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三百八十四話

(´・ω・`)お待たせしました

「……そんな事があったのですか」

「ううむ、まさかこの大陸で既に他の七星が……」

「あの、僕としては……この世界そのものの敵っていうのが気になります。もしも七星解放が何者かの計画の一端だったとしたら……」

「私は良く分かりませんが、世の中が良くなるのなら、カイヴォン様のお手伝いになる事をしたいです」


 クロムウェルさんとの通信の後、スティリアさんの屋敷に集まった面々、つまり今回の関係者にだけ事の顛末を伝える。

 ナオ君一行の反応はやはり、自分達が暮らす大陸の事だというのもあって、どこか感慨深げに見える。

 一方レイスは、静かに話を聞き、最後に少しだけ小さな声で『よかったです……』と呟いていた。

 恐らく……オインクやリュエの気持ちを考えていたのだろう。


 戦争の引き金。七星の謎。世界の敵対者。ヨロキ達がかつて行った事。

 そして、今後の自分達の役割についてを更に話し合う。


「ヨロキから引き出せる情報はそろそろ限界まで来ている。恐らくもう長くはないと思う。けれど、晩餐会でナオ君が動けばきっとヨロキの仲間が動き出すと踏んでいる」

「ふむ……となると儂は魔術師ギルドに詰めておいた方がよさそうじゃな? 城の宴は名残惜しいが、平和にはかえられん」

「なるほど……僕はお城に行くのは確定として、スティリアも出席しない訳にはいかないよね」

「はい。当日は会場の警備や、ナオ様の発表に続き、今回怪しい動きを見せた面々を皆の前で糾弾する手筈になっておりますので」


 晩餐会と言うよりは断罪会と言うべきこちらの計画。

 だが、これで事態はようやく動きだすのだと、皆覚悟を決める。

 そして、話題は消えた七星『ハーム・コラテラル』へと移る。


「今のヨロキが使役出来るとは思えない。恐らく、既にこの大陸全体に広がっていると見て良いんじゃないかな」

「悪意……ある種の思念誘導か。それは確かに厄介じゃのう……しかし、こうして我らにはその影響が出ていない以上、全体に広がっているとは限らないんじゃないかのう?」


 ケン爺の指摘に、リュエが説明をする。

 かつて、似たような術に侵されていたサーズガルドで、彼女はそれを打ち破る術を国王達に使った事を踏まえ、人の心の強さ、抵抗力についての考えを。


「ここの住人はしっかりと自分達のふるさと、拠り所を得て暮らしているからね。ある程度は抵抗力もあるはずなんだ。でも、実際には微弱な影響を受けている。ほんの些細な事だからさ、みんな影響なんて感じないし、私だって気が付けない。でもそんな人間が何世代も、何年も、ずっと生きている。それは全体の流れの向きを緩やかに変える程度だけど……小さな歪みだって、長くそのまま続けば大きな歪みになってしまうんだ」

「つまり……儂らも含めて、皆多少は影響を受けていると?」

「たぶんね。もしかしたら私だって影響があるかもしれないくらいさ」

「たぶん、ナオ君はうっすらと気が付いているんじゃないかい? 俺もナオ君も、ある意味ではこの世界における異端者なんだ。この平然と戦争を受け入れている状態……おかしいと思うだろう?」

「……はい。勿論、戦争なんて早く終わって欲しいっていう住人の皆さんは沢山います。それは勿論、僕の行動を支援してくれる人だってそうです。ですが……半ば、諦めではないですけど……」

「悲壮感が薄い。そうだね? 心のどこかである程度の協力は当然だ、そんな意思が見え隠れしていると」

「そう……だと思います」


 決してそれを悪いとは言わない。だが、こうも文明、文化が発達し、様々な勢力が存在する大陸で、声を大にして戦争反対を掲げるような集団がどこにも現れないのは不自然なのだ。

 決して独裁政治、恐怖政治ではない、自由な国だというのに、そういった多少過激な活動家達が一切現れないのは、どう考えてもおかしいとしか言えないのだ。


「ともあれ、今日はもう遅いし明日もやる事が多そうだ。俺はいつも通りヨロキのところに行くから、ナオ君達は城での晩餐会に備えて各自動いて欲しい」

「うむ分かった。こちらもそろそろ魔術師ギルドの過去の文献の調査が終わる頃じゃ、分かり次第報告へ向かわせよう。とはいえ、既に過去の諸々が判明しておるようじゃがの」

「それでも助かるよケン君。どんな研究をしていたのか、その痕跡が少しでも残っていれば、大体は追いかけられるからね。……ヨロキ以外の二人は、私の教え子みたいなものだからね」

