三百三十話
(´・ω・`)おまたせしました
「シミズさん、当日の客人は全員で二〇名でしたよね。なら雛壇のような配置にし、我々の調理が見られるようにしてはどうでしょうか」
「なるほど……しかし、こちらも人数が人数ですし……」
「ですから、下ごしらえや盛り付けの準備は壇上から見えないところで行い、メインの調理、つまり見栄えの良い部分をお見せするのですよ」
「ほう、となると火を使う場面や巨大魚を捌く姿をお見せする、と。良いですなカイ殿。早速配置を考えなおしてみましょう!」
一見するといつも通りに見えるカイさん。
真面目に打ち合わせをしている姿は、むしろいつも以上に凛々しく見え、リュエと二人でなんだかぼうっと眺めてしまう程です。
けれども……明らかにいつもと違う仕草がそこに入る。
「アリシア嬢、当日を楽しみにしておいてくれ。あ、そうだ。おいなりさん、実は試作品が少し余っているから後でおいで。みんなには内緒だぞ」
近くで指揮を執っているアリシアさんを呼び寄せ、素敵な笑顔で話しかける姿が。
思わず息をのむような、少しだけ悪戯心をにおわす表情で素敵な提案をする姿が。
……なるほど。これが普段、周囲の人間が私達に向けている感情なのでしょう。
「ものすごくアリシアちゃんに甘々だね、カイくん」
「……ええ、そうですね。逆に言えば普段カイさんがいかに私達に甘いのか良く分かります」
「……頭では理解しているんだけれど、凄く面白くないね」
「……同感です。これは明日いつも以上にサービスしてもらわないといけませんね」
「ああ!? 頭撫でてる! あれは私の役目なのに!」
み、見ていられません! けれども目を離した隙に何をするか分かりません!
するとその時、はむちゃんと一緒にどこかへ行っていたダリアさんが、木々の隙間をかき分けてこちらに戻ってきました。
頭に葉っぱまでつけて、余程奥まで行ってきたのでしょうか?」
「ん、まだあいつの事見張っているのか? 大丈夫だって、行き過ぎた真似をする程あいつの精神力は脆くないって」
「い、いえ……それより二人でどこに行っていたんですか?」
「俺はこの聖地内部の魔力の流れを辿っていたんだよ。そしたらこの子がついてきた」
「はむはだーちゃんが迷子にならないようについていってあげたはむ」
トテトテとリュエの元に歩み寄り、すかさずリュエに抱きかかえられるはむちゃん。
少し羨ましいです。なんだか私も子供達の事を思い出してしまいますね。という訳で――
「えい」
「うわ、なんだ急に」
「また一人でどこかへ行かないように捕まえておこうかと思いまして」
「……まぁ、それで少しは気が晴れるのなら。安心しな、あいつはすぐに戻って来るさ」
本当に、貴女は察しが良すぎます。ぐりぐり。
当日の配置変更をアリシア嬢に伝えると、彼女はすぐにそれに順応しテキパキと周囲に指示を出し始める。
やはり都を治める人間の娘。奔放な様子ばかり目に留まるが、こうして見ると母親であるアカツキさんのような凛々しさも確かに兼ね備えている。
やはり美しいな、働く女性というものは。ほら、ちょっとこっちに来ておくれ。
「アリシア嬢、少しこっちに来てくれないか」
「どうかしましたかぼんさん」
「いや、近くに居てくれると俺のやる気が上がるから……というのは冗談で、今ちょっと簡単な図面を描いてみたんだが、当日はこんな雛壇を配置したいと思ってね」
「……ふむ、これなら二、三日で用意出来そうですね」
