三百四十六話
(´・ω・`)イーラのゆうわくにうちかったのでほめて
「……ここは」
「目が覚めましたか?」
ベッドで目を覚ました妹が、様子を覗うダリアへと、一瞬で手元に現れた刀を向ける。
没収してベッドの下に隠されていたはずなのだが……やはり魔剣か何か、特殊な力が宿っているようだ。
そんな二人の様子を、俺は部屋の隅、カーテンに隠れるようにしながら覗っていた。
……俺が生きているからと、また暴れられては適わない。
「貴女は……っ! あの時私を襲った人間ですね?」
「襲うも何も、友人を突然襲った人間を取り押さえるのは当然の事でしょう」
だが、チセの身体は満足に動かなかった。
手に現れた刀を握りしめる事は出来ても、その切っ先を向ける事が出来ても、それ以上は腕が上がらないのだ。ダリアの魔術によって。
「仇討ちですか? 生憎、私はもうじき消えるはずです。残念でしたね」
「……それは、元の世界にすぐに帰れるから、という事ですか?」
「……」
「貴女がセリューで召喚された解放者だという事は既に知っています」
「……そうでしたか。それで、どうするつもりです。見たところ貴女はエルフ。それも王族に関わる人でしょう? セリューの庇護下にある私に手出しして良いんですか?」
もう良い。これ以上こんなやり取りは見たくはない。
カーテンから身体を出しながら、俺は再び魔王の姿を取る。
「生憎、あの程度では俺を殺せないんでね。お前さんが何者かに命じられた魔王討伐は失敗に終わった訳だ」
「っ! 動け! 動け!」
「無駄だよ。心臓を穿かれてなお生きている存在をどうやって殺すつもりだ? 諦めな」
目の色を変え、自分を殺すことを望む妹の姿を、ただ無感情を装いながら見つめ続ける。
……戻りたいんだな。そしてその条件として、俺の討伐が提示された、と。
動かない腕を必死に震わせる妹の元へと歩み寄る。
ギラつかせた瞳をのぞき込むように、膝を折る。
「……悪いが、俺は死ぬわけにはいかない。でも、君は元居た世界に帰りたい、そうだろ?」
「分かっているなら! ここで! 殺されてください! 今すぐ! 今すぐ死ね!」
呪詛の言葉が、向けられる殺意が、着実にこちらの心を抉っていく。
するとその時、部屋の扉が音を立てて開き、怒り心頭といった様子のリュエが入ってきた。
……刺激するかもしれないからと外で待つように言っていたのに。
「なんて事言うんだい!? カイくんがどんな気持ちかなのか! カイくんが本当は――」
「リュエ! ……良いんだ。この娘の気持ちは良く分かる……だから良いんだ」
「っ……やっぱり見間違いじゃなかった。リュエさんとレイスさんもいたんですね」
「……そうさ。まさか君がカイくんを狙っていたなんて思いもしなかったよ」
「貴女の目的にカイさんの命が含まれているのは分かりました。ですが……彼は私達が愛する、大切な家族なんです。家族を殺すと言われ続けるのは……私も気分がよくありません」
レイスの言う『家族』という言葉に、やはりチセも思うところがあるのだろう。
バツの悪そうな顔をしながら、漏れ出ていた殺気を少しだけ和らげてくれた。
「……殺す、という事はそういう事なんだ。譲れない目的の為、手段を選んでいられなかった君からしたら、感覚が少し麻痺してしまっていたのかもしれない。けれど……殺した誰かにも家族はいる。彼女達のように、その相手を大切だと、そう思っている人だっている」
「……分かっています。それでも、私は……貴方に死んでほしいと願います」
「っ! まだ言うのかい!? カイくんはね、本当は――」
「……頼む、リュエ。頼むから……」
難しい。こいつが頑固で家族思いなのは、俺もよく分かっている。
恐らく、こいつは残してきた家族、妻と息子をなくした親父を思っているのだろう。
その上、もし自分まで戻れなければ、今度こそ親父はダメになってしまう。そう考えているのかもしれない。
……切り捨ててきたはずなのに。いざこんな状況になってしまうと、残してきた家族、今はこの場にいる妹や一人残された親父に対して、申し訳なくて、申し訳なくて。
考えないようにしていたのに、切り捨てたと言い聞かせて来たのに、それらの思いが全部よみがえって来て。
「……ダリア。この娘を元の世界に送り返す事は可能か?」
「……不可能とは言いません。定期的に呼ばれる以上、ルートとして確立しているはず。でしたら情報が揃えば戻すことだって絶対に出来るはずです」
