三百七十六話
(´・ω・`)おまたせしました
「ナオ。ここに小さな入り口があります」
「え? ……本当に小さいですね……僕でもこれはちょっと無理そうかなぁ」
「……私も無理です。ここは入り口ではないのでしょうか」
蒼星の森攻略開始から五日目。
現在判明している内部の情報では、最も深い場所とされている『蒼星の遺跡』と呼ばれる場所に僕らは辿り着いた。
『僕ら』。そう、僕らだけ。バックアップとして付いてきてくれていた精鋭の皆さんですら、二日前に引き返す事を決意し、今この森には僕とマッケンジーさん、そしてジニアさんだけが残っていた。
「以前ここに挑んだ人間が持ち帰ったのがこの場所の情報という話であったが……どうやら、ここも旧都ガルヴェウスと同じ年代の遺跡みたいじゃな……」
「あの場所と同じ時代の……」
ゾクリと、背中を一瞬だけ伝う悪寒。
あの場所で、僕達は敗北した。いいや違う、そんな生易しい物じゃなかったではないか。
惨敗。逃亡。そして、スティリアが……戦えない身体にされてしまった。
もしも、ここでまた出会ってしまったら。今度は、誰がいなくなってしまうのか。
不安がどんどん大きくなり、胸が重く、苦しくなる。
「ナオ、大丈夫ですか? 気分がすぐれないのなら少し休みましょう。幸い、この遺跡の周りには魔物が寄ってこないみたいですから」
「うむ。恐らくこの場所は何かの祭壇だったのじゃろう。今でも強い魔物避けの結界が生きておる。先へ続く道を探すのは儂らに任せて、少し休んでおると良い」
「すみません、ではお言葉に甘えて少し座らせてもらいますね」
近くにあった台座に腰かけながら、この遺跡を見回してみる。
古い、古い遺跡。植物に侵食され、壁や柱の装飾も崩れ落ちている、そんな物悲しい場所。
時刻は夕暮れを過ぎ、段々と空が暗くなってきているのに、この遺跡に残された魔法かなにかの力のおかげか、うっすらと辺りが淡く光り、視界を確保出来ていた。
「まだ……生きている遺跡って事なのかな。なんだか変な言葉かも、生きている遺跡って」
「そうですね。建物は生き物じゃありませんから」
「ジニアさんも休憩ですか?」
「はい。私はこういう物に詳しくないので、マッケンジーに任せました」
隣に腰かけたジニアさんが、興味深そうにあたりを見回す。
「こういう場所は初めて見ますが、建物というのは何百年も何千年も残ったりするものなのですね」
「そうですね。僕も遺跡はあちこち見て来たけれど、ここはその中でもだいぶ原型を留めている感じですよ」
「それは、ここが生きているから……なのでしょうね」
生きている……か。建物が生きているというのは、どういう事なのだろう。
機能を保っている事? それとも……人の手が入っている事?
「……誰かが、今も関わっているから生きている……?」
「きっとそうなのでしょう。一番奥にある台座だけ、他よりも若干積もっている埃や砂が少ないですから」
「ええ!? それ、マッケンジーさんに話しましたか?」
「いえ、特には」
「それ報告しましょうよ! マッケンジーさん! ちょっと来てください!」
洞察力も観察力も凄いのに……やっぱり少しだけ抜けているなぁジニアさん……。
すぐさまマッケンジーさんがその台座を調べ始め、彼の考えを聞かされる。
どうやら、この台座の奥に道が続いているらしく、何か仕掛けを解けば進めるようになるはずだ、と。
「このレリーフは……神話に登場する『蒼星の姫騎士』のようじゃな……これがヒントなんじゃろうか」
「この人も背中にジニアさんみたいな羽が生えていますね。どんな人だったんだろう」
「私は片翼の出来損ないですけどね。弟は逆の肩から羽が生えているので、二人で一人前です」
「ほう、姉弟揃って上位魔族となると、両親も――いや、すまん忘れてくれい」
「両親も上位魔族。父は最上位魔族と呼ばれる人で、魔王なんて呼ばれ方もしていました」
何気ない会話。けれども僕は、カイヴォンさんを思い出した。
……魔王、か。もしかして、ジニアさんは……カイヴォンさんの娘さん?
