね」
レイスさんと別れ、一路宿へと帰宅すると、丁度リュエが警備の依頼で出かけるところだった。
俺は依頼を受けていないが、一緒に行くと告げて彼女に同行する。
道すがら、レイスさんについてさわりの部分だけを説明する。
彼女が創世期の人間だと言う事、そして神隷期の記憶すらうっすらもっている事を。
……創世期から生きている人間は『ファストリア』にはまだ多く残っていると言う。
だがオインク曰く『プレイヤー時代』即ち『神隷期』の記憶を持っている存在はまったくと言って良い程存在していないそうだ。
ただ、伝承として、情報として知っている人間は残されている。
それらの情報が誰からもたらされたのかはわからない。
だが、その人物はきっとプレイヤーか、それに近い存在。
即ちリュエやレイスのような存在だろう。
そして、今確認できている自分がプレイヤーだったと認識している人間は、俺を含めて4人。
『オインク』『ダリア』『シュン』
つまりそう、俺と同じチームに所属していた人間のみだ。
だとすると『エル』と『ぐーにゃ』もどこかにいるのかもしれない。
「やっぱり彼女はそうだったんだね……でも、それだけじゃないんだろう?」
「わかるか」
「"懐かしい"っていう気持ちに説明がつかないからね……だけど、彼女は魔族だと言うし、もしかして」
「そうだ。リュエが会ったことがないと言っていた、魔族の友人。それが彼女だ」
「そうだったんだ……オインクは彼女の事を知らないのかな?」
「たぶん知らないんだと思う。彼女は外部と接触するのを避けていた節があるから」
見つけて貰いたいという気持ちと、隠れなければいけないという気持ち。
人と繋がりたいという思いと、外に知られると困るという思い。
そんなある種の二律背反を抱えた彼女。
そんな中での妥協点が、色街の代表と言うべき、表には出ない場所で街に尽くすという役割だったのだろう。
尤も、姿を変えていたレイスに豚が気が付かなかった可能性も捨てきれないが。
豚だからね、仕方ないね。
「その辺りの詳しい話は、今度レイスさんを含めて3人でしようと思う」
「3人で?」
「ああ、レイスさん今度から一緒に旅する事になったんだ」
世間話のように軽く言えば、案外リュエならすんなり飲み込んでくれるかと期待してみる。
なんてな。さすがにそこまで単純な精神をしているとは思っていない。
「え? 彼女が街からいなくなってしまったら大変な事になるんじゃないのかい?」
だが意外な事に、リュエが真っ先に心配したのはこの街の事だった。
確かに突然街の裏の代表のような人が去れば、何かと慌ただしい事になる筈だ。
いくら彼女が後継者を育てていたとしても、すぐに受け入れてもらえるとは限らない。
それに最悪、力ずくでこちらを排除しにかかるかもしれない。
けどまぁ、もうこれは決定事項だ。本人も望んでくれた。
後のために最善を尽くし、それでも行く手を阻むというのなら、この街は俺の敵と見なしてしまえばいい。
って、何物騒な事考えてんだ俺は、駄々っ子かよ。
「恐い顔してどうしたんだい?」
「いやぁ、大人って面倒だなって思っていただけ。確かに今すぐ出て行くとなると騒ぎになるだろうし、ゆっくり説得して回るとするさ」
「けれどもよかったよ。カイくんがあの人の待ち人で」
「そういえば、結局リュエは彼女が旅に同行するのに反対じゃないのか?」
思い上がりでないならば、リュエは俺に対して独占欲のような物を抱いていると思う。
例えるなら、新しく妹が生まれた姉のように、少しいじけるというか、不機嫌になるもんだとばかり思っていたのだが。
「反対する理由が思いつかないけど……しいていうならお金がかかるかもしれないとかかな? カイくん、この街だけでかなりお金使っただろう? 次の街にいったら3人でお金を稼がないとだ」
「……はは、そうか『3人』でお金を稼がないといけないな。よし、じゃあ今のうちに仕事、頑張らないとな」
うちの娘さんも、思ったよりも大人だったみたいです。
それは、彼女とリュエの繋がりの所為なのかもしれないが、それでも自分の『娘』にも似た二人が仲睦まじく過ごしてくれるなら、それに越したことはない。
変な言い方だが、自分のキャラ同士が意思を持った時、互いに険悪だったら悲しいもんな。
