三百三十二話
(´・ω・`)この章もそろそろおわり
思惑もあった。どれ程の力を持っているのか。
俺に語って聞かせた『龍神を倒した』という話から、ずっとそれを見定めたいと考えていた。そして同時に、俺は出来るだけ自分の手を汚したくはないという、自分勝手な思いを抱えていた。
だが――そいつはあくまで『出来たらいいな』程度のものであり――
「貴方にそう言われてしまうと、私としてはもう戦うしかないのですけれどね」
貴方の期待に応えましょう。
私の五〇〇年は、ただ無為に過ごした物でも、騙され生きてきただけでもないのだと。
闘い続けたのだと、この地位を力で勝ち取ったのだと、ここに証明してみせましょう。
「……全員無力化で大丈夫ですか?」
「殺しても殺さなくてもどっちでも良い」
「では」
その瞬間、自分の武器である剣を取り出す。
『儀礼剣 ジニア・リネアリス』“私が俺であった事忘れない為”につけたその名前。
赤錆びた見た目の剣に周囲の魔力が集まり始め、白い半透明の刃が剣全体を覆う。
「聖地を汚す訳にはいきませんので、少し手を抜いて差し上げます」
次の瞬間、先程まで私を抱えていた青髪の男が、私の身体よりも大きな大剣を振り下ろす。
見切る。生憎私と最も剣を交わした回数の多い人間は、その道の極致にいる男。
シュンのソレとは比べ物にならない程遅い一撃を、軽く身を捻り躱しながら、持っていた剣を軽く相手の剣に這わせる。
「グッ……てめ……なにしやがった」
「……随分と頑丈ですね。それとも加護持ちですか?」
突然身体の自由が利かなくなったかのように、ゆっくりと振り返る大男を一瞥し、カイヴォンの前に立ったままこちらを唖然と見ていた男へと向かう。
こちらの剣を注視しているあたり、先程の攻撃の正体を見切られたと見た方が賢明ですか。
「……どうやら、一番敵に回してはならないのは貴女だったようですね」
「それはどうでしょうね? その人から離れなさい、今すぐに」
「あ、そうよそうよ! カイは殺しちゃダメよ! 私が貰うんだから!」
場違いなトーンの言葉が背後から聞こえる。
そして、今まさにカイヴォンがあの女の手に落ちる寸前である事を思い出す。
……初手を間違えた。ミサトを真っ先に無力化するのが最善だったはずなのに。
私は、自分の立場故に人よりも危機察知能力が高い。
この場において、もっとも自分にとって危険な相手を優先して動いてしまったのだ。
あまりにもあの女の能力は低い。それこそ、まともに戦う術すらないのだろう。
だからこそ、優先順位を落としてしまった。
「ガルム、身体が動かないのなら一度下がりなさい。ミサト様の隣へ」
「チッ……簡単に言ってくるぜ」
のろのろと動く男に、ノールックで魔導を放つ。
地面を奔るのは極細の雷。先程剣に纏わせ、相手の剣を伝わせて身体の筋肉をマヒさせたそれを、今度は直接足元へと飛ばす。
だが――途中でそれが途切れてしまう。
「念のため、周囲に妨害の魔法を放っておきました。目に見えない程度のものでしたら十分に防いでくれるはずです」
「随分と用意が良いですね。意外です、ハーフエルフの中にここまで術と剣、その両方に秀でた者がいるとは」
「お褒めにあずかり光栄です――聖女にダリアに認められるとは、私も中々捨てたものではない」
警戒の度合いを引き上げる。一度、シンデリアの宿で顔を合わせた事があっただけ、それもフードを被っていたというのに、私の正体に気が付いていたとは。
「……何者かは、問いません。戦闘後に尋問させて頂きます」
「戦闘後に私がこの場に留まる展開など、期待しても無駄ですよ」
一息に駆け出し、向こうの足を切り払うように振るう。
一瞬遅れて飛び退る赤髪、ヘイゼルの脚甲を切り裂き、くぐもった声が響く。
「……聖女が剣士とは知りませんでした」
「いいえ、魔導士ですよ。そして――」
ここが聖地なのが幸いしました。
私の実力は、環境次第で大きく変わる。魔導でここを吹き飛ばす事が出来ない以上、戦い方は制限されてしまいますが、こうも大量の魔力流が大地を縦横無尽に奔っていると……もはや私の意識がこの周囲全体にはりめぐされているのと同義なのです。
