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三百六十九話

(´・ω・`)そろそろ全ての伏線を回収していく時間

 中々気の良い傭兵団と過ごしたあの夜から三日。

 彼らは無事にガルデウス軍の駐屯地へと辿り着けただろうか?

 一期一会とはいうものの、状況が状況だ。多少気を向けてしまう。


「こっちに続く道を行くとスフィアガーデンなんだよね?」

「一応そのはずだけど、正直俺達なら野盗だろうが何が出ようが強行突破そのものは出来そうなんだよなぁ……」

「そうだよねぇ……むしろ討伐軍が組まれてるって話だから、いっそのこと武功でも上げて帝国の覚えを良くするっていうのはどうだい?」

「選択肢としてはアリではあるけれど……レイスも楽しみにしているし、やっぱり当初の予定通り、スフィアガーデンに向かおうか」

「ふふ、そうだよね。私も一応言ってみただけさ。芸術都市……私も木工は好きだから興味があるよ」


 そのレイスだが、昨夜は彼女が寝ずの番をしていたので、今は客車の中で眠っている。

 地図を見た限りでは、夕方前、午後三時頃にはスフィアガーデンに到着出来る見込みだ。

 その頃になれば彼女も目を覚ますだろうし、どんな反応をするのか楽しみだ。


「さて、じゃあ行こうか、芸術都市スフィアガーデンへ!」




 この世界では、あまり一般の人間が分かりやすい『芸術』に触れる機会は少ない。

 広義的に捉えれば、職人技と呼ばれる物や、料理だって突き詰めれば芸術にはなると思うのだが、俗にいう『彫像』だとか『絵画』、それに『音楽』というものが日常に溢れている訳では決してない。

 まぁ、そういう点では俺達は一般的ではないのだろう。レイスは元々芸術的な品々を取りそろえたクラブのオーナーであるし、俺もリュエも割と好待遇な日々を送って来たのだから。

 が『芸術とは誰もが自由に楽しめる物だ』という思想の元生まれた、そんな先鋭的だったり、気楽に楽しめる文化としては、レイスもリュエも経験があまりないはずだ。

 つまり、都市に入ってすぐにあちこちから奏でられ耳に入って来る様々な音色に、リュエがもう既に夢中になっている、という訳だ。


「うわー! あれはバイオリンっていうヤツだよね!? あんなに大きいのがあるのかい? 胸にジーンと響いてくる音がするね!」

「あれはチェロっていう楽器だね。ほら、セミフィナルの晩餐会の演奏団にもいたはずだよ」

「そ、そうだったかな? あの時はもう周りを気にする余裕もなかったから……」


 あちらこちらで、私服姿の人間達が思い思いに楽器を奏で、そんな演奏を近くで聞きながら、少々奇抜なデザインのカップを傾ける、貴族風の紳士。

 周囲に大勢のギャラリーを背負いながら、アクロバティックな動きで筆を走らせる画家に、どこかのアトリエから運ばれてきたのか、荷台に沢山の木彫りの像が積まれた馬車と、もう誰が見ても『芸術の都』と呼べる光景が広がっていた。


