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三百三十四話

(´・ω・`)十五章開始

 シャクシャクシャクと、涼やかな音が周囲から聞こえる。

 その一方で俺はひたすらハンドルを回し、大きな氷の塊を削り続けていた。


「うーん! 美味しいですねぇ! アンコにシラタマ、抹茶のシロップにこの白くてドロドロした液体! 全てが絶妙にマッチしていますねぇ! ウジキントキ? でしたっけ」

「凄いなぁ、前に食べさせてくれた抹茶かき氷の比じゃないよ! これにはリュエさん一〇〇点満点あげちゃうよ!」

「いやぁ懐かしいな……アンコがあれば小倉トーストも出来るし、こりゃ特産品にして輸出すべきだな」

「豆を甘く煮るというのは初めて聞きましたが……なるほど、これは面白いですね」

「うめぇはむー、しゃっこくてあまくて、もちもちしてるはむー」


 ようやくすべての材料が揃い、無事に再現出来た宇治金時。

 明日の朝には俺達が都を発つからと、今日は昼間から布施屋にアリシア嬢が訪れていた。

 その傍らにははむちゃんの姿もあり、今はアリシア嬢が亡きコウレンさんに代わり、妖術について教えてあげているそうだ。

 はむちゃん曰く『はむはここで生きる術をもう少し学ぶはむ』とのこと。実に逞しい限りである。


「この白いドロドロも美味しいねカイくん。他のフルーツとかにも合いそうだ」

「そうですねぇ! これもシミズに伝えたのなら、じきに都全体に広まるでしょう」


 練乳は元々簡単に作る事が出来る上、日本とも関わりの深い甘味なのだし、この都にもあるだろうな、と考えていただけに少々意外である。

 ほら、牛乳に砂糖入れて煮詰めるだけだしこれ。

 ともあれ、最後に振舞うメニューとして、十分に彼女を満足させる事が出来たようだ。


「ようやく結界も安定して気温も下がってきましたし、そうですね……近いうちに正式にお婆様の葬儀を執り行う予定です。本当になにからなにまで有り難う御座いました」

「……どういたしまして。役に立てたなら行幸だよ」

「俺も葬儀に参加したいところだが……コウレンならきっと先を急げって言うだろうしな」


 食べる手を止めたアリシア嬢がポツリとこぼす。

 もう、自分のミスだなんだと考えるのはやめにしたが、それでも多少の胸の痛みはある。

 ただ、ダリアが言うには元々持って一〇年程度だった、と。

 それで罪悪感が軽くなる、なんて事はないのだが、薄々本人も覚悟していたのだろう、と。

 そうして、今日一日はあらゆるものを食べて思い出を作りたいという願いを聞き届けたのだった。






「都正門の反対側にも門があったんだな……」

「こちらは南門と呼ばれていますね。山の反対側に出る道になっています」

「確かノクスヘイムまでほぼ一本道のはずだし迷う事はないだろうな」


