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三百八十八話

(´・ω・`)これにてこの章は終わりとなります、

 静寂。王城という場所の性質上、騒がしさとは無縁なのは分かり切っているのだが、この庭園は、鳥の声も、虫の声も、本当に何も聞こえない。

 時折吹く風で自然が揺れる音だけが、サワサワと耳に届くのみだった。


「……みんな、この四角い陣の中には入らないでおくれよ。一応、三重結界にしてあるんだけれど……中に入った段階で影響が出るかもしれないから」

「うむ。現状、既に最奥の結界の中では、エレクレール殿が大陸中の悪意を一身に請け負っておる。じゃが……彼女ですらもう飲まれておるのじゃ」


 音の無い庭園。だが、今見えている光景は、本来ならば轟音が、絶叫が響き渡っていてもおかしくはないものだった。

 三重になっている結界の中心。そこで、エレクレールが暴れまわっていた。

 結界を叩き、大きく口を開き、手を出鱈目にふりまわしながら、何度も何度も結界、そして地面に打ち付ける。

 それはもはや、狂気の化身、狂乱の体現者と呼ぶに相応しい、恐ろしい有り様だった。


「かーちゃん……かーちゃん……」

「……はむちゃん、顔、伏せておいた方がいいです」

「ジニアねーちゃん……ダメはむ、はむは約束したはむ。さっき、沢山お話ししたはむ。『色んなものを見てきて凄いね』って『最後まではむは見続ける』って」

「そうですか……親が死ぬ瞬間というのは……やはり、辛いものなのですね」


 皆が見守る中、夜空を覆うように、赤い霧が次々にこちらへと流れ込んでくる。

 それがエレクレールの身体に吸い込まれ、その狂暴さを増していく。

 人相が、もはや別人だ。七星の名に相応しい、そんな有り様だ。


「……霧が晴れた。たぶん、集まり終わったんだと思――」


 次の瞬間、大きな破裂音と共に、一つ目の結界が破壊された。

 そのあまりのプレッシャーと異質な雰囲気に、集まっている人間の表情が凍る。


「国王、私の後ろに」

「分かった。……これほどまでの存在を、一身に引き受ける……エレクレール殿はここまでの覚悟を……」

「ナオ君。さっき渡した刀を装備しておくれ。今から、この結界の中で君に戦ってもらう」

「……はい」


 そしてナオ君が、リュエからあの刀を受け取り、腰に鞘を付け静かに結界へと向かう。

 三番目と二番目の間にナオ君が入る。そして、二番目の結界の向こうにいるエレクレールが、近づいてきた存在を排除しようと、より一層激しく結界を叩き始める。

 死にもの狂いだ。至近距離でそれを見る彼は、どれほどのプレッシャーを感じている事か。


「……俺は、今回一切の協力はしない。そう、決めたから」

「はい……彼女は、ナオ君だけの力で倒すべき、なのですね」


 まるで確かめる様に、胸の内をレイスに話す。

 彼だけの力で、彼女の望みを叶えるのだ。

 だが、せめて助言だけでもと思い、最後にもう一度、エレクレールのステータスを確認する。


【Name】  宣告者エレクレール・ハーム・コラテラル

【種族】  七星の六/七星の一

【職業】  七星導士/諭ス者

【レベル】 378

【称号】  破滅の宣告者

【スキル】 魂の狂乱 殺戮加速 絶命論破 闇魔導


 全て、変わっていた。もはや完全に混じり合い、存在そのものが別なモノになっていた。

 効果は分からない。だが、よくない何かをもたらすと予感させるスキルに、ナオ君の身を案じる。


「ナオ君! そいつは、間違いなく強い。でも結界の中にいる以上力は削られているはずだ。一瞬で……一瞬で全てを決めるんだ。何かされるその前に!」

「はい! ……準備、完了です。マッケンジーさん、リュエさん、第二結界の解除を……お願いします」


 するとその時、ナオ君が刀を引き抜き、顔の横に持ってくるような、独特の構えを取った。

