三百六十八話
(´・ω・`)ジニアさんについては、書籍版6巻の序盤で少しだけ触れられてたりします。
読まなくても問題ありませんが、読むとちょっとだけ彼女のその後がわかるようになってます。
「遠いところからよく来てくださいましたね、ジニアさん」
セミフィナル大陸首都サイエス。
先の発表、即ち七星プレシードドラゴンを下し、民への協力を約束させた一件から、まさに激動の時代へと入ろうかというこの地で、ギルド総帥にして大陸議会の議長であるオインク・R・アキミヤが、ある二人の人物を呼び出していた。
「はい。少々距離はありましたが、大丈夫です。魔車を使いましたので」
そして、相変わらずどこかズレた返答をする彼女に、オインクは内心『人選を間違えたかもしれない』と、密かに頭を悩ませていた。
「しかし意外な組み合わせじゃないですかい総帥。確かに俺は多少このお嬢さんとは関りもありますが……」
「? 関りがあるんですか、私と」
「……おいおい、カイヴォンの旦那の補佐をしていただろう……?」
かつて、アルヴィースで起きた事件のおり、顔を会わせていた二人。
そんな二人を呼び出したオインクは、ある分厚い紙束取り出して見せた。
「これは、私がぼんぼ……カイヴォンから頼まれていた調査の報告書です。どうやら、これを彼に知らせる必要があるのですが、残念ながら現在いるであろうセカンダリア大陸、もしくはサーディス大陸とは現状、魔導通信が繋がっていない状況です」
「つまり、俺達に旦那のところへ使いに――」
徐に要件を伝えようとするオインク。だがその会話の最中、ジニアが机へと迫り、ゴトーと彼女の会話を中断するように割って入る。
その勢いは、先程までどこか浮ついた、ふわふわとした雰囲気を醸し出していた人物とは思えない程だった。
「私が、カイヴォン様のところに届け物をすれば、私はあの人に褒めてもらえますか?」
「っ! え、ええ。きっと労ってくれるはずですよ。彼は身内には優しい人ですから」
その勢いに飲まれながらもオインクが答えると、ジニアは机の上に置かれた紙束を取り上げ、近くの封筒に収め、手慣れた様子で封蝋を押し、すぐさま部屋から出ていこうとする。
「ゴトー、捕まえてください」
「へいへい。嬢ちゃん、急ぐのは分かるがもうちょい話を聞きな」
「……はい。すみません、つい」
「まったく……現状、私の方から勝手にサーディス大陸へと船を出す事が出来ません。なので、貴方達にはセカンダリア大陸へ直接向かってもらいます。ですが……あの地は現在戦争の真っ最中です。いつ港が封鎖されるかも分からない状況です」
「なるほど。つまり身の安全は保障出来ない、と」
「ええ。彼らがここを発ってから一月半。私の読みが正しければ、そろそろセカンダリア大陸へ移動を初めてもおかしくない頃合いです。ですので――」
二人にはセカンダリア大陸の玄関口である港で、彼らを待つようにと彼女は言う。
だがそれは、下手をすれば戦場と化すかもしれない、組織のバックアップすら受けられない遠方に潜入しろという事に他ならなかった。
「言うまでもありませんがゴトー。貴方にはそのままセカンダリア大陸の情報収集もお願いします。あちらの大陸にある国、ガルデウスの王家とは多少なりとも親交があります。もしも助けを必要としているのであれば、話だけでも持ち帰ってください」
「了解。でもあれですぜ? 俺にも限界があるんで、もしもの時は――」
「ええ。最優先はカイヴォンにその報告書を届ける事です。その後でしたら、貴方の判断でいつでもこちらに帰還してください」
そんなやり取りがされている間も、封筒を抱えたジニアはどこかソワソワした様子を見せていた。
『久しぶりに、あの人に会える』『また、頭を撫でてもらえるだろうか』『どんな言葉をかけてもらえるのだろうか』そんな事ばかりを考えていたのだった。
「……ジニアさん、貴方はギルド受付へ行って、船の申請を出しておいてください。恐らく戦闘も予想されますので、武装許可の申請も一緒にお願いします」
「分かりました。ではお先に失礼します」
