三百九十九話
(´・ω・`)おまたせしました
【Name】 エル(メリア・メイルラント)
【種族】 ヒューマン
【職業】 神官(31)/なし
【レベル】78
【称号】 帝国第一王女
世界を描く者
【スキル】回復魔法 神聖術 光魔術
【装備】
【武器】 素敵なステッキ
【頭】 新緑のピアス
【体】 修練の法衣
【腕】 癒されそうなブレスレット
【足】 修練の絲鞋
【アイテムアビリティ】
[取得経験値+20%]
[取得経験値+5%]
[取得経験値+10%]
[回避力-5%]
[MP自動回復(極小)]
[取得経験値+15%]
[回避力-10%]
【カースギフト効果】
[取得経験値+50%]付与
【サクリファイス効果】
[ダメージ転換] 対象者:カイヴォン
完全なる育成特化装備となったエルを引き連れ、手始めに元居住区、瓦礫だらけのこの区画を見て回り、蔓延るゴブリン達を駆逐して回った結果、やはり装備やアビリティの効果もあり、わずか一時間たらずで四〇レベルからここまで成長していた。
「ハアアアアアアアアアアアアアアン!!!! イダイイイイイイイ!!! ゴブリンなら大丈夫って言ったじゃない!!!」
「あ、あの……エル殿は大丈夫なのでしょうか……」
「大丈夫大丈夫。昨日に比べたら全然マシな方だから。ほら、そろそろ収まっただろ? 次の区画行くぞ、一応ボスっぽいのがいるから覚悟するように」
「ひぃ……ひぃ……スパルタすぎない……? かき氷一気に食べた時の一〇倍くらい痛いんだけど……」
「あ! かき氷なら知ってるよ! そういえば最近アイス食べてないなー」
「うう……無邪気なリュエっちだけが私の癒しよ……」
「しかし声が大きいな。これでは魔物を引き寄せる。リュエ、沈黙の魔法をエルに……と思ったが、それじゃあ魔法が使えないか」
「シュンちゃんが鬼畜すぎる件。いいわよいいわよ、もう少し我慢するわよ」
危険地帯だと言うのにこの調子。いや、ある意味安心感の現れでもあるのだが。
「さすがに可哀そうですが……変わってあげることも出来ませんからね……」
「いいのよ……レイス。貴女の優しい言葉だけで私はこの苦しみに耐えられるもの」
「なーに感動的なシーン気取ってるんですかね。ほら行くぞ行くぞ」
「はーい」
朽ちた住宅街を粗方散策し終わり、隣の区画、NPCが営むショップが密集する区画へと向かう。
その途中、住宅街の中央、即ち俺がグランディアシードを植えた場所に差し掛かったのだが――
「うーん、やっぱり芽はまだ出ないね。これが大きくなるのって何百年も先になっちゃうんじゃないかなぁ」
「普通に考えたらそうなるね。だが……何か仕掛け、条件があるように思えるんだ」
「確かに。これを植える事が条件になって世界の機能の一部が解放されたなら、他にも何かギミックがあってもおかしくはないだろうな。まぁ、今は放っておくしかないが」
ダメ元で、この種にアビリティを付与出来ないか観察してみる。
だが残念ながら対象にはならないようだった。
ううむ、せっかく[生命力極限強化]でも付与して実験しようと思ったのに。
諦めて、大人しくショップエリアへ移動する。
「うわ懐かしい……ここよく私が待機放置してた場所じゃない? ここで放置してると二日に一回はイラストの依頼があったのよね」
「外部掲示板じゃ守銭奴って言われていたよな」
「いいのよ、どうせただのエロガキの難癖だもの。ふふん、私は誰がどんなイラストを依頼したのか全部把握していたからね、私には逆らえないのよ。例えば大手チームのマスター、人格者で有名な彼なんて、相方のロリキャラが全裸で縛られた――」
「おっとそこまでだ。性癖暴露はさすがに可哀そうだ」
やだ、この人超おっかない。逆らわんとこ。別に俺は依頼してないけど。
「馬鹿な話はそこまでにしておけ。さて……どうやらここにはゴブリンはいないようだが、明らかに違和感のある岩が鎮座しているな。警戒を怠るなよ」
下らない雑談をしていると、その懐かしの区画に不自然な程大きな岩が陣取っていた。
どう見ても、これは魔物が擬態している姿だろう。
