三百三十三話
(´・ω・`)この章はこれにておわりです
惜しいですねぇ、こんなに良い男は早々見つからないというのに。
凛々しい反面、少しだけ冷たそうに見えますが、表情豊かな顔も高評価なのですが。
料理も上手ですしユーモアもありますし。ただあれですね、同性の敵を作りやすいタイプと見ましたよ。まぁそんな事気にしなさそうなタイプみたいですが、どうなんでしょう?
その癖、自分が悪いと一度思うと、分かりやすいくらい悩んでしまうタイプみたいですし。
「はー、半分本気で誘ってみたんですけどねぇ」
病室で天井を見上げながら、先程去ったぼんさんの事を総評する。
残念ながら、既に彼の心の中には大きすぎる存在が二人、在籍しているようです。
まぁ、レイスさんもリュエさんも素敵な人ですからねぇ。あの仲睦まじい様子を見れば、付け入る隙が皆無なのは一目瞭然ですし。
しかしそうなると、ダリアさんのポジションが気になりますね。あれはどちらかというと男友達のような、そんな気安い間柄でしょう。
「なにはともあれ、ぼんさんをここに留める事は出来そうにないですねぇ」
私がこうしている間にも、今回の事件について大勢の人間が動いているはずです。
聞けば、私の睨んでいた通りヒモロギが内部手引きをしていたみたいですし。
セリューとの関係性も、今回の事で険悪な物になりそうですし。
まぁ尤も、あの侵入者達がセリューの手の者だという証拠は何一つないのですが。
むしろ、あの一行の中に『ハーフエルフ』がいた所為で、サーズガルド、もしくは『ノクスヘイム』が怪しいのではないか、なんて考えが脳裏をよぎってしまいます。
「……明日からは私も動かないとですし……ぼんさん達のお見送り、出来るかどうか難しくなってしまいそうです」
先程ぼんさんは『事後処理でアカツキさんのところに行くよ。それが終わったら、近いうちにノクスヘイムに向かうつもりだ』と言っていました。
寂しいですねぇ。ああいう知り合い、友人と呼べるでしょうか? そういう人が私にはいませんからねぇ他に。男女のソレではなく、純粋に友人としてもここに残って欲しいと願うのは、次期統治者としては甘すぎる考えなのでしょうかね?
「あーあー既成事実でも作ってしまいましょうかねー嘘ですけどー」
「――以上が、俺達の考えだ。今回の件は、背後にセリューの人間がいると見て間違いない」
「そして、あの連中の危険性を理解していたのに、手を打たなかった俺のミスでもあります」
都中央にある城郭。その天守閣にて行われているのは、今回の一件についての報告会。
俺達はあの侵入者達が解放者である事。そしてセリューが召喚した可能性がある事をアカツキさんに伝えていた。
もしもう少し早く伝え、より警戒していれば、事前に防ぐことも出来たのではないか。
そう思うと、やはりどうしてもやりきれなくて。
「カイよ、それは違うぞ。ヒモロギには都の警備全てを任せていた。警戒してどうにかなる物でもなかったのだ。もし責任があるとすれば、あやつの心中を図れなかった私にこそその責がある。……気に病むな。主がおらねば、私は母の最期の言葉すら聞けなかったのだから」
「……はい。ただもう一つ、その……連中の身柄を拘束出来なかったのは間違いなく俺の責任です。改めて謝罪します」
「よい。あそこまで容赦なく吹き飛ばしたのなら、それはそれで私の鬱憤も晴れるという物。いやはや……山一つ吹き飛ばすとは、実に恐ろしや。どうかその力、正しく使って欲しいものよ」
そうだな。この力は少々やり過ぎだ。〇か一〇〇しか出せないなんてものじゃない、常に一〇〇しか出せないという事が今回の事件で理解させられた。