そんな彼女を見かねたオインクは、彼女に出発の準備をするように命ずる。
すると案の定、彼女は『待て』を言い渡されていた飼い犬のように、嬉々として部屋を出ていくのだった。
「……この手の任務は俺の単独が多いはずですが、なんでまたあの嬢ちゃんを?」
「この報告書ですが、こちらに渡って来るまでに三度、何者かの襲撃に遭いました」
残された二人の会話に、不穏な色が見え始める。
「そいつは……つまりそこまでこちらに入り込んでいる人間がいる、と?」
「どうでしょうね。スパイとは思えませんが、なにかしらの術が働いていたか。なんにせよ、想像以上に危険が付きまとう任務になりそうですので、流石に貴方だけにでは荷が勝ちすぎると判断しました」
「それにしたって……他に白銀持ちもいるでしょうよ。あの娘さん、まだギルドに入って日も浅いでしょう? それに例の件で武器の携帯も普段は許可されていないじゃないですか」
「……それでも、今のギルドで彼女よりも腕の立つ者は数える程しかいません。今の状況で、あそこまで実力のある者を遊ばせておくわけにはいかないんですよ」
「つまり、俺の護衛って事ですかい。まぁ……仮にもあの男の血を引いている以上、経験を積ませるに越したことはないって事なんでしょう?」
「ふふ、そういうことです。それに――あの子にはもっと外の世界に触れてもらいたいですから――」
「で、これがその報告書、か」
「そういうことです。総帥が言うには、リュエの姐さんならば、ある程度理解してくれるはず、という話でしたが、出来ればしっかりとした国の機関で今一度調べた方が良い、と」
「うーん……そうだね、どこか大規模な呪術に耐えられる祭壇とかで、実証もしてみたいかな。ただ、やっぱり媒体となる物がもう少し必要になるね……」
「この大陸は長年ダンジョンと関わっているはずだし、ナオ君と合流出来たらどこか紹介してもらうとしようか」
事の顛末をゴトーから聞いた話に確信する。やはり、何か統一された意思を持つ組織が暗躍している事を。
報告書の輸送が襲われた件もそうだが、ゴトー自身、この大陸に来てから既に何度も襲撃にあっているという。
だが、彼自身の力もさることながら、ジニアの存在がそれを防いできてくれたそうだ。
……実際に彼女が戦っている姿を見たことはないが、ステータスを見た限り、そんじょそこらの人間では太刀打ちできないであろう事は容易に想像出来る。
やはり、アーカムの血を引いているのは伊達ではない、と。
「あの、それでジニアさんは今どちらに……?」
「それを話すには、まずこの大陸で今起きている事を説明する必要があるんでさぁ。実は――」
ゴトーは、ここ一カ月の間に起きた、ある大きな事件を語ってくれた。
それは、解放者ナオ一行が、何者かに襲撃され、一人が負傷した事。
だが、これはあくまで一般に伝わっている情報であり、真実は違うという。
彼は、七星の封じられた地へ向かうでなく、ただひたすらに大陸中のダンジョンを攻略し、浄化、消滅させていたのだそうだ。
それはまるで、七星解放を躊躇うかのように、別な道、隠された謎を解き明かすように。
「……命じられた使命に背いてまで、真実を探していた、か。それで大きな壁にぶつかったなら、きっと彼は真実に近い場所まで迫っていたって事になるな」
「俺も同感です。正直、この大陸の戦争は『長く続き過ぎている』んですわ。普通ならどこかで疲弊して、どちらかが折れるか停戦協定を結ぶもんだと思うんですわ。だが、それがない。どちらの陣営もぎりぎり持ちこたえられているんですわ」
「ふむ、それは妙だね。まるで誰かがバランスをとっているみたいじゃないか」
その話を聞いたリュエがそう指摘する。
確かに、彼女は創世期の一番辛い激しい戦乱の時代を生きた人間だ。
彼女が違和感を覚えるのならば……。
「そうですね……一〇年二〇年ならありえるかもしれませんが、数百年単位となると……」
「そもそもの話、この大陸の七星は何体いるんですかね? 俺が総帥から聞いた限りでは、セミフィナルよりも先にこっちで解放されたって話ですし」
