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三百九十一話

(´・ω・`)いよいよ9巻発売まで残り1週間となりました。

「皆、集合したわね」


 夜。もうすっかり日も落ち、月と星の光しかない浜辺に集合する旧時代の遺物、便宜上『機人』とでも呼ぶべきか。

 浜辺に散っていた彼女達が、まるで示し合わせたかのように集合し、親方の前に整列する。

 恐らく本当に伝達、彼女達の間でだけ行われているやりとりで招集されたのだろう。


「暗闇の中に光る目が沢山……ちょっと恐いかも」

「ははは……きっと彼女達は暗闇でも見えているんだと思うよ」

「あ、私も見えていますよ、ほら」


 すると振り返ったレイスの目も、魔眼を発動して赤く輝いていた。

 ちょっと自慢げで可愛いです。


「先程、私の中にメディカルインターフェースがデバイスごと取り込まれた。これより、試運転を行うつもりだ」


 親方の説明を受け、集まった娘さんたちから喜びのざわめきが起きる。

 きっと、何十年もこの瞬間を待ち望んでいたのだろう。


「提供者であるカイヴォンは、この海の果てを調査したいと言っていた。よって、まず最初に再起動させる者を観測モデルにする事を決定した。無論、他の者も順次処置を施していくつもりだ。なにか、異論ある者はいるか」

「はい! 異論はありませんが、提案します! 観測モデルの次は、環境調整モデルを修復させてはどうかと思います!」

「ふむ、そうだな。偉大なる我らの起動者である彼女も優先すべきだな」

「はい! 私も提案します! 昨年眠りについた拠点防衛型も――」


 遠目からでも、彼女達が浮かれているのが分かった。

 しかし……こんな存在まで生み出せる旧世界、恐らくレイニー・リネアリスが暮らしていたであろう時代は、どうして滅びてしまったのだろうか。

 いや……そもそもレイニー・リネアリスとは何者だ。

 術式に潜む神もどき……世界の理であるステータスに介入する力……まさか、本当に神だとでも言うのだろうか。


「ふぅ……俺達はそろそろ寝ようか。さっきナオ君とサテラさんが野営の準備をしていたはずだから」

「うーでもお腹空いたよー。御昼から何も食べていないんだもん」

「そうですね……私もポーションを飲んだきりで……」


 そして同時に鳴るレイスのお腹。真っ赤になるレイス。

 そしてそれを笑いながら、続けてお腹を鳴らすリュエさん。


「じゃあテントに向かったら何か適当に食べようか。食べ物なら沢山しまってあるから」

「賛成―」


 親方たちにその旨を伝えると、驚いた顔をした後に『そうか、人間は毎日眠るんだったな』と言っていたことから、本当にもう長い事人間の傍にはいなかったのだろうと推し量れる。

 そうして、この不思議な機人とも呼べる彼女達との一日は終わりを告げたのだった。




 翌朝。テントから出ると驚きの光景に直面した。


「うわあ! どうしたんですか皆して」

「起きた」

「起きたぞ」

「本当に朝になると起きるぞ」

「親方に報告だ」


 機人の皆さんが、まるでテントを観察するように外で待ち構えていたのだった。

 そんなに人間が珍しいのだろうか……ちょっとだけ居心地が……。

 まだ他の皆は起きていないのだが、朝焼けで美しく輝く海を眺めながら、早朝の散歩へと繰り出す。

 どうやら、機人のみんなは昼夜問わず哨戒、そして海に作られたダムで作業をしている様子だ。

 排水作業は今日のところは行われていないようだが、聞いてみたところ『もう新たにダムを拡張する必要もなくなったから』とのこと。

 これだけの規模だし、取り壊す訳にもいかないだろうな。ヘタしたら砂浜も海水と一緒になだれ込んでしまいそうだし。


「お、親方さんじゃないですか。おはようございます」

「ん、カイヴォンか。丁度良い、こっちに来てくれ」

「どうしたんです?」

「眠っている同胞を集めている場所だ。今、観測モデルが目を覚ますところなんだ」

「それはおめでとうございます」

「ああ。今、第一陣として他に八名に処置を施している。昼前には目を覚ますだろうし、私も補給をしなければいけない。が、このペースで行けば後一週間もしないうちに全員が動けるようになるだろう」