……少々惜しいが、この力は手放した方が良いかもしれない。
こいつは元々『俺が返しそびれた力』だ。本来の持ち主はもうこの世にはいないのに、それでも俺が持ち続けるのも道理に反する。
『フォースドコレクション』
対象者 吉田 伊久造【身体能力極限強化】簒奪 解除
……そう、彼の馬鹿げた力の一端を、あの戦いからずっと持ち続けていたのだ。
彼は既に天へと消えていったのに、この力に囚われたアビリティだけは俺の中に残っていたのだ。
そして――俺はあの城での、フェンネルの攻撃を防ぐための一撃を放ってから一度も剣を収納していない。
つまり『ずっと戦闘中』扱いなのだ。それはつまり、あれからこちらのステータスが絶えず強化され続けていたという意味でもあった。
日常生活ならまだ良い。だが一度戦いとなると、この狂ったステータスが牙を剥く。
初めは良い切り札になると思っていたのだが、今回の事で痛感した。これはダメだ。
故にこの力を手放す事にしたのだった。
まぁ切り札は別にあるので問題ないといえばないんですけども。
「して、主らはこれからどうするつもりなのだ? セリューに直接のりこむつもりか?」
「いえ、まず他の領地へ赴き、警戒を促しておきたいと思います。ここからですとノクスヘイムが一番近いみたいですし、まずはそちらに向かおうかと」
「ああ、それに他の用事もある。ただ、今すぐ出立する訳じゃない。もう少しこの都の事後処理に俺達を使ってくれ。幸い、この都の結界については俺も熟知しているし、手伝える事も多いはずだ」
「……正直、それはとても助かる。聖地周辺の魔力流の調整の関係で一度結界を解除しなければならなかったのだが、それには術者が足りなかったのだ。ダリア殿が助力してくれるのならその心配も消える……」
こちらが想定していた通り、都を発つのは今回の事件についてあらかた片付いてからという事になった。
ダリアは結界や聖地の調整、そして俺は聖地周辺でダリアの警護。
恐らくそんなに時間はかからないという話ではあったのだが、俺にはさらにもう一つ、別件が回される結果となった。
まぁ俺に出来る事というと、精々武力行使によるヒモロギ派の人間の制圧程度だと思っていたのだが――
『……出来れば、都を去る前にもう少しだけ、シミズの店で技術の伝授を頼みたい』
状況的にそんな事を言っている場合ではないとも思ったのだが、先代が亡くなったという事実はやがて都全体に伝わる以上、少しでも住人の気持ちを晴らす為のなにかが必要だという。具体的に言うと『先代の最期を看取った料理人が伝授したメニュー』という触れ込みで。
この辺りはやはり、先代の娘という個人ではなく、都を束ねる長としての感情を優先出来る彼女の強さなのだろう。
「と言うわけで、後一週間程度で出立する事になったよ。俺はまぁ、折を見てシミズさんのところに行くことになって、ダリアは暫く聖地にかかりっきりな訳なんだけれど」
「リュエとレイスにも手伝いを頼みたいっていう話も出たんだが、俺の一存じゃあ決められない。どうだね、お互い魔眼持ちに高位の魔導師。後学の為にちょっと見学してみないか?」
布施屋には既にリュエとレイスが戻ってきており、先程アカツキさんと決めた事を報告。
二人は俺が吹き飛ばしたミサト一行の痕跡を探ってくれていたのだが、距離が距離だ、彼女達が辿り着いた時にはもう、三人の姿どこにもなかったそうだ。
リュエとレイスの見分では『間違いなく一行の協力者が他にいたはず。あの三人を回収した何者かがいたはずだ』との事。
俺がセットアップしていたアビリティ[弱者選定]の力で、死ぬことだけは免れた筈だが、逆に言えば『生きているだけ』の状態だったはずなのだから。