「周囲の建物も不思議なデザインが目立つな……なんだかテーマパークみたいだ」

「おお……屋根の上に塔が建ってる……そこからなんだろう、吊り橋かな?」

「ははは、正直あそこは通りたくないけど、本当変わった都市だな」

「よく見るとあっちこっちに術式の強化が施されているね。そうじゃなきゃあんなバランスの悪いもの支えたりできないよ」


 前の世界では物理的に不可能な建物すら、平然と頭上を埋めていたり、まるで空中にもう一つ街がのっかっているような、そんな不思議な光景が広がっていた。

 するとその時、周囲の喧騒に混じって、後ろの客車からごそりと音がした。


「レイス、目が覚めたかい? 窓の外を見てごらんよ」

「う……はい」


 カーテンと窓が開く音と同時に、まるで子供の様に感激するレイスの声が聞こえて来たのだった。




「ど、どうしましょうカイさん。こんなに沢山素敵な物が……ゆっくりできないはずですのに、ゆっくり見たくなってしまいます!」

「ははは、そうだなぁ。ナオ君達と合流出来たらまた来ようか」

「でも、さすがに今日はここで一泊するよね? 明日も一日使って情報集……観光くらいしていく気はないかい?」


 一端馬車を止める場所を求め、この街の役場、のような場所へとやってくる。

 ここで活動を始めたい人が手続きにやってきたり、誰か特定の人のパトロンになりたい人や、新たに商売を始めたい人が訪れる施設だそうだ。

 一応、観光案内所のような役目も担っているのだとか。


「確かにここは中立地帯だし……そうだね、少し情報を集めるのもありかもしれない」

「本当ですか!? ふふ、では頑張って色々な場所に行きませんと!」

「ふふふ、そうだね、レイス」


 二人がこんなに楽しそうならば、それもいいだろう。

 別段、そこまで致命的なロスになるとも思えないし、実際この場所なら戦争に関わっている国の情報を、どちらの陣営側の物でも手に入れる事が出来そうなのだから。

 まずはともあれ宿を決めなければと、受付の人間にどこか良い宿はないかと尋ねてみる。


「そうですね、宿泊日数とご予算を提示して頂ければ、それに見合った宿をご紹介いたしますよ」

「宿泊日数は二日。予算の方は……そうですね、上限はありません。出来るだけ楽しく過ごせる場所が良いです」


 今の俺達は冒険者でもなければ傭兵や戦士でもない、ただの観光客なのだから。

 ならば、自分の懐に見合った場所に宿泊するのになんの迷いがあるだろうか。

『宿代は自分で稼ぐ』という縛りも久しく正常に作動していないのだし、別に良いではないか。


「ふふ、了解しました。ではそうですね……この都市に住む建築家達が腕を競い合う催しが三年に一度開かれているのですが、昨年開かれたコンテストにおいて優勝を果たした建物が、そのままホテルとして営業しております。そちらなんてどうでしょうか?」

「おお……それはなんとも楽しみですね。分かりました、そこにしたいと思います」

「では、こちらの紹介状と地図をお持ちください。パンフレットの方も添えてありますので、是非目を通してみてくださいね」


 ワキワキと手を動かすリュエにパンフレットを渡すと、すかさずレイスもそれを覗きこむ。

 そんなわくわくしっぱなしの二人を連れて、そのホテルへと向かうのだった。




「へぇ! なんだか凄いな、古い神殿のような……荘厳とはちょっと違うけれど……言葉では言い表せないなぁ」

「なんだか少しレイラちゃんの屋敷に似てるね?」

「この大陸に古くから残る遺跡『幻影砂漠』に残された建築物からヒントを得て、彫刻家にして建築家である、マスターグリーン師が手掛けた……とありますね」


 到着したホテルは、まるで『過去の遺跡が現代によみがえったらこうなるのではないか』そんな再現を極限まで突き詰め、まるで神話の時代をここに再現しようとしたのではないか? という気概を感じる、そんな建物だった。

