三百七十五話
(´・ω・`)書籍版八巻、本日発売です(なおまだ0時な模様
一応一部の電子書籍は0時過ぎたら購入可能みたいですけどね
「あ、カイくんにレイス、戻ったんだね。おかえり」
「おかえりなさい、カイヴォン殿、レイス殿」
「あ、ああ……ただいま」
「ただいま戻りました……あの、起き上がって大丈夫なんですか?」
「うん。一先ず寝ていても変化が分からないくらいまで体力も戻ったみたいだから、まずは立ち仕事をして様子を見ようと思って」
「はい。そこで、以前聞きそびれていた、タルタルソースなる物の作り方をリュエ殿に教わっていました」
二人並んでエプロン姿。そんな予想だにしていなかった姿に、二の句を継げないでいると、二人が再び熱心にソース作りへと戻っていった。
もうすっかり慣れた物で、今ではマヨネーズすら自分で作っているくらいだ。
……初めて作った時、とんでもない呼び方をしましたよね、貴女。
『美味しいねぇ、カイ君の白いドロドロ』いやはや、なんとも心臓に悪うございました。
「よし、後はこのオニオンを一〇分くらい水にさらして、その後水気を切って混ぜたら完成だよ」
「おお……意外と簡単に出来てしまうのですね。マヨネーズを出来あいの物にすれば手軽に作れそうです」
「そうだねぇ。でも、こだわるならビネガーとか自分で工夫して作ると良いかも」
すっかり料理が出来るようになって……三食ポトフを出していた頃に比べたら物凄い進歩だ。
そうして、彼女達が作ったタルタルソースをかけた鶏肉のフライを昼食に頂きながら、この後の予定を決めていくのだった。
「美味しい……勿論ソースが美味しいのもありますが……食べ物の味をしっかりと感じられます……」
「そっか。やっぱり、あの怪我の影響かい……?」
「はい……。呼吸をしただけで、血も出ていないのに血の臭いが混じり、食べ物の味もあいまいにしか感じられませんでした。ですが……今ではもう、あの傷を負う以前よりも身体の調子が良いくらいです」
食べながら、スティリアさんに身体の調子について話して貰っていたのだが、やはり味覚を司る舌から、呼吸に必要な肺にいたるまで影響が出ていたようだ。
そして今身体の調子が良い事については、俺の力を今も分け与えているままだからだ、という事を説明し、様子を見て一度効果を消してみる事を予め伝えておく。
「カイヴォン殿の力の一片を私が……なるほど、今はその力で私の体内を浄化している最中なのですね?」
「ええ。今晩寝る前に解除しますので、明日の朝、もう一度様子を見て、問題がないようでしたら、いよいよ俺達もナオ君の後を追いかけようと思います」
「あ……そうでしたね。ナオ様が発たれてから今日で二週間。ですが、練度の低い者達を連れた混成軍ですので、恐らく行軍速度はそこまでではないと思います。私の予想では、丁度ナオ様達は今、蒼星の森に入った頃だと思います」
既にダンジョンに入っている……これは俺達が辿り着く頃にはもう、ダンジョンを踏破してしまっているのではないだろうか?