「やっぱりここが最初なのか……?」
「のはずですぜ? そもそも解放者召喚の術はここで生まれたはず。なら、当然ここが最初だと思うのが道理じゃないですかい?」
「……だが、俺はナオ君、ここで最近召喚された子からそんな話は聞いた事がないな……」
何かがひっかかる気がする。だが、今はそれがなんなのか分からなかった。
何にせよ、一先ず彼と合流をするのが最優先、か。
「で、それとジニアがどう関係するんだ?」
「それが……俺が情報集めている時、あの嬢ちゃんが『私も貴重な情報を得る方法を思いつきました』なんて言うもんだから、なら好きにやってみると良いって言っちまったら……」
「言っちまったら?」
「『私が今募集されている解放者の仲間として加われば、きっと多くの情報が手に入ります。きっと沢山ほめてもらえることでしょう』なんて言って、俺に報告書を預けてさっさと出ていっちまったんですわ……」
…………ジニアさんや。やっぱり君にはまだ外の世界は早すぎたんじゃないですかね。
確かにあの一件の後、彼女とは何度か交流したし、話を聞いてあげたりはしたが、まさかここまでとは……ギルドの人間はもっと彼女と触れ合って、沢山甘やかしてあげるべきだったのではないでしょうか。
「それはいつ頃の話だ?」
「……かれこれ半月前の話にですわ。ここ最近はガルデウス側から情報が入ってこねぇんですが、風の噂で解放者一行が大規模な遠征軍を結成して、南東にある巨大ダンジョンに向かったって話を聞いたので、もしかしたらそこに加わっている可能性も……」
「へー! じゃあジニアちゃんにも会えるね、ナオ君のところにいったら」
「ま、まぁそうなるかな? じゃあ俺達もそのダンジョンを目指して移動を始めた方がいいのかね?」
「そうなりますわ。俺は念のためこの港で待機する事になりますが、お三方はそのまま解放者との合流、もしもいるようでしたら、あの嬢ちゃんも回収、もとい合流して、この港まで戻る様に言い聞かせてくれないでしょうか?」
ゴトーさん。随分と有能な印象だったが、さすがにあの娘さんには苦労しているようですね……なんかすみません。別に俺が悪い訳ではないはずだが、なんかすみません。
だが、ジニアも誰かの為に……いや、この場合は褒めてもらう為に行動をしたというのなら、それはある意味では立派な成長、進歩と言えるのではないだろうか。
「……カイさん、少しは叱った方が良いかもしれませんが、ちゃんと褒めてあげてくださいね」
「勿論、そうするさ。さて、じゃあ今日中に出発の準備、済ませておこうか」
「それでしたら、既にこっちで魔車の手配、しておきましたぜ? それと現在の戦況を分析して作った比較的安全な道を描き加えた地図も」
「……相変わらず準備も手回しも早いな……こんな危ない任務よりも、オインクの側近でもしていた方が良いんじゃないか?」
「ははは……それが上には上がいるもんで、俺っちはこうやって外で動く方が役に立てるんですわ。じゃ、今日はこの辺で失礼しますんで、また次の機会に。地図の方はそっちの封筒の中にあります。馬車の方は……もう一時間程で来るはずですわ」
そう言いながら立ち去るゴトーを見送る。
こうして見るとただの中年冒険者にしか見えない風貌だが、きっとそれすらも彼の武器、なんだろうな。
それから一時間して、彼の宣言通り届けられた魔車に乗り込み、俺達もこの港町を出発したのだった。
「うーん、こうして街道を進む分には戦いの気配を感じないけれど……地図を見た限りだと、このまま街道沿いに進むとガルデウス軍の駐屯地があるんだね?」
「一応、あの港町を守っているって名目らしいから、こっちから来た俺達が止められる事はないと思うよ」
「ただ、どうやら王都に続く街道は封鎖されているみたいですね。地図に要注意と記されています。ただそうなりますと――」
広い御者席の設けられた魔車に三人で並んで座り、速度を緩めながら地図を広げる。
リュエの言うように、こうしてのんびり進む分には非常にのどかであり、今まさに戦争の真っ最中だとはとてもじゃないが思えない程だった。
