三百四十三話
(´・ω・`)更新頻度向上期間でごじゃます 今月末に七巻が発売ですが、なかなか良いシーンが挿絵になっております
深夜過ぎに宿へと戻ると、丁度店主が俺達の部屋の様子を覗っていたので、軽く脅しをかけておいた。
そして翌朝。こちらを揺すり起こす誰かの腕により、寝不足のまま起床をよぎなくされた。
「あ、起きた起きた。いつ帰ってきたんだい?」
「うーん……深夜過ぎ、二時くらいだと思う」
「なんだ、じゃあもう六時間は眠れているね。ほら、起きて起きて」
ベッドから起き上がると、恐らくアイテムボックスから取り出したであろう朝食がテーブルに広げられていた。まぁここの宿が出す食べ物は信用出来ないし仕方ない。
一応、昨夜部屋の主がこちらの様子を探っていた事だけは伝えておく。
「むぐ……じゃあ今日は宿を変えようか? 元々一泊の契約だったし」
「そうしましょう。話を聞く限り、闘技場に近い場所の方が治安もマシなようですし」
「ああ。それに今日ならヴィオちゃんの試合に間に合うかもしれないしね」
「あの、カイさん。いっその事私達のうち誰かがその領主を決める大会に――」
「それも考えたんだけど、絶対後々面倒な事になると思うんだよね。一時的に領主になるっていう線も考えたんだ。でも、すぐに引継ぎをする羽目になるだろうし」
「カイヴォンの言う通りです。確かに無法者だらけですが、そんな事をしては領民に混乱が訪れるでしょうから」
朝食を摂り終え宿を出る事を店主に告げると、妙に引き留められた。
その視線が俺の背後、つまりリュエやレイスに向かっていた辺り、よからぬ事を企んでいたのだろう。
『昨日表で起きた騒ぎ、あれ引き起こしたのは俺なんだがね。再現してみせようか』というこちらの言葉に完全に引き下がってくれたので良しとしましょう。
「カイさんの脅しが堂に入っている気がします」
「ね、すごいしっくりくるよね」
「そうですね。まぁ元々彼は恐がられるのに慣れていますし?」
はい三人ともそこまでだ。これ以上は俺が泣いちゃうから。
新しく契約した宿で用意された部屋に着いて早々、不機嫌そうな調子で語るリュエとレイス。
道中、問題が起きないようにと御者席には俺だけが座っていたのだが、客車の窓から周囲の様子を探っていたそうだ。つまり――人身売買の様子が見えてしまっていた、と。
「……昔もちらほら見かけたんだけどさ、やっぱり見ていて気分が良いものじゃないよ」
「私も同意見です。許されるのならば、私が保護したいと思ってしまうくらいに……子供までいました」
「実際、罪人奴隷はともかく違法に捕まえた人間を売買する人間もいます。さすがに共和国内でも問題になっていますが、前領主が共和国から抜けるなんて考える程の人間だったので、対話をする事も出来なかったと聞いています。……次の領主が対話に応じる人間ならば、少しはこの現状も変わると思いますが……」
「薄情と思われるかもしれないけれど、今は他の問題を抱えている時間もないんだ。くれぐれも、はやまった行動はしないようにお願いするよ。俺達がこの大陸の問題を解決すれば、いつかは辛い思いをする人だって少なくなるはずだから」
リュエもレイスも、頭では分かってくれているのか、しっかりと頷いてくれた。
ならば俺もまた、未来のために行動しなければと、今日も一人都市へと繰り出したのだった。
本日もやってきた闘技場前。
この時間は剣闘士と自由騎士のトーナメントが行われている関係で、夜に比べて幾分客層も良く、いかにも『武人』といった姿の人間や、上等な衣装に身を包んだ貴族のような人間の姿も目立っていた。
あれはスカウトマンかなにかだろうか? 自分の私兵として誰か雇うつもりなのだろう。
「すみません、観覧席、出来れば一番見晴らしのいい席のチケットってありますか?」
「はい、S席のチケットでしたら、本日一日中自由に出入り出来るパスとして販売しております。少々お値段は張りますが……」
受付のお姉さんにしっかりと一〇万ルクスを手渡し、貴族の皆さんと同じ席へと向かう事に。
しかし……外見上は遺跡のような様相だったが、内部はかなり綺麗にされているな。
恐らく一種の産業としてこの都市を支えているのだろうし、施設にもお金をかけているのだろう。
用意された席に着くと、すぐさま係員がパンフレットを手渡してきた。
ついでに香りの良い葉巻やエールの入った瓶も勧めてきたのだが、どちらも丁重にお断りさせてもらう。まぁこういう場でまで毒が仕込まれているとは思わないが、万一があってはいけない。
「なんにせよ、至れり尽くせりだ。金さえあれば快適な都市って事なんだろうな」
なんとなく、この都市が成り立っている理由が分かる気がする。
