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三百六十話

(´・ω・`)これにて連続更新はひとまず終わりです。

本日(もう昨日)無事に暇人魔王の書籍版第七巻が発売されました。

二巻以降は微妙に内容が変化していますので、これから先も少しずつ、そちらの設定に準ずるようにWEB版の話を組み立てていきますが、その時も一応自然に読めるように工夫する予定です。

「……貴方の望みは、そんな姿になる事だったんですか」


 魔の大樹と化した、自分が長い間暮らしてきた城。

 遥か上空に現れたその姿に、私はそれが『フェンネルが変化したもの』だと、理由もなく確信した。

 空に君臨するその姿は、もはや神々しい程で、はるか遠くにいる私ですら、その威圧感に指先がかすかに震えている程で。


「……この場所の術式付与は完了です。次は城内にうつりますよ、チセさん」

「あれが……あれが七星なんですか……?」

「……ある意味ではそう言えるでしょうね。二体の七星が融合したようなもの、でしょうか」

「……でも、カイヴォン君なら勝てますよね? なにせ、あっという間に一体倒してしまっているんですから」


 それを肯定する事は出来ませんでした。

 恐らく、彼がセリューで戦ったリスティーリアは抜け殻だった。

 その力の大半を既に、フェンネルに奪われていた、と考えるのが道理でしょうから。

 ならば……今のフェンネルは……最盛期の七星二体分の強さプラスαと考えるべきなのでしょう。


「……勝つための準備は、してありますから」

「そう、ですよね……私のいた世界にも、ドラゴンのお話とかあるんです。あの姿は……まさしくドラゴンそのものみたいです」

「そうですね。さて、では城内に向かいますよ。上階に向かって、彼らのすぐ近くまで向かいます」


 城内も、酷い有り様だった。

 余波でありとあらゆるものが倒壊し、様々な思い入れのある場所、物が儚く消え去っていて。

 そしてそれは上階に向かう程酷くなり、ある階からは床も崩落、まともに進む事すら困難になってしまっていました。

 激戦の痕。誰の物か分からない血が壁や床に広がる場所。目をそむけたくなるような惨劇の跡を振り切りながら、上へ、ただひたすら上へと向かう。

 そして、やがて空が見え始めた頃。多くの部屋、天井を貫通させて所為で、まだ最上階まで遠いはずなのに見えてきた空を前にして、私達は一度そこで足を止めた。


「チセさん。貴女はここまでです。ここから先は巻き込まれる可能性が高くなります」

「っ! でも、私はダリアさんの護衛です。貴女はあの場所まで、死んじゃうかもしれない場所まで行くんですよね?」

「はい。それでもです。貴女は私が刻んできた術式の内側、この城内のどこかに隠れていてください……お願いします」


 絶対に巻き込んではいけない。けれども、彼女を日本に戻すには、絶対にこの場所にいなければならない。

 二律背反にも似た状況の中、私は考えてしまう。このまま、彼女を行かせてしまってもいいのかと。

 せめて、真実を教えてあげるべきなのではないか、と。


「……嫌です。理由は違うんだと思います。私の為ではなく、もっと大きな目的の為に戦っているんだって分かっています。でも、それでもそこに私の為という理由が少しでも含まれているのなら……ただ黙って隠れているなんて出来ません」

「っ! それでもです! 貴女は、万が一にも傷ついてはいけない、元居た世界に還れなくなってはいけないんです! 今、戦っている彼の願いを妨げる訳にはいかないんです!」

