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三百六十四話

(´・ω・`)これにてこの章はおわり

次章はもうすこし時間がかかりまうす

 明後日。

 俺達がここサーディスを離れ、大海原へと旅立つ日のことだ。

 つまり自由に過ごせるのは明日だけという事であり、そうなると内々の話や、言い方に語弊があるかもしれないが、密会をするとしたら今日の夜しかチャンスがないという事になる。

 宿に戻る前、俺はあらかじめ目星をつけていた一軒の別な宿に足を運び、段取りを整えていくのだった。




「あ、おかえりー。話し合いはどうだったんだい?」

「ただいま。一応会議は終わって、いまは懇親会という名の二回戦に突入している頃じゃないかな?」

「あの、カイさんは出席しなくても良いのでしょうか?」

「大丈夫だと思うよ。俺が必要な場面はもう終わったんだ。後はこの大陸で暮らすみんなの問題だし、互いに親交を深め合うのに共通の知り合いである俺がいたんじゃ中々距離も縮まらないだろうし」

「ふーん、そういうものなんだ。じゃあまだシュンも戻ってこないんだね。どうしよっか、ジュリアちゃん」

「どうしましょうか? シュンさん達が戻らないなら、またお出かけしちゃいましょうか」


 宿に戻ると、留守番を任せていたリュエとレイス、そしてジュリアが出迎えてくれた。

 ジュリアは今回の事件において無関係という訳ではなかったのだが、立場的には完全に被害者だ。故に、これ以上公の場に出し、皆の注目を集めるのは避けたい、というのがシュンの考えであり、それに俺もファルニルも賛同した形だった。