 それは……以前、一度だけリュエが見せた――


「一瞬で……苦しい思いは、させたくありませんから……!」

「っ! その構えは!?」


 一度、リュエがナオ君との模擬線で披露した、聖騎士剣奥義。

 使用者の技量の合わせてその性能を飛躍的に伸ばす一撃だった。


「よせ、ナオ君! そいつは見様見真似で出来るような物じゃない!」

「……ううん、やらせてあげよう。あの子は初見で九閃まで弾いたんだ。失敗でも、あの刀なら十分な威力になる。……一瞬で終わらせるなら、あの選択は正しいよ」


 そして、まるで澄んだ音色のような音と共に結界が破壊され、その瞬間――ナオ君の姿が掻き消える。

 ほぼ同時に響き渡るのは、エレクレールの慟哭。そして、後を追いかけるような九つの軌跡が彼女に刻まれる。


「……見事」

「ナオ君……本当に成功させたのか」


 気が付くと、エレクレールの背後に佇むナオ君。

 静かに刀を鞘に収める彼の姿に、思わず喉を鳴らす。

 エレクレールの絶叫。それに重なるような何者かの怨嗟の声が、周囲に響き渡る。


「ナオ君、結界の外へ!」

「はい!」


 急ぎ最終結界、三つ目の結界の外にナオ君が飛び出した次の瞬間だった。

 小さな人影が、彼と入れ替わるように結界の中へと飛び込んでいった。


「母ちゃん!」

「はむちゃん、ダメだ!」


 そう、はむちゃんだった。

 慟哭を止めないエレクレールの身体に、縋りつくようにはむちゃんが抱き着いた。

 すると、微かに慟哭が、おぞましい声が小さくなったような気がした。

 そして――完全に声が止み、うっすらとエレクレールの身体が光に包まれる。

 夜の庭園を、幻想的な光が照らす中、どうやら……最後の最後に、彼女は――


「……ああ、私はなんて幸せ者なのでしょう」

「母ちゃん、はやくはむの中に入るはむ」

「……そのつもり、だったのだけど、悪いモノが全部溶け込んでしまっているみたいなの。きっと、貴女にも悪い影響が出てしまうかもしれない。だから……やっぱり一度、大地に、この世界に帰らなくちゃいけないみたい」


 その言葉に周囲がざわつく。だが、すぐにそのざわつきが、鋭い一喝に鎮められた。


「そんたごど関係ね! いいがら早ぐ入れ! わりやづも全部はむがもらっちまうはむ! 母ちゃんと一緒だば、なんてごどね!」

「……本当に、あなたは……!」


 光が溢れる。エレクレールの身体から、優しいオレンジの光の粒が溢れ、そこに微かに混じる、赤黒い光。それすらも、全てはむちゃんに吸い込まれていく。


「……なんてごどねはむ。はむ、少しは術とか勉強したはむ。これから、長い間よろしくやっていくはむ。だから母ちゃんも安心してけれはむ」

「……ありがとう、はむちゃん。最後の最後で……娘に看取られるなんて、こんな幸せな事……ない……わ……」


 庭園が、再び闇に染まる。

 ただ星空と月の光だけが、静かに大樹を、そして植え替えられたヒマワリを照らしていた。

 静寂では、ない。ただ小さな子供の泣く声だけが、その夜を切り裂いていたのだった――




 翌朝。城の客室で眠らされていたはむちゃんが目を覚ました。

 念のためにと全員が城に泊まる事にしていたのだが、ようやく目を覚ました彼女は、まるで昨日の事など忘れてしまったかのように、眩い笑顔を見せながら、集まっていた俺達の前に現れた。


「おはようはむ、皆の衆!」

「ああ、おはようはむちゃん」

「おはようございます。気分はどうですか、大丈夫ですか?」

「身体に異常はないかい? すぐに私に言うんだよはむちゃん」


 元気いっぱいな様子のはむちゃんに、皆が言葉をかけると、何故だかはむちゃんは自慢げな、所謂ドヤ顔をしながら、可愛らしく『ちっちっち』と言いながら指を振る。


「はむはもう、はむちゃんじゃないはむ! 母ちゃんとしちせい? 全部受け取って生まれ変わったはむ! はむはこれから、またあの森に帰りながら、この大陸を旅する事に決めたはむ!」

