三十九話
(´・ω・`)君さいきん真面目すぎない?
ノックをすると、すぐに彼女は出迎えてくれた。
彼女の部屋は客室とは違い質素で、作業机と文机、そしてシンプルなベッドがあるだけだ。
そんな中で、彼女は此方にイス勧め、自身はベッドへと腰掛ける。
「さて、何から話しましょうか」
「ではまず、魔族である事を隠す理由から」
「実はそう大した理由があるわけじゃないんです。実は私、創世期の人間なんです」
「それは薄々感付いていました。そして、誰かから隠れているのでは、とも」
俺がそう答えると、彼女は特に驚いた風でもなく、ただ目を閉じる。
「さすがですね。確かに私は、昔の私を知る人間から隠れています。前領主が私を探しているのですよ」
「それはこの街の最近の事件にも関わっているのですよね?」
「ええ。恐らく言う事を聞かない私への脅迫でしょうね。一部の有力者にも働きかけているようです」
「タキヤさんですね。レイスさんも気がついていたんですよね」
「ええ」
だが恐らく、外から狙われていた事には気がついていないだろう。
もしそうなら、この人は俺を護衛になんてしない筈だ。
「私の存在の所為で娘たち、ひいては街に迷惑をかけてしまっているのはわかります。ですが、子供たちを置いてどこかへ逃げる訳にも――」
「彼女達は強いですよ。特にエルフの女性、名前は確か――」
「“スペル”ですね。あの子は確かに、私に万一の事があったら代わりに皆を纏め上げるように言ってきました。ですがそれを差し引いても私は――」
「どこかに逃げる訳にはいかない。逃げてしまっては自分を見つけてもらえなくなるから」
言葉を遮るように、はっきりと突きつける。
今度こそ彼女は表情を驚愕に歪め、どこか悲しそうに目を伏せる。
「なんでもお見通しなんですね……そうです、私は私を知る誰かを待っているんです」
「そのお話、詳しく聞く事は出来ませんか?」
「……そう、ですね。私もどこか限界がきていたのかもしれません。こうして、ついにここまで踏み込まれてしまいましたから」
自嘲気味に笑う彼女の顔は、あの日鉄の意志で娘たちを守ると言い切った人と同一人物とは思えないほど儚くて、そして俺に罪悪感を与えてくる。
「私には、創世期より前の記憶があるんです。はっきりと覚えていません、けれども私は、誰かに大事にされていた」
「覚えて、いない?」
「誰かが、私に服をくれました。誰かが、いつか私の為になるような物をくれました。それを身に纏った私を周りの人達が褒めてくれて、私は嬉しくなったのを覚えています」
ああ……ああ……そうだったのか。
「誰かが、私に素敵なアクセサリーを贈ってくれました。今ではもう使う事が出来ませんが、私には物が届く倉庫のような物があるんです」
共有ストレージの事だ。
俺が手に入れたアイテムを入れていた。
俺は『レイス』を作成したものの、ロクに育てもせず、ただ着せ替え人形のように遊んでいただけだった。
そうなると必然的に、彼女を操作した時間も少なくなり、結果としてゲーム時代の記憶を引き継いだ彼女の思い出は希薄な物となる。
リュエはセカンドとして長く稼働し、人と繋がった時間が多かったからこそ記憶を保持していたのだろう。
そして彼女は逆に、極端に短いプレイ時間故に思い出も少なく、自分が何者なのか、それも分からずに過ごしてきた。
だからこそ、繋がりを求めた。
「もう、私にはその倉庫から物を引き出す事が出来ません。そして気が付くとこの大陸にいました」
「もし、俺がその待ち人だったら、貴女は俺と共に来る事はありますか?」
まだ、間に合うなら。
「ふふ、例え誰が来ても、私はここにいますよ。有難うございます、カイヴォンさん」
「っ!」
そう告げた瞬間、儚げな表情が鳴りを潜め、彼女はまた心の底を隠してしまった。
本心を知ることが出来なかった。
最終手段としてメガネをかけてみるも、映しだされるのはステータスでしかない。
ただ、彼女の姿だけが俺のよく知る姿となり映しだされる。
紫紺の髪とワインレッドの瞳、そして髪をかきわけて生える小さな羽。
彼女の本心を知る何かが、決め手となる何かが、俺にはない。
俺がその相手だと、証明する手段がない。
彼女を『奪う』事が出来ない。
俺は『奪剣士』だ。奪えないなんて事はあってはならない。
何かないか、何か――
「さてと、今日の営業が始まりますね。今晩はいかがなさいます? 宜しければ私がお相手致します」
すでに彼女から儚げな、崩れてしまいそうなその姿が消え去り、突破口を隠されてしまった。
その突破口を覆い隠すような、いつもの営業上の笑顔。
絶好の好機を俺は、逃してしまったのか?
「レイスさん、俺は……」
その時だった。
聞き慣れた、だが懐かしい音が脳裏に鳴り響く。
それは、届く筈のないメールの着信音。
今朝戯れに触ったメールの受信ボタンが、今もずっと更新しようと動いていた。
まるで、電波を探す携帯のようにずっと。
受信されたメールの数は1000を超えている。
送信者が側にいたからこそ、受信出来たのだろうか?
