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三百八十五話

(´・ω・`)九巻の表紙イラストがAmazon等で公開されました

「では、僕達は一足先にお城に向かいますね」

「日暮れ前、四時頃には送迎をするように手配しておきましたので、それまでカイヴォン殿達は屋敷でお寛ぎください。ここ最近、遅くまで起きていたようですしね」

「バレていましたか。やっぱり、どうしても人が大勢住む都市で不安要素を置いていると思うと色々考えてしまうんですよ」

「今日はマッケンジー老も魔術師ギルドに詰めておくという話ですし、ある程度は安心しても大丈夫だと思いますよ。では、我らはお先に失礼致します」


 翌日。晩餐会当日に、朝早くからナオ君とスティリアさんが城へと向かう事に。

 ジニアはどうやら散歩がてら歩いて先に向かったらしいのだが、もしかして逃げた訳じゃないだろうな?


「ふぅ……俺達も衣装の準備だけしておこうか」

「うん。私はいつものドレス甲冑だけどね。やっぱりいざっていう時に戦える方が良いかなって」

「だったら俺なんてもうお馴染みの魔王ルックですよ。まぁ今回はこの間謁見した手前、あの姿じゃないと失礼だと思うし」

「そしてレイスは久しぶりにあのドレスを着るんだね? 前にオインクのところの晩餐会で着たドレス」

「はい。これ、実はウィングレストで暮らしていた時に仕立てた物だったのですが、中々着る機会がなくって、折角なら、と」


 衣装に着替え、晩餐会の備えながら、こちらの思惑通りに事が動くように祈る。

 ……運命が、もしも大きく動くのなら、それはきっと今日この日に違いないのだから。

 そんなどこか落ち着かないような、ソワソワとまではいかないが、何か胸騒ぎがするような。

 そんな感覚に苛まれていたのはどうやら俺だけではないようで、レイスもリュエも、いつもより少し落ち着きがないように見えた。


「何があるか分からないからな、今日は。念のため万全の対策をとっておくべきか」

「そうだね。相手が相手だもん。出来る事は全部しておこうか」


 そうして、アビリティをリュエとレイスに付与していく。


【カースギフト】発動

対象者 リュエ [極光の癒し]付与

対象者 レイス[再起]付与


【サクリファイス】発動

対象者 レイス


 今出来る全てを、彼女達に与える。

 リュエには、本人の強さも加味して[生命力極限強化]と似た効果を持つ回復アビリティを。

 レイスには、もしも万が一の事があっても、再びこの世界に戻る事が出来る蘇生の保険を。

 そして、同時に彼女が受けたダメージが全てこちらに来るようにしておく。

 本当なら二人にかけたいのだが、生憎【サクリファイス】の対象は一人しか選べない。

 そうなると、どうしてもリュエよりも回復手段に乏しい彼女を優先する事になってしまうのだ。

 今回与えたアビリティの説明を彼女達にもし、最後に自分自身に[生命力極限強化]を付与して終わりだ。


「……あの。カイさんは大丈夫なのですか? もしもの事があれば……」

「大丈夫だよ。この力で得られる回復力は並じゃない。首を切り裂かれても即死しないくらいだから」

「そういえば、シュンと戦っていた時も凄かったよね。でも、無理は禁物だよ」

「了解。そっちも無理はしない事。舞踏会には大勢の人が来る事になる。たぶん別れて警戒する事になるからね」


 今出来る事をしたお陰か、少しだけ気持ちに余裕が生まれる。

 そうして、長く感じた待ち時間もついに終わりを迎え、送迎の馬車の用意が出来たとの報告受け、晩餐会に出席すべく、まるで戦車のような威風堂々とした馬車に乗り込むのだった。




