三百八十七話
(´・ω・`)今章は次話で終わる予定です。
パキリと、ピシッと、目の前で結晶に無数のヒビが入る。
やがて、砕け散ると思われたそれが光となり消えると、中にいた七星がまるで崩れ落ちる様に床に座り込んだ。
「カイくん、離れて!」
「……いや、大丈夫だ」
解放された七星は、まるで項垂れるかのように座り込んだまま、微動だにしない。
周囲の皆が息を飲む気配を感じるも、眼下に居る彼女からは、呼吸の音すら聞こえてこない。
膝を折り、目線を合わせ声をかける。
「……七星エレクレールで、間違いないな?」
「……ぁ」
小さなうめきにも似た声が漏れ、顔を上げるエレクレール。
結晶の中では閉じられていた瞼が開くと、そこには黄色味がかった茶色の瞳があった。
悲し気な、どこか憂いを秘めたその眼差しを受け、一瞬これ以上話しかけるのを躊躇してしまうも、相手は仮にも七星なのだと、毅然と話しかけ続ける。
「俺が、お前を解放した人間だ。七星エレクレール。お前は何者だ」
「…………見て、来たのです」
「なに?」
「……私は、見てきたのです。遠い過去から、今、この瞬間まで」
「封印の中から、外の様子を見てきたという事か?」
か細い震える声で語るエレクレール。
「何十人も、見てきました。私を、連れ出そうとする者を」
「……解放者か。もし見ていたのなら、俺達が何故お前の封印を解いたのか、分かっているだろう?」
「はい。ええ、そうすべきです。私は、その為に選ばれたのですから」
イマイチ要領を得ないが、まるで今から起きる全てを受け入れているかのような物言いだった。
すると、静かに成り行きを見守っていたリュエが隣へとやってきて――
「凄く衰弱してる。今日はもう遅いし、休ませてあげようよ。明日、改めてお話を聞こう。何百年も……もしかしたら何千年も封印されていたんだ。少し、時間をあげよう」
「確かに……ケン爺、医務室の手配を。俺とリュエの分も頼む。何があるか分からない、俺達も泊めてもらう」
「う、うむ……そうじゃな」
他の皆も気になるだろうが、今日のところは一度戻ってもらう。
それになによりも、今日の発表や大捕り物もあったのだ。国内外での騒乱はまだ続くはず。
国王も、そして副騎士団長であるスティリアさんも今は城に詰めているべきだろう。
そうして皆が研究所を去ったところで、レイスもまた残りたいという話なので準備をし、一緒にエレクレールを運びながら医務室へと移動する。
やはり疲れていたのか、眠りについてしまっているようだ。
「カイさん……この方は七星という話でしたが……『選ばれた』とはどういう意味なのでしょう」
「うん、私も気になっていた。サーディス大陸のジュリアちゃんも、一緒に封じられていたよね? もし……あれを発案したフェンネルが、この大陸でエレクレールを見ていたとしたら……」
「……まさか、エレクレールもまた生贄にされた存在だと?」
「その方が、しっくりくるよ。彼女の経歴、ステータスの違和感はそれだったんじゃないかな」
「……もしそうなら、態度を改めないといけない……な」
それでも七星は七星だからと、監視の意味も込め俺達も医務室で夜を明かしたのだった。
「……朝か」
交代で仮眠を取っていたのだが、いつの間にかレイスもリュエも熟睡していたので、そのまま寝ずの番をしていたのだが、差し込む朝日に、無事に何事もなく夜終わったのだとほっと一息つく。
するとその時、カサリと布のこすれる音と共に――
「……おはようございます、解放者様」
「エレクレール……やはり、疲れていたのか。悪かったな、昨日はいきなりぶしつけに」
「いえ、構いません。昨日の方々が集まるまで、少しお話をしましょうか」
「ん、ちょっと待ってくれ。仲間を起こす」
「わかりました」
二人を起こし、準備は出来た事を伝えると、彼女は静かに語り出した。
「外の様子は、この大陸にいる者の事ならば、ある程度探る事は出来ました。貴方は、この大陸の外から来た人間ですね」
「ええ。俺は、七星を巡る旅をしてきました」
「でしたら……申し訳ありませんが、私は貴方に倒されるわけにはいきません。あの少年、ナオという子に倒されるべきです」
「……そうですか」
まるで、自分が死ぬのは当然だと言う風に彼女は語った。
「幾人もの解放者が異邦の地より訪れ、そのいずれもが志半ばで命を散らす。長い歴史の中、到達した者もいましたが『あの者』がそれを阻んでしまっていたのです」
