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四百二話

(´・ω・`)ついに

「こ、これは美味しい! ポーションとはまた違う複雑な香辛料とハーブの配合……焦がした砂糖のようなコクとジンジャーの刺激に、生成用水の刺激……これが、コーラ!」

「そうよー、お風呂上りにこれを飲むのが最高なのよねー」

「私も初めはこのチクチクするのが苦手だったんだ。でももう、この喉越しが忘れられなくてね!」


 なんか、普通にバスローブ着てコーラグビグビしてました。


「あ、みんなおかえりー。先に始めさせてもらってるわよー」

「シュン、これやっぱり美味しいよね! キンッキンに冷やして飲むと最高だよ」

「は! 申し訳ありません、先にお湯を頂いた上に、このような美味しい飲み物まで……」

「あー……何事もなかったなら良いんだ。リュエ、何か大きな音や揺れはなかったかい?」

「ううん、なにもなかったよ。ほら、ここってある意味隔離された場所だからさ」

「あ、なるほど。じゃあとりあえず、こちらの光景をご覧ください」


 そう言いながら屋敷の扉を開け放つと、そこには昨日まであった、瓦礫の続く荒野や寂れた道の姿がなくなり、ただ眼前に大樹の根本、巨大な木の表面が広がっていた。


「え、ええ!? これ、あの木かい!? さっき私が見た時も立派に育っていたんだけど、これはなんだい!?」

「うっそー! ジャックと豆の木なんてレベルじゃないわよこれ!」

「な……な……これは一体……古の民の力は……人智を越え過ぎています」


 温泉って、確か木とは逆方向に面していたから……いや、そもそも外と隔絶されているのか。


「無事、全てのボス格の魔物を倒して、天界への道が開けたんだ。だからレティシアさん、君は街に戻り、行商人やこの辺りを出歩く人間に、決して近づかないように警告してもらいたい。聞けば、君の家は代々この都市の出入りを見張る役割もしていたそうじゃないか」

「私は、この先をお供せずとも良いのでしょうか?」

「はい。この街の解放という役目は、今日で一区切りがつきました。ですが……」


 彼女には、ここで自分の街に戻ってもらう。ここから先は……たぶん、俺達が決着をつけなければいけないから。


「レティシア。今日まで、よく付いてきてくれた。ここからは俺達古の民がつけなければいけないケジメだ。そこに、今を生きる人間を巻き込むわけにはいかない。両親に、お前を失わせる訳にはいかない。分かってくれるな?」

「シュン殿……はい、シュン殿。今日までよくして頂いたご恩、決して忘れません」

「俺も、忘れない。全てが終わったら、また実家の方に顔を出させてもらおう。以前は、挨拶もせずに出て行ってしまったからな」


 俺に代わり、シュンがレティシア嬢を説得する。

 そういえば、何気にシュンとレティシア嬢は仲が良いというか、一緒にいる時間が多かった気がする。

 面倒見が良いんだな、案外。


「では、私は街の住人に注意を促しておきます。このような装備を頂き、それに間近で古の技を多く見させてもらい、私は少しだけ、強くなれた気がします。皆様、ご武運を祈ります」


 そうして、レティシア嬢は変わり果てた道を、大樹に沿うように移動しながら帰路についたのだった。


「ちょっとー? なになに? カッコいいじゃないシュンちゃん。あの子のこと気に入ったのかしら?」

「ああ、気に入った。実直で、信念があり、家族思いの良い戦士だ。ここで、俺達の戦いに巻き込むわけにはいかない。そう、思った」

「そいつには俺も同意だ。彼女には、いや彼女の一族には恩がある。俺達の居場所を、ずっとずっと守っていてくれたんだからな」

「ええ、そうですね。では……暗くなる前に大樹を調べておきましょうか。ゲーム時代と同じならば、どこかに内部へと続く洞があるはずです」

「賛成です。いざ突入する時、入り口がないなんて間が抜けていますしね?」

「……ま、さすがに茶化す空気じゃないって事くらい分かっているわ。ねぇ、これで……最後になるのよね? だったら私……一度戻って、お父様とお話してきたいわ。昨日も今日も、朝から出られるように嘘ついて来ちゃってるし」


