三百二十九話
(´・ω・`)七巻の改稿作業と調整などが終わりようやく再開出来ました
布施屋の職員を含め、殆どの人間が寝静まっているのだろう。
ダリアと二人暗い廊下を、足音を立てないように静かに進み自室へと向かう。
「こういう板張りの廊下を静かに歩くのって、なんだか日本にいた頃を思い出すな」
「そうだな。夜トイレに行くときとかこんな感じだ」
等と声を潜めながら話し、やがて自室へとたどり着く。
こういう時、歴史ある木造建築という物には困らせられる。戸を引く音や板を踏む音、畳の僅かなたわみといった物で、眠っている人間を起こしてしまう事があるからだ。
抜き足差し足。既に寝息を立てている彼女達を起こさぬよう、既に敷かれていた布団に静かに潜り込み、ダリアも俺も、互いに布団に潜り込めた事を確認しあい。ささやかな潜入ミッションを完遂、無事に眠りの世界へと旅立つのだった。
「起きるはむー! 黒いにーちゃん起きるはむー!」
「うぐ……」
腹部にのしかかるかすかな重さと、鼓膜を震わす子供の声。
ついさっき布団に入ったばかりのように錯覚するも、瞼の隙間から眩しい朝日が差し込む。
いや、待てこれは夢だろうか。何故俺の上にあの太陽少女が跨って揺すり起こしているのだろうか。
「あ、起ぎだ! 白いねーちゃん、黒いにーちゃん起ぎだはむー」
「よしよし、偉いぞはむちゃん。おはよう、カイくん。昨日は遅かったみたいだね?」
「あ、ああ……おはようリュエ。それより……どうしてこの子がいるのか、教えてくれないか?」
ニコニコと麦わら帽子をかぶり、布施屋から借りているのか、小さいサイズのジンベイを纏った彼女を見ながらリュエにそれを尋ねる。
すると彼女は、昨日一日の出来事を語り始めたのだった。
「……殺人の犯人、か。この事は一応里の人間に報告した方が良いかもしれないけれど……こちらの立場が危うくなるかもしれない、か。そうだな、この件は俺が上の方に伝えるよ」
「うん、一応そうしてもらえると嬉しいかな。後はむちゃんの事も正式に保護して欲しいって」
「了解。ところで……レイスとダリアは? それにいつの間にかあの子もいないし」
「あ、ほんとだ。たぶん二人のところにいったんじゃないかな?」
リュエが言うには、二人は今境内で軽い組手をしているのだとか。
「ダリアが起きたら、はむちゃんが丁度ダリアの事を見ながら不思議そうな顔をしていたんだ。『しらない子がいるはむー』ってね。身長も近いし友達感覚なのかも」
「なるほど。それは面白そうだ。じゃあ様子でも見に行こうかな」
「ははは、やっぱり背が低い相手は苦手みたいだな。ほらほら、そんな速度じゃ逆に掴まれるぞレイス」
「くっ……すばしっこいですね! ならこれで――」
「うお、震脚に魔法を混ぜたのか。あぶねーあぶねー」
境内で二人が、魔術や再生術を交えた組手を行っているところだった。
レイスの格闘技術は、あのヴィオちゃんとも渡り合っただけはあり、素人目からも大したものだと思っていたのだが、それをダリアが笑いを交えながら避け、受け、流ししていた。
そして今の技ですら、ダリアが放った術に相殺されてしまう。
「基礎的な部分は全部完成されてるなぁ。後は応用、虚実、目線のフェイントと術の練度かねぇ。ほい、チェックメイト。降参しなされ」
「……まさか、術を掠らせる事すら出来ないとは思いませんでした……」
「はっはっは、伊達に聖女名乗ってないんですわ。けど実際、独学で再生術を学んで、格闘術に取り入れて戦うってのは……俺から言わせたら天才のソレだ。誇っていいぞ、マジで」
悔しそうなレイスと、心底恐れ入ったという様子のダリアの元へと向かい声をかけると、ダリアはこちらに気が付いていた様子だが、レイスは気が付いていなかったのか、慌てて装いを正し、恥ずかしそうな表情を浮かべ始める。
「おはようございます、カイさん。少し恥ずかしい所を見せてしまいましたね」