「気を付けてください! これが、強力な魔物です! 時折住宅街にやってくる魔物……つまり、先代の仇でもあります!」
「ん、そうか。なら――止めはお前さんに譲ろう。カイヴォン、リュエ、レイス。ここは俺に任せろ。エル、お前は適当に魔法でも撃って手付けをしておけ」
「ひゅー! カッコいいシュンちゃん!」
「な……剣の攻撃はその相手には――」
瞬間、シュンの姿が掻き消え、まだ戦闘態勢に移る前の岩の上に立っていた。
「回避が低そうな敵で幸いだ」
次の瞬間、鞘から抜かれた刀が無数に光を反射し、硬質な音があたりに響き渡る。
「……練度が違うってのはこういう事か。今見えたのは――」
「“滅甲刃”が四回。“重鋼剣”が八回。“足断”が九回。“魔瘴連”が三回。酷いねぇ、こんなの弱体魔法の仕事うばっちゃうようなものだよ」
「え、ええと……全部、剣術だったんですか……?」
防御ダウンを四回。攻撃力と攻撃モーション速度低下を八回。移動速度低下を九回。魔法防御低下を三回。まさに一瞬でこのボスクラスの敵をクソザコナメクジレベルまで弱らせたのだ。
「こんな物か。エル、早く魔法を。レティシア、エルの魔法の後は好きにしろ。こいつはもう……ただの土くれも同然だ」
「な……何が起きたのですか!? 古の民はここまでの力を!?」
「はは……あいつはちょっと特別。……マジでよくアレに勝てたな俺」
その後、エルの小さな光の魔法一発で大きくよろめいた岩の魔物に、レティシア嬢が切りかかり、本当に信じられない程あっさりと粉々に砕け散ったその巨体に、彼女もポカンと呆気にとられたような表情を浮かべていたのだった。
「まさか……本当に私の手で……? ……シュン殿、ご配慮誠に感謝致しま――」
「ギャアアアアアアアアス!!!! いだいいだいいだいいだいいだい!!! もうやだー!」
そして、案の定急激なレベルアップの反動で、地面をのた打ちまわるエルでありましたとさ。
「はぁ……はぁ……もう許して……暗くなってきたし……今日はもう、ね?」
「そうですね、こうも暗くては不意打ちに遭う可能性も出てきますし、私も家に戻るのが難しくなってしまいます。エル殿もかなり憔悴しているご様子ですし……」
「ふむ。そうだな、初日としては十分の成果だと思う。カイヴォン達は先にホームに戻っていると良い。俺はレティシアを東の門まで送って来る」
「了解。じゃ、先に上がらせてもらいます、レティシアさん。明日以降はどうしますか?」
「問題ありません。明日は正午頃にそちらへ伺いますね」
「わ……私はもしかしたら明日は休むかも……夕方にどうするかメールするわね……」
シュンとレティシア嬢と別れ、あまりにもフラフラなエルを背負い帰路につく。
……軽いな。ちゃんと食ってるのかこいつ。
「はぁ……ずっとこうしていたいわ。お姫様抱っこだとなおよし」
「調子に乗るんじゃない。そして順番待ちするんじゃありません」
「えー」
「えー」
悪ノリするリュエとレイスに笑いつつ、居住区国に戻った時だった。
中央を通る時、耳元でエルが大きな声を出す。
「カイさん止まって!」
「ちょ、耳元でなんだ!?」
「それ、それ見て! その種植えたとこ!」
「ん?」
「あ! カイくん見て! 小さな苗木みたいになってる!」
「まだ芽すら出ていなかったのに……これはどういう事なのでしょうか」
「ね? ね? よく気が付いたと思わない? 褒めて!」
「ああ、はいはい偉い偉い。しかし……何がきっかけだ?」
そろそろ日も暮れる時間。満足に観察も出来ないからと、一先ず屋敷に戻る。
「これは、一度オインクとダリアにも報告だけしておくか」
「その方がいいと思うわ。じゃあ、私は今日のところは戻るから……また明日、調子が戻っていたらね」
「ばいばいエル。しっかり休んでおくれよ」
「おやすみなさい、エルさん。お大事にしてください」
「ありがと、二人とも。ほらカイさんも何かない?」
「ああ、おやすみ。しっかり食って寝るんだぞ。歯磨けよ。宿題やれよ」
「おっさんか! ネタが古いわ!」
そのツッコミと共に消える。なんとも調子が狂うというかなんというか。
お前さんこそ……そのツッコミが出るって事は知ってるんだよな?