 翌朝、相変わらず山門と鳥居が同居するおかしな門の前で、俺達は自分の魔車に乗り込み、見送りにきたアリシア嬢とはむちゃん、そしてアカツキさんと言葉を交わす。

 多忙であるにも関わらず、こうして朝早くから見送りに来てもらい、申し訳ないくらいだ。


「これより我が都は、外部との交流を一時的に閉ざす事になる。だが、そなたらは歓迎するぞ」

「閉ざすと言っても、葬儀からなにやら終わるまでの間ですけどね。まぁぼんさん達が事を丸く収めてくれたら、すぐにでも交流を再開しますので、是非頑張ってくださいね」

「はむはここで少し遊んでからまた旅立つはむー! 白いねーちゃんたちもお達者はむー」

「遊ぶのではなく勉強ですよ。ほら、リュエさんもそんな顔しないでくださいな」


 昨日の夜『やっぱり私が連れていくんだ』とゴネだしたのはやはりリュエさんである。

 しかし、この先も間違いなく揉め事や争いが待っているであろう旅に彼女を連れて行くわけにもいかないだろうと、なんとか説得したのだが……やはり寂しそうだ。


「今度会った時の為に、沢山お土産を買っておくからね、はむちゃん!」

「わかったはむー。はむはヒマワリの絵が付いたものがいいはむなぁ」

「ヒマワリ……よしきた、楽しみにしていておくれよ」


 本日の御者は俺とダリア。そして窓から身を乗り出すようにしていたリュエも車内へと収まり、そしてレイスもまた、最後にもう一度『お世話になりました』と挨拶を済ませ、ゆっくりと魔車が動き出したのだった。


「それでは、行ってまいります。また立ち寄らせてもらいますので!」

「さらばだ三人とも。コウレンの為にも、全部終わらせてくる」


 後ろで大きくリュエが手を振っているのか、微かに揺れる客車。

 やがて、遥か後方へと消えていく三人の姿。

 そうして俺達は、このどこか懐かしくも新鮮な、ミササギの地を旅立ったのだった。




 都を覆う結界を抜けると、今が夏真っ盛りであった事を思い出させる猛烈な熱さがこちらを襲う。

 湿気を多く孕んだこの気候に、早速隣にいたダリアが魔術を使い涼しい風を生み出す。

 エアコンよりも下手をしたら高性能な魔術の存在に心の底から感謝の念を捧げながら、ここからどうするかを尋ねてみる。


「まず山を抜けると、大きな川が見えてくる。それを辿っていくと海が見えてくるんだが、その海周辺がノクスヘイム領だ」

「へぇ、じゃあ港町みたいな感じなのか? 夏にもってこいじゃないか」

「んー……どっちかというと遺跡の町だな。エルフ達が最初にこの大陸に乗り込んだのがノクスヘイムでな、その当時の砦跡とかが沢山残っているんだよ」

「ほぅ、なんだか想像が難しいな。お国柄というか、土地の人達はどういう人間なんだ?」

「基本日和見。呑気とも言うな。海に侵食された遺跡がまたなんとも言えない景色をしていて、それを使って観光産業にも乗り出した商魂たくましい面もあるし、さっき言ったように港町のような側面もある。ミササギに運ばれてくる海産物の大半はここからだよ」