「そうだねー私も聖地の調整っていうのには興味があるのだけれど、もう少しあの崩落した山の方を調べようかな? 一応、痕跡を辿ることも出来そうだしね」
「私はアリシアさんやはむちゃんが気になりますし、少し都の方で手伝える事がないか聞いてみるつもりです。時間を見つけて、見学にも行ってみようと思います」
「了解。じゃあ俺は基本的に泊まり込みで聖地の方に行くから、そっちはそっちで任せた。あ、でもちゃんと夜にはここに戻るんだぞ。言い方が悪いかもしれないが、俺達はどこまでいっても外の人間、協力者だ。無理をする必要なんてないんだからな」
二人の言葉にダリアが苦笑いを浮かべながら答える。
それを言うならお前も協力者にすぎないはずだが、ダリアはこの都と関りも深い。
半ば自分の故郷のようなものだと思っているのだろう。
ともあれ、それぞれこの都で出来る事をすると決め、あまりにも多くの事件が起きた今日という日を、一先ず終わらせる事にしたのだった。
「では、今日はこれで上がらせてもらいます。ちょっと聖地の方に顔を出さないといけなくて」
「はい、お疲れ様ですカイ殿。お忙しい中時間を割いて頂き感謝致します。確か今日は結界の張り直しでしたね? 警備は万全のはずですが、くれぐれもお気をつけください」
三日後。アカツキさんに頼まれた件を果たす為に訪れていたシミズさんの店を後にする。
『伝授してくれ』と言われても、ここの人達はそもそも基本が完璧に身に付き、そして自分達で発展させてきた食文化をずっと守ってきた、つまり畑は違えど一流の人達だ。
なので、俺が教えられる事なんて本当に微々たるものでしかなく、精々合わせ調味料の配合やそれを使った例を数品作るだけで、後は彼らが勝手に発展させていってくれるのだ。
なので、俺としてはそこまで都の為に働けていないのでは? なんて思う事もしばしばあるのだが、どうやらとてつもなくありがたがられているようだった。
うむ、ならば今度はそろそろ、料理でなく甘味の方にシフトチェンジでもしようか。
等と考えながら、ダリアが手配した迎えの魔車に乗り込み、いざ新緑の森へ。
辿り着いたのは、以前料理を振舞う為に使っていた広場だった。
そこではダリアが周囲に指示を出しながら、複雑な文様の描かれた木製の大きな柱を八本、それぞれを結ぶと八角形になるように配置しているところだった。
「来たぞ、ダリア。なんだか随分と大掛かりな仕掛けじゃないか」
「ああ、ちょうどよかった。もうすぐ新しい結界の構築に入るところだ。あれだぜ、地球にいた頃、いろいろ眉唾物の歴史、呪術ってあっただろ? ああいうのって全部こっちで生きてくるんだよ。案外、過去の地球にも魔力って存在していたのかもな」
「ほう、そいつは興味深い。で、これはなんなんだ?」
「こいつは中国に伝わる『八卦』って考え方を取り入れたもんだよ。中々理にかなっていてな、この世界の属性や事象を安定化させてくれるんだよ。四千年は伊達じゃないってとこかね?」
「それについては諸説あるからなんとも。けど、なんだか面白いな。で、俺は何を?」
「ここは聖地って呼ばれているが、元を正せば魔力の流れ? まぁ地脈だとかそういう力の淀みなんだ。だから、本来良くない物も多く引き寄せる。それを結界で塞ぎ、清浄な状態を保つことで聖地になってるんだよ。だから、一瞬とは言え結界を解けば、そいつを察知したヤツがなだれ込む。お前にはそいつらを散らして欲しいんだ」
つまりここは心霊スポット的なアレなので、そいつらを追い払って欲しいと。
……いやぁまさか日本にいた頃心霊スポット巡りを一緒にしていた相手と、本当にこんなイベントをこなす日が来ようとは。人生なにがあるかわかりませんな。