「どうして……どうしてそこまでするんです!」

「理由なんて……ありません。ただ、貴女を無事に帰したいだけです」


 けれども、やはり私にはそれを言う事が出来なかった。

 私は言うべきだと思ったのに、心の奥で『俺』がそれを否定する。

 してはいけない。カイヴォンの思いを無駄にしてはいけない、と。


「……これ以上問答はしません。チセさん、ここで一度お別れです」

「……せめて、気を付けてください。空の暗雲がどんどん濃くなっています……嫌な予感がするんです、凄く、嫌な予感が」


 その最後にかけられた言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

 ……ふふ、そうですね、あれはとても嫌な雲ですから。


「安心してください。あの雲は――彼が生み出した物ですから」






「……アイツの動きを完全に止められる状況を作る。まずは落とすぞ、あの翼を」

「了解した。リュエ、お前は防御魔法、あいつの攻撃の相殺に全力を尽くしてくれ」

「うん、あの位置だと打ち合うのも難しいからね。暫くは持たせられるよ」

「レイス、君は俺の近くでアイツを狙い続けてくれ。ひたすら全力で打ち続けるんだ」

「了解しました」

「おそらくレイスが標的にされる。だから、彼女に向かう攻撃は俺が直接防ぐよ。リュエは大規模な攻撃にだけ狙いを絞って相殺、無理に俺の方に労力は割かないように」


 作戦を決める。

 一瞬、本当に一瞬で良いのだ。動きさえ止まれば、例え相手が誰であろうと確実に葬るだけの準備を、俺はもう二か月も前から行っていたのだから。


「……リュエ、レイス。可能ならばフェンネルをあの黒い雲の下に留めておいてくれ。あれが――カイヴォンの奥の手だ」

「雲……? あれって雨季に入ったからあそこにあるんじゃないのかい?」

「いいや……あの雲はな、お前達がこの城から逃げたあの日に出来たんだ」

「……あれもカイヴォンさんの力なんですか?」

「そうだ。こいつはな、まだ確たる証拠も、大きな理由もなく、絶対にこの場所が、そしてあの男が最後の敵であり、決戦の地になるって考えていたんだ」

「当たるもんだろ、俺の勘は」


 あの日、天井を破壊した一撃。その正体をシュンとダリアだけは理解していた。

 あれが『ゲーム時代に見た事のある技』だと瞬時に理解出来るのは、きっとこの二人だけ。

 ある意味、シュンとダリアにくぎを刺すという意味も含まれていたのだが。

 技の正体は『天断“降魔”』一度、ナオ君達とアギダルの火山探索に向かった時に使った事のある、設置型の技だ。


「……時間経過と共にその威力を増す。一度空に向かった剣撃は、剣の振り下ろしに呼応して大地へと降り注ぐ。こいつは、そんな技を二か月前からこの城上空に滞空させ続けていたんだよ」

「剣を振り下ろす……だから、カイさんはずっと剣をしまわずに背負っていたんですね」

「最近、ずっと拳で戦っていたのはその所為だったんだね……私はてっきり、手のひらにマメでも出来たからだとずっと思っていたよ」

「いやさすがにそんな理由で剣を封印するとかありえないからね?」


 武器をアイテムボックスに収納すると、装備解除扱いになり発動している技も消えてしまう。

 故に、ずっと俺は剣をしまわずに装備し続けていた。

 だがその反面『常に戦闘中』という扱いになっていた為、イグゾウ氏から借りパク……もとい、返し忘れていたアビリティ[身体能力極限強化]、あの力が常に俺を強化し続けていた。

 だが、あれとこの天断を同時に発動させてしまえば……恐らく大陸が滅びる。

 故に手放しはしたが、それでも今上空で成長し続けている技は、確実にヤツをしとめてくれるはずだ。


 そんな最後の打ち合わせの最中も、当然フェンネルが攻撃を仕掛けてくる。

 またしても目に見えない、強大すぎる一撃がこちらを押しつぶそうとし、周囲の瓦礫や残った壁が、まるで砂の城のように崩れていく。


「龍神と戦っていた時の私じゃないよ、これでどうだい」


 次の瞬間、まるでガラスの様な透明な板が、二重三重と重なりながら、こちらを守る様に展開されていく。

 リュエの魔法であろうそれは、音もなくフェンネルの力に割れていく。だが――それすら上回る速度で、その板がさらに生成されていく。


「オインクのところで使われていた障壁だよ。多重展開が出来るから、今の私ならいくらでも生み出せるんだ」

「はは……最強の盾って訳だ」

「あ、でも内側から攻撃出来ないんだ、どうしよう」

「大丈夫です」


 そして、今度は隣のレイスが魔弓を構え、赤い矢を幾重にも放つ。

『スティングレイナインテール』かつてヴィオちゃんを追い詰めた、追尾性能の高い光の九矢。それが、リュエの防壁を避けるようにして回り込み、上空にいるフェンネルの元へと殺到する。

 九が一八に、そして二七に。九ずつ増えていく光の矢が、やがて空を覆いつくし、フェンネルの翼へと届き始める。

 だが――やはりレイスの攻撃力では致命傷には至らず、フェンネルはそれを剣で振り払う、ただそのワンアクションだけで消し去ってしまっていた。

 ……羽虫にたかられたら誰だってそうする。たとえ自分を傷つける事が出来ない、そんな存在であっても。

 その隙を突くように、いつのまにか周囲から消えていたシュンが、残された城の屋根から跳躍し、フェンネルのさらに上を取る。


「沈め、偽りの翼。地に堕ちろ」


 幾度となく振るわれる剣。それは一撃一撃が紺の光を纏う、まさしく俺と対峙した時に使っていた『極光“滅”』。

 俺の天断に匹敵する一撃を、ほぼノータイムでただの連撃の様に放ち続ける様は、まさしく剣聖の名に相応しい、この世界で剣を振るって来た経験の差をまざまざとこちらに見せつけているようだった。

