三百七十三話
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「今思えば……我々は最初から、何者かの思惑の上で踊らされていたのでしょう」
初めにそう話したスティリアさんが、ゆっくりと思い出すように語り出す。
「私達は、召喚した当初のナオ様の強さ、そして戦いの適正の低さに……失望しました。教育の為に用意されたダンジョンですら、彼には難しすぎたのです」
「そうだね。この大陸の魔物はだいぶ強い。出会ったころの彼では満足に戦えなかっただろうね」
「それで、マッケンジー老と国王が一計を講じたのです。かつて、旅をしていた一人の女性……強く、そして我が国の文化を熱心に学んでいたというその彼女が、遠い地にてギルドという組織を運営しているから、あの場所ならここよりも安全に彼の訓練が出来るだろうと」
そう。セミフィナル大陸はかつて七星が解放された影響で、とても安定した気候と生態系を持つ平和な大陸だ。
確かに戦闘適正のない彼を育てるにはもってこいだろう。
だが――そう、そうなのだ。あの時から既にオインクは『ナオ君一行に疑念を抱いていた』。
「そこに、都合よく現れたダンジョン。それが、おかしいと感じた理由ですか?」
「……はい。あの時、我々は新たな仲間の募集という体を取っていましたが、その実……我らに接触してくる可能性のある、何者かをあぶり出そうとも考えていたのです」
「それは……今だから言うよ、スティリアさん。俺も、実はギルド総帥の特命を受けて、君達に近づいたんだ。あのダンジョン化に疑念を抱き、そして貴女達を疑っていた」
こちらだけではなかった……と。だからスティリアさんは初めの頃、あそこまでこちらを疑い、試すような態度を取り続けていたという訳か。
「やはり……そうでしたか。まさかギルド最高戦力が偶然我らの元に来るとは考えられませんでしたからね……」
「あの町を訪れたのは完全に偶然だったんですけどね? そこで本部から指令を受けました」
これは本当にただの偶然のはずだ。何せ――もしも彼らの旅が、火山ダンジョンとの遭遇が仕組まれていたのだとしたら――
「そして、私とマッケンジー老の疑念が確信に変わる出来事が起きました」
「……最初の試練、ですね? あの巨大なドラゴンとの遭遇」
――そう、あそこでナオ君一行は、確実に死んでいたのだから。
「明らかに、異常な強さを持つ魔物が、一番最初の試練で待ち受けていた。私やマッケンジー老は、自惚れでもなんでもなく、この国においては五本の指に入る実力を持つと自負しています。そんな我らですら敵わない魔物が、都合よく遠征先のダンジョンで不自然なタイミングで出るはずがないのです」
「故に、あのダンジョンには何者かの意思が働いていた、と?」
すると彼女は、部屋に持ち込んでいた一つの書簡を取り出して見せた。
そこには、どこかで見覚えのある図、それに俺にはよく理解出来ない紋章や説明が細かく書かれていた。
「あ! カイくん、あれ出してあれ! ゴトーさんから受け取った報告書!」
その書面を見た瞬間、リュエが声を上げ、すぐ様こちらもゴトーから受け取った報告書を広げて見せる。
すると、リュエの瞳が青く輝いたかのような錯覚と共に、どこか先生めいた調子で語り始めた。
「これは……随分とそっちの報告書は参考資料が多かったみたいだね。これ、いずれもダンジョンの最深部にあった像なんだね?」
「はい。全てのダンジョンではなく、比較的歴史の浅いダンジョンには、いずれもこの黒い像が最深部に置かれていました」
「……これ、普通に近づくことが出来たのかい?」
「ええ、それは。ただ、これが置かれている場所へは、解放者であるナオ様がいないと辿り着けないように仕掛けが施されていました」
どうやら、こちらが調べていた内容と、彼らが独断で調べていたダンジョンの情報に合致する部分があったようだ。
熱心にリュエがそれらに目を通しながら、瞳を閉じて頭を捻る。
「……スティリアさん。この報告書にはね、火山ダンジョンの跡地、たぶんカイくんやみんながダンジョン主と戦ったであろう場所で、材質不明の黒い欠片を見つけているって書いてあるんだ」
