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三百八十三話

(´・ω・`)お待たせしました

 少々荒い走りで、街道を移動する魔車。

それに乗る彼女が今向かっているのは、保養地として名高い『アギダルの町』。

 かつての大英雄『イグゾウ・ヨシダ』の没地にして晩年を多く過ごした地でもあり、その歴史的背景もあいまり、国内外から多くの人間が足を運ぶ地でもあった。

 近年では、セカンダリア大陸の解放者が鍛錬の為に訪れ、その一行に加わらんと多くの戦士が集った、という話も残っている。

 だが何よりも――


「……なるほど。『再誕の魔王が大地の怒りから守り抜いた土地』ですか。どうりで最近あの町が賑わっているはずです。どうやらリュエも町の中では有名だったようですし……クロムウェル氏が向かうのも道理、と」

「はい。妹から定期的に情報を得ていましたが、やはりアギダルは今、ウィングレストを凌ぐ勢いで人々の行き来が盛んという話でした。土地柄から、妹やその同業があの町に参入する事も難しいらしく、今は『お互い、同じ人のお世話になった町どうし』という事で、親睦を深めていっているそうですよ」

「なるほど……しかし申し訳ありませんでしたイクスさん。突然の私に付き合わせてしまって」

「いえ、私も久しぶりに頂いたお暇でしたから。それに、私も以前から一度行ってみたかったのです」


 魔車に乗り込んでいたのは、冒険者ギルド総帥であるオインク。

 そして席を共にするのは、カイヴォン達とは浅からぬ関係にあるエルフの女性。

 レイスの義理の娘であり、そしてかつて、ダリアの元で生まれ、名を与えられた存在。

 かつてその名を奪われていた『イクスペル・ダリア・ブライト』だった。


「……カイヴォン様からどのような指示があったのかは分かりません。ですが、貴女が傍に誰かを置きたいと思う程、重大な事、なのですよね?」

「……本当に、貴女達『親子』には驚かされますね。ええ、私は今とても不安で、正直藁にでも縋りたい気分です」

「安心してください。私、藁よりは幾分身体も丈夫ですから。幾らでも縋ってください」

「……ふふ、そうさせて頂きます」


 魔車は進む。その先にどんな答えが待ち受けていようとも、ただ真っ直ぐに。

 そして、幾分伸びた水田の緑に囲まれた、どこか懐かしくも新しい、異世界における『みちのくの里』に彼女達は辿り着いたのであった。




「ここですか……どうやら、この宿はぼん……カイヴォン達が利用していた宿のようですね」

「なるほど。随分と独特な造りをした建物ですね。植物を使った屋根ですか。個人的には好ましく思います」

「ふふ、そうですね。きっとカイヴォンも同じ事を思ったと思います」


 情報によると、オインクの尋ね人である『クロムウェル・アイソード・リヒト』は、この宿に滞在しているという話だった。

 お世辞にも安いとはいえないこの宿に、かれこれ二週間は滞在しているという話に、若干その金遣いの荒さに物申したいと思うも、そもそもその宿に一月以上滞在していたどこぞの一行もいるのだと気が付き、その留飲をなんとか飲み下すのだった。

 が、その一方のイクスはというと、レイス同様、いやレイス以上にこれまで自由に生きる事が出来なかった事もあり、初めて訪れるアギダルの地、そして初めて見る建物の姿に、言葉では言い表せない程の感動を覚えていたのであった。