「それにしても……なんで育ったんだ?」
「うーん……成長期かも? 明日の朝の様子を見てみないと判断出来ないけど」
「そうですね……もしも先程から急激に成長をし始めたとしたら……」
「じゃあ、また明日……になるのかね」
一端保留という事となり、この日は大人しく就寝する事にした。
なお、シュンは戻ってこなかった模様。まさか……朝帰りかアイツ。
翌朝。朝食の準備をしていると、申し訳なさそうにシュンが戻って来た。
「よう、昨夜はお楽しみでしたね」
「悪かった。レティシアを東の町の実家まで送って行ったら捕まってしまった。夕飯を食べろから始まって、風呂に入れ、泊って行けと。どうやらこの屋敷の主ってのは相当大きな意味を持っているらしい。あそこまで必死に頼まれると、断れなくてな」
「ははは……お前の場合見た目が子供だしな。それもあったんじゃないか?」
「ありえるな。不本意だが、こういう経験は一度や二度じゃない。お前が羨ましいよ」
「まぁな。ところで……帰って来る時に中央、あの種を植えたところ、見てきたか?」
「いや、通ってないな。なんだ、もう伸びているとでも思っているのか? そんなどこぞのドングリの木じゃあるまいし」
ああ、なるほど。夢だけど夢じゃなかった的な。
だが、事実として昨日の夜見た光景をシュンにも伝える。
「……暗がりで見間違えたって訳でもなさそうだな。分かった、確認に行こう」
昨日この地区の魔物を駆逐し、さらに隣の区画のボスらしき岩の魔物を倒した影響だろうか。
少し前まで何かの気配や物音がしていたはずのこの場所が、シンと静まりかえっていた。
早朝故の気温の低さや周囲の景色も相まって、とても寂しいと思える光景だ。
「な……本当に育っているだと!? 芽じゃなく苗木だぞこれは」
「ふむ……昨日見た時と変わらないな。俺達も昨日ここを通った時にはもう苗木になってたんだ」
「そう、そうなんだよ。でもね、もし急激に成長をし始めたなら、一晩でさらに大きくなると私は思っていたんだけど……」
「変わりなし、ですからね……何か条件があるのでしょうか?」
そう、そうなのだ。何かのはずみで急激に成長したのなら、その原因を突き止め再現出来れば、そう遠くない未来に大樹へと至るのではないかと思うのだ。
「……なるほど。俺達の昨日の行動に秘密があると考えているんだな?」
「そういう事。俺としては、昨日隣の区画のデカい魔物を倒したことが関係してるんじゃないかって思ってる」
「あ、確かにそうですね。この場所でゴブリンを倒している間は、特に変化はなかったと思いますし……」
「そうだ! レイス、魔眼魔眼。この周囲を見てみておくれ」
「あ! そうですね、私としたことが」
輝くレイスの目。そして――
「これは……昨日の魔物がいた方角でしょうか。大きな魔力の流れが一本、この場所に向かって伸びているみたいです」
「ビンゴだ。こりゃ他のボスも全部倒しちまった方がいいな、早々に」
「ああ。だがエルの育成も同時にしておきたい。昨日だけで八〇近くまで上がったんだろ? それに、今ならサブクラスも設定出来るかもしれない。ただ倒すんじゃ勿体ないだろう?」
「急がば回れ……か。そうだな、もしもエルが俺達並に強くなれば出来る事も増えるか」
これで、また一つ先に進める。なんだか、最後の瞬間へと着実に進んでいるような気配に、少しだけ……身体が震えた。
屋敷まで戻ると、何やら中から物音が聞こえて来ていた。
外からは俺達以外、勝手に入る事は出来ないはずだ。もしかしてオインクやダリアだろうか?
