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三百七十話

(´・ω・`)なんか面倒な病気にかかって、しばらく安静にして疲労回復につとめろって言われてしまいました。

なんとか一話かけたので投稿しますん。

 人混みを縫うように、入り組んだ路地を駆け抜ける。

 目立つ集団だ、簡単に見つけられるはずだ。

 都市の特色なのか、奇抜な服を着た人も多いが、それらに惑わされる事なく、鎧の一団を探し駆け抜ける。


「……いた。散開したうちの一人か」


 その一人に目星をつけ、その後を追いかけていくのだった。




「ここは……そうか、都市を抜ける為のもう一つの出入り口……どこか別な場所から来ていたのか」


 芸術都市と呼ばれているくらいだ、てっきり髪飾りのような装飾品を集めている人間でも住んでいて、そこから盗まれたのでは? と思っていたのだが、どうやら別な場所から盗まれたらしい。

 となると、この都市は元々盗品の類も紛れ込みやすい土地なのだろうか。

 集結した兵士達が、魔物に騎乗し進みだす。

 ならば、こちらはどうやって追跡しようかと周囲を見渡すが――


「黙って走るか」


 これくらいの速度なら、走っても大丈夫だ。

 日も落ち始めた夕闇の中、街道を一人走り出す。

 つかず離れず、兵士達が帰投するその場所を見つける為に。


「……リュエ、絶対に取り返してやるからな」


 そして、絶対に手に入れろと言わしめた、対になる髪飾りの情報も。


「この大陸も……色々と俺に関わりがあるのかもしれないな……」


 髪飾りの事だけじゃない。エルの事もそうだ。

 彼女は……ここにいた。それは間違いことだ。

 その子孫が今もここで暮らしているのなら、会ってみたいという気持ちもある。

 それに、オインクはこの大陸に来た事もあったはずだが、それでもエルの痕跡を見つける事が出来ないでいた。つまり――かなり大昔に亡くなっていた、という事だったのだろう。


「もっと……色々調べておきたいが……全部終わった後だよな」


 そうして、空に星が瞬く間も、ひたすらに街道を駆け抜けていくのだった。




「連中、結局途中で休憩も挟まないで走り続けたのかよ」


 気が付くと、空がうっすらと白み始めていた。

 探し物の輸送でここまでの強行軍となると、余程価値のある物なのか、それとも持ち主が余程高貴な身分なのか……まぁこの規模の兵士を動かしている以上、ある程度覚悟をした方がよさそうだが。


「って……あれは……城? どこまで来たんだ俺は」


 兵士達が向かった先を見れば、霧がかりぼんやりとしているが、確かに城と思われるシルエットが浮かんでいた。

 こちらも急ぎ追いかけると、入り口が丁度開き、兵士達を飲み込んでいくところだった。

 が、すぐさままた閉じられようとした為、急ぎ駆け寄り、門番の兵士に話しかける事に。


「すみません、私も中に入れてもらえませんでしょうか」

「なんだこんな朝早くに。旅人か?」

「はい。昨日、外に出て近くの森を散策していたのですが、薄暗い中帰り道を見失ってしまい……それでようやく戻ってこれたのです」

「まったく……そんな軽装で出歩くなんて自殺行為だ。早く入れ、門を閉めるぞ」


 人の良い門番さんで助かりました。仮にも今は戦争中だというのに……む、もしかしてここが戦争中のもう一つ国『メイルラント帝国』なのだろうか?