割とどうでも良い思い出に浸っていると、早速ダリアが地面に座り込み、自分の剣を地面に突き立てた。
そういえば、隠れ里で結界を張りなおす時もあの剣を突き立てていたっけ。
一見すると錆びた鉄のような、銅のような色合いシンプルな剣。
鍔もなくただ刀身と柄がそのまま繋がっているだけのような簡素な造りだが、よく見ると刀身には花のレリーフが彫り込められており、柄にも蔦が巻き付かれたような彫刻がされていた。
「ん、その花の模様はなんなんだ? お前そんなに花が好きだったっけ?」
「まぁな。こいつは細葉百日草って花の模様だ。英名でジニアリネアリスってんだ」
その名前につい、かつて俺のエゴで人生を変えてしまった双子の事を思いだす。
ジニアとリネア。そうか、あの二人は花の名前からつけられていたのか。
そういえば、母親もローズ、つまり薔薇の名を持っていたっけ。
「……じゃあ始めるぞ。周囲の警戒を頼む」
「ええ……警戒どころか声だけで怨霊悪霊全部まとめて浄化するってどういう事よ」
「いやぁ、俺がテラーボイスで気合いれて叫ぶと何故か消えちゃうんですよ」
あまりにも肩透かしな結果である。
ダリアの儀式が始まると、やはり予想通り空から怪しげな霧が降りかかってきたのだが、少し気合いを入れて喝をいれただけで、一瞬で霧が晴れてしまったのだった。
結界の張り直しはそのまま滞りなく終わり、折角警備の為に集まった方々も、あまりに呆気ない終わりに拍子抜けした表情を浮かべてしまっていた。
……何もないのが一番でしょう? 俺は悪くねぇ、ダリア先生が来いって言ったんだ。
「じゃあ俺はもう帰っていいのかね? ダリアももう役目は終わったんじゃないか?」
「一応数日結界の様子は確認したいかな。逆に言えばあと数日で出立できるって訳だが」
「ん、了解。じゃあリュエとレイスにも伝えておくよ。ダリアはどうする、今日からもうこっちに戻れるんじゃないのか?」
「いや、今度はお前が大暴れしてぶっ壊れた神殿やら周囲の森の修繕がある。まぁしばらく三人水入らずで過ごしていな」
「……なんかごめん」
「うむ。お詫びにそろそろあんこでも作ってくれ」
大規模破壊行為があんこで許される世界。
まぁどの道そろそろ甘味でも伝授しておこうと考えていたのだし丁度良いか。
ダリアと聖地で別れ、まだ日が沈む前に布施屋に戻って来ると、俺よりも一足早く戻ってきていたリュエが、お堂の床でまるで溶けるようにしてうつ伏せになっていた。
ははは、確かにここの床は冷たいからなぁ。
「あ~……カイくんおかえり~……あっづいー……」
「結界の再調整で気温が全部外と同じになっちゃったからなぁ。もう二、三日はこの気温だよ」
「う~……魔術で涼もうかなって思ったんだけれど、そうすると他のお客さんが恨めしそうに見てくるから~……」
普段人当りの良い彼女がこうなってしまうとは、余程この暑さにまいってしまっているのだろう。
「そうだ! カイくんあれ出してあれ! アイス作る為の道具!」
「ああ、アイスメーカーかい? 確かに今日は暑いから丁度良いか」
勢いよく飛び起きた彼女に請われるまま、境内の広場に特製アイスメーカーを設置する。
すると、彼女は自分のアイテムボックスに入れていたであろう材料を投入し、早速ヘラで刻みながら凍らせていく。
嬉しそうにアイスを作る姿を見ていると、あらためてコレを作ってよかったな、なんて思う。
カシュカシュとヘラが氷を削り取る音が響く。なんだか涼しげで良い物だ。
炎天下という訳ではない。けれども熱気の籠る昼下がり、そんな彼女の嬉しそうな姿を見ながら、久しぶりに心落ち着ける時間を過ごしていた。
