三百四十九話
(´・ω・`)のこり10日を切りますよー発売まで
それはもはや、戦いではなく手合わせ。
互いの技を見せあうような、俺がこの世界に来てから磨いてきたゲーム時代の技を遥か先達であるコイツに披露するかのような。
傍から見れば異次元の戦いだが、俺達は確かにこの時、戦い中で言葉を交わしていた。
「お前の妹が、この世界に来ている」
「知っている……そうか、お前がサーズガルドでチセに手助けを?」
「そうだ。だから――」
『剣閃“六竜”』俺の使う天断シリーズに匹敵する、剣聖限定の『極剣術』に属する奥義。
六つに分かれた波動を掻い潜りながら、こちらも負けじと格闘術の一つである『縮地拳“濁流”』を放つ。
躱されることなく防がれた一撃は、それでもシュンの刀を大きく弾き飛ばす。
「――だから、俺に借りを返すつもりはないか」
「……お前がフェンネルに付き従っているのに関係するのか、そいつは」
消えた刀を再度手元に出現させながら、鞘に収納するシュン。
抜刀の構えから、恐らく次に来る一撃は『瞬華流麗』だろうと、こちらも構える。
瞬間、シュンの姿が掻き消え、その切っ先を己の心臓目前で掴み取る。
「……封印の術式はとうの昔に書き換えられている。封印が解ける前にもう一つ、最後の関として別な物が解放される」
「……なるほどな。差し詰め……お前の姪か甥といったところか」
リュエが言っていた、封印の傍に楔として配されているであろう『誰か』。
もしそれが、かつてシュンが失ったセカンドキャラとサードキャラの間に生まれた子供だとしたら。
こいつがこの世界で生きていく一番の理由を、誰かに握られているのだとしたら。
「……察しが良いな。何か聞いていたのか」
「少し前に、な」
格闘術の一つ『紅蓮掌波』を放ち、シュンの周りを炎で包み込む。
戦えている、十分に技を使いこなせている。
なぁ、もうそろそろ良いだろう。お前は俺に何を望む。
「取り戻したい。七星の解放を直前まで待っていきたい。だから――」
「……目を瞑れ、と」
「そうだ。ここで倒れていてくれ」
瞬間、今の今まで発生していなかった追撃が、まるでタイミングを見計らっていたかのようにこちらの身体を切り刻んでいく。
だが生憎――
「……悪いが、力を封じられていない以上、お前は俺には絶対に勝てんよ」
「んな!?」
剣のアビリティが全て機能している以上、以前のようには行かない。
残念だがお前ですら、俺は倒せないんだ。
これでようやくはっきりした。どうやら、この力は他の神隷期の人間ですら歯牙にもかけない、狂ったものなのだと。
[龍神の加護]
[極光の癒し]
[生命力極限強化]
[絶対強者]
[全ステータス+20%]
[簒奪者の証(闘)]
[アビリティ効果2倍]
[滅龍剣]
[簒奪者の証(龍)]
[回復効果2倍]
ここは龍に属する人間の住む場所だから。
どんな攻撃にも耐える事が出来れば、俺に負けは存在しないから。
そうしてあらかじめ組み上げられたこの構成は、信じられない回復効果を与えていた。
……恐らく、もうシュンの攻撃を防ぐ必要すらなかったのだ。
毎秒20%も回復するHPは、もはやこちらに掠り傷すら許さないのだった。
「……ここでも、俺はお前に勝てないのか」
「別に俺が倒れなくても問題ないんだろ。ここまで俺はずっとダリアに協力してきた。だが……妹の恩人の頼みだ。一度だけお前さんに協力してやる」
それで、お前の望みが叶うのなら。
大切な誰かを再びその手に抱きしめられるのなら。
そして――
「目的が達成出来たら、そのまま俺達に協力しろ、それが条件だ」
再びお前が、俺と共に行く道を選んでくれるのなら――
仮初の。だが確かに俺は、この世界で初めての敗北を受け入れる決意をしたのだった。
「やっぱり素晴らしいわ。貴女に今供給されている魔力は極わずかのはずよ? それなのに魔力切れも起こさずに今の私と渡り合えている!」
「ええ、そうです。そんな私がいれば、この平和は十分に続きます! 誰かが全てを支配しなくても良い、だからこその共和国ではなかったのですか!」