 ……一体どんだけ移動してきたんだ、俺。

 あの騎獣はもしや、とんでもなく速く移動していたのだろうか。


「しかしこれが帝国……なんだか随分と寂れているような……」


 時間がまだ早い事を差し引いても、仕入れの商人の姿もなければ、起きている人の気配も一切感じられない。

 それだけじゃない。歩道も荒れ果て、周囲の建物もどこか古びているように見えるのだ。

 まるで、既に住人が存在していないような。ゴーストタウンかなにかのような、そんな雰囲気に、これが戦争の現実、国民に背負わせる負担なのだろうと、陰鬱な気分になる。

 だが……それにしたって限度があるのではないか。スフィアガーデンに比べてこの落差はなんなのだろうか。


「……兵士は城に向かったみたいだな」


 今から直接乗り込む訳にはいかないからと、一先ず宿を確保する事に。

 宿の主人に聞いてみたのだが、やはりここはメイルラント帝国の帝都で間違いないそうだ。

 地図を確認してみると、どうやら大陸北部の沿岸にそって国土が広がっており、港町を境にガルデウスの国土ということらしい。

 だが、国境にある港町だってここまで疲弊した様子を見せていなかったというのに、戦線から遠いはずの帝都の有り様はどういう事なのかと聞いてみたところ――


「元々ダンジョン資源で潤っていた国だからな。それが断たれたら荒廃するのは当然だ。領土の奪い合いで疲弊して、今度はダンジョンそのものが減らされて。皆、我先に国を捨てた結果さね」


 という有り様だ。ならば、どうして今も戦争を続けているのだろうか。

 この様子では既に大勢は決しているような物ではないか。


「今更降伏しても何も残らんだろうさ。それに先祖に申し訳がたたねぇ。意地さ、意地。何百年も戦い続けた意地だ。降ったところで、生活が変わるわけでもないだろうさ。なにせ、さっきも言った通りここはダンジョン資源しか誇る物がない国だからな」

「そう、ですか。色々お話を聞かせてくれてありがとう御座います。少し部屋で休んでいます」

「あいよ。飯は出せないが、近くに酒場がある。腹が減ったらそこに行ってみると良い」


 店主に礼を言い、部屋へ閉じこもり考える。

 ……そう、だよな。ナオ君の選択は、根本的な原因や真実を求める道だが、その道を選ぶ事によって苦しむ人間も、必ずどこかにいる。

 ましてや、彼はガルデウス陣営の人間だ。ならば、どう動こうが必ず、敵対陣営にはなんらかのダメージを背負わせる事になる……か。

 きっと、俺もそうだったのだろう。アーカムを倒した事、フェンネルを倒した事、それにより、不幸になった人間がどこかにいたはずなのだ。


「……今更、どうこう考えるつもりはないがね」


 一先ず、夜通し走った疲れを取るべく、質素なベッドに横になる。

 目を閉じればすぐにでも眠りに落ちそうな気配を感じながら、ゆっくりと――




「ん……結構快適だったかな、硬いベッドも」


 目が覚めると、部屋に差し込む光が再び朱にそまりつつあった。

 朝焼けに包まれていたと思ったらもう夕焼けとは、随分と爆睡していたみたいだ。

 が――忍び込むなら夜の方が都合も良いだろうと、久方ぶりに潜入特化のアビリティ構成を構築していく。


【ウェポンアビリティ】

[五感強化]

[生命力極限強化]

[以心伝心]

[心眼]

[素早さ+20%]

[素早さ+10%]

[硬直軽減]

[弱者選定]

[晶化]

[幸運]


【カースギフト】

対象者:カイヴォン[ソナー]付与


 以前使ってみて確信したのだが[ソナー]は自分に付与した方がより効果を発揮してくれる。

 その他のアビリティについては、気配を読んだりかく乱したり、殺さずに対象を無力化したり――咄嗟に化ける為の物で統一してある。

 後は機動性を上げるものだ。後はこれらを駆使して城に潜入するだけという訳だ。

 早速店主に食事に行くと嘘を吐き、夕日が沈みつつある城下町に繰り出したのだった。


「……暗いな、街灯もまばらだし……教えてもらった酒場以外で営業している店もないみたいだし」


 宿を出て表通りに出てみると、もうじき日も落ちるというのに灯りが付く気配のない街灯が目立ち、時折誰かが住んでいると思われる家を見つけても、恐らく蝋燭や燃料を燃やすタイプのランプの灯りしか見かける事がなかった。