「いや、随分と健闘していたように見えたよ。このちびっ子は下手したら俺より強いんだから」
「心にもない事言うなよカイヴォン。どうせ自分の方が強いって思ってるんだろー?」
「ええい話の腰を折るんじゃない。まぁ、慰めみたいに聞こえるけど、本当大したもんだよ」
困ったように笑いながら、レイスもまた納得した様子だ。
と、その時だった。誰かが走る音と共に、その声が辺りに響く。
「羽のお姉ちゃんの仇はむー! くらえはむぱんち!!!」
「ぐえ!」
不意打ちで転んだダリアと、それに馬乗りになり、ぽかぽかと背中を叩くはむちゃん。
完全に子供の喧嘩である。いいぞはむちゃん、もっとやれ。
「えいえい! こうしてやるはむ! いじめっこにはこうしてやるはむ!」
「わかった! わかったから! 謝る、謝るから許してくれ」
凄いなはむちゃん、あのダリアを倒したぞ。
「いや酷い目にあった。この子、お前らの知り合いなんだって? 今朝いきなり『誰はむか! はむと友達になりたいはむか?』って聞かれたんだが」
「可愛いだろ。話すと長くなるが、一緒にセミフィナル大陸から来た子なんだ。どうしてここにいるかはさっき聞いたところなんだが」
「ああ、それなら俺も聞いた。まぁ……因果応報だろうよ、その死んだ連中は」
こちらと同じ見解を示すダリア。そうだな、今日の予定ではアリシア嬢と聖地に行くことになっているのだし、彼女にこの件を報告するとしようか。
すっかり友達感覚なのか、それとも子分にでもしたつもりなのか、ダリアを引っ張るようにしているはむちゃんを先頭に、朝食を食べに向かうのだった。
「うめがったはむー……そういえば、ちーちゃんはどこにいったはむ?」
「っ!?」
朝食を終えた時、ふいに太陽少女、はむちゃんがそんな言葉を口にした。
『ちーちゃん』という呼び名に、心臓がドクンと強く脈打つ。が、すぐに彼女の友達か何かの事だろうと、気を取り直しながらそれを尋ねる。
「あ、さっき説明したろう? この子を助けてくれた女の子の名前だよ。本名は分からないけれど、はむちゃんがちーちゃんって呼んでいたんだよ」
「なるほど。って、まだこの子に説明していなかったのかリュエ」
「うー……だってこの子が悲しむ顔見たくないんだもん」
気持ちはわかるが、教えてあげないのもまた可哀そうだろう。すると、こういう場面に慣れていそうなレイスが、そっと彼女に真実を伝えたのだった。
「はー……ちーちゃんも旅人だったはむか……ならば仕方ないはむ。旅は一期一会が基本はむからなー……またどこかで会えると信じて、はむもはむの道を行くはむー」
「ず、ずいぶんとしっかりとした考え方ですね……? 偉いです」
やっぱり逞しいなこの子。だが、そのちーちゃん……リュエが言うには、凄腕の剣士、そうリュエが認める程の腕前だそうだ。そんな人間が何故……少々気がかりではあるな。
曰く、その剣士の瞳が『黒』だったそうだ。この世界で黒い瞳なんて、今のところ解放者であるレン君とナオ君くらいしか見たことがない。髪は茶髪だったらしいが、それくらい日本でもありふれている髪色だ。否定要素にするには少々弱すぎる。
強くて瞳が黒い。ただそれだけで、警戒に値するのは確かだ。
「あ、そうだ! ちーちゃんからはむちゃんにプレゼントだってさ。ほら、アクセサリーを欲しがっていただろう? はむちゃんにこれをプレゼントするってさ」
するとその時、リュエがアイテムボックスからソレを取り出した。
細い銀のチェーンと、先端に取り付けられた丸いペンダントトップ。
まるで香炉のような、レースのような模様が彫り込まれたそれを、俺はどこかで見た事があるような気がした。
「おおー! こんた良い物貰ってもえあんだが!? 感激はむ! 一生大事にするはむ!」
「何故に秋田弁……おいカイヴォン、この子どっから来たんだよ一体」