気温も高く、気を抜いてしまううとうとしてしまう陽気の中、レイスが地図を指でなぞりながらルートを構築してくれる。
「本来であれば王都を経由して南下すると、一番早くこのダンジョン、蒼星の森と呼ばれる場所へ向かえます。ですが……現状、私達がそこへ向かうには――」
「このまま沿岸にそってに進んで、ガルデウスと敵対中の『メイルラント帝国』っていう国を経由してから、ぐるっと回りこまないといけないね」
「でも帝国側から来た旅人をそんなにあっさりと通してくれるのかね、ガルデウスは」
「地図を見た限り、沢山の脇道や森林地帯があるみたいですし、ゴトーさんとしてはそこから忍び込む形をとって欲しいという事なのでしょうね」
ゴトー、何気に厳しい要求をしてきやがりますね。まぁこちらの力を知っている以上、それを織り込んだ提案なのだとは思うが。
しかし、こうしてこの大陸地図を見ていると……ちょっと不思議に思える事がある。
不思議、というよりも俺の固定概念、思い込みを打ち破ったってだけの話なのだが――
「それにしてもさ、この大陸って大きいね! 私地図の縮尺が違うのかなって思ったんだけど……ほら、これセミフィナルの地図なんだけどさ、同じ縮尺なんだよね」
「わ、本当ですね! これ、二倍近くあるんじゃないですか? 凄いですね……」
そう、俺はこの世界の五つの大陸は全て同じ規模だと思っていたのだが、ここセカンダリア大陸は、明らかにこれまでの大陸とは違う、とてつもない規模を誇っていたのだ。
そりゃあ、大小国も起こるわ、領土戦争も起こるはずだ。
「帝国までもだいぶかかりそうだね……途中でいくつか街の近くを通るし、そこで停留しながら行く事になりそうだ」
「その街ですらかなり距離がありますね……中継地点のような場所もいくつか記されていますから、あまり急ぎ過ぎないようにしましょう。ヘタに野宿をしては危険ですし」
「そうだね。戦争中だもん。敗残兵の野党化だって考えられるし、ダンジョン化が頻発している以上、魔物だって出現しそうだし」
そう言いながら、リュエが残り少ない魔物避けの結界魔導具を取り出して見せた。
なんとこの魔導具……港町では補充出来なかったのだ。
というのも、魔導具関連の殆どが品薄で、そういった品々を作る錬金術師達も皆、戦争に使う道具、兵器の開発に追われているという。
そして輸入しようにも、セミフィナル大陸とは距離もある。
当然、お隣であるサーディス大陸も、つい最近までほぼ鎖国に近い状況だった故に、そういった物品の行き来も少ない、と。
「ま、久しぶりに寝ずの番をするさ。それにある程度なら魔導具無しで気配も感じ取れるし」
「それもそうだね。私も結界張れるし、回復さえ出来れば問題ないかな?」
何はともあれ、こうして俺達のセカンダリア大陸の旅が始まりを告げたのだった。
港を出たのが昼前。その間、最初の中継地点までなんとか日が暮れる前に到着しようと魔車を急がせた結果、なんとか夕日が差すタイミングで中継地点につく事が出来た。
道中、行商人と見られる馬車と何度かすれ違ったり、護衛をつけた集団を見かけたりしたが、まだこの辺りはそこまで危険度が高いわけではないのだろうか。
「へぇ、近くに川が流れてるよここ。レイスレイス、一緒に釣りにいかない?」
「ふふ、では野営の準備が済んだら行ってみますか?」
船での一件以来、自信を付けたらしいリュエがレイスを釣りに誘う。
そんな姿を微笑ましく思いながら、魔車を地面に固定し、隣にテントを設置し始める。
中継地点には俺達の他にも、それこそ道中ですれ違ったような行商人風の人間や、恐らくこの戦争で一山当てようとしているのか、戦士風の集団の姿もちらほら見受けられる。
義勇兵でも募っていたのかもしれないな、港町で。
「二人とも。向こうに戦士の一団がいるみたいだから、なるべく目立たないようにしておこうか」
「なるほど……分かりました。気を付けますね」
「ん? 何に気を付けるんだい?」
「昔俺がよくやった予言、みたいな展開が起こるかもしれないって話」