 まぁ、元来中世やそれに近い時代は、暗くなったら寝る、蝋燭やランプは節約するというのが当たり前だったという話ではあるのだが……この世界では稀な光景だ。


「よほど資源が枯渇しているのかね……」


 城を目指し進んで行くと、次第に周囲の建物も大きくなり、恐らく貴族の屋敷であろう建物も増えて来た。恐らく、この辺りは貴族街なのだろうとあたりをつけるも、やはりこれまで俺が様々な国で見て来た貴族街に比べて、明らかに華やかさに欠けているように思えた。

 照明の質だけではない。こういった上流階級の人間の住まう場所特有の、どこか背筋が伸びてしまうような空気と言えば良いだろうか。それを感じられないのだ。


「思えば、あの傭兵団も帝国側から来ていたよな……もうこの国に見切りをつけたって事だったのかもしれないな」


 貴族外を駆け抜け、城を目指す。

 城ですら、どこか薄暗く感じるのはこちらの先入観の所為なのか、それともやはり、国の象徴である城ですら、外観を維持出来ない程困窮しているということなのか。

 城の裏手へと回り込み、早速アビリティを駆使して侵入を試みるのだった。


「入り込んだは良い物の、髪飾りはどこに運ばれたのか……宝物庫のような場所か、はたまた本来の持ち主であろう人間に届けられたのか」


 城内を[ソナー]で調べた限り、そこまで厳重な警備が敷かれているという訳ではなかった。

 勿論、巡回の兵士や門番、詰所、それに地下牢と思われる場所にも兵士の存在はあるようだが、警戒態勢という雰囲気ではなさそうだった。

 そんな城内を、人に見つからないように、脳内に表示されている詳細なマップを頼りに進んで行く。

 どうやら上階に大きな空間があるらしく、そこに人が集まっているようだった。

 まずはそこを探ろうと、その大きな空間のさらに上、丁度真上にあたる場所を目指し進んで行く。


「ここは……壊れた装備に備品……物置か」


[五感強化]を使い、床に耳をつける。

 ひやりとした感触に身震いするも、意識を集中させる。

 すると階下の音がしっかりと耳に届き、こちらに階下の様子を正確に伝えてくれた。


「これは……食器の音か? 下は食堂だったのか」


 そのまま耳を澄ましていると、どこか厳かな調子の男の声が聞こえて来た。


『メリア……せっかく戻ったというのに、付けないのか?』

『はいお父様。私があれを付ける訳にはいきませんので』

『ふむ。あれは元々祖母の代から受け継いできた物。ならばお前以外の誰がつけると言うのだ』

『さて……誰でしょうね? ふふ、装飾品には相応しい時と場所がありますから』

『そういうもの、か。お前もそのようなこだわりを持つ歳になったのだな』

『申し訳ありません。この様な時に兵を割いてもらったというのに』

『構わぬ。今はこちらもあちらも戦力の増強に力を入れている。膠着状態なのだ』

『……また、戦いが長引くのですね』


 王と娘? 髪飾りは娘の持ち物なのだろうか。

 緊張感とは程遠い、ただの家族の会話と大差のないやりとりだったが、これも長く戦争が続いた弊害なのだろうか。

 非常事態が当たり前になってしまった。だからこそ、それで疲弊する国民に気が付けない……のか?


「なんにせよ目的地は決まったな。このまま娘さんが戻るのを待てば良いか」


 そのまま暫く、床に耳を付けたままじっとその時を待つ。

 ……今の恰好、誰かに見られるのだけは勘弁してもらいたいな。

 それから少し時が経ち、階下の人間の反応が散り散りになっていく。

 その足音や声を頼りに追跡した結果、どうやらメリアと呼ばれた娘さんは、この城の最上階に住んでいるようだった。

 これなら、城の中を進むよりも、外から飛んで頂上に着地した方が楽そうだ。

 だが、まるでこの姫と思われる娘さんだけ隔離でもされているかのような印象を受ける。

 王と思われる人物の部屋からも離れている上、巡回の兵士もあまり近寄っていない様子だし、それどころか詰所からも離れている。かといって側仕えの従者がいるわけでもなし……。