そんな心配が表情に出ていたのか、続けてスティリアさんがダンジョンについて語ってくれた。
「蒼星の森は、セカンダリア大陸の1/15を占める程の広大なダンジョンと言われています。ある程度内部の情報もありますが、それを差し引いても、そう易々と踏破出来る物ではありませんので、恐らく慎重に重きを置いて攻略しているのではないかと」
「つまり、俺達が森に辿り着いても、まだ彼らはダンジョンの内部にいる、と?」
「はい。ただ、報告ではナオ様についていった遠征軍なる者達が、徐々に帰還、切り捨てられてきているという報告がありますので、今は精鋭だけが残っているはずです。カイヴォン殿達が森につき次第、すぐに後を追いかけ攻略を開始した方が宜しいかと思います」
「ふふん、それなら任せておくれよ! 私はエルフだからね、森の中なら私の……ど、どく……独裁場だよ!」
「リュエ、独壇場です。ただ確かに、私達なら多少強引に進む事は可能だと思います。良かった、どうやら無事に追いつけそうですね」
「そうだね。正直、俺もここの七星についてキチンと調べておきたい気持ちもあるんだ。解放するにしても……見ておかないとね」
必要があるならば殺すとは、さすがに今この場では言えないが、ね。
昼食を終え、今度はもう少し身体を動かしてみようと、リュエとスティリアさんが屋敷の周囲を散歩してくると言うので、俺達もそれに付き合う事にした。
もうすっかり良くなったのか、まるで観光案内でもするかのように、スティリアさんが貴族街を先導し、王城区画までその足を延ばす。
「これがガルデウス城です。他国の城が持つであろう意味合いは薄く、この場所は主に会合や会議、晩餐会の会場として利用される事が多いのです。宮仕えの貴族もほぼいなく、平時は王族の方々の居住用、そして騎士達の修練場として機能しているんです」
「なるほど。統治や政治的な取り決めは中央区の建物で、代表の皆で決めているんですね?」
「そうなります。傭兵ギルド、錬金術ギルド、職人ギルド、商人ギルド。主だった四つのギルドの代表者達が国の方針を決めていますね。勿論、『ライズ教団』の司教や国王、宰相も出席していますけれど」
ライズ教団。先日教えてもらった、過去の神話に登場する神々をそれぞれ信仰するという、神を一人崇めるではなく、それぞれ自分に合う神を崇拝するという一風変わった宗教だ。
ちなみにスティリアさんは『友情と守護の神アルヴァス』という神を信仰しているのだとか。
「リュエ殿、よろしければ騎士団の修練を見学していきますか? 聖騎士であるリュエ殿にも是非見てもらいたいのですが」
「良いのかい? 私、こういうところの騎士さんの訓練って初めて見るよ。そうだねぇ、スティリアさんの身体の調子を見る為にも、軽く身体を動かすのも良いかもしれないね」
「ほ、本当ですか? 実は……剣を取っても良いか聞いてみたかったのもあります」
「うん、大丈夫だよ。カイくんの力もどれくらい働いているのか、テストもしておきたいしね」
「あ、なるほど。確かに実際に動いた方がいろいろわかるかもしれないね」
そして、当然の様に顔パスで城へと入るスティリアさん。
平然と出歩いている姿に、門番や通りかかった全ての人間が目を見開いていたが……騒ぎにならないのだろうか……。
彼女の負傷は国にとっての一大事だったと思うのだが。
ふと、先程から口数の少ないレイスが気になり振り返ると、何故だか顔を俯かせ、まるで周囲を気にしている風に、そわそわとしていた。
「どうしたんだい、レイス」
「あの……例の絵が出回っているという話なので……なるべく目立たないようにしようかと」
「あー……よし、じゃあ頭の羽を消して……はい、これ俺の髪留め。これで髪型をかえてみたらどうだい?」
「あ、なるほど! では少しお借りしますね」
おお……ポニテレイスだ。可愛い、新鮮。
ちょっとドキドキしてしまうぞ年甲斐もなく。
そしてそのまま城内を進み、騎士団の修練所へと辿り着く。
どうやら、丁度今は隊列を組む訓練を終えたところらしく、皆がそれぞれ木偶人形を引っ張り出してきたり、木剣を手に打ち合いをはじめたりしようとしているところだった。
「ここにいる者達は、普段は城内で待機し、有事の際の防衛の任につく近衛騎士見習い達です。いわば城の警備兵の様なものでしょうか」
「なるほど。城の警備を任せられているだけはありますね。皆、良い動きをしているように見えます」
「カイヴォン殿にそう言ってもらえるとは光栄です。実は、私の直属の部下のような者達なのですよ」
確か彼女は騎士団全体の副団長という肩書だったはず。
つまり、ここにいる人達は精鋭中の精鋭だ、と。
「あ、ということはここにいる方達は都市警護隊の方ではないのですね?」
「ええ、そうなりますね。彼等がここを使う事はあまりなく、合同演習の時に訪れる程度です」
レイスさん、露骨にほっと胸をなでおろす。
そういえばあの絵が出回っているのは、都市警護隊だけっていう話でしたね。
「さて、では見て回りましょうか。あそこの戦闘場で今戦っているのは、先の選定の儀……ナオ様の新たな仲間を見極める戦いに参加した、分隊長二人ですね」
「ほほう、じゃあちょっと見ていようかな? 騎士さんが使い剣技ってどういうものなのか見てみたいんだ」
「俺も興味あるなぁ、独学だし」
訓練に夢中になっているのか、周囲の人間がスティリアさんに気が付いた様子はない。
まぁ、彼女が今騎士装束でなく、普段着である事もその理由なのかもしれないが。
「おー……あの木剣、本物の剣と重さを同じにしてあるみたいだね? ちゃんと鍛えてるのが分かるよ、良い剣速だ」
「そうですね。踏み込みの鋭さや身体を引く速さ。どれを取っても一線級です。基本的な身体づくりがしっかり出来ている証ですね」
「……とりあえず剣筋が綺麗だって事は分かるよ……俺も」
すまん、そこまで分からん!