お母さんがレイスさんだとしたら……? いや、でも両親はもう亡くなったって言っていたし、たぶん違うんだろうけど。
「まぁ、ただ呼ばれていただけの悪人……というのが私の出した結論です。きっとこのレリーフの人は魔族ではなく、空想上の存在、天使ではないのでしょうか」
「まぁ神の一人であるしのう。しかしこの場所にこのレリーフ……なんの意味が……」
「うーん……この神様に所縁のある物に反応するとか、でしょうか?」
「私はこの大陸の宗教には詳しくありません。前に買った本に書いてあった気もしますが」
そう言いながらジニアさんが自分のリュックから一冊の絵本を取り出し、ページを捲る。
目当てのページを見つけたのか、少しだけ自慢げにそのページを僕達に見せてくれた。
「この羽の生えた女性がこのレリーフの人物でしょう。『救済と繁栄の神エリス。またの名を蒼星の姫騎士』この絵本によると、神話の締めくくりに出てきているみたいですね」
「ほう、その本を主も買ったか。それは儂らの国で長い間人気商品として何度も出版された物じゃな。ちなみに儂はそれの代一七版を持っておるぞ」
「私のは……三九版とあります。やはりおじいちゃんですね、マッケンジーは」
「ぐぬぅ……そんな真顔で言われるとは思わなんだ。まぁなんじゃ、とにかくこのレリーフをヒントと仮定してもう少し色々試してみるかのう」
マッケンジーさんが周囲を調べている最中、僕達もこの神様がどういう神なのか知るべく、ジニアさんの絵本に目を通してみる。
本当に子供向けの絵本のようで、どのページにも可愛らしいタッチで絵が描かれており、たぶん、この国の子供はみんな知っているような、そんな常識みたいなお話なんだろうな。
思えば、僕はこの国の事を深く知ろうとはしていなかった気がする。
何も分からず、自分の事で精一杯だった日々。
新たに出来た自分の目的の為に夢中になっていた日々。
そして……使命に追われ、戦い続けている今。
僕は、周囲に目を向ける時間が、あまりにも少なすぎたんじゃないだろうか。
「ナオ、ページをめくってもいいですか?」
「あ、はい。次は神様の説明ですね」
この絵本のように、この大陸の事、この国の事、この世界の事にもっと目を向けた方がよかったんじゃないだろうか。
……そう、あの人みたいに旅をしてみたらよかったのではないだろうか。
「蒼星の姫騎士。神の都ガルヴェウスを襲った悲劇に立ちあがり、裏切りの神を倒した最後の英雄……所謂、正義の味方なのでしょうか」
「うーん……そんな神様のレリーフにどんな意味があるのかな……」
「目の前で悪い事をしたら、怒って反応するのでしょうか? えい」
「イタッ! なんで僕の事叩くんですか」
「悪い事をしてみました。ですが、どうやらハズレです」
叩かれ損じゃないか、これじゃあ。
でも本人は大真面目みたいだし、怒るに怒れない……。
「む! ちょっとこっちに来てみてくれんかのナオ殿」
「あ、はい。どうしましたか?」
「ここじゃ、ここに魔力の残留痕がある。解放者であるナオ殿の魔力ならば反応するやもしれん」
「……確かに私の魔力では反応しませんね。ナオ、手をここに」
いつの間にか回り込んでいたジニアさんが、レリーフの下、女神の足元にある小さなくぼみに手を押し当てながら僕に真似をするようにせかす。
心なしか目がキラキラしているような気がしたのは、きっとの気のせいじゃないんだろうなぁ……たぶん興味津々なんだと思う。
「じゃあ行きます……」
「……ワクワクしますね。どうなるのでしょう」
冷たい石のはずなのに、どこか温かな印象を受けるレリーフ。
そこに触れると、ひんやりとした感触と共に、何かが吸い取られるような、そんな奇妙な感覚が手のひらに広がり、思わず手を引っ込めてしまった。
するとその時、先程調べていた台座から『ガコン』と音がした。
「む、どうやら台座が動いたようじゃな」
「……地味でした……もっと、隠し階段が現れたり、壁が動いたりするのかと」
