三十一話
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控室にある姿見で、自分の姿を確認する。
改めて見ると確かに悪い魔王、黒幕と思われても仕方がない外見だ。
あれだ、RPGでグラフィックを見せられたら『こいつ絶対ラスボスだろ』とか言われそうだ。
「まぁ彼がもし主人公なら、俺はラスボスなんだろうな」
召喚された勇者が、世界を救うために封印された存在を開放する旅へと出る。
そして旅の果て、最後の封印はすでに魔王の手により解かれ、殺されてしまっていた。
……うん、確かにラスボスだ。
アビリティを吟味しながら、剣へとセットして行く。
そういえば、ゲーム時代最終日に手に入れた大量のアビリティだが、一年以上時間があったにも関わらず、ちゃんと内容を確認していなかった。
『弱者選定』のように、何か俺に役立つアビリティはないだろうか?
ありました。
あっちゃいました。
その名も『修行』
名前から想像出来る通り、貰える経験値を増やす代わりに、自分のステータスを半分のレベルの時まで落とす物だ。
だが、冷静に考えてLv399を半分にした所でゲーム時代のLv200と大差ないんじゃないだろうか?
まぁないよりマシだしセットするが。
さらにもうひとつ、これは弱体化と言えるか微妙なラインだが、瞬殺を抑える効果がありそうな物が2つ程。
『攻撃力変換』と『護剣』というアビリティだ。
『攻撃力変換』は、武器の攻撃力を変換するもので、その分魔力を増やしてくれる物だ。
これは恐らく、奪剣を使って魔法剣士プレイをする為の物だろう。
まぁ俺はゲーム時代サブ職業を格闘家にしていた為陽の目を見る事はなかっただろうが。
もう一つの『護剣』は攻撃力を3/4にする代わりに、防御力を1.2倍にすると言う物だ。
これは見覚えがある。昔リュエに装備させていた剣が、このアビリティを所持していた。
いやはや、実に懐かしい。まさに不沈艦、味方を守り切る聖なる護り!
今ではあの有り様だが。
という訳で、俺の最終的なアビリティは此方。
『刀背打ち』
『弱者選定』
『修行』
『攻撃力変換』
『護剣』
この5つだ。
今回は攻撃力に関係する物や回復系、こちらが有利になる物は入れていない。
あれです、万が一でも勝てる可能性を用意したんです。さすがに可哀想だ。
念のため今回に限り、メニュー画面をいじってオプションの設定をする。
何気にこの世界にきて始めて操作する項目だが、それをいじって自分のMPとHPを常時見られるようにする。
もし彼が何か特別な力をもらっていて、それで必殺の一撃なんて使われてピンチに陥ると恐いからね。
勝てる可能性を残したが、その可能性を最後まで残すのはまた別な話でございます。
「カイヴォン様、お時間です」
さぁ、時間だ。
「お前を倒せばランクが上がると言われたが、そんな物二の次だ。お前はここで殺す」
「倒すじゃなくて殺すか。決闘じゃなかったのか?」
「怖気ついたのか? お前が既に王城の人間を洗脳しているのは仲間に聞いた! このままこの国を渡すわけにはいかない!」
観客席には関係者しかいない。その中に、彼の仲間である3人娘の姿を確認。
ああ、俺が王城に入れるように頼んだのが洗脳だと。親切心なんて出すんじゃなかったよ。
お兄さんちょっとショックだ。
「ではこれより決闘を始めます! 双方構え!」
俺は背中に背負った剣を片手で握り、だらりと地面に下ろす自然体。
レン君は腰から剣を引き抜き、両手で正眼の構えを取る。
随分と様になっているが、今の子たちは学校で剣道が必修科目にでもなっているのだろうか?
「始め!」
瞬間、彼は剣を構えたまま大きくバックステップをし、呪文を詠唱する。
魔法剣士か! かっこいいぞレン君。
「雷光よ、彼の者に戒めを与えよ"スパークウィスプ"」
「じゃあ"ダークプリズン"」
闇属性を溶かしこんだ氷を蠢かせ、俺の周囲を守らせる。
すると、黒い氷に触れた電撃が吸収され消滅した。
さすが魔力強化状態。
「剣でくると思ったら意外だな」
「チッ、闇魔術か」
俺の周囲にまだ闇が徘徊しているのにも関わらず、今度こそ正面からかけてくる。
正直な攻撃に、こちらも応えようと彼の正眼から上段へと移行し、そこから放たれる振り下ろしに右手で上へとなぎ払うように受ける。
瞬間、彼の剣から無数の光が舞い飛び、それが俺の身体へと触れる。
チリチリと、火の粉でもとんできたかのような僅かな熱さを感じる。
HPゲージへと意識を向けると、僅かにだがダメージを負っていた。
【9018/9022】
なん……だと……まさか俺にダメージを与えるなんて!!!!
凄いぞレン君、君は今龍神すら出来なかった事をやってのけたぞ!
アビリティで防御面が大幅に上がっている状態で与えるなんて、凄いじゃないか!