「旅って、そんな急に……」

「はむは、使命に目覚めたはむ。はむは、長い間世界中を旅してきたはむ。でも……今、ようやく分かったはむ! はむは、世界を見てきたはむ。その経験は、きっとこの大陸は見守っていく為の、指針、目標を定める為に必要になるものはむ! きっと、ずっと閉じ込められてきた母ちゃんの代わりに、はむ達は世界中にいたんだと思うはむ」


 彼女はどうやら、強がりやカラ元気ではなく、本気でその使命に燃えている様だった。

 世界を見てきた経験。それは、確かにエレクレールの代わりに、世界の変化を、在り方を見つめ、やがて再び大地の守護神として大陸を導いていく時の為の準備だったとすれば、合点がいくような気がした。


「まずは、森に戻るはむ。仲間達に母ちゃんの話を教えてやるはむ! だから……今日でひとまずはお別れするはむ!」

「じゃ、じゃあ私達が送って――」

「ううん。はむは、この足で歩いていくはむ。全部、見て歩くはむ。この大陸を、自分の足で歩いて、見て歩くはむ。……それに、白いねーちゃん達も、大事な旅の最中だったはずはむ」

「それは……うん、そうだね。そっか……はむちゃんは、ずっと前から強い子だったんだもんね」

「そうはむ。はむはこれでも、ながーくながーく生きてきたはむ。だから強い子はむ。あ、だからはむちゃんじゃないはむ! はむは、母ちゃんとしちせいの名前を貰ったはむ」


 するとはむちゃんは、一生懸命思い出しながら、その名前を口にしようとした。

 エレクレール・ハーム・コラテラル。確かにちょっと子供には長いかもしれないな。


「えく……ええれく? ……えくれあ……はーむこ?」

「エレクレール・ハーム・コラテラル、だよ」

「大丈夫はむ! え、え……」


 そして、彼女は自分の名前を、はっきりと口にした。


「えくれあんはむ子! 言えたはむ!」

「……いやいや言えてない言えてない」

「いいの! はむはえくれあんはむ子なの! じゃあ、明るいうちに旅立つはむ!」


 嫌な予感がして、はむちゃんのステータスを覗いてみる。


【Name】  えくれあんはむ子

【種族】  神霊はむねずみ

【職業】  豊穣神(仮)

【レベル】 865

【称号】  はむねずみの王女

      大地神の娘

【スキル】 疲れ知らず どこでも睡眠 幸運

      土壌浄化 植物強化 妖術


 ああ……ダメだ、もう完全に名前になってしまった。

 しかしまぁ……大仰な名前より、少し間の抜けた名前の方が、彼女には合っているのかもしれないな。


「では、せめて見送りをさせてもらおうか。偉大なる豊穣神の後継者、えくれあんはむ子様」

「うむ、くるしゅうないはむ! キャラメルのおっちゃんも、元気でいるはむ。ヒマワリ畑が完成したら、遊びに来るはむー!」

「ははは、うむ、楽しみに待っております」

「うむ! あ、最後に一つだけお願いしてもいいはむ?」


 元気よく扉を開き、駆け出そうとしたはむちゃんが振り返り言う。


「あのおっきい木……あそこに、母ちゃんのお墓、立てて欲しいはむ」

「……それは勿論。立派な、偉大なお母様のお墓を建てさせて頂きます」

「よかったはむー! じゃあ、出発するはむ! お見送りはここでいいはむー」


 そう言いながら、真っ直ぐ駆けていく彼女を皆で見送りながら、まるで嵐でも去ったように皆で良息を吐く。


「……本当に、嵐のように過ぎ去ってしまいましたね。我が国の豊穣神である以上、護衛をつけたいところではあったのですが……」

「でも……僕もあの子の気持ちを優先したいと思いました。僕、きっと責められると思っていたのに……本当にただ笑ったいるだけで……」

「あの子は、とても強い子だからね。気持ち的な意味でも……。安心してください、彼女は、サーズガルドで術を学んでいました。彼女の師曰く、一通りは教えておいた、という話です」