「うう、僕に言われても……」
調べてみると台座だと思っていた物は、まるで石で出来た箱で、今の仕掛けで蓋が開くようになった、という事が分かった。
ならば早速開けてみると――
「ふむ、これまたあからさまな」
「レバー……みたいですね」
「なるほど、では」
止める間もなくそれを引くジニアさん。そして――本当に開いてしまったレリーフの掘られた壁。
ちょっと僕もそれ、作動させてみたかったかも。
開いた壁の向こう側には、僕達が今いるのと同じ作りの広間が繋がっていた。
まるで、元々ひとつながりの広間を、後からこの仕掛けで仕切ったような、そんな……。
「また台座があるぞい……じゃがあれは……」
そして、その広間の先にはまた台座があった。けれどもそれは、見ただけでどんな目的の物なのかが分かる、そんな特徴的なデザインで。
「これ、きっと剣が刺さっていたんですよ! それを誰かが引き抜いたのではないでしょうか!?」
まるでアーサー王の伝説の様な。いろんな国に残る、剣に纏わる伝説を想像して僕はつい、何かが刺さっていたであろう痕跡があるその台座に興奮してしまった。
「まさか……本当にここは神話の地……なのかのう……」
「では、私の剣を代りに刺してみましょうか」
またしても止める間もなく、自分の剣を台座に突き刺すジニアさん。誰か彼女を止めて!
僕以上にワクワクしているのか、刺さった剣を見ながらバサバサと翼をはためかせている。
表情は分かりにくいけど、行動がわかりやすいというかなんというか……。
「ジニアよ、その剣を抜くのじゃ。もしも本当にここが神話の地ならば……その台座はとても深い意味を持つ場所……名を忘れられた神、裏切りの神に殺された『蒼月の神』の墓標である可能性があるのじゃ」
「お墓でしたか。それは……悪い事をしてしまいました」
すぐさま剣が引き抜かれ、そこへ向かい祈りを捧げ始める。
墓標? 蒼月? 神話の事、もっと勉強をすればよかったかな、僕も。
「この国、いやこの大陸の宗教であるライズ教には六柱の神が存在しておる」
すると、マッケンジーさんがその神様について語って聞かせてくれた。
友情と守護の神アルヴァース
愛情と教育の女神レストル
発明と研究の女神ミスティア
狩猟と信頼の女神サラス
芸術と追悼の女神スフィア
そして――
繁栄と救済の女神エリス
「じゃが……ジニアの持つ本にはもう書かれておらぬし、名前も伝わっていない神がもう一柱おったのじゃ。かつて神の都を襲った悲劇、裏切りの神に滅ばされた『戦いと蒼月の神』まぁ、裏切りの神を含めると二柱じゃがの」
「戦いの神……」
「うむ。儂の持つ本にはの、エリスが蒼月の神の仇を討った、と書かれておったが、時代が進むにつれ、その部分は省略されていったのじゃ。子供に読み聞かせるのには相応しくない、と教団が判断しての」
「あの、じゃあもしかしてこの台座というのは」
「『蒼月の神の友、アルヴァースは、彼を思い続けるレストルを見守り、蒼月の神を愛していたスフィアはその生涯をただ、彼への追悼に捧げ絵を描き続ける。サラスはただ彼に供物を捧げ、ミスティアは彼の者を呼び戻す事を願い続ける。そして――』」
……確かに、ちょっと子供には難しいような、そして悲しい物語に僕は思った。
「『彼の弟子エリスは、受け継ぎし剣を墓標とし、口を噤む』もしもここが神話の地ならば……ここは名を忘れられた神の墓ではないかと思ってのう」
「……じゃあ、このダンジョンのゴールである七星の封印場所とは無関係なのかもしれませんね……お墓を暴くような真似をして、なんだか申し訳ないです……」
「うむ……」
「いいえ、もしかしたら当たりかもしれません。壁が動きます。見てください、横にスライドする扉です。初めてみました」
「おっとー? なんじゃ、今の話を聞いてさらにこの場所を平然と調べるとは、さすがじゃのうジニアよ」
「それほどでもありません」
さっきから仕掛け、全部ジニアさんが解いてる気がする!
