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三百六十三話

(´・ω・`)おまたせしました

閑話的なお話を番外編にそのうち投稿します

「国王に面会ですか。ということは……」

「ええ。正式に里一帯の土地を譲って頂きたいと思いまして」

「さすがにいきなりは無理だとは思いますが……」

「ですから、貴方達がこの国に残っている間に――と」


 客車に乗り込み、一緒に隠れ里へとんぼ帰りする事になってしまった里長。

 聞けば、先代の里長から預かっている土地の借用書を持参してきていたらしく、それを使って国王に土地をこの先も自分達で運営していきたいと嘆願するつもりだったそうだ。

 だが、今回俺達が共和国で事後処理、もとい報告会議を行うと聞き、ならばその場所で共和国側にも自分達の土地の権利を主張しておこうと考えたそうだ。

 この先、きっと差別は消えていく以上、そこまで急いで動く必要はないと思うのだが、それでも『不干渉の土地』と認められるのは、ある意味では心の拠り所を得るのと同義なのだろう。


「聖女様も、出来れば私の主張に同意してくれると嬉しいのですが」

「勿論可能な限り協力させて頂きます。共和国側にも協力者はいたようですが……この書面に書かれている人物は、既に亡くなっていますね。今回は新たに協力者を募るつもりですか」

「ええ。今は暫定的に里出身の人間が代表を務めている商人ギルドの支部が協力してくれていますが、領主達に無断で行っているカタチですから」

「それでしたら、ノクスヘイムの領主に頼んでみましょう。彼ならきっと後ろ盾になってくれるはずです。ある意味、彼はフェンネル……つまり土地を貸し出した人間の直弟子にあたる方ですから」

「なるほど……私の方で見定めさせてもらいます」


 あの人、確かフルネームに“ナハト”って入っていたはずだ。

 関係者なのではないかと思っていたが、どうやら無関係な様子。

 ならば、そこを上手く突けば協力してもらえるのではないだろうか。

 ともあれ、里長と共に、再び川の流れを使って隠れ里へと向かうのだった。




「もう川下りはこりごりだよ……船酔いにはなれたけど……これは無理だよ」

「わ、私もこれは……」


 はい、旧宿場町デミドラシルに僅か一日半で到着しましたが、二人が完全にダウンしてしまいました。

 リュエに至っては回復魔法を発動させる元気すらなく、今ダリアが必死に二人に回復魔法をかけてあげているところです。

 がそんな中、里長はというと――


「とても面白かったのですが、予想よりも時間がかかってしまいましたね……」

「いや、かなりの高速移動だったと思うのですが」

「私は一日で往復出来るのですが……なるほど、確かに普通はそうなのでしょうね」

「……まさか空なんて飛べたり出来るのでしょうか?」


 まさかジェットか!? 古代の超技術はそんな事まで可能にしてしまうのか!?


「いえ、普通に走るだけですが」

「川よりも早く走るって相当ですよ……いやさすがです、里長」

「ふふふ……ちなみに手も凄まじい速さで動きます」


 そう言いながら、目にも止まらぬ速さで、少しだけ卑猥な動きで手首を動かして見せる。

 ……やめてください、もげます。


 リュエとレイスの体調も回復し、早速里へと向かう。

 やはり結界が緩んでいるのか、今日も店には里の子供達が遊びに来ていたようだが……まだ完全に白髪への差別がなくなったとは言い難い状況だ。早急に対策を練るべきだろう。


「どうやらこれまでフェンネルの力で分散していた魔力が一つの流れになった関係や、七星が消えた影響で大陸全体に魔力が漲っているのでしょうね。これまでの術式ではこの魔力量に耐えられないのでしょう」

「そうだねぇ……でもさ、今まで、みたいな迷宮や防護みたいな機能はもう必要ないと思うし、純粋な封鎖結界で十分なんじゃないかな? 特定の存在だけが入れるようにするだけの」

「なるほど、それもそうですね。もはや暴こうとする存在もいないですし」

「じゃ、里にいったらすぐに結界を張りなおそうか」


 どうやらこの問題はあっさりと解決出来そうな様子。こちらも一安心だ。

 マスターと言葉を交わし、里長に叱られる子供達と一緒に里へと向かう。

 リュエとダリアはそのまま里長の屋敷の裏手へと向かい、そして俺とレイスは……。


「私が里を出た時にはもう、ある程度自分の現状を理解している風でした。恐らく、ある程度は治療前の状態、脳が汚染されていた時の記憶もあったのでしょう」

「そうでしたか……それで、今はシュンと一緒に空き家で過ごしている、と」

「ええ。アマミがそのまま一緒に居ても良いと言っていたのですが、やはりそういう訳にもいかないから、と。現在、リハビリの最中ですし」

「リハビリ……? 普通に一緒に歩いたりしていたとおもうのですが、治療前の段階では」

「ええ。肉体に深刻なダメージを与えながら、体力の限界を超えて普通に歩いていました。本来であれば理性がブレーキをかけるところですが、彼女にはそれがなかったので。ですので、意識が戻った今、彼女は全身いたるところまで筋肉痛に苛まれていますし、体力もかなり落ちている状態です。シュンさんが何やら様々な薬を与えていましたが……それもどこまで効果があるのか。出来ればリュエさんかダリアさんに身体を診てもらいたいのですが」

「あ、あの……なにやら治療する為の魔導具があるという話でしたが、それは使えないのですか?」


 そう、俺とレイスは、既に目覚めたジュリアの容態を聞き、その足で二人の元へ向かっていた。

 ついにシュンの悲願が叶ったのだ。だが、やはり無事万全という訳にもいかず、今も断続的な治療を続けている、という話だ。

 ……そうだよな。何百年も封じられていた人間が、俺達と同じように普通に出歩くことなど、本来はありえない事なのだ。

 それに気が付けず無理をさせていたなんて……。


「治療に役立てる事は出来ますが、それは長期的な物になります。カイヴォンさんに分かりやすく言うのなら、筋肉量を維持する為の措置は可能ですが、新たに鍛えなおすには膨大な時間がかかるんです、あの装置では」

「なるほど。それで普通にリハビリを行っている、と」

「ええ。一応、私が作った松葉杖で出歩くことは出来ていたみたいですが」


 里の中央。居住区へ向かい、そこからややはずれにある家へと向かう。

 あそこで今、シュンとジュリアの二人は生活しているそうだが――


「あれは……里の子供達ですね? もしかしてもう友達が出来たのでしょうか」


 その家の前で、小さな子供達が楽しそうにボール遊びをしていた。

 そして、それを近くの切り株に座ったシュンが、どこか和やかな様子で見守っている。


「シュン、今戻ったぞ」

「カイヴォン! そうか、戻って来たという事は……そろそろ行くのか?」

「その前に色々やる事があるんだがね。それで、ジュリアの様子はどうだ? 友達が遊びにきている風に見えるが……まだ松葉杖じゃ一緒に遊んだりはするのは難しいか?」


 すると、シュンはゆっくりと手を伸ばし、子供達の方を指さした。

 指の先。走り回る子供達の中には、やはり杖を持った少女の姿はない。だが――

 ……確かにそこに、他の子供達より少しだけ背が高く、どこか見守るような優しげな表情を浮かべた少女がいた。

 両の足で、しっかりと大地を踏み、はしゃいでいる子供達に負けないくらい元気そうに。


「……もう、あんなに元気になったのか……」

「これは驚きましたね。シュンさん、貴方の持つ薬の力ですか?」

「ええ。治療薬でどうこう出来る類の物ではありませんが……肉体を成長……この場合は能力ですね。それを活性化させる方法が俺にはありましたから」


 そう言いながら、シュンが虚空から一つの瓶を取り出して見せた。

 それは――


「っ! そうか、その手があった! お前、よくそんなアイテムを持っていたな?」

「持っていたも何も……元々お前に渡そうとして断られた品だ。ははは……レイスがこの場にいるのがなんだか不思議だ」

「え……私がですか……?」


 シュンがジュリアに与えた物はなにか。それは『LvUPポーション』。

 序盤の育成をスキップするのに使う、レベル三〇以下のキャラクターにのみ効果を発揮する、レベルを一気に上昇させるアイテムだった。

 レアリティで行けば、恐らくオインクですら手に入れていないであろう極上のレア。

 何かのキャンペーンや、アリーナ対人戦における優勝賞品でしか手に入らない逸品。

 そして……こいつはそのアリーナにおける最多勝利者……!