そう、確かに報告書にはその記述がされていた。
そして俺は、直感的にそれを、黒い女神像。顔のない、あの恐ろしい存在と同質の物ではないのかと思っていた。
「もしかしたら俺は、ダンジョンの発生を一度防いでいるかもしれないんです。突然の魔物の氾濫や怨霊の発生、そして変質した廃坑道の奥で……黒い、顔のない像を破壊しました」
「あの時、私でも近づけないような、恐ろしいくらいの負の魔力を発していたんだ。もしかしたら……あれが周囲を侵食して変質した物がダンジョンなんじゃないかなって私は思ってる」
「それは……確かに、我々もダンジョンの奥にあった像が、何かダンジョン発生頻発の鍵になると思ってはいましたが……」
「うん、やっぱりそうなるよね……それで、君達はこの像の謎を追いかけたんだよね?」
「結果的にはそうなります。ですが……元々は我らの国に潜む、裏の意思を探ろうとしただけなのです。それがまさか……あんなモノに続いていくなんて」
俺達と別れてから、彼らは長い船旅の果てにこの大陸まで戻ってきた。
だが……一部の貴族から、不自然なまでのバッシングを浴びせられたそうだ。
成長を喜ぶでもなく、他国で悠々を過ごしていた事を攻め立て、本当に解放者としての自覚があるのかと、心無い事を言われたという。
だがかえってそれが、一行の疑念をさらに大きくさせる結果になった、と。
「何者かが、ナオ様ごと我らを葬ろうとしていたのではないか。だとすると、ダンジョンには人の意思が介入する余地があるのではないか。そしてなによりも……カイヴォン殿、貴方の言葉が、ナオ様を強く変えてくれたのです」
『僕は、自分の目で真実を見つけようと思う』ナオ君はそう宣言し、七星解放の為に力を鍛えると言う建前の元、次々とダンジョンに挑んで行った。
そして――あの像をみつけた、と。
「マッケンジー老が言うには、あの像の作成に使われていたであろう術式には、古い時代の術式が使われている、という話でした。なので、我らはこの大陸において、最も古い遺跡の調査へと向かいました」
「……うん。あれはね、古い呪いの儀式なんだよ。私だってよく分からないけれど、大昔に色んな本を集めていた時、ちらっとだけ見かけた事があるんだ」
「もしかしたら、その本はこの大陸由来の物なのかもしれませんね……現在、我が国の研究者達があの像を調べているのですが、現状、どんな解析も弾かれ、また戦争に多くの術者が駆り出されてしまい、未だ解析が進んでいない状況です。材質ですら分からないんです」
するとその時、微かにリュエの肩が揺れた。
まるで、今の言葉が引っかかっているかのように。
「リュエは、もしかしてあの像について何か知っているのかい?」
俺は思い出す。かつて、あの像を破壊した時の事を。
あの時の手ごたえと、リュエの言った『何かは分からないけれど、効果は分かる』という言葉。
そして俺もリュエも、あの像の事を『呪物』と呼ぶのを躊躇い『生贄』と呼んだ事を。
「……意味は分からないし、目的も分からないけれど、その製法は知っているよ」
「それは本当ですか!? ならば、そこから像の出所や、関わった術者の情報もわかるかもしれません! 是非、その製法を分かる範囲で良いので提供してもらえませんでしょうか」
興奮した面持ちで語るスティリアさんだが、リュエは酷く……不快そうな面持ちで歯を食いしばっていた。
忌々しいと、口にしたくないと、それを知る自分をまるで恥じるかのように。
「……嫌だ。それを知っているだけで、私が醜い存在になったような気さえしてくるほどだから。教えたくない、誰も知っていちゃいけないんだ」
「……そこまでなのかい?」
「古い本ってさ、凄く貴重で大切に保管しておくべきものだっていうのが私の持論なんだ。それは当然古い術式もね。私は、先人の知恵、術式には敬意を以って、改良や改造を加えているんだ。でもね――あれは燃やした。関連する本も、同じ著者の本も、全部私は燃やした」
その告白をしたリュエの瞳には、深い、深い絶望と怒りが見え隠れしていた。