 真剣な空気を感じ取ったエルが、その提案をする。

 ……そうだ。泣いても笑っても、これが最後の戦いになるかもしれないのだ。

 俺やリュエ、レイスは旅人だ。だが他の皆は……そうじゃない。

 守るべき人、国がある人間だ。


「みんな聞いてくれ。この調査が終わったら、一度それぞれの国に戻ると良い。エル同様、皆も話しておきたい人、いるよな?」

「……そうだな。それに……俺には一つ気になる点がある。だから、それが済んだら一度戻らせてもらう」

「そう、ですね。一度戻るべき、なのかもしれません。私も、アークライト卿に話しておくべき事がありますから、ね」

「……私も、副長やゴルドに連絡を入れるべき、ですか。ええ、そうですね……少々、夢中になり過ぎていました」


 皆、心のどこかで感じていたのかもしれない。

 この大樹の先、待ち受けている何かとの戦いは、これまでとは違うものなのだと。

 ただの七星との戦いではない。何かが……世界が狂い始めた原因である何かがきっとあるのだと。


 一先ず、大樹の入り口を探す為、それぞれ外を調べ始めた時だった。

 メールの着信音が脳内に響く。


「これは……シュン?」



From:Syun

To:Kaivon:Oink:Daria:El

件名:話がある

後で、レイスとリュエを抜いた皆に集まってもらいたい。

今後について、大事な話がある。

場所は、屋敷に隣接するぐーにゃの工房だ。



 視線の先、前を行くシュンを見やると、どこか申し訳なさそうにこちらを見つめていた。

 二人を抜いて……? 元プレイヤーにしか話せない事なのか?

 その内容が気になるところだが、まずはこの大樹を調べて回る。

 そして、少し回り込んだところに、大きな馬車一台がまるまる入れそうな洞を見つけた。


「どうやら奥まで続いているな。突入は明日、万全の準備が整い、覚悟が出来てからでいいかい?」

「ええ、そうしましょう。ただ……出発は正午にします。もしもそれまでに戻らなくても、恨みっこ無しです。この先は命を落とすかもしれない戦い。皆、死ねない理由があるはずですから」

「……そうよね。もし怖気ついても、恨みっこ無し、ね」

「……ああ、そうだな。俺も……大切な物があるからな」


 洞の前で、そう取り決めをする。

 そうだ。最悪、この先は俺一人でも良い。

 皆は、この世界に残して来た物が多すぎるのだから。

 無論……本音を言えば、レイスやリュエだってこの先には連れて行きたくはない。

 それぞれが内心どんな思いを抱えているかは分からない。だが、それでも一度、屋敷へと戻る。

 そして――


「今日は早めに休むと良い。俺達は一度国に戻るから、カイヴォン達はぐっすり眠ってくれ」

「そうかい? まだ暗くはなっていないけど」

「いえ、確かに早く休んだ方が良いかもしれません……恥ずかしい話ですが、私も少々緊張してしまっているようです」

「気遣い感謝する。じゃあ、俺達三人は先に眠らせて貰おうかな」


 シュンの狙いを察し、俺達は自室へと戻った。

 尤も、俺はすぐに抜け出し、屋敷の外、シュン達が待ち構えている、ぐーにゃの工房へと向かうのだが。




「工房、こんな風になっていたんだな」

「ああ。二人にはバレていないか?」

「ああ、それは問題ない。それで――」

「私達だけを呼び出すとなると、何か重要な話があるのですよね?」

「シュンちゃん。貴方気になる事があるって言っていたわよね? なんなの?」

「……シュン?」


 シュンは、工房にある椅子に腰かけ、俺達の顔を見回した。

 深く息を吐きながら、まるで覚悟を決めたような表情で、語り出す。


「きっと、全部決まっていたんだと思う。俺達がここに来たのも、この大樹を育て、天界へ向かうのも。俺達だけがこの世界に導かれたのには、理由があるんだってずっと考えていた」