ダリアがその予測を口にした瞬間、チセの顔に希望が満ちる。
「本当ですか!? 私は、帰れるんですか!?」
「今すぐ、とは言えません。少なくとも呼び出された場所の調査と、呼び水に使われた膨大な量の七星の魔力が必要になりますから」
「……だ、そうだ。殺せない俺を狙うより、よっぽど目があると思わないか、解放者さん」
「……」
「私の言う事が真実なのか? そう考えているみたいですが……私がこの大陸の七星を封印した術式を考案、施行した人間だと言えば、少しは真実味を帯びませんか?」
「まさか……貴女がサーズガルドの聖女ですか?」
「知っていたようですね。どうします、一応私も封印の楔の一つとなっていますが……殺したいですか?」
一瞬だけ、手にした刀に力が入ったのが見て取れたが、フッと力が抜けたように、手から刀が零れ落ちる。
「……やろうとしても無理、と言いたいみたいですね」
「ええ。そもそも、呼び出した側が戻す事を確約していないのですか?」
「されました。自分達の戦いが終われば、無事に送り返す、と」
「……だが、その間にナニかがいた。俺を殺せと命じたナニかが。それが自分の帰還を妨げるのではないか……そう考えたんだな?」
「……はい」
現金なものだが、彼女はただ帰りたいだけなんだ。
そして……純粋な思いを煽り、そして強大な力を得たが故に……道を踏み外した。
俺は許そう。だが同時に警戒もしよう。その刀は、恐らく俺に対して特効のような物を宿しているようだから。
「……俺を狙うのを止めると誓えるかい?」
「帰る手段を模索し続けてくれるのなら」
「もし、見つからなくて君が襲ってきても、俺なら確実に返り討ちに出来ると言っても?」
「……はい。どういう訳か、貴方は私の事を殺せない。何故、守ったのです?」
「……さてね。何度か話して、同じ酒を飲んだから情が湧いたのかも」
「魔王……らしくないですね」
「そりゃこっちが素だからね。その気になれば全員をひれ伏せられる程度には魔王らしくなれるがね」
念のため、彼女から刀を没収しておこうと手を伸ばしたその時、柄を握った俺の手のひらが熱を帯びる。
見れば表面が焼けただれ、肉が溶け落ちていた。
……マジかよ。こりゃ下手にアイテムボックスに収納するのも危険かもしれないな。
「こいつは自分の身を守るために使いな。それと――リュエ、そんな敵愾心たっぷりな目で睨まないであげてくれ。彼女も必死だったんだ」
「……じゃあ謝っておくれ。私じゃなくてカイくんに。酷い事言ってごめんなさいって」
「分かりました。酷い事を言ってごめんなさい、カイ君」
oh.まさかの君付けである。いや別に良いのだけれど、物凄い違和感に背中がむずかゆくなる。
「で、どうする。まずこの領地の封印の確認を優先するべきだと思うが……君はどこにあるのか知らないのかい?」
「一応、聞かされています。領主の屋敷が元々封印の拠点だった、と」
「場所そのものは私も知っていたはずなのですが、都市の拡張や魔導具の影響で見つけられなかったのです……まさか屋敷を上に建てていたとは」
「自由に屋敷に出入りするなら、領主になるのがてっとり早い、と」
「……本当はもう一人、解放者で都合の良い力を持っている子がいたんですけどね」
なるほど。大方、今屋敷を所有しているのはヴィオちゃんの義兄。そして相手が男なら簡単に篭絡出来た……と。
しかし、今あの連中はどこに行っているのだろうか? さすがにあの時死んでいた、なんて事はないと思うが。
「なんにせよ、明日ヴィオさんに話を聞きにいきましょうか。きっと闘技場に向かえば会えると思いますから」
「うん。なんか私達が逃げる時『また絶対ここに戻って来て』って言っていたんだ」
「……まぁ今回は俺に責任があるからね。お叱りを受けるのもやぶさかではないさ」
翌朝向かうという事で話は決まったのだが、ベッドが一つ足りないという事態に陥る。
まぁチセは床で寝ると言っていたのだが、ここは俺が抜けて女性陣だけにした方が良いだろうと、一人新しい部屋を借りる事にした。
……一緒に寝ようと無言で毛布をめくるレイスさんには申し訳ない。さすがに、こう、視線が気になってしまうのですよ、実の妹からの。
『あ、この人達そういう関係なのかな?』的な、なんとも言えない視線が。
翌朝。昨日の弊害で全ての催しが中止となった闘技場へ向かうと、係の人間ではなく、ローブ姿の小柄な人物がこちらを待ち構えていた。