「リュエ殿……うむ、任せてくれい。これでも大陸一の魔導師じゃからな。過去の術者の痕跡を追いかける事くらい儂にだって出来るはずじゃ。是非、手伝わせてくれい」


 ケン爺も、同じ術者として多くの経験を経てきたのだろう。

 その中で、もしかしたら今のリュエのような思いを経験した事だってあるのかもしれない。

 まるで元気づけるように、リュエに明るい調子でそう応えるのだった。


「私はどうしましょう。さすがに……式典には私も出席しないといけないのでしょうか」

「それはそうですよ。ジニアさんは一緒に七星解放の為に戦った仲間なんですから。今回ばっかりはしっかり出席してもらいますからね」

「ジニアは本当にこういう場に出るのが嫌みたいだな?」

「はい。大勢の人に見られると、なんだか昔みたいで苦手です。正直、力があるという理由だけで注目されるのは……気分がよくありませんでした」


 そうか。以前はアーカムの私兵団の団長という立場だったな。

 それすらも、彼女にとっては思い出したくない記憶なのだろう。


「ジニアちゃん、ただご飯を食べに行くだけだと思うと良いよ! 私も晩餐会っていうのに主賓で出席した事があるけれど、人の話なんて適当に流しつつ美味しいご飯とワインを頂けばいいのさ!」

「……そういえばリュエも経験者だったね。まぁ最悪リュエやレイスの側にいたら良いんじゃないか? 当日は」

「わかりました、そうします」

「じゃあ、今日はそろそろ寝るとしようかな。ケン爺は魔術師ギルドに戻るのかい?」

「んむ。さすがに儂までスティリア嬢の世話になるのは申し訳ないからの」

「気にせずとも良いのですが、恐らく私がいては晩酌に水を差されると思っているのでしょう?」

「そ、そんなことはないぞ? では、また明日」


 逃げた。

 ともあれ、色々と考える事が増えた一日も、こうして無事に終わりを告げた。

 そして――俺の予想に反し、ヨロキから情報を引き出せたのは、この日が最後だった。






「……リュエ、どうだい?」

「やっぱりダメみたいだよ。回復術はいつものように素通り。そもそも、今の状態で生きている理由すら分からないんだ……」

「自分の意思で耳を破壊した段階で気が付くべきだったか……」


 翌朝。ヨロキは『生きているだけ』になっていた。

 思考が読めないのだ。だが、確かにその心臓は動いている。

 脳死……に似た状態なのだろうか。

 そもそも考える事が出来なければ、こちらも探りようがない。

 これはさすがに俺の力で回復させるべきなのか……いや、都市の中でこの男を万全な状態にするという選択肢だけはとれない。となると……。


「……殺すか、ここで」

「あの刀を私が使うのかい?」

「……いや、今すぐじゃないんだ。あいつは、ナオ君が成長する事を望んでいた。俺をなんとかして殺させてね。でも……あの刀を使えばそれを逆手にとれるかもしれない」

「……ナオ君に殺させるつもりかい? 確かに、大きな糧にはなると思うけど……本当にさせるのかい? 魔物じゃない、人を殺すんだよ? それも、たぶん同郷の人間を」

「本人に委ねるよ。恐らく、ナオ君は余程資質に恵まれていたんだと思う。こいつがナオ君の成長を期待していたのには何か理由がある。それを……実際に確かめてみたいんだ」

「……まだ、子供だよ?」

「ああ。だから、その為に俺達がいる。彼が躊躇したその時は……リュエ、頼めるかい?」

「分かった。出来れば、躊躇して欲しいけれど……あの子、凄く強い子だからね……」


 そう。彼は強い。初めて会った時、第一印象こそ弱々しいとまでいかずとも、優しい子だなと感じた。だが……彼の芯の強さは、決意の固さは、その言動の節々に現れていた。

 得体のしれない、神かもしれない相手の言葉に逆らい、俺を信じた強さ。

 国の願い。七星解放に疑問を抱き、自分の足で道を決めて進んでいった強さ。

 一度負けた、仲間を失うきっかけを作った相手にすら、怯まずに挑む心の強さ。

 そして……失った仲間を遠くに置き、自分達だけで先に進める強さ。


「……ああ、ナオ君は強いよ。さすが俺の一番弟子だ」


 そうして、再びヨロキを封印しナオ君の元へと向かうのだった。






 王城へと顔パスで入れるようになったお陰で、すんなりとナオ君がいる騎士団の訓練所へと辿り着いた。

 今は騎士の訓練ではなく、明日行われる式典の際の隊列や段取りの予行練習を行っている様子だが、ナオ君もその場所で、明日どのようなスピーチをするのかと、スティリア嬢や他の騎士達と打ち合わせの真っ最中であった。