「そうよ、でも今現にこの大陸は歪なままおかしな方向に進もうとしている。世界全体に争いが満ちているの! 分からない? 私はその争いを終わらせてあげたいの!」
こちらの魔導が全て切り裂かれ、凄まじい出力で放出される冷気と炎を相殺しながら、自分に出来る事は時間稼ぎが精いっぱいだと、完全に倒す為でない、生き残るための戦法に切り替える。
最初から、共存の意思がなかったのだとしたら。いや、その共存の意味が、解釈が私と違っていたのなら。
たぶん、もう彼女と共に歩むことは出来ない。
けれどそれでも、私では彼女を止められない。
回復速度の速い私達のMPですら、次第にガス欠になっていく。
そもそものスペックが違うのだ。神隷期を生きてきたと言っても、そもそもドラゴニアという種族は私達が及びもしない、優れた肉体を有しているのだ。
……私とシュン、そしてフェンネルの三人を相手取って拮抗する程の存在に、私が勝てるはずがないのだから。
けれど、彼ならば。冗談めかしながら、真実を語る彼ならば。
『世界最強は俺だ』そんな言葉を、真実だと思わせる貴方ならば。
しかしその時、いつのまにか破られた窓から、長い間共に歩んできた相棒、シュンが現れ、それを口にした。
「こっちはカタが付いた。しばらくは目を覚まさないだろう」
「んな!? そんな、まさか!?」
「ダメよダリア。手が止まっているわ」
そして次の瞬間、私の胸に深く刺さるファルニルの腕。
これは、物理的な物ではない。不思議と痛みが存在しない。
まるで私の中から何かを抜き取る様に、彼女がゆっくり胸から腕を引き抜いていく。
「術式の核を自分に埋め込んでいたなんてね。最初は気が付かなかったわ。でも……これで残りの封印はこの場所ただ一つ」
「そんな……なんで……」
「貴女に刻まれた術式に同期して奪い取る事くらい簡単よ? 長い間、私達はこの場所でそれだけを考えてきていたのだから」
目の前で砕かれる、私の中にあった封印の楔。
その瞬間、長い間受け取ってきた魔力の供給を完全に失い、急激に身体から力が抜けていく。
「そこで休んでなさいな。安心して、貴女を悪いようにはしない。貴女は私達にない思想を持っている、貴重な存在だもの。シュン共々、これから私を支えて頂戴?」
「シュン……何故……」
薄れ行く意識の中、歩み寄って来る彼が、そっとこちらに顔を寄せてくる。
私に諦めをもたらす、決別の言葉を覚悟したこちらの耳に届いたその言葉は――
「カイヴォンと組んだ」
「……そう、ですか」
何度、裏切って来たのだろうか。
信頼も、信用も、全て言葉の裏で裏切りながら、何年も、何十年も、何百年も。
お前が眠る時、いつも先に眠るのはお前だった。
お前が目覚めるとき、いつも先に起きているのは俺だった。
……それはそうだ。俺は一度たりとも眠ってなどいなかったのだから。
分からなかった。俺に魔術の適正がなかったから、詳しい理論や術式については学んでいなかった。
だから、それが嘘なのか真実なのかも分からないまま、俺は彼女を――
「ミサト、こっちにいらっしゃい。この領地の封印を解くわ」
「了解皇女様。シュン、行こう? 友達が心配なのは分かるけれど、ちょっと眠っているだけなんだしさ」
「分かった」
友を二人裏切った。それでもなお、アイツは俺を受け入れた。
きっとアイツは俺よりも幸せで、俺よりも強くて、俺よりもなんでも持っていて。
憎たらしいと思う反面、憧れや諦めも同居していて。
そして同時に、自分の様にはなって欲しくなくて。
城の地下奥深くに存在する、現状、最後の封印。
七星二体の封印から漏れ出る魔力を、互いに相殺しつつ変換、大陸全体の結界維持や、その地に住む人間に力を与え、封印の要を守らせるという、一見すると完璧に七星の脅威を取り除き活用する術式。
だが――本当はそんな事不可能だったのだと、俺は聞かされていた。
ダリアが眠る様になってから、俺だけが聞かされていた。
『彼女に、これ以上負担をかける訳にはいかないからね。僕たちだけで対処するしかない』
『何をすれば良い? こいつは一人でなんでもやっちまう。こいつの精神が削れていってるのは俺だって気が付いていたさ。なぁ、方法はあるのか? この術式の穴は埋められるのか?』
