三十二話
ポイ ミ(´・ω・`)
4章開始のお知らせ。
船旅って風情があって良いよね。
潮の香りに、並走するように飛ぶカモメ。
海面から時折跳ねる魚の姿に、思い思いに船旅を満喫する乗員達。
だから、こんな優雅な一時をぶち壊さないで貰えませんか。
「オロロロ……オロロオロウオオオオリャアアアア」
「汚い、あっち行け」
「だずげでーガイぐーん……」
初めての船で完全にダウンしてしまったエルフが約一名。
というか回復魔法使え回復魔法。
「魔法に頼っていたらいつまでも慣れないと思ったんだけどね……で、カイくんは釣りをしてるのかい?」
「さっき甲板で売ってたんだよ。他にもしてる人がいるし、良いんじゃないか?」
俺達は首都を後にした。
王から罪人を裁く権利を貰ったが、その効力も隣の大陸では絶対の物ではないらしい。
だがそれでも、王家の後ろ盾を得たのは事実であり、身分を保証するカードを頂いた。
そして用意された魔車へと乗り、あの決闘騒ぎからわずか2日で船に乗る事が出来た訳だ。
「しっかしまさか動力船とは恐れいった。これも魔導具なのかね?」
「どうだろう? 魔族の作った物は私にはよくわからないよ」
「結構速度出てるけど、これで釣れるのかね」
「頑張っておくれ、私はその間……よいしょ」
背中に重みが加わる。
「ただ座っているだけなら良いだろう? 少し休ませてもらうよ」
「仕方ないな」
彼女と背中合わせに座り、ぼんやりと海面を眺める。
たまにはのんびりするのも良い物だ。
「ははは! 兄ちゃん随分大量じゃねーか!」
「……いいんですよこれで」
「なんだ? それ食うのか? てっきり俺は餌を釣ってんのかと思ったぜ!」
釣果発表。
体長10センチにも見たない小さな鯵のような魚が百匹以上!
リュエは途中から、釣り上げた魚がバケツの中で泳ぐのを眺めるのが楽しいのか、側でずっと座っている。
途中から泳ぐスペースがなくなったので、凍らせて脇に置いてくれているが、氷塊の内部だけ水のままで、うまい具合に鯵が泳いでいる。
というかそんな低温でも生きていられるのかそいつ。
「食べてしまうのかい? こんなに可愛いのに……ふふ、私の指を追いかけてくる」
「そんな君も可愛いのですが、残念ながら食べます、慈悲はない」
「んな!?」
「なんだ食うのか? そんなんじゃ食いでがねぇだろ? まぁ俺達のを後で分けてやってもいいぜ! はっはっはっは」
……自称玄人釣り師って、こういう人が偶にいるんですよね。
こっちの世界もそうなんですか。
いいよいいよー、お前らに小さな魚の楽しみ方を教えてやんよ。
「実に数カ月ぶりの、ぼんぼんクッキングのお時間がやってまいりました」
「本当久しぶりだね。やっぱりなんだかんだで、私はカイくんの作るご飯が好きだよ」
「はい嬉しいお言葉ありがとう、後でデザートを作ってあげよう」
「わーい」
船内には釣り道具を売っているだけあり、調理用のスペースも完備されている。
というかこんな立派な船に乗せてもらえただけでもう、王様には感謝しないといけないな。
既に調理場には何人かが作業を始めており、その中にはあの玄人釣り師(命名俺)の姿も見える。
一瞬、こちらをみてニヤリと笑っていたが、構うものか。
「んじゃリュエ、俺が捌いた魚をまた冷やしておいてくれ」
「了解」
小さいので、ハラを割いて内蔵ごとエラをハラから取り出しさっと水で流してリュエへと渡す。
それをリュエの魔術で出来た氷の桶に並べていく。
その作業を繰り返し、思いの外短時間で全ての魚を捌き終える。
「便利だねぇ闇魔法」
「これさえあれば調理道具いらずだな」
漆黒の氷は万能である。
小刀と化した闇魔法で大抵の事が出来てしまう。
次に、リュエのバッグから野菜を取り出す。
何気に彼女のバッグから食材を取り出すのは久しぶりだ。
皮を剥き、玉ねぎ、ピーマン、人参を出来るだけ薄くスライスして下ごしらえは完了。
さて、それから揚げたりなんだりやりまして。
ラークで購入した調味料一式で甘酸っぱい漬けダレを作成。
オインク指導の元なのか、はたまた過去に召喚された解放者のおかげなのか、非常に日本的な物が多く売っていて重宝しました。
ありがとう先人、そしてありがとう先豚。
「へぇ、折角油で揚げたのにまた濡らしてしまうんだ」
「熱々の内に漬けるのがコツだね。それにじっくり揚げたから骨まで食べられるし、そこに漬け汁が染みこむから食べやすいんだ」
「じゃあ少し時間をおかないとだ」
俺が作っていたのは、南蛮漬けと呼ばれている料理。
小魚を油でじっくり揚げて、まるごと食べられるようにしてから使うマリネだ。
一緒に薄切りの野菜も漬け込むので、さっぱりと食べられる。
これがお酒に合うんですよ本当。
もちろん、首都で日本酒は全ての種類を大量に購入済み、ギルドの神殿に奉納してリュエの倉庫に保管されております。
その時の様子を見て、周りの人間が悲鳴を上げていたっけ。
『なんて勿体無い!』とかなんとか。
「な、なぁ兄ちゃん、ちょっとばかし味見させちゃくれねぇか」
「いやぁ、あんな大物釣り上げた人にお出しするなんて恥ずかしくて。どうぞご自分の分を食べて下さい」
そして寄ってくる周りの釣り師。
ふははは、魚は釣れても料理は得意じゃなかったようだな!