ちょっとズルいなーと思いながら、彼女の独特の着眼点を真似してやろうと観察していると、またしても何か見つけたのか、彼女は開いた扉の横、綺麗な装飾がところどころ残っている壁に手を伸ばし始めた。
「あれって銀細工でしょうか? 壁に綺麗な紋様が埋め込まれて……盗掘者に見つからないように、後であのレリーフを戻してこの広間を隠した方が良いかもしれませんね」
「うむ、そうじゃな。ジニアよ、それにはあまり手を――」
「よし、取れました。見てください、この部分だけやけに綺麗だったので――」
「えええええ!? ダメですよジニアさん、一種のお供え物みたいな物なんじゃないですか、この遺跡って」
もー! なんでそういう事しちゃうのかなジニアさん!
けれども、その外した銀細工を片手に、ジニアさんはしきりに頭を捻り続けていた。
今までにないくらい、真剣な表情でそれを見続ける姿があまりにも不思議で、思わず僕もそれを覗き込む。
「……見覚えが、あります」
「見覚えって……」
取り外した銀細工。けれども、それは良く見ると外した装飾ではなく、これそのものが単独の銀細工のようだった。
青みがかった銀色の……まるで髪飾りの様な留め具までついているソレ。
……あれ、おかしい。僕もこの『髪飾りの様な銀細工』に見覚えがあった。
「……これって……髪飾り、ですよね」
「服に付ける飾りにもなりますが……確かにバレッタに見えます。……そうです、これはバレッタです……これは確か……」
記憶を刺激する。僕は、これを付けていた人を知っている気がする……。
すると、僕たちの様子を見に来たマッケンジーさんが――
「む……これは……リュエ殿の髪飾りと同じ物、いや左右こそ反転しておるが……」
「あ、それです! これ、リュエさんの髪飾りと同じ物ですよね!? 片割れなのかな……あ、あっちにも同じ形の跡がある……じゃあここから持ち出したのってリュエさんだったのかな……?」
「いや、彼女はこの大陸には来たことがないはずじゃ。恐らく、儂らと同じく、ここまで辿り着いた何者かが盗掘、そして紛失したのやもしれんのう……」
「それが巡り巡ってリュエさんの元へ……なんだか凄い偶然じゃないですか?」
「うむ……もしかしたら特別な念でも込められていたのかもしれんのう。強い力を持つ物は、強い力に引き寄せられるとも言うからの……」
偶然? それともただ似ているだけで別物?
この遺跡がカイヴォンさん達と関係があるようには思えないけれど……何かが繋がっているのだろうか。
不思議な物で、この世界に来てから僕は『縁や運命』という物を感じるようになっていた。
ちょっとした出会いが、後々に関わる。まるで、世界がそれを望んでいるかのような、そんな不思議な感覚を味わう事が多かった。
それは、火山でカイヴォンさん達と出会った事や……今の状況とか。
……神話の神とは違う神。少なくとも、僕がこの世界に来る直前、使命を与えた存在は確かにいる。もしかしたら……そんな人の運命や縁に影響を与える力だってあるのかもしれない。
「……あの。二人とも平然と口にしているリュエという人は、もしかして髪の白い可愛いエルフの女性でしょうか?」
「え?」
「む? 確かにそうじゃが……?」
考え込んでいたその時、不思議そうな顔をしたジニアさんが、リュエさんについて尋ねてくる。
まさか、また? またそんな偶然のような……?
「二人はリュエさんを知っているのでしたら、もしやレイスさんやカイヴォン様の事も知っているのでしょうか?」
「なんと! お主、本当に何者じゃ? そろそろ教えてくれんか、これではさすがに儂らも警戒せざるをえないのだが」
「……あの方達の知り合いなら、大丈夫でしょうか。私はギルドから派遣された、特別な任務を受けたメンバーです。特別です。選ばれました」
「な……ギルドというと、まさかセミフィナル大陸にある冒険者ギルドかの?」
「はい。総帥に選ばれてこの大陸にやってきました。特別に選ばれたのです」
何故だか、特別という部分を強調するジニアさん。
余程名誉な事なのか、それともただ単純に嬉しいだけなのか。
けれどもそれなら納得だ。きっとジニアさんはギルドの中でも優秀な人で、それで同じくギルドの中で最高戦力と呼ばれているカイヴォンさん達と知り合いだったんだ。
「して、その任務とはなんじゃ? 儂らの行動を監視する目的ならば……少々こちらも警戒せにゃならんのじゃが」
「任務は届け物です。ただ、貴方達の情報を調べておけば、褒められると思い独断で動いてみました」
「届け物……ですか?」
「はい。まもなくこの大陸に着く予定のカイヴォン様達に、ギルド総帥から届け物を頼まれました」
「え!? じゃあ今この大陸にカイヴォンさんがいるんですか!?」
「いいえ。まだみたいです。なので、もう一人に荷物を預けて、それまで色々と調べようとしていました」
嬉しい報告だ。けれども、そんな事情をペラペラと僕達に話して良いのかな……?