「最後に生まれたレイスを育成、つまり鍛えるのに使えると思ってカイヴォンに贈ろうとしたが、こいつは『全部一から育てたいんだ』と言って断ったんだ。それを、ずっと持っていたって訳だ」

「そんな事が……なんだか不思議な縁を感じます。そしてそれが……ジュリアさんの役に立てたのなら……これ程光栄な事はありません」


 先程から涙ぐんでいたレイスが、元気そうな彼女の様子についに涙を零し始める。

 ……本当に、不思議な気持ちだ。遥か昔の思い出が、やり取りが、今になって意味を成す。


「ジュリア! 少しこっちに来てくれないか」

「はい、シュンさん!」


 シュンの呼びかけに、ジュリアが子供達に断りを入れてからやってくる。

 外見年齢は一〇才かそこら……いや、驚く事に以前よりも少しだけ背が伸びている。

 一二才程だろうか? 少し年の離れた妹がもしもリュエにいたら、きっとこんな感じだろうな、と思わせる姿のジュリアが傍へと向かってくる。


「貴方達は…………」

「こいつの……シュンの友達だよ」

「はい……微かに覚えています。私を、ここに連れて来てくれた方達ですよね。そしてそちらの……」

「もう、すっかり良くなってみたいですね。以前は貴女の身体の事も知らず、無理に歩かせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いいえ、私は貴女に手を取ってもらった時、確かに安心感を覚えていました。手を引いてくれた事、傍にいてくれた事、とても感謝しています」


 利発そうな、というよりも利発そのものと言うべき物言いで語るジュリア。

 シュンが言うには、彼女は他のエルフ以上に身体の成長が遅かったそうだ。だがその反面、心は早く成長していたという。つまり、こう見えても彼女はもう大人の女性なのだろう。


「お互いを知っている状態で言うのもおかしいかもしれません。ですが……改めて自己紹介をさせてください。私の名前は『ジュリア・エヴァ・リース』血縁でこそありませんが、シュンさんの姪にあたります」

「ああ、宜しくジュリア。俺の名前はカイヴォン。生憎家名は存在していないんだ」

「私はレイス・レストです。ふふ、実はこの家名、町に住む時に箔付けで付けて貰ったものなんです」

「へぇ、それは初耳だよレイス。じゃあ俺もそのうち何か適当に名乗ろうかな……」

「カイヴォン・レスト……少し違和感がありますね」

「ナチュラルに俺が貰われる側になっている件」


 などと言いながら笑い合う。

 ジュリアは次に里長へと向かい、治療と滞在への感謝を述べ、里長も子供達の相手をしてくれていたであろう彼女に感謝の言葉と――お約束の『ここに永住しませんか』という提案。

 案外、永住はともかくしばらくここで暮らすのは良い考えかもしれない。


「あの……もう一人、いえもう二人……ダリアさんの事は分かります。ですがもう一人……いませんでしたか。いつも私と一緒にいてくれた、頭を撫でてくれた誰かが……」

「ああ、それはたぶんリュエの事だと思うよ。きっと、彼女も喜ぶよ、君の今の姿を見たら」

「ええ……本当に姉妹のように見えますね、こうしていると。なんだか嫉妬してしまいます」


ジュリアが是非挨拶がしたいからと、早速里長の屋敷へと向かう。

 どの道、今後の予定を話す為に集まってもらう予定だったのだし丁度良いだろう。

 そうして屋敷へと向かおうとしたその時、大きな篭を持ったアマミがこちらへと向かって来た。


「あ! カイヴォンとレイスさん! それに里長まで! 昨日の夜王都に向かった筈じゃ」

「ええ、カイヴォンさん達と戻ってきました。今度は共和国側へと向かう予定です」

「そうなんだ……どうしよう、今度は私もついて行こうかな?」

「俺は別に構わないが……里長的にはどうです?」

「そうですね、そろそろアークライトさんのところに戻らせるつもりでしたが、里の今後を左右するかもしれない話をする事になりそうですし、貴女にも来てもらいましょうか」

「やった! 実は共和国側に行くのってかなり久しぶりなんだよね。じゃあ私も準備してくるね」


 里長にアマミにシュンにジュリア。これは思わぬ大所帯になりそうだ。

 そして、リュエとダリアが結界の調整を行っている屋敷の裏手へと向かう。

 何度見ても巨大なその大樹に圧倒されつつ、その根元で作業をしていた二人に声をかける。


「あ、カイくんおかえりー……って」

「……驚きましたね……もう出歩けるのですか、ジュリアさん」


 振り返った二人の前に歩み出るジュリア。

 恐らく、封印される前からダリアとは面識があったのだろう。

 懐かし気に話しかけるダリアと、同じく懐かしむように彼女の手を取るジュリア。

 こうして見るとジュリアの方が背が高く、なんだかちょっと不思議な気分だ。

 そして何よりも不思議な気分にさせるのは……すぐ隣にリュエがいること。

 並んで立つと、そして感情が宿ったその表情を見ると、本当に妹と呼んでも差し支えのない、それほどまでによく似た容姿をしているのだ。


「リュエさん……ですね。いつも、私の傍にいてくれた」

「ジュリアちゃん……良かった、しっかり治ったんだね!」


 駆け寄り、彼女の手を取るリュエ。

 まるで自分の事の様に喜びながら、感極まったようにその少女を抱きしめる。


「……なんだか落ち着きます」

「ふふ、私がジュリアちゃんに似ているからかな?」

「そうかもしれません……」


 抱擁を終え、しっかりと手を握る。


「結界の調整はさっき終わったところなんだ。一度屋敷に戻ろうか。色々お話する事もあるからね」

「はい、行きましょう。ふふ、本当に姉妹のようですね」




「――これで、アマミのこれまでの疑問にもある程度答えられた形になったと思う。俺とリュエとレイスは、シュンとダリア同様、神隷期の人間で、現在この世界の七星を葬って歩いているって訳なんだ」

「……薄々そんな立場なのかなって思っていたけど……人が倒せるものなんだね……じゃあ、これからもその為に旅を続けるんだね」

「そういう事。まぁ他にも色々他の大陸で目立ってしまったからね。アークライト卿との関係もその時の影響を受けてるって感じだ」


 屋敷の食堂にて、これまでの旅とこれからの目的を皆に伝える。

 現状、既に解放されている七星の存在や、それを倒す旅をしている事。

 そして――恐らくいるであろう、世界に七星と言う楔を打ち込み、なにかを企てている存在がいる事。

 ただのぶらり旅が、シュンとダリアと再会する為の旅が、随分と大げさな物になってしまったなと、こうして話した事で改めて感じる。


「なるほど……話は分かりました。残念ですが私が協力出来る事はありませんが……そうですね、皆さんが言う旧時代の記録で残っている物を後でまとめておきます。まぁ私がいた場所の地名や、その時の国名くらいしかわかりませんが」

「いえ、それだけでも大助かりです。少なくとも、この世界に関与しようとしている存在は、旧時代から存在していたと俺は思っていますから」


 そして里長もまた、出来る事は無いと言いながらも早速目を閉じ瞑想を始める。

 どうやら古い記憶は奥底に封じているらしく、そう簡単に引き出したりは出来ないそうだ。


「……七星の撃破か。俺達が倒した“剣神”と“魔極”の番号は幾つなんだ? お前が倒した龍神が『七』そしてプレシードドラゴンが『二』番号が大きい程強いって推論なんだろ?」

「それなんだが……俺は直接“剣神”を見ていないから分からない上に、戦った“魔極”には番号というか、称号が存在していなかったんだ。後天的に何者かに割り振られるのか、それとも理由があるのか、よく分からないのが現状だ」

「ねぇ、だったら最初に解放されたから『一』で次が『二』なんじゃないかい?」

「それだと龍神が『三』じゃないとおかしいだろう?」

「むむむ……それもそうだねぇ」


 まぁ番号にそれ程意味があるとは思えないが、なんだか気になるな。

 龍神がある意味『七』番目じゃないと解放出来ないようになっているから、強制的に『七』だった、という可能性もありそうだが。ほら、一応あいつラスボスっぽい扱いだし。

 となると……セカンダリアかファストリアにいる七星が、一番に解放されたと。

 俺の予想ではセカンダリア大陸こそが解放者召喚の術式が生まれた場所なのではないか? と漠然と思っているのだが。


「まぁ、なんにせよこれで俺の話は終わりだね。というわけで、近々セリュー領へ向かいますので」


 それぞれ旅支度があるからと、一端その場で解散となる。

 リュエは早速ジュリアともっと色々と話したいからと、レイスを伴い屋敷の一室へ。

 シュンはアマミの手伝いをするからと、遠慮する彼女を説き伏せアマミハウスへ。

 そしてダリアは里長と旅の道程や会議の際の打ち合わせ、話を切り出すタイミングについて話し始め、一人残された俺は、せっかくだから新しい加工品をクーちゃんに教えに向かうのだった。