時間稼ぎは十分。マルチタスクで戦うのには慣れていないので、ここまでガタガタで不格好な戦いになってしまいましたが……これでもう安心ですね。
「え!? なに、これどうなってるの!? 目が急に開かなくなった、助けてヘイゼル、ガルム!」
「っ!? ミサト様に何をした!?」
「さて、なんでしょうね?」
この場の魔導が乱されるのならば、さらに奥、この大陸の内部に直接魔導を送り込み、ダイレクトに相手へと流し込むのみ。
静脈に針金でも通すような危うい作業ではありますが……生憎、これでも聖女なので。
「常に全体にその力振りまいているわけではない。日常生活に支障が出ますからね。となると考えられるのは……目、ですか」
ミサトの持つ魅了の力がどこを引き金に発動しているのか。
一番考えられるのは魔眼の類。ならば、目を閉じさせてしまえば止められるのではと、私はこの剣士と戦うそぶりを見せながらそれだけを狙っていた。そしてそれはどうやら――
「正解だったみたいですね。さて、私は十分に役目を果たしたので、後は任せましたよ」
「お前に最後まで任せるつもりだったんだがね」
選手交代です。やはり私は実戦には向きません。どこまでいっても後衛ですから。
ゆっくりと起き上がる彼に戦いの決着を譲り、私は再び静観の構えを取る。
「まぁ……確かにヘイゼル、お前さんがここに残る選択肢はなさそうだ。悪いな、加減が出来ない」
怒りの籠った言葉が周囲に響く。ぞくりと、背筋を這う悪寒。
そうでしょうとも。カイヴォン、貴方は昔からそうだ。酷く独善的で我がままで、唯我独尊で。
そんな貴方が自分の行動を著しく阻害され、冷静でいられるはずがない。
そしてさらに最悪な事に……『今この場所にリュエとレイスがいない』。
つまり、今の彼はもう、本当にブレーキが存在していない状態なのだ。
「虎の尾を踏む。中には龍の尾を踏むって表現をする人間もいるし、更に状況が悪いと龍の逆鱗に触れる、なんて言い回しもある」
身体を起こしかぶりを振るカイヴォンが、抑揚のない声で語り出す。
ああ、これはマズい。本当にブチギレてしまった時の彼のソレだ。
「そうだな、信心深い人間なら『神の怒りに触れた』なんて言い方もするだろう。だが――この世界ではもっと最悪な言い回しがある。それを教えてやろう」
剣は抜かない。相変わらず鞘に収まったまま背中に括り付けられている。
けれども、ただ握っただけの拳から、途方もない力の脈動を感じる。
そして次の瞬間、足元から立ち上る闘気が色を持ち彼の姿を一瞬隠す。
「“俺の気に障った”――だ」
瞬間、空気が全身を突き刺すように震え、無意識に耳を手でふさぐ。
恐怖、絶望、不安。目に見えない何かに怯えるように私の身体が激しく震える。
「んな! まさかドラゴニア……いえ、魔族!?」
「え、なに魔族!? どういうこと、私見れないんだけど! 見せてよ!」
「……ミサト、今は口閉じてろ……逃げる用意しとけ」
久方ぶりに見る彼のその姿。そして次の瞬間、塞いだはずの耳の鼓膜が機能を失う程の轟音が響く。
地面が陥没し、気が付けばヘイゼルが首を掴まれたまま神殿の遥か彼方の壁に押し付けられていた。
既にこと切れているのか、だらりと首を下げたヘイゼル。
そしてその身体を、神殿を後にしようとしているミサト達に向かい投擲する。
その瞬間、一瞬だけ何者かの術の発動を感じるも、それすらも全てまとめて、神殿の入り口、外の森林、そして景色の果てに見える山の形を変えて吹き飛んでいったのだった。
……自然景色を一撃で変える? 剣もなしでそこまで?
……シュンが生きていて本当によかった。やはり私は間違っていなかったのだ。
決して、決して敵対して良い相手ではなかったのだ。
って――
「カイヴォン! 全員殺してどうするんですか!?」
「いや、全員確実に虫の息で生きている。そういう力も持ってるんだよ」
まさか、新しいアビリティでも持っているのでしょうか?