 以前訪れた際は訓練場にのみ立ち寄った王城。だが今日は晩餐会が開かれるという事で、巨大なホールへと通される。

 普段、あまり人が詰めていない、あくまで象徴としての意味合いが強い城。

 だが今日に限っては、多くの貴族、そして各組織の有識者や幹部、長が集まっているのだろう。

 舞踏会故のどこか優雅で浮かれた空気に混じり、ピリピリとした緊張感も混在していた。

 時刻は午後の四時。日差しが弱まり、もうまもなく夕焼けへと移り行く時間。

 開放的なホールは、そのまま庭園での園遊会へ移行できそうな程扉や窓が随所に配置されており、そんな移り行く空模様ですら、室内に居ながら感じ取れるほどだった。


「うひゃあ……凄い人数だね? さすが国も大きいと催しの大きさも違うねぇ」

「そうですね、私もここまでの物は初体験です。凄いです」

「ここで、これからナオ君はとんでもない爆弾発言をする訳、か」


 外に繋がりやすい会場。これは……少し注意しておいた方が良いかもしれないな。

 会場を一通り見て回っていると、思いのほかこの大陸にも魔族の姿が多いことに気が付いた。

 魔王ルックでいる関係か、頻繁にそういった方々に声をかけられているのだが……中にはそれこそ、アルヴィースと所縁のある人もおり、当然捉まってしまう。

 それは勿論、同じく魔族であるレイスも例外ではないのだが、幸い隣にいるのが俺なので、おかしな人間が近づいてくる事はなかった。

 ……むしろ闘技大会の事を知っている警備の騎士の方が声を掛けたそうにしていたくらいだ。

 そうして過ごしているうちに、会場には次々と出席者達が集まり、本格的に晩餐会が始まる。


「楽曲の演奏も始まったみたいだね。そろそろ国王とナオ君達も来るんじゃないかな」


 すると、俺達が使った入り口ではない、もう一つ存在する入り口の周辺が人払いをされ、俄かに周囲の話し声が静まった。

 名乗りや呼び出しの声などは上がらない。ただ、静かにその大きな扉が開き、皆が静かに注目するのみ。

 そして現れたのは、国王と並び一緒にホールへと入場するナオ君。

 そしてその仲間として、彼のすぐ後ろに続くスティリア嬢とジニアだった。


「普段、鎧のイメージが強いけれど……やっぱり綺麗だな、スティリアさん」

「ええ、そうですね。これは会場の男性が放ってはおかないかもしれませんが……」

「でも、そもそも騎士として有名人だもんね。案外慣れてるのかも」


 リュエの言う通り、ドレスに着られている、なんて事はなく、その立ち居振る舞いからは確かな慣れ、そして武人としての隙の無さを感じられる……ような気がする。

 いや、詳しくは分からないんですさすがに。


「それにしても……ジニアちゃん男装してるね? お屋敷で暮らしていた時もそうだったけど。それに……物凄く居心地が悪そうな顔してるね?」

「ちょ、ちょっと不憫になって来ますね……」


 ジニアはパンツルックにいつもの長髪のままという、極力普段の恰好に近いスタイルだが、やはり衣装が舞踏会用なのか、とても華やかに見える。

 うむ……オインクもそうだったが、ジニアもなんだか塚っぽいというかなんというか。


「本当は一緒にケン爺も来ていたはずだと思うと、やっぱり少し申し訳ない気持ちになるな」

「そうだね……後でごちそう、少し運んで行ってあげよっか」

「そうしましょうか。さ、いよいよ挨拶が始まるみたいですよ」


 会場にセッティングされた玉座の前に王が立つ。

 その隣に王妃の為であろう玉座もあるが、その前に誰かが立つ様子はない。

 ……ふむ。そういえばあの王は、結婚をしていないのだろうか?


「皆、歓談の中断させてしまい申し訳なく思う。が、今この時より、正式に晩餐会の開催を宣言させて頂く」


 その宣言に拍手が起こるも、やはり絶対の君主ではない関係か、熱狂的な拍手喝采ではなく、音量を抑えられた上品な拍手が周囲から聞こえてくる程度だった。

 まぁそれでも人数が人数だ。中々に盛況と言えるだろうが。


「……今、私と共に入場した者が誰なのか。そしてその者が今ここにいるという事はどういう意味なのか。この突然の晩餐会はなんなのか。それを……今更語るまでもない事は私も大いに理解している。が、王である以上、言わねばならぬな?」


 微妙にウィットな調子で語る王は、なるほどやはり人の心に入り込む、無暗に敵を作らない、警戒させない術を身に付けているように感じる。

 そして、周囲もまた、恐らく既にナオ君の帰還を知っていたのか、当然だという様子でその言葉を聞いていた。


「この度、解放者ナオが、その七星解放の旅を終え、この国に戻って来た。我が国を代表する騎士、シェザード卿のご息女にして副騎士団長のスティリア殿。そして本日は都合により欠席となったマッケンジー殿。そして最後に、遠くセミフィナル大陸から来た剣士、ジニア・ランドシルト殿と共に数々の試練、戦いを経て、蒼星の森を走破したのだと」


 あ、今のジニアはミドルネームがないのか。記憶が確かなら、アーカムには『フィナル』というミドルネームがあった気がするが……そうか、あれは元王族としての名前だったか。


「ナオ君が一番緊張しているね。さっきから表情が凍っているよ」

「……あえて触れないでいたんだけどなぁ。そりゃそうだ。彼は元々ただの一般人なんだ」


 ナオ君。可愛い顔をしているのでドレス姿でも違和感はないと思うのだが、彼もジニア同様、パンツルックだ。上下共に黒い学生服に似た衣装を纏っているが……もしかして、学生服で召喚されて、その時の制服を元に作られたりしている可能性が……?