 そろそろ彼女には『熟成黒ニンニク』の作り方を教えておこうと思うのです。

 いやはや懐かしい。健康食品として需要があると良いのだが……。




 翌日。こちらが乗って来た魔車に乗り込める人数には限界があるからと、旧宿場町から新たに魔車を借りうけ分乗する事に。

 御者は俺とシュンの二人。女性陣は皆客車の中だ。

 こうして見ると驚異の男女比である。男二に対して女性六である。

 ちなみにクーちゃんはお留守番、もとい早速黒にんにくの製法を研究中だ。

 目指せ、異世界のや〇や。完成出来たらぜひともこの大陸の女神小神殿にお供えください。

 なお小神殿は王都の王城区画にあるそうだ。鎮魂際なる催しで『魔女に供物を捧げ怒りを鎮める儀式』を執り行うとかなんとか。

 そんな大それた物だったのか。他の大陸じゃあ気軽に冒険者がいらないアイテムとか放り込んでいたというのに。


「それじゃあ無事に結界から抜けられましたし、シンデリアには向かわず、直接セリューへ向かいますよ」

「今回はこっちの魔車が水上は進めない関係で陸路になる。カイヴォン、俺が先導する」

「任せた。ノクスヘイムに直接向かうんだったよな」

「ああ。ほぼ直線だし、途中に野営広場もある。そうだな……早くて三日で到着するだろう」


 さすがに水上対応魔車はそうそう出回っているものではないが、それでも新たに借りた魔物も中々の脚力を持っているようだ。

この隠れ里とも、これで本当にお別れになる。

住人の皆さんともっと沢山話したいという思いもあるし、クーちゃんにもっと色々教えてあげたいという気持ちもある。

そんな少なくない寂しさを感じながら、恐らくこの大陸最後の行軍を開始したのだった。








「ははは……なんだかえらい騒ぎというか……」

「……都市の外に新しく都市が出来たような様子ですね」


 三日後。セリュー領に入り首都が見えて来たところで、以前とは明らかに違う都市の様子に苦笑いを浮かべる俺とダリア。

 都市の入り口の側に、数えるのも億劫になる程のテントや屋台、仮設住宅の様な小屋が立ち並び、ちょっとした町のようになっていたのだった。


「……緊急招集ですからね。各領主達が私兵団を連れて来たのでしょう。ミササギにノクスヘイム、エルダインに商人ギルド。さすがに都市内に招き入れるには大所帯すぎる、と」

「それにしたってこの規模だぞ? どうなってるんだ」

「それだけ今回の招集に警戒しているのでしょう。私達はともかく、共和国の人間は事の顛末をまだ知らせていません。今も皆の中ではセリューが騒動の発端、黒幕だという認識があるのでしょう」


 なるほど、とテントの群れを臨みながら都市部へと向かい魔車を進めていく。

 シュンが御者を務める魔車はともかく、こちらの魔車にはブライト王家の紋章が施されている為、周囲の視線が集中するのを感じた。

 今回の招集をどのようにセリューが行ったのかは分からないが、緊張関係にあるエルフの国がやって来た事に驚きを隠せないでいるのだろう。

 すると、こちらの様子を覗っている集団の中から、一人の女性が現れる。

 その見知った姿に、魔車の速度を落とすと、我先にと彼女が駆け寄って来た。


「おお、やはりぼんさんでしたか!」


 その独特な呼び方で駆け寄ってきたのは、ミササギ領の領主であるアカツキさんの一人娘である、アリシア嬢だった。

 あれから、ミササギ領は先代であるコウレンさんの葬儀や、共和国全体の不和が収まるまで他地方との交流を断っていたという話だったが、こうしてこの場所にいるという事は……。


「ええ、今回の招集には聖女、つまりダリアさんも関わっているという話でしたので、こうしてお母様と一緒にやって来ていたのです」

「しかしなんでまたこんな都市の外に……仮にも次期領主だろ?」

「それなんですが、私達に用意された滞在先がお城の中だったんです。もちろん好待遇ではあるのですが、念には念を入れよ、という母様の言葉で、私だけはもしもの時、すぐに逃げ出せる場所に待機しているという訳なんです」

「なるほど……やっぱり随分と警戒されているんだな、ここの領主は」

「ええ。一応、かつて争っていた相手、それに先の一件で暗躍していましたから。恨みを持っている訳ではありませんが、それでもお婆様の死にはここの人間が係わっていたのは揺るぎない事実ですから」


 それを言われハッとする。俺達はここの領主、ファルニルとそれなりに交流をしていたが、彼女からすれば家族を失う原因を作った相手でしかないのだ。

 それを考えれば……俺も少々、あいつに対して甘すぎたように思えてくる。

 今回の会議。セリュー側への責任の追及、賠償の話が主になってしまいそうだな。


「後程私もお城へ向かいます。お引止めして申し訳ありませんでした」

「ああ、後でな。俺も一応セリューの領主に到着の報告にいかないといけないんだ」

「あら、そういえば隣のダリアさんがさっきから大人しいみたいですが……」

「……は! すみません、少しウトウトしていました」


 そういや朝早くからぶっ続けでしたね君。一応、今度こそ先導の任を全うしたかったとかなんとか。


「おや? 以前とは少し雰囲気が違いますね? なんというか女を感じます。ま、まさか!」

「煩悩退散。ほらほら、とっとと離れなさいおスケベフォックスさん」


 未だ『フォックス』がなんなのか分からない彼女が疑問の表情を浮かべるも、一先ず城へと向かい魔車を進めるのだった。






「よく来てくれたわね、長旅大変だったでしょう?」

「ご無沙汰していますファルニル様。突然の提案にも関わらずこうして動いてくださり、誠に感謝します」

「いいのよ、これはこの大陸に住む全ての人間の問題だもの」


 謁見の間。既に戦いの痕跡の消えたこの場所で、ファルニルが当然の様に玉座に座りこちらを見下ろしていた。

 膝を折る? 何を馬鹿な。既に人払いが済んでいる以上、俺がこいつに畏まるわけがない。


「何を他人事のように。全部が終わった以上、他の領主から責任の追及がある事くらい覚悟出来ているんだろう? 悪いが俺はお前を一切擁護しない。ミササギにもエルダインにも俺の大切な友人がいるんでね」

「……そうね、貴方相手に取り繕ったり、見栄をはる事は出来そうにないわ。分かってる、最悪の場合は私の首を差し出しても良い。領地だって、領民をしっかりと守ってくれるなら、利権を明け渡す事だってやぶさかではないわ」


 初手の揺さぶりにも平然と受け答えするあたり、本当に覚悟を決めているのだろう。

 だが実際、こいつの首は取れないだろう。領民の感情を悪化させ暴動でもおこされようものなら、それこそ再び大混乱に陥ってしまう。

 なにせ、ドラゴニアは種族としての強さが他の種族とは一線を画しているのだから。

 それを分かった上での発言だとするならば、やはりこの女は馬鹿な振りをするのが上手な、とんでもない食わせ物だって事なのだ。


「……まぁ、貴方ならそれこそ、一瞬でこの都市を消滅させられそうな物よね。私が何を考えているかなんてお見通しなのでしょう? 本当、私はどうなっても良いわ。でも領民の安全だけは絶対に保障してもらいたいのよ」

「素直にそう言えよ、最初から。俺だってここの住人には恨みなんてこれっぽっちもないんだ。お前さんは有能なんだろう? なら使い潰されるつもりでこれからも生き続ける覚悟をしな。首を差し出すなんて冗談でも言うもんじゃない」

「……ねぇ、やっぱり貴方私のお婿さんにならない? 絶対その方が幸せな未来につながると思うのだけれど」

「寝言は寝て言え。それより表面上の挨拶は終わったんだ。控室にいるシュンとジュリアを呼びたいんだが」


 すぐさま使いの人間に連れられ、シュンとジュリア。最も因縁のある二人がやってきた。

 シュンは特別な感情を抱いている風には見えない。だが、ジュリアは確かに、複雑そうな、少しだけ浮かない表情を浮かべ入場してきた。

 だが、恐らく今この瞬間、最もその表情を崩しているのは――


「本当に……正常な状態に戻っているなんて……」


 ファルニルだった。恐ろしいだろう、明確に自分の罪を知る相手がこうして戻って来たのだ。

 知らなかったではすまされない。お前さんがこの娘にした仕打ちは、どう取り繕っても許されるものではなかったのだから。


「……お久しぶりですね、セリュー領主様」

「……ええ、お久しぶりです、ジュリアさん」


 無言。シュンもダリアも俺も、その無言に口を挟む事が出来ないでいた。


「……まぁ、私は元々あの時、自分はもう助からないのだと、薄々感づいてはいましたけれど」

「……そうですか」

「だから、気に病まないで下さい……とはさすがに言えませんけれどね」

「それは勿論です。これから先、私にどれだけの権力が残るかは分かりません。ですが、それでも私は自分に出来る全てを以って、貴女とシュンさんに償いをしていくつもりです」

