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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十八章

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四百五話

(´・ω・`)本物の最終話+エピローグです

 見えない。探れない。けれども何かが確実にリュエへと迫っていた。


「なんだい、なんなんだい!? 来るな、こっち来るな! 止めろ、あっちに行け!」

「リュエ! 俺の近くに!」

「カイくん! なにかが来る、何かが! 私に!」


 彼女を抱き寄せ、迫ってきているであろう何かを追い払うように睨みつける。

 だが、それも虚しく腕の中にあるリュエの身体が大きく震える。


「嫌だ! 嫌だ嫌だ! いやだーーーーーーーー!」

「リュエ! カイヴォン! どうすりゃいい、どうしたらいい!?」

「シュン、離れろ! 巻き込まれるかもしれない!」

「カイさん、リュエ! なんで、どうしてリュエが!?」


 もう、彼女と刃を交えるしかないのか。

 そう思ったその時、腕の中の彼女が、その頭が強い輝きを放つ。

 それは……小さな二つの髪飾り。

 エルと俺の手を経て、彼女へと渡った羽の髪飾りだった。


「あれ……あれ? なんともない、なんともない!」


 だが次の瞬間、この空間そのものが震えるような絶叫がどこからともなく聞こえてきた。


『アアアアアアアアアアアアアマタオ前ガアアアアアアア! 何度目ダ! 何故ダ! 何故出シ抜ケル! ココは私ノ、私ノモノダ! ジャマダ! ソコヲドケ!!!』


 目の前、空中に色が付く。

 淡い人影が、ぼんやりと現れ絶叫を上げ続けていた。


「そうか……[運命反射]、これのことなのか?」

「分からない……でも、私はこれ、外しちゃいけなかったんだ……」


 青く静かに輝く二つの髪飾り。

 かつて、神が弟子に授けた、運命を越える為の祈りが込められた品。

 ……なぁ、お前はどこまで知っていたんだ、レイニー・リネアリス。

 一瞬、思考がそれた瞬間。それを見計らうようにその人影が消える。


「どこにいった!?」

「何の話だ!? 俺達には何も見えない!」

「今、リュエに跳ね返されたんだよ、何者かが! それが消えた!」

「本当ですか!? リュエは、リュエは無事ですか!?」

「う、うん! なんともない……この髪飾りが守ってくれたみたい……」

「え、本当? 本当に防いでくれたの?」

「うん、エルのお陰で命拾いしたと思う……」

「よかった……本当に良かったです……」


 皆が安堵の声が上げるも、何かがおかしい。

 アレは、どこへいった? もう本当にアイツの所縁の器なんて……。


「……カイヴォン、気配がする」

「シュン?」

「……足元だ。カイヴォン!」

「んな!?」


 その時、足元に置かれていた……グーニャに止められ、使うのを止めた奪剣から……手が生えた。


「ちょ! 気持ち悪! シュンちゃんやっつけて!」

「カイヴォン、悪い!」


 シュンが刀を振り下ろしたその時、剣からさらに腕が生え、それを受け止める。

 足が生える。翼が生える。触手が伸びる。顔が無数に浮かび上がる。

 口が開く。瞳が増える。頭が生える。毛が伸びる。

 膨らむ。伸びる。別れる。枯れる。燃えあがる。

 翼が生える。羽ばたく。


「おい……おいおい……なんだよ、これ」

「……所縁、たっぷりだろそれ。お前、それでなんの力を奪って来た」

「……クソ、一緒にその剣も壊すべきだったか」


 目の前にはもう、剣の影も形も残されていなかった。

 数多の人が。魔物が。物が。

 溢れ満ち、あらゆるものをまき散らしながら空を覆っていく。

 これが……今まで俺が奪って来た物の化身だとでもいうのか。


「都合が良いだろ。これで、本当に殺せる。意思だろうがなんだろうが、実体があるなら殺せる。そうだろ、カイヴォン」

「……ああ、そうだ」


 グーニャに貰った剣を手に、かつての愛剣に切りかかる。

 シュンの言葉に勇気づけられ、リュエも剣を手に並ぶ。

 無数の矢が飛び交い、無謀にもエルもまた剣に挑む。

 ダリアの魔法が炸裂する。

 だが、それらが全て効いているのか分からない。なんの反応も示さずにただそこに鎮座しつづけていた。


「効いていない……いや、苦しんでいる。だが……」

「次々同じ物が生えてくる……おいおい、俺の剣の怨念は取り払われたんじゃなかったのか」


 かつて、セミフィナル大陸でレイニー・リネアリスと関りのある謎の鍛冶職人に、剣を渦巻く怨念を取り払ってもらった。

