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三百七十四話

(´・ω・`)書籍版八巻がまもなく発売されるので、今回も宣伝用の料理を作ったりしてみました

https://twitter.com/non_non02/status/1099957645312552960

「そう……その調子だよリュエ。ゆっくりで良い、まずは目立った部分の治療に専念して」

「……恐ろしい。人の身体をここまで小さい規模で破壊出来るなんて……これじゃあ普通の魔法で治せる訳がないじゃないか……」

「けど、今は少しずつ治っている。……スティリアさん、まだしばらく時間がかかりますが、このままの体勢でお願いします」


 厳密には被ばくとは違うのかもしれない。だが、少なくともこれは、細胞一つ一つが傷つけられ、見た目にはなんともない部分ですら、後々崩壊や機能不全を起こす、そんな魔法。

 そしてそれは……身体の内部に存在する血液、そして血中の細胞まで傷つけているのだ。

 たとえ外傷を完全に治す事が出来ても、体内の働きが弱まり……。


「……生命力に、造血能力も含まれていると良いんだけど、な」


 リュエによる治療で身体の損傷を治す事が出来たら、今度は俺の【カースギフト】で、スティリアさんに[生命力極限強化]を付与するつもりだ。

 だが、これを付与するには対象がある程度の強さを持ち、なおかつ強大な力に耐える必要がある。

 リュエですら、初めて付与を試した時に苦しんだのだ。それを、神隷期の人間でもない彼女に試すのは……。


「……全てを、お二人に委ねます……薄々、自分がこのまま衰弱していく一方だと、治る見込みの薄いものだとは理解していましたから」

「……必ず治す。だか、安心してください」


 つい、断言してしまう。貴女はそんな弱音を吐くような人じゃあなかったでしょう。

 今のうちに【カースギフト】を発動させ、彼女に[生命力極限強化]を付与出来るか確認をすませておく。

 どうやら彼女のレベルも以前より上がっているみたいだが……。


「……いける。これなら……」


 彼女に付与可能だという事が分かり、まずは前提条件クリアだ。

 後は、リュエの治療が進むのを待つのみ。

 すると、今度はベッドの周りが薄い光のヴェールに包まれた。


「魔力の拡散を防ぎ、再び取り込めるようにしました。少しはリュエの助けになるかと」

「ありがとう、レイス。うん、効率が上がったよ」


 そこにレイスの再生術も加わる。そして、俺達三人による治療が着実に、彼女の身体を癒していくのだった。




「……身体の中も全部、目に見えない傷がついているみたいだね……」

「……ああ。リュエが今治療した身体の表面と同じ感じのはずだよ」


 スティリアさんの治療の第一段階が終了した。

 肌の損傷や血の滲みは完全に消え去ったが、あくまでそれは目に見える部分だけの治療だ。

 だが、それでも彼女にとって、その意味は大きかったのだろう。

 涙を流し、俺達に感謝の言葉を述べてくれたのだった。


「これだけで、十分です。人から身を隠す事がなくなった、それだけで……」

「そうはいかないよ。もう治療の仕組みは理解したんだ。一晩待っておくれ、新しい術式を、儀式魔法を作って来るから」


 信じられないだろうが、リュエは本当に一晩で新たな魔法を組み上げる事が出来る。

 以前、見ただけの術式をたった数時間で新たな防御魔法に組み替えて見せた事があるのだ。

 それを説明し、どうかこのまま治療をさせてくれと、スティリアさんに頼み込む。


「……しかし、貴方達はナオ様を追いかけなければいけない……こうしている間に、もしまたあの者に……ナオ様が……」

「それが正しいのかもしれません。ただ、それでも貴女を優先しなければいけない。そう、判断しました」

「……それほどまでに、私の状態はよくなかったのですね」


 正直、この世界に魔法がなければ……俺達はこうして彼女と言葉を交わす事も出来なかったのではないだろうか。

 それほどまでに、彼女の様態は良くなかったのだ。


「今晩、私だけでも泊めてくれるかい? すぐに対応出来るように」

「それは、構いません。勿論、カイヴォン殿もレイス殿も。後で父上に使いを出します。私の命の恩人にして、世界最高の治癒術の使い手の滞在を許可して欲しい、と。これならば、何があっても父上は許可を出してくれるはずです」