「術の為に、人間はここまで出来るのか。術者というのはみんなこんな邪悪な面を持っているのか。私はその時だけは、自分が術者である事を呪った。それくらいの物だよ」
「で、ですが……今、まさにその製法を知る何者かが、暗躍しています……そんな危険な物ならば、そんな物を行使する存在がいるのなら……打ち倒すべきではないのですか?」
懇願。スティリアさんもまた、引き下がるまいと、リュエに情報提供を願い出る。
正直、俺も彼女に語ってもらいたい。もしかしたら、その情報は黒幕へと続く手掛かりになるかもしれないのだから。
「……嫌だよ、口にしたくない……」
「なら、何かに書くだけでもどうだい?」
「カイくんまで……もし、それを書いたら、私は永遠に大罪人として歴史に名を遺すかもしれないんだよ?」
「っ……そこまで……」
正直、あの像の素体が人間だという事は俺も分かっている。
だが、それだけではないのだろう。その製法に、その呪いに、更に恐ろしい秘密があるのだろう。
「……話せば、たぶん手がかりにはなると思う。スティリアさん、材質すらつかめていないっていう事は、解析の術も含めて、全て像の周囲で弾かれてしまっているんだろう?」
「はい。鉱脈を探す為の術式や、金属の種類を特定する為の解析、更には魔術的ではなく、美術品という観点からも調査を行っていますが……」
「……材質だけ教えるよ。あれはね、人間だけで出来ているんだよ。これを聞いても、まだ詳しい製法を聞きたいかい?」
瞬間、レイスが息を飲み、スティリア嬢の目が見開かれる。
そうだ。あれは間違いなく人間だ。それも……顔を抉られた。
そして、ついにリュエが語りだす。その呪われた製法を。
「私さ……ある戦いで愛剣を失ったんだ。それで、なんとかして新しくて強い剣を見つけようとしていたんだけど……そこで思いついたんだ。『対ドラゴン特効の魔剣』を自分で作ってみようって」
「愛剣……今腰に帯びている剣でしょうか? とてつもない業物という事は一目で分かりますが」
「ううん、これはカイくんの贈り物。私は結局、特効の魔剣を諦めたんだ。その製法があまりにも邪悪だったからね」
するとリュエは、その剣の製法について語り始めた。
「何かを選んで殺す力。それを増すには、その殺す対象の最も生命に溢れた瞬間を狙って殺し続ける事。そして、その憎しみや命の源、即ち血だね。それを大量に必要とするんだ」
「……それはつまり、沢山の龍を殺せば、特効の魔剣を生み出せると?」
恐らく、リュエが言っているのは龍神との戦いの事だろう。
そういえば、彼女のゲーム時代の剣は、俺と出会う前に失っていたな。
「子供だよ。出来れば赤ん坊。それを幾度となく殺し、その血で満たした容器に付け込む。その剣で今度は親を殺す。それをひたすら繰り返すうちに、剣は龍の呪いに侵される。それでもまだ続けると、今度は龍を斬れなくなるんだ。だから、今度はその剣の前で龍の親子を殺す。その死骸と一緒に剣に特別な術式を発動させることで、ようやく完成するんだ」
「……相手が魔物だとしても、それは少々……酷い話ですね」
それを語り終えたリュエが、いよいよ目から感情の光を失わせて、その続きを語る。
……俺達は、あの像の作り方を聞いた。だが、彼女はこの話をした。それはつまり――
「その本にはね、こう書かれていたよ。『ならば、人を殺す事に特化した呪いの武器も作れるのではないか』……さぁ、じゃあ想像してみごらん。それを人で試す事を」
「っ! まさか、まさかあの像は……そこまで邪悪な物だと言うのですか!?」
「そうさ。本の続きには、より効率的に、より多くの人を苦しめる魔導具の研究成果が書かれていたんだよ。魔力が多く、若い子供一人。その子供に関係する人間一三人。これが……これが『材料』だよ。もう、ここまでにしておくれ、詳しい話はしたくはないんんだ……お願いだよ、これで勘弁して欲しいんだ」
あまりにも、残酷すぎやしないか、それ。
一つの像で一四人の犠牲が必要? それも子供や血縁? どうしてそんな事を思いつける。
それを実行しようと思える?