「はい。その言葉を聞けただけで十分です。私の身体については……もう詳しく見るまでもなく、正常だと分かると思います。ですので、ここにいる間はただ静かに観光を楽しみたいと思います」


 誰も何も言えないまま、その短いやり取りが終わりを迎える。

 シュンが止める間もなく、ジュリアは一人謁見の間を後にし、それに続こうとするシュンを、俺が呼び止める。


「少し、言いたいことも出来ただろう。ちょっとだけ話していくと良い」

「それもそうだな。ファルニル様。俺自身、ジュリアが戻った以上貴女を恨む事はないでしょう。ですが……謝罪や償いは必要ない。俺は、もう俺とその仲間達の力だけで生きていける」

「……分かりました。私はつくづく愚かだったのだと思い知ったわ。あの子一人が周囲に与える影響の大きさを、私は見誤っていた。一歩間違えたら……今ここにいる三人を敵に回していたかもしれないと思うとね……本当に、あの子が元気になって良かったと思っているわ」

「正解だ。シュンがもし絶望し心が折れてしまったら、それこそ俺もダリアも報復を考えていたかもしれないからな。お前さんは大局を見据え過ぎているんだ」

「肝に銘じておくわ。本当に、誰か苦言を呈してくれる人が隣にいてくれたら安心出来るのだけどね……」


 こいつが俺を傍に置きたがるのも頷ける。

 こいつはいわば、フェンネルやアーカムになりかけていた存在だ。

 そしてそれは……俺にも当てはまる。

 だが、俺にはリュエとレイスがいる。道を踏み外さないように俺を叱り、そして俺自身この二人の為に道を間違わないようにと常々心がけ、理性をギリギリのところで働かせる事が出来ているのだ。

 だが、こいつにはそれがない。本当に自分の理性だけで、自分に宿る膨大な力を律し、良き領主であろうとしているのだ。


「……これからも頑張れ。それしか今は言えない。まぁ、この会議が終わった後にボロボロになったのなら、少しくらいは労ってやるさ」






「意外だったな。お前があんな事を言うなんて」

「全くです。アリシア嬢との会話の影響もあってか、かなり険悪な様子でしたのに」


 控室に戻ると、二人が意外そうな様子で話しかけて来た。


「一から十まであいつが悪いって訳じゃない事くらい俺だって分かっているさ。あいつは相応の覚悟を決めた。だったらそれに少しは応えてやらないと、俺が情けないだろ」

「……随分と成長しましたね?」

「さすがにこの大陸では色々起こり過ぎた。精神が摩耗しただけさ」

「……だったら、今度は俺が責任を果たす番だろうな。今、この城にはエルダインの人間も来ているはずだ。だったら俺はあの娘、ヴィオという少女に会いに向かうべきだろう」


 すると、今度は徐にシュンが立ちあがる。

 そうだ。シュンはここセリューにやってくる直前、封印を託されたヴィオちゃんを襲撃していた。

 その罪を償いたいと言うのだろう。

 俺達も付き添うべきかと尋ねると、シュンは『これは俺のしでかした事だ』と、一人エルダインの一団が止まっている離宮へと向かっていった。


「……私はジュリアさんのところへ行きます。カイヴォン、貴方は念のため……」

「ああ、一応近くで待機しておく」


 そして、俺も遅れてその離宮へと向かうのだった。




 剣戟の音が鳴り響く、城と離宮とを結ぶ高架橋。

 地上高いこの場所で、今まさに二人の人間が拳と剣を交えていた。

 どんな経緯があったのかは分からない。だが、その顔ぶれと表情から推し量ることは出来る。

 シュンとヴィオちゃん。間違いなく、ヴィオちゃんの方がシュンに持ちかけたのだろう。

 大方『リベンジマッチに今すぐ応じてくれるのなら水に流す』とでも言いながら。


「……俺が来るまでもなかったか。精々白熱しすぎないように見守るくらいか」


 襲撃に遭った当の本人だが、動きを見る限り影響はなさそうだ。

 恐らくシュンも、無力化を念頭に置いていたのだろう。

 ……それにしても、前よりも少し動きが早くなっていないか、彼女。

 恐らくあれでもシュンには届かないだろうが、それでも食らいついてはいけているように見える。

 そして、その戦いが終わりを迎えようとしていた。

 橋の外に投げ出されてしまったヴィオちゃんが、咄嗟にオーラを纏い空を蹴る。

 驚いた事に、それで本当に彼女の軌道が代わり、高架橋へと舞い戻ったのだ。


「そこまでだ。今ので本来なら勝負がついていた事くらい、分かるだろう?」

「っ! お兄さん……ああ、もう……分かったよ、分かったから睨むのやめて」

「……来たのか、カイヴォン」

「念のためな。どうだ、ヴィオちゃんは強いだろ?」

「ああ、強い。少なくともこの世界に来てすぐの俺よりは確実にな」

「だ、そうだ。今はそれで満足しな。今の状況で事を大きくするのは得策じゃない事くらい、現領主としては理解しているだろ?」


 不満そうな彼女にそう語り掛けると、もう一度だけ強く拳を突き出し、シュンに宣言した。


「私はもうエルダインの領主になる。だから、公にアンタに負ける姿を衆目に晒せなくなるんだ。だから、認めるよ、私じゃアンタには勝てない、アンタの方が強いって」

「……ああ、そうだな。少なくとも今は俺の方が強い」

「そう、今だけだよ。私はこれから自分の領を発展させる。もっともっと私が強くなる為に。だから、アンタがもし負い目を感じているのなら、定期的に私の領地に来てもらうからね」

「……分かった。俺に出来る事があったら協力しよう」


 彼女は、自分の領を闘技場の街として発展させるつもりなのだろう。

 いつか語って見せた彼女の夢。世界中の猛者を集めて大会を開き、腕を高め合うそんな場所。

 そこに、シュンの事も組み込むつもりなのだろう。


「程々にな? とりあえず今は満足したのなら、ヴィオちゃんも後で俺達の宿に遊びに来ると良い。恐らく明日には会議も始まるが、その前にある程度情報は共有しておこう」

「うん、了解。まぁあの女に呼び出された以上、問題が解決、もしくは進展したんだろうなとは思っていたけれど……どうやら想像以上に大ごとになったみたいだね?」

「まぁね。少なくともこの大陸の在り方が多少変わるとは思うよ」

「ふーん。分かった。じゃあお兄さんは……また旅立つんだ?」

「そうなるね。その前にヴィオちゃんに振舞いたい料理があるんだけど」


 そして、ずっと振舞おうと、いつか食べさせると約束していた料理の話をする。

 なんだかんだで、長い付き合いだな、彼女とも。だが、今度こそ本当の意味でのお別れだ。


「じゃ、私は着替えて夜まで待機。一応、今夜は正式な領主に任命される為の式典が内々に行われるんだよね。終わったら向かうから、ごちそういっぱい用意しておいてよね?」

「あいよ。幸い海の幸なら大量に確保してあるんだ。期待してくれて良いぞ」


 以前、この城の後ろで大量に確保しましたから。ロブスターから大きなカニ、それに大きな魚も。

 マグロはいなかったと思うが、似たような魚ならいるかもしれないな。


「じゃあ俺も戻るよ。シュン、お前も一緒に戻るぞ。ジュリアの事もある」

「ああ。ヴィオ嬢、改めて謝罪する。受け取りたくないとは思うが、俺が犯したのは間違いなく罪だ。何度だって謝罪させてもらう」

「あーもう分かった分かった。じゃあその分沢山動いてもらうからね」


 彼女を見送り、そして俺達もこの場所を後にするのだった。

 ちなみに、立地的にこんな高所にある高架橋で大暴れしたのだ。念のためファルニルに報告だけしておいたのだが、元々飛竜が留まりにきたりしてかなり頑丈に作ってあったのだとか。