 話を聞く限りでは、確かに少々想像しにくい場所のようだが、ただ少なくとも素敵な場所だという事は間違いなさそうだ。

 水没遺跡に海の幸満載の港町……夏の観光地としてはこれ以上ないロケーションに思えるのだが。

 それにノクスヘイムってダークエルフさんが多いそうじゃないですか。

 基本的に恵体らしいですし。ナイスバデーの褐色エルフさんが多いという事ですか。

 するとその時、御者席側の窓が開きリュエが顔を出してきた。

 はむちゃんとの別れを引きずっているのでは、と心配していたのだが、どうやら大丈夫そうだ。


「海の町なのかい? だったら美味しい物も沢山ありそうだねぇ」

「確かにそうだなぁ。ダリア、なにか特産品知らないか?」

「そうだな、連中がサーズガルドに輸出してくるのは、貝や甲殻類が多かったと記憶してる」

「ほーほー……どうやって食べるのかは詳しくないけれど、美味しいのは知っているよ」

「いいなぁ貝……サザエのつぼ焼き、ホタテバター焼き、煮つけにフライ……」

「まぁ、俺は向こうに着いたらすぐに領主のところに挨拶へ向かうがね。一応知り合いだし、俺だけの方が通りも良いだろうし、三人は先に観光でもしてくれ」

「そうか? じゃあそうだな、先に宿屋を決めてからにするか。用事が済んだら宿に集合で」

「んむ。ま、ノクスヘイムまでまだ二日はかかるし気が早いかもしれんがね」


 そうして山道を下っていくと、次第に山特有の多湿気候から解放され、次第にカラリと乾燥した空気が身体を覆っていく。

 草原と呼べるほど見通しは良くないが、木々の隙間から光が差す程度には空間が空き、時折風も流れてくる。とはいえ、暑いことには変わりないのだが。

 さすがに常時魔術を使い気温を調整する訳にもいかず、今はダリアも客車内へと戻り、リュエの力で低温を保っている空間でのんびりと休憩中だ。

 つまり、俺は一人でこの炎天下に晒されている訳だ。しかし――


「本当、手に入れて正解だったなぁこのコート」


『法印の黒外套(修繕)』

『布地の裏に膨大な量の術式の刻まれた黒外套』

『上質な素材と卓越した術式付与技術により凄まじい防御性能を誇る』

『損傷、及び素人の修繕により本来の能力よりだいぶ劣っている』


【防御力】160

【精神力】90

【素早さ】135


【アビリティ】

[ダメージ耐性+20%]

[衝撃耐性]

[寒暖耐性]


 そう、これを着ている限りそこまで暑いと感じないのである。

 勿論完全に防いでくれる訳ではない、精々『ちょっと暖かいな』と感じる程度だ。

 尤も、相変わらず『見ていて暑苦しい』とリュエやレイスには不評なのだが。


「ん……みんな、ちょっと水の音が聞こえてきたぞー」

「お? 川が近くなったみたいだな。どこか川の傍で休憩するか」


 俄かに聞こえてきたせせらぎの音。ならばコイツはもう必要ないだろうとコートを脱ぎ、音の出どころへと向かうのだった。




「川……だよな? けれどこの有り様は……」


 少し進むと街道沿いに川が見えてきた為、近くに魔車を停車させたのだが、その川の様子に言葉を失ってしまう。

 水の量が少ない訳でも、極端に濁っている訳でもないのだが、川岸が崩れてしまい、まるで濁流に小さな川が破壊されてしまったかのような、そんな悲惨な光景が広がっていたのだ。


「ミササギの結界内は気候が安定していたが、外では大雨でも続いていたりしたのか?」

「いや、そんな事はなかったはずだ。それに大雨の影響ならもう少し水が濁っているはずだ」

「むむ……こんな風に川が崩れるのは私も見たことないなぁ……それによく見ると、私達の足元も流された後があるし……」

「川の水そのものは綺麗ですよね……? 清流と呼べるほどではありませんが、十分に綺麗だと思います。なにか人為的に荒らされたのでしょうか……?」


 少々おかしな川の様子に皆も疑問の声を上げるも、その原因や正体は分からなかった。

 ともあれ、水辺で休憩する分には問題ないだろうと、やや遅めの昼食をここで摂る事にした。

 相変わらず日差しが辛いが、水辺ならば、リュエの力で素敵な日よけが生まれるのです。


「よーし、完成したよ氷の屋根」


 川の水を利用し、まるでタープのような形の氷の屋根を作ってくれたのだ。

 水のないところで氷を生み出すには、大気中の水分を集めるという工程でだいぶ魔力を消費してしまうのだが、こういった水場が近くにあると、もう万能と言っても良い程、自在に物を生み出せるのだ。これにはさすがのダリアも脱帽である。