 そう言いながら、力なく笑うスティリアさん。恐らく、気疲れしてしまったのだろう。

 ……ナオ君が去り、一人この屋敷に残された彼女が、どれほどの寂しさと心細さを感じていたか、俺には想像する事しか出来ない。

 だが……俺達は今の彼女にとっては希望なのだ。それは間違いない。

 たとえ口で何を言おうと、他の何を優先しろと言おうと――彼女は救われたいはずなのだ。助かりたいに決まっているのだ。

 また、彼に会う為に。また、彼の隣に立つ為に。

 だから――今は願おう。ナオ君とその仲間が、無事である事を――








「……はぁ。大分、呼吸がし辛いですね」

「ここまで霧が濃いと、周囲への警戒も一苦労じゃ」

「先程、私の羽で扇いでみましたが無駄でした。肌がベタつくわけでもありませんし、通常の霧ではないみたいです。……すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁ……美味しい気がします」

「お、美味しいって……」

「うむ、確かにうまい。魔力に満ち溢れておる。儂はハーフエルフじゃし、ジニアは上位魔族じゃからな。美味しい、というよりも心地よく感じるんじゃよ」


 蒼星の森を攻略し始めてから二日。

 ただの森ならば、多少悪路でも最短距離を進めるだろうと僕は考えていた。

 けれども、想像を絶する広大さと、周囲の景色があまりにも似通い過ぎていて、自分がどこを通って来たのかすら満足に把握出来ない、まさしく迷いの森という様子だった。

 それに、強さはともかく魔物と遭遇する頻度も高い。そんな状況で足場が悪かったり、剣を振るには不向きな場所だったりすると、思わぬ怪我を負ってしまう事も。

 結果、ある程度人が通った形跡のある、順路と呼べる道を選ぶことになっていた。


「それにしても……ジニアさんはこの状況でも問題なく戦えるんですね……僕より長い剣を使っているのに」

「慣れていますから。手を柔らかく動かすのがコツです」


 刀に似たサーベルを片手に、綺麗な弧を幾つも描き自在に剣を動かすジニアさんが、カッコいいと思った。

 彼女は、どこでこれほどまでの強さを手に入れたのだろう。聞けば、彼女は僕より少し年上な程度、一九才だと言っていた。

 強い魔族は老けにくいと聞いていたけれど、彼女の場合はまだ外見と実年齢に齟齬が出てくる前みたいだ。

 ……そういえば、カイヴォンさんの歳っていくつなのかな。話した印象だと見た目通りくらいだと思ったんだけど。


「っと、すみません、気配を読み遅れました。一体、大型の魔物が接近してきています」


 会話に気を取られ、一瞬遅れて何かの足音、そして殺気だと僕が勝手に思っている、肌の産毛を震わせるような、そんな感覚を察知する。


「分かった。ナオ、今度は私が先行する。たぶん、同族だと思うから」

「え?」

「……成れの果て。魔族だから分かるの」


 その言葉と共に、彼女が一人森の奥へと飛び込んでいく。

 慌てて僕も駆けだそうとした時、マッケンジーさんが小さく呟いた。


「……この森は魔力に満ちておる。死してなお、その身体は魔力を吸収する。我らエルフや魔族が死ぬときは、必ず浄化の儀式を受け埋葬されるが、こういった場所で死んだ場合は……」