 だがこれは……。


「中に詰まっていた分……なのか?」


 生えてきた頭には見覚えがあった。

 龍だ。龍神の頭だ。それがこちらを睨みつけ、その口から極寒の息吹を吐き出した。

 瞬く間に凍り付く舞台。そして、一瞬で砕けるこちらの足。


「ガァ! オインク、薬全部ばらまく気持ちでやれ!」

「はい!」


 奪剣につけていたアビリティは回収出来ていない……だが、身体に付与していた[生命力極限強化]だけは生きている。

 だが次の瞬間、俺に付与されていたアビリティが――



システムメッセージ

カエセ



 現れたメニュー画面。そして表示された言葉に悪寒がする。

 消えていた。俺の持つアビリティが、消えていた。

 そして最悪な事に……それは俺だけではなかったようだった。

 一瞬、皆の表情が固まる。それは恐らく、俺と同じ物を見たから。


「待ってください! そんな……そんな! 私のスキルが、どんどん消えていく!」

「ああ!? 私も……魔法が、魔法が使えなくなってる!」

「嘘でしょ……私の数少ないスキルが……」


 しかし、被害はそれだけではすまなかった。

 皆が……俺までもがスキルを失い始めていた。


「……自分の力だけで挑むしかない、か」

「シュン……ああ、分かった。だが回復手段は――」

「私のアイテム、全部使いますから! これ、本当に最後の敵みたいです。この時の為に私のアイテムは眠っていたと思う事にします! 全部、使っちゃいます!」


 そう意気込み、皆で固まり作戦を練ろうとした時、またしてもメールの着信音が脳裏に響く。

 だが今回は俺にしか聞こえていなかったようだ。


「……グーニャ?」


 それは、グーニャから送られたメールだった。


From:Gu-nya

To:Kaivon

件名:見ろって言ったじゃん


また俺の目論見外れてんだけどw

さっさと倒せよ、俺の渡した剣、ちゃんと調べろ。

ソイツは今まで奪って来たお前さんを戒める剣のつもりだ。

もうお前は奪わなくても良い。みんな『貸してくれる』。

奪うなんて悪者みたいだろ。最後くらい主人公っぽく行こうぜ。

みんな力を『貸してくれる』。

だが残念ながら俺にはもう力が残ってない。

こんな魔物だらけの中に閉じ込められて狭苦しいわ。

一人だけだ。お前が仲間を取り込める枠は一つだけ。

俺のおすすめはシュンだな。まぁ……早く倒せよ。




「……本当、作戦練ろうって時にこれかよ。みんな、メールを転送した、確認してくれ」

「……これは、俺が何かすればいいのか?」

「ええと……私にはよくわかりません」

「同じくわかんないけど……あれ、倒せるのかい?」


 剣を見る。そこには、こう書いてあった。


『斬られる事を受け入れる者の加護を得る絆の剣』

『その魂を封じ力と化す』


「誰か一人……なら俺か?」

「そう、なるのか? だが……」


 武器のステータス欄そのものにはまだスロットがあった。

 だが、俺が奪い取ってきたアビリティはセット出来ないし、既に奪われている。

 しかし――


「……奪い返すも何も、名前も効果もなけりゃ関係ない、か」


[       ]


名前のないアビリティが、残されていた。

[怨嗟の共鳴]と[救済]。この二つを合わせたそれだけが残されていた。

 そして……なんの効果もないが、一応セット可能な様子。


「効果なし、か。……シュン、いいか?」

「ああ、やれ。もしもこれで死んでも……恨みはしない」

「どの道、ここで負けたら私達も終わりでしょう。ぼんぼん、シュン、貴方達に託します」


 一思いに剣を振るう。

 すると、グーニャの時と同じような光が溢れ、シュンの身体が剣に吸い込まれていく。



アビリティ効果発動

[最果ての剣聖の加護]

習得の有無に関わらず全ての剣術を発動可能

攻撃速度が15倍になる

シュンの魂を封じて生まれた。


「き、消えちゃった」

「大丈夫だ、一時的に剣の中にいるらしい……」


 だが、気になる事があった。

 ……力を借りる。それは一つだけ。

 だが……シュンのアビリティは、どう見ても今俺がセットしていた空白のアビリティに埋まったように見えるのだ。

 もし、そうなのだとしたら……。


「この空白は複数セット出来た。なら……みんなの力も、借りられるかもしれない」

「なら、私で試して!」


 そのぼやきと同時に、エルが名乗り出る。

 そして有無を言わさず剣の刃を手に持ち、自分の首にあてがった。


「……一か八かだぞ」

「……カイさんになら殺されても良いわ。ヤっちゃって」

「……フッ!」



アビリティ効果発動

[創造の姫の加護]