 ある意味、彼女はジニアと似たところがあるのかもしれない。


 そして二人は宿に事情を説明し、別館にあるという『魔王の間』と改名された部屋へと案内されるのであった。


「失礼します。アイソード様、お客様がお見えになっています」

「分かりました。どうぞ、こちらにお通し下さい」


 そして……対面する師弟。

 かつてのギルドの長であり、身元も分からないオインクを引き取り、そして後継者として育て上げた人物。

 現状、リュエのような神隷期の存在を抜かせば、最も長く生きたエルフ。

 そんな彼に、二人は向かい合う形で部屋へと通される。


「これはこれはオインク総帥。態々こんな遠くまで来ていただくとは。呼び出しなりなんなりすれば宜しかったでしょうに」

「いえ、火急の用事でしたので。それに……今日は総帥としてではなく、貴方と長く共に過ごした一人の人間として訪れました。かしこまった口調は無しでお願いします」

「ふむ……分かった。して、オインク。一体どうしたというのだ。それにそちらのお嬢さんは……」

「私も、一人では心細くなる事があるんですよ。今日、ここへは少々恐いお話をしにきたので」

「恐い……?」

「はい。単刀直入に言います。貴方は今……この世界でもっとも敵対してはいけない存在に、疑われています。誤魔化しや逃亡、煙に巻くことも許されない、極限の状況にあるのです。それを踏まえて、私の質問に答えてもらいたいのです」

「……カイヴォン殿、の事なのだな……?」

「場合によっては、リュエやレイス、それに私を始めとした古の存在、全員です」


 神隷期の存在。カイヴォンやレイス、リュエやダリア、シュン。

 その存在は、彼ら本人達からすれば『ただの古なじみ』程度のものでしかないのかもしれない。

 だが、そうではないのだ。

 この世界に生きる多くの人間にとっては、彼らはまさしく次元の違う存在であり、七星に並ぶとも劣らない、人智を越えた存在でもあるのだ。

 本人達にそこまでの自覚は、もしかしたらないのかもしれない。

 だが、人の身で神の使途である七星に挑める。単独で万の軍勢を相手どれる。

 永遠とも呼べる命と、無限にもおもえる魔力を持っている。

 そんな存在は……本来であれば、人の世界では生きられないのだ。

 彼らは、ただ人に合わせて生きている。自覚の有無はあれど、皆『人でありたい』と願うからこそ、今もこうして人々の生活に溶け込んでいられるのだ。

 そんな存在が全て、敵に回るかもしれないという発言は、さすがに齢六〇〇を越えたエルフといえでも、冷静さを失うには十分すぎる重さを持っていた。


「な……何を……言っている。私が……何をしたと……」

「貴方は知っていてはおかしい、知りえないはずの事を知ってい過ぎるのです。カイヴォンは、そんな貴方を疑っています。『この世界そのものの敵と繋がりがあるのではないか』と」

「世界の敵……? 何をそんな突然……」


 オインクは語る。カイヴォンがかつて、クロムウェルに教えられた『七星の情報』に、他の場所では決して得られぬ情報が混じっていた事に気が付いたという事実を。

 解放された七星。だがその七星に番号がふられているなど、本来であれば『相手を見通す能力がなければ不可能』であるという事。

 そして彼は明確に『解放された七星は一と二』と語っている事を上げる。

 そしてなによりも……『解放された七星』は一体のみ、というのが世間での一般認識だったのだ。

 だがそれでも、クロムウェルは二体と言った。それがどういう事なのかと、オインクは詰問する。

 だが、意外な事にクロムウェルは、その話を聞き純粋に驚いているのだった。


「馬鹿な……私は……確かにこの目で見たのだ。あの偉業が、あの旅が知られていない……? 後世に残っていないと……オインク、もう少し、詳しく話を聞かせなさい。カイヴォン殿は、今どこで何をしているのだ。……どうやら、私にも知るべき事が沢山あるようだ」


 事態は、思わぬ方向へと転がり始める。

 厳しい現実が待っていた訳ではなかった。

 だが、どうやらこの話は、ただ一人が真実を隠していた訳ではない、もっと面倒な裏があるという事だけが分かったのであった――








「……さすがに学習能力が高いのかね。なるほど、そもそも耳を塞ぎこちらの揺さぶりから逃れるか」


 尋問二日目。今日、黒い塊から出した男だが、どうやったかは知らないが、耳から血を流し、完全に自分の聴力を失ってしまっているようだった。

 それでも当然思考を読むことは出来るのだが、新たな情報をピンポイントで考えさせるには、やはり言葉が通じないと言うのは大きなハンデになっていた。

 筆談も考えてみたのだが、そうすれば今度は視力を潰しかねない。

 一応リュエに回復魔法を頼んでみたものの、どうやらこの男には身体に作用する術全般が通じないらしく、かといって俺が回復の力を与えてしまえば、耳どころか全て回復してしまう。

