三百五十九話
(´・ω・`)いよいよほんじつ発売の第七巻!
浮遊感は無く、まるで下に引っ張られるかのような感覚。
重力の魔法……それとも見えない物が押しつぶそうとしている?
瓦礫と共に階下へと落下する最中、この不可思議な現象に巻き込まれている最中だというのに、俺が考える事は――
「……お前が俺を見下ろす事なんて許さん」
見えない力? 関係ない。瓦礫を強く蹴り、それらを全て振り払い、頭上のシャンデリアに佇むフェンネルの元に辿り着く。
一瞬、驚きに表情を歪めた瞬間にはこちらの拳が確かに頭を吹き飛ばしていた。
「何度だって殺す。この世に無限はない」
崩れ落ちる身体を見下ろし、さらにその下、崩れ落ちた床の終着点に目を向ける。
するとそこには、確かに怒りを秘めたフェンネルの姿があった。
「不満か? 見下ろされるのが。分を弁えろ」
「……口が減らない男だね君は。本当に鬱陶しい」
「良かったな、最後まで言い終えるまで待ってやったぞ」
瞬間、急降下からの蹴りで戦場をもう一段階下に移してやる。
見えない力なんていらねぇんだよ。ただちょっと強く蹴ればそれで良い。
「グッ……」
「耐えたか。どうやら今のお前さんがようやく本体といったところかね」
「図に乗るな、下等種族が!」
その言葉と同時に吹き荒れる魔力の奔流が、こちらを押し返す。
足の下敷きにしていたはずの男が消え、それを認識したと同時に、背骨が折れてしまうのでは、と思ってしまう程の衝撃がこちらを襲った。
たたらを踏み振り返れば、杖を構えたフェンネルがむき出しの殺意を杖と共に向けている姿がそこにあった。
「……お前はなんだ。お前が我が物顔でこの世界にいるのが気に入らないんだよ、まがい物、部外者が!」
「随分と機嫌が悪いな……前は随分と余裕そうだったじゃないか。……ああ、そうか」
こいつの言動、そして以前との違いに、思い当たる節があった。
そうだな、今ここには居ないし、扉を開けた瞬間、俺が言われた事を鑑みるに――
「そうだな、今は冷静な大人の振りをする必要もないからな? リュエはここにいない。盛大に嫉妬すると良い。お前の大好きな先生は、俺の物だ。お前がどんなに力を手に入れようが、自分を大きく見せようが、決して振り向く事はない」
その瞬間、一瞬でこちらの右肩から先が消し飛ぶ。
激痛に表情が歪みそうになるのを、仮面が隠してくれるが、それでも確かに受けたダメージに内心驚きを隠せないでいた。
……なんて威力だよ。今の俺にここまでダメージを与えられるのか、人の身で。
「もういいよお前、死ねよ」
「生憎、この程度じゃ死なないんでね」
尤も、三秒もあれば完全に再生してしまうんですけどね、あのダメージでも。
「知っているか、彼女は夜眠る時、すぐに服を脱いでしまうんだ。その姿でこちらに潜り込むから色々と大変でな。まぁ、あの寝顔を間近で見られるのなら役得とも言えるが」
「黙れ!」
もう見た。その見えない力、恐らく巨大な刃を掴み取り、握りつぶす。
背中の剣に新たにセットしたのは[心眼]。結局使う事がなかったが、対シュン用にと思って居たアビリティ。
基本的に俺は蹂躙する側の存在であり、まともな『戦闘』になる事がないため使われる事のないアビリティだが、ここにきてようやく、こいつは戦いの相手として成立する人間だと認知した。
だから――今度はちゃんと避けてやる。全部、完全に、魔法ですら、避け切ってやる。
「さっきから騒ぎすぎだ、少し黙れよ」
「っ!」
再びの踏み込みと、そしてほぼノータイムで目の前に現れた俺は、ヤツの構えた杖を奪い取り、そのまま口にねじ込んでやる。
バキリと嫌な手ごたえを感じる。その感触を払拭するように、思い切り蹴り飛ばしてやると、今度は先程までとは違い、簡単に潰れはしないが、確かにその身体を大きく歪み転がり吹き飛んでいった。
……今度は床じゃなくて壁をぶち破ってしまったな。
「……なんだ、この部屋」
だが、壁の向こうの様子がどうにも『エルフの城らしくない』と、訝しみ足を止めてしまう。
禍々しい物が蠢いている訳でもない。ただ――どこか未来的と言うべきなのか、それとも科学的と言うべきなのか……。
円柱状の水槽の様な物に液体が並々と注がれており、ぼんやりと深緑色の光がそれを照らし出すという光景が、いくつも、それこそ何十と並んでいたのだった。
「培養……なんだ、ここは」
「……やってくれたな!」
すると、吹き飛んだ果てから、内臓を、腸を垂らしながらフェンネルが起き上がって来た。
すると次の瞬間、その身体が崩れ落ち、粉塵の向こうから無傷の状態のヤツが再び現れて来たのだった。
「お前……ここで自分の身体でも作っていたのか?」
「意外と察しが良いじゃないか。そうさ、ここで僕は何度でも、より強く、強靭に命を得る。ここだけじゃない、僕はどこにでもいる。お前は諦めるしかないんだよ」
……自分の意識を他の身体に移せるとでも言うのだろうか?