「分からん。ただ、過去の解放者の一人が秋田出身で、その影響を受けた町がアギダルなんだ。もしかしたらそこの関係者なのかもな」
「なるほどな。やっぱりいつか行ってみたいな、アギダル」
見覚えのあるペンダントに視線を奪われながら、ダリアの疑問に答える。
……やっぱり気のせいかね。そういえば俺も自分のペンダントのデザインすら覚えていないし。やっぱり日本にいた頃の記憶が曖昧になってきているような気がするな。
「ところでカイさん、本日の予定はどうなっているんですか? 今日は料亭での研究会もないみたいですし」
「ああ、それなんだけれど、そろそろ聖地の中、会場になる場所の下見と、機材の設置について打ち合わせがあるんだ。皆も本番では配膳をしてもらうから、一緒に行けるよう頼んでみるよ」
「なるほど、それは楽しみですね。聖地……どんな場所なんでしょうね」
すっかりこの都が気に入ったのか、レイスが嬉しそうにリュエと予想を語り合う。
思惑だなんだ使命だなんだ、そんな事情よりも、やはり俺は彼女達が楽しんでくれる事の方が大切なのかもしれない、そんな少し無責任で親馬鹿のような思考へと至り、ついつい自分でも苦笑いを浮かべてしまうのだった。
午前九時。施設を利用している人間の大半が市場へと出かけ、やや閑散とした屋内を楽しそうに駆け回るはむちゃんとそれを追いかけるリュエ。怒られはしないものかとはらはらしていたのだが、曰く『慣れていますから』とのこと。なんでも、昔はこの場所によくアリシア嬢が預けられていたのだとか。まぁつまり彼女は子供の頃から活発過ぎた、という訳だ。
ヘトヘトになったリュエに変わり、今度は俺が彼女を追いかけ、曲がり角の向こうへと消えたところで――
「おっとっと。こらこら、あまり走り回ってはいけませんよ」
「ご、ごめんなさいはむ。……わぁ、お姉ちゃん尻尾がはえてるはむ!」
聞き覚えのある女性の声とその特徴に、その相手が誰なのかを察しながらこちらも角を曲がると――
「捕まえてくれて感謝するよ、アリシア嬢。どうやらお迎えは君自らみたいだね」
「おや、ぼんさんではないですか。この子は知り合いですか?」
「そう、知り合い。ついでにそれも含めて、聖地に行く前に相談なんだけれど――」
自室にて、皆が集まり、彼女を保護することになった経緯を話す。
やはり悪徳商人、もとい違法な商売に手を染めていた相手とはいえ、殺人を犯した人間を見逃した事について、少々お小言を貰う事になってしまったのだが、どうやら彼女達都の人間もすでに、件の被害者の素性、そして他に被害者がいない事は把握済みだったとか。
「……まぁ、今回は相手が凄腕だったという事で、万が一ぼんさん達に責任が及びそうになっても、それは脅されて仕方なく、で通りますしね。分かりました、私からお母さまに取り次いでおきます。それと、この――あ、こら尻尾に潜りこまないでください」
「ふかふかで、良い匂いがするはむなぁ……」
「ほら、後で遊んであげますから。……この子の方は、私から布施屋の方に保護するよう伝えておきます。ですがそうですねぇ、今日くらいは一緒に行動してあげた方が彼女も安心でしょうし、一緒にいてあげましょうか」
「聖地まで一緒でいいのか? じゃあ、リュエ達ともどもお願いするよ」
無事彼女の保護先も決まった事だし、これでこの子も安泰だろう。
さすがに、この先もトラブルが待ち構えているであろう俺達の旅に同行させる訳にはいかないからなぁ……リュエは凄く不服そうだけれど。
「さて! では早速向かいましょうか。ここから魔車を借りる手はずになっていますし、表の門へ向かいますよ」
用意された魔車なのだが、何分こちらも大人数だ。当然の様に客車からあぶれててしまう事となり、仕方なく俺が御者を務め、そして道案内としてアリシア嬢が隣にライドオン。
そしてその尻尾にはむちゃんIN……とはならず、大人しく客車の中へ。