 この世界の神話を詳しく知らない俺ですらそう感じてしまうのだ、恐らく相当気合がはいっているのだろう。


「至る所に魔術の痕跡……源流になるのかな……物凄い基礎的な、簡易的な紋章が随所に刻まれているね。たぶん、これが今日の魔術まで受け継がれているんじゃないかなぁ」

「そうなのかもしれません……まるで建物そのものが息吹を帯びているような気配すらします」

「なるほどなぁ。随分と良いホテルみたいだし、早速チェックインしようか」


 建物の中にも、その建築士が過去に手掛けたであろう多くの建築物のミニチュアが展示されており、そして当然のように多くの絵画がロビーやラウンジに展示されていた。

 チェックインをしている間に、レイスがそれらを見て回りながら感嘆の溜め息を吐いている程だ。恐らくどれもこれも一流の品ばかりなのだろう。


「あれ……? ねぇカイくん、私この絵に見覚えがあるんだけれど……」


 手続きを済ませ、二人の元へ向かう。するとリュエが一枚の絵の前で立ち止まり、頭を捻って考え込んでいるところだった。

 どうやら人物画のようだが……ふむ、なかなかの美人さんだ。

 桃色のロングへアを肩から前に垂らし、アンティーク調の椅子に腰かけた全身画。

 ふむ……確かにどこかで見覚えがあるような、そうでないような……。


「レイスは知らないかい? この絵なんだけれど」

「人物画ですね? ふむふむ……この影の付け方や輪郭の表現から察するに、エルバーソン一門の作だとは思いますが……作品名もありませんし、サインもありませんね……」


 この中で最も美術品に通じているレイスでも分からないとなると……ふむ、どこかでこの絵のレプリカでも見かけたのだろうか。


「いやはや、これをエルバーソン一門の作だと見抜けたその御慧眼、恐れ入りましたな」


 すると、背後から男性の声がかけられ、振り返る。

 そこには、中年をやや過ぎた、身なりの良い、いかにも紳士、ジェントルマンという風貌の男性が、旅行鞄を片手に微笑んでいた。


「名を遺す事で有名な一門が、何故この絵には残していないのか。それは、これが極めて私的な目的で描かれた物だからなのです」

「ええと……失礼ですが、貴方は一体……」

「ふふ、ここに滞在していたしがない観光客にすぎません。中々素晴らしい観察眼を持つ人の言葉に、つい口を挟んでしまいました。申し訳ない」

「い、いえいえ! やはり、これはエルバーソン一門の作で間違いないのですね? 凄い……ここまでの作は中々見る事がありません……それに私的な作品だなんて」

「ふふ、それは初代エルバーソンの直系、三代目エルバーソンが自分の母親の姿を描いた物なのですよ」


 ふむ、ということはこの女性はエルバーソンなる人物の娘、ということなのだろうか。

 つまり二代目エルバーソンの肖像画だと。

 それを聞いたレイスが、なかなか見せない興奮した顔、再び絵画に目を凝らす。


「これが……二代目エルバーソン……まさかこんな素敵な女性だったなんて」

「実は、あまり知られていませんが、エルバーソンは初代から現代にいたるまで、その名を継いできた者は皆、女性なのですよ」

「まぁ! そうだったんですか? 私はてっきり男性だとばかり思って……」

「まぁ、当時は女性が絵画を描く事に否定的な者も多く、芸術は限られた者だけの特権だという考えが主流だったそうです。ですから、初代エルバーソンもまた、偽名を使い作品を世にだしていたのです」


 思考に、彼の話がひっかかる。

 もう一度絵を見つめ、この人物に何故見覚えがあるのか……思考にひっかかった言葉を手繰る様にして、記憶を引きずり上げる。

 ……エルバーソン。高名な画家……。


「ですので、エルバーソンそのものが偽名というわけです。文献によりますと、本当の名前は――」

「……エル。本当の名前は『エル・バーソン』そうですね?」

「おや? ええ、その通りです。中々鋭い読みですね」


 そうか……見覚えがあるはずだ。この桃色の髪の人物は、かつてオインクが高名な画家に描かせたという、あの会員制レストラン『リアン・エテルネル』に飾られていた絵画、俺達のゲーム時代の姿を再現したという一枚絵に描かれていた人物に似ているのだ。

 それはつまり……俺達のチームメイトの一人『エル』。

 ……似ているはずだ。今ここにある絵に描かれているのは、そのエルの娘なのだから……。


「……娘が、出来たんだな……」


 つまり、彼女は寿命を得て、この世界で天寿を全うした。そういう事なのだろう。


「おっと、魔車の時間が近づいてきていますので私はこれで失礼します。実は、身内が少々思い病にかかりましてな、急ぎ戻らないといけないのです」

「あ、それはすみません、引き留めてしまったみたいで。ご家族の健康をお祈りしています」

「うん、良くなる事を祈っているよ! 色々面白い話を聞かせてくれてありがとうね!」

「道中、お気を付けて。貴重なお話を聞かせてくださり、本当にありがとう御座いました」


 颯爽と立ち去る男性を見送り、今一度絵画を見つめる。

 ……面影がある。エルの外見年齢は二十にすら届かない、若いというよりもどこか幼い姿だったが、この描かれている女性は、恐らく四〇代。ある程度成長した息子がいるあたり、間違いないだろう。

 髪の色や瞳の色、ややタレ目の、どこかホワンとした眼差し。

 それは、もしもエルが成長したら、こうなるだろうという予想に限りなく近い姿。

 恐らく、リュエも俺と同じ結論に達したのだろう。どこか切なそうな表情を浮かべ、絵の中の女性を見つめていた。


「……子供が出来ると、寿命を貰える。そうだったよね」

「ああ。ジュリアの両親がそうだったように、ね」

「……そっか。エルは、きっと幸せだったんだろうね」

「ああ。大勢の子供や弟子に愛されて、それが今でもみんなに愛されて……凄く、幸せだったんだろうな」


 Elことエルは、あまり冒険を好まないプレイヤーだった。

 ガチガチな攻略勢だった俺とは違う人種だが、それでも同じチームのよしみで交流はあったが、正直当時の俺はそこまで彼女とは仲が良くなかった。

 険悪……という訳ではなかったが、どこか互いに遠慮していたような、そんな。

 だが、いつだったろうか。彼女が見てみたい場所がある、是非スクリーンショットを取りたい場所があるからと、俺に護衛を願い出た事があった。


「……あれで、俺は世界そのものに目を向ける様になったっけな」


 背景や、世界感に思いを馳せる。そんな、ゲーム的な、システム的な面以外に思いを馳せる姿勢を、俺は彼女から教わった。たぶん、あれがなければプレイを続ける事もなかっただろう。