そんな俺の驚きが顔に出ていたのか、彼は得意気に言い放つ。
「ふん、俺の聖剣の力はどうだ? 魔族のお前には効くだろう? このままいかせてもらう!」
「お、おう」
なんだ剣の力か。
光の粒が俺に効くとわかってから、彼はしきりに剣を振るい、俺はそれを避けずに剣で受けるというやり取りを繰り返す。
だが光の粒の飛び方はランダムなのか、全てが俺に触れる訳ではなかった。
そろそろこのやり取りにも飽きてきたので、今度は剣を受け流すスタイルに切り替える。
「少しは学習したようだな。だがいつまで凌げる」
いや最初から出来たんだけどさ。
しかし、先ほどから彼の剣筋はまったくブレがない。
真っ直ぐ愚直なまでの打ち込みが続いてくる。
それだけに、受け流しやすい。
そのまま数分の間、絶え間なく受け流し続けていると、ようやく彼の息が上がり始めた。
「くそっ、何故だ」
「いやそんな正直に攻撃されたらねぇ」
「黙れ!」
今度は剣を振るいながらの魔術の行使を試みたのか、口を動かしながら剣をふるおうとする。
それを、思い切り剣をカチあげるように弾き返し、自分の剣のつばが顎にあたる。
「ギィ!」
あ、舌噛んだ、痛そう。
詠唱の妨害のつもりだったが、思わぬダメージを与えてしまった。
「じゃあ今度はこっちから」
一転攻勢。
剣を片手で軽く凪ぐように顔を狙い攻撃しながら、彼が防いだのを確認して死角で自分の軸足の位置を横へ一歩踏み出す。
すると、直ぐ様その足を起点に向きを変え、再び繰り返す。
あれだ、攻撃を防いで反撃しようとしたら、いつのまにか横に回りこまれている状態。
やられるほうからしたら敵が高速移動しているように見えるだろう。
彼を翻弄するように左右からの斬撃。
混乱し始めたのか、徐々に反応が遅れついに大きく剣を弾かれ顔面のガードが外れる。
そこへすかさず、剣を持たない方の手を伸ばし――
「ぐっ」
喉を掴み、その所為で鈍った彼の聖剣に思い切り剣を叩きつけ弾き飛ばす。
剣の大きさの違いが、ここで出てくる。
たとえ片手の溜めもない一撃でも、重量差だけで握りこまれていない武器程度なら弾き飛ばしてしまう。
ましてや、地力の差だってあるのだ。
「このまま頸動脈を締めようか」
「ガァ! はな、せ」
片手で徐々に持ち上げて行く。
足をばたつかせて、なんとか俺を蹴りあげ逃れようとするが、手を左右に振って彼を動かしそれを回避する。
左右にぶれる度くぐもった声を上げるが、それでも手は離さない。
「ちょっと、放しなさいよ!」
「決闘への乱入は禁止されている筈だよ、大人しくしてなさい」
ちらりと視線を動かせば、リュエがあの勝ち気娘を氷の魔術で拘束していた。
「これは決闘だ、君が気を失えばそれで終わりだ。目が覚めたら少し頭を冷やすんだ」
「くそ……なんで俺が……」
最後に悔しそうに呟き、憎悪に濡れた瞳をこちらに向けながら、彼は意識を失った。
……結局俺、剣術の発動すらしていないんですが。
ていうかにわか仕込みの戦術でここまで出来ちゃうのかこの身体。
別に俺が武術の達人なんて事はない。
ただ知識として知っているだけだ。
結構そういう動画見るの好きだったんですよ。
昔動体視力を褒められて、それを活かす道なんてのも考えていた物です。
いやはや、あの頃は若かった。具体的に言うと中学二年生。
「勝者、カイヴォン様!」
その勝ち名乗りを聞き、闘技場を後にするのだった。
「いやぁ、初めて接戦……ではないけど打ち合うことが出来て満足満足」
「だいぶ手加減が上手くなったんだね? 見応えがあって楽しかったよ」
「ぼんぼん、随分戦うのが上手ですね。それに魔術なんて……リュエが教えたのですか?」
「そうさ。カイくんは私が育てた!」
控室にはオインクとリュエがすでに待っていた。
他の人達は事後処理に駆り出され、王はレンの仲間達を連れて、医務室へと向かったそうだ。
そこで恐らく説明をするのだろうが、一応オインクも行った方が良いんじゃないだろうか?
「というわけでばいばい豚ちゃん」
「そんなー」
結局、レン君は王の話を聞き洗脳の件だけは納得したそうだ。
ソルトバーグの方は自分の浅はかさ、そして自分に好意的な人間の話だけを信じる短慮さが招いた事だと諭され、一応は自分の間違いを認めたが、それでも俺の事は悪人だと言って譲らなかったらしい。
なおオインクはレンくんへの依頼の発注を停止、以後自分で狩った魔物の部位を引き取る形でしか昇格の道はなくなったそうだ。
結構イラついてたんですね貴女。
そして、何よりも可哀想なのは――
「私はもう、レン様にはついていけません……」
「右に同じく……七星が見られないなら一緒に行く意味もない」
あの勝ち気少女以外の二人が、ついに彼を見限った事だろうか。
「それで、俺にどうしろと?」
「あの、もしカイヴォン様が七星の開放へと向かうのでしたら、是非」
「いや行かないけど」
「そ、そんな! それほどの力があるのに……」
力がある人には責任が伴ったりする系の事言っちゃいます?