「そう、なんですか」

「わしらも急ぐぞ。ジニア一人では危険じゃ」


 道がある程度出来ていると言っても、鬱蒼とした森である事にはかわりなく、根や蔦、背の低い木が足取りを邪魔してくる。

 こんな中を、彼女はいつだって先陣を切り、露払いをしてくれていた。

 この場所限定なら、間違いなく彼女は僕よりも身軽だ。離されないように急がないと。

 そう気持ちを急かせながら進むと、先の方からうなり声、恐らく魔物のそれが聞こえてくる。


「ジニアさん!」

「大丈夫。戦えているから、隙を見て止めを差して」

「っ、はい!」


 平然と戦うその姿。同族だったと言うだけはあり、その魔物はむしろアンデッドの仲間、ゾンビのように僕には見えた。


「ここが森で幸いしたのう。彼奴の足を拘束する、一気に畳みかけよ」

「了解です!」


 マッケンジーさんの術で、周囲の森の一部、蔦や根が地面を奔り魔物の足をからめとる。

 一瞬ぶれる身体。そして僕もまた駆け出し――その首を落とす。


「ナオ、離れて」


 間髪入れず、ジニアさんが魔法を放つ。青い、炎。美しいそれが、頭部を失った魔物を焼き尽くす。

 そっか。アンデッドの仲間だから、頭を落とすだけじゃダメかもしれないんだ。


「やはり、強いのう……主のお陰で、ある程度厄介な魔物も簡単に倒せておる。じゃが……もう少しだけ足並揃えてくれんかの。老体にはちと応えてのう」

「……ごめんなさい、おじいちゃんでしたね。大丈夫ですか?」


 戦いが終わり、そしてマッケンジーさんがやんわりと注意を促す。

 これはもう見慣れた光景だけれど、ジニアさんはそれを毎回、しっかりと飲み込み次に生かしてくれる。

 周囲を顧みないわけじゃない。純粋に、分からないから間違えてしまう。それだけなんだ。

 なんだか、戦い始めてすぐの頃の僕を見ているみたいで、少し、心が安らぐ。

 勿論、こんなに強くはなかったけれど。


「足、とか。怪我をしましたか? 腰が痛いですか?」

「いや、大丈夫じゃよ。すまんのう、気を使わせて」

「いいえ。では、もう少し進みましょうか、ナオ」


 マッケンジーさんの腰を撫でていたジニアさんが、再び前に立つ。

 ちなみに、彼女は嫌味ではなく、本気でマッケンジーさんを一般的なお爺さんお婆さんと同じだと思っているところがあり、時折腰や肩を揉んでいたりするんだ。

 曰く、随分慣れているのだとか。お爺さんやお婆さんと暮らしていたのかな?

 

 それはさておき、正直凄く助かっている。彼女が前に出てくれて。

 僕はどうやら、先へ進む第一歩を皆に告げるのが苦手みたいだ。

 それは、きっといつもスティリアが号令をかけていてくれたからなんだと思う。

 彼女がいない今、僕がそれを言うと、本当に彼女がもう戻ってこないみたいで……嫌なんだ。


「そうですね、まだ明るいみたいですし、もう少しだけ進んで、野営出来そうな場所を見つけましょうか」

「ええ。では、また私が先頭に立ちます。おじいちゃんの事をお願いします」

「ほっほっほ……正直ここまで素直で良くしてもらえると逆に調子が狂うのう……」


 ジニアさんの背中を見ながら、ぽつりと漏らすマッケンジーさん。

 確かに、こんなに素直に心配されると、逆に居心地が悪いかもしれないなぁ……。


「さて、じゃあわしらも行くぞい。どうやら後ろの連中も今のところは無事なようじゃし、もう数刻程奥へ向かうとしようぞ」


 そうして、僕達はこの最大最凶のダンジョンを進んで行く。

 ここまでは序盤、まだ人が辿り着ける地……けれど、僕達はさらにその先を目指すのだ。

 ……最果ての地。まだ、誰も辿り着けていない、封印のその場所へ――








「いやはや……まさかあの時の皆さんが娘の恩人だったとは……世界は思いのほか、狭く運命が絡まっているのかもしれませんね」

「ははは、そうですね。しかし、良かったのですか? お食事まで用意してもらって」

「勿論ですとも。共に食べ、語らいながら過ごしましょう……と、言いたいところではあるのですが……私に出来るのは、これくらいですからな……」


 シェザード家への滞在が無事に許された俺達は、当主である彼女の父親と面会すべく、帰宅した彼と対面したのだが、偶然にもその人物は、スフィアガーデンの宿にて俺達に絵の来歴を語ってくれた紳士だった。