 宿に戻ると、そこにはリュエ達の姿はなく、意外な事にアマミと里長だけが残っていた。


「あ、おかえりなさいシュン様。それにカイヴォンも」

「おかえりなさいませ。お二人だけ遅れたとなると……何か問題でも起きたのでしょうか?」

「ただいま戻りました。問題って程でもないですよ。それより他のみんなは?」

「それでしたら、ダリアさんがジュリアさんと観光に向かうというので、リュエさんがそれについていきましたよ。レイスさんもそれに付き添いで」

「私も行こうと思ったんだけど、さすがに宿に誰か残らないといけないからってね? 里長は純粋に眠いからここでさっきまで寝ていたんだ」

「そうか……ジュリアが無理をいってしまったようだ。後で皆にあやまっておかないと」

「貴方は少々過保護ですよ。彼女の様子をくみ取ってダリアさんが提案したんですから、それを貴方もくみ取りなさい」


 ははは、さすがのシュンも里長には敵わない様子。

 少し狼狽えながらも『そういう物なのか』と納得したみたいだ。


「さーてと……じゃあ俺は今夜のメニューの為に食材のピックアップでもしておこうかね」

「おや? またなにか新しい料理ですか? 道中、中々興味深い料理を作っていただけに好奇心を隠せないのですが?」

「そういえば随分食いついていましたね……気に入ってくれましたか?」

「ええ。チュウカでしたか? あの独特の味付けはなかなか癖になります。ヘヴィな癖についつい手が伸びてしまう、危険な料理です」

「ああー……太っちゃう太っちゃう……でもまた食べたいなぁエビチリ? だっけ」

「あれは中々の美味でしたね。お肉至上主義の私をあそこまでうならせるとは。チュウカにはお肉メインの料理はないのですか?」

「ありますよ。トンポーローという豚肉の料理が。あれは俺も好物の一つですねぇ……」

「なるほど豚さんですか。興味があります」


 オインクがこの場にいない事が悔やまれる。

 だがそれは勿論、ふざけた意味でもあるのだが、心の底からの思いでもあった。

 今、この都市には俺と関わって来た多くの人達が集まっている。

 それだけでなく、ダリアとシュンの二人までが揃っているのだ。

 もし、この場に彼女がいたら。どれ程喜んでくれただろうか。


「……じゃあ、それも作りますね。さてと、じゃあアイテムボックスから食材をリストアップしていくかね」


 せめて豚肉さんだけでもこの場所にいてもらいましょうか。


「カイヴォンが戻って来たし、私も街を見てこようかな?」

「ええ、構いませんよ。行ってきなさいな」

「里長はいかないの?」

「ええ。ここで少しカイヴォンさんの料理についてお話でも聞こうかと」

「ならば俺が同行しても良いだろうか? ジュリアと行き会うかもしれないし、何か土産になりそうな物も買いたいんだが」

「え、それは勿論大丈夫ですけれど、良いんですか?」

「むしろお願いしたいくらいだ。女の子が欲しがる物を知りたい」


 お前さん、こっちの生活が長すぎて感覚が狂ってしまったんだろうか。

 君元々ギャルゲーもエロゲーも知り尽くしていた上に、結構お洒落にも気を使っていたと思うのですが。

 ……時の流れは人を変えてしまうんですね、分かります。


 二人を見送り、里長と共に食材をピックアップしていく。

 今回のメインはヴィオちゃんの好物であるカニチャーハンである為、まずは以前ここを訪れた時に手に入れた海の幸から、カニをチョイスしていく。


「おや……これは確かクロウクラブという魔物でしたね」

「え、魔物なんですかこれ? 食べられると思ったんですけど」

「ええ、海産物でもあります。生息域が限られているので、大層な高値がつけられているそうですが」


 見つけたのは、ハサミが大きなタラバガニに似たカニ。

 とりあえずコイツをいつでも取り出せるようにチェックをしてから再収納。

 その他、大きな豚バラの塊やらその他調味料をピックアップしつつ、余裕のある物を里長に買い取ってもらう。

 あげる、と言っても絶対に対価を支払うと言ってきかないんです。

 断りつづけるとしまいには服を脱ぐ真似をしつつ『身体で』とか言い出す始末だ。


「ん……そうかこれも食材のくくりだったか」

「あら、見慣れない果物ですね? 漆黒のリンゴでしょうか?」


 良い機会だからと、アイテムボックス内の仕分けを兼ねてチェックしていると、以前手に入れた『ある果物』が目に留まり、それを初めて具現化させてみることに。

 それは、里長が言うように、黒く塗られたリンゴのような外見をしていた。

 艶やかで、まるで美術品か何かの様な存在感を放つその正体は――



『禁断の果実“魔極”』

 食べた存在に膨大な魔力を与える禁断の果実

 世界を巡る魔力の上澄みだけを汲み取り育った

 非常に美味である反面非常に硬く常人では皮が剥けない



 そう、俺が魔極リスティーリアを倒した際にドロップしたアイテムだ。

 そういえば杖はリュエにあげた記憶がある。確かローブも一緒にドロップしていたが、そっちはどうしようか。ダリアあたりにでも渡しておくべきか。


「ははぁ……七星が落とした物ですか。なんとも曰くありげですね、これを振舞うのはやめた方が良いと思いますよ」

「ですよね。さすがにちょっと恐いですし、食べる勇気はないかな」


 などと言っていると、宿の主人から声がかかった。

 今日の夜、厨房を貸してもらえないか聞いておいたのだ。


「じゃあちょっと俺は行ってきますね」

「わかりました。私の方は……そうですね、もう少し眠っておきます。自分の足以外での旅は不慣れな所為か、あの揺れがどうにも身体に合わなくて」

「……帰りはどうします?」

「私だけ徒歩で。アマミはそうですね、そのままダリアさんとブライトネスアーチに向かってもらいましょう」

「はは、了解。じゃあまた後程」








「ただいまー! ……って、里長しかいないや」

「眠っているみたいですし、静かにしませんと」


 ダリアとジュリアちゃんの観光に付き合っていたのだけれど、どうやらジュリアちゃんにとっては物珍しい物が多いらしく、想像以上に沢山の買い物をしてしまった。

 一度荷物を宿に置きに行くという話になったのだけど、私とレイスはアイテムボックス持ちだからね。

 けれども、そのタイミングでシュンがアマミと一緒に合流したので、折角だからと親子? になるのかな。二人きりにしてあげる事にした。


「うーん、お腹も満足したし、少し休憩したらデザートでも食べにいこうか?」

「そうですね。里長が起きたら誘ってみましょうか」

「うん。それにしてもアマミはいつまでたってもダリアとシュンにはなれないみたいだねぇ」

「仕方ないですよ。サーズガルドに住む人間からすれば、二人は雲の上の人ですから」


 そういうものなのかな、と納得しながら、私もそっとベッドに横たわる。

 すると、沈んだベッドに反応して何かが私の頬に転がって来た。

 一体何だろうと手にとってみると――


「レイスレイス、これなんだろう?」

「ええと……リンゴでしょうか?」

「でも真っ黒だよ? こんなの初めて見た」

「この辺りの固有種なんでしょうか……ちょっと不気味ですよね」

「そうかい? なんだかつやつや光っていて美味しそうじゃないか」

「あ、ダメですよ勝手に食べたりしたら」

「えー……一齧りだけ!」


 大きく口を開け、その黒いリンゴにかぶりつく。

 けれども、まるで硬い木でも齧ったような衝撃が顎を襲い、思わずそれを取り落としてしまう。

 なんだいこれ……作り物だったのかい?