 ……まぁ、実際には全く別な内容を語る事になるのだが。

 こちらがナオ君に声を掛けようとした時、丁度休憩の時間になったのか、彼が訓練場の休憩スペースへと向かう。

 これ幸いにと彼の元へ向かおうとしたのだが……先客が来てしまったようだ。


「あれは……ナオ君は随分と人気者みたいだな」

「可愛い子がいっぱいだねぇ。身なりからして……偉い人の娘さん達なのかな?」


 恐らく、今回の式典を境に彼の解放者としての役目も終わると踏み、いよいよ貴族達が彼を取り込もうと自分の娘達を送り込んできたのだろう。

 もっとも、ジニア曰く、それは新たな仲間の選抜や遠征軍編成の際に既にあった事らしいが。


「ナオ様! 晩餐会のダンスでは、是非私と踊って頂けませんか!?」

「ナオ様、晩餐会が済みましたら、城の中庭で少し私と夜の散歩などどうでしょうか」

「ナオ様、私の父が、是非一度ナオ様を屋敷にお招きしたいと……」

「ナオ君、今度またザンギ作るからお兄さんとお話しようか」


 はい、娘さんに混じってお兄さんもちょっとお誘いをかけてみました。

 そんな目で見ないでくださいお嬢サマ―ズ。違うんです、お兄さんそういう趣味じゃないんです。ただちょっと悪戯心がムクムクしてきちゃったんです。


「あ、貴方なんなの! 今は私達がナオ様と話しているのよ!」

「申し訳ありませんが、後にして頂けます? 大切な用事があるので」

「これは失礼。ナオ君、すまなかったね。邪魔をしてしまった」

「い、いえ! すみません、彼は僕のお師匠様です。ですから……本当に大切な話があるんだと思います。すみません、少し席を外させてくださいね」


 冷静に対処してくれるナオ君。割と捨て身のギャグだったんですが、彼には伝わらなかった模様。


「ナオ様の……失礼しました……」

「申し訳ございませんでした」


 どうやら、ナオ君の関係者からの不興を買うつもりはない模様。

“将を射んとする者はまず馬を射よ”という考えなのだろうか?

 ……その関係者の中にスティリアさんというラスボスが混じっているんですがそれは。


「良い……絵になりますわ……可愛らしいナオ様を奪う鬼畜風師匠……」


 ただ一人だけ、なんだか発酵が進んでいるお嬢さんが混じっていませんかね?

 ともあれ、彼を連れて、いつのまにか訓練所の隅っこで木剣を吟味していたリュエの元へと向かう。


「やっぱり凄い人気だな、ナオ君は。まぁ裏の意図もあるんだろうけれど」

「はい。正直、悪い気はしませんけれどね? 僕も男ですから。ただ……やっぱり真意を伝えるつもりのない人と一緒にいるのは苦手、です」

「はは、君の口からそんな言葉を聞くなんて少し意外だよ」

「む、どういう意味です? カイヴォンさんまで……」

「ごめんごめん。リュエー、ちょっと場所を移動するよー」

「あ、おかえりー。じゃあちょっと倉庫の方に行こうか」


 恐い先輩に校舎裏に連行されるがごとく、人気の無い倉庫へと向かう。

 実際、今から彼には少々酷な選択を迫る訳なのだが。


「正直、助かりました。それで……僕にお話というと……明日の件でしょうか」

「それにも関わる事だね。……ナオ君、単刀直入に言うよ。君にヨロキを殺して欲しい」

「……あの、それは僕に……彼を殺して得られる経験を積めという事なんですか……?」

「そうだよ。俺自身、既に少なくない人間を殺してきている。そして、魔物同様に経験値を得られる事も確認済みだ」

「……それなら、僕だってもう、間接的になら人を……殺していると思います。僕達を邪魔だと思う人間は、少なくないですから」


 用件を伝えると、彼もまたこれまでの旅を振りかえるように、心苦しそうにその告白をした。

 そうだろうな。彼の旅がただの生易しい、経験値稼ぎの旅で終わるはずもない。

 多くの人間の思惑が渦巻く国の中での冒険。綺麗ごとだけでは済ませられない、と。


「ヤツは、君の成長を望んでいた。もしかしたらアイツの目的には君の成長が不可欠だったのかもしれない。正直、それに沿う形になるのはリスクもあると思う。でも……君が強くなる事に意味があるのだとしたら、それを逆手に取りたいんだ」

