三百三十六話
「おー……床の一部が透明だね。ガラス……ではないみたいだけれど」
「これは、ステンドグラスを簡単に作る事が出来るようにと作られた樹脂ですよ。産地は確か……セカンダリア大陸のどこかと聞いた事があります」
ダリアが出かけてから三〇分程経過した。
レイスとリュエの二人だが、観光に出かけるよりもまず、このバンガローについて調べたり感想を言い合ったり、そしてテラスから釣りが出来るかどうか話し込んでいた。
今は床にはめ込まれた透明な板をしきりに撫でながら、そこから見える海底の様子をうっとりと眺めている。
「へぇ、レジンみたいな物なのか……随分と頑丈だし透明度も高いね」
「れじん? カイくんは知っているのかい?」
「似たようなものが元居た世界にもあったんだよ。アクセサリー作りに使われたりしていたんだ」
「なるほど、確かに硬度を増す素材ですし、加工も簡単かもしれませんね」
などと言っているうちに二人が観察を切り上げ、そろそろ出かけましょうと提案してくる。
やはり、当初の予定通り二人で川の方へ行くらしい。
当然川上りが目的なのだが、高波、逆流がどのようにして起きているのか観察しておきたいのだそうだ。
「カイくんは行かないのかい? 一緒に水着買いに行こうよ」
「う……確かに行きたい、非常に心動かせられる提案だけれど……」
「他に予定があるのでしたら、無理にとは言いませんけれど……」
ああレイス、そんな悲し気に言わないでください。彼女の水着姿なんて想像するだけで血圧が高まってしまいそうだ。すまん、ダリア。ちょっと買い物にだけ付き合ってくる!
街の北側。大きな川が海へと流れ込む、今この街で最も盛り上がっている一角へと向かう。
乗合馬車ではないが、途中人を運ぶ水上バスのような、小さなボートがあったのでそれを利用してそこへ向かうと、やはりこの街の住人達や、恐らく封鎖前のミササギから渡ってきていたであろう観光客達が、皆肌を露出した格好で街中を練り歩いていた。
……これはマズいな。レイスやリュエがいなければ、間違いなくアヤマチを侵していた可能性がある。それ程までに魅力的な女性が多いのだ。
ダークエルフさん達の発育良すぎでは? むっちりからヴォンキュッヴォン、スレンダーからうっすらと筋肉の形が見て取れる鍛え抜かれた肢体まで、まさにより取り見取りだ。
「……今日のカイくんはあまり好きじゃないなー。ないすばでーなお姉さんばっかり見て」
「あ、いやごめん。……つい、みんな凄い恰好しているから驚いてしまって」
「確かにこれは驚きです……どうしましょう、あそこまで露出するのは……」
「上からブラウスを羽織ったり、パレオを巻いたら良いんじゃないかい?」
「あ、水着は水着でも全身隠すのもあるじゃないか! あれなんてどうだい?」
リュエさん、それウェットスーツです。しかもどちらかというと海女さんスタイル。
一先ずリュエとレイスの二人は、女性専用のお店へと向かい、さすがに俺は店内に入る勇気もなく、外で静かに二人を待つという口実のもと、道行くお姉さん方をチラチラと覗いておこうと思います。
「……そうか、この姿って魔王じゃなきゃそれなりに見られるものだったっけ」
途中、何度かお姉さん方に手を振られたり『待ち合わせですか?』と声をかけられたりもしながら、なんともむずかゆいような、嬉しいような感覚を味わう。
するとその時、またしても道を歩いていた水着の眩しいダークエルフさんがこちらへと歩み寄ってきた。
「あ、魚釣りのお兄さんじゃない? この街に滞在していたんだね」
「あ、川下りの。今日さっき到着したところなんですよ。今は連れが水着を買うのを待っているところです」
そう、先日川で声を掛けてきたお姉さんでした。いや、今日も実にたわわでございますね……本当、褐色肌には白い水着が良く似合うと思います……。
「あ、そういえば女の子三人も一緒にいたよね。この色男め」
「ははは……まぁ否定はしませんよ」
「でも水着って事は、お兄さんたちも波乗りするんだ? 今日はたぶん、少し暗くなってからじゃないかって言われていたから、初めてだとちょっと難しいかもよ」
どうやら、波の様子や沖で漁を行っている漁師の情報から、大体の時刻が割り出せるそうだ。
それに、当然と言えば当然だが、月の満ち欠けも関係しているのだとか。
「この波って、いつ頃から起き始めたんだい?」
「これ? 確か一週間前だよ。本当、ついこの間」
「それで、もうこんなに街のみんなが順応しているのか……」
「まぁ私達って退屈が嫌いだからさ、面白そうな事があったら徹底的に遊び倒すんだよね」
どうやらダリアが言っていたこの領の人達の気風に、間違いはなさそうだ。
危機感が足りないというかなんというか……悲観的よりは良いと思うけれど。
「さて、じゃあ私は友達待たせているから行くね? またあの白い子に『えっちな格好』って怒られちゃうかもしれないし」
「ははは、確かに。その水着、凄く似合っているよ」
「ふふ、ありがと。それと……頑張ってね?」
何故か悪戯な笑みを浮かべて去るお姉さん。何を頑張れというのでしょうか?