「あー……なるほど」
素早いご理解感謝致します。放っておくと絶対なにか問題が起きる予感がしますので。
歩くトラブルほいほいリュエさん。決して作っているのでなく、呼び寄せるスタイル。
なんて事考えつつ、これまで起きた出来事を思い返してみたりして。
……レイスもリュエも人目を惹くけれど、トラブルに巻き込まれる原因でいくと圧倒的にリュエの方が多いような気がするのは、やはりあしらい方や注意の仕方の熟知具合が関係しているのだろうか。
準備を進めながら戦士の一団に目を向けるも、別段こちらに気が付いた様子はなかった。
まぁ結構距離もあるのだし、これなら問題も起きないだろう。
二人が釣りに向かった川の方を見ながら、とりあえず今日の晩御飯をどうしようか考えるのだった。
「……ただいまー……」
「おかえり、二人とも。その様子だと……」
「二回魚がかかって、二回とも逃げられちゃったよ……」
「リュエ、元気出してください。私も三回中一回しか釣れませんでしたし、ここの川の魚は釣るのが難しい様子でしたよ」
完全に夕日が沈むまでの短い時間の釣りだったようだが、どうやら釣果は二人とも芳しくない様子。
ふむ、もしかして渓流釣りのような感じだったのだろうか。
「じゃあこの魚は、今回はしまっておこうか。夕食はアイテムボックスにしまってある物ですませようと思うんだけど」
「そうですね……あまり目立つような事をするのも危険かもしれませんしね」
「そっかー。じゃあ私もしまってある料理を温めるだけにしておくね」
という訳で、早速作り置きしてあるサンドイッチを切り分け、最小限の野菜でサラダだけ仕上げていく。
出来立ての物を劣化させず、期間も気にせず収納しておけるなんて、本当いつ考えても反則だなぁ。
神隷期の人間や解放者以外でもアイテムボックス持ちは稀に表れるらしいが、いずれもそれを名乗り出ないあたり、そのリスクを理解しているって事なのかね。
ほら、奴隷のように便利に使われるかもしれないし、犯罪の容疑者にもされやすいだろうし。
等と言いながら食卓を埋めていたその時だった。俺達以外の声が、すぐ傍から聞こえてきたのは。
見れば、もはやお約束かと言わんばかりの少々強面の一団が、リュエに話しかけている様子。
一体何故ここまで来たのかという疑問が浮かぶも、すぐさまその原因が『鼻孔』をくすぐった。
「ちょ! なーんでよりによってカレー温めてんのリュエ」
「え? だって美味しいじゃないか、これ」
大勢に取り囲まれながらも、平然と鍋をかき混ぜ続けるリュエ。
そんな香り立つ料理を温めたらそりゃ興味しめされますよ。
「なぁ、さっきから無視してないでこっち見ろよ嬢ちゃん」
「可愛い顔してるな、やっぱりエルフは違うって事か」
「だなぁ。慰問団の娼婦とは訳が違うぜ! なぁ、嬢ちゃんどっから来たんだ?」
案の定、である。もはやここまで来るといちいち俺が何か言わなくても、勝手にリュエが全部のしてしまいそうな気もするが、さすがに向かわない訳にも――
「もー! 今鍋が焦げないようにしてるんだから向こうに行っておくれ! 後、私は異性に媚びなんて売らないし、これでも強いんだから、私に剣を抜かせないでおくれ!」
あ、どうやら機嫌が悪いみたいですね。さっき魚が釣れなかったのが尾を引いていると見える。
案の定、ぱっと見可愛らしい娘さんに叱られ&凄まれた一団が笑い出すのだが――
「やめろ、お前達。交渉の邪魔になるような真似をするんじゃねぇ」
「あ、リーダー! いやだって、しょうがないでしょうよ。俺達女日照りなんですぜ?」
「それにほら! あっちにもう一人べっぴんがいる! なぁ、良かったらそっちのお姉さんも――」
とりあえずレイスを隠すように回り込む。
だがどうやら、ただ欲望にかられてやってきたのとは少々様子が違うように見える。
今止めに入った男も、確かに戦士のような風貌だが、どこか知性を感じさせる瞳でリュエやレイスではなく、俺の方に視線を向けている。
……一瞬別な想像をしてしまったが、違いますよね?
