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三百三十一話

 布施屋に戻ってからも、まだリュエははむちゃんを預けた事を後悔しているのか、しきりに『寂しくないかな』『ごはんとか大丈夫なのかな』とぼやいていた。

 そんな彼女をレイスに任せ、俺は今日の事を振り返っていた。

『封印を任された領主には力が与えられる』この部分が妙に引っかかるのだ。

 言い換えれば、元々戦争相手だった共和国の人間にサーズガルド側が力を与えたともとれる内容ではないか。それも、この封印の主導はダリアと……あのフェンネルのはずだ。

 そこにも何か思惑があるのではないかと思わずにはいられない。そしてもう一つ。

 ……俺は、本当はここの元領主に対し、ある疑念を抱いていたのだ。

『解放者を召喚したのは、ここの人間なのではないか』と。だが、結果としてここに現れたミサト達はどうみても無関係のように見えたし、封印が無事だという事もダリアが証明した。間違いなくこの領地はシロだ。


「……なぁみんな。ちょっと聞いてくれないか」


 俺は今日まで考えていた事、そしてこの先の事を整理する為に皆に声をかけた。


「ダリア。今現在封印を任されている人間が誰なのか、全員把握しているのか?」

「なんだ藪から棒に。一応、代替わりや引継ぎについては俺達の国でも把握しているが」

「なら、その人達の事を俺に教えてくれないか?」

「確かに気になるね。もしかしたら協力を求める事になるかもだし」

「皆、各領地の領主ということなのでしょうか?」

「いや、領主が後に専門の役職を作って引き継がせた例もある。とりあえず今の封印管理者は――」


 封印の管理者はコウレンさんを含めて四人。そしてその統括としてダリア。

 だが……リュエが解析した結果では、そこに更に一人、七星が封印されている場所に要として誰かが一緒に封じられている筈だと言う。

 つまり全部で六人と言えるわけだ。


「ミササギの事はもう説明しなくても問題ないよな。じゃあここから一番近い領地になるが『ノクスヘイム』ここはダークエルフが起こした国を起源にした領地だな。まぁ元々ハーフの獣人を含めた特異体質の人間が集まった場所になる。領主はダークエルフで、確か二代目のはずだ。封印の管理は初代領主から今の領主に引き継がれている」

「なるほど。ここから近いとなると、もしかしたらミサト達が既に封印の解除を行った可能性もあるんじゃないか?」

「いや、それはない。あそこの住人はなんだかんだでエルフの血を引いてる。何かあればすぐにサーズガルドに話が来るはずだ。一応、あの領主と俺は個人的に繋がりもあるしな」


 意外な事に、国外にそんな相手が他にいるというダリア。

 以前、アマミは『ダリア様は個人的な付き合いがない』と言っていたが、余程内密な関係なのだろうか?


「で、その人の名前と性別は?」

「ん、そこまで聞くのか? 正確な年齢は分からんが、二百歳かそこらの男だ」

「……男、か」

「なんだなんだ? もしかして可愛いダリアちゃんに男の影がちらついて嫉妬でもしたか?」

「いんや、そういうんじゃない」

「……冷静に返すなよ、俺が恥ずかしい」


 ダリアが言うように、ここも解放者と関りは少なさそうだ。

 そうして、ダリアが他の領主についても語って聞かせてくれた。

 が、エルダインは内乱も多く、封印の管理者が数度変わった事もあり、今が誰なのか正確には把握出来ていないという話だった。しかしそれに対し、セリュー領は封印を任せた当時から、今に至るまでずっと同じ人物が封印の管理を任されているそうだ。

 コウレンさんと同じく、その力で生きながらえている訳でもなく、種族の特性だそうだ。


「セリューは元々皇女が治める国だったんだ。人格者として慕われ、サーズガルドとの戦争の最中も、真っ先に対七星の為に手を取り合うべきだって歩み寄ってきた人間でもある」


 そう語るダリアの表情は、珍しくその相手を敬愛しているかのような、そんな誇らしげな笑みが浮かんでいた。きっとその人物とも個人的な交流があったのだろう。

 だが……ここまでの話を統括すると、残念ながら――


「なるほど。つまり黒幕はセリューって事になるな。解放者を呼んだのは間違いなくセリュー、それも誰かの独断でなく、皇女自らの判断だと俺は判断したよ」

「んな! 逆だろ、俺はあそこだけはないと思っている。油断ならない相手だとは俺達だって常々思っている、だがそんな暴挙に出る程浅慮な人じゃないぞ? むしろエルダイン……百歩譲ってもセリュー内の反乱分子の仕業だって考えるのが筋だろうが」