「んむ……たしかに今日のあの子からは、なにか凄まじい覇気が溢れ出ておったわ。儂の目から見ても、彼女は大丈夫じゃろうて。なにせ、母親どころか、七星まで飲み干し糧としてしまう程の猛者じゃからのう」


 ああ、確かに。しかも語呂合わせなのか分からないが、あの子のレベル……865ってちょっと強いってレベルじゃないと思うんですよね。

 そう納得しあっているも、やはりどうしても寂しいと感じてしまうもので――


「はむちゃん……もっと一緒にいたかったのに……そうだよね、私達も旅、続けなきゃだもんね!」

「うむ……しまった……お土産にまたキャラメルやお菓子を持たせてやればよかった……今から追いかければ間に合うだろうか!?」


 リュエは分かる。だが、王様……そこまではむちゃんがお気に入りになっていたとは。

 ともあれ、これでこの大陸の七星は、今度こそ完全に滅んだと見て良いだろう。

 ハーム・コラテラル消失の影響がどう出るのかは、今はまだ分からない。

 だが、そう遠くない未来、帝国と会談をする機会も訪れるだろう。

 なんだかんだで、長い付き合いだったはむちゃん。その彼女が消えた事で、わずかばかりの寂しさが、心の隙間が出来てしまう。

 だが……別れは永遠ではないのだ。きっと……また、彼女とは再会できるはずだ。

 満開の、まるで太陽のようなヒマワリ畑で、きっと――




 はむちゃんの旅立ちから、一週間が経過した。

 俺達は未だ旅立たず、ガルデウスに留まり続けていた。

 後ろ髪引かれる思いも勿論あるのだが、それよりも純粋に考えなければいけない事が残されていたのだ。


「うーん……一応だけど、エレクレールさんがハーム・コラテラルと一緒に消えた時の魔力は、あの結界の中に残されてはいるんだけど……その大半がはむちゃんの中にあると思うんだ」

「そうですよね……じゃあ、彼女が再びこの国にやってくるまでは、僕の帰還もお預け……になりますよね」


 そう、ナオ君の帰還だ。七星消滅の際に生まれた魔力。それを利用して召還の儀式を行う予定だったのだが、すっかり忘れていたのだ。


「そう遠くない未来、召還の儀式を成功させた魔導師、俺の友人をこの大陸に招いてみるさ。大丈夫、きっとアイツなら何か手を打ってくれるはずだ」

「そうですか。でも……もしかしたらこれで良かったのかもしれません。この大陸は、きっとこれからまた変わっていくと思うんです。それを見ないでいなくなるのは……なんだか無責任だなって」

「……そっか。なら、君も旅をしてみるっていうのはどうだい? この大陸を、今度は使命じゃなくて、自由にぶらり旅として」

「ぶらり旅……良いかもしれませんね」


 そういえば、レン君も今はセミフィナル大陸を旅しているはずだ。彼は今頃どうしているのだろうか。


「羨ましいです、ナオは」

「うわあ! ジ、ジニアさん……驚かせないで下さい」


 談話室で話していると、ナオ君の背後から突然現れたジニア。

 大きなカバンを片手に、何やら旅支度をしている風に見えるのだが。


「……カイヴォン様。今回の件が完全に片付いたからと、正式にオインク総帥から帰還の命令が出てしまいました……これから、ゴトーと一緒に港町まで行くことになります……」

「……そうか。ジニア、ちょっとこっちにきな」


 誰が見ても分かるくらい、しょんぼりとした様子のジニア。

 昔に比べると随分表情豊かになったものだな、と思いながら、彼女を呼び寄せる。


「……ジニア、息災でな。俺達は、もう少しだけ旅を続ける。また、セミフィナル大陸に戻る事もあるはずだ。その時は……そうだな、リネアも交えてどこか食事にでも行こうか」