 街の中でそれは避けたいところだが……こいつの自己回復を待って自傷を防ぐくらいしか選択肢は残されていなさそうだ。


「……もう聞こえているかどうかは分からないが、今日の収獲を一応お前にも教えておく。『ハーム・コラテラル』意訳するなら『副次的な害意』といったところか。これは何かの術なのか、それとも……何かの名前なのか。おいおい教えて貰うぞ、ヨロキ」


 最後にそれを告げた瞬間、ピクリと瞼が動き、一瞬だけ思考が流れ込んでくる。

 それは危機感などではなく、ただ――『殺してやる』という意思だけだった。


「お疲れ様、カイくん。ごめんよ、今回私は役に立てなかったね」

「いや、そんな事はないよ。少なくともあいつに治癒は効かない。それを知れただけでも十分だよ」

「うん……それなんだけどね。明確に損傷しているのに回復しない。これってさ、生物じゃなくて『物』が破損している時に似ていると思うんだ。でも、あの男は生きている。それがなんだか不思議なんだよね」

「ふむ……生き物なのに生き物じゃない……か」

「どういう事なのか気になってね。たぶん、あの刀でなら倒せると思うんだけど、ただちょっと気になったんだ。どういう状態なんだろうなって」

「損傷……壊れていても治せない……生き物……身体が壊れても生きている? ちょっと俺も分からないかな……」


 確かに言われてみると気になってしまうな。

 実はこうして話せたり人間のようにふるまっていても、もう人間ではなくなっている、ということなのだろうか。


「ま、深くは考えないでおこうか。レイスはどうしたんだい? ジニアと一緒にどこかへ行ったみたいだけれど」

「二人なら、図書室でマッケンジー君のお手伝いをしているよ。私はどうにもああいう書類仕事は苦手なんだけれど……」

「同じく。じゃあそうだな、この後はまたちょっと中央の総合ギルドに行こうか。もしかしたらオインクから続報を聞けるかもしれないし」

「あ、賛成。私もオインクとお話したかったんだ。行こう行こう」


 今も大量の書類に埋もれているであろう多くの職員、そして仲間達に悪いと思いながらも、リュエと共に総合ギルドへと向かうのだった。




「ふぅ……今回はあえて口に出させてもらおうか……ま た ゴ ト ー だ !」

「な、なんですかい突然。いや、丁度よかった。今魔術師ギルドに伺おうと思ってたんで」

「そして平然とこちらの居所を知っているという。で、どうしたんだ?」


 ギルドに付き早速通信機を借りようとしたところ、まるで待ち構えていたかのようにカウンターの向こうから現れたゴトーに、ついに我慢出来ずに思いのたけをぶつけてしまいました。

 リュエさん。そんな『なになに? なんの遊び?』みたいな顔されても困ります。


「いえね。オインク総帥から先程連絡がきたんでさぁ。今、機器を調整して、直接前総帥と話せる場を用意するから、出来れば午後7時頃に通信に出てくれないか、と。それで伝えに行こうとしたんですわ」

「クロムウェルさんと直接……ちょいと想定外の展開だな」

「クロムウェル君かい? 私も同席していいかな?」

「良いと思う。時間も丁度あと一時間だ。このまま待たせてもらうよ」

「了解しやした。ところで……ジニアの嬢ちゃんの様子はどうですかい? もう半月もしたらセミフィナルに戻るつもりなんですがね、なんつーか……駄々をこねてないかと思いまして」

「あー……まぁ今回の一件が片付くまでいてもらうさ。半月もかからないと思うから、その時は俺の方から説得する」

「助かりやす。なんつーか、境遇を知っているだけにどうしても甘い顔をしてしまうんですわ、俺も総帥も。優秀ではあるんですけどね、たまにこう、暴走しちまって……」

「ま、自由にさせてやりな。あれで中々しっかり者だ。最悪俺みたいに自由に世直し旅でもさせたらどうだ?」


 などと適当な事を話しつつ、オインクからの伝言について考えを巡らせる。

 ……オインクの事だ。もしも彼が黒なら、その場で捕えてもおかしくはない。だがこうして直接話させるとなると……黒でも白でもない?