金と地位さえあればなんでも出来るのだ。お忍びで足を運ぶ人間も多いのだろう。
「ええと今行われている試合は……奴隷闘士達のバトルロイヤルか」
罪人奴隷の中から勝ち上がった人間が奴隷闘士となり、さらに大勢の奴隷闘士の中から勝ち上がった物が正式な剣闘士になる……と。まるで映画の世界のような成り上がりストーリーだ。
道理で今戦っている人間達の気迫が下手な冒険者や自由騎士と違うはずだ。
文字通り命がかかっているのだから。
「って……おいおい今日は剣闘士と自由騎士のトーナメントは無しかよ。ヴィオちゃんに会えると思っていたのに」
「残念、もう本番が近いから身体を休ませてるんだよねぇ」
その時、自分のすぐ後ろ、至近距離から声がする。
しかしその主に察しがついた俺は、ただ再会を喜ぶ言葉を投げかけた。
「久しぶり、ヴィオちゃん。応援に来たよ」
振り返った先には、あの四つ耳少女、ヴィオちゃんの姿があった。
もしかしたら狙われるかもしれない身の上だというのに、変装もせずにただ自分のありのままの姿でいる彼女は、やはり威風堂々としていた。
……まったく。ここまで唯我独尊を地で行く君なら、きっと良き領主になるよ本当。
「それにしてもこの席にいるって凄いね、一〇万払ったの?」
「まぁお金持ちなので。というのは冗談で、色々こっちも争いごとを避けたい状況でね。ここならそういう心配もないだろう? そういう君は?」
「私はここのヒーローみたいなものだよ? 顔パス顔パス」
マジかよ、さすがだなヴィオちゃん。
「ま、VIPルームで話そうか? もしアレなら、受付にいって一〇万返却も出来ると思うよ? 私のお客だからーって」
「ははは、さすがにそれはやめておくよ。カッコ悪すぎるだろ」
「そう? じゃあその一日パスを永久にしておいたげる。本番、勿論見に来るんだよね?」
「ふむ、それならお願いしようかな。ついでに他にお客が三人いるからその分も」
「ちゃっかりしてるねー? 3人っていうと、おねーさん二人と……あのはむはむ言ってる子?」
「いや、はむちゃんはミササギにいるよ。俺の古い友人がこの大陸にいてね、そいつと一緒なんだ」
「ふーん。まぁオッケー。とりあえず移動しよっか」
ダリアだとは隠しておきましょう。何やら因縁があるようなので、反応が楽しみだ。
用意された部屋は、これまで見てきたどんな応接室よりも豪華であり、そして同時に悪趣味でもある、贅の限りを尽くした一室だった。
……理性を働かせる必要のない贅の尽くし方、と言えば良いのだろうか。
黄金の手枷や何に使うか想像したくない器具も飾られ、部屋の隅には巨大なベッドまで設置してあった。
「なんだヴィオちゃん、ここで俺と一戦交えるつもりかね? 勿論性的な意味で」
「な゛っっ!! ち、違う! これは、そういうんじゃなくて、全部こういう部屋なの!」
どうやらこの手の話題にはめっぽう弱い様子。顔が真っ赤ですよヴィオさんや。
「もう、止めてよねそういうの! で……お兄さんは私にどんな用事があったのかな?」
「んー、まぁ応援っていうのも嘘じゃないんだけどね……単刀直入に言わせてもらうと、君には領主になってもらいたいと思っている。俺の目的の為にね」
それを告げた瞬間、彼女の赤い瞳がスッと細められ、心地よい殺気が室内に充満する。
そりゃそうか。彼女の出身国であり、今まさに領主の座を争っているのだ、愛国心もひとしおなのだろう。
そこにこんな発言をしてはそうなるのもやむなし、だ。
「お兄さん、何を考えているか言ってみてよ。返答次第じゃ本当に一戦交える事になりそう」
「……事と次第によっちゃあ、俺はサーズガルドとセリュー、その両方と敵対するかもしれない状況にいるんだよ」
「ヒュウ! さっすがお兄さん、なんだかいきなりぶっ飛んだ事言うね?」
そして俺は語る。今現在、俺達が何を目的に動いているのかを。
セリューが呼び出した解放者の事。そして封じられた七星を利用しようとしている人間がサーズガルドにいる事を。
「……マジ? セリューって一応私達のお目付け役で、ちょっと前の独立を賭けた内乱の鎮圧にシュンが向かう事になった理由を作ったところだよ? そこが解放者?」
「恐らくな。って、セリューとサーズガルドは親交が深いのか?」
「トップ同士はね。一応、もしもの時は協力し合うのが決まりなんだよ。仮にも一緒に戦った歴史もあるんだし。けどまさか……笑顔の下でそんな事企んでいたとはねー、あの性悪女」
どうやらセリューのトップに面識があるのか、忌々し気にそうぼやく彼女。
ふむ……フェンネルと対等でありながら秘密裏に解放者を使った計画を練っていた人間ね。こりゃちょいと厄介そうだ。