「……僕がヨロキを倒せば……確実に強くなると思います。でも……もしヨロキの狙いが強い解放者の身体だとしたら? 僕の身体をどうにか乗っ取るのが目的だとしたらどうでしょう? 僕は……昨日の話を聞いて、そんな事を考えてしまいました……」


 その彼の指摘にハッとする。

 そうだ。ヨロキは能力が低い解放者だ。そして……フェンネルは魂と肉体を切り離す術を研究していたという。

 盲点だ。確かに可能性としては十二分に考えられる。

 すると、事の成り行きを見守っていたリュエが話し始めた。


「ナオ君鋭いね。私もそれを考えていたけれど……今も確かにヨロキの魂はあの身体の中にいるからね。封印ごと切ってしまえば大丈夫だと思う。あの刀は、魂を逃がすような生易しいものじゃないからね。でも、殺しに抵抗があるなら、私が代わりにする事も出来る」

「いえ、僕がやります。たぶん、これはこの大陸の解放者である僕の役目ですから」

「……そっか。じゃあ今すぐ向かおうって言いたいところだけど……」

「相手が相手だ。今倒したらその反動で寝込んでしまう可能性だってあるからね。明日の予定もあることだし」


 正直、この世界に来て一番苦しいと思ったのは、龍神を倒してレベルが上がった時の反動の頭痛だったんですよね。あれ以上の苦しみを彼も味わうと思うと……ちょっと不憫だ。


「う……分かりました。明日、発表が終わったらすぐに向かいましょう。ヨロキの仲間が動き出す前に、元凶を倒してしまえば……」

「そういう事だね。じゃあ……リュエ、彼に刀を」

「もうかい?」

「仕留めそこなったら大変だからね。あらかじめ慣れておいた方もいいだろ?」

「なるほど。じゃあナオ君、私が模擬線に付き合ってあげるよ」

「え、ええ!? 危ない刀なんですよね? 当たったりしたら……」


 こちらの提案に大げさに驚いて見せるナオ君だが、大丈夫、あれは外の世界の住人特効だ。

 それに――


「ふふん、私にはただの刀でしかないからね。それに――私に当てられると思うのかい?」

「ナオ君。リュエの本業は魔導師じゃなくて聖騎士、つまり剣士なんだ。そして……純粋な剣技なら、俺でも彼女に敵わないよ」


 さぁ、頑張ってくれナオ君。もう彼女は模擬線する気満々で素振りを始めているぞ。




「よーし! じゃあ初めて使う武器だし二刀流はナシでやろうねナオ君」

「は、はい!」

「あ、ちょっと待って」


 訓練所の一角で行われる模擬線に、式典の準備で集まっていた兵士や騎士、それにナオ君とお近づきになろうとしていた娘さん達もギャラリーとして集まる。

 だが、対峙していたリュエが突然待ったをかけ、おもむろにナオ君の元へ近づく。


「こう、もうちょっと下の方を握って……そう、で左手は少し下に添える感じで軽く握るんだ。切っ先は上げて、振る時はいつもより柔らかく。出来れば腕に連動して腰と足を柔らかく使うかんじで……そう、そんな感じで」

「あ、ありがとうございます! なるほど……同じ片刃でも違うんですね僕の剣と」

「私の本来の武器も、刀に似た形をしているからね、教えられる事も多いんだ。その刀なら無理やり使っても十分強いだろうけど……どうせならしっかり覚えた方がいいと思ってね」


 なんてこった。文字通り手取り足取り教えてあげているではありませんか。

 これがナオ君じゃなかったら嫉妬してしまいそうだ。

 ……逆に嫉妬心が湧いてこないくらい、彼が女の子にしか見えないという意味でもあるが。

 だがしかし、先程のお嬢サマ―ズにはやはり不評な様子。


「な、なんと羨ましい!」

「いくら剣の指導とはいえあんなに密着して……」

「今から私は剣の指南役になるべく修行に励みたく思います」


 落ち着きなされ。そいつは無理だ。

 あ、でももう一名、凄く羨ましそうな視線を送っている人がいますね?