「これは役得ですねぇ。さぁぼんさん、狭いのでもう少しくっついてくださいな」
「そうやって催淫するんでしょ! エロ同人みたいに!」
「エロドウジンというのが何かは知りませんが、不思議とそそられる響きですね」
「否定しない……だと……」
「嫌ですねぇ、そんな事する訳ないじゃないですか。あ、ちょっと尻尾に違和感が。中になにか入っていないか見てくれませんか?」
「早速罠にかけようとしてるじゃないですかー! やだー!」
なんてふざけているうち都の西、俺達が以前向かった茶畑とは反対の門が見えてきた。
するとその時、ちょうどキャラバン隊のような魔車の一団がこちらに向かってくるのが見えた。どうやら御者の人間は皆、獣人でもエルフでもない、以前一瞬だけ見かけた種族。セリュー領に住むと言われている『ドラゴニア』と呼ばれる種族のようだ。
ふぅむ、翼の大きさに差があったり、角の形や色も様々だな。もしも魔族だったら、全員が強大な力を持っている事になるはずだが、やはり根本的に違う種族なのだろう。
「はぁ……もうセリューからお客人が集まりつつあるみたいですねぇ。これは今夜あたり、私も顔合わせに出席する事になってしまいそうです」
「そういえば、向こうとの交流で、アリシア嬢が引き渡されるとか言ってなかったっけ?」
「決定事項ではありませんし、ヒモロギが謹慎中ですからね。その話はこれ以上進まないはずです。まぁ、それでも一応面会と謝罪は必要ですけれど」
「もしもイケメンでユーモア溢れる優良物件だったらどうするね」
「その時は――そうですねぇ、清くなく正しさとはかけ離れたお付き合いをした後に決めますかね?」
「やだドスケベ。ま、あまり無茶な事はしなさんな。困ったら我らぼんぼん一行に相談しなされ」
そうして門を通り抜け、緩やかな下り坂を進んで行くと、周囲の草木が春めいていたはずが、気が付けば初夏の様な、深い緑一色の山に紛れ込んだかのような景色に移り変わる。
亜熱帯気候ともまた違う。涼しく瑞々しい、そんな過ごしやすい心地よい空気だ。
アリシア嬢曰く、ここからもう既に聖地に張られた結界内部だとか。
「ねー! もう聖地に着いたならそろそろ席交代しておくれよアリシアちゃん」
「えー! もう少しぼんさんを貸してくださいよー」
「むぅ、仕方ないなぁ……じゃあ帰りは私に返しておくれよー?」
「人を無断で貸し借りしないでください」
人身売買は禁止されているというのに貸し借りはOKとはこれいかに。
元々、この世界は排ガスや大気汚染とはほぼ無縁な場所故に、空気を特別美味しいとしみじみと思うことはなかったのだが、この場所は段違いに呼吸が楽で、まるで酸素濃度が少し高いのでは、マイナスイオンに満ちているのでは、なんてその筋の人が聞いたらブチ切れそうな事を考えていた時だった。進行方向の先に巨大な木造の門が見えてきた。
そして、門番と思われる人間の前に……見覚えのある三人組の姿を見とめ――
「おや、誰でしょうかあの方達は。現在ここは関係者しか入れないはずなのですが」
「……そういや都の出口付近の人間は皆男だったな。あの門番もそうだ……急ぐぞアリシア嬢」
もし、不法に侵入し封印を解こうとしているのならば、今すぐ止めなくては。
車輪の音に気が付いたのか、一斉に振り返るその三人――ミサト一行。
だがその瞬間、猛烈な頭痛がこちらを襲い、魔車が止まる頃にはもう、思考が霞がかったような、まるで夢の中のような、そんな曖昧な――
「そこの人達、何をしているんです。ここは現在関係者以外立ち入る事が禁じられています。門番の皆さんも何故止めないのですか」
ぼんさんが急ぐと言った手前、恐らくこの三人はなんらかの危険因子なのでしょう。
そこにいたのは、中々に美味しそうな男性二人と、これまた美人さんな女性の三人組。
どう見ても関係者には見えませんね……どうやってこの場所に来たのでしょうか?