「あの……お二人はまさか……」

「初代エルバーソンは……どうやら、俺とリュエのチームメイトの一人だったみたいだ。ははは……確かレイスも面識があったはずなんだ。オインクがドレスや武器を。そしてエルは、装備の色合いの調整や、アクセサリーを君に渡したんだ」


 当時、出来たばかりのレイスには、多くの人間が様々な装備や貴重なアイテムを渡してくれた。

 装備の着色料や、外見変更アイテムであるアクセサリー。

 ドレスタイプの鎧や、魔弓。俺達のチームの中で、最後に生まれたのがレイスだったのもあるだろう。皆、そんなある意味では新たな身内に色々と協力してくれたのだ。


「そ、そんなことが……まさかエルバーソンが……私に関係していたなんて……なんと光栄なのでしょう……信じられません……そんな縁があったなんて……」

「リュエとレイスには、次にセミフィナル大陸に行くことがあったら、是非連れていきたい場所があるんだ。そこに、エルの姿が描かれた絵画があるんだ。絶対、連れていくよ」


 無論、その時はシュンとダリアも、連れていくつもりだ。




 思いがけずかつての仲間の足取りを知り、そしてどこか感傷的になっていた俺達。

 が、そろそろ動きださないと時間も勿体ないからと、一先ずこの近くにある美術館の見物に向かう事にした。

 しかし、さすがにレイスは先程の件がまだ尾を引いているのか、懐かしい品、つまり俺が彼女に装備させたまま放置していた、当時のアクセサリーを取り出し、静かに眺めていた。


「思い出の品だからと、普段はしまい込んでいたのですが……これが、エルさんの贈り物だったんですね……」

「特別な効力がある訳ではないけれど、それはかなり貴重な品だったはずだよ。確か、エルは自分に似合わないから、大人なレイスなら似合うからとプレゼントしてくれたんだ」

「そうだったんですね……今度から、何か催しものがあれば、このネックレスをつけたいと思います」

「ああ、そうしてくれると彼女も喜んでくれるはずだよ」

「なっつかしいなー……私結構エルに無理難題言われた記憶があるよ? 『天空城にある終末の展望台まで護衛して欲しい』とかさー。私一人でだよ? イセリアルドラゴン八匹相手に私一人でエルを守り切ったんだよ? 凄くないかい?」