とその時、こちらに木剣がとてつもない速さで飛び込んできた。
とりあえずキャッチ。確かにこれは重いな、木の中に鉄でも入っているのだろうか。
「どうやら勝負が決まったみたいですね。いやはや、凄い剣筋だ」
「だ、大丈夫ですかカイヴォン殿! フォーク分隊長、負けたとはいえ、剣を飛ばされるとは何事だ。実践で武器を無くせば、それ即ち死を意味する。例え負けても命尽きるまで決して武器を手放すんじゃない!」
剣を弾き飛ばされた分隊長に向かい激を飛ばすスティリアさん。
弾いた側でなく、弾かれた側を叱るあたり、中々にスパルタ教育な模様。
だが、その言葉をきっかけに周囲がスティリアさんの存在を認識し、一斉に訓練の手を止めていた。
「副団長……? スティリア副団長ですか!?」
「本当だ、スティリア様だ! スティリア様、絶対安静ではなかったのですか!?」
「お身体に触りますよ」
「治癒師団が復帰は未定という話をしていましたが、出歩けるようになったのですか!?」
「お身体に触りますよ」
「杖もなしに……もしや、回復の兆しが……?」
「お身体に触りますよ」
皆が一斉に駆け寄り、口々に彼女に言葉をかける。
一様に心配するその姿に、彼女がいかに慕われているのかうかがい知れるが……なんか一人だけさっきから『お身体に触りますよ』しか言っていなくないか?
「今、身体の調子を見る為にここを訪れたところだ。みな、心配をかけてすまないとは思うが……訓練の最中だ、すぐに戻れ!」
「「「は!」」」
嬉しそうな笑みを隠すように、彼女が命令を下す。すると皆、心の底から嬉しそうに返事を揃え、訓練へと戻っていった。
「……慕われていますね」
「……お恥ずかしい限りです。ですが……皆、自慢の部下達です」
一先ず挨拶、もとい言葉も交わしたからと、早速リュエとスティリアさんも木剣を片手に訓練所の一角を使わせてもらう事に。
健康体になったとはいえ、剣を握っていなかった日が長く続いた関係で、スティリアさんがしきりに握りを確かめ、何度も素振りを繰り返す。
そしてリュエもまた、見た目以上に重い木剣に興味が湧いたのか、重心のバランスを調べてみたり、軽くトワリングして手になじませたりしていた。
「こうして見ると、やはりリュエは剣を持った時の風格が違いますね」
「見た感じいつもと変わらないんだけれど……なんというか、凄みが増す感じがするね、確かに」
自然体であるはずなのに、もう既に戦いに入っているかのような空気が、彼女を取り巻く。
それを感じ取っているのは勿論俺とレイスだけでなく、対面しているスティリアさんもだろう。
……正直、剣を持ったリュエと剣術だけで勝負をする勇気は俺にはない。
ステータスに物を言わせた暴力でしか、彼女に勝るものが俺にはないのだ。
絶対、身体に剣を届かせる事すら出来ないだろう。
「じゃあ、まずはスティリアさんの基本的な型をためそっか。さぁ、打ち込んでみてごらん」
「……では……」
そしてスティリアさんもまた、片手で剣を構え、もう片方の手に盾替わりだろうか、木製のトンファーにも似た装備を持つ。
が……彼女に動きはない。まさか、戦いになるとまだ、何か違和感を覚えてしまうのだろうか。
「……打ち込む隙が……」
「うん。全部防ぐ。だから、思いっきりどこにでも良いから打ち込んでおくれ」
って、なるほど。さすが達人同士。打ち込む前からその結果が見えているのだろう。
故に動けない、と。
だが、さすがにそう言われては撃ち込まない訳にもいかず、一瞬の呼吸を置いた後、彼女が駆け出した。