「随分と、沢山の仲間が眠ってしまっていたんですね」

「そうね。けれども、中には一度も目覚めた事のない同胞もいるわ。海底で眠ったまま、動力を失った子も何人もいる。だからようやく、ここで生まれるのよ。そう、生まれる。私達はもう……一つの種として生きていくと決めたの」

「ええ、それが良いと思います」


 朝日に照らされながら、親方さんは誇らしげにそう宣言した。

 行きがかり上で関わっただけだが、こうして一つの種の再スタートに立ち会えた幸運に感謝しないとな。

 そうして、俺はファストリア大陸の情報の手がかりとなる、観測モデルと呼ばれる機人の目覚めに立ち会うのだった。




「……起動を確認。お久しぶりね、観測モデル」

「ん……起動を確認。オービタル機との同期承認。……現状は理解した。感謝する、人間の男よ」


 不謹慎かもしれない表現だが、まるで墓地の様に並べられたポッドの一つから、一人の女性が起き上がる。

 ヘルメットのような物を被った、全体的に紺色や青の配色がされた装甲に包まれた機人。


「アミューズメントシティ配属機観測モデル。望むなら、地平の果てまで調べ上げると約束しよう」

「それは助かります。事後報告になりますが、今この大陸の国の一つに、北の港町から船を一隻、こちらの海岸に向かわせていますので、よければ同乗して観測をお願いしたいのですが」

「了解した。船舶が停泊出来る浅瀬は確保可能。親方、過去に破棄したダムを整地、浅瀬を増やす事を提案する」

「そうね、万全を期すならそうするべきかしら」


 本当に話が早くて助かる。

 眠っていた間の記憶、記録を、すぐに同期させ現状を把握させるこの力は……確かに使い方次第では世界を変えかねない。

 恐らく、それが出来るのはこの親方だけなのだとは思うが。


「破棄されたダムですか。そこをさらに埋め立てるって事なんですか?」

「そのつもりよ」

「恐らく浅瀬の広さは十分だが、もともとあの場所だけ深くなってしまった影響か、大型の水生生物が住みつき、作業の邪魔をする事もあった。起き抜けの提案としてはそこまで悪くないと思うが、何か問題でもあるか?」

「水生生物……すみません、ちょっとそこ、見せて貰って良いですかね?」






「来ました! 三匹目ですよカイさん! 素晴らしいです、こんな場所がこの世にあるとは! ここを埋め立てるなんてとんでもない!」

「レイスレイス! 足元気を付けて! また海に落ちちゃうよ!」

「大丈夫です! くっ……これは中々手ごわいですね……」


 破棄されたダムには、大きなお魚さんが沢山住み着いておりました。

 無論、レイスさんが釣り竿を出してエンジョイしております。

 いやぁ……凄いね、カジキっぽいのが釣れまくってます。


「レイスさん……楽しそうですね?」

「ははは……ナオ君、あれでザンギ作ってあげるからね」

「ほ、本当ですか!? マグロのザンギなんて故郷を思い出します」

「ははは、そうかそうか」


 ナオ君と二人、楽しそうなリュエとレイスを眺めながらぼんやりと佇む。

 ちなみにサテラさんだが、先程鳥ではなく、小型の竜の魔物がガルデウスからやって来たという事で、その対応中だ。


「人間というのは不思議だ。あの大きな生物にあそこまで執着するとは」

「あ、観測モデルさん」

「その呼び名には慣れないな。私は昔、人間の娯楽施設に配属されていた。その時の名称で呼んでくれると助かる。ミネルバ、だ」

「ミネルバさん……分かりました」

「ところで……あの水生生物は貴重なタンパク源ということか? 私達は基本的に効率の良い電磁波によるエネルギー供給をしているのだが、固形燃料を口にしてみるのも良いのかもしれないな」