「それは助かるよ。はい、じゃあこれあげる。休憩の時にでも食べておくれ」
図面をのぞき込む彼女の頭から、三角の耳がぴょこぴょこと踊る。
思わず撫で繰り回したくなるのをぐっとこらえ、先程アイテムボックスから取り出したおいなりさんを贈呈。そういえばまだ食べた事がないって言っていたからね。
「……なんだか二人に悪い気がしますね本当。ありがたく頂戴しますね、ぼんさん」
「ああ。じゃあ俺は作業に戻るよ。その図面は君が持っていてくれ」
そうして再びシミズさんと共に打ち合わせに戻ろうとした時だった。
ふいにおかしな気配を感じ、この聖地のさらに奥、祭壇があると言われている方向へと視線を向ける。
新緑の森。まるで初夏の山中のようなこの地。けれども今感じている気配は、まるで険しい霊峰が放つ、ある種の神聖で厳かな大自然の息吹の様な。
そんな物が、ゆっくりとこちらに近づいてきているような感覚に、思わず手を止めそちらを睨みつけてしまう。
「いかがした、カイ殿」
「……何か来ます。全員、こちらに集まってください」
シミズさんの部下を含め、周囲の人間を一か所に集め、リュエとレイスにも警戒を促す。
恐らく二人もこの気配を感じ取ったのだろう、リュエは抱きかかえているはむちゃんをより一層強く抱き、そして何故かレイスに抱きかかえられているダリアは――
「ちょっと放してくれ。……なるほど、月日が経てば変わるもんだ。ちょっと俺は迎える側に立つとするかね」
そう言いながらダリアは気配のする方へと歩き出す。
そしてもう一人、アリシア嬢もどこか足取り軽くダリアに続き、同じく森へと消えていった。
「カイ殿、もしや先代様の気を感じ取られたのではないですか?」
「先代……元領主ですか?」
「ええ。アリシア様のような高位の術者はその気配を感じ取れると言います。恐らく先代様がこちらに向かっているのでしょう」
なるほど、それで二人はあの反応をした、と。
ならば警戒をする必要はないからと、リュエとレイスの二人にもそれを伝える。
どことなく不機嫌そうに見えるのは何故なんでしょうか。
「むぅ……いつものカイくんにしか見えないのに」
「ん? 俺はいつも通りだぞ? あ、さてはお腹がすいたんだな? さっきアリシア嬢にもあげたところだけれど、はい、これを三人で食べてくれ」
「あ! これ昨日食べたヤツはむ! これ大好きはむ!」
「ありがとうございます、カイさん」
そうしているうちに気配が強くなり、再び森の奥へ目を向ける。
するとそこには、ダリアとアリシア嬢。そしてもう一人、まるでアカツキさんとアリシア嬢を足して二で割ったような、厳かな雰囲気にやさし気な表情を混在させた、もう一人のお狐様がゆっくりとこちらへ向かってくる姿が目に映った。
「……絶世の美女、か。なるほどこれは……」
レモン色というべきか、黄金よりも幾分色素の薄い髪色のその女性が、息を飲むほどの笑顔を浮かべながら、楽しそうにダリアと話しながらこちらへと向かってくる。
ふいに、先代と視線が交わった。その瞬間、まるで目の前に広大な大自然が広がったような、畏怖や感動の混じった不可思議な感情が沸き上がる。
見とれる、ではなく、目を逸らせない。そんな強制力にも似た感覚を味わいながら、静かに歩み寄る彼女を大人しく待ち構える事しか出来ないでいた。
「貴方がだーちゃんの言っていたお友達なのね?」
「……はい。先代様」
耳ではなく、まるで頭に直接語り掛けられているような、そんな不思議な声色だった。
「コウレンでいいのよ。貴方の方は……」