「ヨロキが? アイツは解放者を狙って何かをしようとしていたのではなかったのか」
「欲しかったのでしょう。私を目覚めさせるほどの素養を持つ解放者の身体を。しかし……残念ですが、私を解放する事は出来ないのです。彼が、ナオが出来なかったように」
「でも、カイくんは解放出来たじゃないか。それはどういう事なんだい?」
「……七星は、異なる世界から遣わされた異質な者。故に同じく異邦の力を授けられた解放者でないと解放は出来ません。ですが……私は、元々この世界の住人ですから、ね」
それは、なんとなく気が付いていた。
リュエが彼女を精霊種と言っていたように、彼女はまるでこの世界で生まれたような存在なのではないかと思っていた。だが――
「なら、どうして俺に解放出来たんだ? 俺もある意味では異邦の存在だ」
「それは、貴方が世界に認められたからです。世界は、万物の理に介入します。そして時に、人に『意味』を持たせるのです。異名や称号として」
「あ……じゃあ俺に与えられたこの称号は……」
「きっと、そういう意味なのでしょう。貴方は、世界が認めた解放者。故に私を解放出来たのでしょう。ですが……私の解放を望んでいたのは、長らくこの大陸で暮らしていた人々です。ですから、せめてこの地で呼び出された彼の糧となり、その思いに報いて差し上げたい」
……ステータスは、世界の意思?
この称号やテキストも、世界の意思だというのだろうか。
ならば――そのメニュー画面に介入出来た存在、レイニー・リネアリスとは何者だ?
気にはなるが、今はただ彼女の話を聞くにとどめる。
「君は……大昔にこの世界にいた人なんだね。じゃあ……やっぱり生贄にされたのかい? もう一つの七星。形がない悪意を封じる為の依り代に」
「そうなります。ただ、生贄というのは少し語弊があります。私は、望んで依り代になりました。誰よりも、この大陸を守りたい。その一心で」
「……そっか。ねぇ……七星っていったいなんなんだい? どうしてこの世界にいるんだい?」
「七星は、楔のような物です。遥か昔、世界に放たれた七体の力ある者。それを、我らは一つの大陸に追いやりました。そして、残酷な方法ではありますが、大陸ごと封じようと考えたのです。ですが――」
「その大陸――ファストリア大陸が突然世界から消えた。違うかい?」
彼女の言葉に一つの仮説が浮かび上がる。
七星が集められたファストリア大陸。そこが――何者かの手により別世界に、次元をずらされて逃がされたのではないか? ……俺のよく知るゲーム『グランディアシード』として。
「はい、そうなります。それから、私達は平穏の訪れた世界で暮らしていましたが、ある時、再び力ある者が世界に現れたのです。ですが、それは暴れるでもなく、ただ不気味のそれぞれの地に佇むのみ。まるで、何かを待つように。ですが……この大陸のいる者だけは違ったのです」
「それがハーム・コラテラル……ということなのでしょうか?」
「はい。私達は、その恐ろしい存在を打ち倒しましたが、それと同時に、その悪意、邪念が飛び散るのを見とめ、すぐに対策をとるべく――それらを封じ込む為、仮初の肉体を与える事を選んだのです」
「それが、貴女なのか」
俺達がゲームとしてファストリア大陸で過ごしていた時、元々の世界に残された他の大陸で、そんな事が起きていたのか。
いや、時の流れが一致しているとは限らない。もしかすると、俺があの世界で七星を倒し、アビリティを集め終え、ゲームのサービスが終了した段階で、新たな七星が放たれたのかもしれないな。
「……じゃあ、厳密には貴女は七星ではないのではないでしょうか?」
「いえ、同化した影響で、私もまた邪悪な存在となりました。今は、ヨロキの手によりハーム・コラテラルを散らされていますが……いずれ、また元の状態に戻る事でしょう。その時こそが、私と、ハーム・コラテラルを消滅させる事が出来るのだと思います。幸い、貴方達はその力を持っている。形なき意思ですら切り裂く、異邦の力を」
「……あの刀、ですか」
「そうです。元々、七星と同質の力を宿した、異邦の者の力の結晶ですから」
「……貴女は七星となり、世界と繋がっていたのでしょうか?」
「はい」
「なら――教えてください。何者です、七星の解放を求め、解放者を呼び出させているのは」
彼女ならば、分かるのではないか。地球とこの世界を繋ぎ、狭間の地にて指示を出す存在の正体を。