一応、別陣営の人間同士なんだけど。
でも……この大陸にカイヴォンさんが向かっている。
その事実だけで、僕の心に熱が入る。
つい、あの指輪に手を触れる。仲間の証。最後に僕達にくれた指輪を。
「ふむ……あやつが向かっておるとなると、色々と今後の動きにも余裕が生まれるやもしれんのう……なんにしても、今は自分達の使命を果たすとしようかの。無事に、カイヴォン達を迎える為にも」
「そ、そうですね! 先に進みましょう、七星を解放する為にも」
そうだ。うじうじ考え込むのは僕の悪い癖。こんなんじゃカイヴォンさんに笑われてしまう。
七星の解放。暗躍する存在。ダンジョン発生の謎。課題は沢山あるけれど、今は進もう。
この冒険の終わりの果てに、きっと新たな道が、僕が挑むべく答えに続く道が続いていると信じて。
「……あ。この旅の詳細の報告は私がカイヴォン様にします。二人ともカイヴォン様の知り合いとはいえ、報告は私がします。その為に動いていたのですから」
「あ、はい」
「きっと、褒められるでしょうね、私は」
う、うーん……やっぱりちょっと不思議だなぁジニアさん。
どうやら、魔導具、中でも魔車のような魔法だけでなく、工業的な仕組みが組み込まれた道具の発展度合いだけを見れば、圧倒的にセカンダリア大陸、ガルデウスが進んでいるようだった。
車輪の回転がいかにスムーズなのか。揺れがいかに少なく悪路にも強いのか。
走り始めた魔車の乗り心地に、レイスが感嘆の声を上げ、俺もまた『まるで地球の自動車のようだ』という感想を抱く程。
「しかし驚いたな……まさかボールベアリングに油圧式ダンパーだけじゃなく、魔法による制動制御まで組み込んであるとは……」
「カイヴォン殿はこういった物の構造に詳しいのですか? 私はただ乗り心地が良い、という事しかわからないのですが」
「そこまでという訳ではないのですが、使われている部品の細かい部分が、とても先進的だな、と」
「ふふ、私はこういった技術には疎いのですが、自国の産業を褒められるのは嬉しいものです」
もしかすると、イグゾウ氏のように過去に呼び出された解放者が、こういった分野に関わっていたのかもしれないな。
農業のセミフィナルと工業のセカンダリア……そして魔法のサーディス。
この三つが手を取り合えば、今よりも飛躍的に文明が発達するのではないだろうか。
え? エンドレシア? あそこはほら……みんな凄く強いみたいな評価が……。
「……将来ヒャッハーな世紀末になりそうだなぁエンドレシア……」
暫く街道を走っていると、遠くの方に野営基地が見えて来た。
まだ日も高く寄るつもりはないのだが、随分と活気がある様子につい目を奪われる。
「あの場所は一年中賑わっている野営市場です。行商人たちの中継地点にもなっており、一時期は街にしよう、という話もあった場所です」
「へぇ、それは凄い。でも結局野営市のままなんですね?」
「ええ。なんでも、あの場所は我らの国が出来る前から野営市として人が集まっていた場所らしく、その歴史を尊重したい、と。結果として、野営市場のままのお陰で、貴族達の利権問題や、商人ギルドから過度な干渉も避けられ、あのように活気に溢れている、という訳なんです」
彼女の説明を聞きながら、その野営市を通り過ぎる。
するとその時、客車の窓があき、リュエが顔を出した。
「カイくん、帰りにあそこ寄ってみようよ。ああいう場所には掘り出し物があるって言うじゃないか」
「そうだね。ナオ君達と合流したら寄ってみようか」
なんだか、良いな。本当にただの旅をしているだけみたいで。
無論、そこまでのんびり気楽にしていられる状況じゃない事も分かっているのだが。
……野営市か。確かに色々面白い物がありそうだな。
そうして、俺達の行軍は魔車の性能もあいまって、とても順調に進んでいたのだった。
ガルヴェウスを発ってから三日。そろそろ各町へと続く主だった街道へむかう分岐も全て消え、ここから先は辺境、蒼星の森までほぼ一本道となった事で、スティリアさんの案内が無くても問題ないと判断し、今日の御者はリュエが買って出ていた。