 思わぬ再会に驚きながらも、まずは俺達を労い、交流を深めようと食卓を囲む事になったのだが……やはり、気になるのはスティリアさんの事なのだろう。

 明るく朗らかに話していた彼が、俄かに表情を曇らせる。


「シェザード卿……安易に言葉をかける事が出来ない場面だと分かってはいるのですが、それでも言わせて下さい。スティリアさんは、私に絵の事を話す時、とても生き生きとしていました。彼女は『父上が持ってくる絵を見るのが、私の何よりもの楽しみなのです』と言っていました。それは、きっと今だってそうです。自分には何もできない、そんな風に卑下をしないでください。シェザード卿の今日までの行いが、今の彼女を支えているのですから」

「レイス殿……」


 レイスが、まるで諭すように、元気づけるように優しく語り掛ける。

 シェザード卿もまた、その言葉に救われたのが、まるで自身の表情を隠すように、グラスに注がれていた水をグイと煽る。


「……ふぅ。いやはや、もしも妻が生きていれば、同じような事を言われたかもしれませんな……まったく、情けないですな私は」

「亡くなっていたのですか……」

「ええ。九年前、それこそスティリアが騎士の訓練を積みはじめてすぐの頃に」

「戦争……ですか」

「ええ……。元々、長年の戦いで彼女自身、最盛期程の働きが出来ないとぼやいていました。今思えば、そこで引退をさせるべきでした。ですが……やはり、惚れた弱みなのでしょうな……私は彼女の戦う姿に見惚れ、そして妻もまた『貴方が愛した私のままでいさせて欲しい』と私に言った。それで折れて、彼女を見送ってしまったのです」

「それは……きっと、正しいか否かは誰にも判断出来ない事、ですよ……惚れた弱みというのは……そういう物だと俺も思いますから……」

「ふふ、そう言ってくださると、なんだか少しだけ、気が楽になります」


 シェザード卿が静かに語り、俺達もまた、それに頷き、語る。

 出会い。別れ。どんな事があったのか、どんな別れをしてきたのか。

 そうして語り終える頃には互いのグラスも空になり、一度この語らいの締めに入る。


「しかし……リュエ殿は本当に食事をとらないというのですか? 娘の為に尽力してくださるのはとてもありがたいのですが、彼女に負担をかけてしまうのは……」

「大丈夫ですよ。限界が来れば何かつまむでしょうし、彼女自身が『今から全部終わるまで、誰も話しかけないで欲しい』と念を押しましたから」

「そう……ですか。しかし、まさか本当にあの傷を治す見込みがあるとは……私も八方手を尽くしましたが、なんの手立ても見つけられなかったのです……」

「正直、俺も彼女の様態を知って……困惑しました。ですが、幸いそれがどういう物なのか知っていましたし、リュエもまた、俺の知識を元に術を行使できる程の使い手ですから」

「……本当に、神はいるのかもしれませんな……私は『芸術神スフィア』を信仰している身ですが……これは『救済の神エルス』に宗派を変える必要がありそうです」


 すると、聞きなれない単語が彼の口から出る。

 宗教……? この大陸特有のものなのだろうか?