「……この後、ナオ君のスピーチがある。でも、そこで彼は語るはずだ。本来の目的、戦争の裏にいる存在、そして七星を確保した事を」

「……カイ君。私は念のため庭に出ておくよ」

「私はナオ君の近くに移動しておきます。どうやらスティリアさんも動いているようなので、私は入り口側へ」

「了解。俺は……二階に上がって上から全体を見張るよ」


 皆、ナオ君が語る言葉を一語一句聞き逃すまいと、同じ方向に視線を送っている。

 七星の解放。その報告がなされるのだろうと、今か今かと心待ちにしていた。


「――の支援、協力により、僕達の旅は無事に目的を遂げ――」


 触りの部分を語っているようだ。今の段階では誰もおかしな動きはしていないと見える。

 だが――ナオ君の語る次の言葉に、会場がどよめいた。


「実を言うと、僕は七星の解放はまだしていないのです」


 漏れ聞こえてくるのは『どういう事だ』『発見だけしたのだろうか?』『解放出来なかったのでは?』という疑念の声。だが、それに続き彼はついに――


「七星は、今この国にいます。封印ごと、持ち帰る事に成功しました」


 それだけを聞くと、驚きもあるだろうが、もはや解放は秒読みだと思うだろう。

 だがもしも、七星の力を利用していた人間ならば……きっと動き出す。

 彼はそのまま、旅の最中に遭遇したおかしな出来事、そしてヨロキについて語り出す。

 戦争の裏で動く何者か。戦争を推し進めようと暗躍する人間。

 そして、先日の騎士団による独断専行についても言及した。


「ここからは私がお話させて頂きます。ナオ様の語る『戦争によりなんらかの益を得ようと動く者』は、既に国の内部。それこそ騎士団にまで入り込んでいると見て良いでしょう。確かに戦争は、少なくない利益をもたらします。ですが戦争で利益を得ることと、利益を得るために戦争を長引かせる、争いを起こす、というのには大きな違いがある。私は、国王により今回の一連の動きを探る許可を――」


 彼女の語る言葉にどよめきが大きくなっていく中、旗色が悪くなってきたと感じている一部の貴族達が動き出す。

 だが、それはあくまで国の問題であり、俺達ではなくスティリアさんの部下たちが取り押さえていく。恐らく、既に目星はつけていたのだろう。


「貴族じゃないな。動いているのは……各組織の人間……」


 それら全てを追いかけることは出来ない。だが、ただ動くだけなら別段気に留める必要もないだろう。

 どこだって、その情報を急ぎ本部に持ち帰りたいはずだ。

 だがもし、明らかに違う動きを、一目を避けるようにどこかへ向かう者がいたらどうか。

 ……だが、そういった人間が現れる気配はない。

 既に、ナオ君は七星確保の報告をし、このホールから下がっている。

 今、もしも彼に近づく者がいるとしたら。

 急ぎ俺もホールを抜け出し、彼が使っているであろう控室へと向かう。

 横目に見たホールでは、既に大規模な捕り物が始まっていた。

 この混乱に乗じた人間がいないとも限らない。

 急ぎその場所を見つけ、ノックをしてみると、疲れた様子のナオ君の声が返って来た。


「入るよ、ナオ君」

「カイヴォンさん。すみません、挨拶も出来ずに」

「酷い顔だ。やっぱりああいう場に立つのは緊張するかい?」

「はい。今回、僕の発表で家を失う人も出てきます。その引き金を引いたのが僕ですからね、やっぱり少し……難しいです」

「ああ、中々の混乱ぶりだった。けどこれで終わりじゃない。俺は今から城の外に向かうよ。ナオ君、一緒に行こう。まだ誰が動き出したかは分からないけれど、きっと動いたのなら、向かうはずだ。ナオ君の協力者として知られているケン爺の居る、魔術師ギルドへ」

「……そうですね。行きましょう。使用人専用の出入り口があります、そこから出ましょうか」

「了解。もし……異常がなければ、君にはこのままヨロキを殺してもらうつもりだ。覚悟はしておいてくれ」

「……はい」


 日が沈みつつある空の下、魔術師ギルドへと向かう。

 俺達同様、急ぎ駆ける人間や馬車に乗り込む人間の姿も見えるが、彼等もまた、自分達の組織、協力者、内通者と情報を共有するべく動いているのだろう。

 既に、国そのものも彼らの動きは察知していたのか、まるで分かっていたかのように街の中に騎士の姿が目立つ。

 互いに知った上で諜報活動をしている国……改めて考えると、随分と歪だ。


「カイヴォンさん、安心してください。今動いている人達は皆、この街のギルド関係者です。ただ……今魔術師ギルドに向かう人間がいるとすれば……その人が一番怪しい筈です」