川上りの事だろうかと首を捻っていると、ぽんぽんと両肩を同時に叩かれた。
――ほう、既に背後にいらっしゃいましたかお二人さん。さて、言い訳の時間だ。
「…………違うんだ。ちょっと情報収集を――」
「勿論信じていますよ。最後には私達の元に戻って来てくれると」
「勿論私もさ。さぁ、いってらっしゃいカイくん」
ニマニマと、明らかに事情を分かっていてこちらをいじめてくる二人でしたとさ。
「それにしても……リュエの水着が妙にカッコいい気がするんだけど」
二人がある程度俺をイジって満足したところで、二人が購入して着てきた水着を観察する。
レイスは俺が言ったように、黒いビキニの上から身体を隠すようなチュニックを着ていた。
だが、もうほぼ網にしか見えないレース状の生地のそれは、近くに行くだけで彼女の魅力的な北半球の色が見えてしまう程だった。
たぶん、デザイン的に下の布面積も少なさそうで、ちょっとこの後リュエと二人にするのが不安になってしまう程だ。
で、もっと気になったのがリュエの水着だった。
いや、水着じゃない。どこかで見た事があるようなビキニアーマーだったのだ。
ただ、お尻の方は何やら鎧的なパーツで隠れているため、そこまで露出度は高くないのだが。
「カッコよくないかい? 店員さんが展示用だって言っていたんだけれど、ひとめぼれして買ってしまったよ」
「私は止めたのですが、あれが一番カッコいいからと……」
確かに意匠が本格的で、もしも中に着ているのがビキニでなく普通のクロースアーマーだったら、ちょっと良い所の騎士と名乗っても違和感がない程のショルダーガードやレッグガードだった。
しかし、リュエもレイスもやはり人目を惹く。特にリュエの水着(?)は良い意味でも悪い意味でも目立ってしまっているし、当然レイスの姿も、レースやメッシュで隠れているせいで余計に視線を集めてしまっているようだった。
「……二人とも、知らない男に話しかけられてもついていったりしないようにね?」
「カイくんには言われたくないけどなー」
「確かにそうですね? ふふ、安心してください。男性のあしらい方でしたら、心得がありますから」
そりゃそうだ。グランドマザーを名乗り、歓楽街の頂点に君臨していたのは伊達じゃない。
そもそも……武力行使ですら並大抵の人間では敵わないのだから。
ダリアお墨付き、この大陸で今現在五本の指に入る強さですからね二人とも。
二人は早速近くの店へと行き、波乗りに必要なサーフボードと救命胴衣を購入する。
先程聞いた『今日は暗くなってから高波が来る』という情報を教えたところ、ならばそれまで近くの海でボードになれる為に練習をするという。
一応、俺も水着としてハーフパンツタイプの物を購入したのだが、今日はダリアの様子が気がかりだからと、ここで別れる旨を告げた。
「確かに、あんな事を言っていましたからね……」
「冗談じゃなかったのかい……? どうしよう……」
「いや、あれは冗談だと思う。ただ、ちょっと恐い顔をしていたんだよ、アイツ」
明確な悪が相手じゃない限り、あんな顔をするとは思えない。
ちょっと苦手だったり、嫌いなだけであそこまで顔に感情を出すような男ではなかったはずだ。
となると……あるのだろう。そうさせるだけの理由が。
二人に別れを告げ、俺は街の頂点に位置する屋敷へと足を運ぶのだった。
道すがら、やはりヒューマンが珍しいのか、声をかけてくるお姉さん達も多かったのだが、ならば丁度良いと、ここの領主がどういう人間なのか尋ねてみることにした。
すると答える人間が全て、どこか複雑そうな笑みを浮かべながら『ちょっと変わった人』と答えたのである。
どうやらダークエルフの男性で、一見すると若く見えるが、その実三百歳を越えているとか。
となると、ダリアとの付き合いもそれなりに長いのかもしれない。