差出人の名は全て『レイス』だった。
「どうかなさいましたか?」
唐突に黙り込んだ俺へと、不思議そうな顔を向ける彼女。
その表情の裏で、貴女は一体何を感じ、何を思っているのか。
その一端を、ようやく知ることが出来る。
彼女の最近のメールの日付を見る。
それは丁度、俺がこの街へとやって来た日から今日までの物。
宛先の設定されていないメールが何故俺に届いたのかは分からない。
ただ俺が近くにいて、偶然メールの受信リストが更新中だったからなのかもしれない。
ただ俺は、安っぽい言葉だが、年甲斐もなく『運命』という言葉を信じてみたくなった。
メールの文字は、俺のようにメニュー画面から打ち込んだ物ではなく、一度実体化させてから直筆で書いたようだった。
『今日はまたブックさんが訪れる日です』
『以前書いたと思いますが、彼は私のためにこの街を作って下さいました』
『貴方が早く私をみつけてくれないと、何年も私に来てほしいとお願いする可愛い坊やに私が取られてしまうかもしれませんよ?』
『ですから、どうか私を早く迎えに来て下さい』
そして、一番新しい物に至っては、今日まさに俺が訪れる直前の物だった。
『私はまた一人、男性を利用してしまいました』
『そして許されないことに、何故だかその人に親しみを覚えてしまいました』
『貴方はそんな私を許してくれますか?』
『今日、その人に私の事を少し打ち明けてきます』
『ですが、私はいつまでも貴方を待ちます』
『どうかこの手紙を読んだら、私を迎えに来て下さい』
『その男性はとても魅力的な人でした、私が揺るがない内にどうか……』
心は決まった。
そして心を知った。
ならもう、行動を起こすしかない。
「レイスさん、職業ってありますよね」
俺は不意にこう切り出した。
「どうしたんですか?」
「俺は『奪剣士』と言う職業なんです。奪うのが専門なんです」
「まぁ……私にも一応あるのですが――」
「『魔弓闘士』ですよね。いつか装備出来るように用意したんですけど、あれって要求してくる能力が高すぎて装備出来なかったでしょう」
メガネのお陰で思い出すことが出来た。
まるで霞がかかっていたかのように曖昧だった彼女の事を、今なら鮮明に思い出すことが出来る。
このタイミングはきっと、偶然なんかじゃない。
「え?」
「『妖弓ブラッディレイン』は俺が今まで見つけた弓の中で一番強かったんだ。いつか使えるように訓練しなきゃいけないなって、思ってたんだけどな」
レイスはずっと待っていた。
外に出るチャンスや、差し伸ばしてくれる手は幾らでもあった筈だ。
それでも、ただずっと待っていた。
いつかきっと自分を知る存在が、自分と唯一繋がりがあると確信を持てる、贈り物の主が迎えに来てくれると。
「手紙が届くのが、随分と遅かったみたいだ。文句は配達人に言ってくれ」
「……嘘です、何かの冗談でしょう? だってそんな……」
直ぐ様メニューを開き、メールの返信を打ち込む。
ただ一言『待たせて悪かった』とだけ。
送信を押した瞬間、生まれて初めて聞くであろう着信音に驚いたのか、彼女は一瞬肩を震わせた。
そして次の瞬間、彼女は膝から崩れるように座り込む。
なぁ、今からでも遅くないよな。
俺、ここに来るのが皆より遅かったんだ。
それでも、今からお前をこの街から『奪い取る』事は出来るかな?
そして許してくれるか? ずっと放っておいた事を。
育てもせず、ただアイテムだけを与えて、殆ど放置していた俺の事を。
「……本当に? 本当に貴方が私の足長おじさんなんですか?」
「足、長いだろ……? まだおじさんなんて歳じゃ……たぶんまだおじさんじゃあないけど、俺だ」
「私は、忘れられていなかったんですね……本当に」
「ずっと、貴女じゃないかって思ってた。だから、この街に残って調べていたんだ」
「……そうですか」
膝をつき、彼女の目線に合わせ語りかける。
声こそ上げないが、今も彼女の瞳からは大きな雫がぼろぼろと音が聞こえそうなくらいこぼれ落ちていた。
そして、縋るように抱きしめてくれる。
「この日をずっと待っていました。ただただ、いつか迎えに来てくれると信じて、ずっと待っていました」
彼女のステータスには、俺の知らない情報が掲載されていた。
彼女にも苗字があり、そしてその称号を持っていた。
【Name】 レイス・レスト
【種族】 上位魔族
【職業】 魔弓闘士 再生師
【レベル】 97
【称号】 約束の乙女
偉大なる母
女帝
それは、彼女の歩んできた道がどれ程過酷な物だったのか推し量るには十分な物だった。
女の身で、この世界でひたすら生き抜き、そして今に至るまで『そう在り続ける』事にどれ程の苦難があったか。
「改めて聞きます。俺と一緒に、旅に出ませんか? 少しおかしな相棒もいますが、きっと仲良くなれると思います」
「リュエさん、ですよね。私がついていってしまってその……おじゃまでなければ、どうかお願い致します」
「この街を離れる為にしなきゃいけない事、手伝える事があれば言って下さい」
「大丈夫です、全部私が片付けてみせます」
今度こそ、彼女は頷いてくれた。
この街を去るのは今すぐという訳にはいかないだろう。
それでも、彼女は自分の力で解決してみせると言い切った。
ならば俺も、それを信じて待つとしよう。
それに、まだ一つ俺には仕事が残っている。
『少しおかしな相棒』に話をつけるという、大仕事が。
(´・ω・`)そろそろ馬鹿に戻るんだ




