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三百七十八話

(´・ω・`)こうしんこうしん

「これが七星……ここの七星も人型なのか……」


 遺跡の最深部。道中、瓦礫を破壊しながら進んで行くと、彼らの戦いの爪痕が残されたその場所に、大きな氷塊が鎮座していた。

 まばゆい光の中に眠るのは、小さな三角耳を生やした妙齢の女性の姿。

 サーズガルドで見た『魔極リスティーリア』と、リュエ達が戦った『剣神ハイネルン』も人型ではあったが、今目の前に封じられている女性は……。


「封じられているとはいえ、なんだか妙な感じだな」

「……はい。僕も、なんだかこの人が悪いモノのように思えなくて」

「……この大きさなら運び出せるな。リュエにも見て貰おう。彼女は言うなれば……こういったモノの専門家でもあるから」


 そう、封印された七星の側で、一〇〇〇年も共に過ごしたのだから。


「ええと……大丈夫なんでしょうか。封印場所から動かしてしまって」

「少なくとも戦闘中にあの男が動かしていたんだろう? ならせめて、リュエ達が来たらすぐに調べられるよう、外に運んでおくのはどうだい?」

「なるほど……じゃあ運んでみましょうか。僕も手伝いますよ」

「なら先攻して邪魔な瓦礫とかどけてくれると助かるよ」


 そうして巨大な氷塊を運び出しながら、まだ残暑厳しいこの季節、少し役得かな、なんて事を考えていたのだった。

 そして氷を無事に運び出し、先程俺が封じた男にも変化がない事を確認したところで一息つく。

 リュエ達はまだ追いついてきていないようだが、それも時間の問題だろう。

 これまで何が起きたのか……その詳しい話をしようとも思ったが、それは全員が揃ってからという事になり、一先ずあまり重要でない、軽い近況報告をする事に。


「そうか……入口からここまでで丸まる一週間もかかったのか……」

「うむ。人が踏み入る事が不可能な程木が密集しておっての、迂回をさせられた回数など十を優に超えておる。天然の迷宮と言うよりは……何者かの意思が働いていた、と言う方が確かじゃろうな」

「それに魔物も強力でした。元々セミフィナル大陸で戦った魔物は弱かったので比較対象にはならないと思いますが、ここの森の魔物は異常だったんです。他のダンジョンとは明らかに違う……」

「そうですね。殆どがアンデッドや変質した魔物でした。カイヴォン様が倒したあの男もアンデッドの可能性があるのなら……その眷属か何かだったのでしょうか」


 俺は一直線に、それも途中から空を滑空する事で凄まじい速さで到着出来たのだが、確かに直線距離で見ただけでここから入り口までは優に七〇キロ程はあるだろう。

 それを足場の悪い、見通しも悪い状態で何度も迂回して向かうとなると……厳しいな。


「それで、この後はどうするつもりだい? ソイツの話を聞き出そうにも、それなりの準備が必要だろうし」

「そう、ですよね。誰がこの男と繋がっているか分かりませんから……僕を召喚した国の王に相談してみるというのはどうでしょう。少なくとも、王は他の貴族との繋がりは薄く、一番僕達解放者に近い立場ですから」

「うむ、そうじゃな。その男が解放者に何かを求めていた以上……解放者召喚に賛同した国王も完全に潔白とは断言できぬかもしれぬが……他の者よりはまだ信用出来よう」

「そうか……この国の王はほぼ独立した勢力ともとれるんだったかな、そういえば」


 以前、国王や王城はガルデウスにおける、数ある勢力の一つ、施設の一つにすぎない、という話を聞いた。

 ならば逆に、全てを牛耳る存在という可能性も低くなる、と。


「私はどうしましょう。あの人……ゴトーと一度合流しに港に戻るべきでしょうか」

「どうだろうな。アイツの事だから先回りしてガルデウスに来ていてもおかしくなさそうだ」

「なるほど、考えられます。それに……もしかしたらソレ、七星をガルデウスまで運ぶ事になるかもしれません。そうなればもう、戦争どころの話ではありませんし、大陸全ての注目も集まるかもですし、ゴトーにも伝わります」

「あー……それもあったか。結局、どうするのが吉なのかね、この七星」


 俺は運び出した七星に目を向けながら、自分の目に映るステータスを確認していた。


【Name】  雷神エレクレール

【種族】  七星の六/亜神

【職業】  大神官/保母

【レベル】 3

【称号】  調停者

      母なる大地の化身

      悪逆の器

【スキル】 料理 子守歌 雷魔導 弁論 魂の調律




 少なくとも、このステータスを見るに完全なる悪とはとてもじゃないが思えなかった。

 だが一つ気になる『悪逆の器』という称号。これは……いったいなんなんだ?