「……確かに、手掛かりになります。特定の人間とその関係者、含めて一四人……行方不明者の情報から、手掛かりがつかめると思います」
「……そうだね。これで、たぶん足取りはつかめると思う。きっと、相手だってこの製法を知る人間がいるとは思っていないだろうから……」
確かに、リュエが生きていたのは他の人間よりも遥かに古い時代だ。
今では失われた術式ですら、彼女にかかれば解析、模倣、改良までして見せるだろう。
だからこそ……現代まで伝わってはいけない物まで、彼女は知っていた……。
「……リュエ殿。貴女のご協力、深く感謝します……身を切る思いだったでしょう。貴女は、とても優しい人だと、私は知っています」
「……うん。お願いだよ、全部終わったら、集めた像は手厚く葬ってあげておくれ」
「はい、必ず」
沈黙。一先ずこの話はここまでとし、今一度別な話題にしようと、口を開きかける。
が、それに先んじて、スティリアさんが口を開いた。
「そ、そうだ……忘れていました。今するような話ではないのですが、一息入れるついで……という訳ではありませんが、私の部屋に来ていただけないでしょうか?」
「え、ええと良いんですか? 女性の私室に俺が入って……」
「ええ。お忘れですか? カイヴォン殿は私の命の恩人でもあるのです。そんな貴方を無碍にしようとは露ほどにも思いません」
待ってそう言われると凄く照れくさい。あとレイスがジト目で見つめてくる。
「実は、レイス殿にお見せしたい物があるのです」
「私に……ですか?」
「ええ。お忘れですか? 以前、約束したと思うのですが」
すると、今度はレイスが立ち上がりながら、まるで目の前に大好物のお菓子を出された子供の様な表情をする。
「まさか! 『美姫と降魔の逢瀬』の複製画ですか!?」
「ええ。見てみたいと仰っていましたよね? 是非、ご覧になってください」
隠しきれない喜びをにじませる姿に、リュエもふぅっと溜め息を吐き出し、ようやく表情から険が抜けたのだった。
その部屋は、絵画を集めているという人物ならではの、コレクションルームのような場所ではなく、綺麗に家具が配置され、あくまでそのワンポイントとして絵が飾られているだけの、誰が見ても見栄えの良い、美しくまとまった一室だった。
「普段は日焼けをしないように布をかぶせてあるのです。では……む、カイヴォン殿、何故そんな所に? 貴方にも是非お見せしたいのです、どうぞ近くへ」
「う……わかりました」
ついこの間、本物を描いた本人に見せられたんです……しかもモデルが完全に俺とエルである。
絶対、それについて言及されるだろうな、と覚悟を決めつつ、ワクワクと目を輝かせているレイスの隣に立つ。
そして、布がとられた瞬間、感激の声と共に……レイスとリュエの『あ!』という声があがるのだった。
「これは! カイさん、カイさんではありませんか!」
「それだけじゃないよ! こっちのお姫様……エルだ!」
「……やはり、この絵はカイヴォン殿で間違いないのですか?」
スティリアさんに一度だけ、魔王の姿を見せた時の事を思い出す。
彼女は、あの姿を見て開口一番『ファストリアの伝説の』と発言した。