自身が思い描く通りに身体を動かすことが可能となる

戦いの力を渇望した姫の願いが込められている

エルの魂を封じて生まれた。


「成功した! これなら、これならいけるかもしれない!」

「っ! そうも言っていられないみたいです! 私が時間を稼ぎます、他の力も借りてください!」


 次の瞬間、かつての愛剣から生えた首、竜の姿のそれがもう一つ現れる。

 ネクロダスタードラゴン。その頭が炎を吐き出す。

 ダリアが魔法で防ぐも、その熱はじりじりとこちらの肌を焼き始める。


「カイさん、私もお願いします! これで……力になれるのなら!」

「私もだよ! 守ってもらったんだ……だったら、今度は私が助けになる!」

「……正直、剣を向けたくはないけど、頼む、二人とも!」


 リュエとレイスが、まるで受け入れるかのように両腕を広げ、それを横なぎで一閃する。

 痛みはないのだろう。二人が微笑みながら、剣の中に吸い込まれていく。



[救済の女神の加護]

全ての衝撃を完全に無効化する

ダメージは受けるがその歩みは決して止まらない

リュエの魂を封じて生まれた



[偉大なる母の加護]

場に存在する魔力に応じてステータスが大幅に上昇する

同時にMPとHPにリジェネ効果が生まれる

レイスの魂を封じて生まれた



 一人、また一人と戦場から姿を消す。

 だが、それを寂しいとは思わなかった。

 ここに、みんないる。その存在を何よりも近くに感じることが出来ていた。


「オインク! こっちだ!」

「いえ! 私は回復係、最後に回してください! ダリア!」


 オインクがダリアを呼び寄せ、交代するかのようにオインクが剣の化け物に挑みかかる。

 挑むというよりは、翻弄しているのだろうか。その動きで、確かに相手を攪乱し時間を稼いでいた。


「ダリア、行くぞ」

「……自然と、言葉が出てきます、ああ、やっちまえって」

「……ありがとよ、親友」



[永劫の聖女の加護]

全ての魔術魔法魔導を発動可能になり回復効果が15倍になる

友を思う心が全ての精神系状態異常を無効化する

ダリアとヒサシの魂を封じ生まれた



「……なんだよ、やっぱりそこにいたんじゃねぇか二人とも」


 そして、もはや世界を滅ぼす意思としか呼べない化け物相手に奮闘するオインクの元へ向かう。


「オインク! そのままこっちに飛べ! ……お前の力、俺に貸してくれ!」

「トリは私ですね。ふふ、少し気分がいいです!」

「お前は鳥じゃなくて豚だ! いくぞ!」

「そんなー!」


 すれ違いざまに一閃。彼女の加護を得る。



[救国の聖女の加護]