「とにかく深夜を待って再度侵入、だな」


 少々気がかりではあるが、まずは一度城から脱出する事にした。








「リュエ……また、この絵を見ていたんですか?」

「うん。なんだか落ち着くっていうか……ね」

「カイさんならきっと大丈夫です。これまでどんな問題だって、乗り越えて来たじゃありませんか」

「うん。その通りだよ。ただ、それでも心配しないって言いきる事は出来ないだろう? それに、私がこの絵を見ているのは、たぶんそれが原因なんじゃないと思うんだ」

「……やはり、懐かしいから……ですか?」


 カイさんが兵士達を追いかけてから一晩。私達の方でも情報を集めたところ、彼らはここから少し離れた場所にある『メイルラント帝国』の兵士という話でした。

 元来、この場所とは不可侵協定を結んでいるという話でしたが、今回は賊の捜索という目的の為、例外的に許可されていたそうです。

 ……何故、カイさんはリュエの髪飾りを大人しく引き渡したのか。

 その疑問にはリュエ自身が答えてくれました。ですが――そんなに悲し気に沈み込む選択を、私ならきっと取らせません……そこまで大切なんですか、そのもう一つの髪飾りが。


「懐かしい……そうだね、おぼろげな記憶がさ、どんどん鮮明になっていくんだ。カイくんが言うには、私達はカイくんの器……どこかもっと違う場所にいるカイくんの為に作られた身体だった、っていう話を覚えているかい?」

「はい、それが意思と人格を持っていた……それが私達になった、と」

「……うん。だからさ、神隷期の頃は、私の中にカイくんがいたって事なんだと思う。だからかな……今思うと不思議な事が沢山あったんだよ」


 私はほとんど覚えていない神隷期の話をするリュエ。

 こうして、彼女の口からその時代の話を聞くのは初めてだった私は、一体どんな事を語られるのかと、内心楽しみだった。

 けれども――それは、あまりにも意外な内容でした。


「私ね、実はエルの事が少しだけ苦手だったんだ。嫌いとか、仲が悪いとか、そういうのじゃないんだけれど、ただ、苦手だったんだ」

「何か……理由があったのでしょうか?」

「うん。私はね、何故だかエルに好かれていたんだと思う。友情じゃなくて、異性に向けるような愛情。それを、確かにエルに向けられていた。私は、それが少しだけ不思議で、どこか苦手意識を持っていたんだ」