「いやぁ、見た目だけでもう涼しいな。カイヴォン、昼食はなんだ?」

「んー、とりあえず作り置きした料理かねぇ。魚でも釣れるなら何か追加で作れそうだが」


 早速椅子に座り、氷の柱に頬をつけながら気だるそうにダリアが声を上げる。

 気持ちよさそうな反面、なんだかだらしなさすぎるなと、仮にも聖女様だろうと、内心つっこみたい気持ちでいっぱいになってしまうのだが、まぁこの暑さなら仕方あるまい。


「釣りですか? でしたら私が試しになにか釣れないか試してみましょうか?」


 釣りと聞いて、最近釣りにハマり始めたレイスがワクワクとした面持ちでやってくる。

 そういえば、ミササギにいた時も、近くの渓流で釣りに挑戦していたとかなんとか。

 ……俺も行きたかったなぁ渓流釣り。


「じゃあお願いしようかな。ここは何が良いんだろう、餌釣りか疑似餌か……」

「水草も少ないですし、そこそこ透明度もありますし、大人しく餌釣りでしょうか?」

「そうだね、じゃあレイスに任せるよ」


 すっかり釣りに慣れた様子の彼女が、いそいそと釣り竿を取り出し川岸へと向かう。

 そしてその様子をリュエとダリアも覗きに向かう。なんだか微笑ましいな、三人そろって。

 そうして俺が昼食の用意をし始めた頃、なにやらレイス達が騒ぎ始めていた。

『なんだこれ』『一体どうして』『おかしいな』そんな疑問の言葉に何事かとこちらも向かう。


「カイヴォン、ちょいと見てくれ。これ、どう見てもイカ……だよな?」

「特別な種類にも見えませんし……まだ海もだいぶ遠そうなのですが……」

「きっと川に住むイカなんだよ。私初めて見たよ、川でイカが釣れるの」


 三人がこちらに差し出すのは、まごうことなきイカだった。

 釣りたてで体表が赤く変化した、一般的なイカ。剣先イカに似た海にいそうなイカだ。


「見た感じ海にいるやつと同じだけれど……ちょっと失礼」


 物は試しと、生きているイカの耳を直接かじってみる。


「あ! カイくんの食いしん坊! まだ生きてるのにかぶりつくなんて!」

「お、美味しいものなのでしょうか?」

「……いや違うから。ちょっと気になって味を確認したんだけど……海水の味がしたよ、こいつ」


 そう、一口齧って分かった。こいつは間違いなく海で育った正真正銘海の幸だ。

 その報告に、ダリアがすぐさま川に向かい、水に指を入れペロリと舐める。


「……匂いはしないが、微かに塩の味がするな。どういうことだ……海なんてここからまだまだ先だぞ? ここが汽水域になんてなるはずが……」

「……満潮時に海の水が川を逆流するのは知っているが、距離的にはありえないんだよな?」

「ああ……これじゃあまるでポロロッカじゃないか」

「アマゾン川の逆流か……沿岸から八〇〇キロの距離まで来るって聞いた事があるが……」

「な、なんだいそれは? そんなの天変地異じゃないか! そんな場所があるのかい?」

「ああ、俺とダリアが住んでいた世界に存在した現象なんだけれど……」

「川岸の崩れ方や、水の流れた形跡から察するに、確かに大きな流れが起きたのだとは思いますし、海の生き物がいる事から、そんな現象が起きた可能性は否定出来ませんが……」


 休憩で立ち寄っただけの場所で、思いもよらない謎に遭遇し、どういう事なのかと頭をひねる。

 すると、ノクスヘイムの地理を知っているダリアが語り始めた。


「さっきも言ったが、ノクスヘイムの沿岸、海の中には過去の戦争の名残、遺跡や砦跡なんかもあるんだが、過去の建物が沈んだという事は、元々あの辺りは満潮時に水位が異常な程に上がる、さらに大規模な魔導や兵器の影響で地形が壊された事も影響しているんだ」