なるほど、ここにきてようやく理解しましたよ、貴方が剣を収納しない理由が。
装備している間、貴方は剣のアビリティを得る事が出来る。そしてゲームとは違い、装備さえしていれば、別に使わなくてもその恩恵を得られる、と。
まぁ……今回に限っては他にもっと大きな理由があると私は知っていますが。
「……全員いなくなってしまった以上、尋問する事が出来るのは貴方だけになった訳ですが」
そして、今の天災の如き一撃に巻き込まれずに済んだ男、ヒモロギへと歩み寄る。
さぁ、全て話してもらいましょうか。カイヴォンの猛威が貴方へと向く前に。
行幸、ここで戦闘が起きたのは、自分の都合だけを考えれば幸運と言える。
ダリアのお陰で自由を取り戻した自分の『今の身体』が、どこまでの力を出せるのか。
それを確かめる事が出来ただけでも、大きな成果と言えるのではないだろうか。
「ダリア、コウレンさんの様態を見てくれ。俺の力で身体の回復力を補ってはいるんだが、俺じゃあ原因も回復方法も分からないんだ」
深く考え込んでしまう前に、今自分がすべきことをしようと動き出す。
ダリアに剣を突き付けられた男、ヒモロギの前へと歩み出て、交代するようにダリアがコウレンさんの元へと向かう。
「分かりま……分かった。そいつを逃がすなよ、絶対に」
「ああ、足の一本でも切り落としておくか」
「ひっ! やめ……や……ああああああああああ!」
左足を膝から切り落とす。地球だったらその後の人生すら左右する重症だ。
その絶望と恐怖は容易くヒモロギの心を折り、すぐさま傷口を魔術で凍らせる。
よかったな、この世界に回復魔法があって。幸い、この場所には優れた術者も多い。
「ひっひっひっ……やめ……助け……」
「死にたくなけりゃ全部話せ。もう理解しているだろうが、俺は殺すぞ、誰だって躊躇なく」
「はなす! なんでも、なんでもはなします! だから、だから!!!!!」
この態度から察するに、ミサトに魅了されて操られていたわけではなさそうだ。
となると、やはり元々セリューとの交流には裏があった、と。
……つまり、ミサトを召喚した人間はセリューと関りのある人間の可能性が高まった訳だ。
「今は話さなくていい。俺はこの領地の人間はじゃない。後でアカツキさん達にあらいざらい話すんだな」
もはや逃げ出す気力もなく、身体的にも身動きが取れなくなったヒモロギを放りダリアの元へと向かう。
解析だろうか、コウレンさんに手を指し伸ばし、何やら緑の光で彼女の身体を覆っていた。
だが、治療を受けている側も施している側も、非常に苦しそうな表情を浮かべていた。
「……具合、悪いのか」
「……カイヴォン、お前の力ってヤツは身体の治癒能力を活性化させるものなんだな?」
「ああ。自己治癒能力を高める、ゲーム風に言うならリジェネの効果だ」
「……具体的な回復速度は分かるか?」
俺は、ダリアに詳細な効果を伝える。すると――
「……言い難いんだが、たぶん、もう手遅れだ。もう残されていなかったんだよ、コウレンに自己治癒能力なんて。今お前に聞いた数値が本当なら、それを止めた瞬間……命の流出が始まる」
それは、余命宣告よりも残酷な言葉だった。
「この力は、俺が一時的に失う事で他者に発動出来る物なんだ」
「……だろうな。こんなバカげた力、そうほいほい他人に渡せてたまるか」
「……俺に、永遠にこの力を失えと言うつもりか?」
「……いいや、だがもう少しだけ貸してくれ。少なくとも、意識を取り戻すまでは」
それから少しだけ時が過ぎ、やってきた人間にヒモロギを引き渡し、そして幸いリュエの処置のお陰で大事に至らずに済んだアカツキさんが到着した。
「……母上の容態はいかがなのだ、ダリア殿」
「命だけをつなぎ止めている状態だ。だが、身体に巣食った成分を解析する事が出来ない。アカツキさんなら出来ないか、同じジャコウ種なら」
「試してみる」
彼女が懐から香炉のような道具を取り出し、自身の体毛と粉薬を入れる。