「あーあー……顎が痛い……これ食べ物じゃないみたいだよ」

「そ、そうなんですか? どれどれ……歯形すらついていませんね」

「むー、紛らわしいなぁ……」

「あら、でもこれ、作り物ではないみたいです。ヘタの部分を見た限り本物の果物みたいですけれど」

「むぅ……もしかしてこの黒い皮が特別頑丈なのかな?」


 私は果物ナイフを取り出し、レイスに剥いておくれ、と手渡した。

 さすがに躊躇していたけれど、この不思議な果物への好奇心に負けたのか、彼女がゆっくり皮を剥こうとする。


「くっ……刃が入りません……」

「ええ!? ちょっと貸しておくれよ」


 受け取ってみると、確かにナイフが皮に食い込もうとすらしてくれなかった。

 こうなったら意地だ。全力を込めようじゃないか。


「ぐ……ぐぐぐ……あ!」

「きゃっ!」


 次の瞬間、折れたナイフが天井に刺さってしまう。

 ええ……そんな馬鹿な……どうなっているんだいこれ。

 仮に作り物だとしても、こんな事ありえないと思うのだけど。


「むー! なんだかムキになってきたよ。これならどうだ!」

「ちょ! リュエ、そんな室内で――」


 私が取り出したのは『神刀“竜仙”』。さすがにこれならいけるはずだ。

 剣の根本に黒リンゴをあて、ゆっくりと動かしていく。

 すると、さっきまでとはまるで別物のように、スルスルと綺麗に皮が剥け始めた。


「おお……中は真っ白で普通のリンゴみたいだね」

「そうみたいですね……でも勝手に手をつけてしまったよかったのでしょうか」

「後で同じの市場で買って来たら平気だよ。それにしても凄く良い香りがしないかい? さっきまで何も匂いがしなかったのに」

「言われてみれば……なんだかとても爽やかな」


 まるでリンゴとレモンを混ぜたような、爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。

 もう我慢できないと果肉を切り分け、おそるおそる一口齧ってみる。

 すると、さっきまでの馬鹿げた硬さはなく、普通にしゃっきりと食べる事が出来た。


「ん……おいしい! レイスも食べてごらんよ!」

「で、では……あむ。……これは美味しいですね! 天然の果物がこんなに美味しいなんて……」

「ね! このまま食べるのがもったいないくらいだよ! うーん……あ、そうだ!」






「では、夜の八時から厨房をお借りしますね。片付けの方はまかせてください」

「ええ。しかしまさか料理長が許可を与えてくださるとは思いませんでしたよ」

「素直に話したら案外いけましたよ。それにちょっと料理談義で盛り上がってしまいました」


 厨房のレンタルについて話をつけ、この後どうしようかと考えながら部屋へと戻る。

 すると、室内からカツンカツンという音と、楽し気な声が聞こえて来た。

 どうやらリュエとレイスの声みたいだが……。


「二人とも戻っていたのか。あまり騒ぐと里長に怒られるぞ」

「あはは、ごめんよ。でも里長、ぜんっぜん起きないんだ」

「ふむ……」


 もしや規定の時間まで絶対に起きないモードでもあるのだろうか。

 里長の事はひとまず置いておき、リュエとレイスがしている事について尋ねる。

 以前、俺が作ったアイスメーカーなのだが、リュエのアイテムボックスに保管しておいたのだ。

 曰く、俺がいない間にもアイスを作れるように、と。

 そして今、リュエとレイスが楽しそうに果物を刻み、アイス液と混ぜ合わせているところだ、と。


「うーん美味しい! アイスにするとより一層美味しいね!」

「はい、ついつい食べ過ぎてしまいますねこれは」

「うーん後で探しにいかないとね。もうなくなっちゃった」

「そうですね。買いだめしても良いかもしれません」


 余程気に入ったのか、出来上がったアイスがあっという間に二人の口の中に消えてしまう。

 ちょっとお兄さんにも分けてください。はじっこ、はじっこだけで良いから!


「なんのアイスを作っていたんだい? なんだかリンゴと柑橘系の香りがするけれど」

「うん。さっき帰ってきたらリンゴが転がっていたから頂いちゃった。あれってここで買ったのかい? 後で一緒に買いに行こうよ、あの黒リンゴ」

「黒リンゴ……? ……あ!」


 さっきまで自分が座っていたベッドに向かう。

 そうだ、あの時呼ばれた所為であの果実を収納し忘れていた。

 まさか、まさか……。


「……も、もしかして食べちゃいけなかったのかい? ごめんよ、すぐに買ってくるから」

「あ、いや……二人とも身体に異常はないかい? お腹が痛いとか、気分が悪いとか」

「え、ええと……もしかして悪くなっていたのでしょうか……」

「いや、そうじゃないんだ……あれ、実はリンゴでも買った物でもなくて――」


 二人に謝罪をしながら、あれがどういう経緯で手に入った物なのかを教える。

 どうやら身体に異常は見られないようだが……。


「し、七星が落としたアイテムだったなんて……ご、ごめんよカイくん! そんな貴重な物を美味しい美味しいって、二人で食べちゃって……」

「ああ……なんという事をしてしまったのでしょう……ごめんなさい、芯と皮だけしか残っていません……再生術を試してみます!」

「あ、いや良いんだ。二人が無事なら……あの、二人とも妙に力が漲るとか、そういう異常はないかい?」

「うん……? ちょっとまっておくれよ」


 虚空に手を翳すリュエ。恐らく自分のステータスをチェックしているのだろう。

 状態異常ならばすぐにわかるはずだが……。


「うん……どこも異常は――あれ?」

「どうしたんだ、リュエ。まさかおかしな場所が……」

「なんだろう、ちょっとコレ見てくれないかい? この数字の意味ってイマイチ良く分からないんだ」

「どれどれ……」


 表示されたのは、普段あまり見る事のない彼女のステータス画面。

 以前[詳細鑑定]で調べた時から、彼女のレベルが3上がっている事以外特別おかしな事なんて――


「いや……確かにこれはちょっとおかしいかな」

「そうだよね? 私、剣を装備しない限りこんな大きな数字にならないはずなんだ」


 そう、リュエの魔力の値が1桁上がっていたのだ。そう、桁だ。

 ……あの果物にそこまでの効果でもあったというのだろうか?


「あの、私は特に変化がなかったのですが……ただ、少し気分が高揚しているというか」

「変化がない……なら――」


 ステータスに変化がないのならと、今度は自分に[詳細鑑定]を施し、彼女のステータス外、称号や技能に変化がないかとチェックしていく。

 すると、確かに彼女も戦いの経験で成長はしているし、魔力の値も相応に強化されていたのだが、スキル欄に見慣れないものがあった。



[魔力徴収]

 周囲の魔力を自動的に取り込み魔力を強化する。

 また、MP回復速度が倍加する。



 元々再生師のスキルとして環境に応じて変化していた効果がさらに高まると見て良いのだろうか、これは。

 え、じゃあもし俺もそのアイスを食べていたらそういう効果を得られていたのでしょうか……。


「ああ! カイくんがうなだれた! やっぱり食べたかったんだね!? ごめんよごめんよ!」

「ご、ごめんなさい! 皮と芯を再生したらただの黒い塊にしかなりませんでした……本当にごめんなさい……」

「い、いや良いんだ……ただちょっと二人が羨ましいだけだから……二人とも魔力関連の力が強化されてるのを見て、ちょっぴり俺も強くなりたかっただけだから……」

「うう……私が意地汚いばっかりに……で、でも大丈夫! カイくんはもうすっごく強いから!」


 なんだかこれ以上落ち込むと二人が逆に不憫なので、ここは『二人が強くなってよかった』という事で納得しておきましょう……。

 ただ、ちょっと味的な意味でも食べてみたかった……後で再現出来ないか試してみるか。




「それで、私が起きたらこの有り様ですか……まったく、たかが甘味で大の大人が落ち込むなんて。ほら、そろそろ時間なのでしょう? 厨房に行きますよカイヴォンさん」

「……はい。じゃあ下越しらえだけすませちゃいましょうか」


 夜。そろそろヴィオちゃんがやってくるはずだからと、里長と共に厨房へと向かう。

 そこまで落ち込んでいるように見えただろうか? ただちょっとリンゴとレモンを並べて吟味していただけのつもりだったのだが。


「まるで親の仇でも見る様でしたよ。さて、じゃあ始めちゃいましょう」


 ともあれ、チェックしていた食材を下ごしらえしていく。

 米は硬めに炊き、カニは蒸して殻から取り出しておく。

 香味野菜も切り分け、すぐにでもチャーハン作りが出来る状態にしておくのだ。

 その間に、里長には肉を切り分けてもらう。

 さすがに彼女の手際はよく、何も指示しなくても、理想的な大きさに切り分けられる豚肉さん達。つまり角切りらんらんだ。

 基本は日本料理にある豚の角煮と大差ないのだが、味付けにちょっと特別な香辛料を使うのが特徴だ。

 そんなこんなで豚を煮込みはじめ、後はヴィオちゃんがやって来たらチャーハンを仕上げるだけというところまで終え、一息つく。


「明日の会議はきっと、思ったよりも早く終わるでしょうね」

「え……どうしてそう思うんですか里長」

「カイヴォンさん達がいる間にすべき事は事後報告のみ。そこから先の大陸の運用、責任の所在を問うとなると、それこそ一日やそこらで済むとは思えませんから」

「つまり……それは俺達がいなくなった後にするべき議題だと?」

「ええ。旅立つ貴方方を引き留めるような真似はしないでしょう。どうやら、有権者達は皆、貴方達の事を知っているみたいですし」


 ……そうなのかもしれない。

 事件に関わりはしたが、俺はこの大陸の住人という訳ではないのだ。

 だが……さすがにそれでは座りが悪いではないか。

 明日で、心残りをなくすべき。俺も積極的に発言するべきだろう。


「いえ、やっぱり少し話を掘り下げますよ。ここまで関わったんですから」


 そんな些細なやり取りで気持ちを再確認させられた俺は、もしかしたらこれも里長の作戦のうちなのでは? と疑念を抱く。まぁこの人にはたぶん絶対敵わないのだろうな、とあきらめもついているのだが。