「ぼんさん、この人達は一体どういう人なんですか? って、お前達、なぜ通そうとするのです。しっかりなさい!」
急ぎ門を術で閉じ、同時に様子のおかしい門番に気つけの術を当てる。
すると、頭を押さえ座り込んでしまったではありませんか。おかしいですね、こんな効力はないはずです。既になにかされた後だったのでしょうか……?
「あーあ、邪魔が入っちゃった。しかも女。けどカイもいるなんてラッキーね」
やはり知り合いなのか、気安い様子でぼんさんに話しかけるその女性。
すると、客車から皆さんが降り立ち、そしてすぐさま慌てた様子でぼんさんへと駆け寄りました。
「ちっ、対策なしだと瞬殺かよ……おいカイヴォン、しっかりしろ!」
「ん? どうした急に。それより見ろ、ミサトがいるぞ。ちょっと話を――」
「だめだめ! 止まっておくれカイくん、ほら、私の目を見て、ね!」
……これは催淫? いえ、少し違うみたいですね。言うなれば洗脳でしょうか?
この力を使いこの場所まで入り込んだのだとしたら、これは立派な敵対行為。ここで彼女達は捕まえておくべきでしょう。
「そこまでです。どうやらおかしな力を使うみたいですが、そうはさせませんよ!」
「……めんどくさ。ねぇカイ、その狐黙らせてこっちに来てくれない?」
まさか。そんな易々とぼんさんがほいほい命令を聞くはずが――
「仕方のないヤツだ。まぁ待て、少々取り込み中だ」
「カイさん! 行かないでください! はい、私の手を握って!」
……旗色悪すぎですね。どうやらダリアさんが術の準備をしているようですが、これでは間に合わないかもしれませんし、仕方ありませんね。
「不本意ですが……仕方ないですね」
ゆらゆらとどちらに行けば良いのか迷っている様子のぼんさんへと向かう。
そして、私は自分の尾を手に持ち、その先端を彼へと向ける。
「今日一日、貴方の思考を縛らせて頂きます」
催淫の力を秘めた魔力と自分の身体を構成している力を彼に流し込む。
さて……これは後でリュエさん達に謝ることになってしまいそうですね?
花のような、果物の様な、それとも美味しそうな肉のような。
倒錯的とさえ表現できそうな香りが鼻孔から脳へと入り込むような感覚。
今の今まで、靄がかかったような思考が、今度は欲望、久しく感じていなかった、いや抑え込んでいた男の本能が目覚め、同時に何故か腰が熱を持ったように錯覚する。
「ん……なんだ、急に」
「ふぅ、どうやら成功ですね。ぼんさん、この人達は侵入者なので、これから捕縛しようと思うのですが、協力していただけますか?」
隣のアリシア嬢が、蠱惑的な溜め息と共に話しかけてくる。
本当、なんでこの子はこんなに可愛いのかね。つい、手を伸ばしてしまいそうになる。
「ああ、協力しよう。アリシア嬢の頼みだ、断る訳がないだろう」
さて、ではちょいとお兄さん良い所を見せようじゃありませんか。
「……カイくんが凄く良い顔してる。なんだか面白くない」
「許してやれリュエ助。緊急事態だったんだ、あれが最善の手だ」
「……………………はぁ、なるほど催淫ですか」
はい後ろの三人おかしな事言わんでください。俺は至って正常です。
ともあれ、あの三人にはさっさとご退場願いましょうか。
「チッ、どうすんだミサト。ここで一戦やらかすのは面倒な事になるんじゃねぇか」
「……なんで効かないのよ。それに女だらけ……なに、カイってハーレム系主人公なの」