 それは、きっと勘違いではなかったのでしょう。

 理解は出来ます。感情を向けるのに性別なんて関係ない。そういう考えを持つ人だって存在します。ただ、それを受けられるか否かもまた、人によりますから。

 リュエは、それが出来なかったのでしょう、ね。


「ただ、今なら分かる。たぶん……エルは私じゃない。私の中にいるカイくんにそういう気持ちを向けていたんじゃないかな……って」

「カイさんに……なるほど……身体ではなく、魂、心に惹かれていた、と」

「……うん。そんな気がするんだ。この絵を見ていると、ね」


 そうなのかもしれない。

 子をなし、子孫を残す道。それは、異性と結ばれるのが前提の話になってしまうでしょうから。

 ならば……きっとカイさんは知っていたのでしょう。自分が、思われている事を。

 少々、カイさんとリュエにとっては、刺激の強い出来事が続いてしまったみたいです……。

 私にはそんな過去がない。記憶がない。それを悲しいと、悔しいと思った事もある。

 ですが……過去が多ければ多い程、記憶に足をとられてしまう事も多いのでしょう、ね。


「今なら、もっとエルと沢山お話が出来たと思うんだ。だから、私はこの絵を見ていると、なんだかエルとお話出来ているみたいで少し気が楽になるんだ」

「そう、でしたか。なら、私もご一緒します。『三人』でカイさんの帰りを待ちましょう」








 不便な物で、魔王ルックを自分の意思で変える場合、翼だけを出現させる、という事が出来なかったりする。

 何故か角と目だけは単独で出現させられるのだが、翼だけは最後じゃないと出て来てくれないのだ。

 感情に呼応して徐々に発現していく事はあるのだが、器用に翼だけ出すような感情なんてあるわけがなく、当然のように――


「魔法で一気に空を飛ぶ作戦……魔王ルック前提なんだよなぁ、これ」


 深夜、人気のない城の後ろで魔王ルックになっている訳でして。

 夜の警備もやはりそこまで厳重ではなく、見張り塔のような物もない関係で、これなら楽にお姫様とおぼしき娘さんのいる塔へと侵入出来そうだ。

 久方ぶりとなる熱風を生み出す魔法を使い、それを羽で受け一気に飛び上がる。

 生憎、侵入には向かい、雲一つない満月の夜。

 詩的な事を考えている場合ではないのだが、こうして魔王の姿の自分が、月光を受け城に降り立とうとしている今の瞬間が、なんだか妙にハマりすぎていて、つい口元がつり上がってしまう。

 

「あそこ……だな」


 目的の塔の頂上、丁度バルコニーが設けられているその場所へ、静かに降り立つ。

 さぁ、後はこの窓をどうにかして破り、髪飾りを手に入れるだけ――


「っ!」


 降り立ったその瞬間。窓にかけられていたカーテンが音を立て開かれる。

 まるでタイミングを見計らっていたかのように、逃げる間も与えられず窓の向こうの娘の視線がこちらを正確に捉えている。

 だが、それよりも俺は、その予想だにしていなかった光景に、次の行動に移る事が出来ないでいた。

 窓が開かれる。そして、その娘は悲鳴を上げるでもなく、恐れるでもなく、平然とバルコニーに歩み出てくる。


「……嘘みたいに出来過ぎているわ。ほとんど一緒、まるで今この瞬間を切り取ったみたい」

「……お前さん、何者だ? ただの人間にしちゃあ……肝が据わり過ぎているように見えるが」


 そんなはずはないと、否定する。他人の空似だと断じながら『もしかして』という淡い期待を抱いてしまう自分を排除する。


「部屋の中を見てくれないかな。月の光が丁度差すように、あの絵を飾ってあるの」


 こちらの質問に応えるでもなく、彼女は身を横にズラし、飾られている絵画をこちらに示す。

 すると、そこに描かれていたのは――


「“美姫と降魔の逢瀬”凄いよね、今のこの状況を予知でもしていたかの様」

「……お前、まさか……」


 それは、今の状況をそのまま絵画にしたかのような、そんな予知のような、答え合わせの様な一枚だった。

 一人の姫がバルコニーで、降り立つ魔王に手を刺し伸ばすという構図。

 だがその構図もさることながら、描かれている魔王が――紛れもなく俺の姿だったのだ。


「初代エルバーソンがその人生で最後に描いた遺作。自分がそうなるように願いながら描いたのでしょうか。ふふ、どう思います? カイさん」

「……エル、お前なのか?」


 不敵に笑うその少女は、確かに俺の記憶にある姿とよく似た顔だった。

 だが、もう少し大人びた姿だったはずだ。それに髪の色も違う。

 しかし今、こいつは確かに俺の事を『カイさん』と呼んだのだ。


「死んだんじゃなかったのか? 初代エルバーソン」

「あ、そこまで知っているんだ。凄いね?」

「……どういう事なんだ」

「カイさん、貴方……私のキャラクターの名前、全て覚えています?」

「覚えるもなにも――」


 そこまで言われ、ようやく気が付いた。

 そして同時に――『そんな事、起きうるのか?』という疑問も浮かぶ。

『El』こいつは、冒険ではなくコミュニケーション主体のプレイヤーだ。

 だから、自分が使うキャラクターに強さなんて求めていなかった。

 それ故に『その日の気分で姿を変える為、似た容姿の同じ名前のキャラクターを複数用意していたプレイヤー』だったのだ。


「そう、私はエルですよ。この身体は四人目になります」

「……確か、ロリとお姉さん、それと髪色の違う一〇代イメージが二人、だったか」

「まぁ! よく覚えていますね!?」

「……俺がこの世界に来てから、まだ二年も経っていないんでね」


 もし、同名のキャラクターだった場合。それも極めて似た姿だった場合。

 それら全てが同時に人格を持つというのはありえるのだろうか。

 そんな仕組み、俺は知らない。だが……いや、待てよ。


「プレイヤーとしての記憶があるのか、お前は」

「ありますよ? というか……私、もう三回この世界で死んでるんですよ」

「……どういう事だ?」


 まさか、俺も死んだらレイスやリュエの意識を乗っ取ってしまうとでも言うのだろうか?