 それについて尋ねてみると、どうやらこの大陸に古くから伝わる神話を元にした物らしく、その神話に登場する数々の神がそれぞれ様々な物をつかさどっているそうだ。

 それで、彼は『芸術を司る神スフィア』を信仰していた、と。


「その神話、詳しく書かれた本のような物はあるのでしょうか? もしよければ読んでみたいのですが」

「ええ、それでしたら絵本のような子供向けの物ならばあります。良ければ後程お持ちします」

「ええ、お願いします」


 宗教。七星に纏わる何か、解放者を呼び出す術式をお告げにより知ったという古の司祭。

 それとなんらかの関係があるかもしれない。

 まぁ、ただの絵本に過度な期待はしていないのだが。


「さて、では私は少し娘の容態を見てきます。カイヴォン殿もレイス殿も、今メイドに部屋へと案内をさせますので、どうぞそのままお待ちください」

「はい、有り難う御座いますシェザード卿」

「お手数をおかけします。スティリアさんに宜しくお伝えください」


 少しして、準備が整った部屋へと通される。

 ちなみにだが、リュエは今、空いている使用人の為の寝室を一つ使わせてもらっている。

 かれこれ四時間近く籠り切りだが、大丈夫だろうか。

 念を押された手前、ノックをするのも憚れる状態なのだが。


「カイさん。スティリアさんの容態について知っている、という話でしたが……同じ症状だった方々は……どうなるのでしょうか」


 部屋に戻ると、レイスがおずおずと言った調子で訊ねてくる。

 そうだろう。俺がそれを知っているのなら、当然それを聞きたくなるはずだ。

 だが……残酷な話だが、魔法のない俺の世界においては……。


「……俺のいた世界には、魔法がないからね」

「原理や、原因が分かっても……治療出来ないのですか……?」

「……それほど、恐ろしい物なんだよ。でも、きっとこの世界なら、俺とリュエ、そしてレイスが力を貸してくれれば……助けられる」


 そう信じ、今も一人頑張っているリュエに申し訳なく思いながら、俺達は眠りについた。

 ――そして、運命の朝を迎える。




 気がせいているのか、それとも不安からか、日が昇るよりも早く目を覚ました俺は、まだ寝息を立てているレイスを起こさないよう、静かに部屋を抜け出し、リュエが借りている部屋へと向かう。