「……とにかく今は三人を待とう。話はそれからだ」

「そうですね……って三人? リュエさんとレイスさんと……?」

「ぬ! まさかお主! またどこぞでべっぴんさんをたぶらかしてきおったのか!?」

「はははは。当たらずとも遠からず。かなりの美人さんがもう一人乗っているよ」


 尤も、それは君達にとても所縁の深い美人さんなんですけどね。

 そうして、戦いの傷を徐々に癒しながら待つ事さらに一時間。リュエ達の乗る魔車が、俺が切り開いた道の先から見えてきた。

 御者を務めているのはリュエ。既に俺達が休憩している姿を見て、険しかった表情を嬉しそうなものに変える。


「おーい! みんな無事かーい!? 怪我とかしていたら治すよー!」

「お願いする! ほら、三人ともこっちへ」


 魔車が停車すると、すぐさまピョンと彼女が飛び降り、回復魔法を三人にかけていく。


「三人とも久しぶりだねぇ。ジニアちゃん、酷い怪我じゃないか。ちょっと念入りに治してあげるね」

「お久しぶりです、リュエさん。助かります」


 リュエの姿に皆の気が緩んだのだろう、心地よさそうに目を細め、その身を癒していく。

 だがそんな最中、客車の扉が開き、レイスと共に――


「これは……相当な激闘、だったのでしょう……ナオ様にマッケンジー殿、それに……ジニア殿、でしたね。よくぞご無事で……」


 降り立ったスティリアさんの姿を認めたナオ君とケン爺の表情が、固まる。

 そうだよな。瀕死の状態に陥り、そして回復を見込めない、絶対安静と言われていた仲間の登場なのだから。


「スティリア……!? なんで……ダメだよ……なんで無理して――」

「ぬぅ!? ヌシよ、その身体……まさか!?」

「……はい。ナオ様、私は無理など一切しておりません」


 そう言いながら、彼女は恐らく傷跡が酷かったであろう額を見せる。


「リュエ殿にレイス殿、そしてカイヴォン殿が……全力を尽くして癒してくださいました」

「なんと――アレがなんであるかすら儂らには分からなかった物を癒したと!」

「そ、そんな事が……だってあれは……」


 口ぶりから察するに、ナオ君はあの症状がなんなのか、薄々は分かっていたのだろうか。


「……幸い、あの症状については少し知識があってね。今の彼女は間違いなく健康体だよ」

「っ! 本当に、大丈夫なんだねスティリア!」


 確信が持てたからか、ナオ君がスティリア嬢に抱き着き、その様子をケン爺が嬉しそうに眺め、そして涙を流す御老体にレイスがそっとハンカチを差し出す。

 だが、そんな感動の最中、リュエだけは険しい表情を浮かべ、静かに――


「カイくん。これ……この氷は……七星、だね?」

「ああ。間違いない、確認した。七星の六『雷神エレクレール』と言うらしい」

「この氷、間違いないよ。私が龍神を封じた物と一緒だ。そっか……人じゃなくて、この森そのものの魔力を糧に封じていたみたいだね……同じ術式がここでも生まれていたんだ」

