三十四話
(´・ω・`)ここがノクターンじゃなくてよかったな!
用意された馬車でしっかりと石畳が敷かれた街道を進んでいく。
まだ冬だと思っていたが、それは俺達のいたエンドレシアが最北の大陸だから特別寒いだけだった様だ。
いやはや、雪の大陸なんて本当最終盤って感じじゃないですか。
そこがスタートとはこれいかに。
雪も全く残っておらず、本当に春を待っているかのようなそんな気候。
窓から景色を覗いてみると、地面の所々に緑が芽吹き始めている。
そんな景色の先に、とても見覚えのある、そして違和感を感じてしまう物が。
「ウェルドさん、あれってハウス栽培ですよね?」
「ええ、そうですぞ。遥か昔、この大陸の七星を開放した"解放者イグゾウ・ヨシダ"様が授けて下さった魔法のような栽培方法です」
……農家のヨシダ・イグゾウさんですね、分かります。
どこかで聞いた事のある名前のような気もするが、気にしないことにしましょう。
そうしましょったらそうしましょ。
きっと村が嫌で東京に行こうとしたら異世界に召喚されたんだろう。
「して、今夜の事なのですが、是非お二人には"ウィングレスト"の街で来て頂きたい場所があるのです」
「今日の宿を決めた後でしたら問題ありませんよ。リュエも大丈夫か?」
「もちろん。それにしてもこの馬車は凄いね、揺れないから余り気持ち悪くならない」
「それはよかった。街道の整備と馬車の改良はオインク殿の考案ですな。話は戻りますが、毎月私が行く屋敷……と言いますか、お店があるのですよ」
少し言い方に迷いが感じられる。
宿場町、屋敷、そして毎月行く……。
ちょっと俺の中の野"性"が高ぶりそうな気配をビンビン感じます、そりゃもうビンビンに。
「それは、リュエも行って問題ない場所なんですよね?」
「あ、はいそれはもう! 言い方が悪かったですね、いやはや、少々変わったお店なのですよ」
聞けば、その場所は確かに宿場町の色街にあたる通りの最深部に君臨する店だそうだ。
しかし『そういった』目的の為でなく、純粋にお酒を飲みながら女性と話し気持よく過ごすための店だと言う。
あれか、キャバクラのような店と見て宜しいか。
しかしそうなると、リュエが機嫌を損ねないか心配だ。
「ん? なんだいじっと見つめて。照れる」
「ああいや、今から行くお店なんだけど、女性に接待されながらお酒を飲むお店らしいんだ」
「へぇ、珍しいね。ちょっと楽しみだよ」
ありゃ? 思っていた反応と違うな。
ああ、それもそうか。
リュエには馴染みの少なさそうな文化だし、俺の勝手な先入観か。
それに、元々は上質な空間、それこそ銀座の高級キャバレーのような物が本来の姿だと言うし。
キャピキャピ(死語)した若い子に囲まれて『ウェーイ(笑)』する場所とは違うのか。
「そこの主人は宿場町の娼婦達に『グランドマザー』と呼ばれており、大変人望がございます。それと、決してそのお店の女性の身体に無闇に触れないようお願い致します」
「勿論ですよ。聞けばそういう目的の店ではないようですし」
「なんでそんな事を聞くんだい? 女の身体を突然触ったら問題になるのは当たり前だろう?」
……やっぱりリュエをその通りに連れて行くのは間違いなんじゃないか?