 柔らかな髪を撫でながら、まるで、子供にするような約束をする。

 ジニアは本当によく頑張った。きっと、彼女の存在が、俺をあの場所に、ナオ君の危機に間に合わせてくれたに違いない。

 与えられた任務以上の事をこなし、間接的にこの大陸を救う礎となったのだ。

 金星、大金星だ。


「カイヴォン様……はい、必ず。約束です、リネアにも伝えます!」

「ああ。アイツはあまり良い顔をしないかもしれないけどな」

「その時は、私と二人きりで!」

「ははは、そうか」


 そうして、ジニアがこの屋敷を後にする。


「これで、ジニアもいなくなってしまう、か」

「寂しいですか、カイヴォンさん」

「んー……なんだか親戚の子が帰ってしまうような感覚、かな」

「ふふ、そこは娘じゃないんですね?」

「さすがにあんな大きな娘さんがいるような年齢じゃないさ。ちょっと想像出来ないよ」

「でも、カイくん割とジニアちゃんには優しかったよね?」

「それは……まぁ、当然といえば当然だろう」

「そっか。それもそうだよね。じゃあ、私はちょっとケン君のところに行ってくるよ。どうやら古い資料の中からクロムウェル君とフェンネル、それにヨロキの名前が出てきたっていうからね。私が確認して、問題があれば処分するつもりさ」

「ん、了解。レイスにもよろしく伝えておいてくれ」

「もちろん。やっぱりレイスって書類の管理とか調べものが得意みたいなんだよねー」

「元高級クラブのオーナーだからなぁ、ある意味必須技能だったのかもしれないね」


 そうして過ごしていた時だった。リュエと入れ違うように、城からの使者がやってきた。

 そして、至急城まで来て欲しいという言伝に、俺もナオ君も急ぎ駆け付ける事にした。




「よくぞ来てくれたカイヴォン殿……急に呼び立てて申し訳ない」

「いえ、問題ありません。それで……一体なにがあったのです?」

「うむ……実は、先程一人の商人風の男が城への立ち入り求めていたのだ。だが、知っての通り先日の騒動から、暫く王城区画はもとより、貴族街への出入りも制限している。にもかかわらず、その男は王城の前までやって来たのだ」

「まさか……どこかの間者ですか?」


 落ち着きを徐々に取り戻し始めていた城に訪れた不穏な存在。

 一体何者なのだろうか?


「間者……というよりも先触れと言うべきであろうな。帝国の人間が、直々に私に面会したいと言うのだ。どうやら、既に市街に潜んでいるという話。これをどう扱うべきか思案しているのだが、私の周囲には先日の一件で、どうにも使い物にならなくなった者しかおらなんだ」

「なるほど……面会を求めるということは、それなりの地位がある者と見て良いのでしょうか」


 もし、現状停戦状態にある戦争に関わる話をしにきたのであれば、当然軍部に顔の効く人間であるはずだ。

 だが、国王は少々胡散臭いものでも見るかのように、その先触れに渡された書簡を広げながら――


「この書簡に書かれている事が真実ならば、今ここに来ているのは……帝国の第一王女、メリア様という事になる。どうやら王印も押されているようだが……さすがにこれは何かの冗談、罠だと私は踏んでいるのだ」


 そのやって来た和平の使者の名に、めまいを覚える。

 メリア……それは今エルが名乗っている名前ではないか。

 確かに俺は自分の足で歩けと言ったが、まさか全力疾走からのホップステップジャンプを決めてくるとは思いもよらなかったんですが。


「……王様、その面会を許可してください。出来れば、その席に俺も同席させてください……たぶん、その人物と面識があります」






「お初にお目にかかります。メイルラント帝国第一王女、メリア・L・メイルラントと申します」

「……お初お目にかかる。だが、我が国はメイルラントと国交を断絶してから幾何もの年月を経ている故、其方が本物の王女なのかすら、判断がつかないのだ」

「いえ、こいつは間違いなく帝国の第一王女で間違いないですよ。俺の知り合いっていうのは王女の事だったんです。それで、こいつがその王女本人です。間違いありません」


 いやはや、本当にやってきちゃいましたよ、お姫様が。

 まさかねぇ、ついこの間まで戦争していた相手の国、その最中枢にいきなりその国のお姫様が乗り込んでくるなんて普通思いませんよねぇ?