 扉に耳をあててみると、カリカリと小さな音がかすかに聞こえてくる。

 やはり、一睡もしないで新しい術式を構築していたのだろう。

 俺に今出来る事はなにもない。静かに床に座り込み、扉に背をあてる。

 そうして、ただその時が来るのを待っていると――


「……カイくん、そこにいるよね」

「気を散らせてしまったかな」

「ううん。入っておいで、もうすぐ仕上げなんだ」


 彼女に言われ部屋へ踏み入る。

 そこには、何度も書き損じたのか、それとも納得がいかなかったのか、くしゃくしゃに丸められた紙が幾つもちらばっていた。

 だが、机の上には一枚、確かに完成形と思われる、幾何学模様を組み合わせた円が描かれていた。


「……つくづく、恐ろしい傷だね。カイくん」

「ああ、そうだね」

「……正直、私でも完治させるのは難しいかも。ただ、スティリアさんは助けられると思う」

「……つまり、まともに攻撃を受けたら、リュエでも助けられない、と」

「うん。彼女は半身だけ、それも心臓に攻撃を受けていなかったから、なんとかなる。でも――」

「分かった。その使い手が現れたら、最初から全力で潰しにかかる」

「そういう事。私が治せないなら、それは即死と同じだよ。カイくんなら、死ぬ前なら救えるかもしれないけれど……それでも、危険すぎる相手だと思う」


 術式を見つめながら、本当に恐ろし気に語るリュエ。

 ……そうだろうとも。魔法ですら、魔導ですら、リュエですら、ここまで言う程の惨劇なのだ。

 使わせる訳にはいかない。二度と、この世界で。


「よし……後は実際にスティリアさんの身体に合わせて配列を変えるだけ。まだ眠っているかもしれないけど、準備に入ろうか」

「ああ。俺も、メイドさんなら起きているだろうから、シェザード卿に伝言を頼むよ。レイスも起こしておく」

「うん。彼女のバックアップがあった方が成功率も高いだろうしね」


 そして、まだ日が昇る前にも拘らず、屋敷はまるで臨戦態勢に入ったかのように慌ただしい空気に包まれていくのだった。




「では、これから彼女の治療に入ります。全身に術式を発動させるので、出来るだけ薄着になってもらいますので……」

「ああ。私とカイヴォン殿は部屋の外で待って――」

「申し訳ない、シェザード卿……俺は、部屋を出られません」

「なっ……それが、必要なのですな?」

「ご安心ください、父上。カイヴォン殿には昨日も、しっかりと診察して頂きました。そして……この傷の正体を突き止め、こうして体の表面の治療には成功しているのです」


 寝間着をはだけさせ、自分の身体を父親に見せるスティリアさん。

 白く、シミ一つない美しい肢体に思わず唾を飲みこみそうになるも、そんな意識を完全に切り捨てる。

 今、彼女の内部、臓器にまで及ぶ驚異的な損傷を、外から治すという離れ業をリュエがしようとしているのだ。そこに、こんな邪念を傍に置く事すら許されないのだ。


「お、おお……分かりました。カイヴォン殿、娘を……娘をどうかよろしくお願い致します」

「はい。必ず彼女を救って見せます」

「任せておくれ……会心の出来なんだ。見せてあげるよ……私がここまで本気で術式を構築したなんて、それこそ千年ぶりなんだから……」

「私も微力ながら協力します。シェザード卿、どうか今は私達に任せてください」


 そして、ベッドから彼女の身体に至るまで、リュエが魔法で文字を刻み込んでいく。

 ここまで大規模な術式、彼女が使うところなんてこれまで見たことがない。


「念のため、リュエに加護を与えるよ」

「うん、助かるよ」


【カースギフト】

対象者:リュエ    [魔導の極意]付与

対象者:スティリア  [幸運]付与


 身体に負担のない物をスティリアさんにも付与する。

 効果があるのかどうか、それすら定かではないけれど、それでもすがりたくなるのだ。

 思えば……俺は彼女達と出会った時、この[幸運]に頼っていたではないか。

 なら、今度だって頼らせてくれ。信頼を勝ち取る為でなく、今度は彼女を救う為に……。


「……じゃあ、発動させるよ。スティリアさん、息を大きく吸って、お腹や胸を膨らませておくれ。それで、そのまま出来る限り息を止めていて欲しいんだ」

「分かりました……では」


 すぅ、と音がしたと同時に、周囲の紋章が光を放つ。

 そして、その光に照らされながら、リュエが小さく何か呪文を唱え始める。

 耳に、違和感を覚える。高音すぎる何か、モスキート音にも似た、不思議な音。

 そして、スティリアさんの身体そのものが輝きを放ち始め、それが二分、三分と続いていく。


「く……はぁ……ふっ」


 スティリアさんが限界を迎え、息を吐き出してしまうが、すぐさまもう一度大きく吸う。

 そうして、こちらの目が輝きに慣れ始め、彼女の身体に刻まれた文字まではっきりと見ることが出来るようになった頃、ようやくその光が収まり始めた。


「……最後に、もう一度全身に解析魔導を浸透させるよ……レイス、隣に寝てくれるかい? レイスの身体を参考にして、スティリアさんの身体を調べてみるから」

「はい、分かりました」


 恐らく、臓器の状態を見る為に、正常な状態であるレイスと見比べたいのだろう。

 そして、その解析が終わったところで――


「終わった……成功、成功したよ! お父さんもはいっておくれ!」


 間髪入れず開く扉。そして、自身の身体の調子が元に戻った事に自分でも気が付いたのか、スティリアさんの表情がみるみるうちに変わっていく。

 だが、まだだ。まだなのだ。リュエが治したのはあくまで身体。

 まだ、血液の内部にいる細胞までは治っていないのだ。

 今の彼女は、ほぼ免疫力がない状態だ。すぐにでも、俺の力で造血能力や免疫力、それらを強化して正常な状態まで持ち上げなければ。


「まだです、皆、離れてください」

「ま、まだ……? 私の魔導は完璧のはずだよ」

「違うんだ。リュエの魔導で、スティリアさんの身体は健康そのものだ。そこに疑いようはない。ただ……説明が難しいんだけど、今の彼女はさっきまでの影響で、言ってしまえば血液、血が正常な状態じゃないんだ。それを、今から再生するつもりです」