「だと思うよ。建物自体がリュエの結界で守られているからね、そうそう滅多な事にはならないと思うけれど……急ごう、そっちの壁から飛び降りられるかい?」

「へっちゃらです! 屋根伝いに行った方が速そうですね」


 彼と共に、他の区画より高い位置にある王城区画から、そのまま貴族街が広がる眼下へと飛び降りる。

 彼と街の中をこうして駆け回る事になるとはね。本当に逞しくなった。

 そうして、屋根伝いに走り続け、魔術師ギルドのシンボルとも言える背の高い塔が見えてきた。

 飛び降り、急ぎギルドへと飛び込むも、別段異常は見当たらない。

 皆、いつも通り自分達の研究資料を運んだり、熱心に話し込んだりしている術者がいるのみだ。


「……異常なし、みたいだね」

「そう、みたいですね。凄いや、晩餐会の日なのにみんないつも通り……熱心なんですね」

「研究者ってのはそういうもんなのかね?」


 今日の晩餐会に、魔術師ギルドの人間は誰も出席していなかったのだろうか?

 先代のギルド長であるケン爺がギルドに籠る手前、自粛した……?


「念のため、ケン爺のところにも行っておこうか」

「はい。大丈夫かな、マッケンジーさん。一人でお酒とか飲んで眠っていたりして」

「さすがに今日はそんな事しないと思うよ。……たぶん」


 受付の女性に、彼の研究室に向かう旨を伝える。だが、返事が返ってこなかった。

 何やら書類を書いているようだったのでもう一度声をかけてみるも……無視とな?


「あの、すみません。今日もマッケンジーさんの研究室に用事があるのですが。あの!」

「……ナオ君。なにかおかしい。その書類、書いてある文字がデタラメだぞ」


 あまりに無反応を続ける女性が、一体何に夢中になっているのかと手元を見ると、そこには極々ありふれた文面が躍っているのみ。

 だが、そこに彼女は一心不乱に、ミミズがのたうったような記号を描き続けていたのだ。


「っ! すみません! 誰か来てください! なんだか様子がおかしいんです!」

「……ナオ君、急ぐぞ。ここに居る人間……全員おかしいぞ!」


 歩き回る人間、熱心に何かを語り合う男性。それらが全て、同じ行動を繰り返しているだけに見える。

 これは、何者かに操作されている?

 廊下を駆け抜け、ケン爺の研究室へと向かう。

 そして扉を開いた瞬間、猛烈な酒の香りに、一瞬立ち眩みをおこしてしまう。


「ナオ君! 平気かい!?」

「う……はい! 酷い……お酒の樹からなにまで滅茶苦茶だ……」


 ケン爺が栽培していた植物が荒らされ、そして……ヨロキと七星を隔離していた別室の中、ガラス越しに見えたその光景は――


「ケン爺!」

「マッケンジーさん!」


 急ぎ部屋へと入る。そして……壁に貼り付けにされ、ぐったりと意識を失っているケン爺に声をかける。

 反応はない……何があった? ここまで侵入された?