「無限に侵食する森と七星の封印とでバランスを取っていたって訳か……」

「たぶんね。この森も元々封印の一部として生み出されたのかな……。たぶん、レイニーさんの助けを受けたのが、私の他にもいたのかな……」

「なるほど。そういえばリュエの術式も完成にはレイニーさんの助力があったみたいだね」

「うん。雨垂れの奇跡っていうヤツだね。そっか……それをさらに発展させて術式か……」


 考察をしていると、再会の喜びを一しきり堪能した皆が傍へとやってくる。


「リュエさん、それにカイヴォンさんにレイスさん。仲間を、スティリアを治してくれて、本当にありがとうございました」

「ふふ、どういたしまして、だよ。私も今回の件でかなり回復魔法の腕が上がったからね、これからは何かあったらすぐに私に言うんだよ」

「はい! って、本当は怪我がないのが一番なんですけどね。……七星を見ていたんですね」

「うん。間違いなく七星だと思う。ただ……意思を感じられないんだ。封じられた七星にだって意思はある。それが、全く感じられない……」

「意思……ですか?」

「そう。それに――封印の術式そのものが、なんだか凄く弱々しいというか……」


 それはもう、目覚めかけているということなのだろうか。

 だとすればやはり氷を動かすのは不味かったか……。


「いや、違うんだ。もうこの氷が、封印の術式かな? 大きな術の中から外れちゃっているんだ。さっき私が、『森が死にかけている』って言っただろう? その所為かもしれない」

「え、ええとそれじゃあもう七星が目覚めちゃうって事なんですか?」

「……たぶん、外からきっかけがあれば……でも、今はまだそのつもりはないんだろう? ナオ君には、他に考えがあるんだよね?」


 そう言われると、ナオ君は静かに頷き、自分の考えを話し出した。


「解放は、今すぐじゃなくても良いと僕は考えています。今まさに起きている戦争を止める為にこれまで動いてきましたが、そこには何者かの意思が隠されていました。この七星をもしも可能なら、僕達の国に持ち帰り、大々的にその事実を公表し、出方を見てみたいというのが今の僕の考えです。なによりも……話を聞くべき相手がまだいますから」


 すると、ナオ君が視線を遺跡の隅に置かれた黒い塊に向ける。

 そうだな。まずはアレから話を聞き出さなければいけないだろうな。

 元解放者。そして、恐ろしく高いレベルと不死の身体を持つ、ナオ君曰く『大陸最大の敵』。


「うん? あれ、なんだい?」

「悪いヤツをバラバラにして封じ込めたんだ」

「うげ! バラバラ? もう死んじゃってないかい?」

「どうやら不死者らしくてね、俺でも殺しきれなかったんだ」

「……なるほど。これが話を聞くべき相手なんだね。相手がアンデッドなら、聖騎士である私の出番だと思うけど……」

「ああ。ともあれ、この七星はもう封印から切り離されているって事は、この森から出しても平気なんだね?」

「うん、大丈夫だと思う。客車の整理をして場所を作ろうか」


 まさか、ある意味旅の天敵とも言える七星を魔車に乗せる事になるとは夢にも思わなかったが、幸いにして借りた魔車は人数が増える事を想定した大きな物だという事もあり、屋根に備え付けられた荷物用の枠の中にロープで氷を固定する事にした。

 そして皆が魔車に乗り込み、例の黒い塊を念のため御者席に置き、俺が御者を務める事で準備完了というところまで来たのだが――


「カイヴォン様、ちょっと待て下さい」

「どうした、ジニア」


 ジニアが魔車に乗り込む前に何かに気が付いたのか、ナオ君や俺の一撃の影響で崩れてしまった遺跡の側へと駆け出して行った。

 なにやら、端の方にある瓦礫を注視しているようだが……。


「動いています。ここ、小さな穴があった場所です。何か穴の中にいたのでしょうか」

「ふむ。ちょっとどかしてみようか」


 近くに行くと、確かに瓦礫が少し揺れている。まるで反対側から誰かが押しているように。

 警戒しつつもその瓦礫をどかしてやると――


「チーチー! チチー! チーチーチー!」

「でかしたはむ! ついに脱出せいこうしたはむ! みんな急いで出るはむ!」

「チーチー!」


 まさかの太陽少女、はむちゃんである。何故ここに……。

 それに他にも沢山のハムネズミ族の姿まであるではないか。


「あ! 黒い兄ちゃんはむ! ちょっとどいて欲しいはむ、みんなで脱出するはむ」

「チーチー!」

「あ、ああ……」


 あれよあれよという間に、遺跡入り口周辺が大量のハムネズミ族で埋まってしまった。

 すると、魔車に乗り込んでいたリュエが大慌てて飛び出してきて……。


「うわあ! どうしたんだいはむちゃん! こんなにお友達連れて!」

「白い姉ちゃん! ここ、はむたちの秘密の隠れ家はむ。はむたちはみんな、時が来るとここを目指すはむ」

「……これは……確かにハムネズミ族はある時突然姿を消しますが……まさかここを目指して……?」


 大勢のハムネズミ達。家々を渡り歩きながらその家を手伝い住み込む種族という話だったが、その終着点がこの場所だと……?