 彼自身も知らない何かがあった?


「それにしても久しぶりだね。ちょっと収穫祭の時に会ったきりだもん」

「そういえばそうだったな。ところで……クロムウェルさんって今幾つくらいか分かるかい?」

「えーと……正確にはちょっと分からないんだけど、私の家で彼が生まれたのは……まだリヒトの一族が残っていたはずだから……少なくとも六〇〇才以上だと思うよ」

「それは凄いな……長命なエルフで、力の強い人ほど長く生きられるとは言え……ダリアやシュン以上じゃないか」

「うん、そうなるね。そして……彼が言うには七星解放のお告げは四百年前。なら、そのお告げを受けたのがヨロキだとしたら、それに関わっていた可能性も十分にあるっていう事でもある。正直、彼はある意味最後の同胞だから、信じたい気持ちもある。でも、同時に今この世界の住人で、私達神隷期の人間以外で一番長生きしているのも彼だと思うんだ。たぶん……何かしらの情報を持っていると思うよ」


 心なしか、彼女は寂し気にそう告げた。

 そりゃそうだよな。もしかしたら……彼も敵になってしまうのだから。

 だが、その悲観的な予測は、意外な形で覆されたのだった。




 約束の時間となり、今回も通信の魔導具が部屋の中にいる人間に聞こえるような状態にし、リュエと俺とで彼の話を聞く時がやって来た。

 当然、ゴトーは室外だ。さすがにこの話を一般の人間に伝える訳にはいかない。


「聞こえますか、ぼんぼん。今、こちらでも周囲に聞こえるように調整しています。クロムウェル師もこの場にいますが、そちらはどうですか?」

「聞こえている。ここにはリュエがいるよ。彼女は、クロムウェルさんとは繋がりが深いからね」

「……だ、そうですよクロムウェル師」


 魔導具越しに聞こえるオインクの神妙な声色に、さすがにリュエもはしゃごうとはせず、ただ大人しく話を聞いていた。

 すると、今度は――


「……お久しぶりです。カイヴォン殿、リュエ様」

「お久しぶりです、クロムウェルさん」

「久しぶりだね。なんだか、ちょっと複雑な状況になってしまったけど」

「……はい。状況は、ある程度聞いていますが、今一度全て私に教えてくれませんでしょうか」


 酷く、覇気のない声だった。まるで怒られる前の子供。怯えているような、悲しんでいるような。

 それは、こちらを騙そうとしている演技にはとてもじゃないが思えなかった。

 そして俺は語る。俺が出会ったヨロキという男や、この世界で解放された七星が二体いると話した真意についての質問も交えながら。

 この大陸で長く生きたケン爺ですら知らない七星の謎。

 解放者召喚の始まりについての情報をどこから得たのか。

 これまで気になっていた事、その全てを彼に尋ねる。


「…………リュエ様のご自宅にある倉庫。あれがいつ頃から、不思議な力を手に入れたか覚えていらっしゃいますか?」

「……初めは、ただの空間拡張と、状態保存の力しかなかった。でも、君のお父さんやお母さんが去る少し前に『たとえ私達を遠ざけようと、いつか必ず、再び貴女様の御助けとなるように精進します』と言っていた。そうだね、君が生まれてすぐの頃だったかな。さすがにあの環境に赤ん坊を置いておく訳にはいかなかったからね」


 それは、リュエの家の不思議な倉庫についての話だった。

 これがこの先話す内容に関わってくるのだろうと、俺はただリュエに会話を任せ、静かに彼の言葉に耳を傾ける。


「私も幼いころから、私達の為に私達を遠ざけた、心優しい女神に、いつか恩を返そうと、ただひたすらに術を学びました。しかし……物品を遠き地へ送り込むなど、我らには実現できそうにありませんでした」