「それは……確かに、今の状況は何か大きな流れの中、導かれたような物だとは思います」

「そうですね。カイヴォンが最後にこの世界に現れ、そこから全てが始まり、この流れが生まれ、ここに辿り着いたように思えます」


 それは、まるでこれが最初から決められていたものだという、シュンの考察。

 それは、俺も薄々考えていた。だが、それが今更なんだというのだ。


「俺達は、大げさに言うなら、この世界を救うために選ばれたんだと思う。なら――その後はどうなるんだ?」

「どうなるって……そりゃあその後の世界で混乱を収めたり、それぞれの生活に戻るんじゃないのか?」


 当然のように答える。だがその時、エルが珍しく深刻な声色で語り出した。


「……私、シュンちゃんが何を言いたいのか分かったかも」

「同じく、私も分かったかもしれません。シュン、貴方は私が……ダリアである私の存在を見て……その結論に至ったのですね?」


 話が、見えてこなかった。

 俺もオインクも、シュンが何を言わんとしているのか分からなかった。


「エル。お前の境遇は聞いた。気が付いたら洞窟に囚われていた。そうだな?」

「ええ、そうよ。そして……そうなる前の記憶が私には無い。それに……エルバーソンだった時代も、その前の時だって」

「ダリア。お前は、ヒサシとしての人格が長い年月に耐えられなくなり、変化した人格だと言っていたな。だが……本当にそうなのか?」

「……そう言われてしまうと、はっきり断言は出来ません」

「おい、さっきから何を言っているんだシュン」


 少しだけ、嫌な予感がした。


「カイヴォン。お前は……リュエの近くで倒れていた。唐突にそこにいたが、こうも考えられないか? 『同胞の気配を頼りに、そこへ向かい移動していた』と」

「な……お前、じゃあまさか!」


 そして、シュンははっきりと言った。


「俺達は、この身体の人格に代わり、この運命を遂げる為に呼ばれた存在、意識じゃないのか? この戦いが終わったら……この身体を元の主に返す事になるんじゃないのか?」

「っ! 俺が、俺じゃなくなる!? まさか、俺は俺だ」

「ですが……私は、もしかしたらヒサシの心、人格が消えた結果残った、本来の身体の人格だった、という可能性もあるんですよね?」

「そうね。私も二度死んで、そして今ここにいる。でもそれって、意識、人格が次々に移る事が出来る証拠にもなるじゃない。もしそうなら……全部が終わったら……」


 シュンの話を、ありえないと切り捨てるだけの材料を、俺は持っていなかった。

 薄々考えてはいた。ゲームが終わる瞬間、俺は確かに見たではないか。


『Kaivon:本当、楽しかったよ……吉城』


 あれが見間違いじゃなければ……確かにキャラクターがプレイヤーに宛てたメッセージ。

 つまり……この身体に、本来の人格があるという何よりもの証拠ではないか。


「……だから、どうだと言うのです……」

「オインク?」


 大人しく話を聞いていたオインクが、うつむいたまま声を上げる。


「だから、どうしたと言うのです! 私は、オインクとして歩み、ここまで来た! この記憶も、思いも、信念も! 全て私の身体に刻み込まれています! 例え意識がなくなっても、人格が変わったとしても! 私の人生は、ここに刻まれている! きっと、受け継がれる!」

「っ! ……お前は本当に、強いな。俺は……やはり少しだけ恐い。だが、それを乗り越えなければいけないって、ようやく納得したとこなのにな」

「私は、恐くない。これまでの人生に誇りを持っていますからね。シュン、貴方だってそのはずです。私達は、この世界を全力で生きた。その痕跡は私達だけじゃない、世界に刻まれているんです。だから……今更、怖気つく事なんてありえないんですよ!」