「……分かりません。ですが、古よりこの世界を見続けていた存在。外の世界から、ずっとこの世界を眺めていたナニか。欲しているのかもしれません、世界を」
「そう、ですか」
「申し訳ありません、何も知らず。すみません、どうやらまだ身体が本調子ではないようです。少し……また横になります」
そう言って、彼女は再び眠りについたのだった。
「……なんだか、恐ろしい話だよ。ずっと世界を見ていた。神隷期を作り出したのもそいつだっていう話だし……なんなんだろう」
「だけど、少なくともハーム・コラテラルを消滅させる方法は分かった。これは大きいよ」
「ですが……彼女も一緒に滅ぼす事になる、という話でしたね……」
「それなんだけどさ……たぶん、この人もう長くないよ……もう、精霊種としての寿命が近いんだと思う。魔力が流出し始めていたんだ。また、ただの魔力に戻ってしまう前に、器となれるうちに意味のある死を迎えたいんじゃないかな……」
「……そう、か」
放っておいても、ハーム・コラテラルは彼女に集まる。
そうなればまた邪悪な存在となってしまう。どの道……誰かが終わらせなければいけない、か。
俺は、この後研究所に集まった皆にも、彼女の話を要約して伝えた。
勿論、心優しナオ君は戸惑っていたのだが。
そして再び目覚めたエレクレールを伴い、静かに話す事が出来るだろうと、王宮の中にある庭園、普段人が立ち寄れない場所へと移動した。
リュエ曰く、自然の多い場所の方が彼女も楽なはずだとか。
「……人は、どこまでも変わっていきます。ですが……変わらないモノもあるのですね、世界には」
「その木に覚えがあるのですか?」
そして集まった庭園で、エレクレールが一際大きな大樹に手を触れる。
「この木は、この国が出来る前からこの場所にありました。現国王は、どうやら私の生まれた時代の王家の血が、脈々と受け継がれてきた方のようです。元は、ここは国ではなく町だったのですよ」
「それは実に興味深い。確かに、我が王家は古い時代から続くと聞いています」
懐かしそうに、それを撫で続けるエクレールと。そして――辛そうにそれを見つめるナオ君。
「あの……やっぱり倒さなくちゃいけないんですか? 集まった悪いヤツだけを倒す事は出来ないんですか?」
「ふふ、本当に優しい子ですね。私は、もう長くありません。だから最後くらい、我がままを言いたくなってしまったのです。この王家が……古い時代から続くこの血族の悲願を、形は違うけれど、叶えてあげたいと思ってしまったの。貴方には、辛い役目かもしれないけれど」
「……分かりました」
「ただ、少しだけ心配な事もあります。私は精霊種。本質的には消滅しません。きっと、大地に還る事になります。ですが私には大地を豊かにする力もあります。大陸の豊穣を司っている訳です。その私を失った大陸がどうなってしまうのか、それが心配なのです」
そう言えば、七星が解放された地は実りが豊かになるという話もあった。
あれは、封印に大地の力を奪われた結果という話だけだと思っていたのだが。
彼女の場合は元々土地神のような存在だったのだろうか?
「貴女が安置されていた森は、とても豊か……というより、異常な程木々が生い茂っていましたね、そういえば」
「あれは少し違います。大陸に平等に分けられるべき力を、あの場所に集中させていた者がいたのです。恐らく、私があの森住むだけならば、大陸も豊かになると思うのですが……もう私には時間も残されていませんからね……」
少しだけ、しんみりとする空気。そして、大陸が豊かになる機会を失う事になる為だろう、心なしか悲し気な国王と、この大陸に住むスティリアさんとケン爺。
いつか、彼女の力が大地に還り、そこから再び精霊種が生まれたらまた変わって来るのだろうが。
するとその時、その空気をぶち壊すような子供の声が。
「いやはむー! これははむが見つけたヒマワリはむ!」
「待ってください、花壇に返さないと庭師の方に怒られてしまいます、止まってください」
「ちーがーうー! このヒマワリは横に置いてあったはむー! 花壇にはなかったはむー」
「それは植え替えの為です。さっき見ました。お願いします、でないと一緒にいた私も怒られてしまいます」
ひまわり片手に爆走するはむちゃんと、それを追いかけるジニアでした。
麦わら帽子に白いワンピース、その手には根と土がついたままのヒマワリの花。
ここまで夏を、太陽を彷彿とさせる子供は他にいないのではないだろうか?