扉を開けると、奥の台所でエルらしき人物が鼻歌混じりに何かをしているのが見えた。
「あ、おかえりー。ご飯にする? お風呂にする? それとも……た・わ・し?」
「ああ、洗い物してくれていたのか。どうしたんだ、こんな早くに」
振り返った彼女の手にはたわしが握られていた。
そういえば朝食を作ってる最中だったな。
「渾身のボケを無視しないで欲しいわ。いえね、今朝起きて女中に身支度をお願いしたんだけど、昨日の影響か私、凄い顔してたみたいなのよ。まるで死にかけの病人みたいな。だから大慌てで今日の予定は全部キャンセルされて、さっき治癒術師に今日は一日部屋で休んでなさいって厳命されちゃったのよね。オインクからもらったエリクサー飲んだら復活したけど」
「なるほど……なんなら本当に休んでもいいって言いたいところなんだが――」
先程の仮説、ボスの討伐が苗木の成長に影響している可能性を説明する。
「あー……じゃあ今日も頑張らないといけないのよね……ほら、昨日のボス倒して私のレベル結構上がったし、さすがに今日は少しくらいマシになっているわよね……?」
「かもな。それよりサブクラスの設定についてそろそろ考えよう。もう神官も三〇を過ぎていただろ?」
「あ、それね。私イマイチどれが強いかとかそういうの分からないから、おまかせでいいかな?」
「神官と相性が良いのは『魔術師』『魔法師』『魔導士』だ。だが後衛は正直ダリアとレイスで十分すぎる程だ。なら前衛としてのサブクラス『堅牢騎士』『騎士』があげられるが、正直それはリュエの『聖騎士』の劣化でしかないからおすすめは出来ない」
「さらに言うと『付与術師』で補助メインにしようにも、オインクの付与術は恐らくこの世界でも抜きんでているだろうし出番がないだろうな」
……あれ? エルの役割ってどうすりゃいい?
求められる上位の回復魔法は神官の段階で事足りるし……。
「私いらない子なの? 泣きたくなるんだけど?」
「もう一つあるぞ。実用性というか浪漫枠になるが『拳闘士』や『格闘家』を入れる。まるで武闘派のモンクみたいなイメージだ。実用性はイマイチだが、ソロ向けのビルドだったか」
「ああ、そういえばそんなのもあったな。拳闘士の装備なら俺もサブクラスが拳闘士だし余ってるぞ。どうだ?」
「身体が武器って訳ね……護身術みたいな物もいつかは身に付けなきゃって思っていたし……いいわね。だったら私は格闘家になろうかしら? ほら、寝技とかもありそうだし」
という訳で、我らのチームに新たにモンクっぽい何かが誕生する事になりそうです。
ちなみに格闘家のサブクラスを得るには、都市の中にある道場のご神体に触れる必要がある。もしもゲームと同じ条件ならば、どの道探索を進める必要があるのだが。
「……道場がある区画は結構離れてるな。レティシアさんが来たら早速向かおう。北の外れにあったはずだ」
「なるほど……格闘家になるのでしたら、私も訓練のお相手が出来るかもしれませんね」
「あれ? レイスって魔弓闘士と再生術師じゃないっけ?」
「ふむ、そのはずだが」
いやいや、そうじゃないんですよ。うちのお姉さんはシステムではなく、純粋に格闘術を修め実戦で使っている生粋の戦士なんですよ。
それを伝えると、俄然シュンが興奮し――
「後で俺と組手だ。俄然、興味が湧いてきた」
「え、あの……」
「シュン。エルが優先だからな」
このバトルジャンキーめ。
「そうだ、苗木の事、オインクとダリアに連絡しておくか」
「そうだな。ついでにオインクには格闘家の装備も用意しておくように伝えておくと良い」
連絡を入れるが、すぐに返事は戻ってこなかった。
時間的に、会食や会合の最中なのかもしれない。
ともあれ、こちらも一先ず朝食の準備を再開するのだった。
「うう……朝食食べてこなきゃ良かった……体調が悪そうだからってパン粥と野菜スープだけでお腹いっぱいにしてきちゃったのが恨めしい……」
「昼食は探索中でも食べられる物にするから、あんまり凝った物は作れないが……一応リクエストは聞いてやるぞ」
「ピザで」
「なんでシュンちゃんが言うのよ! なら私天むすが食べたい! エビのやつ!」
「……揚げ物か。まぁいいか、了解した。シュンは少し自重しろ」
「くっ……長年上品な食事を摂って来た反動なんだ、大目に見ろ」
「テンムスってなんだい? 教えておくれよ」
「テンムス……なんだか強そうな名前ですね……」