「セイ!」
「えい。うん……ほ!」
剣と疑似盾の連撃を防ぎ、はじき返す。
そして再びスティリアさんが逆袈裟に剣を振り下ろし、それをリュエが器用に剣で軌道を反らし、立ち位置を入れ替える。
「はあ!」
「よっと」
振り向きざまの一撃と、間髪入れず入る下段足払い、そしてさらに立ちあがりながらの盾によるアッパーカットを防ぎきり、両者が再び距離を取る。
「……屈伸運動も、目で追う力も問題なさそうだね。どこか身体に痛いところはないかい?」
「……くっ……少しだけ、息が上がりやすい気がしますが、これはベッドで過ごしていた時間が長かった所為と……その、プレッシャーです」
「そっか。じゃあ、後は私が少し攻撃するから、それを凌いだら終わりにしよっか」
そうして、リュエの攻撃を繰り出され、それを巧みに受け、躱し、反らし、防御を使い分けながら凌いでいく。
途中、あまりに綺麗に反らされ続けたからか、ムキになって攻撃の手を強め始めたりもしたのだが、木剣が割れて中身が飛び出してしまった為、そこで打ち止めとなった。
やはり中に鉄が組み込まれていたのか。鍛錬用に俺も欲しいかも。
「おー……もう完全に身体は動くみたいだね、スティリアさん! ここまで攻撃を防がれたのは初めてだよ!」
「わ……私も……ここまで真正面から……守りを突破されそうになったのは初めてです……正直……武器に救われました」
「はい、じゃあ休憩がてら、身体のチェックをしようか。カイくん、スティリアさんからはもう加護を解除してあるんだよね?」
「ああ、それなら戦う前にしておいたよ」
調子を見るのに「生命力極限強化」を与えたままでは意味がないからな、さすがに。
戦闘場から出た二人がベンチに腰掛け、早速リュエが解析の魔法をかける。
「スティリアさん、今俺の力を抜いている状態ですが、身体に異常はありませんか?」
「運動不足の影響程度……でしょうか。特別不調はないようですが」
「……あ、左腕にかすり傷がありますね。リュエ、丁度良いから彼女に治癒ではなくて、回復の速さだけ上げる魔法をお願いできるかい?」
「うん、了解だよ」
血が固まらなかったり、化膿しやすかったりしないだろうかと、彼女の治癒の速さだけをあげてみる。
すると、しっかりとかさぶたが出来上がり、傷口の周囲に化膿が広がったりしている様子もなかった。
「……見たところ、もう血も元の働きを取り戻している……かな?」
「私も調べてみたけど、健康体だと思うよ。スティリアさん、呼吸も落ち着いたと思うけれど、調子はどうだい?」
「……本当に、なんともありません……私の身体は……治ったのですね……?」
ぽつりと、自分の手のひらを見つめながら、何度も何度も手のひらを握ったり開いたりを繰り返す。
もしかしたら、もう二度と戦えないと、剣を取れないと、諦めていたのかもしれない。
握りこぶしをいつくしむように額に当て、ただ何度も何度も彼女は『ありがとうございます』と繰り返していたのだった。
「……どうやら、本当に治癒に成功したようだな、スティリア副団長」
するとそこへ、壮年の男性を思わせる声がかけられる。
次の瞬間、この場にいる全ての騎士が膝を折りその場で頭を垂れた。
何事かと振り向くと、そこには――
「国王! このような場所まで足を運ばせてしまい、申し訳ございません。すぐにでも挨拶に参上すべきでした」
言わずとも分かる、王。象徴たる王冠を頭上に頂くその男性の姿に、スティリアさんに続くように俺達もまた、跪く。
「構わぬ。私が勝手に来ただけの事。皆の者、顔を上げ立ってくれ」