その姿に、皆も微笑ましそうな表情を浮かべていると、逃げ回るはむちゃんがこちらへと駆けてきた。
そしてそのまま――
「あらあら……?」
「後ろに隠れるはむ。ジニアねーちゃんがはむのヒマワリ取ろうとするはむ」
「ふふ、そうなのね。でもこのままだとそのヒマワリさん、枯れてしまうわよ?」
エレクレールの後ろに隠れてしまうはむちゃん。
なんだか、似た耳が生えている所為か親子にしか見えない構図だ。
「ヒマワリ枯れちまうはむ?」
「ええ、そうよ。だから、どこか柔らかい土に植えてあげましょう? きっと元気になって、今度は沢山のタネを作って……そしたら今度はそのタネが沢山のヒマワリになるの」
「ヒマワリいっぱいはむか! さっきの花壇よりもいっぱい生えてくるべが?」
「ええ、きっとそうよ」
まるで子供に言い聞かせるように、優しく笑いながらはむちゃんと視線を合わせる。
慈しみが見えるかのようなその光景に、何故だか心がしめつけられた。
「ジニアねーちゃん、ヒマワリ返すはむ」
「ふぅ……ようやくですか。元気すぎます。では私は庭師の方に返してきますね」
「今度はもっともっと沢山ヒマワリ生やして欲しいはむ!」
ジニアが去ると、はむちゃんはどこか不思議そうな顔でエレクレールを見上げた。
そういえば、エレクレール今朝起きてからはまだ会っていなかったな、はむちゃん。
どうやらジニアと二人で王城待機していたようだ。曰く、ナオ君とスティリアさんが研究所に来ている間、お城になにかあれば大変だから、と。
なんでも、先日の捕り物で、王国騎士団のうち、騎士団長直属の部隊の大半が拘束されたとか。そりゃ心配もするだろう。
「やっぱり、はむの家に昔からいたお姉さんはむ。やっと氷から出られたはむか」
「ええ。貴女は……あら、貴女もあそこで自然発生した精霊種なのね?」
「うん? はむはあそこで生まれたはむ」
「……ある意味では、私の眷属になるのかもしれませんね。私が眠っている間、私の力はどんどん外に散っていったのですから」
そう言えば、彼女のステータスを見た時に気が付いたのだが、能力の割にレベルが3しかなかったのを思い出す。
彼女の中から『ハーム・コラテラル』が散った時に、彼女の力も散ったのだろうか。
現状、ハムネズミ族と呼ばれる存在が、世界中に散らばっており、それが皆森に帰ってきている事を彼女に告げる。
「不思議な種族だと思っていたのだけど……どうやら私の眷属というのはあながち間違いではないのかもしれませんね……ふふ、じゃあ私は……貴女達のお母さんなのかしら」
「はむ!? はむのかーちゃん!? はむにお母ちゃんがいだってが!?」
「……少し変わった言葉を話すのね? ふふ、もしかしたらそうなのかもしれないわ。貴女のお母さん」
そう言えば、微妙にこの子の言葉に秋田弁というか東北弁に似た訛りがあるのは何故なのか。
長い間セミフィナル大陸で暮らしていたようだが……もしかしてイグゾウ氏とも面識があったりするのだろうか。
「んだがー……はむにお母ちゃんがいたはむかー……じゃあ、今度森のみんなにも紹介するはむ。はむはみんなのお姉ちゃんだから、きっとみんなのお母さんはむ」
「……そうなのかもしれないわね」
すると、エレクレールがこちらに向き直る。
その表情は少々険しいモノであり、何か決意したかのようなモノでもあった。
「……安心しました。これで、私の力はこの子に引き継がれるでしょう。そのハムネズミ族というのは、散らばった私の力が具現化したものなのでしょう。ですがこの子は……私の封じられた地で、一際私の影響を強く受けて生まれた子のようです。いわば、私の後継者……のようなものなのかもしれません。これで……心置きなく、集められます」
「集めるって……ハーム・コラテラルをですか?」
「はい。自然に集まるのを待つとしても、それまで私がもつ保障もありません。幸い、この場所は古い自然が残っています。私が大陸中の植物に語り掛けるにはうってつけの場所です」
「じゃあ……今ここで、貴女を倒せっていう意味なんですか? ならせめて……その子をどこか別な場所に――」
「力の継承が必要です。この子にもこの場所に居てもらいたいのです。少し残酷かもしれませんが……」