「俺の知り合い、MI搭載型は毎日沢山お肉を食べていましたよ」

「肉、つまりそれもタンパク質と、油分を含んでいる物だな」

「ええ、そうです。牛肉ですね」

「そうか……味覚のデータは私達には蓄積されていないが、もしもオービタル機を介してMI型と同期出来れば、我らも味覚を得る事が出来るかもしれないな……」

「それはいい! みんなが目を覚ましたら、里長……MI搭載型のところを目指すと良いかもしれませんね」

「ああ、後程オービット機に提案してこよう」


 そう言って去って行くミネルバさんを見ながら、ナオ君がぽつりとつぶやく。


「アンドロイド……みたいな物なんですよね……凄い、としか言えません」

「人、な。たぶん、彼女達の文明が失われた段階で、彼女達は物から人に変わったんだと思うよ」

「そうですね、ごめんなさい。本当に……この世界は知らない事がまだまだ沢山あって、凄く楽しくて……」

「……ナオ君。君はひょっとして……この世界に残りたくなってきたのかい?」


 ふいに、そう思った。彼はずっと帰りたがっていたし、その為に多くの試練を乗り越えてきた。

 だが、同時に彼からはこの世界への強い興味、愛情が見え隠れしていた。


「たぶん、それは願っちゃいけない事なんです。僕はその為に頑張って来たし、仲間達だってそんな僕の為に……今更、やっぱりやめるなんてそんな……」

「……良いんじゃないか? 残ったって。戻るのはそうだな……ここで生きて、本当にもう思い残すことがない。この世界を誰かに託せる、そう思える時で良いんじゃないか?」

「思い残す事……まだ、ちょっと分かりません。でも、そうですね、焦るのはやめようと思います」


 自分の妹の時は、あれほど早く戻らせようとしたのに、俺は無責任だな。

 だが……悩んでいるのなら、解決出来なくても、少しだけ楽になる方法を提示したっていいじゃないか。

 彼を待っている人がいるのなら、その人達には謝らないといけないけど、な。


「って、なんだか釣り人が増えてないか?」

「あ、本当だ。アンドロイドの皆さんも真似をしているみたいです」

「……しかし本当凄いな。あれ、しばらく食べ物には困らないだろうな」

「あはは……ですね」


 潮風を受けながら、楽しそうにはしゃぐ皆を眺める。

 親方曰く、今日だけで九人もの同胞を目覚めさせたのだとか。

 それは勿論、先日言葉を交わした、環境調整モデルの彼女も含めてだ。

 ……釣りをしているようだ。


「ナオ様―! カイヴォン殿―! 少しお時間よろしいですかー?」


 するとその時、サテラさんの声がこちらに届き、何事かと迎える。


「先程、ガルデウスから伝令がありました。どうやら明日には港から船を出すので、こちらに到着するのは三日ほど後になる、とのことでした」

「なるほど、ありがとうございますサテラさん」

「それと、申し訳ないのですが、私は他の任務でもう行かなければいけないのです。この場所の安全も確保出来、拠点となる野営道具一式もお譲りしますので、私は一足先の帰投となります。つきましては、ナオ様も一緒にお戻りいただければ……」

「あ、わかりました。それじゃあ……今すぐ、ですか?」

「ええと、そうなりますね。出来るだけ早く戻った方が王も副団長も助かると思いますので」

「そうですか……残念、マグロのザンギはお預け……ですね?」


 帰投命令にはさすがに逆らえない、か。

 今まさにこの大陸もまた激動の時代を迎えつつある。その渦中にいるべき人間だからな、彼もまた。

 だが――お土産位もたせようじゃないか。幸い、彼もアイテムボックス持ちなのだから。


「サテラさん。一時間だけ時間を頂けますか? 彼にお土産を持たせたいので」

「わかりました! それくらいなら問題ありません!」

「ザンギ、持っていきな。アイテムボックスの最大の利点は、出来立てを保持出来る事だからね」




 なんだか、親戚の子にお土産を持たせるおじさんにでもなった気持ちになりながら、レイス達が釣ったカジキっぽいなにかを捌いていく。

 思えば、この世界に来てから作った料理の品数もだいぶ増えてきたな。

 なんだか懐かしい。初めて作ったのは、確かリュエの家で……彼女の代わりに夕食を作った時だったかな。


「なんだかご機嫌だね、カイくん」

「ああ、そうだね。ちょっと思い出していたんだ。この世界でこれまで作って来た料理の事をね」

「ふふ、そっか。確か、ボンボレ? だったっけ? 後森煮込み?」

「惜しい、ちょっと違うかな。ボンゴレとハヤシ風煮込みだよ」

「あーそれそれ! 早い物だね……あれからもう二年くらいになるよ」

「そうだったな……リュエの家で暮らし始めて二日目、だったか」

「うん。カイくん、もしよかったらまた今度作っておくれ。レイスにも食べさせてあげたいんだ」

「ああ、それは勿論」


 思い出話に花開かせながら、マグロ、もといカジキのザンギを仕上げていく。

 そして――


「出来たぞナオ君。沢山あるから道中でサテラさんと食べると良い。それでもたぶん多いだろうから……ガルデウスに戻ったら、スティリアさんにタルタルソースを作ってもらうといいかもしれないね?」