『七星の魔力が強すぎるのが問題なんだ。“魔極リスティーリア”の名前は伊達じゃないんだよ。セリュー側の最終封印があるだろう? あそこにもう一つ、魔力の流れを押しとどめる防壁のような物を作る必要があるんだ』
それには、特別な力。例えるなら俺やダリアのような、神隷期、ゲーム時代に生まれたキャラクターのような恵まれたステータスが必要だと。
俺に、その役目を果たせという事なのだろうかと、当時の俺は葛藤した。
だが――もう一つの提案をされ、俺は……。
『ねぇ、君が援助をしている娘がいるだろう? 彼女、神隷期の人間二人の間から生まれた子供だったよね? 僕の研究所で生まれたのを覚えているよ』
『“ジュリア”がどうした? ……おい、まさかフェンネルお前!』
『候補として、だよ。それに封印が長期に渡れば、徐々に七星の力も弱まっていく。そうすれば、いずれ関からも解放される。今、ようやくこの国が国として機能し始めてきたんだ。流浪の僕たちが勝ち取ったこの地が、ようやく回り始めたんだ。今の状況でまた騒乱が引き起るのは僕だって避けたい』
その時俺は『絶対に彼女を差し出すなんてありえない』と言い切る事が出来なかった。
そして――その話は直接、ジュリアの元へと届く結果となってしまったのだった。
両親が寿命を迎えても、成長の遅いジュリアはまだ幼いまま。精々一〇才かそこらの身体で、この先無事に成長できるのかを見守るのが俺の役目だと、この娘が暮らす国を守護するのが俺に残された役割だと思っていたのに。
けれども、生きた年月は身体の成長とは裏腹に、その思考を子供のそれではなくしてしまっていた。
理解してしまったのだ。国の未来と自分の存在を天秤にかけてしまう程までに。
「ねぇ皇女様。ここで召喚された時にあった大きな水晶が封印の楔なのよね?」
「ええ、そうですよ。貴女にはそれを解除してもらいたいの」
「だったら、その後の水晶で何か作ったりって出来るのかな? 私、水晶の彫刻って憧れていたんです」
「ふふ、良いわよ? じゃあ貴女の屋敷が完成したら、それに合う物を一緒に考えましょうか」
目の前を歩く二人の女が、取らぬ狸の皮算用を始めていた。
封印を解けば、すぐに傍に封じられたジュリアが解放される。
彼女を確保し次第、俺はこの二人を――
「ねぇシュン。貴方も私の屋敷に住まない? 強い護衛が必要だと思うのだけれど、貴方よりも強い人なんてこの国にはいないんでしょ? あのカイだって倒しちゃうんだから」
「……考えておくよ」
心臓がここまで強く脈打つのはいつ以来だろうか。
もうすぐそこまで来ているのだと、逸る気持ち。
身体を制御出来ない程までに心が動くのは、いつ以来だろうか。
封印の間。俺も足を踏み入れた事の無い、けれども彼女が自ら選び入っていったその部屋の前に辿り着く。
厳重な鉄扉が開くと、暗い地の底だというのに、幻想的な光が室内を照らし出していた。
「これだよね? じゃあ……封印の解除、するね」
「ええ、お願いするわ。これで、ようやく悲願が叶います。ここの封印の改良にフェンネルが来てくれてよかった……私の目があるというのに、熱心に術式を解析してくれて本当に」
「盗み見て何か分かったのか?」
ジュリアの封印が行われた時の事だろうか。
あの時、俺はただこの部屋の前、もしかしたらもう戻る事のない彼女を思い、ただ蹲る事しか出来なかった。
もし、あの時俺が行動していたら、何かが変わっていたのだろうか……。
「ふふ、そのお陰で私はこうして封印の術式を改良出来たのよ? 拠点から回される浄化された魔力を自分に向けられたの。お陰でこんなにも力が漲るのよ? これなら、みんなを守ってあげられるわ」
「そうかい。そいつは凄いな」
話を聞き流しながら、こちらの足はミサトが今手を翳している巨大な水晶の傍にある、二回りほど小さな水晶へと向かう。
光でぼやけて見えないが、その中には確かに人の形をしたシルエットが確認出来た。
……そこに、いるのか。お前はこの中で眠っているのか?