 取られるはずのない背後、空にいる己のさらに上からの攻撃。

 その驚き以上の破壊力を秘めた連撃を受け、ついにフェンネルも高度を下げ始めていた。


「どうしたフェンネル、お前は黒幕にしちゃあ弱すぎる、脆い、脆すぎる! 何撃目で堕ちるかな? ほらほら、まだ終わらんよ、どうした、まだMPはたっぷり残ってる! オラ! 弱すぎなんだけどお前! 調子にのってこれか! 雑っ魚! お前の部下やめるわ!」


 ……シュン、お前キャラ崩壊して昔のキャラに戻ってるぞ。

 さすがは『マスターおしゃべり剣士』。煽り全一、口プレイ最強の男。

 だがそんな言動とは裏腹に、一撃一撃がこちらの必殺の一撃に匹敵する、そんなふざけた連撃を受け、ついにヤツの身体が、リュエの展開している障壁まで落ちて来た。


「リュエ! そのまま障壁でソイツを囲め! 何重にも、何百重にも!」

「了解! 封じられる苦しみ……君も味わうと良い!」


 こちらを守っていた障壁が、今度は相手を封じる攻撃へと転じる。

 もがく巨体が、幾重にも重なる防壁で、次第にその姿を不鮮明にしていく。

 透明なはずなのに変わっていく景色。それは、まるでガラスを何重にも重ねると先が見えなくなるような、そんな現象。

 もう何百枚も重ねたのだろう。最後に残るのは、馬鹿げた大きさの、巨大な輝くキューブだった。

 するとその時、光の蔦がこちらの背後から伸び、キューブに絡みついた。


「そのまま維持してください! ダメ押しです、七星と化した貴方になら、この捕縛術も効くでしょう!」

「ダリア!? お前、チセはどうした!」

「城のどこかに隠れています。貴方の技の範囲は精々この大穴程度、余波は受けるでしょうが巻き込まれる事はないでしょう」

「っ! ああ、そうだな。じゃあこっちも準備に入る。リュエ、俺に全ての補助を」

「了解。最高の補助をかけてあげるよ」

「シュン、俺の一撃に合わせろ。使う技は――」

「『追月』だろ。懐かしいな、お前はこのコンボをよく単独で決めていたな」

「奪剣の特権だからな。だが、今回はそうもいかん。しっかり合わせてくれよ」


 シュンが抜刀の構えを取る。そして、俺も剣を上段に構え、そのタイミングでリュエから剣に補助魔法がかけられた。

『次の一撃の威力を倍加させる』たった一度しか効果を発揮しないが、単純倍加という、攻撃面においてはこの上ない強さを発揮する補助魔法。だが――さらにダメ押しが入る。


「リュエ、『賛美歌 戦いの記憶』を発動してください」

「どうしてだい? あれは私自身にしかかけられない補助だよ」

「良いから早く! 私に任せてください」


 すると、今度はリュエが自分自身を強化する、聖騎士の奥義とも呼べる補助を発動した。

 確かその効果は――武器ステータスをそのまま自分のステータスにさらに加算する。

 確かに最強の補助魔法だが、彼女の言う通り自分にしか――


「『コモンギフト』……ふふ、対象にかかっている補助を、一段階下げた状態で他人に付与する再生術です。レイス、貴女にもいずれこれを覚えて貰います」

「そうか……この世界ならその讃美歌ですら発動対象に出来るのか」


 全身に、力が漲る。

 因果の物だ。今リュエに宿っているのは、かつて龍神を封じ、その力を引き継いだ剣『神刀“龍仙”』

 そしてその力の一部を俺が受け取っている。

 それに加え――


「全ての準備が出来た。シュン、準備は良いか」

「いつでもいける。全員、出来るだけ離れて障壁を」


 龍神と同じコンボで沈む。まさしく因果だ。

 アビリティを龍特効の物に変化させ、そして俺は――


「耐えられる物なら、耐えて見せろ」

「そいつは無理な話だ。お別れだ、フェンネル」


 剣を振り下ろし、これまでの思いを、執念を、殺意を蓄え続けた暗雲から、全てを解放した――

 それは、余波を起こす程の範囲ではなく。痛みを与え続ける持続性もない。

 ただ、降りかかる一撃。本来であれば設置する罠のような、単純な一撃。

 しかし、その単純な一撃が人智を越えた、理解を越える程の威力を持っていた結果、もはや視認する事も出来ず、俺達の目にはただ、シュンの技が一瞬目に映るだけだった。

 まるで、飛ぶ羽虫を振り払うかのように、一瞬で姿が掻き消える偽りの龍神。

 そして、世界の終わりを思わせる轟音が遥か地下から響き渡り、一瞬遅れて地下を流れる川から、この城の上部まで至る水柱が吹き上がるのだった。

 リュエの障壁にある意味守られていたフェンネル。だが、確かにその存在は、あの肉体は、この世界から完全に消え去ったのだと、世界が証明してくれた。



[システムメッセージ]