 なお、シュン自身はアマミ同様、会議の警備にあたっているという状況だ。


「出かけるなら俺も付き合うよ。色々食材も補充しておきたいしね。それに、ダリアが手配した船を二人にも教えておきたいし」

「あ、もう到着しているんだ?」

「明後日出発の予定だから、それが俺達のタイムリミットって事だね」

「そっか……せっかくジュリアちゃんともっと遊べると思ったんだけどなー……」

「そうですね、私もリュエさんともっとあちこちお出かけしたかったです」


 ジュリアの言葉に嬉しそうに抱き着くリュエ。完全に妹大好きお姉ちゃんといった様子である。

 が、本家妹であるレイスはというと……微妙に嫉妬……ではないな。なんだか微笑ましそうに二人を見ていました。


「本当、よく似ていますね?」

「そうだね。彼女の両親……つまりシュンにとってのリュエやレイスみたいな存在なんだけれど、母親の方は少しリュエに似ていた気がするよ」


 ……というか、俺がリュエを作ったのに触発されてあいつもエルフの女キャラクターを作り出したはず。多少参考にした部分もあったのだろう。


「さて、もし昼食がまだならついでにどこかで食べていこうか」




 街の中の様子だが、今回の会合は住人にも広く伝わっており、また他の領地からやってきた人間も多い関係か、以前よりも人の数も出店の数も大幅に増えているように思えた。

 ちょっとしたお祭りの様な状況とも言えそうだな、これは。


「こういうお祭りを毎年持ち回りで、各領地で開催したらもっと交流も深まるんじゃないかねぇ……」

「実際には警備の関係や治安の問題もあると思いますが、良い考えだと思いますよ」

「そうだねぇ……私としてはあちこちの領の美味しい物が一度に味わえるお祭りっていうのがあったら嬉しいんだけど」

「ははは、それも良いかもしれないな」


 そうして話していると、俺達がこれまでどんな場所に行き、どんな街を見て来たのかとジュリアが興味を持ち始めた。

 彼女はこれまでブライトネスアーチと、自分が封印されたこの街しか訪れた事がなかったという。

 隠れ里ではその新鮮さから、毎日いろいろな場所を見て歩いていたそうだ。


「そうだねぇ……旅の最初は、エンドレシア大陸にあるソルトディッシュっていう街だったかな?」

「そういえば、私も詳しくは聞いた事がありませんでしたね。どんな街だったんです?」

「私も気になります。伝説の大陸エンドレシア……全ての魔物が強大な力を持ち、そこの戦士達は屈強な魂を持つといわれている最強の地……どこまで本当なのでしょう」

「……それ初耳なんだけど? まぁ確かに……割と大規模な魔法を使う術者とか、魔物の氾濫なんて事件も起きていたけれど」


 そんな、昔の話を語りながら、この人の増えた大通りをのんびりと見て回る。

 ソルトディッシュか。思えば、あの頃はまだだいぶ浮かれていたっけな、俺も。

 見るもの全てが新鮮で、文化や人もどこか自分の知る常識とは違っていて、毎日が楽しくてしょうがない、そんな思いで日々を過ごしていたものだ。

 初めて宿を取った時の事。お金を稼ぐのを競争にしようと提案した事。

 リュエが独占契約を結ばされ、それが原因で大きな見世物として戦う羽目になった事。

 そんな懐かしいエピソードを語る。


「割と波乱に満ちたスタートだったんですね……リュエ、その頃からトラブルを引き寄せる体質だったんですか……?」

「むー? あれは私の所為になるのかなぁ?」

「ふふ、でも楽しそうですね。それで、カイヴォンさんはしばらく魔族の方に慕われていた、と」

「そうなるね。今思うとあの街は他の街に比べて随分と魔族が多かったと思うんだけど、やっぱり大陸の北端に魔族の集落があるのが関係していたのかな」

「うん。私のいた森って周囲を山に囲まれていて、唯一の抜け道がソルトディッシュに続く道だったんだけれど、実は森の結界さえなければ北端の山に山道もあったんだよ。そこを抜けたら魔族の集落があるんだ」

「へぇー……今度はそっちにも行ってみたいな」


 彼女曰く、龍神との大戦、創世期において他種族とのかかわりを捨てた魔族という話だが、そんな人々も長い年月を経て、徐々に外へと旅立っていったという。

 そのうちの一部が船で海洋へと向かい、そしてセミフィナル大陸で国を築いた……と。


「本当、色々あったなぁ……」

「そうだねぇ……」

「ええ、本当に。私と出会った後ですら、いろんな事がありましたからね」

「レイスさんは、最初から一緒だったんじゃないんですね」

「ええ、私はセミフィナル大陸でカイさんとリュエと出会ったんです」


 旅におけるもっとも大きな出来事を挙げるとすれば、やはり彼女の言うように、レイスと出会った事だろうな。

 初めて会った瞬間、心臓が強く脈打ち、完全にひとめぼれに近い感情で彼女に興味を持った。

 今思えばそれは、キャラクター間のシンクロや共鳴のような物もあったのかもしれない。

 だが、それでも彼女は特別だと思っている。

 何せ、元々自分の理想像として作り上げた姿なのだ。俺が惹かれない訳がない。


「私は、きっと自分の意思だけでは貴方と共に行くことはありませんでした。ですが……カイさんが気づいてくれたからこそ、背中を押してくれたからこそ、手を取ってくれたからこそ、私は一歩踏み出す事が出来たんです」