自身を思う人の数と自身が心から救いたいと望む人の数だけ

ステータスが倍加するわよー。

オインクの魂を封じて(出荷して)生まれた。


「なんでこれだけ口調がらん豚なんだ……だが……」


 最後の加護は、これ以上ないくらい俺に力を与えてくれそうだ。

 この場にいた人間だけじゃない。俺が出会って来た人間だけじゃない。

 俺は、心の底からこの世界を愛している。

 全員が善人とは思わない。だが、それでも俺の愛する人たちが住むこの世界には、その愛する人たちがさらに愛する人も住んでいる。

 俺は……心の底から、それらを救いたい。

 人間は二択。味方か敵かの二択。だから……俺にとっちゃ悪人以外は全員、守るべき味方なのだ。

 それは俺のポリシーであり、こればかりは絶対に揺るぎようがない。


「……はは、これ何倍になっちまったんだよ。画面に入りきらねぇ」


 何万倍か、何十万倍か。もはや推し量る事も出来はしない。

 だが一つ言えるのは――



【武器】 絆剣 グランディア

 世界を愛した神が残した剣

 絆を紡ぎ、心を受け取り真価を発揮する



 この剣が、多くを奪ってきた俺の元愛剣を、完全に超えたって事だろうな。


「これが、俺が最後に奪う物だ。失せろ、お前にこの世界は譲らねぇよ」


 思い描く軌道で、身体が宙を舞い、剣が分裂するような速さで敵を切り刻む。

 炎も氷も、肌を撫でるだけとなり、ダメージは感じない。

 幾千の腕が掴みかかるも、この動きは止まらずに、頭の中も澄み渡る。

 力が漲る。全能を越えた何か。言葉では表せられない感覚に引かれるまま、かつて剣だったそれを、世界を欲したそれを……。


「天断」


 剣を振り下ろし、その波動が全てを飲み込み、光の中に消え、空にまたたく星々すらかき消す。

 そこに残る物もなく、断末魔すら上がらず、そして――周囲の景色が歪み、砕け散る。

 見えていた宇宙は、まやかしだったのだろう。なにもない空間が広がり、そこに漂う何かが一か所に集まる。


「私の世界だ。私がもらい受けるはずだった」

「まだいたのか、お前」


 本当に小さな人影になったそれの言葉が届く。だが……端の方から、消えていくのが見えた。


「世界が欲しい。私も世界が欲しい。なんで譲ってくれない」

「ここに生きる人間だけで、世界は巡る。それで滅びるなら、そいつは運命だ」

「欲しい……欲しい……」

「……悪いが俺は魔王でな。奪った世界を返したりは……しないんだよ!」


 もう一度剣を振るい、剣閃を浴びせると、その消えかけて意思は今度こそ本当に……完全に消滅したのであった。

 静寂が残される。本当の無音。耳の奥がシンと静まり返る空間。

 星空も消え、ただ何もない場所に黄金の舞台だけが取り残される。


「……で、この剣に封じた力ってどうすればいいんだ」


 ぼやいた瞬間、剣が輝き、そこから六つの人型が現れる。

 確認するまでもなく、それは――


「リュエ、レイス! ダリアもオインクもシュンも! ついでにエル!」

「突っ込まんわもう! で、どうなったのよカイさん、私の力役立った?」

「……空が壊れている……やったのか?」


 戻った皆には、外の状況が見えていなかったようだった。


「倒した、今度こそ本当に。たぶんここ、壊れるんじゃないか? 早く大樹に戻ろう」

「やった! 本当に倒せたんだ! ……カイくんの剣は壊れちゃったんだね」


 そう言われ、倒した跡を見てみると、砕け散った俺の愛剣が散乱していた。

 ……その破片を一つ取り上げる。

 何の力も感じないただの鉄片が、ひんやりとした温度を手に伝える。


「……ああ、壊れた。この場所を……こいつの墓標にするさ」

「……お前には、グーニャが残した剣がある。お前は少々強くなり過ぎていたんだ。それくらいが丁度良いさ」

「……だな。あー……でも奪われたスキルもアビリティも戻ってきてるな。剣にはつけられなくても、十分使い道はあるさ」

「お、本当だ。助かった、俺には極剣術しかなかったからな」


 皆が安堵の息を吐き出していると、俄かに今いる舞台が揺れ始めた。

 時間、だろうな。