すると、大人しく聞いていたはむちゃんが声を上げた。
「母ちゃん死んじゃうはむ?」
「……死ぬと言うよりは貴女の中に入ると言う感じかしら。少し、難しかったかしら」
「はむは理解してるはむ。母ちゃん、消えちゃう仲間みたいな気配がするはむ。遠慮せずにはむの中に来るはむ」
「……ええ、そうさせてもらうわ。ありがとうね、はむちゃん」
以前から、この子の死生観や価値観が俺達とは違う、何かもっと大きな流れを見ているように感じていた事があった。
達観しているような、どこかズレているような、不思議な子だと思っていた。
だが、もしかしたらそれは、この子がエレクレールという、ある種の守護神のような存在の眷属だった事が関係していたのかもしれない。
そういう意味では、もしかしたらあの人物……かつて、はむちゃんを魔車から守った謎の道化師、あれもまた、このエレクレール同様、古い世界の守護神かなにかだったのかもしれないな。
「今日一日かけて、ハーム・コラテラルを私に集めます。国王様、この場所をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか」
「……幸い、近々庭園の改修を行う予定で、立ち入り禁止になっている。どうか、この場所を有効に活用して欲しい。それと……どうやらその子はヒマワリが好きなようだ。庭師に告げ、改修の際にはこの大木の周辺をヒマワリ畑にさせると約束しよう」
「感謝します。私も……逝くのならこの古い大樹の側が良いと思っていました。ふふ、よかったわねはむちゃん。この場所、ヒマワリ畑になるんですって」
「本当はむか! キャラメルのおじちゃん、ありがとうはむー!」
あ、やっぱりはむちゃんにキャラメルあげたのは貴方でしたか。
そうして、ケン爺とリュエが、エレクレール監修の元、集まったハーム・コラテラルを逃がさない為の結界を張りはじめ、またスティリアさんも騎士に命じて庭園を封鎖する。
恐らく、夜まで時間がかかるという話なので、それまで時間を持て余していた訳なのだが――
「カイヴォンさん、少し、一緒にお茶でもどうですか? 王様が、是非カイヴォンさんもって」
「ナオ君。じゃあお言葉に甘えようかな」
「良かった。じゃあ、一緒に来て下さい」
なんと王様からのお誘い。ただお茶を飲んでのんびり、という訳ではないのだろうが、今回の七星に纏わる事件には、この国も大きく関わっている。
それに今回は場所だって提供してもらっている。出来るだけ、話せる事は話すべきだろうな。
王城の深部へ彼に連れられ、王室用と思われる豪華なサロンへと通される。
すると、既に王様が席に着き、何やら書類のような物に向き合っていた。
「申し訳ない、呼び出しておいて。先程の話を聞いてな、少し庭園のデザインを考えていた」
「王様自らがデザインするんですか? 凄いですね」
「王様って、実は趣味が絵を描く事なんですよ。なんでも、即位する前はスフィアガーデンっていう芸術の町で修行していたんだとか」
「ああ、あの町になら俺も滞在したよ。素敵な町だった」
「おお、カイヴォン殿もあの地に滞在なされたのか。いや、実はスティリア殿の父君、シェザード卿とはその頃からの友人でね。私も彼も、あの町だけは戦争に関わらせまいと奮闘したいたのです」
そんな彼の昔話や、庭園のデザインについて語りながら、随分と香りの良い紅茶を頂く。
フレーバーティーの一種だと思うが……アールグレイに少し似ているな。
こういうリキュールがあるのなら是非手に入れたいところだ。
「さて……そろそろ本題に入らせて頂きたい。エレクレール殿の言っていた策が成就し、この大陸から七星、見えない悪意というものが消えれば、恐らく戦争も沈静化に向かうと踏んでいる」
「確かに、ダンジョン資源の奪い合いというきっかけも、もう存在しない。戦争を後押しする者も、残るは純粋に邪な考えを持つ者だけになる以上、そう長くは続かないでしょうね」
「うむ。だがその反面、帝国がそもそもなぜダンジョン資源にこだわっていたのか。そこに焦点を当てるべきだと私は思っている」