「はむちゃん。この場所に全てのハムネズミ族が集まってくるのかい?」

「んだ。ここに集まって、そしてまた消えるはむ。それでまたどこかで生まれて。ここを目指すはむ。はむは特別だから、たまにこうして戻って来て、みんなの巣をお手入れしているはむ。けど、なんだか嫌な気配がしてここに隠れていたはむ」

「それは……で、もう平気なのかい?」

「うーん……分がらねはむ。でも森が少し元に戻ったはむ。新しい巣をみんなで作るはむ」


 するとその宣言に呼応するかのように、集まったハムネズミ族が嬉しそうにチーチー鳴きながら、一斉に近くの森へと駆け出して行った。


「森が死んだって言ったけど……どうやら元々大きくなる前の森がどこかに残っているのかな。そっか……前からあの子達が小さい姿のままなのが気になっていたんだけど、全部はむちゃんと同じで『精霊種』だったんだね」

「精霊種……生き物とは少し違うっていう事かい?」

「生き物と霊体の中間かな。その場所の霊力が意思を持ち、長い年月を経て一つの事象になり、それが人の目にも見える存在、実体を手に入れたものだよ。はむちゃんがそうだったように、他の子もみんなそうだったんだ」

「ここが全員の出身地って訳か……けど、なんでこんな場所に……偶然なのかな」


 すると、一斉に消えたハムネズミ族の後を追うでもなく、残されたはむちゃんが、何か気になる物でもあったのか、トコトコと魔車へと近づいていく。

 何やら屋根に積み込んだ氷が気になっている様子だが――


「鎧のお姉ちゃん、ちょっと席詰めて欲しいはむ。よいしょ」

「あ、上るつもりですか? でしたら……はい、肩車を」

「めんぼくねぇはむ。ちょっと上見せて欲しいはむ」


 スティリアさんが降り、はむちゃんを肩車すると、そのままはむちゃんが屋根の上へとよじ登る。


「こらこら、危ないぞはむちゃん」

「んー? 黒い兄ちゃん、この人連れてっちゃうはむ? この人、ずっとはむの巣に置いてあった人はむ」

「はむの巣……もしかしてあの遺跡の奥に住んでいたのかい?」

「んだはむ。でも知らない人が来るようになったから、みんな別な部屋に隠れてたはむ。連れてくなら、はむも一緒についていくはむ」

「一緒にって……仲間のみんなは平気なのかい?」

「もう、大丈夫はむ。みんなここで新しい巣を作って、テンジュをマットーするはむ。それで新しい旅に出るはむ」


 ここで、また元の精霊に戻り、世界へ旅立つ、とう事なのだろうか。

 以前から、どこか達観したような、死生観が少しずれているような、妙に逞しい物言いをする子だとは思っていたが……そういう事なのか。

 彼女にとっては、生きるのと死ぬ事は繰り返し訪れるただのサイクルでしかなく、世界を巡り旅する事など当たり前の事だったのだろう。


「え、ええ!? あの子達死んじゃうのかい!? ダメだよそんな」

「しとはー旅立ちのための準備はむー……別れではなくー……出会いの準備はむー」

「な、なんだか妙にサマになっていますね……」


 この場所が元々、精霊種すら生み出す神聖な森だったという事は分かったが……昔から置かれていたとなると、ハムネズミ誕生より前に封印された事になる、と。


「一応、はむちゃんも連れて行こうか。なにかの参考になる話も聞けるかもしれないし、この七星の手がかりも分かるかもしれない」

「おー! 連れてってくれるはむか! じゃあはむはこの氷と一緒にロープにつかまっているはむ」

「こーら。危ないからダメだよ。はむちゃんは私の隣だよ」

「わかったはむ」

「なら、場所をあける為にも私が御者席へ。カイヴォン様、隣失礼します」


 そう言いながら、ジニアがお尻であの黒い塊を横に弾く。

 ……何気にやり返した気になっているのか、少しだけニヤリと笑ったような気がした。

 なお、出遅れたレイスは少しだけ悔し気な視線をジニアに向けていたが、すぐに仕方がない、という表情に変え、客車に戻っていきましたとさ。




 そうして森を抜けるべく魔車を走らせながら、ジニアからの報告を受ける。

 曰く、解放者に取り入ろうとしてくる周辺諸国の有力者達や、ガルデウスに拠点を置く各勢力の人間に動きなどを観察していたようだ。


「正直周辺諸国の取り入ろうとしてくる人間達は考えも浅く、取るに足らないと判断しました。特別な訓練を積んだわけでも無い子女を送り込むあたり、然したる野望もないのだと思います」