そうして聞き込みをしながら目的地を目指し、無事に街や海を見下ろす、白亜の館の前に辿り着いたのであった。
「門番もいなけりゃ番犬の類もなし……ダークエルフも魔法に精通しているのかね、なにか仕掛けとかあるのだろうか……」
意味深な彫像や、門周辺のオブジェを注意深く観察してみるも、俺にはレイスのような魔眼もなければ、リュエのような術式を見破る知識や術もない。
ならばと[五感強化]を自身に付与して探ってみるも、なにかおかしなもの音や駆動音、違和感を察知する事も出来なかった。
「……じゃあ普通に正面から入るとしますかね」
正門をくぐり、庭を抜け正面扉へ。だが、さすがにカギがかけられており、ここでノッカーを鳴らすのもおかしいだろうと、建物の裏手へと回るのだった。
「一階の窓を見る限り人の気配はなし。[五感強化]の力から察するに、二階に人がいる感じだな……」
窓の一つ、鍵のかかっていない場所を見つけ、中に忍び込む。
どうやら客室のようで、上等な調度品と寝具一式が備え付けられた部屋だった。
建物の中に入ったのならばこっちの物だ。久しぶりに[ソナー]の出番だ。
が、今はなるべく剣を動かしたくないからと、今度は自分自身に[ソナー]を付与した。
「!? なんだこれ、頭の中に建物の構造が入ってくる!?」
次の瞬間、こちらの息遣いや足音一つ一つが、周囲に伝わりその形を脳内に知らせてくる。
まるで、俺自身が蝙蝠やイルカにでもなってしまったかのような、新たな感覚器官が追加されたかのような奇妙な感覚に、思わず頭を抑える。
脳の知らない部分を使っているような、急激に訪れる情報の波に思考が流されてしまうような、そんな感覚に耐えながら蹲っていると、次第に慣れてきたのか、まるで『この建物の構造を最初から知っていた』とでも言うような、そんな既視感と図面が脳内にあるような感覚だけが残った。
試しに、指で壁をトンと叩くと、曖昧な図面が更新されるような、より繊細な構造が頭に流れ込んでくる。
「……凄いな、これ。やっぱりアビリティは剣じゃなくて身体に直接付与した方が効果も大きくなるのか……」
既に部屋の外には誰もいないと分かっている。そっと外へ出て、再び壁を指で叩く。
すると今度は、途中の壁に飾られている絵画や、置かれている花瓶、それらの周りが妙な構造をしている事が脳内に流れ込んできた。
「……罠? 警報? 避けて通る道は……あるな」
どういう訳か、館の中には複数通路があり、まるであみだくじや、格子模様のように入り組んでいた。
そのうち、おかしな反応のない通路がわずかしか存在せず、さらに二階へと続くルートは三通りほどしかない事が判明した。
……変わり者の領主という話だが、まさか警備員の代わりにからくりでそれらを賄っているのだろうか?
「階段にも反応があるな……ジグザグに進まないといけないのか」
そうしておかしな反応を避けながら、明らかな回り道をさせられながらも、その巨大な扉の前へとたどり着いた。
室内には人の反応が二つ。その大きさから大人と子供だと予測を立てる。
間違いない、ダリアと領主の男だろう。
[ソナー]を解除し[五感強化]を再び自身に付与する。そして扉にそっと耳をあて――
『……どうやら賭けは私の負けのようだ。やはり、勝てないですね』
『これでも、それなりに覚悟をして来たのですけれどね。何をさせられるか不安で』
『既存の勝負では貴女には勝てないと学習しましたのでね。ならば、即興の勝負ならば、と思った次第です。だが、どうやらこれは私に不利な勝負だったようです』
『ええ、そうでしょう。私は彼の力を知り、そして――信じていましたから』
途中から聞いた会話の内容ではその全貌が分からないが、ただ少なくともダリアは領主となんらかの勝負をしていた、という事なのだろうか?
出発前、ダリアが見せた表情の正体はこれなのか? 何か勝負を受けさせられるとあらかじめ知っていたのだろうか?