「……つまり、もしかしたらノクスヘイムで過去のような大きな事件が起きた、と?」

「……あまり考えたくはないが、ないとは言えない。ちょいと心配だな」

「ね、ねぇ……念のため川から少し離れようか? ごはん食べてる最中に水が来たら……」

「んー、満潮は夕方くらいからだろうし、大丈夫だとは思うけれど、一応場所を変えようか」


 流されるのが恐いのか、リュエが早く場所を移そうとこちらをせかす。

 そんな中、レイスが何かを思い出したかのように川へと向かい、再び竿を操り出す。


「ふぅ、見てくださいカイさん。余程お腹が空いていたのか、イカが入れ食い状態なんです」

「な、なるほど……ほどほどにしておくんだよ、万一があるから」

「はい! ふふ、面白いですね、見えているものが食いつく瞬間というのは」


 俺もそんなに嬉しそうにキラキラと釣りをする貴女がとても面白く思います。

 ……俺もやろうかな、少しだけ。




「しかしここまで大規模な災害……と言ってもいいのか分からないが、これまでサーズガルドはおろか、近隣のミササギにまで報告や救助要請がなかったってのもおかしな話だな」

「確かにそうだな。案外街の方では大きな被害になっていないとかか?」

「分からんなぁ。正直こういう現象は初めて見るんだ。これが海から離れる程大きな影響を与えるものなのかもしれないが……逆に救助要請を出す余裕すらなくなっているとも考えられるからな」


 イカを捌きながら、この先に待ち受けているであろう問題について考察する。

 なかなか大きなサイズのヤリイカっぽいのが一三ハイも釣れてしまいましたよ。レイスさんもうホクホク顔です。


「カイくん、今日は何を作るんだい? 私は丸焼きでも構わないけれど」

「お、リュエ助はイカ焼きの良さが分かるのか。王族連中はどうもイカやタコには抵抗があるらしくてな、献上品で出されてもすぐに市場に流してしまうんだよ」

「へー……私は食べられる物ならなんでも食べるっていう生活をしていたからなぁ」

「……ほら、ダリア謝っとけ。なんでか分からんが謝っておけ」

「な、なんかすまん。よし、じゃあカイヴォン、何かとっておきを作ってやれ!」


 本日の助手はダリアである。レイスは釣り具の手入れをしつつ、周囲の様子を探りにいってくれている。

 曰く、川が荒れた影響で魔物が活発になっていたり、また川の氾濫がどの程度の規模になるのか念のため調べておきたいとのこと。

 最近、どんどん活発になっているのはむしろレイスなのではないでしょうか。


「そうさな。イカ墨とキモをニンニクとオリーブオイルで炒めて、刻んだ野菜と一緒に煮込んで濃厚なソースにしよう。そいつをパスタに絡めた特製イカ墨パスタなんてどうだ」

「おー! なんだか良く分からないけど美味しそうな料理だね!」

「カイヴォン、一夜干し作ってくれ一夜干し。後で糸通して魔車に括り付ける。走ってりゃ乾くだろ?」

「……イカぶら下げて疾走するファンタジーな乗り物ってなんだよ」

「良いじゃん良いじゃん。一夜干し炙って一杯やりたいんだよ」


 やれやれ、と溜め息を吐きつつも、なんだか懐かしいやり取りにあたたかな気持ちになる。

 さて、じゃあレイスが戻って来るまでに完成させてしまおうと、作業ペースを速めるのだった。


 そうして完成したパスタは、やはりイカ墨の力で真っ黒、漆黒と呼ぶにふさわしい出来栄えだ。

 黒いパスタの上に白いイカリングが配され、天辺には緑のパセリと、彩りのバランス的には問題ないのだが、やはりリュエは見慣れないらしく、露骨に顔をしかめながら、警戒した様子でパスタを睨みつけていた。