「ははは……それは確かに大変だよなぁ」


 覚えておりますとも。当時Ryueを育成中、ある程度装備が整ったなら、一人でも護衛出来るだろうとそんな事を頼まれたっけ……。

 いや確かにソロでどこにでもいけるビルドを目指して育成していたとはいえ、最難関の一角に非戦闘員を連れてソロで突入しろってのは中々に頭がおかしいと言わざるをえない。


 そうして道を進んでいると、何やらこの街にはそぐわない、鎧を着こんだ一団が、急ぎ足で駆けている姿を見かけた。

 全員統一された意匠から察するに、どこかの私兵団や傭兵、騎士団かなにかのようだが。


「なんだか物々しいね……事件でもあったのかな?」

「なんだか心配ですね……中立地帯とはいえ、戦争中ですし……」

「そうだね……どうやら散開したようだし、誰かを探しているのかもしれないね。出来るだけ関わらないようにしておこうか」


 少々雰囲気が不穏になりながらも到着した美術館は、これまた先鋭的な、少々エキセントリックな外観の建物でした。

 遊園地にあるからくり屋敷みたいだな……。


「早速入ってみようよ! ほら、扉の開け方がおもしろいよ! 上に持ち上げるんだってさ」

「まぁ……初めて見ますね、こういう構造は」

「……車庫のシャッターみたいだ」


 最初から奇天烈なその建物に踏み入ると、まずはその目に優しくない色彩に立ち眩みを起こしそうになる。

 なんだろう、壁全面がピカソ的というかなんというか。

 入場料を支払うと、まず目の前に鎮座する謎のオブジェが目に留まる。

『ボールコースター』とか言う物だったはずだ。確か、子供科学館に飾ってあったり、インテリアとして組み立て式で売っていたりした。

 日本にいた頃、何度か見かけた事があったっけ。


「あれはなんでしょう……とても大きな針金で出来たオブジェでしょうか……」

「なんだろうね? 渦巻になっていたり、階段があったり……」

「ほら、下の方にハンドルがついているだろう? それを回すと分かるよ」


 これも、一種の芸術なのだろうか? まぁ科学が発達、浸透していない以上、芸術の一つとして親しまれている可能性もあるのかもしれないが……。

 まぁ計算された物理演算? そういうのも一種の芸術なのかもしれない。

 リュエがハンドルを回すと、螺旋のコースがとりつけられた塔が回り、それにそって金属の玉が昇っていく。

 そして頂点に到達した玉は、針金で出来たコースをびゅんびゅんと転がり出し、宙返りや様々な動きを見せ、縦横無尽に転がりながら、まるで流星のように光を反射させながら飛び回るのだった。


「わぁ! 凄い凄い! 見て、あそこ! ぴょんぴょん飛び跳ねて綺麗に穴に落ちたよ」

「これは、魔法ではないみたいですね? 必ず一定の動きで、コースがない場所も綺麗に走っていくみたいですが……」

「ははー……随分と緻密に計算されているみたいだね。ちょっと面白いかも」


 随分と気に入ったのか、リュエがしきりにハンドルを回し、沢山の鉄球を次々に転がし始めていた。

 いやいや、そろそろ次の展示物を見に行きましょう?


「ま、まっておくれ……もう少し見ていたいから……鉄球が間違った場所に落ちる時がくるかもしれない……ほら、あれなんてさっきより勢いが少し弱い気がする……」

「ははは……じゃあ、もう少しここで遊んでいても良いよ。どうやら順路が決まっているみたいだから、気が済んだらおいかけてきてくれるかい?」

「うん、そうするよ。ほら、落ちるよ今! ……ああ、ダメだ綺麗に入っちゃった」


 いやぁ、さすがに計算された物理的現象ですから、何か外的要因でもない限り狂いは生じないと思うんです。

 が、目をキラキラさせて、まるで子供の様に動く鉄球を追いかける姿が可愛らしいので、今しばらくこのままにしておこうと思います。

 ……他の見物客も職員の皆さんも、なんだか癒されているみたいですね?


「本当に楽しい場所ですね……きっと先程のオブジェは、人の運命を現しているに違いありません……ハンドルを回すというのは、上り詰める為の努力を。そして、一度落ちてしまうと、周囲に流され、自分ではどうしようもない運命に翻弄される……やがて、レールから逃れる事が出来ても、やはり変わることが出来ず穴に落ちていく……流星の様に過ぎ去る人間の運命を現した、とても深い作品なのですね……」

「……そ、そういう解釈もあるのかもしれないね」


 レイスさん、たぶんあれは物理を学ぶ学者さんの遊び心で生まれただけの物だと思います。

 そうして、レイスと共に様々な前衛的な作品の数々を見て歩くと、やはり人間の思想や文化、感性といった物は、世界が違えど同じような発展を遂げるのか、どこかで見たことのあるような作品や、少々嫌な思い出を刺激する水晶の裸夫像などが見受けられた。

 小さな声で『カイさんの方が……』という呟きが聞こえたような気もしたんですが……見たんですか……貴女……。


 そんなこんなで経路の半分を過ぎた時の事だった。

 この静かな美術館に……怒りの満ち溢れたリュエの絶叫が響いたのは。


『離せ!!!! それを、こっちに渡せ!!!』

「っ!? レイス、走るよ!」

「はい!」


 順路を逆走し、最初のロビーに戻った俺達の目に飛び込んできたのは、血走った目で、今にも腰から剣を引き抜かんばかりのリュエと、その周囲に尻持ちをついた鎧の男達だった。


「それを返せ! それは、私が大切な人に買ってもらった、初めての、プレゼントだ!!!」

「……間違いない、特徴と一致している。やはりどこかの質に流されていたか……おい娘、どうやらお前はこれを買っただけのようだから見逃してやる。この金で新しい物でも買ってもらうといいだろう」