「やめろって言ってるのが分からねぇのか! 悪いなお前さん方。気を悪くしないでくれ」
「するなって言う方が無理な話じゃないですかね? そう思うならまずその連中を下がらせるなりなんなりしてくれないか?」
とりあえずお話だけは聞きましょう。が、その血走った目のお兄さん達にはちょいと下がってもらいます。
新しい大陸でちょっと気分が良いので、いつもより気持ち温厚ではありますが、やっぱり近くにそういう目をした人がいると色々疼いてしまうのです。
「なんだとてめぇ! リーダー、ちょっとこの男だけ――」
「いい加減にしろおめぇら! 腕の一本でもぶった切ればその減らず口も少しは静かになるのか!? ああ!?」
「ひい!」
む、中々の迫力。見たところ荒くれもの集団といった様子だが、少なくともこのリーダーと呼ばれている男に逆らうような人間はいないところを見るに、なにかしらの組織なのかもしれない。
「……悪いな、俺達はどうもこの手の話、交渉事に向いてねぇんだ。だが、アンタらと事を構えるつもりはねぇんだ」
「賢明だね。私のカレーが焦げたらただじゃ済ませなかったところだからね。……よし、後は火を弱くして……」
「リュエさん、空気読んで?」
ほらー、なんか変な空気になっちゃったじゃないですか。
「話を戻すが、俺達はこれからガルデウス王国に仕官しに向かうところだったんだ。元はただの傭兵団だが、色々あって正式に戦争に加わる事にしたわけだ」
「なるほど。それで?」
「だが、少し前に俺達似たような連中、つまり傭兵崩れだな。そいつに襲撃されて、料理番がくたばっちまったんだ」
なるほど。話はよく分かった。
つまり今回も原因はリュエさんだったという訳ですな?
「む、このカレーはあげないよ? 私達の分しかないんだもん」
「そこをなんとか頼めないか。金なら払う、食材だって残ってるぶんは明け渡す。見たところこのお嬢さんは相当な料理上手のようだ。もしその料理がダメなら、俺達のキャンプで何か料理を作ってもらえないか」
こらこら、そこ料理上手って言われて胸を張らない。
それ俺が作った料理温めてるだけでしょうに。
「どうしようか、カイくん」
「そうだなぁ……とりあえず一つ訂正するとしたら、その料理を作ったのは俺なので、彼女を連れていく事は認められませんね」
「む、そうだったか。じゃあ、あんたに頼みたい。報酬は出す、なにか料理を作ってくれないか」
するとその時、下がれと言われた男達から不満の声が上がる。
やれ『野郎の飯なんざ食いたかねぇ』だの『それじゃあ楽しめねぇ』だの。
しかしその言葉が聞こえて来たと同時に、目にも止まらぬ速さでリーダーの拳が外野連中にめり込んだのだった。
「てめぇら! 相手の力量もはかれねぇなら傭兵なんてやめちまえ! その気になりゃこの人は俺達なんてゴミクズみてぇにぶっ殺せるんだぞ!?」
「おや? もしかしてどこかで会った事がありましたかね?」
どうやら、このリーダーはリュエさん、もしくは俺が戦っている姿をどこかで見た事があるような口ぶりだった。
すると案の定、彼は懐かしい言葉を口にしたのだった。
「……俺は元騎士だ。といっても私兵だが……エンドレシアの辺境伯、そこの私兵団に所属していたんだ」
「辺境伯……ああ! あのリュエにちょっかい出した三男坊が連れて来た私兵団か! いや、よく俺だって分かったね? 今はあの恰好してないのに」
「そりゃあ……自分の命に係わる事件の記憶だ……忘れたりなんかしねぇさ……」