もう少し詳しく聞こうと再び耳を近づける。すると、その時中から驚くべき言葉が聞こえてきた。
『さて、では勝手に勝負のお題にしてしまったご友人に入ってもらいましょうか』
『そうですね。カイヴォン、そこにいるのは分かっています、入ってください』
紛れもない俺への呼びかけだった。
室内へと踏み入る。そこには、聖女の仮面をかぶった、どこかお淑やかな令嬢のような表情を浮かべたダリアと、白く長い髪を窓から入る潮風になびかせた、ダークエルフの男性の姿があった。
……む? この男性、どこかで見た事があるような……。
「初めまして、ダリア様のご友人ですね? ノクスヘイムの領主を務めている“コーウェン・ノクス・ナハト”と申します」
「このような形で訪問をしてしまい、誠に申し訳ありません。カイヴォンと言います」
ナハト……あの隠れ里を作ったエルフの氏族名と同じのようだが、偶然だろうか?
それとも関係者なのか?
だがそんな考察を他所に、話は進んで行く。
「負けてしまった以上、こちらが持つ情報は全て差し出さなければなりませんね」
「秘密主義は結構ですが、事が事です。何があったのですか、この領地に」
「……私は、封印の維持を一人に任せる事によるデメリットを考えました。私一人が強い力を持てば、それはいつか誰かの恐怖を、疑心を生む。だから、封印を分けて住人から選ばれた人間達に分け与えました」
「どうせ、自分が自由にこの場所を離れられなくなるのが嫌だったのでしょう?」
「……まぁそれもありますが。さて、では本題です。私は――力を分け与えた人間達を有効に活用する為、ある方にその人間達を貸し出していたのです」
「……分けられたとは言え、その力は強大。傭兵として運用していたと?」
封印を任せられた人間は大きな力を得られるとは聞いている。
コウレンさんが種族の限界を超えた寿命を手に入れたり、ダリアのステータスがおかしな事になっていたり、その効果はこちらも既に確認済みだ。
だが、それを分けて与えたとなると……。
「ふふ、やはり気が付いていませんでしたか。その者達は、全員ある方に仕えていたのですよ。この土地に深く関わり、そして強く、隠密性に富んだ兵力を求めていた人間に」
「……フェンネル直属の術師団ですか?」
久々に聞いた、現状俺が憎むべき人間の名。
つまり、あいつの下にそんな力を持つ人間がいたと?
「ええ。一部をこの領地にある島、旧研究所に配し、残りは全てフェンネル様の元へ貸し出していました。ですが――」
「あの者達とは、ある任務で私も一緒に行動していました。少なくとも私と一緒にいた者は皆――戦死しました」
そこまで聞いてようやく理解した。今彼が言っていたその術師団とは、あの隠れ里にダリアと共に侵入してきた人間なのだと。
……つまりあの連中を殺す事は、封印の解除と繋がっていたという事なのだろうか?
間接的に俺もまた封印の解除に協力してしまったという事なのだろうか?
「分かっています。分け与えた力が私に戻ってきましたから。ならば、これ幸いにと私はその力を、封印の拠点を守る者達にさらに追加で分け与えていたのです」
「……随分とあの力を研究していたようですね。さすが私とフェンネルの元で働いていただけはあります。では、今封印はどういう状態になっているのか、それを教えてください」
「……もう分かっているのでしょう? この天変地異の前触れ、異常な環境。聡明な貴女ならそれが何を意味しているのか」
不穏な空気が二人の間を漂う。
ある意味強化されたと言っても良い封印の拠点。それが今どうなっているのか。
その答えを俺もまた、薄々と導き出していた。
「全員、惨殺されましたよ。フェンネル様の下で鍛え抜かれ、そして私の力を更に分け与えられた、一騎当千の猛者達一九名、全てが」
「……だから、今貴方からも一切力を感じなかったのですね。つまりもう、封印は破られたと」
「情けない話ですけれどね。お陰で、封印の力で抑えていた地脈の乱れが表面に現れ、海流を狂わせてしまっているのですよ。今はまだ、住人の遊び場として活用され大きな混乱は起きていませんが」
「いいえ。既に街道、ミササギに通じる一部が完全に冠水しています。この街が飲み込まれるよりも先に、領地が孤立してしまう可能性すらあります」
「ええ、知っています。それで現在、エルダインに協力を――」
するとその瞬間、ダリアが机を大きく叩いた。
「何故! エルダインなのですか! ミササギや私達ではなく!」