 そんな恐ろしい推論を立ててしまいながらも、俺はいつの間にかこの娘に、エルを名乗るこの姫の言葉に飲み込まれていた。


「始めは1st。ちびエルでした。何も知らない私は、そこがどこかも分からないまま、戦う力もなく魔物に殺されましたね」

「……そいつは、運が悪かったな……」


 Lv3かそこらだったはずだ。生産職としての育成すらしなく、純粋に現実世界の創作活動の為だけにゲームをしていたエルは、ほぼ手付かずのまま、プレイ時間だけは俺達に匹敵する、そんな奇特なプレイヤーだったのだから。


「二人目はお姉さんでしたね。我ながら美人だとは思っていましたが、それが仇になりました。まぁ詳しくは語りたくありませんよ? 女の沽券に関わりますから。まぁ、悲惨な最後だったとだけ伝えておきます」

「……全部、覚えているのか……意識を引き継いでいるって事なのか」

「そうなりますね。そして三人目。ここに来てようやく、私は人並みの幸せを手に入れました。大好きな絵を描きながら、ちょっと良いなって思った人と結ばれました」

「それが、初代エルバーソン……か?」


 恐らくそうなのだろう。そして、その子孫が今もどこかで生きている、と。


「けど、私は最後まで仲間に……貴方に会えませんでした。カイさん、私は今こうして、貴方がやってくるのを夢見ていたんですよ、割と本気で」

「……そうか。だが、少なくともオインクは過去にこの大陸に来ていたはずだ。お前を見つけられなかったみたいだが……」

「そうなんですか? 私、この四人目の身体でこの世界に来たのは、今から六年前なんですよね」

「死んだらすぐに戻って来る訳じゃない……と」

「そうだと思いますよ。少なくともエルバーソンが死んだのは一〇〇年以上前ですから」


 なるほど、ではオインクとは入れ違いになっていた、と。


「……別に、私を迎えに来た訳じゃないんでしょう?」

「正解だ。お前さんが持っている髪飾り、実はそれ、俺のなんだ」

「やっぱり。だってこれ、私が持っていた物と左右逆なんですもの。特徴が一致しているとはいえ、そもそもデザインが反転しているって誰も気が付かないなんて、どうかしていると思いません?」

「正直俺も同じことを思っていた。盗まれたのは気の毒だとは思うが、それ、返してもらえるか?」


 すると彼女は、ベッド脇の棚から宝石箱を取り出し、髪飾りを取り出して見せた。


「この大陸に古くから伝わる神話。そこに出てくる人がつけていた髪飾りだそうです。片方は大昔に失われたって言われていたんだけどね? まさかカイさんが持っているなんて」

「そこまで貴重な物だったのか? これもだいぶ流れて俺の手元に届いたんだが」


 髪飾りを受け取り、すぐさま収納しなおす。

 ……これで俺の目的は達せられた訳だが、さすがにこのまま帰る訳にもいかない、か。

 何を話すべきか。何を尋ねたら良いのか。突然の事に、うまく言葉が出てこない。

 それは、俺自身が彼女を少し、苦手としているからなのだろうか。

 飄々としていて、時折唐突に核心を突く彼女を、俺は少しだけ苦手だった。

 悪意がないのは分かっているし、悪い人間ではないと知っているのだが。


「なぁ……死んだら、誰かの意識を、その身体の持ち主の意識を奪うって事になるのか?」

「まさか。中身のない身体に意識がある訳ないでしょう? これまで、いつだって私は唐突にそこにいた。今回だってそうよ」

「そう、なのか? じゃあ、お前はどうして今姫なんてしてるんだ?」

「そうね……まぁ養子っていう事なんですけど、状況がちょっと複雑なんですよね」


 六年前。彼女はある洞窟で目を覚ましたという。

 これまで悲惨な最後を遂げ、ようやく人並みの幸せを三度目にして手に入れた彼女は、そこで自分が終わると思っていたそうだ。

 だが、そうはならなかった。四人目の、最後のエルの身体を得て、彼女は誕生した。


「たぶん、人攫いの組織か何かだったんでしょうね。一度目と二度目は分からないけれど、少なくとも三度目の私はここ、セカンダリア大陸にいたわ。その当時から治安はあまりよくなかったのだけど、それはどうやら今も同じ。洞窟には私の他に、何人もの子供や女性が囚われていたの」