 急ぎケン爺にも俺のもつ[生命力極限強化]の回復効果が及ぶようにアビリティを変更し、様子を見る。

 脈はある。呼吸もある。生きてはいるようだが……。


「ナオ君、七星の封印部屋を見てきてくれ」

「はい!」

「こっちは……なんだ、これは」


 そして俺は、この部屋にあるはずの黒い塊へと目を向ける。

 だが、そこにあるのは赤黒い血だまりと、黒い破片。そしてそれに混じる肉片のみ。

 誰かが殺した? 馬鹿な、そもそもここはリュエの結界が張ってある。部外者が立ち入れるはずがないではないか。


「……まさか、関係者の中に?」

「ぬ……ぐ、カイか……?」

「ケン爺! 何があった! ギルド全体が何かに操られていた!」

「ナオ殿は……どこじゃ?」

「今、隣の部屋。七星のところへ行かせた」

「ふむ、そうか……どうやら、儂らは甘く見ていたようじゃ。儂も意識はるが……意思の方がのう」


 その瞬間、部屋の扉が閉じ、室内全面に紋章が浮かび上がる。


「主を隔離させてもらう。リュエ殿の張った結界じゃ、主にも破れまい」

「な……ケン爺。アンタ……もしかして」

「うむ。すまぬが儂の意思はもうヨロキと共にある。なんと言えばいいのか、操られるというよりは急激な心変わりじゃな。儂を、殺すかの?」

「……これ以上抵抗する気はないんだな? なら杖を置け。そのまま封じさせてもらう」

「やはりそうなるか。うむ、悪いなカイよ。まっこと恐ろしい力よ。人心をこうも完全に掌握するとは。今も、儂にはなんの罪悪感も湧かないのじゃ」

「……洗脳ですらないのかよ。本当に自然体のままこっちを裏切れるのか」


 すぐさまケン爺を黒い塊で封じ、呼吸だけは出来る様に頭を出しておく。

 ……いつからだ。いつからケン爺はヨロキの支配下にあった?

 甘くて見ていた。仮にも、神もどきが授けた力だぞ。

 俺自身、ミサトの魅了に屈した事があるではないか。


「リュエの結界……生憎、俺とリュエの力は拮抗しているわけじゃないんだよ」


 全力で、扉にむかい剣を振り下ろす。

 すると大量のガラスが一度に割れたような音と共に、扉の結界と扉その物が砕け散る。

 そのまま急ぎ隣の部屋へ向かうと、今まさにナオ君が、形のない、実体のない、良く分からない赤黒い靄に取り込まれつつある姿が見えた。


「っ! ヨロキ! お前だろ!」

『……想像よりも早いな。足止めは失敗か』


 すかさず切りつけるも、まるで霧を切ったかのように姿がぶれるのみ。

 どうやら、物理的な攻撃は効果を成さないようだ。


「……お前……いつからだ? いつからケン爺を操っていた?」

『さて、いつからだろうな。生憎、無意識に働く力なのでね。もっとも、感応性が高い術者にしか効果がないのだが。そういう意味では惜しかった、お前やあのエルフの娘を支配できなかったのは』


 自在に操る、操作する訳ではないと? だとすれば……下手をすれば初めて対峙した時から影響を受けていたかもしれないということだ。

 再び剣を振るい、今度はナオ君を掴む腕を散らす。

 すると、さすがに捕え続けられなくなったのか、ナオ君が床に崩れ落ちた。


「ナオ君、刀を構えて」

「く……はい!」


 するとヨロキが彼の刀を見た瞬間、目に見えて分かるくらい大きく震え、何かに反応しているかのようにざわめきはじめた。


『お前……そんな力まで授かっていたか』

「想定外だったか? ナオ君、俺が隙を作る。一気にたたみかける」

「分かりました。気を付けてください、直接身体に触れられると身体が動かなくなります」


 ダメージは通らないが、どうやら攻撃の影響で距離を離す事は出来る。

 時間さえかければ対処出来る筈だ。だが――


『……また、次の機会を待つとしようか。どうやら魔族の男、お前は随分と優しいようだ。周囲へのダメージを気にしていると見える』


 無言で返す。

 図星だ。ここで全力を出して戦えば、今もギルド内にいる大勢の人間を巻き込む形になる。


『追うかね、私を』

「……逃げるのか? ここに残された七星はすぐにでも殺すつもりだが」

『……それもいいだろう。何もできない存在だ。生憎交渉材料としては弱すぎる』


 赤い靄が再び形を作り始め、そのまま天井へと吸い込まれるように消えていく。

 だが、その時だった。まるで強風を上から浴びせられたように、赤い霧が床に叩きつけられるように広がり始め、そして驚愕の声が上がる。


『な……馬鹿な……私を阻んだ!?』


 すると、部屋の扉が開き、怒り心頭と言った様子の――


「ナオ君もカイくんもいないと思ったら、こういう事だったんだね。甘かったよ、やっぱり全てを優先して殺すべきだったんだ」

「リュエ!」

「今はいいから、早く止めをさすんだよ! ナオ君、早く!」

「は、はい!」


 最後の抵抗を見せるように、床に広がった霧がさらに周囲に広がり始める。

 だが、もはや部屋の隙間が全てリュエにより塞がれているのか、廊下へと広がる事は出来ないようだった。

 刀が鞘から抜き放たれる音が背後から聞こえ、それに合わせてヨロキの周囲に魔法で壁を作り出す。

 そして、次の瞬間――


「……え?」

「……これが、止めです」

「ああ、そうだ。これが最後の一手だ」


 正確に、俺の心臓の位置から、刀が飛び出していた。


「ヨロキ……この策士が……」


(´・ω・`)表紙に描かれているのは一体誰なんですかね

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