厄介過ぎるだろ……そいつは。
「……そうか。大方、お前さんはその力で自分の予備に移っているんだろうが……どうする、近くに予備の身体が全てなくなったら。遠くまで不安定な状態で逃げるのか? 実体のない、虫にすら劣る状態で無様にこの俺から逃げ出すのか? お笑いだな、所詮その程度か」
「……君は本当に馬鹿だよねぇ。僕が逃げる? ありえないね。だってもう――十分に時間は稼げたからね!」
その瞬間、一際大きな揺れが城を襲う。
周囲の水槽が割れ、溢れ出た液体が床を濡らす。
その時、ベシャリと何かが倒れる音がした。
その正体は、今の今までこちらと会話をしていたフェンネル、その身体だった。
……時間稼ぎ? まさか、他の身体を用意していたというのだろうか?
その答えは、巨大な衝撃と共にこちらに降りかかってきたのだった――
「“ワイドリバーサー”」
「あ……足が元通りに! 聖女様、有り難う御座います!」
「剣士様も感謝致します……もうここで死ぬのを待つだけだとばかり思っておりました」
飲食通り。最も建物が密集する地の避難誘導を買って出た私達の目の前に広がっていたのは、何度も頻発する大きな揺れと、まるで巨大な蛇の様に地面から現れる禍々しい根によって崩された、沢山の建物、その瓦礫でした。
何故、逃げなかったのかと。そんなのは簡単です『誰もそう指示しなかったから』。
フェンネルは言わずもがな。そして王族は……もしかしたら、私は大きな間違いをおかしてしまったのだろうか。
あの時、リュエは玉座の間で、王族達にかけられていた、無意識や意識を歪める何かを解呪した。
もし、それが原因で、あの時からフェンネルが全ての実権を握っていたら……。
……私は、あまりにも味方が少なかったのだと、ようやく理解した。
全てを託せる、信頼のおける、そして実力も兼ね備えた味方を、誰一人得ていなかったのだと。
「今考えても仕方がないですね……」
「ダリアさん、この通りの瓦礫は全て切り刻んでおきました。目視ではもう逃げ遅れた人もいないみたいです」
「分かりました。他の区画は貴族の皆さんが私兵と共に救助、避難にあたっているはずです。私達はこのままこの区画を通り抜け、逃げ遅れた方がいないのを確認し次第……城に向かいます」
「分かりました。道中、なにか問題があれば私が切り開きます」
一瞬、彼女にここに残る様に言うべきか迷いが生まれる。
でも……私の勘が囁く。彼女は、城に向かうべきだと。
もしも、七星を全て倒す時、その魔力までも消えてしまったら……恐らく彼女は帰る事が出来なくなる。
ならば……今のうちに完成させなければいけない。召喚術式の反転式。
召喚ではなく『召還』の術式を。
「……ええ、一緒に行きましょう」
そして、私達も向かう。仲間達が今まさに戦っている、あのおぞましい大樹へと。
「“ダイヤプリズン”シュン、今!」
景色を歪ませる程の斬撃が、私の氷ごと敵を切り裂く。
それでも、その一撃は氷の中ですら動き出した相手の剣に防がれ、結果的にただ氷の束縛を解くだけの結果となってしまう。
強い。強化された私の魔法でも、一瞬しか動きを止められない、そんな化け物に。
「……氷が効きにくい分、龍神より面倒かも」
「次は俺がしかける。俺と一緒にアイツを凍らせろ」
「了解」
心配はしていない。シュンなら私のタイミングを完全に理解して、一瞬で自分は離脱すると信じている。
すると次の瞬間、シュンの放った剣術が、確かに相手、ハイネルンの片足を大きく弾いた。
それを見計らい、私はその足を床に縛り付けようと氷の魔法を放った。
「今です!」
「……いける」
「レイス、ナイスだよ!」
私の魔法に合わせて、もう片方の足に飛来する真紅の光。
部屋中を走り回りながら、正確に援護射撃を繰り出すレイスに称賛の声をあげる。
両足をくじかれたところに吸い込まれるのは、またしてもシュンの強烈な一撃。
けれども、それは確かに彼の言う通り、致命打には至らない。
剣の性能が、相手の身体に負けているんだ。
でも次の瞬間、まるで溜まりにたまった攻撃が一度に清算されるかのように、無数の見えない斬撃が、ハイネルンの鎧を幾度となく打ち鳴らした。
怯む身体。そして……その一瞬の隙をついて、走り回っていたレイスが一直線にハイネルンへと向かう。