いやはやなんとも懐かしい! 開幕範囲攻撃で血みどろになったその他大勢の一人でしたか。
あの頃は加減も知らず、随分と悲惨な光景をあちこちで作ってしまっていたっけ。
「しかし随分と遠くまで。あの辺境伯んとこクビになったんですかね?」
「あの事件の後、辺境伯は失脚、領地は国の直轄になってな……その後、あの辺りの森の調査でギルドの人間も多く出入りするようになって、なんだか居心地が悪くなって……だから戦争中だって聞いたこの大陸で一旗揚げようとしてたって訳だ」
「なるほど……いや、まぁ過去はどうあれ今敵対しないって事でしたら、良いですよ、料理くらいしましょう。報酬はそちらの食材を使う以上いりませんよ」
「そういうわけにもいかねぇ。俺が言うのもなんだが、後ろの連中になめらちまう。それでおかしな真似でもしてあんたの不興は買いたくねぇ」
それもそうかと、一先ずリュエさんを手招きする。
『なになに?』とやってきた彼女に耳打ちし、単純になめられない方法をとる事に。
「はーい注目。今からうちのリュエさんが面白い事しまーす」
怪訝な顔をする一同。すると次の瞬間リュエが指を鳴らすと、背後にいた男達全員の足が地面に凍り付き、続いて彼らを取り囲むように氷の棘は無数に生える。
そしてそれを、俺が一瞬で全て、剣で打ち砕いて見せる。
いやはや、我ながら器用になったもんだ。
前はまとめて全員ぶった切るくらいしか出来なかったというのに。
「――とまぁ、こんな具合です。あんたら、あんまりうちの娘さんの機嫌損ねないようにお願いします」
「……だから言っただろ、おめぇら。大人しく頭下げて後ろにひっこんどけ」
紆余曲折あったものの、とりあえず料理を作る事に。
ここ数日生野菜を齧るか焼いただけの魚を齧っていただけらしく、それで気が立っていたというのもあるのだろう。
しっかりと頼まれ、それに応えた以上はやる事はしっかりやりますとも。
「新しい料理番、雇えばよかったろうに」
「見ての通りの連中だ。恐がって誰も寄り付かないんだ。しっかし、あの恐ろしい剣士が料理とはな……信じられん」
「よく言われる。とりあえず痛みそうな野菜は全部処理しておいたぞ。ピクルスにしとけばある程度日持ちもするさ」
「保存食はどうにも苦手でな。だから料理番と食材を団に採用したんだが、やっぱりある程度用意はしておくべきだったか」
手を動かしながら、彼には情報を貰う事で手を打つという話になった。
ゴトーからの情報もあるが、この大陸で動いている傭兵団の話となると、さらに戦況や地域に密着した情報を得られるだろうと提案した訳だが、どうやらこの選択は正解だったようだ。
聞けば、俺達が使う予定だったルートで少し前に小規模であるが戦闘が行われたらしい。
その際に逃げ出した兵士の一部が、その辺りを根城にしている傭兵崩れと合流、現在治安が悪化しており、彼らもそこで一戦交えて来たのだとか。
互いに壊滅を恐れ途中で逃げ出したそうだが、近々討伐体が組まれるらしい。
「そのビン取ってくれ。……じゃあ、俺達はそのルートを使わない方が良いって事かね」
「ああ、少し遠回りするハメになるが、この街を目指すと良い。街を抜けると、帝国に続く街道に合流出来る。ここは貴族がよく使う道でもあるから警備も厳重だ。俺らみたいな連中には都合が悪いが、アンタ達ならむしろ動きやすいだろうさ」
「なるほど、その提案を受けるよ。んで街の名前は……『スフィアガーデン』どっかで聞いた事がある気がするな……」
どこかで名前だけ聞いたような……どこで聞いたのだろうか?