そして最後に、まるで口づけでもするかのように唇を寄せ、火を焚き始めた。
香水のような、どこか妖しげな香りが周囲に立ち込める。
「カイヴォン、男のお前さんにはちょいと毒だ。少し離れた方が良い」
一歩下がると、ダリアが何か術を発動させたのか、見えない壁に覆われるような感覚に包まれる。
そしてそのまま数分コウレンさんの様子を見守っていると、かすかに瞼が動いたのを確認出来た。
その瞬間、誰よりも早く彼女の身体に縋りついたのは、先程からずっと傍にいたはむちゃんだった。
「ばーちゃん! 起きたはむか!?」
病み上がりの人間には少々厳しいであろう声量の彼女を咎める人間は誰もおらず、ただ静かにダリアが彼女を自分の傍へと引き寄せる。
「……不思議な気分よ。もう、自分が生きていないはずなのに、こうして身体を動かせるなんて」
「母上……そうですか、やはりもう……」
淡々と、コウレンさんは自分の今の状況を理解したかのように話し始める。
「ダーちゃん。これは貴女の力なの? 私の命はもう残っていない、それは私自身が良く分かっているわ。それでもこうして動ける程の生命力を与えるなんて……貴女の身が危ない」
「いや、これは俺の力じゃない。カイヴォンの力なんだ……ただ――」
この力が有限である事。そして、いつまでも彼女の為に使い続ける事も出来ない事を伝える。
自分の死を既に受け入れているからだろう。コウレンさんは静かに『無理をさせてごめんなさいね』と、ただ俺に労いの言葉をかけてくれる。だが――
「た、頼むカイヴォン殿! その力を、どうか母上に……母上に与えてくれないか……」
コウレンさんと同じく受け入れていたと思っていたアカツキさんが、こちらに縋りつく。
母を生かし続けてくれと、死の運命から逃れ続ける為に力をくれと。
それは、娘として当然の反応なのかもしれない。いや、かもしれないではなく当然だ。
肉親を失った経験のある人間ならば、その気持ちを理解出来る人間も多いはずだ。
それは俺も例に漏れず、同じ。だが……。
「アカツキ。私は生き続ける事に興味はないわ。もう十分に生きた。種の限界をも超えて、この力を受け入れて生きてきた。もうそろそろ、この役目も引き継がなければいけないのよ、本来ならば」
「ですが……! こうして言葉を交わしているのに……」
「……どうやら、私の力が弱まった所為で封印の拠点がずれてしまったみたいなの。もう貴女に引き継がせる事も出来なければ、私がその恩恵を得る事も出来ないのよ。遅かれ早かれ私は死んでいたの」
どこまでも淡々と自分の死を受け入れ、同じように受け入れろと娘を諭すコウレンさん。
その様子に、俺もダリアも口をはさめず、はむちゃんですら静かに見守っていた。
「アカツキ。今共和国の水面下で何者かが動いているわ。封印の破壊が始まっているのは貴女も薄々気が付いていた筈。他の領地とこれまで親密な関係を築こうとしなかった私達だけれど、それがここに来て活発になっている。いい? 信用してはダメ。今はただ自分達の身を守る事だけに注力なさい」
「それでは……我らはまた口を閉ざし、ほとぼりが冷めるのをただ耐え忍べと言うのですか」
どんな歴史があったのか。どんな経緯があったのか。彼女達の言葉に秘められた意味を俺は知る事は出来ないけれど。ただ、辛い過去を再び繰り返すのかと、アカツキさんが憤っているように見えた。
「……いいえ。幸い、今はダーちゃんが起きているもの。ねぇ、そうなんでしょう?」
「ああ、安心しろ。そう長くはかからんよ。今は嵐が来ているから、少しの間家の中でじっとしていて欲しい。ただそれだけの話だよ」
けれども、なんでもない事だと。すぐに終わるから、ちょっとだけ辛抱してと、事の大きさをとびっきり小さくしたような軽い調子で二人は言う。
そこには、ダリアへの絶対的な信頼が見て取れた。
「だから、ね? 私も逝くし、貴女も耐えなければならない。もう、貴女は自分の娘もいる身なのだから、しっかりしなくてはダメよ」