「ふむ……抹茶もあるし宇治金時もどきでも作れそうだな」
ふと、頼まれていたアンコやシミズさんに伝授する物と、アイスを作っている彼女を見てそれを思いついた。そうだな、小豆がどこで手に入るか後で布施屋の職員に聞いてみようか。
「ウジキントキってなんだい? アイスの仲間かい?」
「そうだね、かき氷っていうアイスの仲間の種類だよ。よし、じゃあリュエが終わったら次交代。俺が試しに作ってみせるよ」
新しいアイスに期待を膨らませたのか、大急ぎで自分のアイスを仕上げる彼女。
出来上がったのは、恐らくオレンジの果肉で作ったシャーベットだった。なるほど冷凍ミカンみたいなものか。
譲り受けたアイスメーカーに、まずは何も味のついていない水を入れ、表面を凍りつかせていく。
氷の塊を適当に刃物で削った方が簡単かもしれないが、折角だしこいつで作ろう。
そして氷が出来ているうちに、アイス用に作っていた白蜜を取り出す。
「お水とシロップだけで作るのかい? なんだかわびしくないかな? 果物分けてあげようか?」
「まぁ確かにこれだけ見るとわびしいかもしれないなぁ。まぁ見ていなされ」
白蜜に、この都で買った抹茶を少しずつ加えて練りこんでいく。
少しすると、濃い緑色のシロップが出来上がる。
少し舐めてみると、やはり引き立ての抹茶の香りが鼻を抜け、何とも言えない上品な甘さが口に広がっていく。よし、抹茶シロップはこれで完成だ。
「さてと……じゃあ見てなよリュエ。この薄い氷を今からさらに薄く削っていくんだ」
「ふんふん。お手並み拝見といこうか!」
白く霜の浮かんだ氷に金属のヘラをそっと置き、角度をつけすぎないようにして一気に表面を削り取る。
それを何度も何度も行っていくと、まるで積もりたての雪のような、ふわふわとした白い綿のようなかき氷がたまっていく。
器に盛り付け、シロップをかけてさらに氷を盛り付け、もう一度シロップ。
白い雪山に緑が芽吹いたかのような姿だ。
「宇治金時って言いたいけれど、アンコがないからただの宇治になっちゃうのかね? とりあえず完成、食べてみてごらん」
「おー……本物の雪みたいだね。このシロップはあれだろう? 私やレイスが食べてジェラートと同じもので出来ているんだよね?」
「そういえば抹茶のジェラート食べたんだっけ? これも似ている味だと思うよ」
いつの間にか自分で作ったアイスを食べ終えた彼女が、早速出来立ての抹茶かき氷を受け取る。
「おお……すごくふわふわだ……あむ」
スプーンで運ばれる緑の氷。その口溶けに驚いたのか彼女の目が見開かれる。
どれ俺も一口。……うむ、美味しい。アンコがなくても中々いけるものだ。
「おおお……口の中でシュッて消えた……甘くてほのかに苦くて、お茶の香りが広がる!」
「アイス専門家のリュエ先生的には何点くらいでしょうか?」
「うーん……美味しい、美味しいし口どけも軽やかだけれど……少しだけ物足りないから八〇点! もう少し、なにかアクセントが欲しいかなぁ」
「やっぱりそうかー。じゃあアンコ、作るしかないな」
翌日。シミズさんの店の厨房の一角を借り、飼料用として保管されていた小豆を水に浸けて置いたものを運び入れる。
見たところ地球にあったものと大差ないように見えるが、やはり渋抜きの工程の影響、そしてわざわざ大量の砂糖を使ってまで食べようとする人間はいなかったらしい。
……今思えば、小豆しかりコンニャクしかり、日本人って食べる事への執念が凄まじいな。
「カイ殿、本日はなにやら甘味をお教えしてくださるという話でしたが……」
「ええ。これもその一環ですよ。ただ、今は先にベースになる蜜作りから始めましょうか」