「改めてそう言われると照れるよ。それに、俺も最後の一歩を踏み出せたのは、リュエが言葉をかけてくれたからなんだ」

「え? 私なにか言ったっけ?」


 すると、いつのまにかどこかで買って来たリンゴを齧っていたリュエがぽかんとこちらを見つめていた。

 いやいやいや……俺だけじゃレイスの胸の内を完全に理解すると事は出来なかったんですよ。


「レイスが誰かを待っている。それを俺に気づかせてくれたのはリュエ、君だったじゃないか」

「あー……うん。そうだね、ある種の呪縛。思いに囚われているっていうのが、私にはよくわかったんだ」

「そうだったんですか……」


 かつてリュが語った言葉。

『誰かを待っているんだよ。きっと自分でも分からない、けれども自分を変えてくれるかもしれない誰かを』

 あの言葉で、俺は勇気を出してレイスに一歩踏み込む事が出来たのだ。

 そして、彼女は俺達と共に歩む道を選んでくれた。

 その後も彼女を苦しめる問題や、彼女を襲った悲劇もあり、決して順風満帆な旅ではなかったが、それでも彼女と俺達はそれを乗り越え、そしてこの大陸へとやって来たのだ。


「……本当に、わずか半年たらずで、私の人生は激変しました。毎日が夢の様で、とても楽しくて……」

「うんうん。私も同じ気持ちだよ。色んな人と出会って、友達も沢山出来て。ジュリアちゃんとも出会えたしね?」

「ふふ、そうですね。それに私も、ある意味ではカイヴォンさんがここに来てくれたおかげで、新たな人生を踏み出せたようなものです。本当に感謝しているんですよ」

「はは、それもシュンが何百年も諦めずにいたお陰だけれどね。本当、アイツは大したヤツだよ。ジュリア、どうかこれからもアイツの側にいてやってくれ」

「はい、勿論です!」

 嬉しそうに元気よくそう返すジュリアに、自然と笑みが広がっていく。

 ……シュン、良かったな。お前がかつて失ったモノは、形を変えて今もお前の側にある。

 だから、もう二度と無茶な真似は……仲間の元から離れるような真似はするんじゃないぞ。




 その後、是非とも食べてみたいというジュリアのリクエストに応え、ミササギからやって来ていた屋台で『クリーム大福』なる物を購入、四人揃ってそのクオリティの高さに感激しつつ、いつのまにか買い食いを繰り返し満腹になった俺達は宿に戻る事にした。

 すると、そこへ丁度シュンが戻ってきた為、早速ジュリアが嬉しそうに駆け寄っていく。


「二人とも幸せそうだね」

「ああ、本当に」

「ふふ、私達も傍から見ればあんな風なのでしょうか?」


 するとこちらへやってきたシュンが、あの会議の後どうなったのかを教えてくれた。

 どうやら懇親会においてはそこまで尾を引くような会話がされる事はなく、皆ここ最近の領内の様子を互いに報告するに留まっていたそうだ。

 で、里長は早速ノクスヘイムの領主、コーウェンさんを捕まえて話し込んでいたとか。

 まぁ、彼女にかかれば大抵の交渉はうまくいってしまうような気もする。


「で、そろそろお開きだからと警備主任を任されていたお前さんは早めに撤退したと」

「早朝から働き詰めだったからな。まぁ今回は顔ぶれが顔ぶれだ。襲撃は十分に予想されていたからな」

「で、結局怪しい動きはあったのか?」

「あったな。エルダインの過激派とミササギで謀反もどきを起こした人間、それとここセリューの一部の人間が結託していた」

「おいおい……そりゃ穏やかじゃないな。どうなった」


 恐らくヴィオちゃんの義兄の一派や、俺が完全に心を折ったヒモロギの部下が、ここで燻っていた連中と結託した、と。

 随分と面倒な事になっているようだが、こいつは何故ここに戻ってきているのだろうか。


「蜂起は失敗。頭となるはずだった人間が決起集会の最中に惨殺。恐れをなした連中は元々が寄せ集めの集団だ。空中分解の後に全員捕縛完了。俺の出る幕なんてなかったよ」

「そいつは……事前に情報を察知していたのか、ファルニルは」

「いや、これは俺達警備の人間に後から伝えられた顛末だ。まったく……恐れ入るよ彼女には」

「彼女……?」

「恐らく元々こちらの国の密偵とも繋がりがあったんだろう。その伝手を使い僅か半日で本拠地を割り出し、そのまま単身で暗殺を成功させ、何食わぬ顔で警備に合流。こんな逸材が俺の国にいたなんてな」

「おいおい、まさかそれって――」


 ……アマミさん。君俺と会話をしていた頃にはもう、大きな仕事を一つ片づけて来た後だったのか……。

 こりゃあ彼女へのお土産、気合を入れて見繕ってやらないといけないな。


 少しすると、今回の会議における最重要人物の一人でもあるダリアが戻って来た。

 晩餐会も開かれる予定だったのだが、断って戻って来たのだ。

 まぁ、もともとそうするように約束していたのだが。


「さてと……じゃあそろそろかね」


 時刻は午後六時。季節の関係でまだ日は高いが、間もなく夕暮れへと移りかわる頃。

 戻ったダリアとシュンを引き連れ、俺はリュエとレイス、そしてジュリアにあるお願いをする。


「今晩だけ、ちょっと三人で話したい事があるんだ。申し訳ないけれど、今日の夜だけは留守にしても良いかな?」

「えー! 私も一緒に行っちゃダメなのかい? ジュリアちゃんもレイスもいるのに?」

「リュエ、気持ちは分かりますが、もう時間もあまりありませんし……三人だけでないと話せない事もあるでしょう?」

「むぅ……ジュリアちゃんはいいのかい? 大好きなシュンがカイくんに連れ去られちゃうよ?」

「そうですね、大好きなシュンさんが大切な話があるというのなら、仕方ないので今日は我慢します。だからリュエさんも我慢しましょう」

「くっ……分かった、じゃあ我慢するから、お土産なにかお願いね!」

「あいよ、任せときなされ。良かったなシュン、大好きだって言われて」

「……これが萌えだ。久々に感じたこの感情、懐かしい、これが萌えだ……」


 あ、なんか顔が昔のお前に戻ってる。


「申し分かりません。中々三人揃う事がなかったので。今晩だけ、お借りします」

「はい。どうかお気をつけてください。今は人も多いですし」

「大丈夫だよレイス。正直……この三人で出来ない事はなにもないと思うよ」

「ふふ、確かにそうですね」


 さて、じゃあ恐らく今日をのがせば三人だけで出かける事も出来ないだろうし、久々に揃って夜の街に繰り出すとしましょうか!