元々病み上がりだったのだし、今日くらいはゆっくりと客車で過ごしてもらっているのだが――
「ですから『月光の剣士』はあの巨大な月と剣士を対比する事で、自然の雄大さ、そして神秘性を表現しているという解釈をしたのです。レイス殿はどう思いますか」
「私は、この剣士が後ろ姿だ、というところに着目してみました。もしかたら、この絵を描いた人間は、彼の姿を見てつい、筆を取ったのではないか……と」
「なるほど……月ではなくこの剣士こそが主題だと……そう言われると、中々物語性も生まれますね……いや、実に面白いです」
スティリアさんが持つ名画百選的な本を、レイスが一緒に見ながら熱弁を振るっておりました。
いやぁ、なかなかにエネルギッシュというか、疲れそうというか……やはり同好の士がいると盛り上がるのだろう。ちょっと羨ましい&疎外感。
「もし、もしもです。この絵の作者が女性だったとしたらどうでしょうか。満月の夜、愛する男性と二人月の良く見える丘へと向かったとします」
「おお……しかし、この剣士は何故剣を振るっている姿で描かれているのでしょう。シチュエーションとしては少々――」
うむ、話に入っていけそうにない。とりあえず御者席側の窓を開け、リュエの様子を覗っておきましょう。
「あ、カイくん。ほらほら、この魔物に魔法をかけてずっと全力で走れるようにしてみたんだ」
「うわ、こんな速さで走っていたのか! 大丈夫なのか? 無理をさせているんじゃ」
「大丈夫、しっかり治癒魔法もかけてあるんだ。地図によるとこの先に廃村があるから、そこで今晩を過ごそうと思って、一時的にちょっと急がせているだけだよ」
「そっか。じゃあ、もう少しだけ御者をお願いするよ。寒くはないかい?」
「ううん、大丈夫だよ。この先は少し道が荒れているから、気を付けてね」
その言葉の通り、少しだけ魔車が揺れ始めるが、座っている分にはそこまで気にならない程度の揺れで、改めてこの客車の完成度の高さに舌を巻く。
そして日が段々と落ちてくる中、件の廃村へと辿り着いたのだった。
「ふぃー! 疲れたー!」
「お疲れ様、リュエ。明日は俺が御者を代わるよ」
「ううん、この魔車ってあまり揺れないし速いし、周りに誰もいないしで凄く楽しいんだ。明日も私がやるよ」
「なるほど。確かに気持ち良いからなぁスピード出すのって」
まるでドライブのような、そんな快感を彼女も覚えているのだろう。
魔車を降りると、どうやらここは昔宿屋か何かだったのか、車庫のような納屋のような、そんな宿泊客用のスペースに留めてあるようだ。
「見た感じそこまで古い印象じゃないけれど、どうしてここって廃村になっちゃったんだろうね?」
「この村は、以前は蒼星の森から最も近い村という事もあり、森へ挑もうとする傭兵や冒険者、それに各国の騎士団達で賑わっていたのです」
「そうなのですか? となると、ますます廃村になった理由が……」
リュエの言うように、人の気配もなく、道に雑草も生え放題ではあるのだが、建物そのものはそこまで風化した様子もなく、何か戦乱に巻き込まれたような風にも見えなかった。
まるで、ある日突然人が消えてしまい、そのまま年月が経過したような――
「……ある事件がありました。正確な時期は私も知らないのですが、村人全員が忽然と姿を消したそうです。当然、森の攻略に来た人間達も捜索にあたったのですが、痕跡すら見つからず……」
「それは……荒らされた形跡すらなかったのでしょうか……?」
「はい。赤子から老人に至るまで、そして居合わせていたであろう外部の人間ですら、一切の痕跡なく消えてしまいました。それ以来、ここに近寄ろうとする者もなく、森に挑む人間達も不気味に思い、立ち寄らなくなったのです」
「あ、あああああの……! そんな恐ろしい場所でわた、私達が一晩過ごすのですか!?」
「ふふ、大丈夫ですよレイス殿。我らにはカイヴォン殿や聖騎士であるリュエ殿もいるではないですか。例えこのいわくに惹かれた悪霊がいたとしても恐るるにたりません」