失敬な。例えるなら俺は清く正しい王道を行く主人公さんです。いや邪道か。
しかし、最後には運命の女性と結ばれるという大団円を迎える予定なので王道といえば王道なのです。
「よーしお狐様にいいとこ見せるとしましょうか。ほら、かかってこい」
赤と青のコンビが剣に手をかける。その瞬間、全力で踏み込み、両手から生み出した黒曜の剣をそれぞれ一本ずつ喉元に付きつけ、ゆっくりと切っ先を肉に埋め込んでいく。
「剣を抜くまでが遅すぎる。ほら、喉を動かすな、もっと刺さるぞ」
唾を飲み込む事すら許さない。生憎、今日のお兄さんはちょっと本気モードなのですよ。
「ミサト嬢。この二人に戦闘は無しだって言い聞かせてくれ。大人しく縛に付きな」
「……本気で私が見逃してって言ったら、見逃してくれる?」
またしてもこちらを洗脳しようというのか、目を細めながらしなりを作るミサト。
しかし、やはり今日の俺は絶好調なようだ。微塵も思考が揺らごうとしない。
「答えはノーだ。ほら、武器を捨てなお二人さん。実力差は明白だ」
「……どうやらそのようですね。油断していた我らの負けです。ここは一度引きましょう」
「……おめぇがそう言うなら従う。ミサトには手出しするんじゃねぇぞ」
どうやら二人の方が冷静だったようだ。そして観念したのか、ミサトもおかしな目つきを止め、二人から剣を取り上げこちらに手渡してくる。
そこまでして、ようやく俺も戦闘態勢を解き、三人に闇魔術で枷をつけてやり、アリシア嬢の元へと戻ったのだった。
「どうだアリシア嬢。俺もなかなかやるもんだろう」
「そ、そうですね……想像以上に強かったみたいで、驚いてしまいました」
「そいつは何よりだ。それで、どうする。こいつらを連行するなら女性を使うしかないと思うが」
呆けた様子のアリシア嬢に報告に戻ると、彼女はどこか香しい髪を振りながら、静かにこちらの横を通り過ぎていく。
どうやら門に仕掛けがあるらしく、彼女はその一部に向かい、綺麗に整った薄紅色の唇を動かし始めていた。
思わず唾を飲み込みながらその一挙一動を観察していると、ダリアが傍にやってくる。
「…………ダメだな。術式も仕組みも解析できない以上どうにも出来ない」
「そんなー! 今日一日カイくんこのままなのかい?」
「何の話だよ。別になんともなっていないぞ?」
「無自覚なのがまたなんとも」
などと言っているうちにアリシア嬢が戻って来る。どうやら、通信魔導具の仲間のような物が備え付けられているらしく、都から女性の応援を呼んだそうだ。
うむ、ナイスフォックス。出来るフォックスは違うね、可愛いね。
「もふもふ……良い手触りだなアリシア嬢」
「ちょ、ぼんさんこんなところで……ああ、違うんですレイスさん、睨まないで」
ああ、気持ちいい気持ちいい。
そうしてしばらくすると女性の警備兵が到着し、ミサト一行は城の地下牢へと連行される事になった。
俺としてはもはやどうでも良いのだが、恐らくこのまま大人しく捕まったままにはならないだろう。
まぁ、本当に今はこの瞬間、このアリシア嬢の中でのこちら評価が上がった事が第一だ。
「さて、じゃあ聖地の中へ向かうとしますかね。アリシア嬢、早く隣に座ってくれ」
「あはは……本当ごめんなさい皆さん……」
何故謝るのか。そんな申し訳なさそうな顔は貴女には似合いませんよ?
(´・ω・`)表紙や口絵、挿絵の打ち合わせがまだ残っていますが、ぼちぼち更新していきます