「……あまり酷い話なら無理に語らなくていいぞ」

「いいんですよ。こんな見た目でも、合計したら一〇〇年は余裕で生きているんですから。それで、攫って来た子供達の中にいたのよ。本来のお姫様が」

「今、お前につけられているメリアっていう名前は……」

「そう、その子の名前です。ただ残念ながら……」


 そこからは、容易に想像する事が出来た。

 語られた内容も、その予想を覆す内容ではなく、ただただ陰惨で、悲惨な内容。

『壊された姫』と、過酷な経験をしてきたが故に『耐える事が出来たエル』。

 そして、発見された時、彼女はすでにこと切れ、生き残ったのはエルだけだった。


「保護された後に、私はここの王様と謁見する事になったんです。出来るだけ、お姫様の最後を美しく、気高い物とするようにして嘘を並べ、自分を良く見せようと語り明かしました」

「汚い、とは言わんよ。真実を言うのが正しいとは限らんさ」

「……ええ。そして私はそのまま養子に。幸い、お姫様と私は年齢が近かったのもあるので」

「だが、お前さんは歳を取らない。それを不気味がられ、今ではこんな塔に入れられている……そんな所かね?」

「ご名答です。けれども、そんな私と語らうのが、今のあの人……王の心の救い、みたいなところがあるんだと思います。だから追放はされていないんですよ、現状」

「戦う力が無くても、お前には絵の才能があるだろ? それで、一人で生きていくことは出来ないのか? 前回の時みたいに」

「うーん、勘違いさせちゃったかな? 別に私、今の暮らしが嫌いな訳じゃないんです。正直……エルバーソンとして生きていた時も、順風満帆っていう訳じゃなかったもの。だから、今度こそ、少しくらい楽をしたいっていうのが本音。……軽蔑しますか?」


 軽蔑なんて出来るはずがなかった。

 そもそもの話、暴力が平然と存在する世界で、戦う力を持たない、けれども美しい容姿を持っている女性が、アテもなく、後ろ盾もなく、唐突に世界に放り出されたらどうなる?

 武器もない。ましてや戦闘職でもない人間がどんな目に遭うか。

 考えるまでもないではないか。


「……軽蔑なんてしないさ。だが……この大陸の戦争が、国をどんどん疲弊させていってるのは分かるだろ?」

「ええ。けれど私には何もできない。ただ……そうね、ようやく出来る事が一つ出来たみたいです」


 するとエルは、再びこちらの前に立ち、真っ直ぐに俺の瞳を見つめてきた。

 真摯でもなければ、嫌味でもない。ただ平然と、極々当たり前の調子で語る。


「もし、この戦争を平和的に終わらせられたら、私をあげます。自由にして良い。絵をかかせても良いし、欲望を向けても良い。今、貴方が何をしているのか、どんな目的を持っているのかも知らないけれど、その長い時を共に過ごす相手がいるのは素晴らしい事だと思いませんか?」

「……言ってなかったかもしれないが、実は2ndや3rdキャラクターってのは、この世界だと一人の人間として生きているんだよ」

「……え?」

「たぶん、エルの場合が異例なだけなんだと思う。だから、俺は今リュエとレイスと旅をしているんだよ」


 それを告げた瞬間、エルはわずかによろめきながら、そのままベッドにポスンと腰かけた。


「なによそれ……ズルいじゃないですか……じゃあ、貴方はもう二人も可愛い奥さんを貰って旅をしてるって訳ですか?」

「奥さんじゃあないが、まぁ家族として旅をしているな」

「……じゃあ、私が提供できる対価なんてないじゃないですか……私嫌なんですよ。この生活が失われるのも……私が残して来た子供達がどこかで死ぬのも。戦争なんて嫌なのよ……」