「そうだね。あれは私でも未だ解明出来ていない。でも……あそこはいわば術式の内部のようになったからね。あれは、誰か協力者が後天的に変質させた場所。そうだよね?」

「はい。この世界には、元来遠き地にいる相手とも意思を疎通。それどころか、その身すら転送する術があったと知りました。術の痕跡、歴史に潜む存在が教えてくださったのです」

「……レイニー・リネアリスさんだね?」

「ご存知でしたか。彼女は、神隷期に生きた訳ではありませんが、この世界の根底に刻まれた術式と申しましょうか、そういった歴史が積み重なる地に住む存在です。我々は、彼女に助言を求めました」


 ……レイニー・リネアリスも関わっていた、か。

 となると、やはり最初から彼女は俺が神隷期の人間だと知った上で近づいた事になる。

 ……まぁ、彼女が悪人だとはとてもじゃないが思えないのだが。


「我々はついに辿り着いた。遠き地にいる貴女の助けになる術へと。ですが――同時に欲が出てしまいました」

「……術式の深淵に近づいたんだもんね。術者として、好奇心には勝てなかったという事かい?」

「いいえ、違います。私は……私達の手で貴女を解放出来るのではないか。そう考えたのです」

「っ!」


 その気持ち、俺なら理解できる。

 恩を返す以上を求めてしまう。恩を感じさせたいと願ってしまう。

 その感謝を一身に受けたい。より近くに、より傍へ、相手の感謝という栄誉をこの身で独占したい。

 ああ、分かってしまう。歪んだ思いに囚われる。そんな男を俺は知っている。


「クロムウェルさん。貴方……会いましたね? フェンネル・ターニアル・ブライトに」

「っ! ええ、そうです。私は、私以上にリュエ様を思うあの男に負けじと、一時は共にいた事もあります。彼が……まだセカンダリア大陸にいた時代に」

「っ! ヤツがこの大陸にいたと!?」


 最悪の予想。

 アイツは、自国の人間に何をした?

 どんな方法でどんな術を行使した?


「クロムウェルさん。アイツは、当時感情を支配する術について研究していましたね」

「……お会いになられたのですね、彼と。ええ、そうです。彼はその大陸で、感情を利用する方法を学んでいました。害意……とでも言いましょうか。負の感情を利用する方法について、研究していたはずです」

「……思えば、貴方があの男を知らない筈がなかった。ブライトが国を興したと知っていた貴方が、アイツと面識がないはずがない……」


 詳細を俺やリュエに告げなかった理由は、なんなのだろうか。

 罪悪感だろうか? かつてリュエを封じた張本人と共にいた事への。


「クロムウェルさん、これは脅しと取ってもらっても構いません。フェンネルは、俺が殺しました。不死に近い力を手にしたアイツを、完全に消滅させました」

「っ……やはり、そうなりましたか」

「はい。俺は……敵と定めた人間に容赦は一切しませんから」

「……彼は、魂と身体を分ける術も身に付けました。良いですかカイヴォン殿、それにリュエ様。肉体と魂を切り離し、そして人の感情を支配し、術式に混ぜ込む。それは、普通の術者では到達出来ない領域の禁術です。私は空間を。そして彼は魂をそれぞれ司る術者へと至りました」


 そこまで聞いて、ようやく気が付いた。

『一体誰が、そこまでの知識を与えたのか』という疑問が残る事に。


「……私とフェンネルは、共に学びながら、ある……偉業を成し遂げました」

「偉業……?」

「その偉業は、まだ人々には早いからと、人々には伏せられ、いつか時がきたら知らせると約束しました」

「……まさかその偉業というのは……」

「……七星の解放です」


 脳が追い付かない。この人は、本当は誰よりも七星に近い場所にいたのだ。

 それをひた隠していた? 正直、裏切られたような気持ちもある。

 しかし何故だ。何故彼は……フェンネルと袂を分かつことになった。


「『彼』は。あまり力の強い人間ではなかった。しかし……我々の知らない異世界の術を、理論を知っていました。我々の力と彼の知識を組み合わせた結果……飛躍的に世界の根幹へと近づく事が出来たのです」