「来た来た。お兄さん、私だよ私。この間のVIPルームに行くよ」
「ん、了解。いや面倒かけたね、すまなかった」
「いいよ、そういうのも全部移動してからね」
部屋に着くと彼女はローブを脱ぎ去り、そしてソファーに座りながら腕を組む。
まるで『さぁ話して貰うぞ』と言いたげな視線を向けられながら、俺達も席に着き、事のあらまし、そしてどう決着がついたのかを語った。
「解放者……ねぇ。まぁ確かに私が殺していたら面倒な事になっていたかもだし、結果オーライって感じなのかな?」
「だね。そっちは結局どうなったんだ? 試合はノーコンテスト扱いになったのか?」
「微妙なとこ。結局最後まであの場所に立っていたのは私だったけれど、アイツはお兄さんに焼かれて脱落したわけじゃない? だから、あっちから不服申し入れがあったんだよね」
「……なるほど。で、結局この後どうなるんだ? 俺達は可能なら領主の屋敷に向かいたいんだが」
封印の拠点がどこにあるのか、その事実を彼女に伝えると、その表情を輝かせながらこう提案してきた。
『なら、すぐにでも屋敷に案内してあげるよ』と。
屋敷は都市の南部にあるらしい。俺の予想通り、今は筆頭候補『だった』あの男が住んでおり、ヴィオちゃんもそこに呼び出されていた、と。
なんでも、領主の座について話し合いをしたいという申し出もきており、元々今日向かう予定だったのだとか。
が、どう考えても罠だからと、俺達の同行を頼むつもりでいた――と。
「到着。まー悪趣味だけど、私の物になったら全部取り壊して、適当に訓練所にでもするよ」
「いや流石に勿体ないだろ……」
案内されたのは、彼女の言う通り趣味の悪い、裸婦像が大量に飾られた門。
明らかに欲望を詰め込んだであろう艶めかしいポージングをとるそれらを極力見ないようにしながら、屋敷の扉を叩く。
「おーい来たぞー! 話し合いなんて日和った事言い出した臆病者の為にわざわざさー!」
「初手挑発はやめなさい」
「あ、私とレイスって顔隠した方良い?」
「ん? なんで? なんかあったの?」
「あの大男を半殺しにして川に沈めたんだよ、リュエが」
「え! まじで! すごいウケるんだけど! 絶対顔隠さないでよ? どんな顔するか楽しみだから」
それは俺も是非見てみたいところではあるが、もしも敵意を向けられたり、この呼び出しになんらかの罠がしかけられ、その脅威がこちらにも及ぶのならば、相応の礼はしなければ。
と、ここでようやく扉が開き、使用人と思われる露出度マシマシのお姉さまがこちらを招き入れてくれた。
……ヴィオちゃんだけでなく、俺達全員をなんの疑いもなく招き入れたあたり、使用人として教育されている人間ではないのだろう。
「あーヤダヤダ……こんなのが領主になったら、そのうち絶対に領地取りつぶしだよね」
「同意します。ヴィオさんが領主になったら、どういう場所にしたいんですか?」
「健全に殺し合える場所。百歩譲って、健全に戦える場所にしたいかな。毎日大きなトーナメントを開いて、豪華な賞品も用意して、国内外から強い人を一杯呼び込むんだ。そうなったら、悪さをする度胸がある人間も限られるし、平和になりそうじゃない?」
「……そいつはなんとも夢があふれるな。まぁ悪くはないと思うけど」
等と話しながら、通されたのは屋敷の三階。大きな扉の前だった。
ヴィオちゃんがノックもせずに大きく開け放ち、中で待っていたあの大男の前へと歩み出る。
「ほら、来てやったよ負け犬。もう大成は決したと言ってもいいと思うけど、話だけなら聞いてあげる」
「なんだぁ? 随分と言うじゃねぇか。俺はお前に負けた記憶はないんだがなぁ?」
「ま、そうだね。でもあの大会ってさ……周囲の協力者も全部自分の物として扱うんだよね?」
どうもどうもと言わんばかりに魔王ルックを披露させて頂きます。
そしてその隣に良い笑顔を浮かべたリュエさんが、珍しく杖を片手に並び立つ。
ついでと言わんばかりにレイスも弓を取り出しながらさらに並び、この流れに乗るべきなのかと迷うチセの腕を引きながらダリアがさらに並ぶ。
「まぁ、こういう事なんだよね? あれ? どうしたのオニイサマ? 顎でも外れた?」
「もし、ここに彼女を呼び出した後に闇討ちでもするつもりだったのなら諦めろ。ここにいる人間は全員、彼女の味方だ」
「やぁやぁ、川の底はどうだったかな?」
「ご無沙汰しています」