「わざわざ自分を囮にして情報を集めていたのか……なにかあったらどうする」

「大丈夫です。正式にギルドの判定を受け、この度私はギルドのランク制度におけるSを取得しました。私を脅かす者などそうそういません」

「それでも、だ。強さは武力が全てじゃない。もう少し慎重にな。まぁ、それで情報を集めてくれた事は感謝するよ、有り難うジニア」

「はい。なんだか、むずむずするというか、不思議な感覚ですね、褒められるというのは」


 その後も彼女の報告を聞いていると、ナオ君に近づく人間には三種類いたという。


 ナオ君に取り入り、甘い汁を吸おうと考える者。

 ナオ君の行動を監視し、自分達の雇い主に報告しようとした者。

 ナオ君の行軍を妨げ、解放の遅らせようとしていた者。


 この中だと、三番目の勢力が一番胡散臭いと言える。

 が、その勢力は皆、ガルデウス内部から派遣されてきた人間だったそうだ。


「国が呼び出しておいて、解放の妨げを……」

「別段おかしくはないと思います。戦争は、大規模な戦いは……技術を飛躍的に進歩させますし、儲けも大きいですから。私も、そういった動きには覚えがあります」

「……そういえば私兵団の長でもあったんだったな」

「はい。弟、リネアの方が詳しい分野ではありますけど。恐らく、ガルデウスに戻ってからも動きがあると思いますが……それを縫い留め、動けなくする手段を考えた方がよさそうですね」

「……そうだな。最悪の場合、俺が直接動いて牽制する手もあるが」


 そうだ。ナオ君の事や身内の事で頭がいっぱいだったが、今もなおこの大陸は戦争の真っ最中でもある。

 どこで戦禍が再び巻き起こってもおかしくない、そんな状況なのだから。


 そうして、無事に魔車で森を抜け、俺達が一泊した廃村で再び皆で一夜を過ごし、ガルデウスに帰還すべく、順調に行軍は続いていった。

 あと三日もあればガルデウスに辿り着けるという、国境に面した街道を進んでいた時までは――


「皆さん、一度魔車を止めます」


 行軍開始から一週間が経とうとした時だった。

 今日の御者を務めていたスティリアさんが、その宣言と共に魔車を停車させる。

 何が起きたのかと客車を降りると、御者席からスティリアさんが飛び降り、進路の先で固まっている騎士甲冑を纏った一団へと向かって行った。


「あれは……どこかの部隊の人間か……?」


 リュエにも声をかけつつ、その一団の元へ駆け寄ると、それが見知った顔である事にきがついた。

 以前、野営地で料理御馳走した傭兵団だ。なんの因果か、かつて俺が戦ったエンドレシアの辺境伯、そこの私兵でもあった男がリーダーを務めている。


「貴方達は……義勇軍に参加したのでは」

「カイヴォン殿、知り合いですか? 確かにこの者達が纏っているのは、我が軍に義勇軍に支給される甲冑ですが……」

「ええ、少し縁のある相手です。大丈夫ですか、今手当てをします」


 追いかけてきたリュエが回復魔法を発動させると、甲冑を纏った男達がゆっくりと動き出し、ヘルムを外し始めた。


「……旦那か……? へへ、情けないかもしれんが、俺達は敗残兵ってやつだ。俺達は元々傭兵、死ぬまで戦うつもりはねぇっつんで逃げてきたんだが……何人かはやられちまった」