ならば、俺もそれについて知っている事を話すべき、なのだろうな。
「ええ。これは、俺とこの絵を描いたエルバーソン、本人の絵です」
「エルバーソン本人……女性だと、知っていたのですか。いえ……それよりもこの姫が本人だなんて……」
「知ったのはつい最近、ですけどね。この絵の事だって最近知ったばかりです」
「……という事は、カイヴォン殿もまた、古の人間、神隷期と呼ばれる時代に住んでいたという、古代人なのですね?」
そうだ、と頷き答えると、彼女はどこか安心したように息をつく。
「良かった……やはり、貴方がいれば……ナオ様も救われる」
「それは、どういう?」
彼女は、まるでこれこそが一番伝えたかった事だと言うように、不自由な足をヨロヨロと動かしながら、それでも最敬礼の形を取り、俺の前に立つ。
「カイヴォン殿。我らが立ち向かった相手は、恐らく貴方と同じ……古の強者。我らでは、手も……足も出ませんでした。この先、ナオ様は再び彼の者と相まみえる事になるでしょう……どうか、その時にはお力をお貸し願いたい!」
バランスを崩しながらも頭を下げる彼女の言葉が、重くのしかかる。
……俺と同じ? それは……つまり……。
「頭を上げて下さい。彼もまた俺の仲間です。それを助けるのは当然です」
「ですが、危険が伴う。この国に関係のない貴方に、こんな願いをするのが……口惜しく、心苦しく……」
「……その傷は、その相手につけられた物なんですね?」
「……はい。私の守りも容易く破られ、この有り様です。かろうじてナオ様とマッケンジー老は被害を免れましたが……」
この国の魔法技術は、正直他のどの国よりも勝っているように見える。
あのエルフの国であるサーズガルドですら、ここまで自在に魔法を使いこなし、生活に役立ててはいなかったというのに。
だが、そんなガルデウスですら、彼女を治療出来ないというのは……。
「今、ナオ様はこの国で最強と呼んでも差し支えのない程の力をつけています。もはや、私やマッケンジー老でも彼に勝つ事は出来ません」
「へー! ナオ君そこまで強くなったんだね?」
「……リュエ、そのナオ君が手も足も出なかったんだ。解放者の彼が、強さを磨いてもまだ手も足も出ない……それはつまり……」
「まさか……カイさんのような力を持つ人だったと……?」
俺が彼と別れた時。あの時ですら彼は強大な力を手に入れていた。
ステータスの伸びが、一般人どころか神隷期の人間、つまりゲーム時代に生み出された俺達をも上回っていたのだ。
そんな彼が、この大陸でさらに経験を積んでも、敗北した相手……。
あのステータスがあれば、恐らくレイスクラスにも勝てるかもしれない。
いや、ケン爺やスティリアさんがいれば、リュエだって危うい。
それを完封? 逃げるので精いっぱい? そいつはもう……本当に俺と同等ではないのか?
「古の人間であるならば……どうか、あの者を……」
「……分かりました。それが、貴女達の目指した答えの果てに立ち塞がったのであれば……きっと大多数の人間にとっての悪、という事なんでしょう」
なぁ、まさかお前じゃあないよな。
エルは、ここにいた。まさかお前も、ここにいたのか……?