「蜜というと、砂糖を煮詰めたものでしょうか? 我々も葛切りや蜜寒天で使いますが」
「あ、でしたらそれを少し見せて頂けますか?」
どうやら、ここでは黒蜜を使った甘味を出しているらしく、作り方の細部は微妙に違うものの、俺が知る物とよく似たものが出てきた。
「では、今度は白砂糖と蜂蜜を使った蜜を作ってみましょうか」
「白蜜ですね。丁度菓子作りに使う物を冷やしてありますよ」
どうやらかき氷そのものはこの都にも既に存在しているらしく、シミズさんが部下に指示を出し、専用のカンナに似た道具で氷を削り出してくれた。
これなら話は早いからと、先日作った抹茶のシロップを差し出す。
が、またしても肩透かしを食らってしまう。そう、これも既にあったのだ。
そういえば元々ここの抹茶って甘くして飲むのが一般的だったな。
「で、あの小さい豆ですが、あれがこの抹茶の氷をさらに美味しくする為の素材になる訳です」
さて、じゃあ今回は作り方が簡単な粒あんの方を伝授させて頂きます。
まぁ俺も専門ではないのでかなり我流ではありますが。
そうして、飼料用の豆と言われているそれを必死に加工している姿を好奇の目で見られながら、粒あんを仕上げていくのだった。
「これは……うっすらと紫がかった暗褐色……あまり見慣れない色合いですね」
「ええ。しかし、こういった黒に近い色も、使い方次第では全体を引き締め、華やかさを際立たせてくれますからね。皆さん、是非少し食べてみてください」
「ふむ……これはなんとも……甘さの中に旨みを感じますね。舌に残る食感と、スッと消える上品な甘さ……これは、使う砂糖の種類でかわるのでしょう?」
「ええ。ザラメ糖、氷砂糖、一般的な砂糖や黒砂糖でかわっていきます。この辺りは甘味専門の方に是非研究して頂ければ、と。何分これは俺も専門外で詳しくは知らないのです」
「そうなのですか……これは研究のし甲斐がありますね、早速これで何か作ってみましょう」
早速何かに使えないかと皆がそれぞれ手を動かし始め、それをしり目にこちらは休憩に入る。
厨房の隅に座り、室温の高い厨房に欠かせない冷えた飲料水で喉を潤す。
するとその時、厨房の扉を叩く音と、間髪入れず開かれる音がした。
「おやおや、随分甘くておいしそうな匂いがしますねぇ」
「これはアリシアお嬢様! いかがなされました、こちらにお出でになるとは珍しい」
現れたのは、近頃よりいっそうアカツキさんに都の治政について叩きこまれているアリシア嬢。お疲れ気味なのか、少しだけ目がとろんとしてしまっており、それがどことなく妖艶に見えた。
「アリシア嬢、三日ぶり。今日はどうしたね」
「ああ、ぼんさんもいたのですね。いえ、今日は久しぶりにお暇を貰ったので、美味しい物の研究をしていると噂のこちらにやってきた訳です。それでこの匂いの正体はなんでしょう」
「ああ、これはアンコっていうもので、そうだな……アリシア嬢が好きなシラタマアイスをより美味しくしてくれるものだよ」
それを告げると、彼女の背後、お尻の後ろの立派な尻尾がモフリと大きく動いた。
モッフモッフと動かしながら、彼女が詰め寄る。あら可愛い。やはり甘味は女子に大人気だ。
「それは本当ですか? 先日の会食のシラタマアイスも相当美味しかったのですが」
「んむ。こいつはうまいぞ、というかシラタマアイスは本来これを使って完成するものなんだ。きっと最初に伝えた人間がアンコの作り方を知らなかったんだろうな」
「で、でしたら早速作ってもらえませんか? 実は最近頭脳労働が多くて甘い物が食べたくて仕方がないんですよぅ」
「なるほど。時期領主の心構えをみっちり仕込まれているって訳だ」