「……焦げてるんじゃないんだよね? 抹茶の色にも驚いたけれど……これはもっとだよ? 真っ黒だ真っ黒、インクみたいじゃないか……本当に食べられるのかい?」

「美味しいぞぉ。俺達のいた世界じゃ割と有名なメニューなんだが、確かに俺もこの世界じゃ初めて食うかもしれないな」

「私はイカ墨を使った煮物を作ったりもしますよ。ラタトゥイユに似た料理なのですが、セミフィナルの一部の地方では頻繁に食べられているらしいですよ」


 ふむ、やはりセミフィナル大陸は、イタリアやフランスの食文化に似ているようだ。

 地球でもイタリアのヴェネチア、ベニス周辺がイカスミパスタ発祥の地と聞いた事がある。無論、今レイスが言ったように野菜の墨煮込みもだ。


「よし、じゃあ安心させる為にも俺が最初に食べてやろう。んじゃいただきまーす」

「ふふ、では私も頂きますね? 良い香りです」


 そして食べ始める二人に、リュエもまた覚悟を決めたかのように、フォークに少しだけひっかけたパスタを恐る恐る口へと運んでいく。それを見届け、俺も頂きましょう。


「んー!! やっぱうめぇなカイヴォン。お前和食とイタリアン本当得意だよな」

「まぁ最低限の工程で美味しさを引き出すってタイプだしな。研究のし甲斐もあったよ」

「ふぅ……これはイカスミだけではないみたいですね? 凄く濃厚で美味しいです」

「キモとトマトペーストも入っているからね。見た目は真っ黒だけど、色々入っているよ」


 自分でも満足な一品。さぁ果たしてリュエさんの判定はいかに?

 先程最初の一口を食べてから、再びじっとパスタを見つめている彼女の様子を見る。


「……不思議だ……真っ黒なのにいろんな味がする……なんだか騙されているような気分だよ。こんなに美味しいなんて……」


 んむ、気に入ってもらえて何よりです。今だにこの見た目を受け入れがたい様子ではあるが、味には文句がないようだ。

 そうして全て食べ終える頃には、飛び散ったソースがリュエの白髪にポツポツと模様を描き、また皆歯が黒くなってしまっている事に気が付き、そろって歯磨きをする羽目になりましたとさ。




「さて、なんだかんだで三時を過ぎてしまったし、今からまた出発するとなると、すぐにまた野営の準備に入らないといけないし、今日はこのままここで野営しようか?」

「そうだねぇ、ここなら川の様子も見られるし、実際どんな風になるのか見て置いた方が良いかも」

「えー、じゃあイカの一夜干しどうするんだよ。俺もう魔車に括り付けちまったぜ?」

「どっかで風でも起こしてなさい」


 日差しが若干弱まったころでその決定を下し、すっかり溶けてしまったリュエ作の氷ターブを新たに作り直す。

 レイスが周囲を調べた限りでは、川から少し離れた森まで移動すれば、増水しても被害は出ないだろう、との事。

 なんでも、川からだいぶ離れた場所に干からびたエビやカニが落ちていたそうだ。

 予想よりも大規模な氾濫になってしまうのでは、とレイスは見込んでいるようだ。


「以前から思っていたのですが、カイさんの得意料理、一番自信のある物ってなんなのでしょう? ダリアさんはなんでも美味しいと言っていましたし、私もそれには同意なのですが」