「カイさん……?」
「カイくん……何を考えているんだい……?」
「たぶん、リュエと同じ事」
最後の一人。俺達のチームを発足した、リーダーと呼ぶべき男。
生産職である鍛冶職人であり、サブクラスに格闘家を選んだ、戦う鍛冶職人。
俺の魔王ルックを生み出し、かつてリュエが使っていた愛剣を生み出し、シュンやダリア、俺やオインク、そしてエルを懐に招き入れた、そんなプレイヤー。
「まさか……? ち、ちがうよ、そんな訳ないじゃないか」
「ああ、俺も正直一瞬思いついただけだ」
「あの……もしかして……」
「そうさ。今、この世界に残っているであろう神隷期の人間は、俺とレイス、そしてリュエを含めて七人しか知らない。だが――もう一人いる可能性がある」
「リュエ殿とレイス殿までが……して、その最後の一人というのは……」
あくまで可能性だ。現に、リュエ以上の力を持っていたこの世界の原住民であるアーカムやフェンネル、それに一応強いであろうファルニルという例もある。
だが、古代の人間と呼ばれてしまい、俺は無意識に――アイツを思い浮かべてしまった。
「グーニャ。それが、可能性とし上げる事が出来る神隷期の人間です。しかし……それはありえない。あいつは俺達の仲間でしたから」
「……そう、ですか。ただ、間違いなく異次元の強さを持つ者です。どうか、ご留意ください」
「ええ、勿論です」
そして、ようやく彼女が話すべき事をすべて話し終えたのか、疲れたようにそのままベッドに腰かけた。
「気が、抜けてしまいました。本当に情けない……」
「スティリアさん。私にも身体を見せてもらえるかい? みんな御存じリュエさんは凄い魔導師なんだけれど、どうかな?」
するとリュエが思い出したように提案し、返事も待たずにスティリアさんの隣に腰かけた。
「確かにリュエ殿は偉大な魔導師だとマッケンジー老も私も認めるところですが……どうやら、これは傷や内部の損傷ではないようなのです……」
「むむ? 呪いの類かい? 私、実は聖騎士でもあるんだけど言ってなかったかい?」
「な……! そういえば剣を帯びていましたが……儀礼剣だとばかり……」
「そういう訳だから、ささ、脱いで脱いで」
「な! ちょっと待っていただきたい! その……恩人とはいえさすがに……」
「あ、すみません直ぐに出ていきます」
どさくさに紛れる事はさすがに出来ませんよね、仕方ない仕方ない。
大人しく部屋を出て、内部の様子を探ろうと耳を澄ませる。
待ってそこのメイドさん。そんな怪しいものを見るような目を向けないで下さい。
「……正直、人に見せるのがはばかれる物です……これが呪いなのか傷なのか病なのかも、良く分かっていない状況なのです」
「え……これは、腐敗……でもないよね。焼けど……でもない」
「何故か、傷を負っていない場所も不自由になりつつあります。正直、リュエ殿達がまだ私が動けるうちに尋ねてくださって助かったと思っていたんです」
「私にも少し見せてください……皮膚が変質する病を見た事があります……少し、似ている気もしますが……」
どうやら、かなり容態が悪いようだ。
レイスが言う病は……恐らく色町という側面も持っていたあの町特有の性病の類のことかもしれないが……それもありえないだろう。なにせ攻撃を受けた結果なのだから。
「今、解呪の魔導を試してみたけれど、どうだい?」
「……申し訳ない、どうやら効果がないようです」
「分かった、次は体内の浄化を試すよ……ちょっと大掛かりになるから、レイスは離れておくれ」
儀式系の魔導をも使うつもりなのか。
そこまでする必要がある傷を負わせるとなると……何者だ。
少なくとも、グーニャは魔法なんて使わないだろう。ハンマーでぶっ叩くか、拳でぶん殴る事しか出来なかったはずだ。
俺同様、ここにきてから魔法を覚えた可能性もあるが……。
すると、扉の隙間から光が漏れ出し、それが止むと同時にリュエが確認をとる。
「どうだい? 全身の浄化と治療をする儀式魔導なんだけど」
「……確かに身体が楽になりましたね」
「ほ、本当かい!? あ……」
「……はい。心労や疲労が抜けただけのようです」
「患部の容態は……変化がありませんね」
「……おかしい。明らかに異常が起きている部分なのに変化が起きないなんて……」
「大丈夫ですよ、リュエ殿。私も戦いに身を置く騎士の身。……覚悟は出来ていましたので」
「ま、待っておくれ……そうだ……ごめん、スティリアさん。恥ずかしいかもだけど……カイくんにも見て貰おう」
「んな!?」
え!? いやそれはさすがにどうなんでしょうか!?