「は、はい! わぁ……ありがとう御座います、カイヴォンさん。たぶん、カイヴォンさんと次に会うのは暫く先になってしまうと思うんですけど、その時は……今度はカイヴォンさんと模擬戦をしてみたいです。だから……絶対、無事に戻ってきてくださいね」

「ああ、勿論だ。それと……はい、今度こそ本当に純粋な贈り物だ。指輪じゃなくて、今回はブレスレットだけど、どうかな?」


 そして、彼から回収した指輪の代わりに、アギダルで購入していたバングルを渡す。

 七宝焼きのような風合いの、随分とお洒落なデザインの物だ。

 これも、元々は女性用だったのだが、俺が穴の調整をして彼もはめられるようにしてある。

 案外、彼は今も成長期で、そのうちもっと男っぽい外見になるかもしれないな。


「わ、綺麗ですねこれ。大事にします、カイヴォンさん!」

「はは、じゃあ今度こそさよなら、だな。ガルデウスのみんなにもよろしく伝えておいてくれ」

「勿論です! じゃあカイヴォンさん、どうかお元気で!」


 砂浜を駆けていくナオ君を見送りながら、しみじみと思い出す。

 あの温泉での出会いから、ダンジョンをクリアするまでの事。

 ……そうだよな。彼は、俺を信じてくれた。

 ならば最後まで、『良き魔王』として自分の役割を全うしないと、な――






 ナオ君と別れてから、早いもので三日。あれから親方さんは次々に同胞を目覚めさせ、今では総勢五〇名に到達していた。

 どうやら、現在は今後の行動方針を決める為、俺やレイス、リュエに外の世界の話を聞くのに注力しているらしい。

 それと同時進行で、破棄されたダムではなく、掘り返した岩を積み上げている部分を整地し、船が停泊出来るスペースを増やしていた。

 まぁあの破棄されたダムは今や天然の養殖場のようになっているのだし、みすみす崩してしまうのはもったいないだろう。

 彼女達が浜辺を解放する事により、大陸の南にも港が出来るかもしれないし、当然漁業も解禁される。

 なんだ、良いことづくめじゃないか。


「カイヴォン、今日新たに目覚めた八名だ」

「あ、そっかそっか。初めまして。これから、君達は何をしたいのか、どこにいきたいのか。それを、親方さん達と一緒に考えてくれると嬉しいかな」


 そしてこれも恒例になっているのだが、目覚めた子達は皆、俺に挨拶をしにくるようになっていた。

 マスター……という訳ではないが、恩人として認識されているそうだ。

 実際、恩人ではあるのだが、なんともむずかゆい。


「カイヴォン、少し良いか」

「ミネルバさん。どうかしましたか?」

「個体識別名、暫定ルナと名付けられた個体が、海岸沿いに周囲を哨戒中、こちらに向かってくる船を見たとの報告があった。私の方でもこれから確認をしにいくが、一応先に伝えておこうと思ってな」

「本当ですか! 本当にきっかり三日で到着するなんて、さすがだなあ」

「では、私も確認にいって来る。あちらの責任者と話す事になると思うが、我らとの間に確執もあるはず。どうにか、とりなしてもらえないだろうか」

「そうね、私からもお願いするわ。関係悪化を懸念して殺害は避けてきたのだけど、それでも敵対をしたのは事実。なんとか、穏便に済ませたいところよ」

「その辺りもどうにか出来ると思います。ほら、皆さん作業効率が凄いじゃないですか。この場所に何か建築する際に手を貸す事を条件に、なんとか出来ないか提案してみます」

「助かるわ。そうね、それくらいの奉仕はやってしかるべきよね」


 リュエとレイスにもこの情報を告げると、ここ最近完全にバカンスモードだったのを慌てて解除し、急ぎ着替えて荷物をまとめ始めていた。

 二人とも水着で海の中にはいって一日中ダムに向かって釣り竿出していましたもんね……いや俺も人の事は言えないんだが。


「すっかりだらけきってたよ! そっか……いよいよこの海の向こうを調べられるんだね」

「そうだね。ミネルバさんが言うには、海の先にある巨大な海溝というか、もはや割れ目というべき規模らしいんだけど、それがあるのはここから沖に出て三〇キロ程度っていう話なんだ。大陸同士の距離に比べると随分近いけれど……その先はどうなっているのやら」