ふいに光が止む。すると次の瞬間、目の前で水晶が音を立て砕け散る。
「ジュリア!」
倒れ込んでくるのは、記憶の中にある姿のままの娘。
銀色の髪を広げた、俺よりも大きくなったその身体を抱き留める。
酷く冷たくて。生きているとは思えなくて。けれども、確かにその鼓動は手に伝わって。
やっと、やっと、ずっと、ずっと、待っていた相手が今、自分の腕の中にいるのが信じられなくて。
「シュン、確か貴方の縁者だったわよね? その娘にも感謝しないといけないわ。本当ならその娘だって助けてあげたかったのだけれど……」
「何を言っている。この娘は生きている。安心しろ、お前の博愛精神とやらを傷つけてはいないさ」
「いえ、そうじゃなくて……貴方、七星から直接漏れ出る魔力を受けた人間が……」
その時、冷たい身体が微かに震えた。
もう目覚めるのかと、一体何を話せば良いのかと、焦りで混乱しながらただ彼女の様子を見つめていた次の瞬間――
「あ……あああう……あ、ば……あ……」
腕の中から逃れるように床に転がる身体。
そして……言葉にならない音を出しながら、彼女はまるで……手足の動かし方を知らないように、でたらめにのたうちながら床で暴れ続けていた。
「人でいられるわけがないじゃない……だから、本当にその子には申し訳なくて」
「な、なんの話だ!? ジュリアは生きている、生きているじゃないか! 人ではない? いいや人だ! ただ封印の影響で……混乱しているだけ、なんだよな!?」
異音がした。まるで何かが折れたような、外れたような、そんな生々しい音。
「うわ、なにその子……肩外れてるんじゃない? ちょっと……不気味なんだけど」
「……そうね。シュン、その子はもう戻らないわ。だから――楽にしてあげましょう?」
分からない。俺には分からない。こいつらは何を言っているんだ?
俺にはもう……何も、分からない――――
「ああ……ああああああああああああああ!!」
「……全員いなくなったか」
謁見の間に戻ると、中は惨憺たる様相を呈していた。
術のぶつけ合い。もともと広範囲攻撃の魔術や魔法、魔導をこんな場所でぶつけ合えば、当然こんな状態になってしまう、か。
だが、何故衛兵から門番に至るまで、この事態に誰も駆けつけてこないのだろうか?
「それどころじゃないな。ダリアは……いた」
玉座の傍に横たわる彼女の元へ。
目立った外傷は見当たらないが、恐らく……シュンの言っていたように、封印の楔を抜き取られたのだろう。
暫くは目を覚ましそうにない彼女に、念のため【サクリファイス】を発動しておく。
これでもしも誰かに襲われても大丈夫だ。
そして今度は自分自身に[ソナー]を付与し、皆がどこへ向かったのかを調べる。
……まったく。王様っていうのはみんな玉座の後ろに何かを隠すのが好きなのかね?