「実際、こうして歩いていると、懐かしいという思いもありますが……同時に申し訳なくも思います。私は……もうヒサシではありませんから」

「それを言うなら、俺だって元の名前を捨てたようなものだ。カイヴォンが今の俺の名前だ」

「右に同じく。人は変わる物。俺自身、以前の自分とは大分変っていると思っている。お前は性別まで変わったんだ、ある意味当然だろう?」

「……それはそうかもしれませんが……」

「お前はダリアだよ。そのダリアってのは、ヒサシの記憶や経験を内包した上で生まれた存在だ。それが全てであり、新たに俺達と友人になった。それで良いだろ?」


 あの夜のように。

 この世界に来る前、三人で集まった夜の続きのように、俺達はこの黄昏の中をぶらりと歩く。

 ダリアは、あの夜との違いを誰よりも強く感じているのだろう。

 だが、もう良いのだ、それは。お前は俺達の友人であり、仲間である。その事実は微塵も揺るがないのだ。


「……本質的には何も変わらない。あの夜の続きだ。覚えているか? 一緒に飲んだ後の会話を」

「……おぼろげだな。また飲みたい、みたいな事を話した気がするが」

「ええ、確かそうです。また、こうして集まりたいと」

「正確に覚えているのはやっぱ俺だけか。まぁ、時間的にはたった二年かそこらだからな、俺にとっては」


 もうすぐ、俺達の愛した世界が、グランディアシードがサービスを終える。

 その思い出を語らいながら、移住先をどうするか、最終日にどう遊ぶか、そんな行き当たりばったりな内容の会話でだらだらと時間を潰す、そんな集まり。

 結局、いつも通りで良いという結論に至った俺達は、早めにその集まりを切り上げ、互いの帰路についた。

 だが、あの時俺達は――


『サービス終了したらまた集まるか』

『だな。今度は何食べに行く? どっか良い店知らないのかお前ら』

『俺達にそういうグルメ情報を期待するなよ。それよりヨシキ、お前料理得意なんだろ? なんか作ってくれよ、俺の部屋使って良いから』

『あ、いいなそれ。久々にお前の飯食いてぇ。じゃあ次回はシュンの家で飲もうぜ』


そう、あの時俺達は『今度は俺の飯で飲もう』そう言っていた。

だから……今日はあの夜の続きだ。ここまでの道中、野営で俺が食事の用意をしていたが、あれはあくまで『俺が作った』だけであり、厳密に『俺の料理』ではないのだ。

気取らない、上品でもなんでもない、ただ俺好み、俺達好みに作る酒の肴。

そんな物をつまみながら、ダラダラとあの夜のように過ごしたいのだ。


「……そう、だったか? もう、だいぶ記憶が薄れてきているな」

「お前の部屋じゃあないが、今回はもう調理スペースを用意してある。そこに行くぞ、なんでも作ってやる」

「ふふ、それは楽しみです。食べてみたい物が沢山あるんですよ」

「まかせとけ。幸いここは港町だ。大抵の物が揃ってる。和洋中好きな物を言うと良い」


 歳相応……というよりも外見相応の盛り上がりを見せながら、三人でわいわいと往来を行く。

 周囲には、俺達のように浮かれながら歩く人の姿もあちらこちらで見かけられる。

 そんないつか憧れた、思い出し胸を締め付けられた光景を、また三人で作りだしている。

 それが、どうしようもなく嬉しくて、つい、口元がつり上がる。


「……色々あったな、本当」


 先頭を行く俺の呟きが、黄昏の空に吸い込まれていく。

 あの夜の続きを、もう一度。

 たぶん、俺が本当に成し遂げたかった目的の一つが、今、叶えられたのだった。




「へぇ、こんな宿もあるのか」

「ああ。ここは宿というよりは貸し家みたいな物だな。まぁ色んな事情を持った人が気兼ねなく過ごせるって意味じゃあ、どんな高級宿にも勝るんじゃないかね」

「なるほど、確かにお忍びで集まるにはもってこいですね。見たところ厨房設備も整っているようですし、案外貴族が秘密の会合を開いたりしているのかもしれません」