LvUP 402→403


職業LvUP [奪命騎士](7)→[奪命騎士](9)


職業スキル獲得[アビリティ融合]



 今回この戦いに、周囲の皆が係わっていたからだろう。

 恐らく皆も同じくメニュー画面を持つが故に、この少々場違いな知らせが届いたのだと思う。

 虚を突かれた表情を浮かべた後に、その歓声が響き渡る。

 だが同時に、ダリアが急ぎ杖を構え、そして呪文を紡ぎ出した。


「ダリア……?」

「――――いま、四散した全ての魔力を集めています。周囲に刻んだ術式で、この魔力を残し、一部をチセさんに充填します」

「……そうか、チセの為に……」

「ええ。レイス、出来ればこちらに来て手伝ってください。貴女の目は、魔力の取りこぼしを見逃さないはずですから」

「わ、分かりました」

「私も手伝うよ。疲れを癒す程度は出来るはずだから」


 戦いの終わりと同時に、すぐに次にやるべき事を始める姿に、やっぱり経験が違うのだな、と流石に脱帽の思いを抱く。

 そして俺もまた――


「……チセを探してくる。それと――念のため確認してくる」

「俺も行こうか」

「いや、シュンは出来れば城の周囲に集まってきている人間に注意を促してきてくれ。求められれば簡単な説明も頼む」


 一人、城の地下へと向かい飛び降りる。

 水を差す訳にはいかない。勝利の余韻を崩す訳にはいかない。そして……最後の怨嗟を聞かせる訳にはいかない。

 肉体が滅びても、その魂が、思念が滅んだとは限らない。

 アイツは自分の肉体を幾度となく移し替えて来た存在だ。まだ油断は出来ない。

 なによりも……まだ、城は汚染されたままなのだ。どこかに元凶が、その大本があるはずなのだから。

 そうして地下に辿り着くと、俺の一撃で完全に川が崩壊し、それどころか、深さが一〇〇メートルや二〇〇メートルでは済まない、とてつもない深さの大穴が出来上がっていた。

 川の水が流れ込んでいるようだが、この深さが全て水で埋まるには一カ月以上は確実にかかりそうだ。

 そんな、後にギネス級を遥かに超える水深を誇る湖になりそうな大穴へと、さらに飛び降りる。


「…………やっぱり残っていた身体、全部ちゃんと壊しておいた方がよかったか」

「……本当……君はどこまでも……しつこい……ね……」


 水底で、微かに蠢く肉塊。元は人の形をしていたであろうその塊に宿った魂が、今にも途切れそうな様子で語る。

 ……お前さん、本当になんでそこまでしぶとい。龍神以上だぞ、こいつは。


「本当に……なんなんだ……君は……霊核が……もう、持たないじゃない……か」

「……つまり、もう逃げられない、と」

「……ああ、いやだなぁ……死なないために頑張ってきたのに……ここで終わりか……」


 徐々に水位を増して行く水が、肉塊を、フェンネルを侵食していく。

 話せなくなる前にそれを引き上げ、近くの岩に乗せ、続きをうながしてやる。


「お前は、龍神と同等の力を得て何をしたかったんだ。……薄々、分かっちゃいるが」

「お前にだけは……理解してほしくないんだけどね」

「……本当は、ずっとリュエを救おうとしていたんだろ、お前」


 表情すら読み取れない、崩れた姿のそいつは、ただ黙り込み、俺の予想を肯定する。


「……どうやって、封印を解いたんだ。先生を連れだすのは、僕のはずなのに」

「……さてな。教える義理はない」

「肩代わりさせたんだろ、誰かに。僕なら……あの力で龍神を、殺せたんだ」

「……そう、かもな」


 たぶん、こいつはこの国も、多くの国民も、そして全ての絆をも糧にして、そこまでして叶えたい願いがあった。

 それが、恐らく自分が置いてきた、置いてきてしまった、そして慕っていた先生――つまりリュエを迎えに行く事だったのだろう。

 他の一切合切を切り捨て、ただリュエだけを優先する。それはまるで、この世界に来てすぐの頃の俺自身を見ているようで。


「……馬鹿にするなよ、くそったれ……先生が持っている剣を見た時から……分かっていたさ」

「……悪いな」