……そんな訳ないだろ。
じゃあ世の中の金持ちは皆金を貧乏人にばらまくのかって話だ。
まぁ今ここで言っても納得してくれるかわからないし、面倒くさい。
「で、君は何様なのかな。一応俺は公爵位と同等な訳だけど」
「し、失礼しました!」
転がるように退出する後ろ姿を見ながら、残ったもう一人の少女に視線を合わせる。
眠たそうな目をした、薄い金髪の少女。
今のやりとりを見てまだ出て行かないなんて、中々肝が座っている。
というか、この子も俺に通ずる物がある。
なんだろう、この我が道を行く感に妙な親近感が。
「……このソファー、凄く眠くなる」
「別に寝ててもいいぞ、俺は出るから」
「ん、わかった」
本当に横になりだしたよこの子。
クッションを一つ放り投げ、それを受け取り頭の下に敷く少女。
気持ちよさそうなのでそのまま放っておくことにした。
部屋の外ではリュエが待機していた。
一応面会希望の相手は俺だったし、先程まで彼女があの三人娘を観客席で抑えていた為、顔を合わせないようにとの配慮だ。
まぁ騒いでいたのは今回の二人じゃなく、あの勝ち気な子なのだが。
「カイくん、もう面会は済んだのかい?」
「ああ。大した用事じゃなかったよ」
「そう、なら今日はもう暇だろう? 一緒に街に出かけないかい?」
そうだな、面倒事も終わったし、レン君に絡まれるのも面倒だし早い所観光だけしてしまって、港へ向かうとしよう。
「ねぇカイくん。どうしてこの国はここまで立派になったんだろうね」
「なんだ、急に」
「カイくんの考えを教えてもらいたいんだ」
王城を出た瞬間、ぽつりとリュエが零す。
「そうだな……建国の流れは知らないが今の街、というか国のあり方は良く出来てると思う。それは統治者が一人じゃなくて、二人いるからじゃないか?」
三権分立ではないが、それに近い物はあるだろう。
権力と地位を司り、昔ながらの秩序を守り続ける王という存在。
そして、民の隣に立ち、国を諌める力を持ち、尚且つ現代の政治知識を持つオインク。
この二人がいるからこそ、ここまで国が安定してると言えるだろう。
まぁその二人の仲が悪かったら一気に国を二分する戦争になるだろうけど。
「そうだね、私もそう思うよ。たださ、そんな中で私は一人、国のはずれで過ごしてきたんだけどね?」
「ああ、そうだな」
ああ……そうか。
今になって実感が湧いてきたのか。
そして、今になってぶり返してきてしまったのか。
「私がいなくても、もしかしたら全て上手く行っていたかもしれない。そう思えてならないんだ。聞けば創世記の人間も多くいるらしいじゃないか。私は見つける事が出来なかったけれど」
「ファストリアに集中してるらしいな」
「その人達の力も借りて、それで王様やギルドが力を合わせたら……」
もしかしたら、自分が犠牲にならずに済む方法が見つかったかもしれない――か。
その時代、まだ国も今のあり方ではなかったし、オインクもいなかった。
けれども、時代は違えど同じ人間だ。
だからこそ、他の道を模索せず安易な解決法に走った事が悔しいのだろう。
「リュエ、考えるな。過ぎたことを考えるな」
「……慰めてはくれないんだね」
「むしろリュエがあそこにいなかったら、俺が一人だったかもしれないだろ?」
「あ……そうだったね、うんその通りだ」
恐らく、初めて自分の住む大陸の中枢に来た事で自分の今までを見つめなおす事が出来たのだろう。
そして、自分と同じく創世記、神隷記の記憶を持つオインクが、国の中枢にいる姿を見て嫉妬してしまったのだろう。
俺だって眩しいと思ったくらいだ、仕方ない。
仕方ないから今日くらい、思いっきり甘やかしてやろう。
「ほら、手出せ。なんだか今日のリュエは迷子になってしまいそうだ」
「うん、お願いするよ」
この観光が終われば、いよいよ俺にとっての始まりであるこの大陸を旅立つ事になる。
少しずつ、親友達との距離が近づいてくる確かな予感に、俺も少しだけ心が乱される。
だから、今日くらいは俺も彼女に甘えよう。
依存する。依存される。それでいい。
今はただ、共に進む。
そして俺は、進むことだけを考えているが故に、友の事だけを考えていたが為に、大切な物を忘れていた。
過去に置き去りにしてしまった『もう一人の自分』の事を。
ねぇ、貴方は今何処にいるんですか?
この声は貴方に届く事はありますか?
手紙は読んでもらえましたか?
ねぇ、私の事、覚えていますか?
私は、貴方の事を覚えているのですか?
今日も私は一人、筆を取ります。
そして、いつか会えると信じて今日も私は手紙を書きます――
三章終わり!