 思わず、部屋の影に隠れていたのに出てきてしまいましたよ。


「んなあ!? カイさん、何故ここに!」

「言っただろ。近いうちにこの戦争を平和的に解決してみせるって。お前さんだって、戦争の流れが、大陸全土の流れが変わったのを感じてここまで乗り込んできたんだろ?」

「それは……いや、でもまさかこっちの国の王様と一緒にいるなんて……」


 こちらのやり取りに国王がキョトンとしているが、どうやら目の前の彼女が本物の王女である事は理解したらしい。

 そして、ようやく本題。今回のお忍びでの訪問の意図を尋ねたのだった。


「其方がメイルラント帝国の第一王女である事を認め、先程までの態度を改めて謝罪させてもらいたい。本当に、申し訳なかった」

「いえ、私も簡単に信じてもらえるとは思っておりませんでした。しかし……ここにカイさんがいるとなると、話はずっと簡単になります」


 すると、エルは自分が何故この国に来たのかを話し始めた。


「私は、こちらの王、即ち貴方に、この戦争が変わりつつある、戦いを止められる芽が出てきたと告げる為に参ったのです。そして……行く行くは完全なる戦争終結、そして永久的な同盟を、これまでの争いの歴史を塗り替えられるほどの、末永い共存の道を……最悪の場合、国を明け渡す事も視野に入れ参った次第です」

「まて。お前はあくまで王女だ。国王はどうする」

「……あの人、お父様は、ある日を境に変わられました。元々身体が弱かったのです。しかし、この戦を続ける事だけを目的に、気力を振り絞り日々を耐え抜いていました。しかし……ある時、まるでその燃料が尽きてしまったかのように、床にふせる様になったのです」


 ……これも、恐らくハーム・コラテラルの消滅の影響だろう。

 やはり、帝国でも変わりつつあるのは間違いないようだ。


「後継者は、私しかおりません。そして王自身、次の王に私を指名しています」

「そのタイミングで長年の戦争相手と手を組む、か。それでは貴殿の身が危ういのではないか?」

「はい、そうでしょう。私はある理由により、王家に近しい者に不審がられています。ですから――」


 そして、メリア……エルはこう言い切った。


「ガルデウスに、全面的な援助をお願いしたいのです。人、技術、資源、資金。その全てを私の国、帝国に恵んでもらいたいのです」

「……まさか、ただ強請る為にそんな事を言うのではないであろうな?」

「恩を、売るのです。私の国が正気に戻ったとします。戦争への積極性を失ったとします。でも、ダンジョンが全て消えてしまった以上、いずれはまた、略奪目的に動きだすかもしれない。そうなる前に、恩を売って欲しいのです」


 話は理解した。だが、同時にエルは理解していない。この国は、王家が全てを取り仕切る仕組みではないと言う事を。

 俺は、経済関連がギルド主導で回り、王はあくまで一人の権力者、例えるなら政治家の一人でしかないと伝える。


「……それでも、働きかけて欲しいのです」

「……カイヴォン殿。私は、彼女の話を理解し、ある程度の援助ならば、今後の和平の為に必要ではないかと考える。協力者にすぎない貴殿に訊ねるのは角違いではあると思うが、どう考える?」

「エル……メリアは今後、そう遠くない未来に自分が後継者に選ばれると踏んで動いているのだと思います。その時、ガルデウスと友好関係を結べていれば、誰も自分の発案に反対しない。あわよくば、国民の支持も早々に得られると考えているのではないでしょうか」

「……未来の帝王とあらかじめ友好な関係を築いておく、か。では、カイヴォン殿も賛成だと」

「ええ。それに、メリアの言うように飢餓は人を狂わせる。援助をしておいて損はないでしょう。最も、俺程度が想像出来る事、生き馬の目を抜いてきた商業ギルドを始めとした面々が考えない筈もない。きっとそのまま帝国を手中に収めようとするでしょうね。それを食い止め、帝国と一番太いパイプを持つのが国王であり続ける事が、今後の国王の務め、戦いの目的になるでしょうね」

「……ああ、そうであろうな。分かった。次に行われる議会で進言しよう。幸い、ナオ殿のお陰で、私の発言権もだいぶ強まっている。まだ暫くは、張り合いのある日々が続きそうであるな?」