 当然の様にダリアは反論する。そしてそれに同意するように首を縦に振るリュエ。

 だが、レイスは気が付いたのだろう。納得したと言わんばかりに、ダリアへと言葉を向ける。


「ダリアさん。私も今の話を聞く限り、一番可能性が高いのはセリューだと思います」

「レイスまで……なんでそう思ったんだ、俺にも分かる様に説明してくれ」

「……解放者がミサトさんだという事が問題なのです……」

「正解だレイス。ミサトを解放者、つもり手駒として動かすにはある条件が必要なんだ」


 今ダリアが話した各領地の封印の守り手、継承者。その人柄や選ばれた経緯はあまり関係がない。重要なのは、その守り手や領地内で高い立場にいる人間の『性別』なのだ。


「ミサトは、男なら自分の思い通りに操れる。どんな加護があろうとも無視してしまうくらい、とびっきり強烈な力だ。だから――女じゃなきゃいけないんだよ、あいつを召喚した人間、およびそれを命じた高位の人間はな」

「今聞いた話ですと、確実に女性が主導としている場所はセリューだけでしたから……」

「俺が接した印象だが、ミサトは自分の欲望に忠実なただのバカなガキだ。もしも男の召喚主、高位の人間がいたら、間違いなく魅了して自分の傀儡にしてしまうはずだ」


 そう、封印の守り手であると同時に領主、それも元々は皇女として国を治めていたというセリューこそが、もっともミサトを召喚し暗躍させている黒幕である可能性が高いのだ。

 盲点だったのだろう。ダリアは衝撃を受けた様子を見せた後、力なく座り込んでしまう。


「……そう、だよな。元々この大陸の覇権は連中が手に入れる寸前だったのに、そこに横から現れてぶんどったのは俺達……だもんな。そりゃあ、機会を狙っていてもおかしくないか」

「まぁ、確定したわけじゃないがね。セリューに向かうのは位置的に最後になりそうだが、どうする?」

「……いきなり向かう訳にはいかないさ。廃棄された研究施設にもいかなきゃならないし、他の封印の様子だって確認しないといけないんだし」

「ま、そうだよな。それに、幸いにして今この都にはセリューから特使の一行が来ているんだ。もしかしたら少し話を聞く機会もあるかもしれない」


 尤も、こうなってしまった以上、今回のセリューの訪問はミサトを動き易くする為の作戦の可能性が高いと見た方がよさそうではあるが。






 それから数日。意外な事に捕らえられたミサト一行が問題を起こした様子もなく、だがそれでもおかしな術で聖地に侵入しようとしたという事実は随分と重い罪らしく、今も牢に囚われているそうだ。

 そして、その間に俺も歓待の宴に必要な全ての準備を終わらせ、今日まさに聖地に向けて食材を運び入れている真っ最中という訳なのだが――


「……セリューのお客様とこちらの出席者、あわせて二〇人のはずですよね?」

「ええ、そうです。しかしドラゴニアの方々はその、食べる量が我々より幾分多いので……」

「いやぁ……シミズさん、それ出来ればもっと早く教えて欲しかったんですが」

「申し訳ない……カイ殿ならばご存知だとばかり思っておりました……そういえば他大陸からおいでになられたのでしたね……失念しておりました」


 馬車三台で運ばれる山の様な食材を前に、本当に俺達だけでこれを調理出来るのかと軽いめまいをおぼえるのであった。

 そうして、再びあの新緑の山道を進み、聖地へと向かっていると、以前レイアウトを考えていた広場に、たいそう立派な、野外講堂とも呼べるような雛壇状の舞台が完成していた。

 中央には勿論調理台や機材一式が備わり、まるで日本にいた頃の料理番組『〇〇の鉄人』やら『どっちの〇〇ショー』のようなセットだ。なんだか緊張してしまうな、テレビみたいで。