 オインクが、吠える。例え自分の意識が消え、身体から消えたとしても。

 己の意識は刻み込まれ。そして引き継がれ、受け継がれ、世界と共に生きるのだからと。

 ……強いよ、お前さんは本当に。だが……俺は……俺には……。


「俺が、伝えたかったのはそれだけだ。確定ではない。でも、ありえない話でもない。全部飲み込んだ上で……明日を迎えてほしかった。悪かったな、土壇場でこんな話をして」

「……いいわよ。たぶん、大事な事だと思うもの。考える時間はまだあるわ。だから、有り難う、シュンちゃん」

「私は……この件には何も言えません……私はもう、ダリア、ですから……」

「それでも、お前は俺達と共にいる。そこに、ヒサシの面影だって確かにある。何も気に病む必要なんてない。これだって俺の妄想な可能性だってあるんだから」

「……ああ、そうであって欲しい。俺には……まだまだこの世界での思いでが少ないんでね」

「カイヴォン……ああ、そうだろうな。だが、覚悟はしておいてくれ」


 聞きたくなかった、とは言わない。それは起こりえる運命であり、避けられない物だと思うから。

 けれども、俺が愛した二人と、もう会えなくなるかもしれないのはとても、辛かった。

 元の身体の持ち主が、何も変わらず二人と共に歩むとしたら、それは、とても悔しかった。

 そんなこと、あってたまるかよ。二人は…俺、この俺が共に旅した家族なのだから。


「じゃあ……俺達は戻らせてもらう。明日の正午、屋敷に戻る気がある人間は戻ってくれ」

「ええ、わかりました」

「分かったわ」

「……ええ。では、戻りましょう、シュン」


 皆が、戻るべき場所に戻り、一人夕日が差し込む工房に残される。

 真新しい工房。使われた痕跡のない、ゲーム時代の施設故の外観。

 だが、そこに小さな置物が置いてあった。

 ぐーにゃが置いた物だろうか。

 大樹のミニチュアだった。それを、そっと手に取る。


「ぐーにゃ。お前は……どんな気持ちでこの世界で生きたんだろうな」


 置物を戻し、静かに屋敷へと戻る。


「扉……締め忘れたのかね」


 少し開いていた扉をそっと潜り、自室へと戻る。

 ベッドに横たわり、今聞いたシュンの話を思い返す。

 そして……それが正しかった時の事を考え、一人……どうしようもない感情に心かき乱される。

 と、その時だった。扉がノックされる。


「カイくん、起きているならちょっと開けておくれ。お話しよう」

「リュエ? ああ、今開けるよ」


 リュエだった。部屋の外にいたリュエが、パジャマであるナイトドレスのまま立っていた。


「やっぱり私の部屋と同じだね。なんにも置いてないや」

「はは、そのうち置物でも並べようかな」

「ふふふ、私はもう木工品を並べているんだ。今度見せてあげるよ」

「ああ、今度……な」


 一瞬の迷いが、言葉を遅らせた。

 だがその時、胸に小さな衝撃が走る。

 リュエが、彼女が胸に顔をうずめていた。


「リュエ?」

「……カイくんは、今ここのいるカイくんだけなんだ」

「っ! まさか!」

「うん。こっそり、聞いちゃった。私、いやだよ? カイくんが別人になるなんて。姿形が同じでも、それはもう別な人だなんて嫌だ。私を迎えに来てくれたのも、初めて美味しいご飯を作ってくれたのも、全部全部、君なんだ。私が大好きなカイくんなんだ」