「では頂きます」
「頂きます」
リュエの魔術で冷やされた南蛮漬け。
野菜もいい感じに色濃く透き通り、魚もしんなりとして食べごろだ。
早速一匹、まるごと口の中に放り込む。
衣の油が濃厚さを生み出し、たんぱくな魚の味を引き立てる。
そして衣に染み込んだ漬け汁の酸味が、その油分と旨味をさっと洗い流しさっぱりとさせてくれる。
そして野菜の歯ごたえと甘みがまるで口直しのように後から押し寄せてくる……。
「あーうまい。んじゃまず一献」
「あ、今度こそ私が注ぐよ」
リュエの作った氷の杯に、ちょっと辛口の日本酒を注いでもらい、冷酒として頂く。
ああ、幸せだ。
こう、台所でそのまま作った料理を食べるのって、食卓で食べるのとはまた違った赴きがあるんだよな。
「美味しいねカイくん、ぱくぱく食べられるよ、骨まで美味しい」
「そうだろうそうだろう? 魚体が大きいと骨が食べられないからね、これが小魚の特権って奴だ」
未だこちらに視線を寄越す男たち。
……俺も鬼じゃあない、等価交換といこうじゃないか。
「さぁ、魚を分けてくれた人にはおすそ分けをしましょう、誰かいないかなー」
『俺のを貰ってくれ!!!』
さぁ、次はお刺身とカルパッチョだな。
酒盛りが始まる。
皆が自分の釣った魚を持込、俺が料理し、酒を飲みながら食べる。
そんな楽しい時間を過ごしながら俺の船旅は始まった。
「今日でもう一週間か……結構離れてるんだな大陸同士って」
結構速度の出るこの船でもまだ陸が見えてこない。
予定ではそろそろ見えてきてもおかしくないのだが。
だが、エンドレシアより南にある為か、心なしか気温が上がってきたように思えた。
「カイくん! 今日はイカを貰ったよ! 後で料理しておくれ!」
「はいよー、リュエも釣りしたらいいのに」
「私は釣りをしているカイくんの後ろで寝るのが好きなんだ」
「俺は座イスじゃありません」
初日の酒盛り以来、釣り人は皆魚を俺の元に持ち込むようになった。
対価として、俺は様々な海の幸を味わい、彼らの持ち込んだ様々な酒を頂くことが出来ると言うウィンウィンの関係だ。
だがそんな楽しい船旅も、いよいよ終わりが近づいてくる。
「楽しかったか? リュエ」
「最高だよ。改めて私を外に連れだしてくれて有りがとうね、カイくん」
「そう改まられると恥ずかしいな。俺だって一人旅じゃ味気ないし、リュエとだからこそ楽しいってのもあるんだ。俺の方こそ一緒に来てくれてありがとう」
カウンター発動。効果は抜群だ。
真っ赤になった顔でフリーズしてしまった。さすが氷の魔導師。
『陸が見えてきたぞー!』
そんな中、船員の知らせが響き渡る。
急ぎ釣り竿をしまい、部屋へと戻る。
イカ、せっかく貰ったのに料理する時間はなさそうだ。
さっと凍らせてアイテムボックスへと仕舞いこむ。
というかリュエさん、素手で持ってきたんですかこれ。
「リュエ、イカ臭いぞ」
「……はっ!」
再起動を果たしたリュエが、今度は別な理由で顔を赤くして逃げるように去っていく。
……イカくさいエルフさんですか、そうですか。
そろそろ鯵の季節です。
なのでちょっと釣りに行ってきます。
なぁに心配はいらん、少し波が高いが、危ない場所にはいかないさ。