「は」
改めて王の姿を見る。
威厳に溢れている、というよりは、こちらが委縮してしまうかのような、厳格さや責任感の強さを滲ませるような、まるで政治家か何かのような印象を抱く。
彼が……このガルデウスの王……お飾りと呼ぶ人間もいるのだろうが、とんでもない。
俺には彼が、各代表と答弁をぶつけあう、そんな強い人間にしか思えなかった。
「シェザード卿から聞いている。最高の治癒師団を招き、回復の兆しが見えてきた、と。どうやら、その言は誠であったようであるな、スティリア副団長」
「はい。このお三方には、かつてナオ様と遠征に向かったセミフィナルにて、大恩を受けましたが、今回もまた……返す当てのないくらいの恩を……受けました」
「む……となると、そちらのエルフの女性が、ナオ殿の師という事になるのかな?」
「え? 私じゃなくてカイくんだよ?」
ぶれないリュエさん。呆気にとられる王。そして苦笑いのスティリアさん。
ここは俺が締めなければ。
「お初にお目にかかります、国王様。僭越ながら、解放者ナオ殿に多少ではありますが、剣の手ほどきをしたカイヴォンと申します」
「おお……主が成体の龍を一撃で葬ったという……その節は我が国の客人、そして大切な英雄であるマッケンジー殿とスティリア副団長を救って頂き、誠に感謝申し上げる」
すると今度は王が頭を下げはじめ、慌てて頭を上げてもらう。
ナオ君、一体どこまで話していたんだ俺の事を。
「いつか、貴殿達が国を訪れた際には謝礼をと考えていたのだが……まさかこのような場面で対面するとは思いもよらず。歓待の準備をせねばならないようだ」
「いえ……俺達はすぐにでもここを発ちます。ナオ君を……解放者ナオ殿を追いかけるつもりです」
「なんと……我が国に協力を申し出る、と」
王の態度は、こちらを歓迎しているように見えて、どこか試すような、見極めるかのように俺には思えた。
そして彼の言葉は、遠回しな確認なのだろう。『我々の味方なのだな?』という。
残念ながら、それには頷けない。
「恐れながら、我々はあくまでナオ殿の味方です。彼が苦境に立つ場合のみ、手を差し伸べるだけであります」
「ほう……だが、ナオは我が国の為に動いているはずであるが?」
「仮に、ナオ殿がどこかの国に敵意を向けたとしても、我らは彼の為に手を貸すでしょう」
遠回しな牽制。国の味方ではない。国がナオ君を好きに動かそうとするのなら、彼と共に反旗を翻す事もいとわない、という意思表示。
御しやすい相手ならば味方に取り込む。そんな彼のあからさまな態度に、こちらも相応に無礼な提案をしてやり返す。
「……勿論、そうであろうとも。ナオの話が本当ならば……私は今、相当に危ない橋を渡ったのであろうな」
「申し訳ありません、国王陛下」
「いいや、構わぬ。それに……彼の人の右腕と目される貴公に手出しなどしようものなら……どんな手痛い反撃を受けるか、想像する事すら恐ろしいのでな」
それはもしかしなくても……豚ちゃんですね、分かります。
一体この国王とどんな関係で、どんなやり取りをしたのやら。
「副団長の快気を祝いたいところではあるが、今は少々立て込んでいる。今日はこれにて失礼させてもらうが……いずれ、しかるべき歓待の席を設けさせてもらうので、そのつもりでいるように頼むぞ。そして勿論、ナオ殿の師である貴殿達にも出席してもらいたい」
「……すべてが終わったそのあかつきには、是非」
「すべて……か。きっと私とは見ている場所が違うのであろう。だが、私も同じ気持ちだ。全てが終わった後、貴殿には我が国最高のもてなしを受けて貰わねばならないだろうな」