「スフィアガーデンはこの大陸の中でもかなり古い都市になる。領土的にはメイルラント帝国に属するが、基本的に絶対中立。あの街の中での戦闘行為は禁止されてんだ。通称芸術都市。奇人変人も集まる、芸術家が集まる都市なんだよ」
「ほう、芸術とな……まぁ俺は門外漢だがね」
ん? ……あ、思い出した。それも思い出したくない事と一緒に。
以前、俺が全裸で水晶像に化けた時だったか。あの時シーリスが像の出どころを尋ねた時、出て来た名前がスフィアガーデンだったはずだ。
するとこちらの会話を聞いていたレイスもまた、少し興奮した様子で――
「スフィアガーデン……! この大陸にあるのは知っていましたが、ここからそこまで遠くなかったのですね!」
「そういえばレイスは調度品を揃えるのに色々調べた事があったんだったかな」
「ええ、私の館に飾られている絵画の殆どが、かつてスフィアガーデンで描かれた物なんです……名画伯エルバーソンとその一門が手掛けた作品は、これまでの技法とまったく違う色使いで描かれており、こと人物画に置いては、他の追随を許さぬ程……現代の人物画の多くは、彼らの技法を真似ているとさえ言われ――」
うん、わかった。つまりなんかすごい天才の一門の出身がそこだと。
「――それで、以前アギダルでセカンダリア出身のスティリアさんにその事を話し、中々有益なお話を聞けたので、もし再会出来れば、もっと沢山お話を――」
「そうかそうか、じゃあ是非その街に向かうとしようか」
ひとまず暴走気味なお姉さんを落ち着かせ、新たな目的地を定めておく。
とりあえずご飯完成させてあげましょう。ちなみに今回はレイスだけでなく、リュエにも手伝ってもらっています。
今、大きな焚火の側に大量の魚を串に差してならべ、お得意の塩焼きを作ってくれています。
塩焼きと侮るなかれ。リュエの作る塩焼きは本当に美味いのだ。俺でもあそこまで上手に焼くことなんて出来ないというのに。
が、今回に限っては何故かリュエの表情が暗く、心なしか不機嫌そうに見える。
「……この魚、レイスが釣ったのと同じ魚だ。ねぇ、これどこの魚だい?」
「へ、へい! それは俺達が近くの川で捕まえた魚です!」
「川をせき止めて、大量にとっておいたんです! はい!」
先の一件で完全に怯えている傭兵の皆さん。
そしてその報告を聞きながら、リュエがゆらりと立ち上がる。
「……だからあの川の魚が少なくて、警戒心も強かったんだね?」
「ひ!」
「ほらリュエさん。八つ当たりはそのあたりにしてお魚さんの面倒を見てあげてくださいな」
「むぅ……こんなに沢山……私も釣りじゃなくて罠をしかけようかな……」
そうして出来上がった料理を一同に振舞い、俺達も折角だからと同席する事に。
すると、やはりリュエに怯えた傭兵団達が、今度はおしとやかに料理を手伝い、荒事にも関わろうとしなかったレイスに狙いを定め、隣に座ろうと躍起になっていたのだが――
「ちなみにレイスは今年の七星杯、セミフィナル大陸の闘技大会だね。そこの優勝者だ」
「ひぇ!」
この一言により追い払う事が出来ました。
大会そのものは有名でも、優勝者等の情報はそこまで出回っていないと見える。
……だが、恐らく七星が倒され、どこぞの魔王に下ったという話は広がっているはずだ。
まぁ、信ぴょう性には欠けるかもしれない内容だが。
「しっかしうめぇな……野菜のマリネなんて初めて食ったが、良いつまみになるな」
「レシピを残しておいたから、もし料理番を新しく雇うなら――って、仕官に行くんだったな」
「まぁ、全員が受け入れられるとは限らんがね。義勇兵として取り立ててもらう手もあるが、それだと使い捨てにされるのが関の山だ。その時はまた気楽な傭兵稼業に戻るさ」
こうして、大陸で暮らす人間と話す事で、表面上には見えない戦争の影がチラチラと見えてくる。
……やっぱり、これまでと同じような旅にはならないのだろう……な。
空を見上げる。以前よりも星が増えたような満天の星空を。
この空の下で、今も多くの人間が戦い、命を落としている。
現実感が湧かない。だが、その戦いにナオ君も多かれ少なかれ関わっているのだろう。
……果たして、彼らの旅路は、そんな戦争を止める事が出来るのだろうか。
「……ま、七星が係わるのなら、俺達だって無視は出来ないが、ね」
近くでリュエの焼いた魚に感激している一団の歓声が上がる。
それを受け、自慢げに胸を反らすリュエと、楽しそうに笑う一団。
彼らもまた、これから戦地へと赴くのだろう。
なんだか初めて感じる奇妙な感覚だ。だが、それも今は飲み込もう。
旅路の果て。俺達の目的の果てに、どうかこの傭兵達が悲劇に見舞われない、そんな都合の良い未来が待っていますように……なんてな。
(´・ω・`)徐々に書籍版にすり合わせて、どっちも同じ結末になるように調整。