玉座の後ろにある赤いカーペットを捲り、その下に隠されていた隠し扉を開く。
地下へと続く階段。どうやらこの先が封印の間なのだろう。
まるで地の底へと続くような暗い道を、一足に駆け下りていく。
そして――この暗い地下に響き渡る慟哭の声。
「シュン……?」
その部屋に飛び込んだ瞬間、自分の目に映った光景に、何が起きたのかおぼろげに理解した。
シュンが誰か子供に縋りついたまま、動けずにいた。
それを痛まし気に見つめるのは、ファルニル。そして、どこかつまらなそうに眺めているミサト。
「あら……もう気が付いてしまったのかしら? やっぱり神隷期の人間は――」
「少し黙ってろ。シュン、何があった?」
「……」
シュンの傍によると、縋りついていた相手の姿がはっきりと見えた。
銀色の髪。青色の瞳。まだ一〇才かそこらの女の子のエルフだった。
死んでいる……という訳でもない。ただ――焦点が、視線の向きが、そして口から漏れ出る声が……もはや正常な人間ではないと物語っていた。
「……生きているだけ……良かったんだよな……? 俺は間違ってなんか――」
かける言葉が見つからないまま、ファルニルへと向き直る。
……こいつが直接の原因ではない様子だが、どの道こいつはここで止めなければならない相手。
恐らく素直に投降するつもりも、力を手放すつもりも毛頭無いのだろう。
「……お前さん、この後どうするつもりだ? 七星はもういつでも目覚めさせられる状態になっているんだろ?」
「ええそうよ。すぐにでも目覚めさせて、そのまま私の支配下に置くつもりです。これでようやく私達の悲願が叶うわ。ダリアだって、きっと分かってくれる」
「その悲願っていうのはサーズガルドを襲うって意味なのか?」
「まさか、ただお話するだけ。ただその結果次第では……最後の戦いを始めなければならないかもしれないわ」
まるで、自分がこの世界で最後の戦い、平和の為に必要な大きな犠牲を払う決断をしなければならないとでも言いたげな調子で、大仰に語り始める。
平和、平等、聖戦、解放。耳障りの良い言葉を並べ連ねるこの女が、俺には酷く醜く映った。
「……そうかい。じゃあ、一先ず俺の役目を果たすとするかね」
一度の踏み込みで、この白い竜人の眼前へと迫り、そのまま拳を突き出す。
だが、恐ろしい程の反応速度でその拳が掴み取られる。
メキリと、嫌な音を立てる腕。恐るべき怪力でひしゃげていく拳。間違いない、こいつは俺より――
「諦めなさい。少なくとも七星一体以上の力が今の私には宿っているの。貴方も貴重な存在、ここで失うのは余りにも惜しいわ」
アビリティ変更。
[龍神の加護]
[極光の癒し]
[生命力極限強化]
[絶対強者]
[天空の覇者]
[簒奪者の証(闘)]
[アビリティ効果2倍]
[滅龍剣]
[簒奪者の証(龍)]
[回復効果2倍]
[天空の覇者]
【空に属する者全てに対して与えるダメージが5倍 受けるダメージが1/5になる ただし経験値を得られなくなる】
[簒奪者の証(龍)]は、ドラゴンから受けるダメージを半減させる効果を持っている。
それにも拘わらず、今確かに腕を潰されたという結果から、間違いなくこいつの強さは常軌を逸した物だと理解した。
幸い、一瞬で回復する事は出来るが念には念を入れる。お前さんにはもう、本当の意味で挫折を、絶望を受けて貰わないと割りに合わないんだ。
「いてぇな……放せよ」
「傷が……やっぱり貴方面白いわね! 一緒にいらっしゃい、貴方は絶対にこの先の未来に必要な人! その力があれば、みんなを守る事だって――」
「いい加減その妄言を垂れ流すのを止めろ!」
全身に力が漲り、シュンとの戦いの時ですら発動していなかった魔王化が感情に引っ張られるかのように発動する。
「ひっ!!! 気を付けて皇女様! それ、その姿のカイが一番強いの!」
「貴方……同胞、ではないみたいね。魔族? 特異部位がここまで揃っているなんて……素敵ね?」
「見納めになる。お前がこの世界で最後に出会った人間の姿だ、しっかり目に焼き付けろ」
「そう……残念。少し頭を冷やして頂戴」
次の瞬間、ファルニルの爪からガラスのような鋭い爪が伸び、一瞬でこちらの身体へと到達する。