「海に割れ目……水で満たされないっていう事は……何かの力が働いているのかな」

「気になりますね……正直、海の水がない崖などというものがあるとは思えませんが……」


 そうして、着替えてしっかり出迎えの準備を済ませたところに、一隻の船が近づいてきた。

 規模的には、俺達がセカンダリアにやってきた時に乗っていた船より二回りほど小さく、大体日本で言うところの遊覧船程度の大きさだった。

 あらかじめ整地していたおかげで、浜辺の近くまで接岸出来た為、すぐさま責任者とおぼしき人間がやってきた。

 どうやら、国お抱えの商船らしく、過去にこの海域の調査にも参加していたそうだ。

 今回、この海域を封鎖している機人との和解、漁業にも着手出来るかもしれないと報告すると、大層機嫌を良くしていたが、これで少しは彼女達の風当たりも弱まると良いのだが。


「それでは、沖に向かうのですが……知っての通りある程度の距離までいくと、船の動力が止まってしまうのです。なので、そこまでしかお運び出来ないのですが……」

「ひとまずはそこまでで構いません。同乗する人間に、魔導士や魔眼を持つ者もいます。なにか原因を掴めるかもしれません」

「おお! それは喜ばしい! 念のため、国王から騎獣として竜を三頭預かっておりますが、もしもの際はこれらに乗って、もう少し先の方まで調べられますので」

「さすが、準備が良いですね国王は」

「はっは、我らが王ですからな。伊達に我々商人ギルドと長年やりあってはおりませんよ」


 そうして、俺、リュエ、レイス。そして観測の為にミネルバさんが乗り込み、船が出る。


「人間の船、か。存外、快適なのだな。ここから一七キロ先に力場が発生、この影響で私の観測能力が落ちている。恐らくそこがこの船の動力を狂わせるのだろう」

「なるほど……もし、何か身体に異常が出たらすぐに教えてくださいね」


 力場? つまり……ファストリア大陸への道を閉ざしているのは、断絶された海だけでなく、その魔導具の機能を失わせる力場もあるということか。


「リュエ、レイス、どう思う?」

「うーん……考えられるのは、前にサーディス大陸に張られていた結界。それに似た何かかな」

「となると、発生させている何者かが存在している……のでしょうか」

「ふむ……とにかく距離もそう離れていないし、少し覚悟をしておこうか」


 だが、意外にも航海は順調そのもので、何か異常が発生するという事も無く、問題の海域、力場の境界へと辿り着いたのであった。


「イカリを下ろせ―! 申し訳ないカイヴォン殿、ここから先は、竜に乗って調査してもらうしかないんです」

「いえ、大丈夫です。ミネルバさん、この位置からは何か分かりませんか」

「今、観測中だ。ふむ……この力場、どうやらジャミングとしての効果はそこまでではない。外部からの視認性を下げてはいるが、密度はそうでもない。カイヴォン、私も竜とやらにのさせて貰う。内部なら、もう少し詳しく調べられそうだ」

「分かりました。って……竜は三頭しかいないんだった……二人乗りするには心許ないし……」


 ミネルバさんが早速竜にとりつけられているクラに跨り、初めての経験に少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。


「あ、あの……では私が船に残ります。魔眼で、船の動力を調べておきますので。それに……やはり、剥き出しで空の上というのは少し恐くて……」

「そうかい? じゃあ、ここは任せても良いかな?」

「はい。あの、気を付けてくださいね? 剥き出しなんで、落ちたら海までまっさかさまなんですからね……なんと恐ろしいのでしょう」


 身体を震わせるレイスを微笑ましく思いながら、俺もリュエも、それぞれ竜に跨る。

 ふむ、竜というか、ワイバーンというか。手と翼が一体化している。


「じゃあ、ちょっとこの先を見てきますね」

「了解しました!」


 そうして、大空にはばたく竜。こうして竜に跨るのは、ケーニッヒ以来だ。


「ミネルバさん、どうですか?」

「思った通りだ。この力場の中に入ってしまえばだいぶ視界も良くなる。だが……」


 こちらも海の果てを見ようとすると、唐突に海が途切れている様が見えてきた。

 なんだ……これではまるで、星が丸ではなく平だと信じられていた時代の想像図、最果ての海のような様相ではないか……。


「なんだよ……これ。世界がここで終わっているのか……?」

「カイくん大変だ! 海がない! 空だ、空が海の先に続いている!」

「俺も、見たよ……どこまでも、空が続いている……大陸どころか海すらないじゃないか!」


 まさか……本当に? 俺達の旅の終着点はこんなところなのか?