なんだかズレた天むす談義を繰り広げている様子を見ていると、屋敷の扉がノックされる。
やはり現れたのはレティシア嬢。昨日譲った鎧を身に纏った姿だ。
「お待たせしました! レティシア、ただいま参上しました」
「いらっしゃい。なんだかシュンが世話になってしまったみたいだね」
「いえ、こちらこそ両親が無理を言ってしまい……今朝見送りが出来ればよかったのですが」
「おおかた、こいつが書置きでも残してこっそり出てきたんだろう」
「あはは……そのようです」
レティシアさんも来た事だからと、俺もぱぱっとテンムス、もとい天むすを仕込み、出発の準備をする。
今日の目標は街の北にある道場へ辿り着く事。そしてエルのサブ職業の設定だ。
マップを見る限り……どのルートを辿っても最低三体はボスクラスの魔物と戦う事になるが、エルは耐えられるだろうか……。
「はい、じゃあ今日はエルを先頭に進軍したいと思います。神官の技に『聖者の行進』ってあるだろ? 昨日覚えたはずだ」
「あ、ほんとだ。ええと……『遭遇したモンスターの行動速度一定時間低下させる』か。いいわね、これなら手付もかねてくれるし」
「昨日、結構エル討ち漏らししてただろ? 今日は完全に経験値が入るはずだ」
「なるほど……レベルは八九だし、昨日みたいにバカスカ上がったりしないわよね……?」
「喜べ。道中にボスが二体、道場に一体。どうあがいても頭痛地獄だ」
「やだー!!!」
「ふふ、なんだかエルがいると楽しくなっちゃうねぇ」
「確かに明るくなりますね。なんだかカイさんの仲間と言われると、最初はどこか近づきにくそうな印象がこれまでありましたが……エルさんは凄く仲良くなれそうです」
まぁ確かに豚ちゃんもあんな立場だし、ダリアは聖女だし、シュンも同じく。
だがエルだって王女なんだがなぁ……ただのアホ娘にしかみえないんです。
こいつ、ゲーム当時の年齢ってたぶん二〇いってなかったはずだし。
昨日通ったショップ区画を北に抜けると、運河に出る。
この川沿いの道でも露店を開くプレイヤーや、ホームを持たない生産職が使える共有工房やアトリエがあったのだが、今ではそういった建物の殆どが魔物の巣となっていた。
さらに悪い事に、この流れる運河から水棲の魔物も襲い掛かって来るという有り様。
明らかに、昨日までとは比べ物にならない危険な行軍となっていた。
「ひい! また出た! レティシアちゃん守って!」
「はい! くっ、邪魔だ!」
「おー、魔物の集団をいとも簡単に弾き飛ばした」
「……カイくん、戦ってあげようよ」
「今日は二人に頑張ってもらいます。さすがにそろそろ戦い方というか、心構えを持ってもらわないと」
「そうですよね……あの、一応すぐに対応出来るように狙いは付けておきます」
「分かった。リュエも、回復の用意だけは頼むよ。シュンは……なんで川に浸かってるんだ」
そして戦闘が終わる。レベル的にはそろそろ一撃で致命傷を受けるような事はなくなっているはずだが、やはり神官の技だけでは攻撃手段に乏しく、必死に杖で殴り飛ばすという格好の悪いスタイルに落ち着いていた。
「うう……ひどくはないけど頭が重い……これだけ倒してやっとレベルが一上がったわ」
「いやいや、戦闘一回でレベル上がるとか普通ありえないからな。けど、結構戦えてたじゃないか。そろそろ武器代えるか? 少し経験値は減るが火力は出るぞ」
「うん、そうする。これって結構なレア武器だと思うんだけど……これで叩いてもねぇ?」
『素敵なステッキ』ふざけた名前だが、経験値が上昇する効果を持つ神官用の短杖だ。
そいつの代わりに、オインクから預かっていたもう一つの杖を渡す。
今のレベルならそろそろ装備出来るとは思うが――
「趣味悪……私これで殴るの?」
「もはや鈍器というか拷問器具だよな。一応そのレベル帯じゃ最強の武器だぞ」
『獄杖テラーヘッド』
『地獄に落とされた悪人の頭蓋を貫く悪魔の棘を頭ごと杖にした』
『攻撃の際、時折叫び声が聞こえるという』
「……ねぇ、もっと強くなったら他の武器くれるんだよね? 私いやよ……これ」
「正直俺もどうかと思う。あとレイスが本気で恐がってるから近寄らないでやってくれ」
「うう……」
その後も、昨日とは比べ物にならない頻度で敵と遭遇するも、オインクからもらった杖の力もあり、次々と撲殺していくエル。
そして本日一体目のボスの前まで辿り着く。