もう完全に悪霊がいるの前提で話してるじゃないですかスティリアさん。
レイス、完全にリュエにピッタリくっついてしまいました。
だが……そんな悪霊が住む場所には思えないんだよなぁ。
どちらかという無。なにもない、だれもいない。なにも寄り付かない、そんな印象だ。
「……もしかしたら、ここの住人……なのかもしれないね」
「……はい。私もリュエ殿の話を聞いたので、もしかしたら、と」
「ダンジョンというか、魔力濃度の高い森に一番近いという事もあるし、いずれ本格的に調べた方がいいかもね」
それは『あの像』に纏わる事、なのだろうな。
それから野営の準備を始め、今晩の夕食作りに取り掛かる。
殆ど風化も倒壊もしていない建物も多いのだし、そこで一晩を明かそうと思ったのだが、レイスが涙目で首を横に振るので、今日もリュエお気に入りのテントを張っております。
「意外でした。まさかレイス殿がこの手の話が苦手だったとは……」
「はは……という訳で今日のお手伝い、宜しくお願いしますね」
「はい。私もカイヴォン殿の料理の腕を間近で見てみたいと思っていたところです」
なお、レイスは現在リュエと一緒に周囲の見回り、そして結界の準備をしています。
たぶん明日の朝までリュエとべったりだと思います。
「じゃ、せっかく新鮮な鶏肉が手に入った事ですし、久しぶりにチキン南蛮でも作ってみましょうか? 作り方、覚えたいですよね?」
「それは勿論! いやはや、今日鶏肉が手に入ったのは行幸ですね。恐らく、かつて家畜の飼料に使われていた植物が野生化したのでしょうが、それにつられて魔物が入り込んでいたとは」
先程、村の外れに野生化したトウモロコシに似た植物の群生地を見つけたのだが、そこを縄張りにしていたであろう、丸い身体の鳥型の魔物を見つけたので、サクっと狩らせて頂きました。
という事で、久々に作りましょうか、チキン南蛮。
「……それにしても手慣れていますね、スティリアさん」
「ええ。ナオ様と旅をしていた時は、主に私が食事の用意をしていましたし、元々騎士団の野外訓練でもこういった野営の訓練をしていましたので」
淀みなく肉を切り分けていく姿に関心していると、彼女の首から何かがぶら下がっているのに気が付いた。
普段は胸当てをしているので分からなかったが、アクセサリーだろうか。
「カイヴォン殿、これで良いでしょうか?」
「あ、はい」
「ふむ? ああ、この首飾りですか? よく見てください」
こちらの視線に気が付いた彼女が、首から下がる物をこちらに見せる。
それは、鎖に通された指輪で――
「俺が皆さんに上げた指輪でしたか」
「はい。私は手甲をつける関係で、こうして首飾りにしているのです」
「まだ持っていてくれて嬉しいですよ」
「ふふ、当然ですよ。ナオ様など、あれ以来一度も外していないんですよ? 『これはカイヴォンさんが僕にはめてくれたんだからー』と」
「ははは……なんだか照れるなぁ」
「カイヴォン殿は……つけていないのですか?」
「料理をしたり、それこそ手甲をはめる事もあるので俺も。ただ……そうですね、ナオ君に会うのなら、付けておかないと」
「まったく、カイヴォン殿はずるいですね。ナオ様とおそろいの指輪だなんて」
「はははは……じゃあせっかくだしまたナオ君にはめて貰おうかな?」
「ま、『また』とはどういうことです!?」
彼女の意外……でもないが、そんな一面を見ながら、彼の思い出の料理を仕上げていくのだった。
「美味しいですね……あの魔物が『悲壮鳥フォレス』だったとは……」
「サクサクの中から、鶏肉の脂がじゅわー! この甘酸っぱいタレに合うねー!」
「相変わらずカイヴォン殿の料理はなぜこうも美味しいのか……揚げ方にコツがあるように見えましたが……美味しい……家の料理人にも是非習得させなければ」
チキン南蛮サンド出来ましたよー! という訳で、四人で頬張っている訳で。
以前、七面鳥に似た丸鶏の肉をリュエバッグから拝借した事があったのだが、あの魔物がその正体だったそうな。
明日、もう数匹見つけられないか探してみるかな?