「……相互援助ですよ。現在エルダインは新たな領主を誰にするかで大きく揉めています。私は、ある派閥に助力することを条件にこちらの救護を求めました。……そろそろ、本当の意味で独立したいのです。いつまでもサーズガルドの、フェンネル殿の下にいるつもりはない」
「っ! 貴方達を配下に置いているつもりなんて微塵もありません。ただ、過去の繋がりを大切にしたいと――」
「……それでも、対等ではない。庇護という名の鎖に繋がれているも同然だと、貴女も分かっているでしょう。だからこそ、私達も自分達、共和国という繋がりを強めるべきなのです」
俺には、正直この男性の言っている言葉の方が正しいように思えた。
共和国なのだ。彼らはもう、個別の国ではなく、一つの大きな国として、身内同士の手を取り合う事を優先すべきなのだ。それは至極当然であり、俺にはただダリアが自分の友人が、庇護下にある者達が離れていくのを嘆いているようにしか思えなかった。
……らしくない。らしくないぞダリア。
「……現状、フェンネルが裏で貴方に助力を強制している事や、過去の教え子である事から干渉している事も理解しました。ただ、それでも私には相談して欲しかったですね」
「……そう、ですね」
「今、私はあの国にはいない。もしも望むのならば、今出来る事をもって助力したいと思います」
「ダリア様……では、一つだけお願いを聞いて頂けますか……?」
きっと、彼はダリアやフェンネルと近い場所にいたのだろう。
それでいて、立場や種族は違う。だからこそ見えていたのかもしれない。
フェンネルや、あの国の歪な部分が。
そんな場所から距離を置こうと考えるのは、領民を導く者としての責務なのだろう。
「……破壊された封印拠点の再調査、そして乱れた術式の再調整をお願い致します。私では、残念ながらあの場所に手出し出来ませんでした。近々、フェンネル様に再び助力を願おうかとも思っていました。ですが、貴女なら――」
「元々、あの島には行くつもりでした。少々気になる事がありましたので」
『島』。もしやその島というのは、アマミを始めとした子供達が生まれた施設がある場所の事なのではないかと、話の流れからそう予測する。
封印の拠点であると同時に研究所。そう聞くと、確かにあらゆる実験、どんなな無茶も可能そうだなんて、無知ながらもそう考察する。
しかし、何故お願いするだけでここまで辛そうにしているのだろうか。
フェンネルやサーズガルドに対して危機感を覚えているのは分かるが、ダリアもまた信用されていないのだろうか……?
「そのお願いとは直接関係ないのですが、今私達は海岸沿いにある、海上バンガローに宿泊しています。その際、高波が起きるかもしれないからと、宿周辺の海に波よけの氷壁を作り出しました。数日で消失させる予定ではありますが、問題がもしあるのでしたら――」
「それでしたら先程そこの窓から観察していましたよ。何やら強大な魔力を感じましたが、ダリア様が訪れたという事は――と。問題は特にありません。あの辺りは漁海域とは離れていますから」
「そうでしたか。では、数日の間滞在させて頂きます」
思考を切り替えたのが、互いの間の空気が平時のそれになる。
こちらとしては、氷の壁がお咎めなしというのが一番嬉しい話題なのだが。
ともあれ、張りつめた空気が消えた事で、互いの表情も緩み、ようやくこれまでの経緯を話す事が出来るようになった。
まぁ、さすがに俺がフェンネルと敵対、そしてサーズガルドでお尋ね者になっている事は伏せたのだが。
「ミササギでそんな事が……では解放者は既に封印を二カ所破壊してしまったようですね」
「それが疑問なんです。ここの封印が破壊されたのは、高波の起きる前、つまり一週間前になりますよね? その時、解放者はミササギにいたと思うんです。少なくとも、こちらの街道を通ってはいないはずなんですよ」
「カイヴォンが解放者一行を吹き飛ばした直後、こちらに移動したとなれば可能性はなくはないと思います。ですが、タイミング的に間に合うかどうか微妙なところだと思います」
「……確かにそうですね。封印の拠点を破壊するだけならともかく、私が見た限りではしっかりと七星を結び留めていた楔の術式まで消えていました。それが出来るのは間違いなく解放者のみのはず……」
ミササギの件を報告していたところで、ようやくその矛盾に気が付く。
これは一体どういう事なのかと、まさかミサト達を瞬時に癒すような味方が存在し、さらにここで管理している島に人知れず移動、更に手練れ一九人を一方的に倒せるだけの存在がいるのだろうか?