「川を渡る為の橋を陣取るか。弁慶のつもりかね、あいつは」
「ふむ。ハイオークの一種だが、体格が随分とほっそりとしているな。本当に侍みたいだ」
「おい、刀を構えるんじゃない。一応エルの手付が済んでからだ。聖者の行進はボスには効かない」
侍的な外見に、刀使いのシュンがうずうずしていました。
が……俺の目から見ても、こいつは昨日のボスよりもだいぶ強そうに見えた。
【Name】 色欲のカイザーオーク
【種族】 ハイオーク変異種
【レベル】 311
【称号】 雌喰らい
【スキル】 絶倫 淫毒 催淫 極剣術
Oh……これは見事な女の敵。
エルに任せるのはちょっとやめたほうがよさそうだ。
「はぁ……はぁ……ちょっと行ってくるわ……」
「早速催淫されてんじゃねーよ! リュエ、耐性アップの魔法」
「はいほい! やっと私の出番だね」
「どうやら私には効かないみたいですね……レティシアさんは……」
「彼女は鎧の効果で無効化されるね。あれ、はっきりいって俺の使ってる鎧と同じくらい高性能なんだ」
「はぁ……はぁ……は!? ちょっとあれなに!? えぐいんだけど!」
「……エル、手付したら下がれ。というか全員離れろ。俺とカイヴォンでやる」
「だな。こっち、女性比率が高い所為でアイツちょっとやばいことになってる」
遠目からでもね、アレがナニな状態なんですわ。天を貫いてるんですわ。
すると、エルから昨日よりは勢いのある光の矢が飛び、それが見事――股間に直撃した。
「乙女に恥かかせたんだから当然の報いよ! シュンちゃん! カイさん! やっておしまいなさい!」
「はいはい分かったよ黄門様」
橋の上で蹲る哀れなオスを、一太刀で終わらせる。
確かに強いが……それでも相手が俺やシュンだとどうしてもこうなってしまうのだ。
「ぐぶぉおおおおおおおおおおおおお! 久々に来た! あだまわれる!! われぢゃう!!」
そして本日一回目の絶叫。
「……ふぅ、段々癖になりつつあるのが恐いわ……私ってM気質なのかしら……」
「ほらほら、さっさと次行くぞ次」
「ストップ。アイテムドロップだ。俺のログにはあるんだが、カイヴォンにはないのか?」
「ラストアタックボーナスだろ?」
「なるほどな。……俺は使う事はないだろうな」
するとその時、アイテムトレードの申請が。
なんだ? 直接手渡せば良いだろうに。
『催淫精力剤』
『女性男性共に絶大な効力を発揮するご禁制の秘薬』
『一晩ではその興奮は終わらない。激しい夜の強い味方』
なんてもん送って来やがる。
「ノーコメント」
「おま……くそっ! 貰っておく!」
いつかな! いつか!
運河沿いの区画を通り過ぎたところで、次の区画。
『闘技場前広場』に辿り着いた俺達は、ここのボスが待機しているであろう闘技場には入らず、一先ず魔物がいない建物、恐らく飲み屋か何かだった建物で休憩をする事に。
「帰ったらお風呂入りたい……ナニとは言わないけど汚れたわ」
「ああ、そういえば屋敷にはお風呂もついていたっけな、結構デカイの。備え付きのシャワーで済ませてたわ」
「ふむ。ああ、さっき催淫されてぬ――」
「ふんぬ!」
「ぐは!」
「今のはシュンが悪いと思うな」
「はい、シュンさんが悪いです」
「だな」
空き瓶の全力フルスイングを食らって轟沈。君最近ゲーム時代の性格がちょいちょい出てき過ぎではないでしょうか。
……さすがにデリケートな話題でいじるのは気が咎めるんで。
そんなこんなで、とりあえず昼食タイム。今日はエルのリクエスト通り天むすだ。
幸い、水道そのものは生きているらしいので、手洗いうがいも完璧。
食器をお借りしつつ、熱中症対策なレモネードも。
「おー! 分かってるわねカイさん。そう、この尻尾が上に飛び出てるのが大事なのよね! それに海苔の巻き方も完璧よ! ていうか海苔なんてあったの?」
「あるぞ。乾物全般はセミフィナル大陸で購入してあるんだ。過去の解放者が広めた物だ」
「ああ、もしかしてアギダルか? 俺もいつか行ってみたいな」
「おすすめしておく。宿も良い感じだ」
天むすを一口。うむ、アイテムボックス様々だ。まだ尻尾がサクサクしてる。
天つゆの味も良い感じだ。
「美味いな。あまり和食は日本にいた頃食べなかったが」
「そういやお前、俺とダリアと居酒屋行ってもいつも洋食ばっかり頼んでいたな」
「今どきの若者だったからな。お前達みたいにアラサーじゃないんで、僕」