「――っ! これくらい!」
振り返り様の斬撃がレイスを襲う。
片腕を切り裂かれたのか、途中でだらりと垂れ下がる左腕をものともせず、レイスはハイネルンの腰へと残った右腕を伸ばし、そして――
「っ、シュンさん!」
「感謝する!」
腰に下がっていた一振りの剣が、シュンの手へと渡った。
「レイス、下がって回復に専念。魔法は必要かい?」
「大丈夫です、凄い治癒能力ですね……もう痛みが引いてきました」
「はは、私の回復魔法も形無しだよ」
シュンが言っていた剣。それは、ハイネルンの腰に下がっていた。
使う訳でもない。ただ腰に下げられていたそれは、私の記憶にも残っていた彼の愛剣。
一緒に封じられていたそれを、ハイネルンは自分の意思で掴み取り、自ら封印を破って外に出て来たのだった。
……たぶん、もう何かしらの手段で封印を内側から破れる状態になっていたんだと思う。
外から解除できるのは解放者だけだけれど、内側からならその限りではない……のだと思う。
それを仕組んだのは、間違いなくあの子。かつて……私に教えを請い、そして私を一緒にあの地に封じた……フェンネル。
君は、どこまでも優秀だった。周りの子達を置いてけぼりにするくらい、そして時には私ですら脅かす程に……。
「シュン、もう一度、今度は氷と同時に雷撃を落とすよ」
「了解した。もう……次で終わらせられる。そろそろ技を出し続けるのも辛くなってきた」
「……了解。じゃあ次が最後の攻撃だよ……レイス、合わせられるかい?」
「……はい。この場所に渦巻いている膨大な魔力を取り込み始めました。次で終わらせます」
不思議な気持ちだった。今戦っているのは七星で、とても、とても強大で私では倒せないはずの相手なのに。
苦戦はしても、負けるとは全然思えないんだ。
最後の一撃へと続く、始動の術を放つ。
そしてすぐさま私も杖を剣に持ち替え、シュンに合わせて駆け出した。
「……ようやく、お前を葬れる“絶刀・終息”」
彼の剣が、ハイネルンの剣をも切り裂き、鎧に包まれた頭に吸い込まれる。
そこに吸い込まれるように私の剣もまた、最大の力を以って技を放つ。
ダメ押しに、さらに背後から迫る、赤い光を纏ってレイスの強烈な拳が、まるで退路を断つかのようにハイネルンの背に吸い込まれていく。
技を放った自分達ですら、その三方向同時攻撃の衝撃に弾き飛ばされてしまったけれど、確かに感じた手ごたえは、私達に勝利を確信させるには十分だった。
「いてて……二人とも大丈夫?」
「ああ、まだ油断するな、武器を構えろ」
「……いえ、どうやらその必要はないみたいです」
ハイネルンが、ただそこに立ちすくんでいた。
けれども、兜から漏れ出る光が、亀裂と共に全身へと広がっていき……そして、最後の瞬間……くぐもった声が、私達の耳に届いた。
「……もう、見えぬ。どこだ、どこだ」
「……お前を倒した相手なら、目の前にいる。ようやく、お前を倒す事が出来た」
「……否、断じて否。我は不敗なり。認めぬ、こんな幕切れ、断じて……どこだ、どこだ……」
負けを認めないかのような言葉を話しながら、亀裂が全身に至る。
そして、最後の最後まで、断末魔すら上げずにそれは崩れ去った。
まるで、何かを求めるような様子で、何かを探すような事を言いながら。
「……勝ったんだよね?」
「ああ、間違いない。だが……」
「おかしな事を言い続けていました……まるで、何かを探しているような」
「……分からない。だが、これで俺達がやるべき事は終わった筈だ。俺達もフェンネルのところへ――っ! なんだ!?」
「キャッ」
「くっ……この揺れは……みんなこっちに来て! 防護結界を張るよ!」
その瞬間、これまで感じた事の無い大きな揺れに、立っている事すら出来なくなる。
急いではい寄る二人を一緒に結界に包みながら、その衝撃に耐えていると、地面から嫌な振動が伝わり、そして次の瞬間――
「みんな手を繋いで! 落ちるよ!」
「分かった!」
「シュンさん、こちらに手を!」
崩れる床と一緒に、私達は遥か下へと、落下していくのだった。
もう一段、いや、もう自分がどれくらい階下に移動したのか分からない。