 ぬか喜びをさせてしまった。だが、それすらも治せるとはっきりと告げる。


「スティリアさん。俺の治療は、最初はちょっと苦しいと思う。少し覚悟をしてもらわないといけない」

「……分かりました。これで、最後ならば、どんな苦痛にも耐えて見せましょう」


 そして、彼女に付与していた[幸運]を消し――[生命力極限強化]を彼女に付与する。

 必ず訪れる激痛に彼女が悲鳴を上げるはず。それを覚悟しながら――


「ぐっ! があああああああああああああ!!! ああああああ! ぐああああああ!」

「スティリア! スティリア! 手を、手を握るんだ!」

「ああああああああああああああああああああ!!! がああああ!!!」


 絶叫を上げ、彼女の身体がベッドの上を跳ねる。

 父の手を振り払い、側にいたレイスを払いのけ、ただただ声を上げ続ける。

 リュエがなにやら魔法を発動させたようだが、それでも彼女の絶叫は止まず、ひたすら足をばたつかせ、屋敷中に響き渡るような声を上げ続けた。


「カ、カイヴォン殿! これは、これは平気なのですか!? まるで……これでは……」

「……常人で耐えるのは難しいです。ですが――俺は彼女の強さに賭けました!」

「ぐ……分かりました。耐えろ、スティリア! 父も、そして母もお前と共にいる!」


 そして、まるで力尽きたように声が枯れ、身体から力が抜ける。

 ……耐えきった。最強の存在、龍神の持つ力に、彼女が適用してみせたのだ。

 免疫力、血中細胞が新たに生み出されるまで、どれほど時間がかかるのかは分からない。

 だが、少なくともこの力ならば、通常よりも早いサイクルで生まれるのではないだろうか。


「……さすがに輸血は出来ないし、な」


 血を入れ替えるのなら、この回復力に物を言わせてスティリアさんが大量に出血する、という手もあるが……あれがもし俺のステータスが前提となる物だったとしたら目もあてられない。

 あくまで割合回復なのだ、この力は。


「このまま、今日の夜まで様子を見ましょう。スティリアさんもしばらく安静にしておいた方が良いですし」

「分かりました……出来る事は全てやって頂いたのです。後は、祈って待ちましょう」


 皆部屋を後にし、少々早い朝食を摂りそれぞれの仕事へと取り掛かる。

 シェザード卿も、本当ならば今日は屋敷にいたいのだろうが、やはり貴族としての役目、戦時中のこの大陸で出来る事を少しでもやらねばならないという思いで王城へと向かっていった。

 そして、俺達もまた、リュエを残し新しい魔車を確保する為、街へと繰り出したのだった。




「スティリアさん……もう、大丈夫なんですよね? カイさんが最後にしたのは……」

「あれは、文字通り身体の中身。肉体は完全に修復されたけど、血液やその他身体の中を巡っているいろんな液体を正常に戻す為に必要だったんだ」

「それをしないと、どうなってしまうのでしょう」

「最悪の場合、ちょっとした擦り傷で血が永遠に止まらなくなったり、軽い病気で死に至る。つまり、身体が持つ病や怪我に対抗する力を完全に失ってしまっている状態になっていたんだ」

「……なんなんですか、そんなこの世の悪意、病、怪我、悪い物を全て凝縮したような魔法は……そんな物が……この世に存在して良いんですか……」

「良いはずがない。少なくとも、この世界には絶対にあっちゃいけない物だ。使った人間が今も生きているのなら……全ての情報を吐かせた後、必ず殺す。手下や仲間がいるのなら、そいつらも全員。その――家族に至るまで」