「……俺だって、そうだ。愛したリュエを、渡すものか。ずっとずっと、俺の隣にいるべきはリュエ達で、そしてその隣にいるのも俺であるべきなんだ」


 抱きしめる。小さな手で、必死にこちらを抱きしめる彼女を、俺も。

 しばしの静寂。心音を聞かれる。同時に、彼女の鼓動も伝わって来る。

 まるで一つになったかのような、不思議な感覚。

 そして……意を決したように、彼女が告げる。


「……最後かも、しれないなら。私は、今のカイくんと――」

「――寿命は、どうするつもりだい?」

「私は、長命なエルフだから……数年に一度じゃないと……だから――」


 少しだけ震える手を、握る。良いのかと、本当に良いのかと。

 全てを受け入れて欲しいと、今じゃないとダメだからと、拒絶しないで、と、願われる。

 だから……俺は、彼女を――








 星が、無数に瞬いていた。

 腕の中、目を閉じ眠る彼女を、星の光が優しく照らす。

 すると、静かに彼女は目をさました。


「私ね……ずっと、夢見てた。いつか、こんな風に眠って、目を覚ましたらカイくんが優しくみつめてくれて。夢、かなっちゃったよ」

「はは、そうかい?」

「うん。腕の中でもっと余韻に浸っていたい。でも……君はもう行かないとダメなんだ」

「……そうだね」

「もう、決心はついたよね。覚悟を決めたんだよね。なら……行ってあげて欲しい。あの子も、レイスも一緒に聞いていたんだ。けど、彼女は私に『会いに行って下さい』って」

「……ごめん、一人を選べない男で」

「仕方ないよ。私だって、レイスをのけものになんて出来ないもん。さ、行っておくれ。私はこのベッドで、もう少し余韻に浸っているから」


 背中を押されるように、ベッドから抜け出し服を着る。

 そして……最後にもう一度彼女に礼を言い、レイスの部屋へと向かうのだった。




 扉をノックすると、こちらが言葉をかけるよりも先に、入ってください、と言われる。

 扉を開くと、レイスが窓際で、珍しく一人でお酒をたしなんでいた。

 珍しく……か。プロミスメイデンで暮らしていた時は、頻繁に飲んでいたはずなのに、旅に出てからは、あまり一人では飲もうとしなかったな。


「カイさん、こちらへ」

「うん、お邪魔するよ」


 対面するように座ると、すでに用意されていたもう一つのグラスに、琥珀色の液体が注がれる。

 蒸留酒の特有の香りが立ち上り、鼻孔をくすぐる。


「懐かしいですね。こうして二人きりでお酒を飲むなんて」

「ああ、そうだね。本当に懐かしい」


 思い出す。初めて彼女と出会った夜、俺は彼女を選び、二人で夜を過ごした。

 プロミスメイデンにおけるオーナー。客を取らない、孤高の女帝。

 そんな彼女が、俺の誘いにのり、極上の時間を提供してくれたのだ。


「あの時のウィスキーの味は、今でも思い出せるよ」

「ええ、私も」


 暫しの間。それを、先に破ったのは彼女だった。


「私は、貴方を心の底から愛しています。姿ではなく、その普通の人間としての在り方を。若く、未熟で、それでも力への責任を持ち、不器用でも、必死に正しく在ろうともがき苦しむ、真っ直ぐな貴方を。だから、私は今の貴方に……貴方の魂に――」


 立ち上がった彼女が、俺の手を取り立ち上がらせる。

 真剣な、瞳。こちらの瞳の奥を覗き込むような、真っ直ぐで熱い瞳。


「貴方に、私を刻み込みたい。ここに、来てくれると信じていましたよ」

「レイス……全部、知っていたんだね?」

「ええ。リュエは、きっと私の事を思ってくれる。カイさんの最期の楔を壊して……一歩を踏み出させてくれると、信じていました」

「……ごめんな、レイス。不甲斐なくて」

「……いいえ。あの話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのは私達です。今のカイさんに……私達と歩み、守り、愛した貴方と結ばれたいと思ったのは、私達ですから」