到着した頃には程よく陽が沈み始め、まさに宵の口といった具合。
宿はウェルドさんと同じ宿に部屋を取ってもらえる事になり、そのままその店へと向かう。
車窓からは一日の疲れを癒やそうとする労働者が溢れる酒場に、食べ物を取り扱う屋台、呼び込みをする店や笑いながらどの店に行こうか吟味する集団と、マインズバレーとはまた違う、夜の歓楽街を彷彿とさせる様相だった。
……ああくそ、なんでこんなに寂しく思っちまうんだ。
つい、あの日の事を思い出してしまう。
「カイヴォン殿、どうなさいました?」
「ああいや、ちょっと景色を見すぎて目が回ったんですよ」
最終日にログインする前、俺"達"もこうして居酒屋を探して連れ立って歩いたっけな。
やっぱりまだ全てを割り切れた訳じゃないんだな、俺も。
「きっと船旅の疲れが残っていたのでしょうな……こちらの配慮がたりませんでした」
「大丈夫かい? 魔法が必要ならいつでも言っておくれ」
「大丈夫ですよ。それにそのお店に行けばそんなのも吹き飛ぶのでしょう?」
「それはもう!」
次第に、通りの様子が変わり始める。
艶っぽい表情でしなを作る女性に、胸元を少し着崩すお姉さん、さらにはこれもうアウトだろって格好の女の子まで。
ちょっと馬車の速度緩めてよ、ねぇ。
「カイくん……ここはなんだかおかしいよ、どうしてみんな部屋の中みたいな格好をしてるんだい」
「リュエ、お前今盛大に自爆したぞ。部屋の中であそこまでだらしない服の着方をする奴はそうそういない」
「……はっはっは……聞かなかったことにしておきます」
最近違う部屋に泊まっているからって油断しすぎじゃありませんかね。
しかし、ようやくここに来てリュエはこれからいく場所がどういう場所なのか理解してくれた様子。
大丈夫、健全なお店だから安心してくれ。
辿り着いたのは、店というよりも屋敷、大きな庭付きの洋館だった。
勿論灯籠のような照明がほのかに門を照らし、どことなく人を誘うような妖艶な空気も漂っているのだが。
……なんだか急に尻込みしてしまうのは男の性なのだろうか、王様との謁見よりも緊張してきた。
屋敷へと入ると、沢山の女性たちが綺麗に整列して待ち構えていた。
20人は下らないであろう綺麗どころの先制攻撃におもわずたじろぐ。
そしてその中の一人が一歩前に進み出て――
「え?」
年甲斐もなく、ときめいてしまった。
いやはや、リュエの時のように見惚れて言葉を失うのとは違う、言いようのないこの感覚。
情けない、俺はガキじゃないんだぞ。
だがそれでも、俺はその女性に釘付けになってしまう。
ブックさんが彼女と言葉を交わしている。
だが、それすら頭に入ってこない。
一瞬精神的な攻撃、状態異常の類を疑い、反射的に『龍神の加護』をセットしようとするも、今ここで武器をアイテムボックスから取り出すわけにも行かない。
「凄く綺麗な人だね、カイくん」
「ああ、そうだな」
声が震えていなかっただろうか?
すると、その女性が俺の前までやって来た。
「本日はようこそいらっしゃいました。この娘達の母の『レイス』と申します、お客様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
……レイスの名に、思わず過去の自分のキャラクターを思い出す。
紫紺色の長い髪、うっすらとウェーブをかけ、妖艶さを演出した。
瞳は深いワインレッド。少しだけタレ目勝ちの、アンニュイな気配を纏わせようと意識した。
魔族のクリエイトで選べるオプションで、お約束のように頭の両サイドに小さなコウモリの羽根をはやし、背中の肩甲骨からも小さな羽根をはやしていた。
だが、この人は違う。
それでもどうしてか面影を感じる。
どこか影のある、憂いを秘めながらも妖艶さを隠し切れない表情。
スタイルだって、俺より頭一つ小さい程度で160センチは超えているだろうし、もちろん女性の象徴とも言える双丘も、もはや霊峰の域に達していそうだ。
「あの、どうかなさいましたか?」
「ああ、すみません、普通に見惚れてました」
「ははは、そうでしょうとも! グランドマザーと対面して平常を保てる男なんて、男色家くらいなものです」
「ブッくん、そっちの趣味だったのかい!? ちょっとカイくんから離れてくれないか!」
「な、なんと! 違います、私は長年の付き合いがあるからこそ取り繕う事が出来るだけです!」
ありがとうリュエ、お陰でいつもの調子に戻れた。
「ああ、名乗り遅れましたね。俺はカイヴォンと言います。冒険者をしているのですが、縁あってウェルドさんと懇意にさせて頂いています」
「あ、私はリュエだよ。君は凄く胸が大きいんだね、私にも少し分けて貰いたいくらいだよ」
本当ブレませんね貴方。
ほら、レストさんも困惑して――
「カイヴォン様……リュエ様……?」
「おや、どうかしましたかなグランドマザー」
意外にもその反応は硬直。
俺達の名前を呟きながら少しだけ目を見開いている。
「失礼しました。では、護衛の皆様もどうぞ中へ。いつもの様に娘たちにお声をかけてやって下さい。それと、残念ですがこれは分けられませんよ?」
「し、知ってるとも。冗談に決まっているだろう……」
が、すぐにそれも収まり、歓迎の始まりが告げられた。
そしてさすがの余裕ですねレイスさん。分けなくていいので少し観察させて下さい。
ここはどうやら、従業員の女の子に声をかけて、それから個室やサロンへと移動してお酒を飲むらしい。
指名料とか取られるんですかね、ちょっと今お金の殆どをギルドに預けているんですが。
「へぇ、エルフなんだね君も。じゃあ少し一緒に飲んでみないかい?」
「あら、エルフの同性のお客様なんて初めてです。是非よろしければ」
が、ここでまさかのリュエである。
速攻で女の子を一人選び、誰よりも早く個室へと消えて行く。
健全な店だとはわかっていても、お兄さん興味があります!