「私では、教えられませんからね……カタナ、といいましたか。独特な形状をしていますね」

「スティリアさん。ええ、あれ実はナオ君が元居た世界にも存在する剣で、彼の祖国で生まれたと言われているんです。この世界にも何の因果か存在しているんですけどね」

「なるほど……ナオ様の国の剣ですか……」


 そういう意味だと、日本で剣道を学んでいたであろうレン君の方が向いていそうではあるが。

 彼も、今頃セミフィナル大陸で旅を続けているのだろう、な。


「それじゃあ構えてー! 私からは攻めないから、打ち込んできー」

「は、はい! では……行きます」


 瞬間、ナオ君の声色が変わり、強烈な覇気が放たれる。

 ……なんだ、ここまで成長していたのか。

 弱った姿や普段の姿からじゃ想像出来ないその佇まいに、ゴクリと唾を飲む。


「……ナオ様は、今や私でも歯が立たない程に成長しました。唯一、選抜会の際にジニアさんが互角に打ち合えましたが」

「でも、ナオは手を抜いていましたね。選抜会に本気を出す訳がありませんから」

「へぇ……って、ジニアいつの間に」

「たった今です。当日の衣装決めがあるからと呼び出されていました」

「なるほど。そして……はむちゃんもいる、と」

「白いねーちゃんが戦ってるはむ! 頑張れー! 黒い髪のねーちゃんも頑張れはむー」


 残念。黒い髪のはお兄ちゃんなんです。

 そんな事をしている間に、ナオ君が駆け出し、一瞬でユエの真横まで迫る。

 そのまま薙ぎ払われた刀を、リュエは木剣で打ち払うが――


「っ! やっぱりソレ相手じゃ無理だったね!」

「あ! 大丈夫ですか!?」


 木剣が、中に入れられているおもりごと切られてしまう。

 受け流す暇すらなく切り裂かれてしまうか……さすがは神もどきの力といったところか。


「うーん……じゃあ私も本来の武器を使うかな。行くよナオ君」

「っ! はい!」


 そしてリュエが取り出したのは『神刀“龍仙”』。

 間違いなく、この世界における最高峰の一振り。

 真剣を構えた瞬間、リュエの雰囲気もまた先程とは異なる、どこか人を委縮させるような物となる。


「……美しい。あれが、リュエ殿の剣なのですか」

「滅多に使いませんけどね。普段、彼女は魔法専門ですから」

「リュエさんの剣は美しい青ですね」

「はむも綺麗な武器欲しいはむ。キラキラの杖とか欲しいはむ」


 その美しい剣が、今度こそナオ君の一撃を受け止め、そしていなされる。

 剣に異常は出ていないように見える。やはり、ほぼ同格と見て良いのだろう。


「じゃあ……本気で行きます」

「おいで、こっちも本気で対応する」


 その言葉の通り、ナオ君が幾度となく姿をブレさせ、残像すら残す勢いでリュエの周囲を駆け巡る。

 突き、薙ぎ払い、振り下ろし、死角となる上空からの兜割り、いずれも本気と呼ぶに相応しい、間違いなく一般の相手なら即座に勝負を終わらせられてしまうような攻撃。

 その度に、リュエは半歩身体をずらす。横に飛ぶ。打ち払う。と、すべていなしていく。

 そこには一種の余裕すら感じさせるほどだった。


「ナオ様―! 頑張ってくださいまし!」

「惜しい! ええいちょこまかと! ちょっと貴女、避けるんじゃありません!」

「ふむ、なかなか良い動きをする娘だ」


 そしてお嬢サマーズの応援が苛烈さを増していくが、一人だけもう既に指南役になりきっています。なんか君となら良いお友達になれそうな気がする。


「ナオ君、動きを意識しすぎて刃がぶれているよ。速さを生かすのは攻撃の瞬間だけにするんだ。その刀にその戦い方は合っていないと思う」

「っ! つい、どうしても一撃あてたくて」

「ふふ……悪いけどそれはさせられないかな?」


 今度は大きな動きを止めた打ち込みが続く。

 リュエが授けた僅かなアドバイスだけで、美しい軌跡を描き振るわれる刀。

 才能か、それとも身体のしなやかさかは分からないが、思わず見惚れてしまう動き。

 それに触発されたのだろうか。ついにリュエも剣を振るい始めた。


「速い……どんどん速くなる。これは私も負けていられないかな。今から私も攻撃するよ!」

「っ! はい!」


 剣戟の防風。二人の間にだけ、銀と青の嵐が巻き起こっているかのような軌跡が躍る。