「……もう少し、進んでみよう。ギリギリ、海の終わりまで……」

「う、うん……カイくん、大丈夫?」

「ちょっと、ショック受けてる。こんな光景……想像だにしなかった」


 諦めきれず、海の果て、文字通り海が終わってしまっている場所まで竜を飛ばす。

 やはり……空だ。唐突に終わり、空が続いている。

 どういうことだ? この世界は丸くないのか? いいや、そんなはずはない。地平線だって、しっかり弧を描いていたはずだ。


「ねぇ、カイくん……このまま、この空を進んでみる……?」

「……試して、みようか?」

「少し待て。この先は私にも分からない、さらに別な力場……いや、記憶がある……? 私が先に進む。少し待っていてくれ」


 ミネルバさんはそういうと、まるで畏れ知らずとでも言うように、海の終わりから、空へと飛び込んで行った。

 だが、その時だった。急激にミネルバさんの竜が高度を落とし、ついには海よりも下まで落ちて行ってしまう。


「っ! なんだ!?リュエ、海面を氷結!」

「わかった!」


 それと同時に急降下、すぐさま氷の崖とかした海面から、下に落ちて行ったミネルバさんの竜めがけ、闇魔導を発動させる。

 上昇気流……どうにか間に合ってくれ!


「な……魔法が途中で消える!?」


 だがその願い虚しく、竜の姿が……見えなくなってしまった。


「そ、そんな……どうして、どうして!?」

「リュエ……この先の空は、どうやら魔法が無効化されているようだよ……この竜、空を飛ぶのに魔法の力も使っていた、のかな」

「たぶん、そうだと思う……魔物は、そもそも魔力と生命力が密接に繋がってるから……途中で、死んでしまったのかも……」

「ミネルバさんがもし、先に行ってくれなかったら……」


 死んでいたのは、俺達だった……?


「俺が……観測を頼んだばかりに……やっと、目覚めたばかりなのに」

「……うう、みんなになんて言えば……」


 空の果てを見据え、途方に暮れる。

 すると、カツンカツンと、何かを叩く音が聞こえてきた。


「すまない、判断ミスだ。竜の生体反応が失われてしまった」

「ミネルバさん!?」

「そ、そんなとこから!?」


 なんと、崖と化していた氷に、手を突き刺してロッククライミング、もといアイスクライミングをして戻って来たのだった。


「魔力の消失ではないな、あれは。変質だ。あれを……私達は知っている。一度浜辺に戻る事を提案する。親方を含め、一度作戦を練る必要がある」

「知っている……?」

「ああ。だが今は戻ろう。氷の上は不安だ」






 その後、甲板に戻った俺達は状況を報告。竜を一頭失った事を謝罪しつつ、レイスに船の動力について何か分かったかを尋ねるも、やはり原因は不明、という事だった。

 そして、浜辺に戻った俺達は、ミネルバさんが親方さんに報告しているのをじっと待っていた。


「間違い、ないのね?」

「間違いない。あれは……重度悪性魔力だ。私達の生まれた時代の現象。それが、あの海域の先、果ての空に充満していたんだ」

「どういうことなの……あれは結局どうなったのか、私達の記録にはないけれど……」

「あの、その悪性魔力というのは一体……」

「カイヴォン、貴方、公害っていう概念は知っているかしら?」

「え、それなら」


 地球にもあった。そして、それによって引き起こされる、数々の難病の存在も。


「私達のいた時代、その悪性魔力というのは深刻な問題として、国中がどうにかしようと取り組んでいたわ。けど、人間や動物を汚染、治療法も限られ、その存在そのものを封印する事しか出来なかった。それがどうしてこの時代に……」


 悪性魔力……以前、同じ話を誰かから聞いたような……。


「『汚染され、まるで細菌のような自立性を持った魔力……』でしたか?」

「カイヴォン、貴方知っているの?」

「以前、里長……MI搭載モデルから聞きました」


 思い出した。かつて、シュンの姪にあたるジュリアが、その悪性魔力に汚染されていると。

 あれは確か七星の魔力にあてられていたという話だったが……。


「もしかしたら……あそこを突破出来るかもしれない」


 そして、俺はある一つの方法を思いつくのだった。


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