 もはや達観しているのではないか。自分の今の生活、四度目の生をただのモラトリアムやロスタイムのような物と考えているのではないか。

 この飄々と物を語る友人に、どこか軽薄な物を感じていた自分を恥じた。

 ……達観するしかなかったのだろう。きっと、彼女はどこかでもう、折れていたのだ。

 生産職とはいえ、神隷期の人間だ。当然鍛えれば常人よりも遥かに強くなれる。

 だが……彼女はその道を選ぶ勇気をどこかでへし折られてしまった。

 それを思えば、今の彼女の在り方は当たり前なのかもしれない。

 だがそれでも、自分の存在を天秤にかけてまで、平和を願うのかい、お前さんは。


「……折れた剣でも人は殺せる、か」

「なんです? 物騒な物言いですね。……旅をしているだけの貴方にこんなお願いするのは酷いと思いますよ? けれど……」

「……平和的に解決か。まぁ、この戦争に干渉をするつもりはないが、裏で動いているナニかは突き止めるつもりではあるからな。安心してお姫様を続行しておきなされ」


 そう言いながら、不貞腐れる様に項垂れている少女の頭に軽く手を乗せる。

 久しぶりに、お前さんの無茶ぶりに応えようじゃないか。

 だが、当然対価を支払ってもらおう。


「保障は出来ないが、少なくとも国が亡びる前に戦争が終わるように尽力するさ。その代わりお前さんには……再び立ち上がってもらう。この生活が心地良いのかもしれないが、平和になれば出来る事も見えてくるんじゃないかい?」

「……そうですかね?」

「それに、内心飽きて来てるんじゃないか? そろそろ自分の目で色々見たくないか? この世界にはな、ゲーム時代じゃ考えられないような景色が山ほどあるんだ」


 いつだってそうだったろうに。

 未知のエリアが見つかる度に、いつだってお前は自分の身の丈を考えず『そこに連れて行って』なんて無謀な願いばかりしてきたのだから。

 そんなお前が、こんな城の中で満足できる訳がないじゃないか。


「もし、また歩きたくなったらセミフィナル大陸を目指しな。ギルドって組織があるが、そこの総帥はオインクだ。きっと、お前が歩き出す手助けをしてくれるはずだ」

「ギルドって、あのギルド? 私も噂くらい聞いたことありますよ? オインクが総帥なんですか?」

「どういう訳か、な。シュンとダリアだって今、この世界にいる。お前さんが苦労した時代から大分時が経っているが、今は俺達がいる。だから、少し考えてみてくれ」


 そう言いながら、そろそろこの逢瀬を終わりにしようとバルコニーへと向かう。

 いるとは思わなかった。再会出来るとは想像だにしていなかった。

 きっと嬉しいのだろう。状況が複雑な所為で実感が湧かないが、きっと、今の俺は笑っているのだろう。

 だというのに、こいつは平然と――


「何笑ってるんですか。出ていく前にもう少しお話しましょうよカイさん」

「なーんで回り込んでくるかね君は」

「なんだかカッコ良さげに去って行くのがムカついたんですもの。夜は長いんです。もうちょっとだけ、お願いしますよ。どんな旅をしてきたのか、どんな景色を見てきたのか教えて頂戴な?」

「……俺が侵入者だって事忘れてないかお前さん」


 どうやら、俺はこの友人が……やっぱり苦手みたいだ。


(´・ω・`)おなじなまえ複数のキャラクターをつくる人だっていますからね。

中には†みたいな記号で挟んだりする人もいますが。


全員が全員恵まれた力を持った訳でもなければ、優しい世界に生れ落ちるわけでもありません。

なかでもエルは、まったく戦ってこなかったプレイヤー故に、レイス以上に辛い時を過ごしていました。

ずる賢くなったりもします。一般人なんですから本来主人公含めてプレイヤーは。

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