「ぼんさんですよおばあ様。凄く料理が上手なんです」
「ふふ、そうなの? よろしくね、ぼんちゃん」
「ぼんちゃんはさすがに笑う。可哀そうだからカイって呼んでやってくれ」
「あら、そうなの? じゃあよろしくね、カイちゃん」
こっちが満足に口を開かないうちに次々に呼び名が変わっていく。
さすがにぼんちゃんはやめてくれ。助かったぞダリア。
「私の為に皆が手を尽くしてくれていると聞いてね? だからこうして挨拶にきてみたのだけど……逆に手を止めさせちゃったみたいでごめんなさいね」
「後で俺の方から会いに行くつもりだったんだけどな。まぁ、思ったよりも元気そうでなによりだ」
「そうですね! おばあ様、最近で歩けないくらい具合が悪いと聞いていましたけれど、そんな事ないじゃないですか! これなら当日も一緒に食事が出来そうですね!」
嬉しそうに尻尾をもさもさと動かすアリシア嬢と、珍しく安らいだ表情のダリア。
なるほど確かにこのコウレンという人物は、萎縮よりも安らぎ与えるような、そんなどこか母親のような雰囲気を纏った人物だなと、俺も心の中で微かな安らぎを感じていた。
「それより……カイちゃん? 貴方少し魔力の流れがおかしな事になっているわ。これは香淫術ね? ダメよアリシア、意中の殿方は自分の力で振り向かせないと」
「ち、違うんですよおばあ様。これには事情があってですね……」
「一応アリシア嬢の弁は真実だ。目くじらを立ててやらないでくれ。これ、コウレンならどうにかならないか?」
「そうね……カイちゃん、ちょっと近くに来て」
いやだから俺はいつも通りだと言うのに。一先ず呼ばれたからには行かないと。
彼女のすぐそばまで歩み寄ると、唐突に伸びてきた腕がこちらの頭を掴み取り、そのままぐいっと抱きしめられる。
たわわ! いや、やめてくださいそんな年じゃありません可愛がられるのを良しとするのは九歳男児までなんです! ああ良い香りが……。
「中和させるのは難しいものね。もう少し、種族特有の術を学ぶべきよ」
「き、肝に銘じておきます……やー、役得ですねぇぼんさん」
急激な眠気が襲い、そしてすぐさま波が引くように思考が洗い流されていく。
気が付くとこちらの頭も解放され、なんだか妙にすっきりした頭で周囲を見渡す。
……やっぱりなんの変化もない。強いて言うならリュエとレイスの目つきが恐い事くらいだろうか。
すると、アリシア嬢がこちらに歩み寄り、顔を覗き込んできた。
「どうしたアリシア嬢。そんな不思議そうにして」
「ふむ、どうやら元通りのようですね。さっきまでならきっと私に微笑みかけながら『どうしたんだい、そんな可愛い顔をして』なんて言いながら唇を奪うくらいはしたでしょう」
「なに言ってんだこのドスケベフォックス」
……? いや待て待て、今思い返すとやっぱり俺はおかしかったのか?
なんだか妙にアリシア嬢をこちらから構っていたように思えてくる。
それどころか尻尾や耳や頭を撫で繰り回した記憶もあるんだが。
「はい、じゃあダリア君。状況の説明をよろしく」
「ミサトの力に陥落寸前だったので咄嗟にアリシア嬢が催淫。ファインプレー」
「OK把握。今回のところは感謝しておきましょう。というわけでありがとフォックス」
「な、なんですかその言葉は……まぁ、私も催淫解除が出来ませんでしたし、おあいこです」
「ふふ、どうやら元々仲のいい友達だったみたいね? じゃあ私は他の皆にも挨拶をしてくるから、また後でね」
そう言いながら、足音も立てずに去っていくコウレンさん。