「私は今更自己紹介の必要もないでしょう。お父様の開いた式典に参加して以来ですね」
「……」
恐らく、なんらかの方法でヴィオちゃんをどうにかしようと考えていたのだろうが、さすがにこの顔ぶれ、とくにリュエの姿に完全に心折られたのか、言葉すら発せずに顔を伏せる男。
そこに、さらに追い打ちとしてダリアが語り掛ける。
「……その腕輪は我が国の秘宝です。返却をお願いいたします。それと――入手経路も」
「……てめぇらは何も分かっちゃいねぇ。昨日一日で俺がどれくらい攻撃を受けたか、忘れたわけじゃねぇだろ?」
しかし、伏せた顔のまま男が語り出す。
それは紛れもない反抗の意思。
腕にはめられた腕輪を撫でながら顔を上げたその瞳には、妖しい輝きが宿っている。
そして次の瞬間――
「全員下がって!」
机からなにから、部屋の調度品を吹き飛ばしながら、男の身体から赤い光が吹き上がる。
それは、以前ヴィオちゃんが戦いの最中に見せた、青いオーラを纏う姿に酷似していた。
が――
「少なくとも、その程度で怯むような生ぬるい時代を生きてきた訳じゃないからね」
一歩踏み込むリュエ。そしてそれに続くようにダリアが並び立ち、虚空から錆色の剣を取り出した。
「諦めてくれるなら命は助けるよ。大人しくしてくれるかい?」
聞く耳持たず。赤く輝く腕を大きく振るい、リュエの身体を吹き飛ばそうとする。
けれども、その拳がリュエの鼻先でピタリと止まった。
「……その感覚、覚えているだろう? どうやら皮膚を裂くことはもう出来ないみたいだけれど――――血が凍っていくその寒さには耐えられないんじゃないかな?」
「ガ……グ……」
動けない身体から、ダリアがそっと腕輪を引き抜く。
するとその瞬間、耐性を失ったからか、男の身体が瞬間的に、赤い氷に包まれたのだった。
「……このまま溶かしたら死ぬけれど、どうしようか?」
「更生の余地があるか不明だからなぁ……でも部屋を汚すのも嫌だし、たぶん地下牢があると思うからそこに運んでから、一応死なないようにだけしてくれない?」
「了解。優しいねヴィオちゃんは」
「いーや。ボロボロに弱らせてから都市の中引きずりまわしてアピールするの。私が領主だって」
……本当、とことんコイツの事が嫌いみたいだな、ヴィオちゃんは。
「ありました。地下牢の奥から封印の反応を感じます」
「お、見つけたか。いや丁度良かったな、コイツを運んだついでに見つかるなんて」
地下牢を見つける事が出来たのだが、そこには先代の領主に仕えていた人間達が捕えられており、コイツを入れるスペースが存在していなかった。
すると牢の中にいた、妙に貫禄のある老紳士が『ヴィオ様ではありませんか』と、自分が囚われの身である事を感じさせない、堂々とした様子で語り掛けて来た。
曰く、お目付け役として先代の時代からあの男に仕えていたらしいのだが、先代が亡くなった瞬間、ここに入れられてしまったのだとか。
ヴィオちゃんが領主になるのはほぼ確定だ、という話を聞かせると、静かに頷きながら『それは良かった。では、もうここに留まる必要もありませんね』と、さも当然のように自分の服のポケットから鍵を取り出し、自ら開錠して出てきたのだった。
勿論、代わりにこの氷のオブジェ(時限回復魔法付与済み)を収容しました。
「その扉は、この屋敷が出来た時から存在する遺跡へと続く扉でございます。決して開けてはならぬと、鍵を私が預かっていたのですが」
「じーや、このお兄さん達にカギを渡してよ。ほら、ダリアだよこいつ。信用して良いよ」
「ええ、存じ上げておりますとも。お久しゅうございます聖女様」
顔見知りだったのか、紳士がダリアにカギを手渡す。
「では、私はこれから牢を見て回り、罪のない人間を解放して回ります。どうぞ、お役目をはたしてくださいませ」
「ええ、ありがとうございます。では、確かに受け取りました」
そして、いよいよ封印の拠点へと続く扉を開く。
恐らく、封印の拠点として最後の一か所。
リュエの見立てが正しければ、さらにもう一か所、七星の封印の近くに、誰か人柱を封じた場所もあるという話ではあるのだが……。
「ああ、確かにこの遺跡は見覚えがありますね……なるほど、隔離結界の術式を壁画として刻み込んでいるようですね……」
「荒くれものが多い土地だからな、場所を守るためにも屋敷を建てたのかもな」