 静かに、彼女はベッドに腰かけ、そして――


「先程、シャワーを浴びてきました。安心してください、私はこれからもずっと貴方の隣を歩きます。例え……変わってしまったとしても、共に歩みます。だから――」

「……分かった」


 夜会用の、美しい彼女のドレスに、静かに手をかける。

 深く、息を吸い込まないといけない。

 俺が……彼女に溺れてしまわないように――








「私は……この思い出だけで生きていける程……強くはありません。依存する喜びを知った私は……以前のように、ただ待ち続けるような強さを、もう持っていないんです」

「……俺だってそうだ。君達と離れるなんて、どうやっても考えられないんだ」


 日の光に包まれながら、隣で横たわる彼女は、儚く呟いた。


「だから……諦めないで。もしも貴方が消えたとしても、きっと戻ることが出来ます。私達のカイさんは、誰にも負けません。きっと、自分自身にも――」

「……そもそも、身体をあけわたす事になったとしても、それを断って奪い取ってやる。それくらいの気持ちで、挑もうと思う」

「ふふ、それでこそです。まだ……時間はあります。一緒にリュエのところに行きましょう。最後かもしれないからではなく……これから先の、新しい私達の始まりの為にも」

「正午までまだ時間はあるからね。三人一緒に寝ようか」

「ふふ、はい」


 朝日に照らされた、女神としかいえない肢体がドレスを纏い、そして一人待っているリュエの元へと向かう。

 眠らずに待っていた彼女を、再びベッドに横たわらせ、そして……川の字と呼ぶには隙間がなさすぎる形で、しばしの微睡を味わいながら、静かに――






「もうすぐ正午か。昼食、全員の分を作ったけれど……」

「大丈夫、こんな美味しそうなサンドイッチ、みんな絶対に食べにくるよ」

「ふふ、余ってしまったら私が食べてしまいたいところですが……大丈夫です。残念ながら、一つも余らないと思います」


 正午前。自分達しかいないのを良い事に、混浴温泉として身体を清め、そして集まってくれることを信じ、昼食を作る。

 今日はホットサンド。それぞれが好きな物を無理やりアレンジして詰め込んだ、俺らしくない適当なメニュー。

 まぁ、勿論エルの分は火を通したタイの身が入っています。さすがに刺身を入れる訳にもいかないので。


「……そろそろだな」


 部屋の時計を見れば、長針と短針が頂点を指していた。

 すると――屋敷の中に、四つの光が同時に現れた。

 そう、四つ。全てだ。


「意外……でもないか。来たんだな、エル」

「まぁ、ね」

「お二人も来たんですね」

「ええ。私もシュンも……いずれは、国をただ見守るだけの存在になりますから」

「……私も、完全ではありませんが、もしもの時を考えて出来る事をしてきました」


 皆が、それぞれの決意、覚悟を決めて戻って来たのだった。


「四人とも。おかえり」

「ああ、ただいまだ。カイヴォン、勝つぞ」

「当たり前だ。俺は、俺の思い通りにならない結末なんて絶対にぶっ壊して、望み通りの結末を得るって決めたからな」

「本当に、傲慢ですね? さすがカイヴォン。安心しました」

「当たり前だ。お前の中にある俺は、いつだってそうだったろ?」

「……平常運転、ですね。なら、きっといつも通り勝てます。私達が負けた事なんて、今まで一度もなかったでしょう?」

「そうだな。我らが軍師、いや豚師様がいるなら負けはない」


 軽口をたたき合う。すると、エルが一歩此方に近づき小声で――


「昨日、工房の外に人影が見えたわ。その様子だと……腹くくったみたいね? お姉さん、人生の先輩として凄く嬉しいわ」

「……やっぱお前には刺身サンドの方がよかったか」

「ちょ、なによそのゲテモノ! 嫌よ、そんなの食べるの!」


 敵わんな、お前さんには。


「さて、じゃあみんな揃った事だし、これから昼食を支給するぞー。出発前に」

「おいおい、遠足じゃないんだぞ?」

「遠足だ。どうせ、戻ってこられる。帰るまでが遠足だ。気負わず行くぞ」

「ふふ。そうですね? では、ここはあえて――ドングリ! ドングリはあるの!?」

「ああ、あるぞ」

「おほーっ!」

「え、マジでドングリ食べるの? 私はなに? 刺身サンドなんてこの世の地獄は勘弁よ?」

「残念ながらタイで作った和風ツナサンドだ」

「あ、普通に美味しそう」


 それぞれに、ランチボックスを手渡す。

 ただのピクニック気分で、気負わず、いつも通りでいる為に。


「ピザサンドだ。ホットサンドだからサクサクでチーズたっぷりだぞ」

「感謝する。本当に……お前が作る飯は美味い」

「ダリアは麻婆豆腐風の挽肉入りホットサンドだ。豆腐はさすがにな?」

「ありがとう御座います。豆腐はそのうち国で生産を始めますから、いずれ技術指導に」

「エルはさっき言った通りの和風ツナサンドだ。お前だけおにぎりって案もあったが」

「いいわよ、みんなとおそろいの方が嬉しいもの。それに、ちょっと楽しみ」

「オインクはサンドイッチというよりフレンチトーストだ。ドングリグラッセ入りの」

「おほーっ! ……お気遣い、感謝します。食べるのが楽しみです」

「はい。リュエにはお馴染みパンアイスだ。デザートみたいだけど、これもパンだからね」

「やった! 私はね、初めてこれを食べた時、本当に美味しくてびっくりしたんだ」

「レイスは、トマト煮込みをサンドしようと思ったけど……ステーキサンドにしました」

「あ……お恥ずかしい……ありがとう御座います、カイさん」


 みんなの好物閉じ込めた、簡単な、けれども気合を入れた昼食。

 これ食って、最後の戦いに挑みましょうや。


「ねぇ、カイさんの中身はなに?」

「俺か? フォアグラのソテーと大トロのステーキ」

「はぁ!? なによその頭悪い贅沢なチョイス!! それ、同じの私達にも作ってよね!? 絶対に今日の夕食で!」

「ああ、約束するさ。今日の夜、絶対に作るから」


 エルの無邪気で、当たり前な怒りの言葉が、俺達の最後の決意を固めてくれる。


「……行くぞ、今日で終わらせる。俺らがこんな事を言うとおかしいかもしれないが……この世界を救うとするぞ! 遠足のついでに!」


 そして屋敷を飛び出し、最後の決戦の地、大樹の洞へと出発するのだった。


(´・ω・`)ノクターンでやろうとおもいましたが、さいごのさいごで別な事するのも嫌なのでこのような形にしました。

らんらん古い人間だから、ヒロインとは最終決戦前に結ばれるものだって思ってます。

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