「……その彼というのがヨロキ、ですね」


 原子力を疑似的に魔法で再現した程だ。恐らく、あの男は科学者か何かだったのだろう。

 俺がにわか仕込みの知識をリュエに与えただけでも術を発展させてみせたのだ。もしも本物の科学者がいたらと思うと……確かにその効果は計り知れないだろう。


「解放した七星は、とても弱い脆弱な存在でした。それは本来、形を持たない、魂のような存在だったのです。フェンネルはそれにたいそう興味を示され、そしてご自身も魂を分離する方法へと辿り着きました。そして……ヨロキはその魂の持つ意思が、周囲に影響を与える事に気が付き、そして研究に没頭していったのです。今思えば……フェンネルが狂気に取りつかれていったのは、誰よりもあの七星の側にいたから……のように思えてなりません」

「それで、貴方も傍にいたはず。どうして、貴方は彼等と別離の道を選んだのです」

「……恐ろしいと、感じてしまいました。私が彼らに出会う前に、レイニー殿に会っていたのが幸いしたのかもしれません」


 彼は、レイニー・リネアリスの元で転送の術を生み出した。

 その際、彼は更なる力を得ようと彼女に付き従おうとしたそうだ。

 だがその時――

『深淵に迫り過ぎると、自らもまた闇に染まり行く。引き際を決して間違えてはいけません。貴方はまだ、この世界の人間でいたいでしょう?』

 そう、諭されたそうだ。その時の言葉が、ヨロキとフェンネルが進もうとする道から、彼を遠ざけてくれた……と。


「……私はあまりにも弱い人間です。全てを伝える勇気も、責任を果たす力もない。こうして今、カイヴォン殿やリュエ様と敵対してしまうかもしれないという危機に瀕し、ようやく動き出した脆弱な存在でしかない。……軽蔑してください。ですが、私は今こそすべての情報をお伝えします」

「……分かりました。全てを、教えてください。解放された七星は、今どこにいるのかを」


 リュエは、既に一言も発さず、ただ申し訳なさそうにうつむいていた。

 ……原因ではない。決して彼女は悪くない。だが……フェンネルもクロムウェルさんも、リュエを思って動いたのは事実だ。

 それが、彼女にとってはつらく、申し訳ないのかもしれない。


「七星の一。実体のない悪意。周囲に影響を与える悪しき感情の化身。名を『ハーム・コラテラル』脆弱な魂だけの状態でありながら、人々の心に易々と入り込める存在です。あれは元々……二つで一つの七星です。どうしてそうなったのかは分かりませんが、元々別な七星の中に封じられていたのです。ですが、先程も言ったようにヨロキは弱く、実体を解放出来なかった。故に、彼が解放できたのはその魂だけだったのです」

「……つまり、感情として人々の心に消えていったと?」

「恐らくは。ヨロキがもしもその地にいるのならば、なんらかの方法で制御しているはずです。必ず、その七星はヨロキの近くにいるはずです。どうか……彼をお願いします」


 それは果たして、野望を止めろという意味だったのか。

 それとも、かつての仲間の凶行を止めろと言う願いだったのか。

 ……少なくとも、フェンネルもヨロキも、仲間意識は持っていなかったと個人的には思うのだが。

 しかしこれでようやく謎、違和感が解けた。

 ヨロキにはフェンネルとクロムウェルさんという、近代における最高峰の術者二人が協力していた。

 そして、ヨロキの持つ『精神操作』と関りがありそうな力を持つ七星と関係していた。

 となると……フェンネルの感情操作は、元々ヨロキの持つ術を参考にした訳だ。

 そして俺やナオ君が見つけていた顔のない黒い女神像。

 何故それに似た像が、ダリアやフェンネル、シュン達専用の部屋へ通じる道になっていたのか。

 その謎もとけてくるというもの。

 ……関わっていたのだ。あの黒い像も、そして物質の転送を修めたクロムウェルさんとも。


「……マインズバレーに、あの黒い像があったのも偶然じゃありませんよね。貴方は、あの町のギルド責任者になっていたのだから」

「……信じていただけないかもしれませんが、本当に知りませんでした。ですが……もしもあの顔のない像がヨロキに関わる物だったとしたら……私がいたが故に、置き場所として選ばれた可能性は十分に高いと思います……」