国王が立ち去り、その瞬間ドッと息を吐き出す。
心臓に悪い。エンドレシアの王とはまた違った種類に迫力がある。
ましてや、今の俺は魔王ではない、ただの旅人なのだから。
「……身体の調子が戻ったはずが、今度は寿命が縮む思いでした」
「すみません、スティリアさん。ですが……俺にも立場がありますから、ね」
「それは……」
「俺達は、与した国を確実に勝利に導くだけの力があります。どちらかの国が勝つ為に力を貸す事だけはしませんので……ね」
「勿論、それは理解しています。ええ……我らが七星解放という、戦争を無くす為の戦いをしているからこそ、カイヴォン殿は力を貸してくれている、肝に銘じておきます」
逼迫した空気の中、俺達もまたそれをほぐす為に訓練所を後にする。
さすがにこれ以上ここにいると、今度はさらに別な権力者の皆さんが来てしまいそうだ。
スティリアさんの戦線復帰は、それだけの意味を持っているのだから。
「うん、もう完全に治ったみたいだね。じゃあ私達は明日の朝には出発するけれど……」
屋敷に戻り、夕食の席で今一度、彼女の快気を確認し、それをシェザード卿にも伝えるリュエ。
どうやら王城での一件は既に彼の耳に入っていたらしく、何故かこちらに謝罪を申し出てきたのだ。
『我が国の王が失礼をしました』と。いえいえ、そんな事ありませんとも。
「して、スティリア……お前はどうするつもりだ」
「……どうするつもりだ、とは?」
「既にお前が全快した事は皆の耳にも届いている。その上、お前はどう動くつもりだ」
「……すぐにでも軍を編成し、義勇軍と合流。混成軍の訓練の指揮を執り国境へと――」
「それは皆がお前に求めている役割でしかないだろう? 何をしたい」
シェザード卿が、静かに諭すように語り掛ける。
分かり切っている。ここにいる誰もが、スティリアさんの望みを理解しているのだ。
「……私は、暇を頂いている身。その間、自由に過ごす事を許されています。正式に騎士団への復職を申し出ていない為、今の私は……」
「ああ、そうだ。自由にして良いのだ」
「私には、お守りしたい人がいます。今は、その役目を最優先したいと思います」
「……ええ。行きましょう、スティリアさん。一緒に彼のところへ」
元々、彼女が完治すれば、こうなるだろうとは思っていた。
俺達もまた、この再び立ち上がった守護騎士を加える事に同意し、出立の準備を始めるのだった。
そして一夜明け。
レイスが借りた魔車の客車は、当然のように人数が増えても問題のない大きな物であり、御者席には俺とスティリアさんが腰かけ、客車にはリュエとレイスがのびのびと陣取っていた。
「帰りは皆、一緒の魔車で帰れるように、と」
「カイヴォン殿……なにからなにまで……」
「こちらこそ、病み上がりだというのに御者をお願いしてしまって」
「いえ、最速を目指すのでしたらこれは正しい選択です。……向かいましょう、一刻も早くナオ様のところへ」
生気に満ち溢れ、気合十分な様子でスティリアさんが言う。
ああ、会いに行こう。そして、守りに行こう。
今まさに、最凶のダンジョンに挑んでいる彼の元へ。
さぁ、いよいよだナオ君。君の旅路の果てを、しっかりと見届けさせてもらうよ。
もしもそこにまた壁が立ちはだかると言うのなら、今度は……俺が手を貸そう。
たとえその壁が……俺達にとっても壁だったとしても――
(´・ω・`)この章もそろそろ折り返し
そしてらんらんの九巻改稿作業も病気が治り次第開始します