「そういえば彼女は魔族だけど、問題ないのか?」
「大丈夫、大昔によく魔族と身体を比べられて――ああ! そうか彼女の事だったのか!!!」
なるほどそういう事か。
確かにゲーム時代に『お前のセカンドとサードの体格差凄いなw』とか『レイスの胸少しわけてやればいいのに』とかネタにされたっけ。
その影響なのか、リュエが魔族に思う所があるのは。
まぁそれとは別に魔族全体が昔、多種族と不仲だったという説もあるのだが。
「そうか……あの胸が……」
大丈夫、俺はリュエの胸も可愛いと思います。
その次の日、ギルドに連絡が入った。
臨時に会合を開く旨と、レイスさんの護衛として、俺とリュエを指名するという内容だ。
会合の日取りは明日。本当に突然の知らせだが、レイスさん本人の呼び出しという事もあり、問題なく会合は開かれる運びとなった。
普段自分から表に出たり、人を集めたりしない彼女からの招集に、ギルド側も困惑している。
そして翌日、会合の日。
昼から開かれる会合の為、俺とリュエは『プロミスメイデン』へと彼女を迎えに行く。
だが、出迎えた"スペル"と呼ばれるエルフの姿に、一瞬でリュエが俺の背後に隠れてしまう。
「お待たせしました。では参りま――リュエさん、どうなさったのですか?」
「なな、なんでもないよ? ほ、ほら君は館に戻りなよ」
「すみませんお姉さま、本日は私も同行する事になっているんです」
恐らく、会合の場で彼女に自分の役割を引き継ぐ旨を発表するのだろう。
そしてリュエさん、服が伸びるから引っ張らないで。
「大丈夫だリュエ。この人にとっては久々に会った同性の同じ種族。つい甘えてしまっただけだそうだよ」
「……そうなのかい?」
「はい、そうなんです!」
おずおずと横をすり抜け前に出る姿に、加虐心そそられてしまうのは何故でしょう。
「スペル、何かリュエさんにしたのかしら?」
「ちょ、ちょっと抱きついたり『とか』しただけですよー」
『とか』について詳しく。
「じゃあ、本当に今日で顔役は譲る形になるんですか」
「ええ。ですがスペルに譲る事に異を唱える声が上がれば、その事についても協議しなければいけません。私としては、娘たちが安全に糧を得る事が出来るなら、誰がトップになっても問題ないのですが」
「私で務まりますかね? 一応何度か会合には顔を出していますけど……」
スペルさんもまた、何度も会合に出席し、顔自体は覚えられていると言う。
レイスさんがこの街で店を開いた最初期のメンバーである彼女もまた、一目置かれる存在だと言う。
そもそも、あの会合の代表者の中に年配の女性がいたのだが、あの人は元同僚だそうだ。
「無事に済んだら、一緒に旅に出る事になるんだね。改めて宜しくレイスさん」
「呼び捨てで構いませんよ? カイヴォンさんも是非」
「じゃあレイス、よろしくね。カイくんの事はカイくんでいいよ」
「ではカイさんと。よろしくお願いしますね、リュエさん、カイさん」
「自分ではさん付けなんだな。改めて宜しく頼むよ、レイス」
何故だろう、リュエの時と違いレイスを呼び捨てにするのが凄く気恥ずかしいというか、勇気がいる。
これが女子力の差か。まさに『きょうい』の新人だ。
脅威じゃない『きょうい』だ。もっと言うなら『胸囲』の新人。
……やばい、なんだかだんだん旅のメンバーが『某解放者で存在しないドラゴンを洞窟で探しまわり挙句の果てにもういない七星を探し求めるあの子』のようになってきている。
誰とは言わないよ、誰とは。
そして、本日は門番が別の冒険者が務めている会館へと辿り着き、こちらのメンツにギョッとしているうちに中へと入る。
勿論、今日も魔王ルックだ。
「では、行きます」
会議室の前で、気合を入れなおしたレイスさんがゆっくりと扉を開く。
そこには先日と同じメンツと、見慣れない男が一人。
タキヤの背後に控えた冒険者風の男。
「本日は突然の招集に応じていただき、誠に感謝致します」
定位置である上座へと座るレイスさんと、窓を塞ぐように立つ俺。
彼女は席につくと同時にまず感謝の言葉を述べた。
「頭を上げてくださいマザー。このような火急の呼び出し、緊急事態なのでしょう?」
「ふむ、あれか? タキヤんとこの馬鹿が何かをやらかしたか?」
男のヤジにも似た指摘に、タキヤがビクリと肩を震わせる。
あ、手紙読んでくれた?