 俺が用意した貸し宿につくと、オーナーが気を利かせたのか、既にテーブルや食器類だけはセットしてあった。

 まぁ料理は全てこれから作り始めるのだが、その食材もある程度は下処理を済ませた状態で保管してあるお陰で、たいていの料理は簡単に作る事が出来るという状況だ。


「で、何を食いたい? 割と本気でなんでも作れるぞ、今の状態だと」

「いざ言われると迷うな。お前、明後日には出発するんだろ? なら今しか食べられないものを食いたいところだが」

「そうなると……定番でいう寿司か? 専門じゃあないがそれなりに握れるぞ」

「いや、ただの刺身で良い。というか刺身自体滅多に口にしないからな。醤油の流通量が少ないのが現状だ。まぁ、これもそのうち改善されるよう、セミフィナルとの交流も強化していきたいところではあるが」


 一人厨房へと向かい、準備に入る。

 なるほどシュンは刺身か。手間がかからなくて大助かりだ。

 そしてもう一方、ヒサシの記憶を持ちながら、実際に食べたという認識を持っていないダリアのリクエストはなんなのか。

 結構容赦なく色々と注文をしてくるきらいがあるこいつのことだ、ちょっと身構えてしまう。


「私はそうですね……今日はお酒を飲むのでしょう? 美味しい焼き魚が食べたいです」

「ほう、意外だな。焼き魚とは」

「美味しい焼き魚ですからね? 記憶の中では、ただの焼き魚にとても感動している様子もありましたし、きっと凄い焼き魚もあるのでしょう?」

「ハードル上げてくるなぁお前……まぁちょっと待ってろ」


 本当に、容赦がない。

 だが、シンプルでいて美味しい物を肴に飲みたいというのは俺も同じだからと、早速秘蔵の、レイスが大事に食べているカジキから、頭の部分を取り出した。


「……カマの部分は反対側もあるからな、片方くらい大目に見て貰おう」


 ごめん、レイス。後で同じくらい大きいマグロを手に入れておきますから。

 早速、リクエストに応える形で料理を仕上げていくのだった。




「……美味いな、これなんの刺身だ?」

「そいつはカツオみたいな魚だったはずだ。ほら、七星リスティーリアと戦った時、海をめちゃめちゃにしただろ? あの時回収したんだが、夏場なのに脂が乗っていてうまいんだぜ?」

「確かにこれは……! 良いですね、この濃い味の……ニャメロー? でしたか」

「なめろう、な。元々は漁師の人間が食べていたって言われている料理だ。刺身も良いけど俺はこっちの方が好きだな」

「確かにこれも中々……酒はあまり飲まないがこれは欲しくなるな……日本酒なんて数十年ぶりだ」


 最初の料理をつまみながら、三人で盃をグイと煽る。

 オインクが手掛けた日本酒『絆』は残念ながら既に空だったのだが、驚いた事にダリアが一本だけ確保していたのだった。

 やはり、日本酒を取り寄せていたという訳だ。


「ああ……焼き魚というものを甘く見ていました。舌の上で消えてしまう身だなんて……」

「もしかしたら、セリューは封印の関係で水温が一年を通して低くなっていたのかもしれない。思えば、ここも港町だというのに海水浴を楽しむ住人の姿もなかった」

「真面目に考察しているところ悪いが、これはセミフィナルからこの大陸に向かう途中に釣り上げた魚だ。まぁ、案外その考察もあたっているかもしれないが」

「ぐ! なんだ、紛らわしいな……だが美味いな……マグロか?」

「いや、カジキの仲間だ」

「カジキ……ああ、グラディウスの事か! 俺達の国の王があの魚を釣るのが好きでな、毎年一月かけて海に出ていたんだ。風の噂で聞いたんだが、どこぞの釣り人があの海の主を釣り上げたそうだぞ。その証である魚の鼻? みたいな尖った部位を献上したとか」

「ああ、その話なら知っていますよ。王の私室にはく製として少し前に収められたとか。献上した商人曰く、体長三メートルを超える程だったとか」


 なーんかその話どっかで聞いた事あるような気がするな。

 もしかして、レイスが釣り上げたカジキ、つまり今俺達が食べている魚の事なのでは?