「カイヴォンさんでしたっけ? よろしければ私となんていかがですか?」
「あ、ちょっとズルいわよ! 私だって声かけようとしてたんだから!」
「もう、お客さんの前でみっともない。カイヴォン様、私と少し静かな場所にいきましょう?」
わーお、モテモテですよ。
ビバイケメン、魔王ルックなんていらなかったんや。
だが、どうしてもグランドマザーことレイスさんともっと話してみたい。
何故か、彼女を見ていると俺の知る『レイス』を思い出してしまう。
こちらのレイスさんは髪の色も黒く、魔族の証である羽の姿もない。
目の色は優しそうな光を湛えた緑色だ。
「すみません、既に声をかけてみたい女性がいるので」
「あら残念。ほらほら、もうお目当ての子がいるみたいだから言い争いは終わり」
『はーい』
なんでいつのまにか争っていた人数が7人まで増えてるんですかね?
「失礼、貴女を誘うことは出来ますか?」
女性たちの監督をするように、少し離れた位置から優しく見守っていたレイスさんに声をかける。
すると、ウェルドさんが少し慌てたように近寄ってくる。
「カイヴォン殿、グランドマザーはお客をとらないのです。いや、失礼しました、私も先に説明するべきでした」
「あ、そうだったんですか、失礼しまし――」
「構いませんよ」
「え?」
座っていたソファーから立ち上がり、そのまま階段へと向かう。
「大切なお客様と聞きましたし、今日は私もそんな気分です。さぁ、こちらへどうぞ」
「な、なんと……なんと羨ましい……カイヴォン殿……」
「いやぁ、なんかすみませんね」
階段を上る彼女に続く。
すると丁度目線の高さに、形の良い、そして程よく肉のついた安産型のヒップが……。
やばい、思ったよりも緊張してきた。
ただ一緒に喋ってお酒を飲むだけ、そんなのリュエとよくやっている事ではないか。
あれ、でもなんで彼女と飲んでもときめかないんだろう。
相当な美人であり、俺の好みど真ん中の筈なのに。
美人は3日で飽きると言うが、少なくともあと3世紀は飽きそうにないんですが。
「や、やめるんだ、ここは触っちゃ駄目なんだろう!?」
「こっちから触る分には良いんですよお姉さま」
「ひゃああああ!!!」
あ、そうか日頃の行いか。
閉められた扉から聞き覚えのある声が聞こえて気もするが、きっと気のせいだろう。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
「では失礼して」
案内されたのは、ゴシック調のソファーとテーブルがあるだけの小さな部屋だった。
だが、狭さを感じないほどの上質な空間に、自然と萎縮してしまう。
さらには洋酒と思われる酒瓶が大量に収まったチェストまでが。
……ああいう棚が自分の家にあるのって憧れるよね。
「狭くありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
二人がけのソファーだが、少しだけ距離が近い。
ふわりと、カシス系の香水の香りが鼻孔をくすぐる。
……いやこれやばいって、さすがに心拍数が上がってきた。
「カイヴォン様は冒険者だと聞きましたけれど、この大陸へはやはり依頼で訪れたのでしょうか?」
テーブルに既にセットされていた酒瓶から、2つのグラスに注がれる琥珀色。
彼女の香水の香りに、蒸留酒、匂いからして恐らくウィスキーの甘い香りが混ざり、なんとも贅沢な気分にさせてくれる。
自然な流れで手渡されたグラスを受け取り、彼女と軽く見つめ合って優しくグラスを合わせてから一口。
「依頼ではありませんね。実は旅をしているんですよ、いろんな場所を見たくて」
「旅、ですか。実は私はこの大陸からは出たことがないのですよね」
「へぇ、この大陸の出身なんですか」
「ふふ、そうとは限りませんよ?」
「ちょっと時期尚早でしたか?」
また一口。
常温で飲むウィスキーに一切の水を入れないと言うのは余り経験をした事がないのだが、この身体のおかげか、それとも酒が上質なのか、特別キツイとは感じない。
それとも、すでに俺が彼女に酔ってしまっている所為なのか。
「何故か、レイスさんを見た瞬間魅了されたように固まってしまったのですが、どうしてでしょうかね?」
「まぁ、正直なんですね? そうですね……私はこれでも長く生きていますので、もしかしたら母親と思わぬ所で再開したと勘違いして驚いたのかもしれませんよ?」
「ははは」
謙遜なのか、それとも。
だが、その長く生きたという発言がきになる。
それは彼女もまた、創世記の人間かもしれないという事。
だがこの場でそれを聞くなんて野暮はしないほうがいいだろう。
気になることは沢山ある。
だが、今日は良い。
俺にはまだ時間が沢山ある。そして――お金も。
悪いなリュエ、少しここに通わせて貰うよ。
ところで、リュエの貞操は大丈夫なんですかね?
(´;ω;`)ノクターンじゃなくてよかったな!