 そうしていると、宿の主人から来客の知らせを受ける。

 その主は当然――


「やっぱり良い宿とってるね? こんばんは、無事に正式な領主となった私の登場だ」

「いらっしゃい。なんだ、てっきり儀礼服かなにかでも着てくるのかと思ったのに」

「ヤダよガラじゃない。気配から察するに、部屋の方には随分人が集まっているみたいだね?」

「ああ、そうなんだ。今みんなを食堂に呼ぶから――」


 厨房から出ようとしたその時、ヴィオちゃんがそれを手で制する。


「うんにゃ。そんな祭られるような事でもお祝いしてもらいたい訳でもないんだ。ただここで、お兄さんの料理を食べながら、お話する。それだけで良いんだ」

「……そうかい」


 何か、そうしたい理由があるのだろう。

 どこか神妙な様子の彼女の意を汲み、そのまま踵を返し料理を仕上げる事にする。


「さて、では私も今の間は外しておきます。隅に置けませんねカイヴォンさん。こんなジャンルの女の子にも手を出していたなんて」

「ははは、もう突っ込みませんよ。すみません、里長。今の間、皆が降りてこないように取り繕ってください」

「任されました。では、どうぞごゆっくり」


 貸し切りとなった宿。そして厨房にすら人のいないこの空間に残される二人。

 手早く仕上げた炒飯と中華風角煮を手に、静かに席で待つ彼女の元へ向かう。


「ほら、完成だ。特製カニチャーハンと豚の角煮。スープは海藻とネギのスープ。サラダはリンゴが入っているけれど、あまり気にならないと思う」

「へぇ、果物がデザートじゃなくて料理になるんだ。チャーハンも……凄いね、めっちゃパラパラだし凄く良い匂いだね。あと豚の肉……いやぁ、お腹空いていたんだよね」

「それは何よりだ。んじゃ、俺も相席させてもらおうかな」


 頂きますを言うよりも早く、スプーンでチャーハンを頬張る彼女を見る。

 ……きっと、今日の式典で揉めたのだろう。血の気の多い彼女の事だ。シュンとの一戦だけで完全に全てを水に流す事なんて出来なかったのだろう。

 そして……当然式典を取り仕切る、ファルニルにも彼女の強い感情は向けられたと見るべきか。


「ああ……美味しいなぁ……今日さ、私負けてばっかりだったんだよね。だからかな、何も食べる気がしなくってさ」

「……そうかい。あのバカ皇女、もとい領主にも吹っ掛けたのか」

「勝負なんかじゃなかった。ただ黙って私の拳を受けたよ。悪いのは自分だからって。逆にこたえたよ。会議の前に自分の身を案じるでもない、ただ平然と受けるんだ。私の一撃程度じゃ、身を案ずる必要もないとでも言ってるみたいにさ」


 ポロポロとスプーンから米粒を零しながら、彼女はかきこむように頬を膨らませていく。


「んぐ……食べる気がしなかったんだけど、お兄さんのご飯は食べられるね。凄く、美味しいもん。こんなに美味しいなら、もっと早く作ってもらいたかったかな」

「……そうかい。ほら、零し過ぎだ。タオルを使いな」


 口と目をぬぐう彼女。零れた米とソレを、一気に覆い隠すように。


「……悔しいなぁ。たぶん、一生勝てないんだろうなぁ」

「そうならない為に、君は自分の街を変えるんだろ? 頑張りな、君はまだまだ強くなる」

「気休めは良いよ。私くらいになると自分の終着点が見えてくるんだ。そこは、お兄さん達のいる場所にはまだまだ遠い場所。だから……そろそろ折り合いをつけようかなって」

「……なら、手段を変えな。ふやせる武器は無限にある。レイスだって、拳だけなら君には届かなかったんだから。もうちょっとだけ足掻きなよ、らしくないぞ」


 種の限界や、身体の限界だって当然あるのだろう。

 地球よりも遥かに自由で可能性に満ち溢れたこの世界でも、それは存在する。

 ドラゴニアという種族に、神隷期の人間。それは、きっと逆立ちしても追いつけない、絶対的な差として、彼女を追い詰めてしまったのかもしれない。

 だが――まだ諦めなくても良いではないか。君は、その若さで今の場所まで上り詰めたのだから。


「君は天才だ。挫折を何度も味わいながらもここまで来たんだって事くらい、俺でも想像出来る。俺は、またこの場所にいつか戻って来る。だから、その時までに少しだけ、今より少しだけ強くなって待っていて欲しい」

「……そういえば、本気のお兄さんとはまだ戦ってなかったかな」

「ああ。そして俺はきっと勝つ。そしたら君はまた少し強くなって、俺を待っていてくれ。何度だって挑みに来る。だから、その度に強くなりな」


 気休め半分、本気半分。

 脳筋おおいに結構。少しずつでも強くなれば、いつかは必ず自分の限界を越えられる。

 案外、シュンや俺よりも強くなれるかもしれないぞ。俺達はどこまでいっても、思考の根底には地球人の一般人として甘い部分が存在しているのだから。


「俺はこの世界最強だ。そんな俺に何度も挑める権利なんて、他の誰にもないんだ。だから、きっと君は他の誰よりも強くなれると俺が保証しよう」

「ぷっ……世界最強って本気で言ってるの?」

「ああ、本気だ。だから、月並みな言葉だが、元気を出しな。好物をたらふく食って、それで戦い続けりゃ嫌でも強くなるって」


 まるで小馬鹿にするような笑みを向けるヴィオちゃん。

 だが、そこにもう彼女らしくない、光のかすんだ瞳はどこにもなかった。


「仕方ないなぁ……そんなに私と戦いたいなら、お兄さんの為にももっともっと強くなってあげないといけないねー」

「ああ、そうさ。って、もう器が空じゃないか。どうする?」

「当然おかわりするよ! じゃんじゃん持ってきてよね!」


 そうして、彼女の胃袋が限界を迎えるまで、ぼんぼんキッチンはフル稼働しましたとさ。








「――これが、今回の一連の事件の顛末です。サーズガルドの国民には、前王フェンネルは、壊れた封印から現れた七星との戦いで討ち死にした、と説明してあります。混乱を避ける為、この真実を流布する事は避けて頂きたいというのが、現状我々サーズガルドが求める唯一の希望です」


 翌日。城の会議室に集う各領地の代表者達の前で、ダリアが全ての真実を語った。

 直接的な原因を作ったのは確かにファルニルだ。だが、そう仕向けたのはサーズガルド側であると。

 当然、既に元凶である存在が死亡している為、その責任の所在が行方知れずとなり、その追及より先に今後の動きへと会話の流れが移ろうとした。

 だが――


「責任の所在をはっきりさせよう。今回、この大陸の問題であるにも拘らず、解決に導いたのは俺だ。傲慢に聞こえるかもしれないが、まずはそこをはっきりさせないと、俺が納得できない。ある意味、一番の被害者は俺でもあるんだからな」


 割って入る。誰も言い返せない、反論出来ない、いやそれを許さないとでも言うような口調で。

 そう、皆は失念しているのだ。どこまでいっても俺は部外者だという事を。

 そして、何よりも――ここにいる存在が、全ての元凶をも超える絶対的な力の持ち主だという事を。


「っ! それは……今議論すべきことなのですか?」

「そうだ。ダリア、確かにお前は俺の友人だが、この件に関しては擁護するつもりはない。他の皆もそうだ。今一度、話し合ってくれ。今回の騒動の根底にあるのがなんであったのか。直接的な原因は一人の狂った人間の思想だが、その凶行が実現するまでの下地に何があったのかを」


 席に着いた人間を見つめる。

 誰よりも狂った人間の近くにいたノクスヘイム。

 平和を好み、自分達を生かす事を第一に動いてきたミササギ。

 ただ覇を唱え、戦いを望み続けたエルダイン。

 全てを支配すべきは自分だと思い続けていたセリュー。

 自分達の発展だけを進め続けていた、簒奪者であるサーズガルド。

 国が違えば思想も違う。人の数だけ正義は違う。

 どこまでいっても俺は一般人だ。上に立つ人間の思惑なんて想像する事しか出来ないさ。

 だが――全員がどこかしら歪みを抱えていたのではないか。

 そんなもの、この大陸に限った事じゃない。オインクが治めたセミフィナル大陸もそうだ。

 戦争を経験し、そしてアーカムと言う毒を身に宿した国だったではないか。

 どんな場所にだって、大きな災いの種は存在する。

それが発芽するきっかけがあれば、どこでだって今回のような事件は起きえるのではないか。


「……誰かが、どこかが、なにか一つが決定的に悪かったとは思えないんだよ、俺には。勿論、元凶である存在は確かにいた。だが、その下地っていうのは――」

「我ら全員がそうだと言いたいのか、カイヴォンよ」


 最初に言葉を発したのは、ミササギ領主であるアカツキさんだった。


「俺はこの大陸の歴史を知っている訳ではありませんので。それを知っている皆さんで考えて欲しいというだけです。そもそも、この大陸にエルフが現れる前の段階で既に戦争の最中だったという話ですからね」