 確か、このカジキの吻、剣の様に尖った鼻のような部位を俺達が乗った船の船長に買い取ってもらったような……。


「ああ、もうなくなってしまった。カイヴォン、次の料理を注文して良いか?」

「おう、なんでもこい」

「次は焼き鳥を頼んで良いか、出来れば……七味と塩で」

「私はマーボウドウフというものを。どうやら私の好物だったらしいので」

「ダリア……いきなりそんなジャンルの違う物を頼むのはどうなんだ?」

「いや、どっちも直ぐに出来るぞ。シュンもそんな一品ずつなんて遠慮しなくていいぞ」

「そ、そうなのか……じゃ、じゃあ俺も中華で……天津飯って出来るか?」

「超余裕。んじゃ作って来る」


 楽しいな、こういうの。懐かしいな、こういうの。

 今この瞬間だけは、日本にいた頃の思い出が強く強く思い出される。

 この世界に来て、切り捨てたと割り切っていた多くの思い出と絆。

 忘れようと、無意識のうちに思い出さないでいた家族の事。

 それら全てが、鮮明に思い出され、今この目に映る光景を過去の幻惑が塗り替えていく。

 だが――受け入れよう。それを懐かしいと、思い出す事は至極自然な事なのだと。

 この大陸で、俺はかつて捨てたと、捨てたと自分で思い込んでいた物と向き合う形となった。

 それは、捨ててはいけなかった物だったのだ。乗り越えて、自分の糧にすべき物だったのだ。

 リュエだけではなかった。この大陸で試練に直面したのは、彼女だけではなかった。

 俺もまた、ずっと目を背けて来た事を直視する結果となったのだ。


「……本当に、多くを得た旅だったな」


 中華鍋を振りながら、そんな事を呟く。

 視線の先では、どこからか取り出したつまみをチビチビとやりながら酒を飲む友二人。

 本当に、懐かしい。また、この光景を見られるとは正直思っていなかった。


「……次の目標は、チームメイト全員とリュエ達を交えた大宴会、だな」


 そうして、完成した料理を手に二人の元へと向かうのだった――






「ふぅ……さすがに満腹だ。いやはや……こんなに満足したのは初めてじゃないか、この世界にきてから」

「そうですね……どれもこれも懐かしいような気もしますし、同時に新鮮で……ありがとうございました、カイヴォン」

「ああ、お粗末様。いや、楽しい夜だったな」

「……なぁ、旅が終わったらこの大陸に住めよ。あの里が気に入っているんだろう?」

「まぁ候補の一つではあるな。まぁ、旅の終わりがいつになるかなんて検討もつかないけどな」


 テーブルに座り、だらりと頭を腕に預けて半目で語る。

 もう、眠いのだ。それくらいはしゃぎ、語り、食べ、飲んだ。

 この気だるいひと時を過ごす為だけに、俺はここまで旅を続けてきたのではないか。そう思えるくらい、満ち足りた時間。

 旅の終わりなんて、今はまだ想像も出来ない。

 けれども、それはきっととてもとても楽しくて、退屈しそうになくて。


「……俺も、もしジュリアが世界を見たいと望んだら、旅に出るかもしれないな」

「それは困ります……が、それも良いかもしれませんね……もう、この国は開かれました。聖女が不在でも、この大陸はしっかりと回っていく。ふふ、その時は私もご一緒しましょう」

「はは、良い考えだな。ならお前達はエンドレシアを目指しな。途中でオインクに会いに行ったり、アギダルっていう温泉町にいったり……」


 実現が難しそうな夢物語も、本当に出来そうだと、やれそうだと口から出る。

 そんな、半ばまどろみの中にいるような心持で語り合う。


「……道中、気を付けろよ、カイヴォン」

「ええ、本当に。貴方の敵は……もしかしたら世界の根底に潜むなにかかもしれないのですから」

「ああ……そうだな。だが――その時はお前達に助けを求めるさ」


 頼れる仲間が、ここにいる。


「ああ、助けに行ってやる。今度は俺が、お前を救ってやる……」

「私も……必ず……」


 その言葉を聞き届け、俺もまた意識を手放したのだった。


(´・ω・`)実際物語の終わりに向けて組むのってかなり難しいものなんだなーと実感中

ただおわらせりゃいいってものじゃないんだねやっぱ

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