「むぐ……ふぅ、二つも食べちゃったよ。それにしても、いよいよ明日には森に着くんだよね。意外と早かったような気がするよ」
「やはり、あの魔車の性能でしょうね……魔物もしっかりと訓練されているのか、通常の魔物よりも持久力もあるようでしたし」
「私の魔法で強化もしたしね」
「蒼星の森はここから一時間程、といったところでしょうね、あの魔車ならば」
一段落つくと、リュエが明日の予定について話しだす。
明日からはいよいよダンジョンに挑む形になるのだが、曰く、天然の迷宮になっており、また視界や足場も悪く、魔物の出現頻度も他のダンジョンとは段違いだとか。
「最短ルートで、あの森の現在の最終到達地点として記録されている遺跡まで向かわなければなりませんが……当然、森ですので道が隠されていたり変化していたりする事も考えられます。ナオ様達はマッケンジー老がいるお陰で迷う事はないと思いますが……」
「大丈夫だよ、私だって森出身のエルフだからね。それに――ある程度は破壊しても大丈夫なんだよね?」
「ええ。あの森は今も徐々に広がっており、一部の国では国土を侵食されている程です。森を切り崩す事が出来るのならば、むしろ積極的にそうした方が今後の調査に役立てますし」
「なんだか申し訳ない気もしますけれどね、森に……」
大陸の1/15の規模。ただでさえ他大陸より大きなこの大陸の1/15となると……下手したら日本列島の1/3くらいの規模なのではないだろうか……?
「極論ですが……いっそのこと燃やしてしまえば良い、なんて意見はなかったんですか?」
ちょっと自然環境に喧嘩を売るような質問を投げかけてみる。
「ありましたよ。むしろ、今でもそれを試す国があります。ですが――」
「ふふ、燃えても数本、切ろうにも斧が先にダメになる。そうだろう?」
「ええ、その通りです」
すると、リュエが訳知り顔でそう指摘した。
「いいかい? 強い魔力が流れる森はね、一種に聖域であり、生き物なんだ。草木一本にいたるまで、森全体の加護が働いているって訳さ。だから、そこに住む生き物は森に感謝し、自分達をその一部だと認識し、加護を受けて育つんだ」
「ということは……もしかしてリュエの住んでいた森も?」
「当然、アレがいた関係もあって、最強の森だったんだよ。私じゃなきゃあの森の恵みなんて採ってこれないくらいなんだから」
マジですか。俺もリュエも普通に木を切って物を作ったり山菜狩りをしていたような。
「たぶん、カイくんなら森を相手にしても無茶が出来ると思うよ。なにかあったら――ドーン! って、やっちゃえばいいんじゃないかい?」
「ははは……物騒だなぁ。けど、考えておくよ。自然を破壊したい訳じゃあないけどね」
「……本当に可能なのでしたら、いつか国から正式に依頼を出しても良いでしょうか」
……マジトーンなスティリアさん。もしかして本当にそこまで森の浸食が深刻なのでしょうか。
ともあれ、いよいよ明日にはナオ君と再会の可能性、そして――もしかしたら七星と事を構えるかもしれないという覚悟を決め、この静かすぎる夜を過ごすのだった――
……なお、リュエが夜に見張りをすると言い出した為、レイスが恥ずかしそうにスティリアさんと一緒に眠っていました。
(´・ω・`)明日から九巻の改稿作業に入る為、また更新が止まります。
八巻も好評発売中でございます。