「みんな、走るぞ! あの大樹の……降りかたは知らんがとりあえず樹液に飛び込め!」

「うぇー! 甘ったるい匂い嫌い!」


 皆で一斉に走り去りながら、黄金の舞台を後にする。

 崩れ始める黄金の柱。そして、まるで作り物の様に崩れる空。

 その瓦礫の最中に……俺は見た気がした。

 ニヒルな笑みを浮かべる、痩身の男の姿を――




「こっちだ、ここに樹液が少ない空間がある。ここから滑り降りるぞ」

「シュンちゃんなんでちょっと楽しそうなのよ!」

「あ、でも楽しそう! 急いで滑り降りよっか」


 潤滑油が塗られたウォータースライダーのような隙間を滑り、大樹の中へと戻る。

 だが、振動は止む気配を見せず、この大樹から天界が切り離されるだけではなかったのかと不安をあおって来る。


「大樹から出る! 次の樹液まで走るよ!」

「分かりました!」

「ひぃ、ひぃ……少し、遅れます」

「ダリア、もう少し運動した方が良い、エルとどっこいどっこいだぞ」

「ふ、ふん……私は格闘家になったもの……ダリア、最後尾任せたわ」

「く……」


 樹木の中を走る。揺れが激しくなっている気もするが、それでも足を止めずに駆け出し、再び樹液の道へ。

 そしてついに――


「なんでだ!? 木から出たのに揺れが止まらない!」

「これは……上だけじゃありません、大陸そのものが揺れている!?」


 街の中は相変わらず無人。だが、確かにその揺れは周囲の瓦礫を崩していた。

 空中にあるこの大陸が地震なんて……。


「……シュン、その辺りにある樹の根を切って、ベンチみたいなの作れないか?」

「ああ、出来るが……ダリアも手伝ってくれたらしっかりしたものが作れる」

「何か考えがあるんですね? わかりました、少し待ってください」


 頭の中で、話しかける。

 ケーニッヒはきっとまだ、セカンダリア大陸にいるはずだ。

 ここに来て欲しいと。俺とその仲間を、大陸の端まで運んでほしいと。


「ッ! 何か来るぞ!」

「剣をしまってくれ。あれは……俺の仲間だ」


 一瞬、所縁のある器にはケーニッヒも含まれるのではないかと不安がよぎる。

 だが同時に、あれは姿を貰っただけだと思い至る。

 ……そういや本体はレイスの身体と一緒に消滅したんだったか。


「あれは!? ぼんぼん、呼び出せるのですか!?」

「ああ、ケーニッヒにここまで運んでもらったんだ」

「うひゃあ……黄金の竜……カイさんの使い魔なの? やばくない?」

「実際ヤバイ。挑もうとなんて考えないでくれよシュン」

「……ああ」


 瞬く間に近くまでやってきたケーニッヒに、俺達を最初に降り立った砂漠、浜辺へと運んでくれと頼むと、初めて見る多くの顔を運ぶことにいい返事をしてくれなかった。

 だが――


「皆、俺の大切な仲間だ。……俺の生まれた時代の、仲間なんだ」

『オインク総帥と同じ仲間であるのですか?』

「そうだ。たぶんこのピンク髪以外はお前と互角に渡り合う程の使い手だ」

『分かりました。それでしたら是非もありません。その木と一緒にお運びします。その花の色の娘以外を運べばよろしいのでしょうか』

「な、なんでよ! お願い私も乗せて! そのうち強くなるから! カイさんやみんなに修行つけてもらうから!」

「ははは、言うようになったなケーニッヒ。エルも運んでくれ、大事な仲間だ」

『心得ております。申し訳ありません、エル殿。戯れが過ぎました』

「……主そっくりじゃない……」




 ケーニッヒに運ばれ、浜辺へと下ろされる。

 皆、セントラルシティ周辺しか見たことがなかった為か、その変わり果てたゲーム時代のマップに言葉を失っていた。


「本当に海がない……空に浮いている」

「ですがこの揺れは一体……」

「まさか……空中崩壊!?」

「え、嘘!? バルス? バルスなの? 逃げよう、早く!」

「……ケーニッヒ。大陸の外から様子を見てくれ、何か異常はないか?」

『御意』


 すると、飛び立ったケーニッヒが大陸の外周に沿うように猛烈な速度で滑空し、あっという間に戻って来た。まさか今の一瞬で大陸一周してきたんですかね?