 こればっかりは、非情に徹しなければならない。

 この世界に……核に類する力なんて、あってはいけないのだから。


 街の中、相変わらず進み過ぎているとさえ思える文明、文化に包まれながら魔車を確保できる場所を探していると、街角の至る所で、俺達が初日に経験した魔力徴収を行っている人間を見かけた。

 驚いた事に、通りかかった人間ほぼ全てがそれに協力し、さらに俺達が見ている間だけで、四人もの人間が新たに義勇軍に参加すると表明していた。

 ……随分と積極的過ぎやしないか?


「それほどまでに、皆自分の国を大事に思っているのでしょうね」

「そう……なのかね」


 街の様子そのものは、まるで日常そのものなのに、戦争に纏わる事になるとこんなにも皆積極的に協力を買って出る……独裁政治でもなければ、戦争を先導するような教えをされている訳でもなさそうな印象を受けるのだが。


「……長年続いているせいで、それが当たり前になっている……か?」


 戦いになれば、自分の命だって危うい。それに考えが及んでいないとは思えない。

 なんだろう、このどこか感じる不和のような、歪な感覚は。


「言われてみると、確かに傭兵や戦士でもない、ただの市民のように見える人も志願していますね。周囲もまるでそれが当たり前みたいに……」

「なんだろう。ちょっと不思議な感じがするよ」


 その土地柄、お国柄を知らない以上何とも言えないのだが、とにかく何か違和感を覚えながら、魔車を手に入れる為、職人の工房が連なる区画へと向かうのだった。




 結局、俺達が選んだのは、独特なフォルムで速度が出そうな魔車ではなく、極々普通の見た目の客車を引く魔車だった。

 が、レイスが選んだだけはあり、車輪回りやサスペンション、内装や座り心地まで追求した、極上の品を借りるでなく、購入する事になったのだった。

 勿論、魔物も最上級の、多少気性が荒くても、速くて強い、そんな魔物を選びました。

 荒かろうが狂暴だろうが、俺が睨むと一瞬で従順になってくれますので。

 そうして、新たな魔車に乗り込み、シェザード家の屋敷に帰還を果たしたのだった。


「さすが、騎士団に関係している家だけあって、車庫に沢山魔車があったね」

「ええ。いずれも装甲が強化されていました。きっと、牽引する魔物も、強靭な物なのでしょうね……あの留め具の形状を見る限り、鈍足でも力はあるタイプでしょうか」


 そこまで分かっちゃうのか、魔車を見るだけで。

 そんな話をしながら屋敷へ入ると、何やらいい香りが、恐らく揚げ物の香りが充満していた。

 もう昼食の準備に入っているのだろうかと、通りかかったメイドさんに尋ねてみると――


「これはカイヴォン様にレイス様……あの、実は先程スティリア様がお一人で起き上がり……その……」

「あ、もう起き上がっても問題ない状態なんですか? 少し様子を見たいので、リュエと一緒に向かいます。今はどこに?」

「そ、それが……台所に……お二人で……」

「……え?」




「そうそう、思いっきり潰しちゃうんだ。カイくんは包丁で荒く刻むって言っていたけど、このポテトマッシャー? っていうので潰すと、四角い目から良い感じに茹で卵が潰れて出てくれるんだ。それで、大きい塊だけ選んで潰していくんだよ」

「なるほど……食感をある程度残すのですね……」

「そうそう、そんな感じ。じゃあ次はオニオンを刻むよ。泣いちゃうから、目の下を少し水で濡らしておくと良いってカイくんが言っていたんだ」

「なんと……そんな回避方法があったとは……」


 ……なんか二人で楽しそうにタルタルソース作ってました。


(´・ω・`)やっとタルタルソースをしゅうとくしたスティリアさん

これでナオ君の胃袋ゲットだぜ

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