「お客様はもう全員席に就いているみたいですね。話し合いや交流はもう終わってしまったのでしょうか」

「なんでも、セリューの皆さんとは昨日から城で話し合いをしていたそうですよ。なので、今は結びの宴なのだとか」

「となると、これが終われば皆セリューに戻る、という事ですか。てっきり歓待の宴だとばかり思っていたのですが」

「私もです。なんでも先方がどうしても予定をかえなければならなくなったとか」


 まぁ、こちらの料理の予定が狂わないのならば別に問題はないのだが……。

 ちらりとセリューの一団に目を向けてみると、一番高い位置に座っている人物が、隣のアカツキさんとなにやら言葉を交わしている様子が見える。

 そして、もう一つ空いている特等席には、この後コウレンさんが向かってくる手はずになっているのだが……。

 その時、壇上を眺めていたこちらの視線と、アカツキさんと会話をしていた人物の視線が重なる。

 まるで爬虫類を思わせる切れ長の瞳孔。そして血のような鮮烈な赤の瞳。

 まるで闇を溶かし込んだような黒い長髪と、そこから覗く黒曜石にも似た二本の角。

 そしてまぎれもなく龍を想起させるその黒の両翼。

 そんなドラゴニアの女性が、まるで興味深いとでも言いたげな様子でこちらを見つめ続けていた。


「……なんだ?」

「彼女は“リューレイ”様です。ここ数年、こちらと交流を深める為、度々足を運んでいる特使ですよ。珍しいですね、彼女は男嫌いで有名なのですが、こちらを見ているなんて」

「ふぅむ……そうなのですか。もしかして悪い意味で見られていたりして」

「ははは、それはありますまい。別に関わろうとしなければ、男に対してなにかしてくるという事はないという話ですし」


 ……やっぱりドラゴンとの相性が悪いんですかね。龍神とかプレシードドラゴンとか殺しているし。出来るだけあの人達とは関わらないようにしておこう。


 そして調理が始まった。

 解説をしているのは、今回の宴の準備を取り仕切っていたアリシア嬢だ。

 本来ならばヒモロギがそのポジションにいたのだが、例の一件でアカツキさんに謹慎を命じられ、今もお城で事務仕事に追われているそうだ。

 皆の注目を浴びる調理台では、シミズさんと俺の二人で、前菜に使う予定の大きなカツオに似た魚を捌いている。いやぁ、世界が変われば魚体も変わる。小さな子供くらいはあるぞこの魚。


「シミズさん、包丁交代です」

「任されました。では――」


 俺が頭を切り落とし、そしてシミズさんが綺麗に五枚下ろしにする。

 そして再び俺が包丁を握り、皮を外しサクどりした身を刺身状に切り分ける。

 その間にシミズさんが見事な包丁さばきで、野菜を花や水玉に細工し盛り付ける。

 前菜からお刺身なんて随分とボリューミーな構成だが、セリューの皆さんはよく食べ、そして肉食系(文字通り)らしく、これくらいでちょうど良いのだとか。


「はい、じゃあ配膳は任せたよ二人とも」

「まかせておくれ」


 そしてお刺身を運ぶのは、氷のお盆を両手に生み出したリュエだ。

 まるでクリスタルガラスのように透き通ったそれに、観客と化した周囲から驚きの声があがる。

 ちなみに、盛り付けの器もリュエ作の氷皿だ。そこにシミズさんの作った大根のツマで川を描き、そこにお刺身が盛り付けられている。

 ほら、直接氷の上に置くと氷焼けしちゃうから。


『一品目は海魚の氷流造りです。いやぁ、涼し気ですねぇ、私も解説が終わったら頂きます』


 季節的にはやや旬を過ぎた魚だと、日本の常識に当てはめて考えていたのだが、どうやらこの時期に一番脂が乗るらしく、それで今回はそれが溶けないよう氷の皿を使った訳だ。

 つまり、口に入れて初めて脂がとろけるという仕組みである。


「ううむ……魚の温度を提供の最中まで計算するとはさすがですカイ殿」

「あれですよ、普通のお皿に砕いた氷を敷き詰めたりして代用出来ますから」

「なるほど。あのような溶けにくい氷の器を生み出せる術者は私の厨房にはおりませんので、それは助かります」


 ふと、同じく配膳担当のレイスが、まるでマグロのような赤身のお刺身に目を奪われている様子が飛び込んでくる。大丈夫、後で同じの作りますから!