「うん? そうだなぁ、ミササギで作ったような料理が得意だけれど、どれか一品って言われると……うーん参ったな、自分でも分からないや」


 ふいに彼女に尋ねられる。ふむ、自分でも考えた事はなかった。

 すると隣で一生懸命イカに風を当てていたダリアが、さも当たり前だとでも言うように――


「チャーハンじゃね? 少なくとも一番作った経験が多いだろ」

「いや、それは大抵の人間がそうだろうよ?」

「けど実際お前が作るチャーハンめっちゃ美味いじゃん、今度作ってくれよ」

「ちゃーはん……聞き覚えはありますね。確かギルドのフードコートにありました」

「私は知っているよ、ヴィオちゃんがよく食べていたよ。確かライスにいろんな具が入っているんだよね? カマメシーの仲間みたいなものだろう?」


 リュエさん、なんでそんな『かめむし』みたないイントネーションなの。

 しかしチャーハンか。いつかヴィオちゃんに蟹チャーハンを作ると約束したっけ。

 この世界に来てからそういえばチャーハンはまだ作っていなかったし、今度やってみようかね。

 そうして他愛ない会話を楽しみながら野営の準備をしていた時だった。

 ふいにリュエの表情が非常時のソレとなり、それに続きレイスとダリアもまた、川の方に鋭い視線を向け始めていた。

 俺? いやさっきからずっと森の方からおかしな音がしていたのには気が付いていたんですが、そんな事よりイカゲソの唐揚げ作りが忙しくてですね……。


「何か遠くの方から聞こえる……カイくん、ちょっと様子見てくる」

「私も行きます! ダリアさん、出来ればこの周辺に水がこないか警戒をお願いします」

「分かった。そっちも気を付けてくれ」

「ふむ、あまり川に近づかないようにね、二人とも」

「随分と落ち着いているな……恐くないのか?」

「いやぁ、だってさすがにここまで水も来ないでしょうよ。街道付近は乾いているし」


 ……は! これって死亡フラグなのでは!? 自分で言って今気が付いた!

 作業を止め、急ぎ周辺に闇魔術の壁を作り始める。すると、それに乗じてダリアもまた、土を圧縮したであろう土壁を大量に作り、俺達の野営スペースを囲い始めていた。

 そうして、リュエとレイスの二人が森の奥、川の方へと向かってから数分、そいつは突然やって来た。

 遥か道の先、俺達が明日以降進む街道の果ての方から、じわじわと染み出すように水が流れてくるのが見えてくる。

 そして次の瞬間、轟音と共に高波が川を逆流してくる姿が現れたのだった。


「ぎゃーーーーー! カイくん壁あけて! 水! 水が来る!」

「リュエ! 飛び越えますよ!」


 そして壁の向こうから聞こえた声と、ほぼ同時に着地する二人。そしてさらに地面を伝う微かな振動と――壁に激突する濁流の音がこちらの聴覚を完全に奪ってしまったのだった。


「ダリア! 聞こえているか!? 持ちそうか、これ!」

「大丈夫だ! ただこれ、ちょっと異常だ! 予想より水の量が多い、どうなってんだ!」


 激しい水の音と、微かに振動する壁に冷や冷やとしながら、この異常現象が収まるのをじっと待つ。

 そして十数分経った頃だろうか。ようやく収まった音に、一度周囲を見てみようとリュエが壁に上り始めた。


「カイくん、暗くて詳しい状況は見えないんだけれど……」


 壁に上ったリュエが、広がっているであろう光景を前に言葉を濁すようにしなが立ちすくむ。

 それほどまでの惨状なのだろうかと、生唾を飲みながら彼女の言葉の続きを待つ。

 だが、続いて聞こえてきたのは、まるで感嘆、とても興奮した様子の声だった。


「――凄い光景だよ! 一面が水鏡みたいだ!」

「一面が……? どれ、俺もちょっと見てみる」


 気を利かせたダリアが壁の一部を階段に変える。そして壁の向こう側を見てみれば――


「……災害、って呼ぶには、ちょっと綺麗すぎる光景だな、確かに」


 夜空が全て、ここから見える地面に映りこんでいた。

 先程までの激流の音が嘘だったのではないかという程、静かな光景。

 海の上でもないのに、まるで海のど真ん中にでもいるような、幻想風景。

 取り残された魚だろうか、ピシャリと跳ねる水音だけが時折聞こえるその空間に、つい息をするのも忘れてしまう程だった。


「綺麗だけど、異常な事なんだよな……ちょっと急いで向かった方が良いかもしれないな」


 隣に来たダリアの呟き。そうだな、ここまでの規模となるとさすがに異常だ。

 まるで、天変地異の前触れ……何か大きな物が動き出しているかのような、そんな胸騒ぎを感じながら、この異質な景色を四人で静かに眺めるのだった。


(´・ω・`)あついあつい…… 暇人魔王七巻の発売は九月二十九日となっております

少しは気温が下がっているといいなぁ

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