 そう言いながら、国王は苦笑いとも不敵な笑みとも取れる、ニヒルな表情をする。

 ああ、この人ならきっと乗り越えられるだろうな。


「……良かった。では、私は国に戻ろうと思います。今回、私は周囲の者にすら内密にここを訪れました。ですが、いずれは正式な形で」

「うむ。メリア殿の考えは、私も共感すべき点が多い。帝国は……これからも手ごわい好敵手としてあってくれるであろうな」

「ふふ、そうなるように精進致します。カイさん、この後少し、時間、あるかな?」

「ん……ああ、大丈夫だ」

「分かりました。では、これにて失礼いたします。本日は突然の無礼、誠に申し訳ありませんでした」


 下がるメリアに続き、俺も国王に一礼の後、彼女に続く。

 謁見の間の外では、ナオ君が不安そうな表情を浮かべて待っていてくれた。


「カイヴォンさん! あの、謁見の方は……それにそちらの方は……」

「メイルラントの第一王女だよ。メリア、この子は解放者のナオ君だ」

「噂は聞いていますよ。そう、貴方がナオ君……本当に噂通りね」


 何が噂通りなのか、あえてここでは聞かないでおきましょう。


「ええ!? 本当に王女様……!?」

「ちょっと俺はこれからこの姫さんをもてなさなきゃならなくてね。これで失礼するよ」

「は、はい……まさかお姫様と本当に友達だなんて……」




 恐らく、どういう形で戦争を、今回の騒動を終わらせたのかを聞きたいのだろうと、人気の無い場所、即ち、現在人の立ち入りが制限されている、あの大樹の前へとやって来た。


「そうか……もう出来ていたのか。立派なお墓だな」


 大樹に寄り添うように、同じく木でできた、美しいヒマワリの花がいくつも彫刻された墓標の前で、手を合わせる。

 厳密には死んでいないのかもしれない。だが、元日本人の性か、つい手を合わせてしまうのだ。


「ここは……誰か、知っている人のお墓……なの?」

「……本当に短い付き合いだったんだ。けど……間違いなく、この大陸の平和の為、文字通り身を捧げた偉大な人だよ」


 エルと別れてから、今日までの出来事を語って聞かせる。そして……彼女の最後も。


「……そう。これは、ますます大陸の平定に力を入れなくちゃいけないわね」

「ああ。しかし、まさかお前さんが王になるなんて思わなかったよ」

「まぁ、ね。自分の足で歩きだしたいけど……その前にスタート地点くらい、整えておきたいじゃない」

「いずれは国を出るつもりなのか?」

「まぁ、ね。私は王になるわ。でも、それは国が整うまで。知っての通り私は不気味な存在、血も引かないどこの馬の骨とも分からない身。正直、耄碌した父の戯言と、私を簒奪者に仕立て上げるかもしれない。でもね、それでもそういう人達は、帝国を心から愛しているの。だから、カイさんという人間の協力を得られる今、国を立て直すって事。結果、私はガルデウスと繋がりも持てたし、復旧の足掛かりを得たって訳」

「それで、いいのか?」

「いいのよ。幸い、叔父にあたる人は良識ある人で、私が王を退いた後も安心して任せられる人なの。しっかりと帝国を次に引き継げたら……私も旅に出る。カイさんが言う通り、セミフィナルに行ってみるわ」

「……そうかい。お前さんも、もう歩き出してるって訳か」

「それもこれも、カイさんのお陰よ。さーてと……帰った時の言い訳、考えておかないと」


 晴れ晴れとした表情でエルが伸びをしていたその時だった。

 この庭園への立ち入りを許可されている数少ない人間がやってきた。

 それすなわち――


「あ、いたいた! おーいカイくん! 魔術師ギルドの用事も終わったし、ちょっと買い物行こうよー!」

「リュエ、どうやらお客様がいるようです。申し訳ありません、お話し中――」


 リュエと、レイスだった。

 振り返ったエルは、ゲーム時代と変わらぬ二人の姿を見て――


「……両手に花、ですね?」

「まぁ、な」


 これは……きっと長い一日になりそうだな――


(´・ω・`)次回、ついに最終章です。

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