それについて、俺も思い起こす。俺が帝国領にいたのはほんの一瞬だ。だが……たしかに人が流出し、寂れた印象を受けたのを覚えている。
「僕も、帝国領のダンジョンを幾つも攻略していました。ただ、僕は……ダンジョン以外に資源がない、そんな印象を受けました」
「なるほど。そうですね……七星封印の影響に加え、エレクレールが言うように、大地の力を蒼星の森に集中させられていたのが原因かもしれませんね。不作や飢饉は……十分に戦争の原因になりうる問題ですから」
これも、戦争を誘発させる目的で行われてきたのだとしたら、やはり、ヨロキは早々に殺しておくべき存在だったのだろうな。
「あの子供……はむちゃんであったか。あの子が豊穣の力を受け継ぐのなら、すぐでなくても、いずれは帝国でも実りが豊かになるかもしれない。だが……それを向こうの人間に信じさせる手段もなければ、そもそも戦争をやめたいと提案する事、和平交渉の準備すらままならないというのが、現状のガルデウスの状況なのだ」
「……もう、長い間戦い続けてきたが故に、そもそも話し合うなんて機会を設けようともしなかった……ということですか」
「うむ……向こうと繋がりがあるのは、それこそ戦争を長引かせ利益を得ようとしていた人間だけ。和平の使者としては使えるはずもない」
何故、ここで俺が呼ばれたのか、薄々その狙いが分かって来た。
「……外大陸の人間であり、多くの後ろ盾を持つ俺に、その使者になれ、という事ですか」
「うむ……実に心苦しく、カイヴォン殿には迷惑をかけ続けているのだが、恥を忍んで頼みたいのだ。もう一度だけ、力を貸してもらいたい」
大陸の平和。その為ならば……俺の力を使うのも良いのではないか。
だが同時に、先日の発表が帝国に伝わるのを待ち、なんらかのアクションを待つのも一つの手ではないかと提案する。
ある意味、俺という力を使い、交渉を優位に進めようとしていると取られかねないのだ。
今後の為にも、いきなり俺を使うのではなく、少し待ってみてはどうかと提案する。
「確かに、そういう考えもあった。だが……私は不安なのだ。どんな人間が治め、どんな思想を持つのか。そのはっきりとした情報も私は持っていないのだ。恐らく、ギルドの人間よりも王家が持つ情報は少ない。どうしても、先んじて仕掛ける形に頼ってしまう」
「……そうでしたか。ギルドと王家は一つにまとまる必要があったかもしれませんね……ですが、戦争が終われば今度こそ、各々が自由に、時には手を取り合える国になれるかもしれませんね」
「そう願うよ。して……カイヴォン殿。使者としての役割、すぐにではなくとも、いずれお願いする時が、もしかしたら来るかもしれない。その時は頼めるだろうか」
「ええ、構いません。ですが……案外、そんな時は来ないかもしれません。幸い、向こうの王家には……悪意にも負けず、自分が出来る手段で民を守ろうとする人間がいると、俺は知っていますから」
なぁ、そうだろう? エル。
お前なら、この国の、大陸の変化を感じ取れる筈だ。
だから、きっとお前となら……この国とだって手を取り合えるんじゃないか?
俺のもたらしたその情報に、国王の表情が柔らかなものになる。
「……そうであったか。カイヴォン殿の交友の幅は計り知れないな。そうか……帝国の王家とも繋がりを持っていたか……まったく、かの人、オインク総帥は本当に人に恵まれているのだな」
「恐縮です。……そうですね、いつか時が来たら……全ての大陸の代表者達を一堂に集めるような、そんな機会を作り出せたら良いですね。きっと……いずれ世界はそうなるべきだ」
「なるほど、確かに僕が元居た世界では、異なる大陸の代表者達が集まる会議みたいなものも開かれていました。いつか……この世界もそうなると良いですね」
そうして、お茶会というには少々硬い内容の話をする事になったが、それでも久しぶりに、ゆっくりと落ち着ける時間を過ごしているうちに、外の日差しが落ち着き始めてきた。
やがて日が沈むころ『儀式の準備が整った』との知らせを受け、いよいよ七星、エレクレールが最後を迎える時がやって来たのであった。
(´・ω・`)いよいよ9巻発売まで残り20日を切りました。
今回の宣伝料理はなににしようかなぁ