「つまりお兄さんは、封印の状態を調べたい、そして解放者から守るためにも、私が領主になって事を運びやすくしたい、そういう訳だね?」
「イエス。実際問題どうなんだ? ヴィオちゃんの強さは折り紙付きだが、相手も相当やると聞いている」
「あー……そうなんだよね。それに観客席から毒矢でも撃ち込まれそうだし、正直これまでで一番キツイ戦いになると思う。ほら、私って基本周囲に味方がいないからさ、観客席の敵を抑える軍勢とかいないんだよね」
「なら、そいつは俺がなんとかする。レイスもリュエもいるんだ、戦力差なんてどうにでもなるだろう?」
聞けば聞くほど恐ろしい大会だが、俺達が観客席の人間を防いでいれば、問題なく彼女には一騎打ちに集中出来るはず。
だが――
「あー……でもさ、他にも厄介な相手って結構いるからさ? 一応勝つつもりではいるけど、確約は出来ないかも。最悪の場合私が封印の拠点を調べて置くけど」
「なんだ、いつになく自信なさげじゃないか」
「セリューからもこの領地を吸収しようとタカ派の連中が参戦してるんだよねぇ。あいつら、基本的に身体のスペックが私達と違うんだよね、苦戦必須なの」
「ほう……まぁ可能な限りこっちも援護するよ。なんなら――俺が全力を出しても良い」
「えー……それだとほぼ全員お兄さんに従いそうじゃん。私領主になれないじゃん」
「それもそうか」
ともあれ、ヴィオちゃんの協力は得られると見て良さそうだ。
後はその本番がいつ開催されるのかだが――
「あ、それなら明日だから。お兄さん運が良かったね?」
「……マジかよ。ちょっと作戦とか色々練りたいから今晩俺達の宿に来てくれよ」
「えー、出たとこ勝負したいんだけどなぁ私」
「頼むよ、久々にレイスだって会いたいだろうし」
「私、お姉さんに完敗しているんだけどなぁ」
もしかして微妙にまだ悔しいと、リベンジしたいと願っているのだろうか。
いやはやさすがに戦闘狂。頼もしい限りです。
ヴィオちゃんはこの後、数少ない自分の後援会のような人達に今晩の予定を伝えるからとそこで別れる事となった。
宿の場所は伝えてあるので、今晩にも来てくれるという話だが……ダリアを見てどんな反応をするのか楽しみだ。
で、宿の前まで戻って来たのだが……なにやら黒山の人だかり。明らかにこの数は異常だ。
まさか泊まっているリュエ達の身に何かあったのではと、その人混みをかき分け中心へ。
「いいぞ姐さん! 次を倒せば八〇万ルクスだ!」
「いつのまにか賭け試合になってんの笑えるわ。ただの小競り合いだったろこれ」
「いやぁ、だってあの姐さんつええのなんのって、こんなん賭けないと損だろうが」
何やら野試合でも行われている様子だ。
闘技場が近い所為かチラホラ見かけていたのだが、ここまでの規模となると……人気の剣闘士でもいたのだろうか?
「いい加減にしてください。私はそろそろ部屋に戻りたいのですが」
「なんだ逃げるのか姉ちゃん。だったら勝負は宿の中でしっぽり決めるか?」
「……前言撤回します。貴方はすぐに沈めて、それで終わりにします」
あっ、聞き覚えのあるお姉さんの声が。
人だかりの中心にいたのは、大きな斧を構えた男とレイスだった。
その周囲には無数の男達が横たわっており、すでに彼女が何人も倒しているのが見て取れる。
「おらやっちまえ! このままじゃ俺らの掛け金全部姐さんに持っていかれるぞ!」
「倒したらそのままお楽しみ突入だ! とっととひん剥いちまえ!」
ふむ。今すぐ全員皆殺しにしたいところだが、それをする必要もなさそうだ。
今の男達の言葉にカチンと来たのか、レイスが虚空から魔弓を取り出したのだ。
そして次の瞬間、天空から降り注ぐ赤い閃光に、皆地面に倒れこんでしまった。
あ、ちなみに僕にもばっちりヒットしていましたが。幸いにもノーダメージでした。
「はい、八〇万ルクスおめでとうレイス」
「か、カイさん!? 戻って来ていたのですね」
倒れている賭博の責任者、恐らくブックメーカーであろう男の手から金貨の詰まった小袋を取り上げレイスに手渡す。これは君の正当な取り分だ。
「うん。で、何があったのか教えておくれ」
「ええと、少し買い出しに向かおうと宿の外に出たらからまれまして……」
「それであれよあれよという間にこうなった、と。……いやぁ確かにレイスなら仕方ないかもしれないけれど、次からはローブをはおった方いいかもね」
「はい……申し訳ありませんでした」
「いやいや、無事で何よりだよ。路銀も増えたし問題なし」
ううむ……最近リュエよりも彼女の方がトラブルメーカーになりつつある気がする。
さすが大輪の花は虫を寄せ付ける、って事なんですかね?
(´・ω・`)ようやく校了したとおもったらすぐに八巻の改稿期間に入るので、この章が終わったらまた更新頻度が落ちる可能性が……