 その余波だろうか。訓練場の地面が徐々に切り裂かれ、そして本当に巻き起こった風がこちらの髪を揺らす。


「……おいおい、リュエのあれは本物の剣術だろ……“ラピッドスラスト”だ」


 高速の『一撃』を繰り出す技。それを彼女は自分の力で連撃に昇華させて放っている。

 かつて、セミフィナル大陸で行われたエキシビションマッチにおいて、対戦相手のアルバを圧倒した技だ。

 それを……凌ぎきるか、ナオ君。


「八〇%……凄いね、まだ防ぐ」

「っ! ここだ!」


 リュエがさらに剣速を上げようとした瞬間、ナオ君がその一瞬の動きに狙いを決め、大きくはじき距離を取る。

 よく、身体を引くタイミングを作れたなと舌を巻く思いだ。

 だが、どうやら途中で技を止められたのが……お気に召さなかったようだ。


「……本当に凄いね。私、打ち合って剣を止められたのは初めてだよ」


 気温が下がったと錯覚する。片手で振るっていた剣を、リュエが初めて両手で構える。

 そして、まるで剣道の八相の構えのように、顔の横に剣を持っていき……剣をナオ君に向けて倒し、切っ先を向ける。


「ちょっとさすがに熱くなりすぎじゃないか……あの構えは俺も初めて見るぞ」


 そして、リュエが告げた。


「今日はここまで。今から最後の一撃を放つから、さっきみたいに頑張って打ち払ってみておくれ」

「は、はい! よろしくお願いします」


 そして次の瞬間。本当に彼女の姿が消え、気が付けばナオ君の遥か背後、つまりギャラリーの目の前に彼女の姿があった。


「リュエ……少しやり過ぎだ。そんな“聖騎士剣奥義”まで使うなんて」


 瞬間、ナオ君が猛烈に刀を振るい、見えない何かを打ち落とし……途中で崩れ落ちる。

 今のは、通り抜け際に相手にランダムで三~四〇の斬撃を発生させる技。

 使用者の攻撃力や技量でその回数が変動する、ゲーム時代は使い手次第で最高のDPSを叩き出すことができる、文字通り最強の攻撃だ。


「……ふぅ。九回目までは防げていたね。やっぱり凄い」

「リュエ、すぐに回復だ。ナオ君ボロボロじゃないか」

「大丈夫、身体には直接あててはいないよ……たぶん」


 すぐさまリュエの手により、回復魔法を施されるナオ君。

 立ちあがった顔には、畏怖と尊敬の眼差しが宿り、リュエへと向けられていた。


「す、すごい……強くなったつもりでした……でも、剣一本でここまで出来るんですか」

「いやぁ照れるなぁ。でもナオ君も凄いよ、誇っていい。私の人生は長い。凄く長い。でもその中で私とここまで打ち合った剣士なんて君が初めてだよ」

「ほ、本当ですか!?」


 正直、俺もあそこまで打ち合える自信はない。

 ナオ君……君はここまで強くなっていたのか。

 その上で……ヨロキは勝ったと言うのか。


「……もう少し、警戒しておくかね」




 模擬線も終わり、十二分に刀を扱えると分かった以上、暫く刀を預ける事にしたリュエ。

 この後もナオ君は明日の段取りがあるからと、そこで一端彼とその仲間であるスティリアさん、ジニア、そして何故かはむちゃんと別れ、スティリアさんの屋敷へと先に戻る事にした。

 やはり晩餐会での発表に皆が期待しているのだろう。貴族街でもいつも以上に馬車や魔車が目立ち、どこか全体的に浮かれ……いよ、むしろ緊張感が漂っていた。


「大多数の人間にとっても、明日は大きな転機になるって分かっているから、かね」

「うん。そうだと思う。きっとみんなは、これで戦争が、その原因である七星の影響、ダンジョンの頻発が収まると思っているはずだもん。きっと色々考えてるんだろうね」

「ああ。そして……本当の意味で、大きく変わると思う。明日、何が起きても大丈夫なよう、俺達も備えておかないとね」

「うん。そういえば……さっきお城でもレイスを見かけなかったけど、屋敷にいるのかな?」

「うーん、いつもならはむちゃんやジニアと一緒のはずだけど、今日はもしかして……」


 その後、屋敷に戻るとレイスが大量の衣装と共に、こちらを待ち構えていた。

 なるほど……明日の晩餐会の為に衣装選びをするつもりなんですね……?


(´・ω・`)9巻の発売は7/29となっておりますん

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