「まー、そうなってくると私のご先祖様? それとセリューの連中がやり合い始めたのがきっかけになるって事かな?」

「そ、そういう問題でもないと思うわ。そうよね?」


 ヴィオちゃんと、彼女の言葉にどこか狼狽えるファルニル。

 そして、この中で最も後に誕生した種族であるダークエルフである彼もまた、自分達の行い、そして裏で暗躍していた事を思い出し、どこか苦しそうな表情を浮かべていた。


「ダリア。悪いが俺抜きでする予定だった話を始めさせてもらった。里長もすみません、隠れ里の今後について話すよりも先に、面倒な話題を振ってしまって」

「私は構いませんよ。これで皆さんが殊勝な心掛けになれば、私としてもやりやすくなりますし。そう思いませんか? 聖女様も」

「……ええ、そうですね。カイヴォン……本当にどうして貴方はこう……私の段取りを壊すような事ばかりするんですか……」

「俺がそんな思い通りに行く人間だなんて勘違いするなよ。忘れた訳じゃないんだろ、昔の出来事を」

「……ええ、そうでしょうよ。私も俺も、それは重々承知していますとも」

「なら、お前も議論に入れ。ある意味お前だって元を正せば部外者なんだ。それが片方の陣営に付いた結果が今のこの大陸の在り方なんだからな」


 そうして、時折声を荒げる人間も現れる中、その議論は白熱していった。

 誰が悪いのか……という話では、いつのまにかなくなっていた。

 ただ皆は『何が悪かったのか』『自分達のここが良くなかったのではないか』そんな、どこか自虐にも後悔にも似たやり取りが交わされていく。

 それが一〇分、二〇分と続いていたその時、ようやく議論を行っていた人間の中から、一人の人物がそれに気が付いた。


「あの、この議論に意味も答えもないのではないでしょうか」

「お、さすがこの中で一番平和そうな頭をしているだけはあるな、アリシア嬢」

「ちょっとそれどういう意味ですかぼんさん!」


 アカツキさんの補佐として出席していたアリシア嬢だった。

 彼女の言葉に、皆もなにかに気が付いたように顔をこちらに向ける。


「もう、皆さん何か一つに責任を押し付けるなんて考えは消えているでしょう。それに……何が悪かったかを決めたところで、何も変わりはしない」

「でしたら、どうしてこんな議論をさせたんです? そのまま次の議題、今後について話し合ってもよかったではありませんか」

「まぁそうだね。結局それに気が付いた段階で、今はなすべきはどのみちこれから先、未来についてになるっていうのは俺も分かり切っていたんだよ。ただ……いきなり始めるのと、こうして意見を言い合った後じゃあきっと結論だって変わって来るだろ?」


 俺が何よりも歪に感じていた事。

 白エルフの迫害、フェンネルの狂想、種族の違いによる摩擦、そんな事よりもなによりも……圧倒的に足りなかったのだ。話し合いの席を設ける回数が。

 アイツを擁護する訳じゃあないが、もしも仮にあの狂ったガキが、その胸の内をシュンやダリアに話していたらどうなっていただろうか。

 今よりも少しは違った結末になっていたのではないだろうか。

 脅威の存在により、あれよあれよとまとまり出来上がった共和国。

 だが、もしもしっかりとした交流の末に互いの手を取り合い一つの国となっていたら、サーズガルドとの関係も今とは違った物になっていたのではないだろうか。

 どこまでいってもたらればの話。綺麗ごとや理想論の類だが、それでも何かが変わっていたのではないだろうか。


「じゃあ、余計な口出しをして会議を混乱させた俺は退場しておきます。後はどうか皆さんで話し合いを始めてください。もうしわけありませんでした、部外者である俺がでしゃばるような真似をして」


 そして俺は、逃げる様にこの混迷極まる会議室を後にしたのであった。




「ん? あれ、アマミじゃないか。どうしたんだよ、もう里長も中で会議の最中だぞ?」

「あ、カイヴォン。出て来たって事は会議が終わったの?」

「いんや、俺だけ抜け出して来た。アマミの方は……会議に参加するより警備に回ったのか?」

「正解。正直私が聞いてもわからない話が多そうだし、後で里長が教えてくれるだろうと思ってね。どのみち、今日以降も里の後見人になるであろう人とは話し合いをする事になるんだろうし、そうなってから私も話し合いに参加しようかなって」

「なるほど、そりゃ賢いやり方だ」

「でしょう?」


 休憩室に向かおうとすると、入り口の前で騎士装束を身にまとったアマミがこちらを出迎えてくれた。

 俺と同じく時間を持て余している彼女と、他愛のない会話で時間を潰す。

 ……彼女の行く末も見届けたいという気持ちもある。

 だが……さすがにもうそろそろ、次の大陸に向かわないといけない。

 急いでいるわけじゃない。だが……気持ち的に急いてしまうのだ。

 もうすぐ、一つの区切りがつく予感がする。だから、早くその面倒な事を終わらせてしまいたいと。


「……凄いよね、ただの暗殺者で、田舎娘でしかない私がこんな場所にいるなんて」

「はは、暗殺者って認めちゃうのか。せめて工作員とでも名乗るべきじゃないか?」

「そんな上等な物じゃないよ。本当、カイヴォンに出会ってから色々変わったと思う」

「……そうかい。じゃあ、あの時俺が言った言葉も、そろそろ現実味を帯びて来たんじゃないか?」

「『カイヴォンと出会えたことが人生で最高の幸運に思えるように』だっけ? ……最高かどうかはまだ分からないかな。でも……うん、少なくとも――」


 きっと、そういう意味ではない、ただ純粋な感情からくる言葉。

 だがそれでも――今までで一番の笑みと共に向けられたその言葉に、不覚にもときめいた。


「カイヴォンに出会えて、私は幸せだよ」

「……やばい、惚れそう」

「だめ。そういう意味じゃない事くらい分かるでしょ」

「ちっ、分かってるよちくしょう」

「ふふ、でもそっか……もうすぐ行っちゃうんだね。今度はすぐに戻ってこれないだろうし、やっぱり寂しいなぁ」

「なら、今度は他の大陸のお土産でも買ってくるさ。それを楽しみに待っていなされ」

「ふふ、それもそうかな? じゃあ今度はそうだなー……武器! 何か私が気に入りそうな武器をお願いしよっかな? 実は私の剣って自由騎士時代に支給された安物なんだよね」

「うわ、色気ゼロだな。けどまぁ……確かに外の大陸には変わった武器もありそうだし、俺も興味があるな。よっしゃ、じゃあ何か凄い武器を見つけて来てやる」

「やった! じゃあ約束だからね? 絶対にまた来てよ?」


 そう言いながら、彼女はそろそろ見張りの交代だからと去って行く。

 ……ああ、くそ……寂しいなちくしょう。

 セミフィナルじゃ豚ちゃんと別れた。あの時も寂しかったが、今度は豚ちゃん並に親しくなった人間大勢とお別れしなきゃならないのか。

 ……本当、とっとと面倒事を片付けて、またこの場所に戻らないといけないな。

 一人部屋で目を閉じながら、静かにこの感情が収まるのを、じっと待ち続ける。

 まったく、いい歳して情けないったらありゃしない。








 どんな結果になったのか。どう事を収めたのか。それを俺は聞こうとはしなかった。

 きっと、これから先も多くの課題にぶつかり、小さな歪みが幾度となく不和を生み出す事だろう。

 だが、それでも俺は会議室から出て来た一同の顔に、それすらも自分達の糧にし、互いになんどもぶつかりながら歩み続けていくのだろうと、そう一人夢想した。

 見てみろよ豚ちゃん。お前さんの国とはまた違った在り方で、素敵な場所になろうとしている国がここにもあるぞ。

 きっと、この場所にお前も呼ばれる未来もそう遠くないだろう。

 散々引っ掻き回しておいて、どこか他人事のようにそう考えながら、俺は城を後にする。

 そして、俺は今日この港に到着する船へと、乗船の予約を入れ、宿へと戻る。

 出向は明後日の早朝だそうだ。つまり、それが俺達がここを発つ日。


「長かったような、短かったような……じゃあ、次の再会に備えるとしようか……」


 そして、俺は久方ぶりに『ソレ』を取り出し、自分の指にはめる。

 君は、君達はまだつけてくれているだろうか、俺の送った指輪を。


「……きっと成長しているだろうな――ナオ君」


(´・ω・`)次章の開始まで今しばらくお待ちください

予定では次章、そしてさらにその次の章で完結するつもりです。

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