返事はなかった。けれども、アカツキさんは自分の母から一歩身を引き、そして――こちらに頭を下げたのだった。
それは『すまなかった』とも『止めてくれ』とも『お願いします』とも取れる動き。
まるで、最後の選択を俺に委ねるかのような動きに、どうすればいいのか分からなくなる。
「カイちゃん。治癒を止めて頂戴。私は逝く。けれども最後の一つだけ忠告をするわね」
悩みを晴らすように彼女が語り掛ける。そして、恐らく最後になるであろう彼女の言葉をただ黙して聞き届ける。
「その力は、人が得て良い物ではないわ。いずれ貴方を貴方でなくしてしまうかもしれない、そんな大きすぎる力。今すぐでなくていいわ、でもいつか必ず……捨てなさい」
「……生憎、俺が必要だと思ううちは手放すつもりはありませんよ。ただ……これが過ぎた力だという事は重々承知しています」
「……そう。ええ、それでいいわ。私の考えを貴方に押し付けるなんておこがましいもの」
最期かもしれない言葉なのに、俺はそれでも自分の欲を押し通すように言葉を返す。
けれども、彼女はまるで『それでもいい』と言うように考えを認めてくれる。
……ああ、そりゃあダリアが慕う筈だ。アカツキさんがただの娘になってしまう筈だ。
これでもう全てが終わりだと言うように、コウレンさんは開いていた瞳をゆっくりと閉じていく。
赤い瞳。アカツキさんやアリシア嬢と同じ、真紅の綺麗な瞳が隠れていく。
そして――俺は彼女に与えていた[生命力極限強化]を静かに解除した。
「……良い眠りを、コウレン。私の最初の友達」
「母上……私は、まだ貴女に……教えて欲しい事が山ほどあったというのに……」
「……たったの二日でも、はむはばーちゃんにとんでもない恩を受けたはむ。はむはばーちゃんの教えをしっかり守るはむ……」
三人がそれぞれの思いを口にする。
そこに、俺が口を挟むのは間違いなような気がして、ただ静かにその場を後にするのだった。
「……そうですか、お婆様がお隠れになられましたか」
「原因は、ジャコウ種の精神、魔力を乱す魔香だそうだよ。元々身体が弱っていたところに、さらに封印の不安定化が重なって、そこに更に……という事らしい」
「……私達の寿命は長くても三〇〇年。お婆様は十分すぎる程長く生きましたから」
都にある診療所に、俺はダリア達よりも一足早く訪れていた。
目的はアリシア嬢に面会する為。幸い、アカツキさんに比べて症状が軽かったのだ。
俺は静かに事の顛末、そしてコウレンさんの最期を孫娘である彼女に伝えに来たのだった。
意外な程、静かに死を受け止めるアリシア嬢。
ある意味では、最後に死の引き金を引いたのは俺だという事も伝えたというのに、それでもただ静かに全てを受けいれるように彼女は語る。
「幸運だったんですよ。きっとぼんさんがいなければ、私もお母様も同じ道を辿っていたのかもしれません。ヒモロギが完全に敵だった以上、都が割れていたのは間違いありませんし」
「……そうかもしれないな。だが、それを言うなら俺がもっと警戒していれば――」
「ぼんさん、それはいけません。その考え方はしてはいけない物なんです。それを言うなら、私が昔、ヒモロギをどうにか出来ていれば、母様がヒモロギにもっと重い罰を与えていれば、ね? キリがないんです。だから今は、ぼんさんのお陰で良い方向に向かった事だけを考えてくださいな」
床にふせながらも、まるでこちらの方が重症だとでも言うように、必死に宥めてくる彼女の姿に、もう何も言う事が出来なかった。
……真面目な調子でいられると、どうもこちらの調子も狂ってしまう。
だからつい、少しだけ、今この場言うには不謹慎だと分かっているのだが――
「……そうしていると、君のお母さんやお婆さんよりも、良い女に見えてくるな」
「ええ、そうでしょうとも。どうですぼんさん、私は今弱り切っていますし、ここには誰もいません。お布団も敷いていますし、もう据え膳と言っても良い状態ですよ?」
そんな、少しだけふざけたやり取りをしてしまうのだった。