『主。この大陸……ゆっくりとですが、降下しております』

「な……じゃあ下は、下はどうなっている!」

『相変わらず永遠に続く空です。しかし……このままではどこまでも落ちてしまうのではないでしょうか』

「……住人全員を避難させるのは不可能、か」

「逃げるしか、ないのでしょうか」

「いや……もう敵は倒したんだ。世界をあるべき姿に出来るはずだろ?」

「見て、大樹の上! あれって天界かしら? 消えていく……」

「距離が離れていっている……訳ではなさそうです」


 完全に天界から大樹が離されてもまだ振動は収まらない。

 だが、その振動音に混じり、何か別な音が聞こえだした。


「ゴゴゴゴゴって聞こえてくる……でも……水の音?」


 リュエのその言葉に慌てて砂浜の端、大陸の下を覗いてみる。

 すると、そこには本当に海の姿が見えていた。

 もう一度、ケーニッヒに周囲を見てもらう。すると――


『海が、続いております。空が消え……この大陸が海の上に。いえ、大陸の周囲に海が生まれたような光景でした』

「そうか……実際に大陸が浮いていたのとはまた違うのか……異界化だったか?」


 浜辺が、本物の浜辺になっていた。

 唐突に表れたかのように、何事もなかったかのように、ただ静かに波の音が聞こえる。

 ……世界との繋がりが、元に戻った。そう判断するのには十分過ぎる音色。


「本当に……これで全部終わり、か」

「凄い! 近くの集落に教えてあげようよ! きっと、あの振動でみんな不安だったはずだよ!」

「……そうだな。セントラルシティに戻って、レティシアの家にも伝えた方が良い。この大陸は……もう孤立した世界なんかじゃないって」

「……本当にお隣さんが新しく出来ちゃったわ……この先、まっさきに交流を持つのはセカンダリアよね……うー……頭痛くなってきたわ」


 これからに、皆が胸弾ませ、中には頭を抱える者も。

 ただそんな中……俺は、一抹の寂しさを感じながら……ぽつりとつぶやく。


「……これで、旅も終わり、なのかね」


 そして再びケーニッヒに運んでもらい、俺達は手始めにセントラルシティ最寄りの街に向かい、そして――








 応接室として利用している、屋敷のホール。

 かつては談話室だったその場所で、俺は初老の男性と、以前お世話になった集落の村長さんに頭を下げられていた。


「残念ですが、お断りさせて頂きます。無責任、と思われるかもしれません。ですが、これまで貴方達はこの大陸を独自のやり方で平定してきました。確かに、これから先はさらに広い世界、多くの人間を相手にやっていくことになると思います。もちろん、手伝えることがあればお手伝いさせて頂きます。ですが……俺を代表にするのは間違っています」

「……そう、ですか。私も、きっと不安だったのです。これ以上の世界を私は知らない……」

「我々は、長いこと閉ざされてきました故、臆病になっているのかもしれませぬ」

「……悪意からは、俺が守ります。いえ、俺達が守ります。世界には、想像以上に仲間が多いと俺は思っています。衝突する事もあるでしょう。でも、それは今までだって同じだったはずです」


 ファストリア大陸は、世界に組み込まれた。

 だがその大きすぎる変化に、住人は対応出来ずにいた。

 代表を決めるべき。外部とのやり取りの矢面に立つ誰かが欲しい。

 そんな思いも分かる。だが……それはきっと、俺の役割じゃない。

 オインク辺りがうまい事丸め込んで、その利権を全てかっさらう事も出来るだろう。

 だが、そんなアンエフェアな真似、きっと世界中が許さない。

 無論、サーディスの聖女であるダリアも、セカンダリアの姫であるエルも。


「セントラルシティへの移民の件はどうなっていますか?」

「それでしたら、地方の村から代表が訪れ、一度視察をしたいと。ですが、今は初めて現れた……ウミ? という水に興味が向いており、中々動きが遅く……」

「それは仕方がないかもしれませんね……けど二人とも、なんだかんだで顔、笑ってますよ」

「は! すみません、つい先の事を思うと……」

「はい……私も娘も、街の者も笑顔が伝染しております……希望、という言葉の本当の意味を、この歳になり始めて知った思いです……」


 課題は山積みだ。まだ暫くはこの大陸で、これからの為に俺も働こうと思う。

 それは、今東の街で魔法の授業を開いているリュエだったり、この都市にいち早く移民を決めた周囲の村の人間の護衛をしているレイスだったり。

 俺もその流れに力を貸したいからと、今もこうしてこの屋敷に留まっているのだ。

 幸い、協力者達は毎日ここに顔を出してくれるのだから――






「こんばんはーっと。カイさんやっほ、お水頂戴」

「ん、エルか。今日は早いな」

「船酔いしたって事にしたの。たぶん、あと三日もすれば上陸出来ると思うわ。船長曰く、大陸雲っていうの? それが海の上に現れたから、そろそろこの大陸も見えてくるはずだって」