「二つしか変わらんだろうが!」
「くく、今じゃ俺の方が遥かに年上になっちまったがな。……本当、美味いなこれ」
「カイくんとシュンって本当に仲良かったんだね? なんだかちょっと意外というか」
「まぁ、俺達の再会が再会だったからな。けど、俺とカイヴォンは元々一緒にいる時間は割と多い方だったんだぞ」
「そうよねー二人とも戦闘メインだったし、二人で外部のコミュ? に参加してレイド戦とかしてたし」
おむすびを食べながら、昔の思い出に浸る。
本当におかしな感じがするが、これもこれで、中々に悪くない。そう、思えた。
「カイヴォン殿は料理が上手なのですね。これは……本当に美味しい」
「お口に合ってよかった。本当はお茶の方が合うんですけどね、今日は沢山汗をかきましたし、塩分と糖分を補給出来るレモネードにしました」
「いえいえ、これも美味しいです。レモネードにしては……ハーブの香りもしますね」
「ええ。ミントを薄い塩水に一晩漬けこんで、それを使ってレモネードを作っているんですよ」
「ほほう! 我が家ではポーション作成の為に代々大量のハーブを育てています。是非、真似をしてみたいと思います」
ゴーストタウンで交わす会話としては、少々場違いな気もするが、なんだかいいな、こういう日常って。
「ごちそう様。エル、満足してくれたか?」
「大満足! はぁ……やっぱり美味しいわぁ……お米」
「食べ物の好みが俺と近いな。ちらし寿司やらおにぎりやら」
「ま、うちって古い家柄だったから、和食が多かったのよね。ちなみに結婚するなら板前さんがいいなって思ってました。エルバーソンの時の旦那はスフィアガーデンの料理人だったわ。という訳でカイさん、結婚しない? 私あれよ、幻の存在と言われている『床上手な処女』よ?」
「だからやめろって。そういう冗談が通じない娘さんがいるんです」
「冗談じゃないんだけどなー」
レイスさんの笑顔が恐いんです。リュエの慌てる顔が可哀そうなんです。
……そうか、実在したのか! ってやかましいわ!
休憩を終え、闘技場へと向かう。
道場に向かうのなら無視しても問題ないのだが、もしも苗木の成長にボスモンスターが関わっているとしたら、放置していくわけにもいかないのだ。
無論、エルの育成的にも必要ではあるのだが。
「感慨深いな。何百何千と戦った場所だ。実際に見るとこうなるのか」
「どうやら戦闘フィールドじゃなくて、地下フロアにいるようだな、ボスは」
「残念だ。シチュエーション的にはあそこで戦いたかったが」
そういいながら、シュンは闘技場の中心部へと目を向ける。
ああ、そうだろうな。確かにお前はこの場所で……ずっとチャンピオンだったんだから。
「当時の闘技場ってどういう様子だったのですか?」
「うーん、私は数回見学に来た程度だったんだけど、毎日五〇人くらいの選手が詰め掛けて、トーナメント形式で戦ってたんだ。シュンはねぇ、出場したら必ず優勝してたから、それからは出場禁止になって、変わりに週末の大会で優勝した人とエキシビションっていう形で戦っていたんだよ! それで大会に出る人がいなくなるまでずっと負けなしだったんだ」
「ほう、そういう形で記憶に残ってるのか。まぁ大体は同じような状況だったな」
実装当初からずっと勝ち続けた所為で、ツーラー疑惑やチート疑惑も持たれていたっけ。
が、実際にこいつがプレイしている姿を一度見たことがあるが……キーボが専用に改造されてるわフットスイッチがあるわマウスにありえない量のボタンが付いているわ、そもそも手足の動きが気持ち悪かったわで、マジモンの変態だったんですよね。
そりゃただのキーボマウスやパッド勢じゃ勝てないわ。
「そ、そこまで強かったのですかシュン殿は! 昨日の戦いぶりといい、やはりシュン殿は最強の古の民だったのですね!」
「いいや。そこで『自分は関係ありませんよー』って顔してる男が最強だ。実際俺も負けた」
「俺に振るなよ。少なくとも俺はアリーナで戦った事なんてないぞ」
「事実だろ。正直ルール無用なこの世界じゃ、お前に勝てそうにない」
「それはどうだろうな」
やめい、恥ずかしい。
それにもし、リュエが保管している例の刀をお前が使えば……いや、コイツも効果対象になるはずだから扱えないか。
というかレティシア嬢がもうなんかドン引きしてるじゃないですか。
大丈夫、僕はハーブで美味しいドリンクを作る優しいお兄さんですよ!