「不測の事態が起きても処理が出来そうな場所……か」


 最初から。全ては最初から繋がっていた。

 おかしなもので、これまでの数々の事件は、どこか小さな、本当に遠い場所で、微かに繋がっていたように思えてくる。

 それは運命なのか、はたまた何者かの筋書きなのか、俺には分からない。

 だが――思う通りに進んで来たとは、微塵も思っていなかった。


「……ここからは、現地にいる俺達の仕事です。別段、貴方に罪があるとは思いません。ですが、罰をお望みなら……たぶんリュエが叱ってくれると思いますよ」


 俯き、口をきつく閉じている彼女に向き直る。

 すると彼女はハッと顔を上げ、はにかみながらこう語った。


「うん、そうだね。恐くても、悪い事をしたと思っているなら、しっかり謝らないといけない。悪い事をしてそれを隠して知らんぷりなんて、悪い子がする事だからね。だからクロムウェル君。全部終わったら……お説教をしにいくから、ちゃんと待っているんだよ」

「リュエ様……はい、必ず。お待ちしております……この未熟者に、どうか罰を……」


 もはや満足に話せなくなったのか、通信機の向こうから彼の声が遠ざかり、代わりに静かにその場にいたであろうオインクが通話口に出る。


「……そういう事、でしたか。あの像を設置した人間の手際が良すぎたと、内部に間者がいたと思っていましたが……クロムウェル師にも関係していたとなると……裏をかく術はいくらでも用意出来た、という訳でしたか」

「オインク、お前にも世話をかけたな。恩師を苦しめる結果になってしまった」

「いえ、構いません。私が思っていたよりも、ずっと優しい結末でしたから。クロムウェル師は、最悪全て話した後に自ら命を絶ってしまうのではないかと思える程消沈していました。ですがリュエ。貴女のお陰で、彼はもう暫く、老体に鞭打つ覚悟が出来たみたいです」

「あはは……うん。私が行くまで、あまり自分を責めないようにしておくれ。そういえば今アギダルにいるんだっけ? 暫く……クロムウェル君にはそこにいてもらって欲しいかな。きっと、彼は町の助けになってくれるし、温泉、気持ちいいからね」

「ええ、そうします。幸い、私の代わりにここにはイクスさんが残ってくれますから、彼の補佐には彼女についてもらおうと考えているんです」

「そっか。……ありがとうね、オインク。お陰で、私は私に関わる人間の事をまた一つ知る事が出来た。一人はもう、先に逝ってしまったけれど……それでも知っておくのは、私の義務だと思うから、さ」

「そうですね。リュエにも、少し辛いお話になってしまいましたね」

「ううん、いいんだ。これで……ようやく前に進める。カイくんも私も、この旅の一番大きな目的を達成出来そうだよ」

「ああ、そうだな。オインク。遠くにいるお前に出来る事はもう何もない。気をもんだり心配なんてするだけ無駄ってもんだ。だから……安心して待っていてくれ。全部、俺達が終わらせる。お前の師の過ちも、何者かの思惑も、全部、俺達でケリをつけてやるさ」


 ああ、もう必要な情報はすべてそろったのだから。

 進もう。最後の扉へと続く道を。

 実体のない七星……だが確かに、その存在はこの大陸の人間を歪めつつある。

 きっと……ナオ君の目的である『戦争終結』も、俺達の目的の延長戦上にあるはずだ。

 だから、今この道を行く仲間は、お前さんが思っている以上に大勢いるんだ。


「……今ほど、自分の立場を呪った事はありません。ぼんぼん、リュエ。お願いします……」

「うん、まかせておくれ!」

「まかせろ豚ちゃん。キャベツのお布団でぐっすり寝て待ちな」

「とととトンカツちゃうわ! ……ふふ、ええ、待っていますからね」


 そうして、俺達はようやく手に入れた真実を携え、皆の元へと戻るのであった。


(´・ω・`)9巻は7/30日発売予定ですん

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