「そうか。案外、近いんだな」

「ね。それにしても早いわね……もう半年、だっけ?」

「ああ。長いようで、短かった。良くこの短期間で船団を纏められたな」


 そう。大陸が海の上に戻ってから……いや、世界を元の姿に戻してから、既に半年もの時間が経っていた。

 季節は廻り、一年を通して肌寒かったというこの大陸。暦の上では三月に入っているのだが、四季で言うと秋と呼べる気候に変化していた。

 日本を後にしてから、まだ二年半。まだ日本の季節感から抜け出せずにいるのは俺だけの様だ。


「元々、カイさんの出発をガルデウスがバックアップしていたからね。私の船団だって大半がガルデウスの船よ。まぁ、私は特使よ、特使」

「王女様が特使ってのもなんだかおかしな話だけどな」

「まぁね? 私、今じゃ大陸で二番目に強いもの。選ばれて当然よ。民衆の支持もあるんだから」

「果たしてそれは統治者としてのものなんですかね?」


 エルは、養父である父王を看取った。

 そして彼女の思惑通り、メイルラント帝国初の王女となった。

 だが、最初から決めていた通り、ガルデウスに下る形となってしまい、当然反対派からの暗殺未遂や、クーデターも起きたという。

 ……それを、肉体言語で叩き伏せたんだよこの王女様は。


「好戦的な国だからね。案外、人望あるわよ。今だって私のごり押しで船団にうちの国の船も入れた上に特使になったんだもん」

「間違っても戦争を扇動するような事はしてくれるなよ?」

「大丈夫。おりを見て叔父に王位を委ねるわ。今宰相として支えてくれているけど……いずれはね」

「……そうか。そしたらオインクのところにでも行くのか?」

「ううん。まだまだ時間はかかるけど、いつか私の国をキチンとした形で引き渡すことが出来たら……私も自分の足で旅に出るわ。手始めにお隣、サーディス大陸にね」

「ああ、それは良い考えかもしれないな。俺達も……折を見て旅立つさ」


 今はリュエもレイスも、この大陸の為に働きたいと言っている。

 だが、それをずっと続けようとは思っていない事くらい、俺にも分かっていた。


「さてと、そろそろ戻ろうかしら。船室あけたままじゃ誰か来た時大騒ぎになるしね」

「ああ、そうだな。海に身投げしたと思われるかもな」

「なんでよ! じゃ、三日後にね。浜辺に真っ先に接岸するのは私の船だからね」


 そう言いながら、エルは姿を消す。

 そう、エルはテレポではなく、本当に海路でこの大陸へと向かっている最中なのだ。

 毎日夜になるとこうして会いにくるのだが。


「記念すべき最初の来訪者……俺達を抜かしたらエルがファーストコンタクト、か」


 なんだか前途多難だと思える反面、なんだかそれも楽しそうだな、なんて。

 船団の中には、ガルデウス王の側近や、ナオ君に協力した人間もいるという。

 さらに言うなれば、ケン爺も参加しているそうだ。

 ……なら、安心だな。


「……世界は巡る。変化する。これが……望んでいた結末で良いのか?」


 虚空に話しかける。

 世界から消えた神、グーニャ。

 そして未だ残る、自由を取り戻した神様みたいなの。

 まだ、いるのだ。世界意思は消えても、人の中から生まれた英雄は世界に息づいている。

 それは、時には道化師の姿となり、世界を見守る存在となる事もあるだろう。

 それは、古からただ全てを見て、希望を世界に託そうと悪あがきをする事もあるだろう。

 ……たぶん、来てるよな。


「ええ、私は貴方が辿り着いたこの結末に……満天で満点の花丸を差し上げましょう」

「……久しぶりだな、レイニー・リネアリス」

「お久しぶりです、カイヴォンさん。ありがとうございました。本当に」


 屋敷に俺以外がいない瞬間を見計らうように現れたのは、フードを脱ぎ、ローブを脱ぎ、どこか神々しい衣装に身を包んだ友人、レイニー・リネアリスだった。


「……もう、私がなんなのか、お分かりですね?」

「どっちかな……候補が二つある。グーニャの同僚。旧世界の神かもしれないと思ったが……違うな。お前は死にかけた世界意思そのものだ。違うか?」

「……惜しい。でも本質は同じ。私は世界意思の言うなれば残滓。残された意思を宿した人間の成れの果て、ですわ」

「そうかい。まぁ正解って事でいいよな?」

「ふふ、そうですわね。……世界は、人の手に。私はただそれを見守るだけ。いずれは消え行く存在ですわ。けれども……心残りでした。神を名乗る英雄が苦しみ続けていた事を。グーニャと名乗る彼は、決して神と呼べる偉人ではありませんでしたから」