声色といい仕草といい、気配に対してその存在そのものが随分と希薄なような、どこか不思議な人だった。
「まぁ、歳が歳、だからな。今年で六〇〇才になるはずだ」
「は!? マジかよ外見年齢三〇かそこらだろ……エルフも真っ青じゃないか」
「コウレンは特別だ。なにせ……封印を任せた相手なんだからな」
ふいにダリアの表情が曇る。そして、その瞳だけがチラリと一瞬アリシア嬢へと向く。
……ここでは話せない事情がある、と。
「ま、俺はもうしばらく周囲を見て回るとするよ。じゃあ二人とも、会場のセッティング頑張ってくれい」
「あいよ。こっちも殆どレイアウトが決まったし、もう少ししたら終わるよ」
「私の方もまもなく終わりますね。いやはや、思いのほか早く終わってしまったので、どこかで理由を作って寄り道でもしましょうかねー」
何事もなく作業が終わるも、実際にはミサトの出現やダリアの様子と、どこか不穏な物を感じる今日の作業。それからほどなくして、聖地を後にする事になった。
だが、ふいにダリアがコウレンに話があるからと、俺達に先に戻る様にと言う。
「……俺も残る。ダリア、そろそろ隠し事はなしだ」
「……引く気はなさそうだな。アリシア嬢、悪いが俺達、カイヴォン一行は俺と一緒に帰るから、先に戻っていてくれないか」
「本来、部外者だけを残す事は出来ませんが……ダリアさんはどうやらこの国の関係者みたいですからね。分かりました、では一台魔車を後で向かわせます」
「すまんね。じゃあ、また後で」
そう言って、ダリアは俺だけでなくリュエとレイスにも残る様に取り計らう。
そしてつい流れで一緒に残されてしまったはむちゃんの姿もちゃっかりと。
「さて、じゃあコウレンは先に祭壇に戻ったみたいだし、俺達も向かうとするか」
祭壇は、どこか日本風な神社を想像していたのだが、意外にも西洋式というべきか、神殿にも似た形式の建造物だった。
緑の中にそびえる白亜の神殿に足を踏み入れると、すぐさま声が響いてきた。
「いらっしゃいダーちゃん。それに他の皆さんも」
神殿の奥には、小さな石造りの椅子があり、そこにコウレンさんが座っていた。
だが……先程会った姿とは違い、顔に皺が刻まれたその姿は、まるで老婆のようで……。
「分身を寄越すくらいだ、余程具合が悪いんだろうと思っていたが……随分と老いたな」
「失礼ね? 年相応よ。それに……本来とうの昔に死んでいるはずの身、だもの」
ダリアは平然とそれを口にする。分身? 今外で出会った彼女が分身? たしかに感触もあったし、その、言い難いが甘く優しい香りだってした。
実体を持つ分身を生み出すなんだ、どこの忍者だよと思わず口にしそうになる。
「……封印の力は、管理者に力も与えるんだ。そしてその統括が……俺だ」
「……お前のバカげたステータスの理由はそれか」
告げられた言葉に、どこか納得する。以前、ダリアのステータスを見た時、確かにこいつのレベルがおかしな記述になっていた事を思い出しながら。
「負担ではなく力として封印を管理させる。まぁその所為でいらない争いを生む事もあったんだけどな。で、その封印の力を貰っているはずのお前さんが弱ってるって事は……」
「ええ、そういうこと。どこか一か所、既に封印が解かれているわ」
「……だよな。それに、どうやらこの場所も狙われている」
ダリアが語るのはミサトの存在。そして、この大陸を覆う術式に最初からおかしな部分があったという真実。フェンネルがこの封印になにか仕掛けでもしたという予測だった。