そうこうしつつ地下へと降りていくと、ゲーム時代は入る事が出来なかったエリアの所為か、色々と道に迷ってしまったのだが、今回もマップを作製して無事にボスへと到着する。
どうやら、ここは金庫室のような場所らしく、かなり広い部屋が奥に続いているようだ。
「もしかしたらアリーナの景品が大量に保管されているのかもしれないな。これは……オインクが聞いたら悔しがるな」
「はは、豚ちゃんはアリーナ関係のレアアイテムだけはコンプ出来なかったからな。そもそも譲渡不可能な品も多かったし」
「知ってるか? アイツ一度アリーナに出た事あるんだよ」
「マジで? 俺知らないんだけど」
「口止めされてたんだよ。アイツ、緊張しすぎてまったく動けないまま、自分よりも三〇近くレベルが低い剣士に負けてしまったんだ」
「……まじかよ。恥ずかしすぎるだろそれは」
ここに来て知られざる豚ちゃんエピソードが。
そんな笑い話も、一先ず意識の外に置き、表情を引き締め、扉の鍵を破壊する。
そしてエルが恐る恐る扉を開くと――
「うひゃーーー! 見て見てカイさん! 私こんな財宝の山、ディズ〇ー映画でしか見たことないわ!」
「これは……確かにちょいとびびる量だな。問題のボスは……」
いつ崩れてきてもおかしくない金銀財宝の山。そして無数に散らばる装備品の類。
一目で貴重品だと分かるその有り様に、シュンもレイスも感嘆の声をあげていた。
「ま、眩しい……凄いお宝の山じゃないか! うわぁ……あの杖見て見たいなぁ」
「気を付けてください、皆さん。宝の山の上に魔物の気配があります」
慌ててマップを確認すると、確かに大きな反応が上にある。
だが、その姿を捉える事が――
「きゃあ!」
「エル!? どうした!」
「金貨が降って、崩れてきてる!」
「な! レイス、魔眼を頼む!」
「は、はい! ……います! 見えない身体の魔物が滑り降りて来ています!」
金貨の山が、何かの足跡の形の凹みを作りながら崩れてくる。
透明な魔物とは厄介な。これはエルに手つけをさせるのは難しいか?
「リュエっち、私が金貨の山くずしたらすぐにその近くを氷の魔法で包んで!」
「うん、わかった」
するとここで、珍しくエルが指示を飛ばす。
「レイス、今魔物どっち? 方向だけでOK」
「三時の方向、山の中腹です」
「おっけー! おりゃ!」
するとその時、エルは自分の持っていた杖を金貨の山に投げつけ、金貨を辺り一面に散らす。
そして間髪いれず冷気が周囲を包み込み――
「よしみっけ。手付完了! そこの金貨の表面の霜が溶けてる辺りにいるから倒しちゃってー」
「了解した」
エルの魔法が散らばった金貨の一部へと飛び、魔物の声が確かに聞こえる。
ふむ? 魔法を上手く当てたのか?
「ふふん、熱伝導率が高いのよ、金って。銅ほどじゃないけど、リュエっちの冷気で殆どの金貨が霜まみれになったでしょ? でも、魔物に触れてる部分はすぐに解けちゃったって訳よ」
「なるほどな。手付をしたくてもお前の目に見えてなきゃ出来ない、と。そこまで大きくない魔物だし、上手い手だ」
「でしょでしょ!」
少しすると、シュンがその魔物、恐らく小さなカメレオンのような魔物を仕留めて戻って来た。
よかったな、こいつが変温動物じゃなくて。
そして自分のお手柄っぷりを自慢している最中、本日二度目の絶叫が倉庫内に響き渡ったのであった。
(´;ω(#))←格下に負けた豚