「くそう……なんなんだよ……なんで、お前なんだよ……お前が倒しちゃうんだよ……」


 同族嫌悪。俺がこいつを絶対の敵として、最後に争う相手になると断じた一番の理由。

 それは、彼女への執着だった。

 俺と同様に、リュエの事を強く強く、なによりも強く思うが故に。

 だからこそ俺は、絶対に相容れない、絶対にどちらかが死ぬまで争う事になると、そう感じていた。


「ころせ、お前にだけは同情されたくなイ」


 剣ではなく、手を添える。

 せめてもの手向け。方法はどうあれ、過程はどうあれ、お前もまた彼女を思ってくれたが故に。

 だが――悪いがお前を天国に導いてやる程、俺もお人よしじゃない。

 だから真っ直ぐ堕ちろ、もうどこかに迷いもせず、そのまま永劫の闇へ、地獄の底へ。


「……地獄の果てへ迷わず堕ちよ『ヘルバースト』」

「ぁぁ……ほんとう……イヤなやつだ……」


 天に昇らず、地に降り注ぐ漆黒の炎が、跡形もなくその存在を消し去る。

 闇の中、まるで溶けるように消えるフェンネルの声は、どこか……嬉しそうで。

 誰かを憎み続けるのは辛いと、誰かが言っていた気がする。

 だが愛と憎しみは表裏一体。故に、誰かを愛し続けるのも……辛いものなのだ。

 ましてや、その相手が遥か彼方、自分の手が届かない場所にいるとすれば殊更だ。


「……まるで、ifだ。アーカムといいコイツといい……」


 今度こそ、本当に全てが終わりだと、またしても空気を読まないソレが示す。

 獲得したのは、とあるウェポンアビリティ。

 これが、フェンネルの全てを現しているかのような、そんな、悲しく虚しい物。



[救済]

 対象を消滅させた際、使用者のHPとMPにリジェネ効果付与

 獲得経験値0.5倍 与ダメージ0.8倍


 何かを救うには、必ず何かを犠牲にしなければならない。

 そんな極々当たり前で、けれども、人が忘れがちな真理が、そこにあった。


「……だとしても、俺は犠牲にすべき物を自分で選ぶ。無造作に犠牲を生み出す。そいつはもう……ただの殺戮者だ。救済なんかじゃない」


 地の底に背を向け、ようやく雲が晴れ、日差しが差し込む空へと向かう。

 そこに微かな胸の痛み。そして……その執念にわずかばかりの敬意を表しながら――








 フェンネルがあの姿となり、大樹の頂上に現れた事は、幸いにしてこちらに都合の良いように事態を動かし始めていた。

 激戦から一夜明け、都市の外へ逃げ出した人々にはダリアとシュンが、偽りの真実を伝える事となった。

『七星が復活し、フェンネル前王が取り込まれ暴走した』そして、その七星と共に彼は天へと旅立ったのだ、と。

 あながち嘘とも言い切れないその話は確かに市民へと、そして国民全員へと知れ渡るだろう。

 そして……時間が空く前に、そして多くの部外者が城に戻る前に、最後の仕事をするべく、再び俺達は集結する。

 そう……城に留めて置ける魔力には限界があるのだ。だから、今日、彼女は帰るのだ。

 そうして、既に術式の調整の為に向かったダリアとシュンの元へ、俺はチセを伴って向かう。


「……本当に、帰る事が出来るんですね……」

「ああ、そうだな」

「長いようで、あっという間でした。特に貴方と出会ってからは」

「……そうかい」


 まだ、住人が戻るのは危険だからと、最小限の作業員しか戻っていない、ほぼ無人の王都を行く。

 その静寂が、なんだか居心地が悪くて。隣にいる妹との間にある微かな壁を浮き彫りにするかのようで。

 そうして殆ど会話を交わす事なく、俺達は再び、ようやく本来の姿、とはいえ殆ど崩壊してしまった王城へと辿りついた。

 さぁ……ここからはエピローグだ。もう、俺がやるべき事は全て終わったのだから、後はその成り行きを見守るだけ。

 そんなどこか逃げにも似た気持ちを抱きながら、俺はダリア達の待つ、地下へと向かうのだった。


(´・ω・`)あとは十六章エピローグだけの予定ですが、更新は少し空くと思います。

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