「だろうな。あんなんだし」

「ええ、ですが彼は神を……この世界を解き放つ選択をした神を信仰した神官でした。名を伝えられず、消えて行った彼に変わり、世界をなんとか守ろうともがき苦しんでいた」

「……そっか」

「言うなれば、貴方達の前任者ですわね。きっといつか……貴方達も伝説になり、やがて神話になるのでしょうね」

「おっと、俺はもう伝説の魔王、解放者だぞ?」

「ふふ、そうでしたわね」


 いつの間にか用意されていた紅茶に手をつける。

 もう、術式の中限定ではない。文字通り神の力を持つのだ、この友人は。


「ふふ、心配そうでしたから答え合わせにきましたが……そろそろ私も戻りましょう。世界は人のもの。私はただ、それを見守りながら、貴方達の軌跡を読ませて頂きます」

「なんだ、あの空間の本は全部伝記なのか?」

「ええ、そうです。ふふ、これからも続く物語を、私だけが読み続けられる。贅沢ですわね」


 そう言いながら、レイニー・リネアリスがソファから立ち上がる。


「私はもう、どこにもいません。術式の中にも、いません。ですからたぶん、これが最後ですわ。カイヴォンさん、私、貴方とお友達になれて本当にうれしかったです」

「俺もだ、レイニー。寂しくなるな」

「私はずっと見守っています。私が朽ちるその時まで。ですから……そうですわね、来世というものがあるのなら……また、お友達になってくださいまし」

「ああ、約束する。じゃあ……さようなら、神様みたいなレイニー」

「ええ、さようなら……魔王様みたいなカイヴォン」






 それから、更に時は流れる。

 初めての春の陽気にはしゃぐ大陸の子供達の姿を眺めながら、人の増えたセントラルシティを見渡す。

 屋敷の周りにあった瓦礫も撤去され、小さな家々が立ち並ぶ新しい居住区となったこの場所だが、今もあの大樹が聳え立ち、住人達を見下ろしていた。


「おーいカイくん、そろそろ行くよー!」

「ああ、分かった! 今戸締りするよ」

「リュエ、そんなに急がなくても馬車の時間まで余裕はありますよ?」

「う、うん。ただ、気がせいちゃってね! また、旅に出られるんだもん」


 俺達は、セントラルシティを今日旅立つ。

 大陸の代表として、暫定だがレティシアさんのお父さんが立つ事となり、今ではセカンダリア大陸の南端、機人の力で完成した港町と交易をしつつ、大陸の発展に尽力している。

 そして、俺の代わりに相談役として現れたのは……予想通り、オインクだった。

 日替わりでセミフィナルとこことを行き来して、上手い具合にセカンダリア大陸にまでその魔の手、もとい蹄を伸ばしつつある豚ちゃん。

 元々、ガルデウス王と面識があったこともあり、今のところセカンダリア大陸とはうまくやっていけてるようだ。


「よし、鍵も閉めたし準備OK! じゃあレティシアさん、行ってきます」

「はい! 長い間お世話になりました、カイヴォン殿! また、いつでもいらしてください。私も毎日は難しいですが、週に一度はこの場所の守衛をさせて頂きますから!」

「ふふ、やっぱりレティシアちゃんがいると安心だね。じゃ、行ってきます」

「行ってまいります、レティシアさん。今まで、本当にありがとうございました」


 相変わらず門番を務めている彼女に挨拶をし、乗合馬車へと向かう。

 歩いても良い。だが、船の出向に間に合わないのだ。

 その気になれば、テレポで一気にセミフィナル大陸までは移動出来る。

 だが、そうではない。俺達は旅をしたいのだから。


「目的地はどうしよっか?」

「とりあえず一度、エンドレシア大陸を目指さないかい? リュエの家に」

「あ、それはいい考えです! それなら途中で皆さんにもご挨拶できますし!」

「賛成! うわぁ懐かしいなぁ! どうなってるかな、氷霧の森!」

「温かくなってるかもなぁ……ワクワクしてきた」

「では、行った事の無い道を通りましょう。きっと……まだ見た事の無い場所が沢山あるはずですから」

「そうだねぇ! まずはセカンダリアの港町で……ガルデウスの前にメイルラント……スフィアガーデンにもまた行きたいよね、レイス」

「勿論です!」

「……ああ、本当に楽しみだ」


 本当の目的地のない旅は、終わる事はない。

 けれども、始まりに戻ることで一区切りをつける事は出来る。

 その一区切りで人は、人生を見つめなおし、旅を見つめなおし、これからを見つめなおす。

 再び旅立つか、それともそこを目的地と定めるか、それはその人次第。

 けれども俺は、まだもう少しだけ、この愛する二人と旅を続けていたいんだ。

 二人とも、ごめんな。まだ寿命を得るには早いと思うんだ。

 もっと世界を見て、そしていつの日か……あの小さな森の中の家で――


「よーし! 出発進行! 停留所まで競争!」

「あ、待ってください! 自分で合図して走るなんて!」

「よし、じゃあちょっと本気出すからなー!」


 ぶらり旅は、終わらない。


(´・ω・`)この物語は、これで本当に終わりです。

番外編に後日談を書くことも、もしかしたらそのうちあるかもしれません。

ですが、今はしばらく書籍版の原稿に集中したいと思います。

次回作の構想もだいぶ決まっています。こちらも、そのうち執筆を始めるかもしれません。

四年以上にわたり続けてきましたが、今は一度、この物語をお休みさせて頂けたらと思います。

では、長い間ご愛読ありがとうございました。        敬ぶぅ

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