「緊急、ですね。私事になってしまうのですが、聞いてもらえませんでしょうか?」
「……まさかあのエルフの姉ちゃんにスペルお嬢までいるとは……何かヤバイ案件ですかい?」
「そうですね、かなりヤバイです」
なんでこっち見るのレイス。
ちょっと吹っ切れすぎじゃないですか。
嫌な予感がひしひしと。
まさかリュエと同じなのか、君もリュエと同じで爆弾放り投げる気なんですか!?
「この度、私レイスは街を去る事にしました。私の役目をこの"スペル"に引き継ごうと思い、この度はそのご報告の為に集まってもらいました」
しかし、俺の心配は杞憂に終わる。
さすがですレイス姉さん、マジ気遣いの出来る大人の女っす。
一方リュエはと言うと、レイスの右後ろに控えており、すぐ横でスペルさんが皆の死角でちょっかいを出してくるのを必死に防いでいた。
……全校朝会の小学生ってこんな感じだったなぁ。
「な! なにを突然! 一体どういうことです!」
「マザー! 貴女はこの街に必要な人間です! どこに行くんですか!?」
案の定、湧き上がるのは引き止める声と説明を求める声。
それはそうだ。規模は違うが、仮に一国の大統領が突然辞任すると言い出したら、国は大混乱に陥ってしまう。
それに近い事を彼女はしているのだ。
勿論、その責任は俺にあるのだが。
「私がいなくなり、困るのはどうしてか、皆さんで挙げていってみて下さいませんか?」
「それは……まず、絶対的な支配者が――」
「私は支配などしていません。皆さんが、善意で協力してきたのではないのですか?」
「それは……」
「それはマザーがそれに値するだけの事をなしてきたからだ! 支配はしていなくても、俺もみんな、マザーが好きだから一緒に――」
次々に上がる言葉。
彼女が言葉を返しても、すぐにまた別な言葉が彼女を街に縛り付けようとする。
いや違う、これは言い方が悪い。
いわばこの街全てが彼女の子供と言っても良い。
そして、親がいなくなるのを子供が引き止めるのは至極当然の事だ。
……そう、子供なら当然だ。
だけど――違うだろ?
皆もう、いい大人だろう。
自分たちよりも長く生き、頼りがいがあり、相談にのってくれる母親のような人。
そんな人がいるから、甘えてしまっていただけだろう?
「……私も、そろそろ子離れしないといけないんですよ。皆さんも、もう立派なお父さん、お母さん、おじちゃん、おばちゃんになったでしょう?」
諭すように、俺の思っていた事を彼女が代弁してくれる。
その言葉を聞いた瞬間、皆ハッとした様に目を見開く。
「ようやく……母さんが待っていた時が来たの。どうかお願い、みんな」
最後の言葉は、余りにも卑怯だった。
(´・ω・`)母豚のお乳を飲んでいた時の事を思い出しました
(´・ω・`)今では立派な生ハムメロン