 全員に皿が行き渡ったのを確認し、早速次の料理に取り掛かる。

 ただ、コウレンさんの席だけが空いている事が気がかりだが……。


「むぅ、肉ではなく魚と聞いて落胆したが、この魚は随分と美味いな。我々の都市にも流通させられないものか」

「希少な海の幸と聞いた。可能だとしてもかなりの値段になってしまうぞ」

「ぐぬぅ……」


 近くの席からそんな声が聞こえる。どうやら肉食ドラゴンさんにも好評なようだ。

 さて、じゃあ次はご期待に応え、お肉の調理に入らせて頂きましょうか。




 調理も会食も平穏無事に進んで行く。だが、コウレンさんが現れる事はなかった。

 アリシア嬢に聞いてみたところ、どうやら身体の具合が悪く、来れたとしても会食の後、最後の挨拶になってしまうかもしれないとのこと。

 ふむ、分身も出せない程弱っているのだとしたら心配だが。


「ダリア。配膳を抜けて祭壇に行ってみたらどうだ?」

「いや、今は下手に力を持った人間が向かったら、魔力の流れを乱してしまう。どうやら今集中して力を蓄えているらしい。どうにかしてこちらに来るつもりなんだろうな」


 もしかしたら、先日面会出来たのも、ずっと力を蓄えていたからなのかもしれないな。

 それともはむちゃん相手にいろいろ教えて疲れてしまったのか……心配だな。


「カイ殿、塩釜焼きが完成しましたよ。一緒に台に乗せましょう」

「あ、了解しました。じゃあダリア、次の配膳の準備を頼む」

「あいよ。あー俺も食いてぇなぁ」


 五品目はメイン料理である魚介の塩釜焼き。

 貝類やイカ、エビ、そして魚のカマといった希少部位を丸ごと香草や海藻と一緒に塩釜に閉じ込めて蒸し焼きにした一品だ。

 窯を割り中身を盛り付けしていくだけというシンプルな料理法ではあるが、見栄えもよくエンターテイメント性もあるからと急遽取り入れた料理である。


「……カイ殿。またリューレイ殿がこちらを見ております」

「どうも料理に興味があるって感じじゃないみたいですね……」

「カイ殿に興味があるのかもしれませんな」

「……どうなんでしょうかね。今日初めて顔を合わせ……合わせてすらいないですね」

「誰かに似ている、という可能性もありますね」


 そして相も変わらず、既に五度目の料理だというのに、彼女はただ無言でこちらを見つめていた。

 もしかしてあれですか、龍殺しを見抜く力でもあるのでしょうか……。


「カイさん、配膳の用意が出来ましたよ」

「あ、じゃあお願いしようかな」

「凄いね、初めて見る料理ばかりだってお客さんも喜んでいたよ」

「そいつは何よりだよ。よし、じゃあこれお願いするよ」


 続くデザートも、リュエの協力の元作り出した冷たく美味しいくず寄せや、アリシア嬢と約束していた美味しい白玉アイスを提供し、周囲からの『これで最後か』という寂しさを滲ませた感嘆の溜め息を聞きながら、無事に終えたとほっと溜息をつく。

 無事に和やかに全てが終わったと、そう思っていた時だった。

 俺やシミズさんにとって――最も恐れていた事件が起きた。


「っ!? アカツキ殿!!! どうした、アカツキ殿!」


 雛壇の最上。先程から何度も視線をこちらに向けていた女性、リューレイさんの声が響く。

 隣のアカツキさんが、手で口を抑えながらうずくまる。

 そこから漏れ出ているのは、紛れもなく血。吐血したのだ、彼女が。

 だがそれだけでは済まなかった。解説の為に近くに座っていたアリシア嬢もまた、口の端から血を垂らしながら、よろよろとこちらに歩み寄ってきた。


「アリシア嬢! どうした!」

「……ぼんさん、私より母様をお願いします」


 耳も、尻尾も、まるで力が抜けてしまったかのように垂れ下がった彼女の様子に、すぐさまリュエが動き出す。だが、アリシア嬢の言葉にリュエが飛ぶように雛壇を昇り、そのままアカツキさんに回復魔導を発動させた。


 そして俺も、すぐさま目の前のアリシア嬢に[カースギフト]を発動させ[回復効果倍増]を付与する。

 本来なら[生命力極限強化]や[極光の癒し]を付与すべきなのかもしれない。

 だが、この状況は明らかに人為的な物だ。身内を優先してしまう事を申しわけなく思う。

 それでも、このアビリティの効果を生かす為、俺はこの世界に来てから使う機会のなかったゲーム時代の回復アイテムを彼女に投与した。


「……安静にしていてくれ。この状況……アカツキさんとアリシア嬢、それと……フォクシーテイルの人間だけに症状が出ていると見える」

「……すぐ、おばあ様のところに向かってください」

「ああ、分かった」


 そして、周囲を見た限りでは、セリューの一団に被害はなく、それどころかミササギの人間にも被害はない。ただ、アカツキさんとアリシア嬢、そしてもう一人付き人のフォクシーテイルの女性だけが、口から血を流していた。