たしかにミサトのお供であるあの二人の剣士、少なくともダリアと剣を交えたヘイゼルの腕前なら、もしかしたら……と思えなくもない。
だが、ダリアがそれを否定した。『フェンネルの術師団に比べたら、あの程度の実力は話になりませんよ』と。
となると、やはりいるのだろう。もう一人、あの一行とは隔絶した力を持つ誰かが。
「……考えられるのは、失礼を承知で言うならば、シュン様、エルダインの狂獅子兄妹、そしてセリューの騎士姫様くらいなものですが……」
「シュンを秘密裏に動かすのは難しいでしょう。それにサーズガルドは封印を管理している側、もしも封印を破壊したいのならば、直接私の命を奪う方が遥かに効率も良いでしょう」
知らない名称が出るも、恐らくそれがダリアの言っていた本来の『この大陸で五本の指に入る猛者』なのだろう。
だが……何か見落としているような、発想や視点をかえなければいけないような、そんな自分でも分からないおかしな胸騒ぎをおぼえた。
「ともあれ、明日にでも島への船を出しましょう。それまで、どうぞごゆるりとお寛ぎください」
「はい。そうさせて頂きます」
会談はこれで終わりなのだろう。ダリアとコーウェンさんが立ち上がる。
その時だった。笑顔を見せた彼の立ち姿を見て、再びこちらの記憶が刺激された。
間違いない、俺はこの人を見たことがある。あれは確か――
「コーウェンさん、もしかして今年のセミフィナル大陸の収穫祭、ミスコンテストの審査員として参加していませんでしたか?」
そう、リュエの出場したあのコンテストで、やたらと大きな拍手をしていたり、降ってきた雪を口に入れようと上を向いていたり、やたらとはしゃいでいた人にそっくりなのだ。
「おや? 貴方もあの場所にいたのですか? 少々恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
「ははは……やっぱりそうでしたか。さっきから気になっていたのですが、ようやく合点がいきました」
やはりそうだったか。随分と今の姿と印象が違うから、勘違いかと思った。
が、残念ながら俺の事は覚えていないようだ。まぁ執事ルックだったから仕方ないか。
ただ……俺があの都市で最後に行った演説。あれをもし見ていたら、少し面倒な事になっていたかもしれない。
ここでも魔王ルックは封印だな封印。
館を後にすると、ダリアが目に見えて肩を落とし、猫背になり大きな溜め息を吐く。
余程肩ひじを張っていたのだろう、随分と疲れているように見える。
「疲れた。アイツは少し気難しいというか、秘密主義で面倒なところがあるんだ。だから毎回、おかしな勝負や賭けで屈服させないと必要な事を話してくれないんだよ」
「じゃあ、今回お前は何を賭けていたんだ? 相手が情報を賭けたんだ、お前も賭けないと成立しない」
するとダリアは、さも当然と言った風な様子で胸を張る。
「俺自身だ。アイツに求婚されていたんだよ昔。今でもその気があるのかは知らんがね」
「マジかよ本当にNTR開発ルート存在してたのかよ。ちなみに賭けの対象は俺のなんだったんだ?」
「お前が無事に俺達の元に辿り着けるか、だ。どうやったかは知らんが、館にはりめぐされたトラップを全部回避してみせたじゃなか。大したもんだ」
「ああ、あれが賭けだったのか。って事はどこかでこっちの様子を見ていたのか?」
するとダリアは館へと振り返り、門に備え付けられている彫像を指さした。
「あれが防犯カメラみたいな役割をしているんだよ。まぁ館の中にはないが、それでも術式の動きくらいは俺達も把握出来る。それが微塵も反応しなかったから驚いたよ」
「なるほどな。もし俺がトラップに引っかかったらどうするつもりだったんだよ」
「『無事に辿り着くかどうか』だからな。お前が罠で槍やら魔法やら食らってダメージを受けるとは思えんよ。つまり無傷なら無事と変わらん。絶対に俺が勝てる勝負なんだよ」
さすがである。勝負事になると無類の強さを発揮するのは昔から変わらない。
裏をかく、絡め手を使う、奇策を講じる。どれもこいつが得意とする事だ。
「ま、とにかく一度宿に戻るとするかね。ちょっと疲れちまったよ」
「あいよ。俺もすこしバンガローで釣りでもするさ」
いやはや……どこで繋がっているかわからないものだな。まさかあのダークエルフさんがここの領主だったとは。
リュエやレイスに良い土産話が出来た。そういえばあの二人は無事にサーフボードに慣れる事が出来ただろうか?
やはり二人を探すべきか迷いながらも、 幾分落ちてきた太陽の下、気疲れを癒そうと二人で宿への帰路へつくのだった。