「私としてはもっと別な事を教えて欲しいんですけどねぇ。殿方を篭絡させる方法とか、床の上での作法などなど……どうですぼんさん、私の勘が貴方なら詳しいと囁いているのですが。一緒にワッショイワッショイしましょう」
「やめなよ」
エロエロフォックスの追撃を躱しながら、厨房の冷蔵庫からシラタマアイスの材料を頂く。
先程出来たばかりのアンコをトッピングしただけの手抜きだが、ひとまずこれで満足してもらおうと彼女に渡すのだった。
「ふむん、黒いですね。おまめさんですね? これがシラタマアイスに合うと?」
「正式名称クリームぜんざいでございます。ささ、食べてみてくれないか?」
和スイーツの中では個人的に一番好きなのがクリームぜんざいだったりします。
ああ、アンコの素朴な甘さに、クリーミーでかすかに動物性の油脂を感じるまったく別ジャンルの甘さが絶妙にマッチするのだ。見ていたら俺も食べたくなってきた。
「これはなんとも……美味しいですねぇ……不思議な一体感です」
「だろう? これをいつか食べさせようって思っていたんだ」
「なるほどなるほど……どうやら随分とこの都に色々な物を残してくれたようですね」
「俺に今出来る事はこれくらいだからね、頑張らせてもらったよ。都全体の様子はどうだい?」
「そうですねぇ、一部の者達には既にお婆様の件は伝わっていますし、それで聖地の管理をどうするか、でそれぞれが勝手な意見を通そうとしていますね。それにヒモロギの件もどこからか漏れてしまい、それについてお母さまの統治者として力が不足しているのでは、なんて声まであがっているのが現状です」
「……そうかい。もし、何かできることがあったら言ってくれ」
「いえいえ、これくらい自分達で乗り越えられないようでは、それこそ長の一族としてのメンツにかかわりますから。大丈夫です、ぼんさん。そのお気持ちだけ頂いておきます」
アイスを食べ終えた彼女は、先程よりも幾分シャンとした表情を浮かべながら去って行った。
ダリアしかり、アリシア嬢しかり。一つの国や都を見守り、運営していくというのは大変な覚悟、そして責任が付きまとうのだろう。
そう、それこそ身動きもとれず、個の意思を殺してまで動くような、そんな時も来る。
ならば今は、今だけはそれを忘れられるような、そんな思い出を残せるように俺も努力しよう。
ひと時の楽しみを提供出来るように、今出来る事を精いっぱい頑張ろうと、そう決意した。
まもなくこの都ともお別れだ。微かに故郷の日本を思い出させる、そんなこの場所と。
僅かばかりの寂しさを感じながら、俺もまた厨房を後にしたのだった。
孤島。既に住む人間がいなくなったその場所にひっそりと佇む廃墟。
割れたガラスが散乱し、床を侵食する雑草が伸びた、そんな打ち捨てられてから数十年以上経ったであろうその場所で、一人の少女が血濡れのまま佇んでいた。
廃墟を染める惨劇のアート。その色彩の出どころは、地面に転がる無数の骸。
少女は手にした刀を見つめながら、それに付着した血を払う。
「……明らかに、待ち構えていた? 私の動きが読まれていた?」
一人ごちる。この場所には既に彼女以外の生きた人間はおらす、そのつぶやきはただ空へと消える。
「……ミサトはきっと、あの都の封印を解いたはず。後は私がこの場所を壊せば……残り二つ……待っていて、父さん。私は絶対に、あの家に帰ってみせるから」
純粋な思いは、時に純真な者を狂気へと駆り立てる。
その力が、その気質が、その理由が噛み合ったのだろう。少女はただ自分の力の高まりも理解出来ず、目的の為にその手を汚していくのだった――
(´・ω・`)オクトラ引継ぎ二周目実装してクレメンス……