「レイス、リュエと協力して治療を。そして出来れば、アリシア嬢とアカツキさんの食器を全部どこかに運んでおいてくれ」

「了解しました。カイさんはどこへ?」

「ダリアと一緒にコウレンさんのところへ向かう。ダリア、どこだ?」


 周囲に呼びかけると、ダリアが食器を持ち現れた。

 どうやら、すぐにアリシア嬢の食器を確保しに向かったらしく、彼女の席に残されていたのは食後のお茶を提供する茶碗だけだったようだ。

 ……食後のお茶はメニューに組み込んでいない。常識として出すものだからと、俺達が管理していた物ではなく……他の人間に任せていたものだ。


「シミズさん、すぐに食材の管理を任せていた人間を集めておいてください。アカツキさんの様態が回復次第、この状況を説明してくれますか?」

「任されました。カイ殿、どうやらこれは我々の仕事を汚した者がいるようですね」

「ええ。それに……明確に狙いを定めた犯行みたいです」


 会場を後にしながら、後悔する。間違いなくこれは予想出来た事態だ。

 最終日だ。今日は一団が都を去る最後の日だ。何か仕掛けてくるなら今日しかないだろうに。

 俺自らが調理のメインとして動く以上、問題が起きるはずがないとタカをくくっていた。


「ダリア、俺の予想が正しけりゃ狙いはフォクシーテイル。つまりコウレンさんだったんじゃないか」

「……ああ。特定種族にだけ効く毒なんざ俺も知らなかったが、恐らくそうだ」

「セリューは関係していると思うか?」

「……わからない。さっきアカツキの様態に最初に気が付いた女がいただろ。念のためアイツの身体に解析をかけてみたが、おかしな持ち物はなかった」


 視線の先に見えてきた祭壇に、駆け込むように更に足に力を込め駆け出す。


「ダリア、先に行く」

「任せた。気をつけろ、もう誰か忍び込んでるかもしれん」


 白亜の扉を開け内部へと駆けこむと、そこには椅子に座ったまま目を閉じているコウレンさんと、そんな彼女の膝をゆすっているはむちゃんの姿があった。


「はむちゃん、どうしたんだ!?」

「黒いにーちゃん! おばあちゃんが動かねぇはむ! さっき、急に体がぶるぶるってして、そしたら急にうごかなくなっちまったはむ!」

「……なにか食べたり飲んだりしたのかい?」

「なにも! 突然だったはむ!」


 確かに周囲におかしな様子は見られない。すぐさまコウレンさんに近寄り、脈を確認する。

 ……とても弱々しいが、脈はあるようだ。

 さすがに、ここにきて出し惜しむ訳にはいかないからと、俺は自分自身に付与していた[生命力極限強化]を彼女に付与する。

 少しだけ、彼女の血色が良くなったのを確認してほっと一息ついた時だった。

 背後から人の気配を感じ振り返る。

 ダリアの到着だと思われたその気配。だがそれはどうやら半分正解で、半分不正解のようだ。


「その様子だとコウレンは無事……ではなさそうだな」

「……おいおい、自分で歩いてこいよダリア。なんで抱きかかえられてんだよ」


 文字通り人質として、ぶらんと抱きかかえられているダリアに声をかける。


「何余裕かましてんだよ。なぁ?」

「……予定が狂いましたか。まさか封印の主が宴に出席していなかったとは」

「けど、どうやら弱り切ってるみたいだし……後はカイが邪魔さえしなければ、ね?」


 その瞬間、思考が大きく揺らぐ。

 牢にいたはずのミサト一行。そしてその隣にいたのは――


「クク……ジャコウ種は香りで人を狂わせる。ならば特定の香りで逆に体内を狂わせることも出来てしまう。あんな欠陥種が私の上に立つ事が、そもそもの間違いなのですよ」

「……随分、人相が変わったな、ヒモロギ」


 白い体毛を持つフォクシーテイル、ヒモロギだった。

 突然現れたミサト。しかもよりによって[生命力極限強化]を失ったタイミング。

 抗いがたい誘惑、その魅力に、今抱いている危機感や怒りに霧でもかかるように思考が鈍っていく。

 ゆっくりと歩み寄る剣士の姿が見える。赤い髪を伸ばした、ヘイゼルと呼ばれた男だ。


「残念です。出来れば万全な状態の貴方と戦ってみたかったのですが」

「……いい加減にしろよ、遊んでんじゃねぇ」


 朦朧とした意識の中どうにか口を開いて出たのは『アイツ』への言葉。


「今回は……お前に任せる。だから……やっちまえ――ダリア」

「……あいよ。見せ場取っちゃ悪いと思っていたんだがね」


 青髪の男の腕から抜け出すダリアに、一瞬だけ驚きの表情をするミサト。

 ああもう、そんな顔も魅力的だなんて思うあたり、もうだいぶ俺も参っているのかね。


「まぁ、見せ場らしい見せ場もなかったしな」


 次の瞬間、肌で感じられるほどの魔力の奔流が辺りを満たしていく。

 やっちまえ相棒。俺よかよっぽどストレス溜まってるだろ、ここで発散しちまえ!


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