「……やっぱり、歪だったのよ。心の底から手を取り合うつもりのない、争っていた人間同士がお互いの利権だけを考えて協力したっていう事そのものが」
「それを今言うなよ……あれしか方法は無かった事くらいお前も知ってたろう」
「それでも、よ。私達が封印に協力したのだって、得られる強大な力に目が眩んだから……私は違うけれど、他の領主達はどう思っていた事か」
「だから、だよ。解放者を呼び出すには当然封印を解いてその力を回す必要がある。俺は、力に眩んだ欲を利用して、封印をより強固な物にしたつもりだったんだけど、な」
二人が語るのは当時の状況。エンドレシア以上に歪な組織、国の対立の上に成り立った封印の成り立ち。それは、確かに歪で、いつ綻びが出てもおかしくない物に思えた。
リュエは、どう思っているのだろうか。全てを一身に受け、一人で過ごしてきた彼女は。
「……もしかしたら、その封印が解かれてしまう前に、俺自ら破壊するって選択肢も出てくるかもしれない。その時は……先に向こうで待っていてくれるか?」
「ええ、いいですとも。私はもう十分に生きられたもの。けど……封印を解いてどうするつもり? あれは人が太刀打ち出来る相手ではない事くらい、貴女だって知っているでしょう?」
「なに。幸い俺にはヒトデナシな協力者がいるんだよ。七星だってぶっ飛ばせるような、そんな心強いヤツがな」
そう言いながら、ダリアが柔らかな微笑みを浮かべこちらを見る。
静かに頷きを返す。もしもの時は、俺が全てを片付けると約束するように。
そんなやり取りが彼女にも見えたのだろう。先程の分身よりも、遥かに美しいと思わせる微笑みをこちらに向け浮かべたのだった。
「事が済めば、私の口から娘と孫に伝えるわ。ふふ、どのみち私は長くないからね」
するとその時だった。静かにリュエ達と話を聞いていたはむちゃんが、静かにコウレンさんの元へと向かっていく。
「おばーちゃん、身体悪いはむか? 凄く元気そうに見えるはむ。はむと同じはむ」
「あら……? だーちゃん、この子は……?」
「ああ、俺の連れの知り合いで今保護しているんだよ」
「ねぇ、気が付いてる? この子、私寄りの存在みたいよ?」
「は? ……嘘まじでか。今まで気が付かなかった」
すると二人がはむちゃんを見ながら、まるで珍しい物でも見つけたような表情をする。
さすがにお気に入りの子の事なので、大人しくしていたリュエも歩み寄り、はむちゃんを抱きしめる。
「この子がどうかしたのかい? 変な事をしないでおくれよ?」
「ううん、そうじゃないのよ。その子ね、半分もう魂になっているみたいなの」
次の瞬間、リュエは回復の魔導を展開する。
「はむちゃん大丈夫かい!? 怪我をしていたのかい!?」
「わ、白いねーちゃん落ち着くはむ。はむはどこも怪我してねーはむ」
「言い方が悪かったわね。つまり、私と似ている状態なの。封印の術式と繋がり過ぎて、私はもう半分術式そのもの……魔力で構成された存在になりつつあるのよ。所謂“精霊種”と呼ばれる存在ね。それで、その子もその精霊種のような存在なのよ」
「ほら、よくおとぎ話に出てくる妖精とか、魔物の中に存在する無害の霊体とかいるだろ? ああいう半ばおとぎ話のような種族の事だ。カイヴォンはなんとなく理解出来るだろ?」
いや驚きでそれどころじゃないが。なにこのはむちゃん精霊なの? 希少種なの?
妖精とかその類……まさか座敷童とかそういうものなんですかね?