「……お前が、竜の仲間としてこの世に生まれたその瞬間から――」
「っ! 攻撃が……通らない!」
お前がもしもドラゴニアでなければ、もしかしたら結果が変わっていたかもしれない。
「運命は決まっていた。本当は聞きたい事もあったが、生憎お前は――俺の気に障った」
「なっ! あ、そんな……嘘……」
お返しとばかりに腕を握りしめると、まるで粘土でも引きちぎったかのようにあっさりと崩れ落ちる。
美しい両翼に手をかけ、恐怖に瞳孔が広がったヤツの瞳を見つめる。
「痛い……痛い痛い痛い! 身体が……放して! 放して頂戴! お話、お話しましょう!」
ゴキンと、嫌な感覚が伝わる。
息を飲む音が目の前から聞こえ、一瞬の間を置き、凄まじい絶叫が上がる。
ブチンと、皮と肉だけで繋がっていた両翼を投げ捨てると、まるで狂ったようにそれを拾い集め、まるで我が子の様に抱きしめる。
「なんで……なんでよ……貴方、なんなのよ……私、今強いの、誰よりも強いの、強くなったの、やっと、やっと!」
「だが俺よりは弱かった。それだけの話だろ」
反抗の意思を失ったかのように、翼を抱きしめ震えるファルニル。
殺すべきか? 俺の独断でそれをしてしまっても良いのだろうか。
一瞬どうするか迷っていたその時、部屋の扉が勢い良く開く音がした。
見れば、ミサトが一目散に逃げ出す後ろ姿が確認出来る。……あれはもうダメだな。
もし今、魅了でもしようとすれば、もしかしたら形勢は変わっていたかもしれないのに。
「殺すの、私を」
「どうして欲しい? もう理解していると思うが、今のお前は限りなく全能に近い力を持っている。それでなお敵わない存在が目の前にいる。俺をどうこうしようとする気力すら湧かないだろう?」
「……ありえない……ありえないわよ。痛くて、辛くて、理不尽で、もう何も分からないわよ」
大事そうに翼を抱きしめ続ける姿が、痛々しい。
するとその時、ずっと蹲っていたシュンが、子供の手を引きながらそばにやってきた。
「お前が一番大切なのは自分の身体か?」
「っ! いいえ、私は全てが大切よ!」
「俺は、全てが一番なんて矛盾した事は言わない。俺にとっての全てがこの娘だった」
「お前は、全部という曖昧な概念を優先し、今大切に抱きしめている翼のような物を、誰かの翼をいくつも奪い取ろうとしていたと、何故理解しない」
今も背中から流れ続けている血。そしてどんどん艶を失っていく翼。
このままでは死んでしまう、か。
ダリアの事もある。今死なせるのはさすがに不味い、か。
「貸せ」
「やめて! 私の……私の身体よ! 私の大事な、大事な翼よ!」
無理やり奪い取りながら、ファルニルに[生命力極限強化]を付与してやる。
同時に、ダメ元で翼を根元にくっつけてやると、瞬く間に流血が収まり、そして翼に血色と艶が戻り始めた。
「失いかけて、理解出来たか? 俺は何度でも奪いに来るぞ、お前が誰かの翼をもぎ取ろうとしたその時は」
「あ、ああ! 私の翼! 身体が!」
甘いだろうか。いや、これは脅しであり必要な事なのだと言い聞かせる。
今なら、話してくれるだろうか。ダリアが知りたがっている事、つまり――この計画のきっかけに、あのガキが、フェンネルが関係しているか、その答えを。
シュンの事もある。こいつがミサトと出会ったのがどうにも腑に落ちない。
何か、何か裏があるはずなのだ。
「え……どうして……おかしい、おかしいわ」
「なんだ、翼の左右でも間違えてしまったか?」
「ち、違うわよ! おかしい、私に流れていた魔力が……来ていないわ」
次の瞬間、地下室が大きく揺れる。
地震? いやそれにしては大きすぎる、まるで近くで何かが――
すると再び室内に飛び込む何者かの存在に一斉に振り返る。
そこには、息も絶え絶えと言った様子のダリアの姿があった。
「それがどういう状況か今は聞きません! 急いでここから逃げてください!」
「どうしたんだ、お前身体の方は問題ないのか?」
「いいから早く! ミサトが、ミサトが七星の封印を解除しました!」
その言葉と同時に、一際大きな揺れと共に、地下室が崩れ始めたのだった。