「カイくんは、私よりも物知りで、治癒の力も持っている。私とは別質の力なんだ。恥ずかしいかもしれない……けど、出来る事は全部やってみないかい?」
「私も、それが良いと思います。大丈夫です、カイさんならちゃんと真摯に向き合ってくれますから」
ちょっと精神統一させてくれ。スティリアさんめっちゃ美人だから。
ナイスバデーだから。凄く魅力的だから。
心頭滅却。明鏡止水。色即是空。焼肉定食。
「……分かりました。カイヴォン殿にも見て貰います」
そして扉が開かれ、彼女の元へと向かう。
だが、彼女の身体を見た瞬間、俺の杞憂やくだらない思考が全て消え去った。
……知っている。これを、俺は知っている。習ったではないか。
忘れてはならないと、俺達は子供の頃に、その衝撃的な映像を見た事があったではないか。
「……スティリアさん。この攻撃は、目に見えましたか?」
「い……いや……ただ衝撃が走って」
「盾や鎧は、無事でしたか?」
「一応原型は留めていましたが……その、無意味というか、まるで通り抜けるような……」
リュエに、どんな魔法をかけたのか。そして回復魔法をかける時はどんな事を考え、どんなふうに効果が出る様に発動させているのかを問う。
「え、ええと……症状や状態に合わせて、最適に……つまり知っている物や似ている物をイメージして、それを治すイメージなんだ。染み込んでいく、塞いでいく、そんな感じで使い分けているんだ」
「……なるほど。じゃあ、今から俺が話す事を意識して、じっくり発動させていこうか」
彼女の肌は、焼けたようで、焦げたようで、崩れたようで。
無事なはずの肌からは、じわりと血がにじみ出ていて。
その様子が、その症状が、凄く……似ていて。
「身体を凄く小さなものが構築している。十億、百億、小さい粒かいくつも集まって、それが人間を形作っているイメージだ。そうだね……レンガを積んで大きな城を建てているように……小さい物が積み上がって人間を作っているんだ」
「むむむ……ちょっとイメージしてみるから待っておくれ」
細胞の概念を。そういう物なのだと、それを彼女に教え込む。
大きな物を治そうとしても、きっと治癒は出来ないのだろう。
これは……そんな細胞一つ一つが、傷つけられた時の症状なのだから。
「カイさん……この症状に心当たりがあるのですか?」
「……あるよ。凄く、厄介な物なんだ。でも、スティリアさん。俺は、これを知っている。だから……絶対になんとかしてみせます。貴女に恥ずかしい思いだけをさえたりなんて決してしません」
「……私こそ、あのような態度をとって申し訳ない。その……ここまで真剣に見て貰えるなんて……」
嫌な予感が、高まってしまった。
こいつは……この傷を負わせた相手は……間違いなく日本、いや地球の知識を持っている。
「まさか……この世界で被ばくを目の当たりにするなんて……思ってもみなかった」
リュエが治療に集中するのを見つめながら、俺もまた思考の海に飛び込む。
考えろ。相手が誰であれ、これまでにない厄介な相手だ。
「少しだけ、傷口の一部が再生した……かな?」
「……その調子だよ、リュエ。俺も全力でバックアップする」
いいや、今は彼女の治療に専念するべきだ。
だが……それでも考えてしまう『もしも』に、少しだけ集中が乱れてしまうのだった。
(´・ω・`)よまなくてもあまりもんだいないけどね!