「むぅ、ばれてしまっては仕方ねーはむなぁ……初公開するはむー」
すると、はむちゃんがトレードマークである自分の麦わら帽子を脱いで見せた。
そこには、茶色いくせっ毛に紛れた、小さな三角の耳がちょこんと存在しており――
「ハムネズミ族だったんですか!?」
「はねのねーちゃん驚きすぎはむー。はむは放浪のはむねずみはむ。孤高の存在はむー」
「ですが、貴女は言葉を話していますし……」
「はむは特別はむ。みんなの代表として、安住の地を見つける為のはむなんだはむ」
まじかよ。はむはむ言っていたけれど本当にハムネズミとは。俺はてっきり自分に似ているから真似でもしているのだとばかり思っていたというのに。
「貴女、一人で旅をしていたの?」
「いろんな人に助けられてきたはむー。おばあちゃんははむの仲間になるはむか?」
「ふふ、もしかしたらそうなるかもしれないわね」
コウレンさんも、いずれ魂だけの存在になってしまうのだろうか。
封印の術式は、対象に力と命を与えるだけでなく、いずれそんな存在になってしまう効果も秘められているとするのなら、なおのこと俺にはその力を手放す理由が理解出来ない。
それは膨大な寿命と強大な力、そして死をも克服する未来を得られる事に他ならないのだ。
ならば……解放者を呼んだ人間は、一体何を望み解放者を呼び寄せたのだろうか。
「……個ではなく種としての未来、か」
その結論に辿り着く。もし、本当に七星解放により国が潤い、そしてサーズガルド一強という大陸の状況を崩せるのならば、自分一人だけが得られる力なんて容易く手放す事が出来る……か。
「今日は元々お前さんの様子と、封印の変化について確認するのが目的だったわけだが……最悪の場合の事も今のうちに話せたのは行幸だ」
「ええ、本当に。私も人間であるうちに貴女と再会出来て嬉しかったわ」
今日のところはこれ以上話す必要はないと決めたのか、それともコウレンさんの身体を気遣ってなのか、ダリアはこの話を切り上げ、別れを告げる。
恐らく、ミサト達は再びこの場所を目指すのだろう。それにこのタイミングで現れた以上、どこかに手引きした人間が、セリューとの懇親会で聖地への人の出入りが活発になる事を知っていた協力者がいるはずだ。
今はそちらにこそ目を向けるべきだと、ダリアは思っているのだろう。
無論、それは俺もだ。
「ところで……はむちゃんって言うのかしら? 良ければ二、三日私に預けてくれないかしら?」
「え、ええ!? そんな……こんなに可愛いはむちゃんを私から引き離すのかい?」
突然の申し出に、はむちゃんの小さな耳を撫でているリュエがはむちゃんを隠すように抱きしめる。
「その子は少し、自分の力を学ぶ必要があるの。純真で、人を疑わない。無垢な存在であるが故に、自分を守る方法を知るべきなの」
「そ、それなら私が魔術を教えるよ? それじゃあダメなのかい?」
「ええ、それが出来ない事くらい、今の貴女には分かるでしょう? その子に魔術は使えない。表側の世界の術は適合しないのよ」
「白いねーちゃん、大丈夫はむ。このおばーちゃんは悪い人じゃないはむー」
「そ、それはもちろん分かっているけれど……」
完全に過保護なお母さんである。気持ちは分かるんですけどね。
俺だってリュエやレイスを知らないところに預けるなんて考えられませんから。
「じゃあはむは二日間の修行をしてくるはむ。きっと見違えるくらい立派なはむになるはむ」
「わ、わかったよはむちゃん! じゃあ、この子の事を宜しくお願いします」
なんだか色々ありすぎたが、これで今日の予定は無事に消化出来た、という事でいいのだろうか。
最後まで振り返りながら手を振るリュエをたしなめながら、迎えの魔車へと向かう。
不思議な感覚だ。なんだか急に物事が動き出したような、流れが動き出したような。
「……もしかしたら、もう始まっているのかもしれない」
「カイヴォン?」
「良く分からないんだ、自分でも。ただ……これから少し荒れそうだな、って」
「……今日、お前が正気を失ったのも痛かった。今ならミサト達を他人に任せたりしないだろ?」
「正解だ。……最悪、もう連中が逃げ出している可能性もある」
「だな。幸いコウレンにはもしもの場合の心構えをさせる事も出来たし、あのはむちゃんが近くにいたら、日和見主義のアイツだって気を張ってくれそうだしな」
もう見えなくなった神殿を振り返る様に、背後に広がる新緑の森を見つめる。
……出来れば、この綺麗な景色を壊すような真似はしたくないんだけれど、な。
魔車に揺られながら、静かにその時が近いのだと、俺もまた意識を非常時のそれに切り替えていくのだった。
(´・ω・`)なつばはPCトラブル多くて困るわねぇ