「敗残……待て、義勇軍は今どこに展開している。前線はもっと港側だったはずだ」

「ふへ? おいおい……アンタ知ってるぜ、副団長様だろ? なんでこんなところに……」

「いいから答えろ、今、どこで戦って来たのだ」

「……この先だ。俺達は前線に送られる前に、反対側の国境から攻撃しろって言われたんだ」

「馬鹿な……あちら側は戦いに関係のない住民が多い農村地帯だぞ……指揮は誰が……」


 どうやら、起きてはならない戦いがこの先で起きている様子。

 それも、ガルデウスから三日程度の距離しかない、無関係の住人すら住むその場所で。


「……カイくん、なんだかタイミングが……」

「ああ。もしかしたらスティリアさんをガルデウスから引き離したのは失策だったかもしれない……」


 だが同時に……これは戦争を一時中断させる好機にもなりうる、か。


「治療が済んだばかりで悪いが、貴方達はどこか安全な場所に身を潜めるかどうかしておいてくれませんか。皆さんを運ぶことは今出来なくて」

「そいつは問題ねぇ、近くの農村で不届きな野郎が襲ってこないよう警戒でもしておくぜ。悪い、こんな事を言うつもりはないんだが――言わせてくれ」


 傭兵団のリーダーが、どこか言い難そうにしながらも、俺の瞳を真っ直ぐ見つめる。


「アンタなら……出来るんじゃないのか? 今襲って来た連中を引き返させることぐらい」

「……ああ、出来る。だがどちらかの国に加担するつもりは……いや、もう十分に加担している、か」

「へへ、強すぎるってのも考えものだ。だが……出来る事があるならば、何とかして欲しいって願っちまうのも、持たざる者の権利ってヤツだ。だから……」

「……出来るだけ平和的に、一時休戦してもらうさ」


 立ち去る一団を見送り、スティリアさんに指示を出す。

『俺を置いて、今すぐにでもガルデウスに戻って欲しい。どこで戦いがおきていようが、ただ真っ直ぐに』と。


「カイくん、何をするつもりだい?」

「……大きな戦いを止める時は、たいていは自分達ではどうしようもない、そんな災害に直面した時だと俺は思うんだ」

「……今回、私達が目立ってしまうと、ナオ君達の立場まで悪くなってしまうかもしれないよ。それに……あの黒い塊の事だってある。もし君になにかあれば――」

「リュエが上から封印を重ねがけしてくれただろう? 大丈夫、俺もすぐに戻るさ」


 災害に、なればいい。俺の力ならばそれが出来る。ちょっと前に森の形をかえたのだ、それくらい容易いだろう?


「カイヴォン殿……これは、我が国の不手際です」

「そうかもしれません。ですが……もしかしたら争わずに済むかもしれない、その手段が見つかるかもしれないこのタイミングでの戦い。さすがに思い通りにさせるのは少々気分が悪いです。それに、相手方の国、メイルラントにもちょっとした縁があるんです。戦いを止める理由としては小さいかもしれませんが……それでも俺は動きますよ」

「……分かりました。例えどのような結果になろうとも……私は今の忠誠を捨ててでも、貴方に恩を返す事を誓います。どうか……ご無事で」


 御者席に戻るスティリアさん。そして客車に戻るリュエ。

 俺が、何故この場所に残るのか、二人はもう分かっているのだろう。

 そしてこの場に、俺以外の人間が残る事が――ガルデウス陣営の人間が残る事が仇となる理由も、理解している。


「カイヴォン様! どうして乗らないのですか!」

「ちょっと用事! ガルデウスで大人しく待ってなさい!」

「カイヴォンさん!? 何をするつもりです!」

「野暮用! ……あ、そうだ、ナオ君これ預かっててくれ!」


 丁度良いからと、俺は最近はめていなかった『あの指輪』を取り出し、ナオ君に投げ渡す。

 ナイスキャッチ。


「俺が戻ったらまたはめてくれ。それまで綺麗に手入れをしていてくれないか」

「っ! 分かりました!」


 徐々に遠くなる魔車。そして、今度はケン爺の声とレイスの声がする。


「カイ! 秘蔵の酒、用意して持っておるぞ!」

「カイさん、今更貴方の無事は願うまでもありません! 早く、早く帰って来てくださいね!」

「二人とも了解! じゃあ、行ってくる!」


 そして、ガルデウスへと走り去る魔車を見送り、教えられた戦場へと向かい――


「こっち来てから大活躍だな、魔王様……丁度良いかもしれないな、変装にもなるし」


 翼を広げ、その陰謀渦巻く戦地へと空を翔けるのだった。


(´・ω・`)ナオ君と関わると何故か死亡フラグ立てちゃうカイヴォン

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