フェンネルの身体が倒れたと思って次の瞬間、今度は魔法や見えない力でなく、完全なる自由落下から、俺は気が付けば薄暗い、遥か頭上に外の光が覗く程の下まで落ちていた。
今も瓦礫が降り注ぎ、一先ずそれから逃れようと、床を何枚もぶち抜いた大穴の真下から逃れる。
「うわあああああぁぁぁぁぁ」
「くっ……」
「きゃああああああ」
その時、頭上から悲鳴が響き渡り、急ぎ見上げると、薄い青い膜に包まれたシュン、リュエ、レイスが落ちてくるところだった。
急ぎ闇魔術を使い、衝撃を殺すように高い角度の滑り台のようなアーチを生み出すと、三人を覆っていた膜、球状のそれがゴロゴロと転がり滑ってきた。
「……巨大ハムスターボールみたいだ」
「ひぃ……ひぃ……酷い目にあった……カイくん、ありがとう、おかげでダメージも最小限で……うっぷ」
「……目が回る。まるでピンボールの玉になった気分だ」
「……なんて恐ろしい……カイさん、感謝します……」
ふらふらと立ち上がる三人。そして思わずリバースしそうになるリュエと、ガクガクの足でこちらに寄りかかるレイス。
……三人とも無事のようだが……どうしたというのだろうか。
「シュン、状況の説明を」
「七星ハイネルンの撃破と同時に、大きな揺れと共に落下、今に至る」
「こっちはフェンネルを追い詰めたところであの揺れで落下。……どっちかが引き金になった可能性があるが……フェンネルの姿が見当たらない」
あいつは『時間稼ぎ』をしていたと言っていた。
ならば……何か大きな仕掛けを用意しているはず。
一先ず、この地下底では何も状況が分からないから、この瓦礫の山を登り、天井の穴を一段、また一段と順番に飛び越えていく。
そして、頭上に光が、最初に俺が戦っていた場所のシャンデリアが見えて来た頃、そいつは唐突に天井を崩して現れた。
「……まさか、そいつがお前さんの新しい身体かよ」
「こいつは……お前、まさか、フェンネルなのか……?」
それは、まるで身体を縮めた『あの存在』のような姿をしていた。
両手に剣と杖を構えたその姿は、まるで本気で戦う時のリュエのようで。
けれども、間違いなくそれは人の姿をしていなくて。
「っ! その剣……ハイネルンの物と同じ物だな」
「マジか。ちなみに俺の記憶が正しければ、反対の手にあるのは……リスティーリアの杖と同じものだな」
「あ、本当だ。私がもらったのと同じ形をしてる。……大きさは段違いだけど」
下手な推理をせずとも分かる。間違いなく今俺達の頭上に現れたその大きな化け物は――
『やぁ、先生。見てごらん、僕の姿を! 懐かしくないかい? 恐ろしくないかい?』
その『人ならざるもの』は口を開き、リュエへと声をかける。
「……凄く不愉快だよ。よりによって……龍神の真似事をするなんてね」
そう、頭上にいるそれは、七星二体の力を手にした、紛れもない、かつて俺が消滅させた龍神とうり二つの姿をしたモノだった。
「最初からそれが狙いだったのかね。俺達が止めを刺すのを待っていたのか?」
『お前はもう喋るな』
だが次の瞬間、またしても見えない力がこちらの身体を貫き、一瞬で意識が薄れる程のダメージを受けてしまう。
……てめぇ、さっきの仕返しのつもりかよ。
「カイヴォン! フェンネル、なんの真似だ! お前は……お前は七星にでもなりたかったのか!?」
『お前もうるさいよ、もう用が済んだんだ、君も消えてしまいな』
一瞬で見えないソレを見切り、シュンが隣に並ぶ。
「カイヴォン、回復は大丈夫か」
「もう全快した。さて……どうやらこいつがあのガキの最終目的だったみたいだが……」
「……ああ、そのようだ。あれはどう見てもハイネルンとリスティーリアの力だ」
そして、背中から剣を引き抜く。
これで最後ならば。これこそが切り札ならば。そして、これがアイツの最終目的ならば。
二か月振りに手にした剣は、まるで再会を喜ぶように手になじんだ。
「お前……やるんだな?」
「……ああ。発動させる。可能ならタイミングを合わせろ」
「了解した」
その小型龍神とも呼べる姿と化したフェンネルに最後の一撃を見舞う為に。
この場にいる四人で、最後の戦いへと挑むのだった。
(´・ω・`)一応明日も更新予定です。今章完結話となります。
その後少し時間をおいてからエピローグ、そして八巻の改稿作業が終わり次第、次章に入る予定です。