「そうですね。それに――封印は守り手に力を与える。ですが、その領主が死んだ今、その力はここに還ったはず。よからぬ野望を抱いた人間の手に渡るのを恐れたのでしょう」
「まぁ、任された領主が独立をもくろむっていう、よからぬ事を考えていた訳だがね」
皮肉な話だ。まぁ、この封印を最初に任された領主は人格者だったのかもしれないが。
そして遺跡の最深部につくと、こちらに反応したのか、壁に取り付けられた松明が一人でに灯りはじめる。
揺らめく炎に照らし出されるのは、大きな金属の柱。
「良かった……ここの封印は完全な状態で残っています。これなら、他の場所……つまりセリュー領や、もう一か所、どこかにあるはずの最後の封印の場所も分かるはずです」
疑いたくはないが、チセのすぐ横に移動する。
現状、この封印を解くことができるのはチセだけだ。もし、まだ諦めていなかったら……。
だが、本当にどうこうするつもりは既にないのか、しきりに周囲の様子を見て回るその様子、ほっと胸をなでおろす。
「……私が信じられませんか?」
「信じたいが、場所が場所だ。許してくれ」
「ええ、構いません。命を狙った人間を横に置く程度には信用されているみたいですし」
「……ああ、違いない」
随分とユーモアセンスに磨きがかかったみたいだ。
……そうだよな、もう、下手をすれば俺とあまり年齢も変わらないのだろう。
彼女は元の世界で、どんな暮らしをしていたのだろうか。それを聞きたいと願ってしまうのは……たぶんきっと、俺には許されていない事、なのだろうな。
「っ! 解析が終わりました。どうやら、この場所を含め、封印は後三カ所残っているみたいです」
「ん? 二カ所じゃないのか? ここと、誰かが一緒に封じられた場所の」
「いえ、どうやらセリューも封印その物はまだ解いていません。七星解放のタイミングを自分達で決められるように……という事なのでしょう」
「なるほど。で、肝心の七星そのものはどこに?」
「……セリュー領の城。その背後に広がる海の中、です」
「……マジかよ。じゃあ下手したら……もう一か所の封印もその近くにあるって事だよな?」
「そうなります。ただ――もう諸国漫遊なんて言っていられないかもしれません」
封印の柱に手を翳したままのダリアが、ゆっくりとこちらに振り返る。
炎に照らされたその顔に浮かぶのは、確かな焦り。
そして彼女は告げる。この解析の結果判明したある事実を。
「……解かれた封印の魔力が、七星以外の何者かに流れ込んでいます。しかし、その者はセリューにいる……間違いなく、戦いになります」
「……ようするに、ボス手前に、もう一人ボスがいますよって事かね」
それだけではないのだろう。ただ敵対者が一人増えただけで、ここまで焦る必要はないはずだ。
俺と言う切り札がある以上、戦力差に顔を青ざめる必要なんてない。
きっと、彼女の中ではもう――
「……私を召喚した人間に、力が流れ込んでいるのですか?」
「っ! ちーさんを呼び出したのは、彼女本人なのですか?」
「皇女……いえ、領主様の事を指しているのなら、その通りです」
随分と、ダリア自身も買っていた人物だと記憶している。
しかしこれではっきりした。やはり、セリューのトップが召喚した人間なのだ、と。
「向かいましょう、セリューに。まずはそこからです……きっと、そこにフェンネルの狙いも隠れているはずですから」
「彼が、関わっているのかい?」
「……流れを組み替えるのは至難の業です。私とフェンネル以外で、私に気づかれずにここまで術式を変化させるのは不可能ですからね」
封印の場所を後にする。
もう誰も立ち入れないよう、強力な結界をリュエとダリアの二人で組み上げながら。
だが二人の足取りはどこか重く、次なる目的地に行くことを躊躇っているかのようで。
「……もうすぐ、終わるってのに、な」
いつもなら、あと一息だとはっぱをかける場面のはずなのに、今日はそんな気が起きなかった。
それは、最後に待ち受けるものがあまりにも大きすぎるからなのか、それとも――今背負っているものが、重すぎるからなのか。
目の前で階段を上る妹を見つめながら、ただ静かにそんな考えを抱いていたのだった。
「……お尻に視線を感じるので、カイ君は前に行ってください」
「ちょっと待って。それ誤解だから。階段の所為で偶然そうなっただけだから」
……本当にそんな事考えていなかったんですけどねぇ……。
(´・ω・`)15章はこれにておわり 次章にてサーズガルド編は終了ですん