 そう言いながら、兵士の一人が革袋をリュエに投げ渡す。

 だが……リュエはそれを手で弾き飛ばし、床に大量の金貨が散らばる。


「返せ! さもないと……! 全員っ!」


 剣を抜き放とうとしたその瞬間、なんとか俺の手がそれを押しとどめる。


「リュエ、落ち着け」

「カイくん! 私の、私のカイくんからもらった髪飾りが!」


 見れば、プレゼントして以来、ずっとつけてきた羽型の髪飾りが、彼女の髪から消えていた。


「……どういう事ですか。それは俺が彼女に買い与えた髪飾りですが。どういう了見で彼女から……奪ったんです」

「ふん、これは盗品だ。その金で新しい物でも買って与えると良い」

「……それはおかしいですね。その髪飾りは、半年以上前にエンドレシア大陸の雑貨屋で購入したものなんですが」

「そんなはずがあるか。これ以上問答をするつもりはないが、それ以上言うのなら……お前達を盗賊の一味として取り調べる必要が出てくるのだが?」


 カタカタと、力の入った彼女の剣が音を鳴らす。

 ここまで取り乱すほど、大事にしてくれていたのだ。

 それを、こんなところで……渡してなる物か。

 だが同時に――


「……リュエ、今は少しだけ我慢してくれ」

「っ! どうして!? あれは私の一番の宝物なんだ! 他の物なんていらない、代わりなんていらない! 私は、君が初めてくれた贈り物を、奪われたくないんだ!」

「っ! それでも! 今は、少しだけ我慢してくれ。俺が、絶対になんとかするから」


 こちらのやり取りを見ていた兵士も、どこかバツが悪そうにしながら、髪飾りを控えていた他の兵士に渡し、それが豪華な宝石箱に収められる。

 そして、リュエが弾き飛ばした革袋を拾いあげ、金貨を詰めなおし、今度は俺に押し付けてくる。


「……気性の荒い娘だ。黙ってこれを受け取れ。……代わりにとびきり良い品を贈るんだな」

「……」


 仕方なしにそれを受け取る。

 悪人……という訳ではなさそうだ。やはり、何か理由があるのだろう。

 それに俺の予想が正しければ――

 兵士達が立ち去るのを大人しく見送る。すると、腕の中のリュエが今一度、大きな声で――


「返せ!!! 私の宝物だ!!!! 私のだ! 返せ!!!! バカ!!!!!」

「……後で、必ず取り返す。理由は後で必ず話すから……落ち着いておくれ」


 腕の中で、彼女が震える。泣かせてしまった、俺が。

 だが……それでも今は、あの兵士がどこに戻るかを突き止めなければ。


「……たぶん、あいつらが捜していたのは、リュエの髪飾りの対になる物のはずだ」

「……え?」

「少なくとも半年以上前に、エンドレシアに存在していた髪飾りを、今更躍起になって探しているはずがない。きっと……片割れが最近盗まれたに違いない」

「……どうする気だい、カイくん」


 決まっている。かつて、レイニー・リネアリスが言った言葉。


「レイニーさんが言った言葉を、覚えているかい?」

「『同じものを見つけたらどんな手段を使ってでも、手に入れろ』だったね……でも……私の髪飾りが奪われるくらいなら……」

「そんな事はさせない。絶対にだ」


 その言葉を、実行に移す為に。

 あの人の言葉は、未来を見通すかのように俺達の旅路を照らすと、俺は知っている。

『旅路の果てで、貴方は自分が手に入れたもの、選んできた道、失ったもの、捨ててきたものに直面するでしょう。大きな障害として』

 今思えば、それは俺の家族、チセを始めとした日本に残して来た物の事だったのだろう。

 どういう原理で彼女が俺の未来を、運命をのぞき見したのかは分からないが、そんな彼女が『どんな手段を使っても手に入れろ』と言うのならば……無視をする訳にはいかないだろ。


「リュエはレイスと一緒にこの街で待っているんだ。俺は、髪飾りと情報を手に入れてくる」

「……絶対、取り返しておくれ。あれは本当に大切な物だから……」


 遅れてやってきたレイスに事情を話し、俺は消えた兵士達の後を追いかける。

 この選択が、きっと俺達の運命を変える、大切な物だと信じながら――


(´・ω・`)そして九巻の改稿期間が近づいてきました……担当変わってからかなりスケジュールキツキツに調整されるなぁ

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